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2009

【慰安婦犠牲者の活動と関連記事】

*        【見出し2009年】

12月)

*             放送この1年/5/たたかう労働者/かちとった正社員化

*             放送この1年/4/市民運動の発展/独立行政委へ積極的な提言

*             放送この1年/3/番組改変問題/政治との距離の大切さ確認

*             放送この1年/2/地デジ移行/「テレビ難民」つくらないために

*             放送この1年/1/政治・選挙報道/激動の時代こそ多彩に公平に

*             波動/NHK予算審議の透明化を/松山陽一

*             「慰安婦」軍命令示す供述書/中国調査委が第3次報告

*             新婦人県大会500人参加/愛知

*             きょう太平洋戦争開始68年/戦後補償解決は急務/15歳で性奴隷/人生壊された/スハルティ・テレシアさん

*             主張/「太平洋戦争」68周年/正当化の逆流根を絶つ努力を

11月)

*             「死ぬの待っているのか」/元「慰安婦」が証言/京都集会

*             元慰安婦「今も傷痛む」/日本政府に謝罪要求/大阪で証言集会

*             女性9条の会つどいを開催/名古屋市千種区

*             温暖化ガス削減・子ども手当財源/新婦人、改善を要請

*             「慰安婦」問題早期解決を/奈良・平和委学習会

*             貧困解消不況打開を/全労連・春闘共闘が中央行動/女性差別なくそう/婦団連が3署名提出

*             「慰安婦」創設は旧日本軍/国の責任明確に/国会内学習会

*             「韓国併合」100年を考える/岩本正光/植民地支配に対する完全な清算/歴史認識共有の運動が始まった

*             オランダ戦争被害者の歓迎ディナー/紙議員が出席

*             変わるかNHK/下/番組改変問題シンポ/知る権利守る制作者の自由

*             変わるかNHK/上/経営委員と語る会/自主自律に強い声次々

*             9条の会が各地で/石川/富山/岐阜

*             核兵器廃絶と「慰安婦」署名/埼玉AALAが訴え

*             伝えよう侵略戦争の真実/続・中国戦線/3/「加害」今も思い出す

*             伝えよう侵略戦争の真実/続・中国戦線/2/「天皇万歳」言わず

*             伝えよう侵略戦争の真実/続・中国戦線/1/軍隊が私を変えた

*             「慰安婦」問題解決急いで/植民地支配の清算考えるシンポ

 

10月)

*             「慰安婦」解決へ急げ/法案成立求める/国会内集会

*             日本軍「慰安婦」問題/法案実現へ世論広く/学習会に100人参加/京都市

*             「慰安婦」問題吉川氏が講演/鳥取で集い

*             おはようニュース問答/NHK番組改変事件、検証求める声続くね

*             波動/問われたジャーナリズム/戸崎賢二

*             アジア重視#オ山外交/米国「依存」をどうするのか

*             「放送を語る会」シンポ/検証NHK番組改変/下/再生へ、検証番組の制作を

*             「併合」100年日本委員会が発足/歴史認識の共有めざす/31日に「慰安婦」シンポ開催

*             解説/通信・放送委員会設置へ/望まれる国民的議論

*             「放送を語る会」シンポ/検証NHK番組改変/上/元職員語る介入の異常さ

*             戦前、強制労働の韓国人女性/不二越訴訟で学習会/福井

9月)

*             異常な指示′ウ職員証言/「NHK番組改変」検証する集い

*             「慰安婦」立法解決へ/政権交代受け講習会/市民団体

*             10s20sYモード/高校生がみた私の町の戦争/高知・幡多高校生ゼミ

*             「慰安婦」問題/知る機会若者に/教科書への記述復活求め集会/東京

*             「慰安婦」記述復活を/教科書6社に要請/市民団体

*             主張/国連の日本への勧告/女性差別是正へ今から運動を

*             母親大会など報告集会開く/鳥取・新婦人支部

8月)

*             国連女性差別撤廃委日本政府へ改善勧告/新しい政治で実現ぜひ

*             戦後補償法制定各政党に要請/市民団体

*             NHK「台湾統治」番組/右派勢力の攻撃狙いは

*             朝の風/教科書会社の自主規制の背後に

*             女性差別撤廃へ日本政府無策/国連でNGO意見表明/婦団連・堀江会長のリポート

*             平和の取り組み各地で/広島被爆体験戦争展で聞く/鳥取・米子

*             朝の風/CEDAWと言菓が通じない?

*             富山大空襲64周年集い

*             わが街ふるさと/沖縄・宮古島市/星砂の浜/さんご礁の海

7月)

*             若者に歴史の真実伝える教科書に/作成会社に要請10団体会見

*             母親大会/暮らし・平和など交流/国際シンポ/学費シンポ

*             女性差別撤廃条約の実行停滞/国連で日本批判噴出

*             あすから母親大会/多彩な企画/京都

*             婦団連会長ら8人/米女性反戦組織と懇談/NY

*             女性差別撤廃委始まる/日本のNGOも発言/国連

*             03年日本政府への勧告/要旨

*             女性差別放置する日本/6年ぶり国連委審査へ

*             日本軍「慰安婦」早期解決求める意見書が可決/京田辺市議会

*             朝の風/地方からの「慰安婦」決議

*             ひと一人芝居「Kの悲劇」で戦争体験を継承する佐藤一男さん(56)

6月)

*             「番組改変事件」を超えて/NHK自律の道/下/市民運動を推進醍醐聰さん語る/教訓生かす新たな段階に

*             愛知・稲沢で美術展/平和でこそ表現できる

*             「番組改変事件」を超えて/NHK自律の道/上/元プロデューサーが語る/誤った瞬間、記憶にとどめる必要

*             おはようニュース問答/NHKが番組偏向攻撃に反論しているね

*             9条守り平和な社会に/愛知母親大会に950人

*             ひと/憲法・平和をタペストリーに編み続ける山内豊さん(60)

*             木曜人とき/長崎の女性史を研究する葛西よう子さん(72)/歴史から見えてきたもの

*             12の分科会で熱心に/和歌山県母親大会

5月)

*             敷地内に「慰安婦」の碑/千葉・館山市の婦人保護長期施設「かにた婦人の村」を訪ねて

*             おはようニュース問答/番組改変、NHKは反省しているかな

*             女性差別撤廃施策実施訴え/「婦団連レポート」国に提出

*             メディアをよむ/須藤春夫/番組改変もう一つの判決

*             きたがわてつの人間ばんざい/「日本軍『慰安婦』歴史館」研究員村山一兵さん(28歳)

*             09政治を変える/婦人保護長期施設「かにた婦人の村」施設長天羽道子さん語る/平和を大切にする国に

*             番組改変で視聴者に説明を/BPO意見書に市民賛同/自主自律のためNHKは真摯に

*             NHK番組改ざん事件/BPO意見書が問いかけたもの/良心に忠実に、制作者励ます

*             真の解決を早く/旧日本軍「慰安婦」問題/上−下/

4月)

*             市議会は意見書早く/「慰安婦」問題解決「可決させる会」つどい/大阪

*             南京大虐殺映画封切り/中国

*             上坂冬子さん死去

*             女性差別撤廃条約/日本の施策効果薄/婦団連がレポート発表

*             番組改ざん問題審議を終える/BPO

*             発言09/上智大講師・英紙東京特派員デビッド・マクニールさん/米国にこびない方がいい

*             慰安婦」問題各党アンケート/売買春ととりくむ会

3月)

*             肝炎対策法制定を/福岡市議会が意見書可決

*             雇用・くらし守り運動/全国大会成功へ/新婦人が中央委員会

*             命ある限りたたかう/共産党に解決協力を要請/海南島訴訟原告・弁護団

*             県の雇用対策不十分/ひづめ県議が反対討論/富山

*             性暴力卑劣さ断罪/賠償請求は棄却を踏襲/海南島訴訟東京高裁判決

*             最後の「慰安婦」裁判26日判決東京高裁/中国・海南島原告のアポ(おばあちゃん)訪ね/20代の女性5人

*             戦争の歴史と放送の役割学ぶ/長良九条の会

*             朝の風/「東アジア共同体」への「遺言」

*             九条フェスティバル韓国に集う人々の思い/きたがわてつ/「慰安婦」問題解決の力に

*             女性差別撤廃条約国連採択から30年/日本の遅れは深刻/政府に情報提供求める国連

*             国際女性デー/世界と連帯/派遣切り許さず、地位向上を/愛知/新潟/石川/長野/福井/岐阜/静岡/三重/富山

*             「慰安婦」問題解決めざして/新婦人がパンフ

*             メディアをよむ/仲築間卓蔵/ドラマ「坂の上の雲」考

*             日本軍「慰安婦」問題/解決へ意見書を/大阪市で出発集会

*             インタビュー・シリーズ東アジアこれから/韓国・延世大学東西問題研究院金基正院長/「対立」を超えて協力へ

*             学力格差広げないか/新教科書制度めぐり集会

2月)

*             辞任の中川氏/タカ派と酒歴

*             NHK回答遅れ審議が持ち越し/番組改変でBPO

*             「建国記念の日」各地で行動/平和憲法を変えるな/宮城/青森/岩手/山形/福島

*             「建国記念の日」/憲法と相いれない紀元節の復活/「九条の精神を世界に」を誓い合う日にしたい/猪飼隆明

*             「慰安婦」博物館建設へ/日本で支援委員会発足/韓国

*             本立て/歴史の事実と向き合って/大森典子著

*             歴史の事実と向き合って―中国人「慰安婦」被害者とともに/大森典子著/評者西野瑠美子VAWW(戦争と女性への暴力)−NETジャパン共同代表

(1月)

*             シリーズ伝統芸能の心/新内岡本宮之助さん/聞き手稲田和浩(演芸評論家)

*             NHK番組改ざん問題/放送倫理上の解明を/BPO審議へ「語る会」が見解

*             高校生と学ぶ性≠ニ生=^大阪府立泉大津高校教諭金子真知子

*             戦後補償裁判/被害側請求権消えない/弁護団・支援者がフォーラム/東京

*             往復書簡を終えて/山科三郎/死者たちを記憶し反戦・平和の未来を拓く力に

*             旧日本軍の性暴力被害「映画と舞台」で伝える/東京で17日

*             NHK番組の改変問題/BPO審議入りへ

*             日本共産党知りたい聞きたい/「歴史修正主義」とは?

*             波動/NHKに希望を託す年に/醍醐聰

*  2009年(本文)

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12月本文】

放送この1年/5/たたかう労働者/かちとった正社員化

 放送局は、派遣や契約などの不安定雇用の典型の場となっています。社員と同じ仕事をこなしても時間給800円、番組終了とともに雇用契約も終わって放り出される。そんな状態を改善しようとする、放送労働者のたたかいが注目されます。
 テレビ西日本(TNC=本社・福岡市)で派遣社員として働く宮崎幸二さん(46)。6月26日、TNCに正社員としての地位確認と損害賠償を求めて福岡地裁に提訴しました。仕事はテレビ局から家庭に電波を届ける送信業務。労働者派遣法では派遣期間が1年間と制限されています。宮崎さんは、9年間も派遣で仕事をしてきました。一人で立ち上がった宮崎さん。在福の民放労働者やOB、市民らの間で支援の輪が広がっています。

労組の力を発揮
 労働組合の力を発揮したのは、民放労連(日本民間放送労働組合連合会)に参加する京都放送労組(KBS労組)です。KBS労組は、非正規労働者にも組合への加入を訴えてきました。会社に対して、雇用の改善の声を当事者が出し、それを組合が全体のものとして支える。KBS労組は、数年来、この取り組みを強めて、今年は5人の正社員化が実現します。
 キー局を中心に、広告費の減少を理由に番組制作費と人件費の削減を打ち出しています。これに対して、民放労連は各社に次のような申し入れをしました。@内部留保の一部取り崩しなどにより番組強化の積極策を講じることA派遣切りへの対策を講じることBワーキングプア状態の解消のため、構内最低賃金ルール確立―です。
 雇用が社会的な問題となっている今、報道機関でもある放送局で、労働者を使い捨てにしない取り組みが求められます。
 (研、江)
 =おわり
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2009年12月23日,「赤旗」) (Page/Top

放送この1年/4/市民運動の発展/独立行政委へ積極的な提言

 自公政権から民主党新政権に移行した2009年は、放送を市民に開かれたものにしようと活動する市民運動も大きく発展・前進をとげました。

全国規模で結集
 6月末、「開かれたNHKをめざす全国連絡会」が結成されました。政府が任命権を持つNHK経営委員の選定に、視聴者も参加できる「公募・推薦制導入」を求めてきた市民や学者・ジャーナリスト、各地の市民団体が全国規模で結集。視聴者運動の歴史のなかでも画期的な出来事です。
 同連絡会が最初に取り組んだのが、日本の台湾植民地支配を描いたNHK番組「シリーズ・JAPANデビュー第1回『アジアの一等国=x」の問題です。右派勢力が激しい番組攻撃を展開するなか、7月7日、NHK執行部や経営委員に対して「き然とした態度で公共放送の自主自立を守る役割を発揮する」よう申し入れました。
 「政権交代」後、民主党が総選挙で公約していた通信・放送に関する独立行政委員会制度=日本版FCC制度の導入の行方が大きな注目を集めました。
 アメリカのFCC(連邦通信委員会)のように、先進諸外国では放送行政は政府から独立した機関が担っています。しかし、日本では放送の免許権限を政府が握り、テレビで不祥事≠ェ起きるたびに、総務省が不当な行政指導を繰り返してきました。

新政権の対応は
 同連絡会では、新政権の構想を率直に評価しつつ、議論のたたき台となる「提言」を10月23日に発表し内藤総務副大臣に手渡しました。「新委員会は番組の内容規制はしない」「委員の選任は一般からの公募枠を設ける」ことを柱とした提言は、「独立行政委員会には放送を規制する権限を持たせる」(内藤副大臣)とした政府の構想の問題点を浮き彫りにしています。
 全国の市民メディアが集った「メディフェス2009」(9月)の分科会でも、独立行政委員会のあり方について議論が交わされました。参加者からは「時間をかけて議論してほしい」などの意見がだされました。
 歴史的な制度をよりよいものにしようという市民の期待が広がる中、新政権の対応が鋭く問われています。
 (研)
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2009年12月22日,「赤旗」) (Page/Top

放送この1年/3/番組改変問題/政治との距離の大切さ確認

 今年はNHKと政治をめぐって二つの大きな動きがありました。
 一つは4月、NHKと民放でつくる第三者機関・BPOの放送倫理検証委員会が、日本軍「慰安婦」を扱った「ETV2001」番組改ざん事件で意見書を発表したことです。
 委員会は、番組が引き起こした放送倫理上の最大の問題として、「放送と政治との距離の重要性」をあげました。与党政治家の意をくみ改変を指示した一連の行動について「公共放送NHKにとってもっとも重要な自主・自律を危うくし、NHKに期待と信頼を寄せる視聴者に重大な疑念を抱かせる行為であった」と判断。これが「過去の問題」ではないことを強調しました。
 9月には、番組を担当した永田浩三プロデューサー(当時)と、長井暁デスク(当時)が初めて2人そろって市民集会に出席。大きな注目を集めました。

台湾番組に圧力
 いま一つは、日本の台湾植民地統治を検証した「シリーズJAPANデビュー」(4月放送)への右派勢力の攻撃です。6月にNHKを集団提訴。並行して番組を検証する議員連盟を設立。圧力をかけたのは、安倍晋三元首相や古屋圭司衆院議員など8年前にETV番組に介入したのと同じ顔ぶれでした。
 NHKの対応には、8年前と変化が見られました。福地茂雄会長は、「番組に恣意(しい)的編集はなかった」と明言。「言論の自由を確保するという公共放送の生命線はゆるがせにできない」と述べました。変化を後押ししたのは、BPOの意見書や政治からの独立を求め続けた市民の運動でした。
 一方で番組改ざん事件では、政治圧力はなかったとの公式見解を変えていません。圧力を認め、検証番組を作ったとき、NHKは本当に変わったといえるでしょう。
 (板)
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2009年12月21日,「赤旗」) (Page/Top

放送この1年/2/地デジ移行/「テレビ難民」つくらないために

 2011年7月24日の地上デジタル放送完全移行まであと580日余り。果たして地デジへの国民の準備は間に合うのか。残されている課題を考えます。
 各家庭にどれだけ地デジ対応の受信機が普及しているのでしょう。総務省は11月、「地デジ放送に関する浸透度調査」の結果を発表しました。
 それによると、9月時点での地デジ放送受信機の世帯普及率は69・5%。目標にしていた72%に届かず、2009年末までの目標である77%達成は困難です。しかも、実際に視聴可能な世帯は60・7%にすぎません。また、「アンテナ工事に少なくとも約3万円かかる」ことや、「地デジ対応のビデオ録画機でないと録画できない」といった視聴手続きの変化を知っている人は2、3割という実態も明らかになりました。停波リハーサル
 7月、石川県珠洲市でアナログ放送を短時間停止する「リハーサル」が行われました。同市はケーブルテレビが100%整備されています。しかし、加入料や月額料金が高く加入率は63・1%。未加入の2300世帯を対象にした調査では、地デジテレビのない世帯の半数が「地デジ対応の見通しがない」と回答しました。
 山間部、都市部のビル陰などで受信障害のある地域の共聴施設改修も進んでいません。個人の努力だけでは限界があります。

事業仕分けでは
 民主党政権は、地デジテレビの普及のため「エコポイント」の継続を決めました。一方、政府の「事業仕分け」では経済弱者への地デジチューナー支給や共聴施設改修支援などを「縮減すべきだ」と判定しています。
 1日、「デジタル放送の日の集い」で鳩山首相は「地デジ化に協力したい」とあいさつ、内藤総務副大臣は「地デジ完全移行を先送りしてはならない」と、アナログ停波を延期する考えはありません。
 アメリカ、韓国でも受信機普及の遅れでデジタル化への移行を延期した経緯があります。国民の理解を得られぬまま、「テレビ難民」をつくってはなりません。
 (肇)
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2009年12月19日,「赤旗」) (Page/Top

放送この1年/1/政治・選挙報道/激動の時代こそ多彩に公平に

 8月の総選挙は、国民が新しい政治を本格的に探究する時代を切り開きました。政治報道は大きな変化の激動の中にありました。
 序章は麻生自公政権の迷走でした。国民の苦難に何の手も打てず、政権に固執するのみの麻生首相の誤読答弁や度重なる失言、その姿がテレビに登場するたびに、国民は離れて行きました。故中川財務相の酩酊(めいてい)会見の映像も含め、テレビは対象をそのまま伝えました。

政策伝える努力
 衆院解散が近まるなか、「政権交代」をと、報道は自民VS民主に染め上げられました。それはこの間財界主導で進められ、テレビの報道関係者も参加する「21世紀臨調」による二大政党制推進の旧来の流れにのったワンパターン報道でもありました。7月3日、日本共産党は報道各社に「公正・公平な報道」を求める申し入れを行います。その中で民放のある政治部長は「政権交代だけが争点になるのは適切でない。ワンイシュー(一つの争点)の選挙、郵政選挙の二の舞いにしたくない」と述べました。現場のテレビ人には05年小泉郵政選挙への反省がありました。
 7月21日衆院解散、8月18日総選挙公示。相変わらずの「自民か民主か」式の報道が続きました。しかし、各局は6党党首討論を企画、政策中心の報道も増えてきました。多くの国民は「政権交代」の先を見ていました。国民の知る権利にこたえようとすれば「政権交代、二大政党」報道は「時代遅れ」なのです。

減った各党討論
 政権交代後のテレビはどうでしょうか。気になることがあります。「各党討論番組」がめっきり減ったことです。9、10月は1番組だけ。小沢民主党幹事長が拒否していると言われる書記局長・幹事長討論は今に至るまで一度も開かれていません。新政権とメディアの蜜月期間と言われますが、報道はほとんど与党の動きで占められています。
 政権発足後3カ月が過ぎ、新政権の多くの矛盾が噴出しています。小沢氏が進める「国会改革」の危うさに触れるメディアはありません。今こそ各党の主張も含め、新しい政治を求める国民の多様な願い、意見を反映し、知る権利に応える時です。
 (谷)
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2009年12月18日,「赤旗」) (Page/Top

波動/NHK予算審議の透明化を/松山陽一

 年が明け1月になると、NHKは収支予算、事業計画等を経営委員会で議決し、総務大臣に提出する。総務大臣は意見を付し、内閣を経て国会に提出し、その承認を求める。
 事業収入の約97%を占める受信料の月額は収支予算が国会で承認されることによって決められる。受信料額の変更がない場合も同様である。
 自民党政権時代、予算の国会審議を控えた時期を中心に、NHKに対してさまざまな政治介入が行われた。「ETV2001〜問われる戦時性暴力」で、政治家の介入による番組改変が深刻な問題になったのもこの時期である。強制連行による「慰安婦」の存在を否定する「靖国派」の攻撃に、経営上層部は屈服したのだった。
 当時、自民党はNHK予算の閣議決定前に政務調査会等での審議、総務会での承認が必要であるとし、NHKの会長以下関係役員の出席を求めた。「表現の自由」に深くかかわるNHKの予算は「内閣提出の承認案件」である。総務会の承認を必要とした「内閣提出の法律案」と区別し、「事前審査制」の対象から外すべきであった。この時期、NHKの国会担当者等も数多くの国会議員への説明に回っており、これら密室での「予算説明」が政治家の介入を招いた。
 しかし、今や時代は変わった。2010年度NHK予算の国会審議は、初めて民主党中心の政権下の国会で行われる。国会提出までの過去の悪しき慣例の払拭が求められる。
 政府から独立した放送行政を展望し要求する動きもある。新たな民主的な放送制度創設のためにも、予算の国会提出前のプロセスを含めて、徹底した民主的で透明な審議が必要である。
 新たな政治の時期を迎える中、経済不況の深刻化、日米間の矛盾の激化等、社会は複雑な課題に直面し、国民の意識も急速に変わりつつある。NHKは表面的な「二大政党」の潮流に加担することなく、社会の深部で進む多種多様な社会変化の情報、人々の暮らしや思いを放送に取り上げ、公共放送の責務を果たすべきである。
 (まつやま・よういち 放送研究者)
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2009年12月20日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」軍命令示す供述書/中国調査委が第3次報告

 【北京=山田俊英】旧日本軍による「慰安婦」問題を追及している中国元「慰安婦」被害事実調査委員会(責任者=康健弁護士)は17日、第3次調査報告を発表しました。「慰安所」が軍の命令で設置されたことを示す旧日本軍人の供述書が見つかりました。
 委員会は地方政府などの資料室で戦後、戦争犯罪人として取り調べを受けた旧日本軍将兵の資料を調査しています。昨年12月発表の第2次報告に続くもの。今回は陸軍第39師団や山東省の済南陸軍病院などに所属していた将兵20人の供述書を発見。北京、山西省、黒竜江省などで32カ所の「慰安所」と358人の被害者の存在がわかりました。
 済南陸軍病院の軍医大尉によると、黒竜江省の湯原陸軍病院に勤務していた1936年、院長と現地の衛生状態を視察し、日本兵の性病予防のため軍専用の「慰安所」を設置する必要があると上申。司令部は提案を採用し、30人の中国人女性に強制して30軒の「慰安所」を設けました。
 新京(現・長春)憲兵隊准尉は、所属連隊の副官から命じられ、下士官用「慰安所」をつくったと供述しました。「慰安所」の管理のため上海で「慰安所組合会」がつくられていたことを示す文書も見つかりました。
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2009年12月18日,「赤旗」) (Page/Top

新婦人県大会500人参加/愛知

 新日本婦人の会愛知県本部(安藤満寿江会長)は5日、第26回大会を名古屋市昭和区の市公会堂で開き、代議員など500人以上が参加しました。
 世論と行動で自公政権を崩壊させた8月の総選挙、平和で公正な社会を求める世界のうねり、新婦人の草の根の力を確信に、核兵器廃絶、女性の要求実現、女性のよりどころ≠ニなる班活動などの方針を決定しました。
 討論で、天白支部の向井恭子さんは、25年間続けた核兵器廃絶署名で2万人を突破した経験について「外出時にはボールペンと署名板を持参してみんなに声をかけ、大学や高校の門前では5、6時間訴えつづけた」などと発言しました。
 ドキュメンタリー映画「明日へ紡ぎつづけて」の上映運動、日本軍「慰安婦」問題の学習、産直運動、子育て推進チームの発足、要求小組の合同体験会などの多彩な活動を交流し、「新婦人に入って良かった」の声が広がっていることも発言されました。
 安藤会長、吉田裕美子事務局長などの役員を選出しました。日本共産党の岩中正巳県委員長が来賓あいさつしました。
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2009年12月09日,「赤旗」)(Page/Top

きょう太平洋戦争開始68年/戦後補償解決は急務/15歳で性奴隷/人生壊された/スハルティ・テレシアさん


女性国際戦犯法廷での証言以来、9年ぶりに来日したスハルティ・テレシアさん
 12月8日は太平洋戦争開始から68年。日本はこの開戦で、中国侵略の戦争をアジア・太平洋全域にまで広げました。この侵略戦争は、アジア諸国と日本国民に大きな被害をもたらしました。しかし、日本政府はいまなお、提起された戦後補償問題に真摯に取り組む姿勢を示していません。一方で侵略戦争を美化する逆流がいぜんとしてあります。インドネシアの性奴隷被害者の証言、歴史教科書問題を通して侵略戦争についてあらためて考えました。
 (本吉真希、高間史人)
 
 あなたにとって戦争とは何でしたか?
 この問いに、インドネシアの日本軍「慰安婦」被害者、スハルティ・テレシアさん(80)は、こう答えました。「私たち民衆の生活、人間関係、生命をすべて壊してしまう出来事でした」。スハルティさんは1944年、15歳で家族から引き離され、日本軍の性奴隷とされました。
 「戦争を始めた日本政府は、私たち『従軍慰安婦』として強制的に働かされた者に何のケアもしていない。68年間を振り返ると、まずそのことを考えます」

少女を「供出」
 44年、スハルティさんは両親とともに、東ジャワ州の町役場に呼び出されました。当時、日本軍はボルネオ(カリマンタン)で働かせる13〜15歳の女性を探していました。村長は父親に娘を手放すよう執ように迫りました。日本軍が町役場に対し、各村から少女を「供出」するよう割り当てていたからでした。
 スハルティさんは他の少女らとともに連行されました。名目は「1年間のタイピスト研修」。しかし着いた先は、ボルネオのバリクパパンにあった木造の簡素な住宅でした。昼夜を問わず、軍人、軍属に性行為を強いられました。名前は「ミキ」と変えられました。「ショックが大きかったけれど、現実を受け入れる以外に道はなかった」
 連合軍の空襲が激しくなると、自分たちで逃げるよう指示されました。スハルティさんは幾人かの「慰安婦」と50日以上、森の中を歩き続けました。慰安所を出るときに手渡された手紙にある住所が頼りです。しかし、そこもまた慰安所でした。彼女らは再び性奴隷とされました。
 慰安所を管理していたのは「チカダ」という日本兵でした。「毎日、チカダに殴られた。一人が何か失敗すると、全員が殴られた。何のために殴られるのかわからない。それが屈辱だった。全く報酬もなく、休日も与えられず、つらい日々だった」
 チカダはスハルティさんらにいいました。「お前たちが仕事を終えるとき、カネを全額払うことになっている。だから、それまで一生懸命、働け」と。チカダは彼女たちをだましたのでした。

黙っていたら
 戦後、スハルティさんは結婚し、7人の子を産み育てました。「夫は私の過去を知っています。夫は『つらいことは忘れて幸福に生きてほしい』と常にいっていた。私は夫の意見に従い、幸せな生活を送ってきました」
 90年代前半のこと。スハルティさんは慰安所で一緒だったマルディエムさんと偶然再会しました。そして、日本政府に謝罪と補償を求める運動に、正面からとりくむことを決意しました。「もし、私たちがだまされたまま黙っていたら、人間の尊厳が失われてしまう」

母を思い続け
 スハルティさんは「慰安婦」として監禁されているとき、母親のことを一時も忘れませんでした。村で別れる際、「お前に再び会えるかどうかわからない。それを思うとつらくてしょうがない」と告げた母。「そういう母をいつも思い浮かべて、生きる力にしていた。しかし帰れなかったらと思うと、とてもつらかった」。それまで気丈に語っていたスハルティさんの目に涙が込み上げました。
 「私は強制的に性的行為を強いられた。日本軍に踏みにじられた正義と人権を取り戻したい」。スハルティさんは11月末から各地の証言集会で、戦時性暴力被害の実態を告発してきました。「日本政府にきちんと謝罪と賠償をしてほしい。そして歴史上、何が起きたのか、若い人たちがはっきり理解できるよう教科書にきちんと記述してほしい」と訴えました。

謝罪・補償を/日本政府に国内外から
 「慰安婦」問題をめぐっては、国際労働機関(ILO)や国連人権委員会が日本政府に対し、早期解決と謝罪を求める勧告を再三にわたって行っています。
 アメリカ下院議会は2007年、「日本軍が女性を強制的に性奴隷にした」事実を公式に認め、謝罪するよう日本政府に求める決議を可決しました。その後、オランダやカナダ、EU(欧州連合)、韓国、台湾も同様の決議を上げました。
 日本では「慰安婦」問題の解決促進法案が民主、共産、社民各党の共同で過去8回、参院に提出されました。しかし、自公政権により廃案にされました。
 これまで11地方議会が、政府の誠実な対応を求める意見書を可決しています。

主な戦後補償問題      
〇日本軍「慰安婦」
〇強制連行・強制労働事件
〇中国・南京などでの虐殺事件
〇シベリア抑留
〇無差別爆撃・空襲犠牲
〇遺棄毒ガス兵器や不発弾による被害
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2009年12月08日,「赤旗」)(Page/Top

主張/「太平洋戦争」68周年/正当化の逆流根を絶つ努力を

日本が朝鮮半島や中国への侵略に続いて、当時イギリスの植民地だったマレー半島やアメリカのハワイを攻撃、いわゆる「太平洋戦争」を始めた1941年12月8日から、68周年を迎えました。
 侵略の誤りを問い続け、侵略戦争を肯定し美化する逆流の根を絶つことは、現代に生きる私たちがアジアと世界の人たちと平和と友好を築いていくうえで、欠くことのできない課題です。

「靖国」派への国民の批判
 侵略戦争を肯定し美化する逆流は近年、靖国神社への参拝を繰り返した小泉純一郎首相(当時)や、「戦後レジーム(体制)からの脱却」をスローガンに憲法改悪を企てた安倍晋三首相(同)のもとで顕在化しました。しかしそれは国内外の批判の高まりと、2007年の参院選での自民党の敗北、安倍政権の政権投げ出しなどによって破たんを余儀なくされています。侵略戦争を正当化する「靖国」派は重大な打撃をこうむり事態は前向きの打開が図られてきました。
 もちろん、逆流の根を絶つ仕事は、なお残されています。侵略戦争を肯定・美化する「新しい歴史教科書」が今年、横浜市や東京都杉並区などで採択されました。誤った歴史観を子どもたちに押し付ける言語道断な行為です。戦争末期の沖縄県での「集団自決」(強制集団死)への日本軍の関与・命令を否定した教科書検定問題も、完全には解決していません。戦争中の旧日本軍「慰安婦」問題や「強制連行」問題も、国による謝罪と補償がおこなわれていません。
 こうした問題の解決のためには、日本が朝鮮半島や中国本土を含めたアジア・太平洋地域で、領土と権益の拡大のために繰り広げた侵略と植民地支配がもたらした甚大な被害とそのつめ跡を直視することが不可欠です。日本軍国主義の侵略戦争がアジア・太平洋地域の諸国に与えた被害は、犠牲者だけでも2000万人以上に上ります。一方、日本国民も310万人以上が犠牲になりました。
 来年(2010年)は、日本が外交権を奪い軍隊も解散させ、朝鮮半島全体を軍事占領下において当時の「大韓帝国」に押し付けた「韓国併合」から100周年になります。長期にわたって日本の植民地とされた朝鮮では、資源や経済力とともに人間そのものが戦場に駆り出され、徴兵や徴用などで動員された人を含め数十万人が犠牲になりました。
 かつて日本と同じく侵略国となったドイツのワイツゼッカー元大統領は、「過去に目を閉ざすものは結局のところ現在にも盲目となる」という有名なことばを残しています。日本とアジアの諸国民が、侵略戦争についての歴史認識の基本を共有することは、平和と友好の土台を築いていくうえで重要な課題です。

反省生かす国づくりこそ
 日本共産党は戦前の暗黒政治の時代に命がけで侵略戦争に反対し、戦後も侵略の誤りを批判し二度と誤りを繰り返さないよう求めて、国民と力を合わせてきました。
 戦後制定された憲法は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」ことをうたっています。侵略戦争を肯定・美化する逆流の根を絶ち、憲法を生かして平和な国づくりをすすめることこそ、この決意をつらぬく道です。
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2009年12月08日,「赤旗」)(Page/Top

 

11月本文】

「死ぬの待っているのか」/元「慰安婦」が証言/京都集会

 「旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画京都2009」が29日、京都市内で開催されました。韓国から日本軍元「慰安婦」の被害女性を迎え、証言を聞きました。同実行委員会が主催しました。
 姜日出(カン・イルチュル)さん(81)は「日本政府は、私たちが死ぬのを待っているのか」と批判。「次の世代が再び戦争を起こさないためにも、しっかり謝罪すべきだ」と述べました。
 京都大学大学院生の瀬戸・徐・映里奈さん(23)は「排外主義的な人にも、果敢に挑んでいかなければならないと思っている。話してくれたことを無駄にしてはいけないと思う」と述べました。
 手話で発言した森典子さん(36)は、「苦しみを知って平気ではいられない。戦争の罪は消えません。何か協力していきたい」と語りました。
 在日大韓基督教教会に通う山口純一郎さん(34)は「屈辱と傷を与えた日本政府と社会に憤りを感じている。ハルモニの声を聞いたものとしてその声にこたえていかなければならない」と話しました。
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2009年11月30日,「赤旗」) (Page/Top

元慰安婦「今も傷痛む」/日本政府に謝罪要求/大阪で証言集会

 日本軍「慰安婦」問題を今こそ解決しようと28日、大阪市北区で韓国から被害女性を招いて、証言集会が開かれました。同時証言集会inおおさか2009実行委員会が呼びかけ、約350人が参加しました。
 証言したのは被害者が共同生活をするナヌムの家で暮らす姜日出(カン・イルチュル)さん(81)。紫色の民族衣装チマチョゴリを着て登場しました。
 姜さんは、当時、中国の牡丹江の「慰安所」に連れていかれたといい、兵隊に殴られた傷が「今も痛むときがある」と語ります。戦後は、そのまま中国で過ごすこととなり、「両親にも会えなかった。日本政府は責任を認めて謝罪してほしい」と訴えました。
 ナヌムの家に併設されている日本軍「慰安婦」歴史館で研究員をしている村山一兵さん(27)がナヌムの家での様子を写真で紹介して講演。「お金をもらった、売春だったという人がいるが、その人たちに対して、『そうじゃないだろう』という力を僕たちが持つべきだと思う」と力強く語ると、大きな拍手が起こりました。
 宝塚市や生駒市など早期解決を求める意見書を可決した地方議会の議員が発言しました。
 集会では、立法解決を求める120万人署名や地方議会での意見書可決の運動を進めることなどが提起されました。
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2009年11月29日,「赤旗」) (Page/Top

女性9条の会つどいを開催/名古屋市千種区

 「あいち女性九条の会」はこのほど、名古屋市千種区でつどいを開きました。
 主催者あいさつにたった青木みか代表は、「平和的手段による国際紛争の解決や、核兵器廃絶をすすめることは平和憲法をもつ日本の使命です。運動をひろげ、9条の意義を国民各層にひろげていきたい」と述べました。
 自衛隊イラク派兵差止訴訟原告弁護団の岡村晴美弁護士が講演。「憲法改悪路線の自公政権を退場させた国民の力」と強調。「鳩山首相はかねてから、日本は自衛軍をもつべきであると主張し、解釈改憲をねらっています。河村たかし名古屋市長も改憲論者。従軍慰安婦や南京大虐殺の歴史的事実を否定する発言を繰り返しおこなっています。国や地方自治体に対し、憲法の立場にたった施策を行うよう草の根から求めていく必要があります」と語りました。
 女優の山田昌「会」代表が、被爆者の思いをうたった詩を朗読しました。
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2009年11月28日,「赤旗」) (Page/Top

温暖化ガス削減・子ども手当財源/新婦人、改善を要請

 新日本婦人の会(新婦人、高田公子会長)は18、20の両日、新婦人の班や支部・県本部の団体署名を政府、国会議員にとどけ懇談しました。
 内閣府には、地球温暖化対策と子ども手当の財源問題で要請。新政権が温室効果ガス中期削減目標25%を掲げたことを歓迎するとともに、大企業の大口排出源対策の強化や高速道路無料化の中止など6項目の要請書490通を提出しました。応対した内閣官房副長官補室の地球環境対策担当は、「要望は承りました」と述べました。
 子ども手当問題では、財源として配偶者控除・扶養控除の廃止をしないよう求める要請書1007通を提出。官房総務課調査役は「要請書は総理に届け、財務省や厚生労働省に回る」と答えました。
 また、日本軍「慰安婦」問題の一日も早い解決への法制定を求める請願署名2万人分を日本共産党と社民党に提出。共産党は紙智子参院議員が応対し、国会での状況にふれながら「実現に力を尽くしたい」と述べました。民主党は「趣旨には賛同するが、請願は個々の議員は受け取らない」と答えました。
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2009年11月23日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」問題早期解決を/奈良・平和委学習会

 奈良県平和委員会は21日、石川康宏神戸女学院大学教授を迎えて「慰安婦」問題の解決をめざす学習会を奈良市内で開き、43人が参加しました。
 石川氏は、日本軍が国内外400カ所以上で「慰安所」をつくり、「慰安婦」を軍需物資として扱ったことを示す政府・軍の文書にも触れ、国としての謝罪が求められているのは、20世紀の世界で軍や政府が公式に性暴力を推進したのは日本とナチスだけだったからだと話しました。
 石川氏は、2004年度から担当ゼミの学生らと韓国を訪れ、元「慰安婦」の証言を聞いたり、靖国神社に行くなど、文献を「うのみ」にせず、「自分たちで事実を確かめ、自分たちの責任で答えを出す」ということを大切にとりくんできたことを紹介しました。
 県平和委員会では「慰安婦」問題解決促進法案の早期成立を求める署名や、地方議会への働きかけなどを進めようと呼びかけています。
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2009年11月22日,「赤旗」) (Page/Top

貧困解消不況打開を/全労連・春闘共闘が中央行動/女性差別なくそう/婦団連が3署名提出

 日本婦人団体連合会(婦団連)の堀江ゆり会長、榎本よう子事務局長をはじめ加盟団体の代表が18日、国会に、「戦時慰安婦」問題の最終解決、女性差別撤廃条約選択議定書のすみやかな批准、民法の差別的規定の廃止・民法改正―を求める三つの国会請願署名7465人分を提出しました。日本共産党と社民党、衆議院の全女性議員に要請しました。
 堀江会長らが訪れた共産党の参議院控室では、応対した小池晃、紙智子、仁比聡平各参院議員に3署名約6800人分を手渡しました。
 堀江会長は、女性差別解消・女性の地位向上のため婦団連が活動し、3署名にとりくんできたことをのべました。今年8月の国連女性差別撤廃委員会の日本政府への審査「総括所見」でも、三つの問題が早急に改善すべき課題として指摘されたことを話しました。
 小池議員らは、「新政権の前向きな発言は応援し、改めるべき発言には建設的に論戦したい」と建設的野党として3課題の実現に全力を尽くしていく決意をのべました。
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2009年11月19日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」創設は旧日本軍/国の責任明確に/国会内学習会

 元日本軍「慰安婦」問題で運動してきた市民団体でつくる「戦時性暴力問題連絡協議会」は17日、同問題の第一人者である吉見義明中央大学教授を迎え、歴史の事実を確認する学習会を国会内で開きました。約50人が参加しました。
 吉見氏は「『慰安婦』制度の創設、運営、維持の主体は日本軍であり、業者が使われる場合、その役割は副次的、従属的なものだった」と資料に基づき指摘しました。
 「慰安婦」問題において「おわびと反省の気持ち」をのべた1993年の河野洋平内閣官房長官談話(当時)や96年の首相のおわびの手紙は、「軍の関与」を認める一方で、「誰がやったのかという主語がない。これでは主要な責任は業者にあると読み取れる余地がある」と批判。
 今後の課題として、@閣議決定または国会決議で、国が責任の主体であることと法的責任を認めた明確な謝罪を行うことA過去8回提出してきた「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」の実現―の2点をあげました。
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2009年11月18日,「赤旗」) (Page/Top

「韓国併合」100年を考える/岩本正光/植民地支配に対する完全な清算/歴史認識共有の運動が始まった

 来年8月は、日本(帝国主義)による朝鮮植民地支配―「韓国併合」から100年を迎える。1910年8月29日公布された「韓国併合条約」は、その第一条で「韓国皇帝陛下は、韓国全部に関する一切の統治権を完全且つ永久に日本国皇帝陛下に譲与する」というもので国際的にも史上、他に類例を見ないものであった。しかも「完全且つ永久」で時間的にも無制限であった。

巧妙で強力悲惨な歴史
 これによって日本は朝鮮全土を完全な植民地支配下におさめ、言語に絶する悲惨な歴史が始まったのである。日本の朝鮮植民地支配は、巧妙で強力なものであった。その特徴の第一は、朝鮮総督府という日本政府から独立した支配機構を設けたこと、第二に、総督は歴代の現役の陸海軍大将をあててきたこと、第三に天皇にのみ直属し当時の帝国憲法、帝国議会にも拘束されることはなかったことである。
 日本の朝鮮植民地支配の具体的な内容は、どのようなものだったのか。
 一、まず日本が最初にやったことは、「土地調査事業」であった。1910年から8年をかけてすすめられたこの事業の最大の目的は、土地の所有権を明確にする目的のもと朝鮮人の土地を取り上げることであった。
 一、1920年代から米を増産させる「産米増殖計画」政策がとられるが、それは1918年の日本の「米騒動」に見られる日本の慢性的な米不足を補うことにあった。朝鮮農民の米は日本に移入され、朝鮮農民はアワやヒエでしのがざるを得なかった。
 一、1937年10月になると「皇国臣民の誓詞」が制定され、学校をはじめあらゆるところで斉唱を強要した。また朝鮮人を文字通り精神的にも大日本帝国の臣民とさせるために「朝鮮神宮」を建て1930年代からは、神社参拝を強制した。
 一、「創氏改名」といって朝鮮人の名前を日本化したもので1939年11月から実施された。これには、深い陰謀があった。それは「天皇の軍隊」に朝鮮名の軍人はあってはならなかったのである。

「慰安婦」や強制連行も
 一、日中戦争、太平洋戦争が激しくなると日本の兵力不足を補うために、1938年2月「陸軍特別志願兵令」を公布、1万8000人が、1944年4月には「徴兵制度」を公布、約20万人の朝鮮青年が各地の戦場に送られた。
 一、強制連行、強制労働の問題も深刻である。日本の敗戦時の1945年には240万人近い朝鮮人が日本に在留していた。これらの人々は日本の労働力を補うために、あるいは土地を取り上げられ移住してきた人たちである。
 一、1923年9月1日の関東大震災の中で朝鮮人虐殺事件が引き起こされ6000人にのぼる朝鮮人が虐殺された。女性の人権と尊厳を著しく傷つけ世界に類例を見ない「慰安婦」問題も深刻である。
 問題は、日本政府が植民地支配に対する明確な謝罪と清算・補償をしていないことである。これに対し、10月1日、各界各層の呼びかけで、植民地支配の完全な清算と歴史認識の共有をめざす「併合」一〇〇年日本委員会(事務局・日朝協会)が結成され、多面多彩な運動が始まっている。
 (いわもと・まさみつ 日朝協会代表理事)
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2009年11月11日,「赤旗」) (Page/Top

オランダ戦争被害者の歓迎ディナー/紙議員が出席

 日本共産党の紙智子参議院議員は9日、都内のオランダ公使公邸で開かれたオランダ人戦争被害者を歓迎するディナーに出席しました。ディナーは、日蘭平和交流事業の一環として日本政府が招致したオランダ人戦争被害者の来日を歓迎し、オランダ大使館が主催したものです。
 紙議員は主催者のフィリップ・ドゥ・ヘーア大使、ゲラルド・ミッヘルス公使とあいさつを交わし、来日した被害者らと懇談しました。被害者らは、両国の友好関係を発展させるためにも、戦後処理の問題は日本政府として解決する必要があると述べました。紙議員は、日本の新しい政治状況のなかで、慰安婦の問題を含め戦後処理問題の解決のために、日本共産党としても全力をつくしたいと応えました。
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2009年11月11日,「赤旗」) (Page/Top

変わるかNHK/下/番組改変問題シンポ/知る権利守る制作者の自由

 NHKの自主・自律を問う上で、避けて通れないのがETV番組改変事件(別項)です。NHKはこれまで、かたくなに「政治的圧力を受けて番組内容を改変した事実はない」と述べてきました。検証番組についても、作る考えを示していません。

改変前の映像を初公開
 何がどう改変されたのか、検証番組は作れないのか―。10月下旬、この問いに応えるシンポジウム「ETV2001改変事件・残された課題」が東京・武蔵大学で開かれました。主催は武蔵大学総合研究所。

圧倒される内容
 闇に包まれていたシリーズ2回目「問われる戦時性暴力」の制作を請け負ったプロダクション、ドキュメンタリー・ジャパン(DJ)が仕上げた「ほぼ完品」の映像が初めて公開されたのです。映像は、「女性国際戦犯法廷」(00年12月)を開催の背景から判決まで丹念に追った内容です。主催者に寄り添い、法廷の意義を伝える構成でした。
 後に削られた元日本軍「慰安婦」や元日本兵の証言、カリフォルニア大学准教授(当時)の米山リサさんのコメントなどが残っています。元「慰安婦」だった中国の女性は、激しい口調でここで体を見せることもいとわない≠ネどと叫び、失神してしまいます。2人の元日本兵は「強姦(ごうかん)はつきものでした。逆らえば殺した。それが現状でした」と告白します。生々しい体験と映像の力に圧倒されます。
 シンポジウムでは、なぜ番組が4度も改変されたのか、裏側が語られました。
 最初に被害を受けたのが制作会社DJです。当時、DJのプロデューサーだった広瀬凉二さんは「戦争責任、天皇問題、フェミニズムにはもろもろの壁がある。企画が通った時点で、NHKが決意を持って引き受けてくれたと思っていた」といいます。

まっとうな疑問
 NHKのプロデューサーだった永田浩三さんは「これほどの不正義がまかり通っている。女性国際戦犯法廷のように疑問を呈するのがまっとうで、間違っていない。まっとうなことをやれば世間は信じてくれると思っていました」。
 ところが、改変の「第1の波」が起こります。試写の後、部長から、番組の企画趣旨そのものを否定するような意見が出されたのです。広瀬さんは「やると判断した時点で、先のような内容になるのは目に見えている。2階に上ってはしごを外されたようなものでした」。これ以上、やるべき作業はない、とDJは制作から手を引きました。

誤り検証し声上げよう
 シンポジウムでは、テレビ局に対して物が言えない制作会社の弱い立場も指摘されました。永田さんも、制作会社を守れなかった後悔を口にします。
 「改変の波」はその後4波まで襲いました。「第4の波」では、当時の安倍晋三官房副長官の意をくんだNHK幹部が元「慰安婦」や日本兵の証言を削ります。法廷の意義や役割を否定する見解を追加された番組は、法廷に寄り添うどころか攻撃を含んでいました。
 当時、番組デスクだった長井暁さんは「NHKの編集権が政治によって侵された事件」だといいます。「第三者委員会で検証し、誤りがはっきりしたら、視聴者におわびし、二度としない誓いを立てなければならない。NHKの現場の若い人たち、組合にはぜひ声をあげてほしい」

子どもが戻った
 参加者には、NHKの取材に全面協力した市民団体バウネット・ジャパン元共同代表の東海林路得子さんもいました。開口一番、「行方不明になった子どもが戻ってきたようでした」と涙ぐみました。
 「この番組が放送されていれば、『慰安婦』への謝罪と補償を求める意見がもっと早く浸透していたでしょう。制作者の表現の自由、内心の自由が保障されなければ、私たちの知る権利さえ守られないのだと、改めて思います」

ETV番組改変事件
 「ETV2 001シリーズ戦争をどう裁くか」の2回目(2001年1月放送)の内容が、放送前に自民党議員らの圧力で改変された事件。旧日本軍「慰安婦」を証人に、日本政府と天皇を有罪にした「女性国際戦犯法廷」(バウネット・ジャパンなどが主催)を扱いました。放送前、安倍官房副長官(当時)から「公平公正な番組に」と言われたNHK幹部は、その意味を忖度(そんたく)、法廷の積極的評価を削り、マイナス評価を加える改変を行いました。
 放送倫理・番組向上機構(BPO)はNHK内部の自主規制を含め、4度にわたる「改変の波」があったと指摘し、「放送前の番組についてあれこれしゃべったり、政治家の意見を聞いたりすることは、あってはならない」「これらは、自主・自律の理念を揺るがし、視聴者からの疑念を招き、信頼を裏切る行為である」との意見を出しています(今年4月)。
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2009年11月11日,「赤旗」) (Page/Top

変わるかNHK/上/経営委員と語る会/自主自律に強い声次々

 公共放送NHKをめぐって、市民や元プロデューサーの発言が続き議論が広がっています。放送への市民参加が現実味を帯びている中、注目されます。その動きを2回にわたって伝えます。
 「望む公共放送とはどんなものですか?」。NHK経営委員が、集まった市民に意見を求めました。京都市で10月24日に開かれた「視聴者のみなさまと語る会〜NHK経営委員とともに」の中でのことです。
 今年度第5回、通算11回を数える「語る会」。前半はこれまで通り、手をあげて意見を出し、経営委員や理事らが答えました。経営委員が提起した初めての試みは、後半に実施しました。公共放送に何を求めているか。参加者が黄色のアンケート用紙に書き込みます。三つのグループに分かれて、それぞれに野間光輪子、井原理代、安田喜憲の経営委員が加わって、短時間のやりとりがありました。
 どのグループからもトップにあがったのは「自主自律、不偏不党を貫いて公平公正に」です。それに共通するものとして、「世論の形成に役立つ放送を」と書かれたものもありました。「地域密着」「地域放送の充実」「質の高い多様なサービス」「若い人の意見を参照して」と続きます。
 「経営委員や会長の選出で、市民が参加できる制度にしてほしい」という声もありました。これを受けて、安田委員は「前半に出された厳しい意見とともに、われわれ経営委員会の体質、あり方の問題であり、持ち帰って考えていきたい」と述べました。
 その意見とは次のようなものです。
 「『NHKの番組は信頼するが、経営は信頼しない』。そんな結果が『2008年度の約束&]価委員会』の報告に示されている。NHKの経営・組織を信用しないが26・5%、民放の16・8%より高い。これはNHKに姿勢を正してほしいということではないでしょうか」
 野間委員は「市民のみなさんと信頼関係をどう構築するかだと思います」と語りました。
 まとめとして、井原委員が「NHKに望むこととして、いただいたものはすべて私どもの宝です。必ず生かしていきたい」と発言しました。

議論の公開、市民参加へ
 「視聴者のみなさまと語る会〜NHK経営委員とともに」は、2008年施行の改定放送法に規定されたものです。目的はNHKの経営に視聴者の意見を反映させること。言いっぱなし、聞きっぱなしでは、趣旨からはずれてしまいます。
 今回、経営委員は参加者に「望む公共放送とは?」のアンケートを書いてもらい、身近に声を交わしました。周到に準備したものではありませんが、試行錯誤しながらも、視聴者の意向をくみあげようとしていることはうかがえます。
 公共放送には「自主自律、公平公正を貫いてほしい」。アンケートで出された強い意見は、「語る会」前半ではETV番組改変問題をめぐって視聴者から提起されました。「番組制作にかかわった元NHK職員の話を聞くシンポに参加した。政治家に屈して番組改変があった。それを否定しているのはNHKの執行部だけではないか」「制作スタッフはNHKを守ろうと、改変の内部告発をした。それなのに執行部は、政治家をかばっている」
 受信料については、「経営計画に『10%還元』とあるが、実際は不透明ではないか。受信料制度をていねいに説明してほしい」。野間委員は「受信料でNHKは民事訴訟を起こしているが、それは北風路線。太陽路線も考えたい」と述べました。
 「語る会」は、定期に開かれる経営委員会でどう位置付けられているでしょうか。「語る会」の中でどんな声が出て、委員がどう回答したか、毎回報告がされています。しかし、議事録の限りでは、経営委員会の関心は、参加者の人数や若い世代を獲得し、受信料収入につなげることにとどまっています。NHKの経営に今、必要なのは、番組改変問題や公共放送の「自主自律、公平公正」の議論をし、それを公開していくことです。
 新政権は、独立行政委員会構想を打ち出しました。放送の管轄を政府から放送委員会へと移すものです。市民団体「開かれたNHKをめざす全国連絡会」は10月、内藤正光総務副大臣と懇談、「NHKと政府の関係をも見直し、経営委員の選考の改善」などを申し入れました。放送への市民参加が、現実のものとなる勢いです。

NHK約束&]価委員会
 2005年に設置。NHK執行部が3人の委員(委員長=辻正次・兵庫県立大学教授)に委嘱し、NHKが掲げた約束=i事業運営目標)がどの程度、達成しているかを視聴者調査し、執行部に提言しました。不祥事で失った信頼を取り戻すことが目的です。08年度は@経営に対する信頼A質の高い放送などの約束≠示しました。09年度からは「視聴者視点による評価委員会」に改組しました。
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2009年11月10日,「赤旗」) (Page/Top

9条の会が各地で/石川/富山/岐阜


石川
 9条の会・石川ネットは3日、県内各地の9条の会が交流する「石川県民集会」を金沢市で開催し、約160人が参加しました。
 「9条と基地問題を考える」をテーマにシンポジウムが行われ、井原勝介氏(元岩国市長)、川本藏石氏(弁護士、小松基地爆音訴訟弁護団事務局長)、島隆雄氏(寺井病院院長、小松基地騒音の健康被害調査班)が、米軍再編問題、新政権下での基地政策について討論しました。
 井原氏は岩国基地の米軍再編をめぐるたたかいについて報告。市長退任後も「草の根ネットワーク岩国」を設立し、住民と共にたたかっていることを語り、「今までの政権は民意をやっかいなものとして、遠ざける対応をしてきた。新政権には住民へ情報を開示し、共に考えて結論を出していく姿勢が求められる」と強調しました。
 川本氏は小松爆音訴訟について報告。現在第5次訴訟となる裁判の歴史について語り、「深夜・早朝などは静かに生活したいというあたり前の願いが裁判を起こさないと届かない現状はおかしい。裁判勝利へご支援を」と訴えました。
 島氏は基地周辺の住民の健康被害調査について報告。アンケートや検査などで調査を行った結果、騒音が健康に悪影響を及ぼし、精神的被害に加えて聴力の低下、血圧上昇など身体的被害が住民に表れていることを明らかにしました。
 活動交流では、9条の会・金大ネットと七尾9条の会が取り組みを報告。金大ネットは新入生歓迎を兼ねた記念講演の開催や学園祭で特設ブースを設置したことなどを紹介しました。

富山
 「大学人9条の会(富山)」は3日、富山市内で奈良女子大学名誉教授の中塚明氏を迎えて講演会を開きました。憲法9条の会inとやま、日本国憲法をまもる富山の会が共催し、80人余が参加しました。
 「『韓国併合百年』とどう向き合うか―NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』を問う―」と題して講演した中塚氏は、作家の司馬遼太郎が書いた『坂の上の雲』は、戦前の昭和と比べて明治の日本は良かったとして、日露戦争の勝利を明治日本の成功物語として描いていると指摘。明治8年(1875年)の江華島事件以来の日本の朝鮮侵略に対しては一切書かないで、朝鮮が自力では変わることができない遅れた国として日本の併合は仕方がなかったと擁護していると批判しました。
 中塚氏は、3年間にわたって13回放送されるNHKのスペシャルドラマの危険性を指摘した上で、今求められているのは、韓国・朝鮮が民族的自主性を持っていた事実を見直し、日本の侵略の歴史と向き合うことだと訴えました。
 参加者からは、「従軍慰安婦の問題なども考えながら、歴史を直視し、韓国の人と仲良くしていくことが大事だと思う」などの感想が出されていました。

岐阜
 岐阜・九条の会は3日、憲法公布63周年記念「11・3平和のつどい」を岐阜市民会館で開催し、約600人が参加しました。
 実行委員長で岐阜・九条の会代表呼びかけ人の平方浩介氏があいさつ。日本国際ボランティアセンター(JVC)代表理事の谷山博史氏が「武力で平和は得られるか?」と題して話しました。
 JVCは、世界10カ国で地域開発や人道支援を行っています。谷山氏は、ラオスやカンボジア、アフガニスタンなどで活動してきた経験から、「武力で平和はつくれない。アフガニスタンが平和になるためには対話しかない。先進国の中で軍隊を出していない日本がイニシアチブを発揮できる」と語りました。また、日本政府にたいし、「アフガニスタンにおける対テロ戦争と日本の軍事支援の見直しを求める声明」を出し、提案していることを話しました。
 オープニングでは、新井満氏の自由訳「イマジン」を63人と会場の参加者と一緒に群読しました。国際交流パネル写真展も行われました。
 参加した小木曽忍さん(67)は、「2日ほど前に『冬の兵士』を読んだ。こんなこと(対テロ戦争)は早くやめないと互いが悲しいだけ。武力で平和は守れないという話を聞いて、9条をしっかり守っていきたいと思った」と話していました。
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2009年11月06日,「赤旗」) (Page/Top

核兵器廃絶と「慰安婦」署名/埼玉AALAが訴え

 埼玉アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(AALA)は、さいたま新都心(さいたま市)のけやき広場で1日まで開かれた「国際フェア2009」のなかで、核廃絶を求める署名や「慰安婦」問題の解決を求める署名を呼びかけました。
 埼玉AALAのブースでは、活動紹介やコーヒー豆の販売をしながら、立ち寄った人に署名を呼びかけ、話題をよびました。
 国際フェアは埼玉県国際交流協会の主催で毎年開催しているもので、今年は10月31日から1日まででした。
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2009年11月06日,「赤旗」) (Page/Top

伝えよう侵略戦争の真実/続・中国戦線/3/「加害」今も思い出す

 「自分自身が加害者ですから…」。そういって体験を語り始めた佐藤義雄さん(89)=茨城県=。1942年10月に中国へ渡りました。22歳のときでした。大陸で犯した略奪、強制連行、性的暴行の罪を告白しました。
 44年8月。衛生隊兵士だった佐藤さんは、同年4月に始まった大陸打通作戦の衡陽(こうよう)戦が終了した翌日、担架隊として負傷兵を後方の病院に運ぶ任務に就きました。

許し請う老人
 その中に数人の中国人男性が強制連行されていました。担架を担ぐためでした。佐藤さんの担架にも農民風の老人が1人いました。他の担架には長衣を着た商人風もいました。
 炎天下、広大な野原を延々と進みました。一つの担架に中国人1人、日本兵4人がつきました。「交代で担ぐ兵隊でもきつい労働だったが、中国人は交代なしで担がせた」
 出発して2日目、小休止を終えて再び出発するときでした。佐藤さんらと担いでいた老人が座ったまま両手を合わせ、低頭して立とうとしません。疲れ果てていたことはわかりました。しかし、「老人がいなくなれば自分たちがずっと担ぐことになる。休みがなくなると気が焦った」。
 佐藤さんは帯剣を抜き、老人の背に当てました。「立て! 立たないと殺すぞ!」。それでも、老人は許しを請うのみ。脅せば立つと思った佐藤さんはイライラしました。
 そのときです。下士官が老人の襟首をつかみ、近くの池まで引きずり、突き落としました。そして、水中で必死にもがく老人に拳銃を発射。何事もなかったかのように、急ぎ足で去っていきました。「まるで、虫けらでも殺すかのようだった」

疑問が消える
 佐藤さんは最初の作戦を終えた43年の中ごろから「何のための戦争か」と考え始めました。しかし、答えは出ませんでした。「戦争中は自分の身を守ることしか考えられない」。次第に疑問も消えました。そして、矛盾を抱えつつも罪を重ねていきました。
 老人の射殺事件が起きる前には、自らも強制連行を行いました。
 「苦力(クーリー)を連れて来い」との命令に、6〜7人で探しに出ました。道に40代の夫婦らしき男女が歩いて来ました。佐藤さんらは銃で男性を囲みました。初めは抵抗しましたが、しばらくしてあきらめました。
 「奥さんがわめいてね。夫を取り返そうとするんだ。でも、銃を向けて追っ払った」。女性は連行される夫に向かって、ただ叫び続けるしかできませんでした。「今でも奥さんの顔を思い出すんです」
 佐藤さんは自分が加害者であり、その加害行為を罪として受け止め、被害者の苦しみや悲しみに思いを寄せ、考えるに至るまで、戦後六十数年がかかりました。
 「あの戦争の本質をどうつかむかは、現在をどう正しくつかむのかと密接な関係にある」と佐藤さん。「戦争は人間性そのものを破壊するんです」
 (本吉真希)
 (つづく)
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2009年11月06日,「赤旗」) (Page/Top

伝えよう侵略戦争の真実/続・中国戦線/2/「天皇万歳」言わず

 「『天皇陛下万歳』といって死んでいった戦友は一人もいなかった」。北支派遣12軍第32師団第1野戦病院付衛生兵だった富永誠さん(90)=横浜市=は、「戦争のおろかさ」と「殺し合いの真実」についてそう語りました。

下級兵の虐待
 「幸いにして私は衛生兵だったことから戦闘で人を殺すことはなかった。救急用医療品箱や担架などを携帯するが、銃は持たない。時に手りゅう弾を携帯するが、それは戦闘用というより、自決用だった」という富永さん。陸軍病院で負傷兵の救出、担架の使用法から応急手当ての方法、止血法、添え木の当て方、負傷部位への包帯の巻き方などの教育を受け、中国山東省沂州の診療所で内科軍医の診断助手を務めました。
 「戦争のおろかさ」を知った一つは、日本軍「慰安婦」の存在でした。
 「沂州城内の一郭に軍が設置した慰安所の建物があった。完全に軍が関与していました。私が所属した療養所の軍医が毎週『慰安婦』の検診をする。その検診結果を一覧表にするのが診療所事務室に勤務する私の仕事でした。『就業可』とか『休日何日』とか『軍医の診断』を書く。各駐屯部隊は、休日の外出を許された隊員全員にコンドームを渡した。それでも性病に感染するものがいた」といいます。
 「軍隊は階級社会」という富永さん。「性病に感染した下級兵隊は一般傷病兵と区別されて軽蔑(けいべつ)されて虐待を受けた。しかし、上層部の兵隊は自分専用の女性をもち、万が一、梅毒に感染したときには治療の薬も違った。一兵士はサルバルサン606号だが、将校などは開発されたばかりのペニシリンを使った」

「お母さん」と
 1944年4月。富永さんは、南方戦線へ転出を命じられました。上海から南太平洋へと向かいました。同年5月から陸軍電波警戒機中隊付衛生兵としてモロタイ島に上陸。「補給路は断たれ自給自足で生きる死の行軍だった」と、涙ながらに「殺し合いの真実」を回顧しました。
 傷病兵の病状は栄養失調で日に日に悪化していきました。「苦しいよ。殺してくれ」と叫ぶ上等兵。「衛生兵の私の手を握り、『僕はモロタイ島の土になってしまうのか』と途切れる声で話す戦友。『お母さん』『お母さん』と二度呼んで亡くなっていきました。『天皇陛下万歳』といって死んでいった兵士はいなかった」
 富永さんが8月15日になると必ず思い出す出来事があります。
 負傷して死期を悟った1等兵が「自決」を申し出たのです。「自力では死ねない。自分の銃に弾丸を込めてほしい。あご下に銃を当てるから引き金をひいてほしい」と。
 食料と水を残して現場に残留しても餓死するのは必定でした。同期の兵が自決を申し出た1等兵の自決する意思の確認と、銃に弾丸を込めるのを引き受けました。「バァーン」。静寂を破る銃声。
 富永さんは、かみ締めるようにいいました。
 「死亡兵の小指を切って遺骨としました。この8月、横浜市教育委員会は、侵略戦争を美化する『新しい歴史教科書をつくる会』の教科書を採択しました。私は、侵略戦争の体験者として子どもたちに真実を語り継ぐ責務を痛感しています」
 (菅野尚夫)
 (つづく)
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2009年11月05日,「赤旗」) (Page/Top

伝えよう侵略戦争の真実/続・中国戦線/1/軍隊が私を変えた

 「私は何人の中国人を殺したか、わかりません。1人や2人ではありません。強かんもしました。拷問もしました」。中国での罪業を告発し続けている金子安次さん(89)=東京都=。1940年11月、20歳で中国山東省に従軍しました。

ママと叫んで
 翌年10月ごろのこと。ある部落で残兵の掃討と捜索をしていたときです。金子さんが上等兵と家屋に押し入りました。「奥のほうに女の人が4歳くらいの子どもを抱いて、じーっとしておるんです」
 上等兵は子どもを女性から引き離し、金子さんに預けました。「外で監視しろ」と命じる上等兵。「私は泣く子どもを連れて表に出た」
 家の中から女性の悲鳴と上等兵の怒号が聞こえてきました。しばらくすると、上等兵は「この尼! ふざけたやつだ!」と怒鳴り、女性の髪を引っ張って出てきました。
 「金子、連れて来い!」。上等兵は井戸のところに女性を連れて来るよう命じました。そして「お前は女の足を持て! 井戸にぶち込んでやる!」といいました。金子さんが足を持ち上げると、上等兵が胸の辺りを押しつけ、女性を井戸の中に落としました。
 それを見た子どもは「マァマー(お母さん)! マァマー!」と泣き叫び、気が狂ったように井戸の周りを走り出しました。小さな子は井戸の縁に届きません。家から台のような物を持ってきて踏み台にしました。そして、井戸の中をのぞき込み「ママー!」と叫びながら、自ら井戸に身を投げました。

戦争とは何か
 「やつら井戸の中でもがいているから、手りゅう弾を入れろ」。上等兵にいわれるまま、金子さんは手りゅう弾を投げ入れました。
 「生き残っている者は女、子どもを含めて全員殺せ」と命じられていました。「女性は子を産み、子どもは将来大きくなって、われわれに反抗するから」
 金子さんは将校が中国人の首を切り落とすところも見ています。自分の刀がどれくらい切れるのか、試し切りのために行っていたといいます。「このようにして私たちは中国人を殺してきました。これが皇軍のしたこと。忠君愛国の実態です」
 金子さんは初年兵のとき「実的刺突」訓練で初めて中国人を目の前にしました。そのときは「手がガタガタ震えて突けなかった」。しかし「1年がたち、2年がたつと平気で殺せるようになった」。
 「私たちは生まれながらにして罪悪人じゃなかった。しかし、軍隊は私たちを変えていった。私たちが絶対に戦争をしてはならないというのは、そこにある。戦争とは何なのか、みなさんに考えてほしい」
 (本吉真希)
 (つづく)
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2009年11月04日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」問題解決急いで/植民地支配の清算考えるシンポ

 日朝協会が事務局団体を務める「植民地支配の完全な清算と歴史認識の共有をめざす『併合』100年日本委員会」が主催するシンポジウムが31日、東京都内で開かれ、90人が参加しました。
 早急に解決が求められている日本軍「慰安婦」問題が議論されました。会場には画家で元教師の鯨井洪さんが描いた元「慰安婦」の女性72人の絵が飾られました。
 吉川春子・日本共産党元参院議員、西野瑠美子・バウネットジャパン共同代表、高柳美知子・「人間と性」教育研究所所長が、パネリストとして発言しました。
 吉川さんは、日本軍の文書などを引用しながら、なぜ「慰安婦」がうまれたかを説明。これまで共産、民主、社民の3党共同で国会に提出してきた「慰安婦」問題の早期解決を求める法案が、一日も早く議論されることが重要だとし、「地方自治体で早期解決を求める決議が11の自治体であがっている。世界からも求められている『慰安婦』問題の解決は、日本自身のためにも必要だという世論を盛り上げることが大事だ」と話しました。
 西野さんは教科書問題について報告。1997年、中学校の教科書に「慰安婦」の記述が載り、その後削除された経緯を詳しく話しました。「教科書には世論が反映する。運動を強めていこう」と呼びかけました。
 高柳さんは「『慰安婦』の問題は、性の問題で、今日につながるテーマ。多くの日本の人に考えてもらいたい」と発言しました。
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2009年11月01日,「赤旗」) (Page/Top

10月本文】

「慰安婦」解決へ急げ/法案成立求める/国会内集会

 元日本軍「慰安婦」問題で運動してきた市民団体が集う「戦時性暴力問題連絡協議会」は28日、新政権に期待を込め、一日も早く問題解決をのぞむ市民と議員の集いを国会内で開きました。解決への立法化と謝罪と賠償、専門部局の設置などを求めた首相あての要請書を参加者約120人が拍手で採択。近日中に送付する予定です。
 韓国から来た被害者の李容洙さん(80)は13年前、鳩山由紀夫首相(当時新党さきがけ代表幹事)と面会した際、同氏が国家補償などによる解決を約束したといいます。李さんは「私たちが生きているうちに解決してほしい。若い人たちのためにも正しい方向へ未来をつないでいきましょう」と話しました。
 現在11の地方議会が、政府に対し問題の速やかな解決を求める意見書を可決しています。各地の市議らは「地方の声として国会議員に受け止めてほしい」など発言しました。
 韓国の支援者は「(当時野党が参院で)約10年推進してきた解決促進法案を、さらに推進していくだろうと信じている」とのべ、台湾の支援者は「被害者が謝罪を聞けることを心から願っている」と訴えました。
 日本共産党の紙智子参院議員は、首相の所信表明にもふれつつ、「問題を解決しなければ本当の意味での(アジアでの)信頼回復はできない」とし、解決の前進に向け後押ししたいと語りました。吉川春子元党参院議員は「絶対に(法案を)通しましょう」とあいさつしました。
 民主、社民両党の国会議員も参加し、連帯の意をのべました。
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2009年10月29日,「赤旗」) (Page/Top

日本軍「慰安婦」問題/法案実現へ世論広く/学習会に100人参加/京都市

 日本軍「慰安婦」問題の早期解決をめざす学習会が25日、京都市下京区のひと・まち交流館京都で開かれ、約100人が参加しました。学習会は、新日本婦人の会京都府本部などがよびかけたもの。
 日本共産党の吉川春子元参院議員が講演し、米下院議会など世界で日本軍「慰安婦」問題への非難決議があがるなか、これまで日本政府が放置してきたことを批判。政権交代により、日本共産党と民主党などが繰り返し国会に提出してきた解決促進の法案を実現させる可能性が高まったことを指摘し、「一筋縄ではいかないが、事実を知ってもらい世論を広げていく運動が大事だ」と強調しました。
 国に早期解決を求める意見書を6月に可決させた京都府京田辺市の運動や、新婦人城陽支部が初めて行った学習会など各地の取り組みが報告されました。
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2009年10月27日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」問題吉川氏が講演/鳥取で集い

 鳥取市のとりぎん文化会館で17日、日本軍「慰安婦」を考えるつどいが開かれ、60人が参加しました。治安維持法国賠同盟県東部支部女性部と新日本婦人の会鳥取支部が主催。
 元日本軍「慰安婦」(韓国人=当時17歳、フィリピン人=当時10歳と13歳)の証言が朗読され、吉川春子氏(日本共産党元参院議員)が「慰安婦問題と女性の人権」と題して講演しました。
 吉川氏は、戦前に韓国(朝鮮)で、多くの少女が中学校単位でおこなわれた「処女供出」で「慰安婦」にされ、犠牲にされたと告発しました。
 「慰安婦」は性的奴隷で、女性の人権の大きな柱の一つである「女性への暴力撤廃」(国連)に反し、日本政府は、「慰安婦」に謝罪、損害賠償、名誉回復をおこなうことを国際社会から強く迫られていると指摘。民主、社民と共同提出した「慰安婦法案」を成立させたいと語りました。
 その上で吉川氏は、「慰安婦問題」は@韓国に匹敵する日本人「慰安婦」がいた可能性があるA背景に家父長制があり、女性が抑圧、差別されている(戦争・軍事基地でのレイプ、3人に1人がDV被害者、パート賃金が男性の4割など)―などをあげ、解決すべき今日的課題だと強調しました。
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2009年10月20日,「赤旗」) (Page/Top

おはようニュース問答/NHK番組改変事件、検証求める声続くね

 みどり 9月に行った「放送を語る会」のつどい、会場は熱気にあふれていたわ。
 晴男 何の集会だい?
 みどり NHKの番組が、政治家の「圧力」で改変されてしまった事件を検証するつどいよ。

「圧力」生々しく
 晴男 その番組は、旧日本軍「慰安婦」問題を扱った「ETV2001 シリーズ戦争をどう裁くか」の第2回(01年1月放送)だったね。
 みどり 番組改変の実態を告発したNHK元職員の長井暁さん(事件当時デスク)と、永田浩三さん(同プロデューサー)が出席したの。
 晴男 すごいね。現場にいた2人が、市民集会にそろって出席するのは初めてのことだよ。
 みどり 放送前日、NHKの国会担当局長と放送総局長が安倍晋三官房副長官(当時)に面会した直後の改変の様子が生々しく語られたわ。
 晴男 そのころの安倍氏といえば、教科書から「慰安婦」の記述を削除しろと要求する議員の会の中心メンバーだった。
 みどり 長井さんは、番組制作局長に「この時期、NHKは政治とたたかえない」と言われたことを克明に覚えていた。国会担当局長から直接、改変を指示された永田さんは、「鋭利な刃物で台本から単語を消していく作業だった」と。本当に悔しそうだった。

視聴者に説明を
 晴男 改変された番組は、通常よりも4分も短くなったそうじゃないか。改変前後の番組を検証する必要があるよ。
 みどり BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会も、4月に出した「意見」の中で、自ら事件を検証して視聴者に説明するようNHKに求めている。
 晴男 肝心の映像や台本などの素材は保存されているのかい?
 みどり 集会で、NHK元職員が「検証番組に必要な素材はある」と発言したの。ジャーナリストの原寿雄さんも「新しい国会で公開を議決させることも考えられる」と提案していた。
 晴男 ETV事件は過去の問題じゃない。現に、日本の台湾統治時代を扱った番組を右派勢力が激しく攻撃している。検証番組をつくることは、NHKが「圧力」をはねのけ、公共放送の自主・自律を貫く試金石だよ。
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2009年10月14日,「赤旗」) (Page/Top

波動/問われたジャーナリズム/戸崎賢二

 近ごろ珍しく感動的な市民集会を経験した。本紙10月7、8日の紙面でも紹介されていた「NHK番組改変事件・何が残された問題か」(放送を語る会20周年記念のつどい)である。
 この集会には、問題の番組「ETV2001〜問われる戦時性暴力」の担当プロデューサーだった永田浩三氏とデスクだった長井暁氏が、市民集会に初めてそろって出席し、パネリストとして発言した。私は第1部の司会をさせてもらった。
 長井氏は、政治家の圧力に関して内部告発を行い、永田氏はNHK幹部による理不尽な番組改変の実態を法廷でリアルに証言した。NHKは06年、2人を現場から外すという懲罰人事を行い、両氏は今年春、定年まで年数を残してNHKを退職することを余儀なくされた。
 苦渋にみちた両氏の発言を受けて、集会の議論は、日本の組織ジャーナリズムがなぜこのような事態に抵抗し、立ち上がることができなかったのか、という問題に収れんしていった。ジャーナリストが企業のワクを超えて横につながること、視聴者市民との結びつきを強めること、メディア労組の力量が決定的に重要であることなどが、討論を通じてあらためて確認されたのである。
 政治家の圧力による改変ではなかったという公式見解にNHKが固執するかぎり、この問題は終わらない。
 集会に参加した市民団体「NHK問題を考える会(兵庫)」のメンバーは、改変前のテープの公開と検証、両氏の不当配転の誤りを認め名誉回復をはかることなどを求めて、NHKが態度を変えるまで署名運動を続ける、と報告し、会場から拍手を浴びた。
 こうした市民運動の継続の中で、NHKを含むテレビジャーナリズムが、日本軍「慰安婦」に関する番組を「番組改変事件」以後、制作していないことも問う必要がある。政治家の圧力に屈服した事件の教訓を学び、このタブーに挑むことができるかどうか、いまも日本のテレビジャーナリズムが問われ続けている。
 (とざき・けんじ 元NHKディレクター)
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2009年10月11日,「赤旗」) (Page/Top

アジア重視#オ山外交/米国「依存」をどうするのか

 鳩山由紀夫首相は9、10の両日、韓国、中国を訪問し、それぞれの首脳と2国間会談をもつとともに、日中韓3カ国の首脳会談に臨みました。鳩山政権が重視する「アジア外交」は無難なスタートを切った形ですが、政権が掲げる「東アジア共同体」構想の実現にむけた具体策はいまだおぼろげで、歴史問題をめぐる課題の解決など取り組むことは山積しています。
 9月16日の就任後、鳩山首相はそれぞれニューヨーク、コペンハーゲンを訪問していますが、ともに国際会議出席のため。今回の韓国、中国が事実上、初の本格的外遊先となりました。開始後10年を経た日中韓首脳会議は、国際会議(ASEAN首脳会議)を離れた単独開催の形では昨年に続き2回目。日中韓サミットが定着し、3カ国による緊密の度合いがさらに増してきた感があります。

「未来志向」で
 鳩山首相は今回、歴史問題に正面から取り組む姿勢を明らかにしました。9日の李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領との会談冒頭、日本の新政権は「真っすぐに歴史を見つめる勇気を持っている」と明言し、両首脳は未来志向で日韓関係を築くことで合意しました。
 また、鳩山政権が打ち出した「東アジア共同体」構想は、3カ国首脳会談での「日中韓協力10周年記念共同声明」で「長期的目標」として盛られました。鳩山首相は、日中韓3カ国が共同体の「構想の核」になると言明。岡田克也外相は中国訪問前、共同体は、米国抜きのものになるとの考えを示しています。
 アジア重視外交が現実のものとなり、中国、韓国をはじめとするアジア諸国から日本が真の信頼を得るには、鳩山政権のこれからの政策提示、またその実行にかかってきます。
 その際、日米軍事同盟に偏重する自公政権時の政策を事実上継承するならば、アジア重視との矛盾は避けられません。鳩山首相は、日中韓首脳会談の冒頭、「今まで、ややもすると米国に依存し過ぎていた」とのべましたが、アメリカの戦略に「依存」した結果、進められてきた在日米軍再編などの見直しは不透明です。

言葉だけでは
 歴史問題をみても、「時間がかかる」(9日の記者会見で鳩山首相)と表明。「従軍慰安婦」への国家補償問題など課題を前に進めなければ、アジア諸国の不信を取り除くことはできません。
 韓国の日刊紙「朝鮮日報」10日付は、「言葉だけでは韓国人の信頼を得ることはできない」として、日韓の歴史問題に関して「直ちに実行可能なアクションプランを提示し、実践にむけた第一歩を踏み出すべきだ」との社説を掲載しました。
 (遠藤誠二)
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2009年10月11日,「赤旗」) (Page/Top

「放送を語る会」シンポ/検証NHK番組改変/下/再生へ、検証番組の制作を

 NHKのETV番組改変事件を検証した「放送を語る会」のシンポジウム。後半の第2部では、「番組改変事件」から何を学ぶのか、そしてNHKをどう再生していくのかを討論しました。

01年の社会状況
 パネリストは、番組制作に携わった永田浩三プロデューサー(当時)と長井暁デスク(同)、NHK裁判を原告としてたたかった西野瑠美子さん(バウネットジャパン共同代表)、ジャーナリストの原寿雄さん。司会は野中章弘さん(アジアプレス・インターナショナル代表)。
 西野さんは、改変が起きた背景として、2001年の番組放送当時の社会状況を指摘します。’01年は、’02年度版中学教科書の検定があった年で、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が登場。安倍晋三元首相らを中心に、教科書から「慰安婦」問題の記述を削除するよう求める議員連盟の異常な攻撃が、「メディアにも及んだ時期」でした。
 「番組への政治介入は、言論・表現の自由を侵害した民主主義の問題。政治家の圧力に過剰に反応してしまったNHK上層部の責任は非常に大きい」と西野さん。
 原さんも、「放送法に保障されている表現の自由をむざむざ投げ捨てた」とNHKの対応を厳しく指摘。一方で、「これは日本ジャーナリズム全体の問題。他のメディアがNHKを批判できないのは、自分たちにも問題があるからだ」と言いました。

「閉じた態度」
 「圧力の現場」を体験した長井さんは、「NHK上層部が守ってくれると思っていたが違った。品格のない政治家の圧力をはねのける責任はNHKにある」と強調しました。
 永田さんは、「NHKは市民と連帯し、良質な番組を育てていく意識が希薄なのではないか」と感じたと言います。
 BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会は4月に出したETV番組改変問題に対する「意見」のなかで、NHKの視聴者への説明が「閉じた態度」だと指摘しています。永田さんは「BPOは若手の職員に自ら学び、検証することを求めている」とのべました。

変革どのように
 どのようにNHKを変えていくのか。各パネリストから「NHK自ら検証番組を作ることが必要」(長井さん)という意見が共通して出されました。
 会場から飛び入りで発言したNHKの元職員は、「検証番組を作るのに必要な素材と台本は保存されている。いますぐにでも制作は可能だ」と言います。原さんは「NHKの持つ素材は幹部のものでなく視聴者のもの。新しい国会で素材の公開を議決させることも考えられる」と提案しました。
 永田さんは「最近の『NHKスペシャル』などの番組を見ても、事件に心を痛めてNHKを何とかしようというあかりは消えていない」と期待を寄せます。長井さんは「政治との関係を再構築する制度設計をする必要がある」と語りました。
 (おわり)

NHK裁判
 旧日本軍「慰安婦」問題を取り上げたETV番組「問われる戦時性暴力」(2001年放送)が改ざんされたとして、取材協力者の市民団体バウネットジャパンが提訴しました。東京高裁では「政治家の意図をそんたくして改変」とNHKを断罪。しかし、昨年の最高裁で高裁判決は破棄されました。
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2009年10月08日,「赤旗」) (Page/Top

「併合」100年日本委員会が発足/歴史認識の共有めざす/31日に「慰安婦」シンポ開催

 来年、日本の「韓国併合」100年を迎えることをうけ、「植民地支配の完全な清算と歴史認識の共有をめざす『併合』100年日本委員会」(「併合」100年日本委員会)が1日、東京都内で第1回呼びかけ人会議を開き、発足しました。
 1日現在の呼びかけ人は山口啓二元東京大学・名古屋大学教授、吉川春子前参議院議員、渡辺貢日朝協会会長など40人で、さらに多方面から呼びかけ人を募ることが確認されました。
 31日のシンポジウム「『慰安婦』問題の1日も早い解決をめざして」(東京・文京区民センター)を成功させることや、賛同者の一言メッセージを集めたメッセージ集を順次発行すること、来年の「三・一独立運動」記念行事や5月15日のメーン集会を開催し、訪韓交流代表団を派遣するなどの方針が確認されました。
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2009年10月08日,「赤旗」) (Page/Top

解説/通信・放送委員会設置へ/望まれる国民的議論

 放送行政を政府から切り離して、独立した委員会に移すことは、放送の自由と自律を求める市民、研究者、放送労働者らがかねてから要望していたことです。民主党中心の政府が、通信・放送委員会設置の検討に向けて動き始めたことは注目されます。
 「あるある大事典」のねつ造問題などをめぐって、総務省による「行政指導」という名の介入が続いています。政治介入について、もっとも問われたのは公共放送NHKと政権の座にあった自民党との関係です。NHK予算は、総務相が意見を付けて国会に提出する仕組みで、自民党がNHKに強い影響力を持ってきました。日本軍「慰安婦」を取り上げたNHK番組改変事件に、安倍晋三氏ら自民党幹部が圧力をかけていたことも知られています。
 通信・放送委員会は、NHKに対してどんな権限を持つことになるのか、原口総務相はまだふれていません。新聞インタビューで「放送局への免許の付与や更新は総務省がやり、委員会は政治権力による言論の自由への侵害をチェックする」(「朝日」6日付)と、政府との役割分担を述べているのも、気になるところです。
 同時に民主党は政策で、電波配分に「オークション制を導入。周波数割当制度の抜本的見直し」を打ち出しています。これが、通信・放送委員会構想とどうかかわるのかも明らかではありません。
 来年の国会へ法案を出すとしています。主権者として放送へかかわるチャンスとして、国民の間で議論されることが望まれます。(渡辺俊江)
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2009年10月07日,「赤旗」) (Page/Top

「放送を語る会」シンポ/検証NHK番組改変/上/元職員語る介入の異常さ

 「放送を語る会」20周年のつどいが、9月26日に東京都内で開かれました。旧日本軍「慰安婦」を扱ったNHKのETV番組改変事件。担当した永田浩三プロデューサー(当時)と、長井暁番組デスク(当時)が初めて2人そろってシンポジウムに出席し、200人を超える市民が耳を傾けました。その内容を2回に分けて紹介します。
 番組の放送は2001年。8年が過ぎた今年の4月、BPO(放送倫理・番組向上機構)が、番組改変問題に関し見解を発表しました。放送の自主自律のために、NHKに明確な教訓を引き出すことを求めたものでした。

前例主義の体質
 これに対し、NHKは「政治的圧力はなかった」とする公式見解を変えませんでした。
 このことについて感想を求められた永田さんは、「公式見解を信じている人は幹部の中にもいないと思う」と話します。在職中、放送総局長に事件の検証を求めたとき、「調べていけば政治家の介入があったという結論しかないじゃないか」と言われたことを明かしました。
 真相究明を阻んでいるのが、「前例主義」というNHKの体質だと永田さんは指摘します。「NHKのヒアリングで、改変の異常さを折に触れ語ってきたが、見て見ぬふりを続けてきた8年間が、この見解に凝縮されている」

安倍氏の注文
 改変の過程は四つの波がありました。最初の波は、制作会社に委託していた番組の素材をNHKが引きあげたときです。長井さんは、最後まで制作会社が番組を作っていればあからさまな政治介入はできなかったのではないかと語ります。
 露骨な政治介入が行われたのは、放送前日。国会担当局長が、放送総局長を伴って首相官邸に出向き、安倍晋三官房副長官と面会。「公正・中立に」と注文をつけられます。
 この直後の番組試写で、長井さんは番組制作局長に「この時期、NHKは政治とはたたかえないのよ。天皇有罪とか一切なしにして」と言われたことを「一字一句覚えている」と証言します。
 永田さんは、官邸から戻ってきた2人が、「汗だくであわてている感じ」だったこと、番組制作とは無縁の国会担当局長から直接改変を指示され、「鋭利な刃物で切るように台本から一つひとつの単語を消していく作業だった」と述べました。

自民党にサイン
 最後の改変が、放送当日のオンエア数時間前。削除命令は、中国、東ティモールの元「慰安婦」と旧日本軍兵士の証言部分の3カ所でした。「やっていいことと悪いことがある」と永田さんは、放送総局長に激しく抗議。一方、長井さんは労働組合に助けを求めました。しかし、番組はそのまま、通常より4分短い40分で放送されました。
 永田さんは、「女性国際法廷を核にした番組なのに、女性法廷の素材の部分は10分足らずになりました。ここまで切らせましたということを、自民党に知らしめる一つのサインだったのかなと今は考えている」と語ります。(つづく)
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2009年10月07日,「赤旗」) (Page/Top

戦前、強制労働の韓国人女性/不二越訴訟で学習会/福井

 アジア・太平洋戦争末期に女子勤労挺身(ていしん)隊として12〜15歳の幼さで不二越(本社・富山県)の軍需工場に強制連行され、強制労働の被害にあった韓国人女性らの「不二越訴訟」の学習会が9月29日、福井市の県教育センターで開かれました。県アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会と元「慰安婦」問題を考える会・福井の共催。
 被害者らは賃金も支払われず、現在も「慰安婦」との誤解が強い韓国社会で苦しみ続け、高齢や病気で亡くなる人も出ています。
 2000年に不二越と和解成立した第1次訴訟のあと、03年に国と不二越を訴えた第2次訴訟は一審棄却、控訴審は今月5日に開かれる第6回口頭弁論をもって結審となる可能性が出ています。同日の学習会で講師を務めた、第2次訴訟原告弁護団の吉川健司弁護士は、被害者に請求権がある根拠を説明。そのうえで、「日本政府と不二越は被害者を救済する法的・道義的責任を負っている」「被害者は高齢化しており、一刻の猶予もない。和解のテーブルにつかせるため、日本の市民の運動が求められている」と強調しました。
 参加者からは「来年は韓国併合から100周年を迎える。日本の戦後責任を果たさせるため、勉強会などして国民の間で一致点を大きく広げていきたい」との意見が出ていました。
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2009年10月03日,「赤旗」) (Page/Top

9月本文】

異常な指示′ウ職員証言/「NHK番組改変」検証する集い

 旧日本軍「慰安婦」を扱ったNHKのETV番組(2001年1月30日放送)が自民党議員の圧力で改変された事件を検証する集いが26日、東京都内で開かれ、番組制作に携わった元職員が改変の経緯を証言しました。市民団体「放送を語る会」が開いたものです。
 証言したのは永田浩三チーフプロデューサー(当時)と長井暁デスク(同)。二人が集会にそろって出席するのは初めて。NHK番組改変訴訟原告の西野瑠美子氏(バウネットジャパン共同代表)、ジャーナリストの原寿雄氏も出席しました。
 永田、長井の両氏は、放送前日にNHKの国会担当幹部が当時の安倍晋三官房副長官に面会した直後、慰安婦の証言などのカットを業務命令で迫られた経緯を詳しく証言。
 「説明のつかない異常な指示。ここまで切りました≠ニ自民党に知らせるためのメッセージだったと思う」(永田氏)、「事件に直面するまで上層部が守ってくれると思っていたが、国会担当を使って番組を変えられることを証明してしまった」(長井氏)と、それぞれ語りました。
 西野氏は「事件は国民の知る権利が侵害された民主主義の問題」だとして、NHKに検証番組の制作と改変前後のビデオの公開を要求。原氏は「NHKの持つ素材は民衆・視聴者のもの。新しい国会でビデオの公開を議決させることも考えられる」と提起しました。
 長井氏も、NHK自身が検証結果を視聴者に伝えるよう求めるとともに、「政治との関係を再構築する制度設計をする必要がある」と強調しました。
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2009年09月28日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」立法解決へ/政権交代受け講習会/市民団体

 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(バウネット・ジャパン)は25日、東京都内で「政権交代と『慰安婦』立法の方向性」と題して講習会を開きました。参加者約40人は民主党中心の政権誕生を受け、立法化への可能性を探りました。
 講師の藍谷邦雄弁護士は「(問題に対する)解決済み論を克服し、現在の課題として提起することが大事」だと指摘。「慰安婦」問題を「国家の現実の政策課題の中に位置づけることが不可欠」だとのべました。
 その上で「この問題を解決しなければ、東北アジアでの信頼関係構築の障害になる」と語り、政権党に対し、この事実を示していく必要があるとのべました。謝罪の証しとして賠償があるとし、具体的立法のあり方として「課題は謝罪と賠償」だと語りました。
 これまで民主、共産、社民など野党(当時)が共同で、問題解決の促進法案を過去8回、参院に提出しました。しかし、自民党政権下で廃案になるなどしました。
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2009年09月26日,「赤旗」) (Page/Top

10s20sYモード/高校生がみた私の町の戦争/高知・幡多高校生ゼミ

 ヒロシマ、ナガサキなどと違う教科書に載っていない戦争が私たちのまちにもあった―。高知県幡多(はた)地域の高校生サークル「幡多高校生ゼミナール」の生徒たちが、戦前の朝鮮人強制連行を調べ、韓国の高校生と交流をしています。
 高知県・窪田和教記者

調査/朝鮮人の墓地
 「朝鮮の人たちが連れてこられ、こんな所で働かされていたとは知らなかった」(福留弘成さん)
 「北朝鮮のら致問題をテレビで見てひどいと思ったけど、自分たちのところでも昔あったことにビックリした」(吉村映美さん)
 福留さんと吉村さんは高校2年生。1年生のときに「幡多ゼミ」に参加しました。
 二人は「戦争は身近なところでおきたことだと思った」と話します。
 幡多ゼミは1983年、当時、現職の高校教師だった山下正寿さんらが呼びかけて、幡多地域の県立高校9校(三つの分校含む)の生徒たちで結成しました。
 朝鮮人の強制連行について調査を始めた(91年)きっかけは、地区の共同墓地に朝鮮人の墓があると知ってから。埋葬されたほとんどの人が、戦争遂行のための道路やダムの建設に従事した人たちでした。
 四万十町の津賀ダム建設にも200人を超える朝鮮人労働者が従事し、その中に強制連行で連れてこられた人も数多くいました。

交流/韓国平和の旅
 津賀ダム調査と同時に「韓国平和の旅」(93年)に出かけ、03年からは釜山の高校生と交流しています。
 看護師をめざして勉強中の山本菜々さん(21)は、1年生のとき韓国の高校生との交流会に参加しました。「冬のソナタブーム≠フときでしたので、韓国の人と仲良くなれる」と軽い気持ちでしたが、竹島問題が論議になると、韓国の生徒がみんな自分の意見をもっていて、堂々と発言する姿にびっくり。
 山本さんは2年生のときに韓国で、日本軍「従軍慰安婦」にされた女性の話を聞く機会がありました。今も後遺症に苦しむことなどを日本語で語る姿に涙が止まりませんでした。女性は「あなたたちがそうした活動をしていることがうれしい」と言ってくれました。
 「昔の人がやったことで、私たちには関係ない」ではすまされない、と感じた山本さん。「だからこそ、二度と戦争を繰り返さないことが私たちのできること」と言います。
 津賀ダムの朝鮮人労働者調査に取り組んで17年。聞き取りは60回を超えました。
 朝鮮人の無名墓を守ってきた人もいますが、朝鮮人労働者のことは、地元の人も触れられたくない問題でした。しかし、高校生のまじめな姿に地元の人も次第に口を開き始めました。山本さんも聞き取り調査に加わりました。強制連行された朝鮮人宿舎には見張りが付いていたこと、名前でなく番号で呼ばれていたことなどを知り、「連れて来られたうえに、こんなひどい扱いを(日本が)したことに驚きました」と振り返ります。
 調査が終わったことから、犠牲になった朝鮮人の慰霊と平和を願う「津賀ダム平和祈念碑」の建設を計画。多くの人の協力で完成し、8月におこなわれた除幕式には韓国の高校生や教師38人をふくむ120人が参加しました。
 山下さんは話します。
 「幡多ゼミは地域の現代史をテーマに活動し、これまで光の当たっていない問題を自分たちの足で調べてきました。ビキニ水爆被災漁船問題や朝鮮人強制連行など重いテーマも取りあげてきました。高校生が社会人になったときに事実と向き合える力をつけてもらいたい」
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2009年09月20日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」問題/知る機会若者に/教科書への記述復活求め集会/東京

 中学校の歴史教科書に、旧日本軍によって性的隷属を強いられた「慰安婦」の記述復活を求める集会が19日、東京都千代田区の明治大学内で開かれ、約70人が参加しました。主催は中学歴史教科書に「慰安婦」記述の復活を求める市民連絡会(7月31日発足)。
 集会では、「慰安婦」記述のある教科書を使って9年間授業をした埼玉県の元公立中学校教員の高橋美智子さん(64)が報告。「教科書に一言でも記述されていれば、生徒の心に届くよう工夫して教えることができる。他の先生にも『こうやって教えましょう』といいやすい」と話しました。
 高橋さんは、別の教員が「慰安婦」問題を授業で取り上げたとき、右翼が電話で抗議してきたときの対応を紹介。この教員は、「検定教科書に書いてあることを教えたのだ。文句があるなら文部省に言ってくれ」と抗議をはね返しました。
 その一方、京都のある学校では、教員が「慰安婦」問題を授業で扱うと、校長から「苦情がきた。教科書に書いてないことを教えるな」と言われた事例も生まれています。
 高橋さんは「教科書に記述があるのとないのとでは、教師にとっては大違いです」と訴えました。
 集会には、中学生時代に「慰安婦」記述のある教科書で授業を受けた19〜20歳の大学生4人も発言しました。
 「すごい内容の授業だった、と級友と語り合ったことを覚えています」「若者にとって知る機会が与えられることは重要、何かの機会に思い出すことができます」「高校になると日本史は選択、全員が学べる義務教育の中学校で教えられることには大きな意味があります」
 中学の歴史教科書を振り返ると、1997年度はすべての教科書会社が「慰安婦」について記述していました。いまでは本文から「慰安婦」の言葉は消え、2社が関連記述を残しているだけです。
 2012年度の教科書は執筆が年内、来年4月に検定が始まる予定です。このため、市民連絡会は、すでに3千を超える署名を集め、教科書会社に要請。「引き続き署名を集め、記述復活への世論を高めていきたい」と話しています。
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2009年09月20日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」記述復活を/教科書6社に要請/市民団体

 「中学歴史教科書に『慰安婦』記述の復活を求める市民連絡会」は18日、国会内で記者会見し、次期2012年度版に日本軍「慰安婦」の記述を掲載するよう、教科書会社6社に要請したと発表しました。
 同連絡会は、「慰安婦」問題に取り組んできたVAWW―NETジャパンの西野瑠美子さんが中心となって7月31日に発足。18日現在、35団体が署名を呼びかけ、98団体と個人3064人が賛同しました。
 1993年、日本政府が官房長官談話で「慰安婦」の存在を認めたことを受け、97年度版中学歴史教科書では全社が慰安婦に関する記述を盛り込みました。しかし、最新06年度版では本文から「慰安婦」の言葉は消え、2社に関連記述があるのみとなっています。
 教科書会社への要請は16日と18日に実施。「慰安婦」の記述が教科書からなくなった背景について、ある社は「プレッシャーがなかったとはいえない」と語りました。
 要請した会社は東京書籍、帝国書院、教育出版、日本書籍新社、清水書院、日本文教出版。各社は取締役や編集幹部が1時間ほど対応、同連絡会は「いずれも熱心に話を聴いてくれた」と好感触を得たといいます。
 同連絡会は19日、東京都内の明治大学リバティタワー1階1012教室で緊急集会を開きます。時間は午後1時30分から同4時までです。資料代800円(学生500円)。問い合わせрO3(3818)5903
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2009年09月19日,「赤旗」) (Page/Top

主張/国連の日本への勧告/女性差別是正へ今から運動を

 この8月、国連女性差別撤廃条約の各国政府の実施状況を審査する機関「女性差別撤廃委員会」から、日本政府のとりくみ状況への最終見解(総括所見)がだされました。

求められた条約完全実施
 国連からの意見や勧告はこれまでも、日本の女性差別を撤廃するとりくみの遅れを多面的にとりあげ、その改善・是正をきびしく求めるものでした。
 4回目にあたる今回の最終見解は、これまで以上にきびしいものです。前回2003年の2倍以上、48項目もの多岐にわたる勧告や意見が盛り込まれています。なにより重要なのは、日本政府の条約への姿勢をきびしく問うものとなっていることです。
 最終見解は、日本政府が条約を女性差別の撤廃と女性の地位向上のための基盤として重視していない問題を、きびしく指摘しています。そして、日本政府が条約を法的拘束力のある国際文書として認め、完全な実施をすすめるように求めています。
 これまでの自公政権が、条約や委員会の意見にもとづくとりくみを脇におき、改善を求める女性たちの声を無視し、利潤第一主義、大企業・財界中心の立場などを優先して差別の改善を遅らせてきたことが問われたものです。
 自公政権にかわって登場する民主党中心の新しい政権が、この最終見解に、どのようにこたえていくかが、いま注視され、期待もされています。
 今回の最終見解が改善を求めた課題のなかには、総選挙で民主党が公約とした問題もあります。
 職場における男女平等、正規労働者と非正規労働者の均等な待遇などのルールの確立・拡充の問題、また、選択的夫婦別姓の導入などの民法改正、「慰安婦」問題の解決など女性の人権にかかわる問題、女性差別撤廃条約の選択議定書の批准もかかげています。
 どの課題も、長年、女性たちがその実現を求め運動をすすめてきたものです。
 選択的夫婦別姓などを求める民法改正は、参議院では、日本共産党、民主党、社民党の議員立法提案として12回にわたり共同提案されてきたにもかかわらず、実現されずにきました。世界ですでに98カ国が批准している選択議定書の批准は、これまで参議院で全会一致の請願採択がおこなわれているのに実現していません。
 女性たちの運動を結集し、国連の最終見解という国際的な後押しも力に、一気に改善・実施を迫っていこうではありませんか。
 国民・女性の「自公政権ノー」の審判は、男女平等の問題でも、国連女性差別撤廃委員会からどんなに改善勧告をうけてもサボタージュしてきた政府を退場させました。新たな可能性と条件をもった「過渡的性格」の政権が男女平等をすすめるよう、いっそうの運動が重要となっています。

男女平等前進へ力合わせ
 日本共産党は、政府が国連の最終見解を真摯に検討し、ただちに改善にとりくむことを求め、民法改正、選択議定書の批准などの一刻も早い実現のために、みなさんとともに力を合わせ奮闘します。
 憲法と女性差別撤廃条約にもとづく人権と民主主義の前進をすすめる党として、ひきつづき男女平等実現に全力をあげていきます。
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2009年09月16日,「赤旗」) (Page/Top

母親大会など報告集会開く/鳥取・新婦人支部

 新日本婦人の会鳥取支部は5日、日本母親大会と原水爆禁止世界大会の報告集会をかねた「平和のつどい」を開き、20人が参加しました。
 県原水協の伊谷周一理事長が、広島での被爆体験などを語り、日本母親大会参加者は、日本軍「慰安婦」問題や元米軍大佐のアン・ライト氏の発言を報告しました。
 参加者は、ブッシュ政権の対イラク戦争に抗議して外交官を辞任し、平和活動に身を投じ女性米兵の性被害を告発するライト氏について、同氏がオバマ米大統領の核兵器廃絶の演説を評価する一方、アフガニスタンへの米軍増派や18万人におよぶ民間軍事会社を撤退させようとしない点などを批判した、と報告しました。
 日本軍「慰安婦」問題で参加者は、神戸女学院の学生たちの活動を紹介し、日本共産党元参院議員の吉川春子氏が女性への性暴力として今日的課題だと指摘したと、報告しました。
 北朝鮮の「核脅威論」への質問が出され、伊谷氏は「北朝鮮は、核兵器使用が自滅的結果をもたらすことをよく知っている。外交カードに使っているにすぎない」とのべ、来春のNPT(核不拡散条約)再検討会議に向けた核兵器廃絶署名を呼びかけました。
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2009年09月08日,「赤旗」) (Page/Top

8月本文】

国連女性差別撤廃委日本政府へ改善勧告/新しい政治で実現ぜひ

 国連の女性差別撤廃委員会が18日公表した日本政府に対する「総括所見」は、女性差別是正のとりくみの遅れを厳しく指摘し、雇用、教育、女性の参画、民法、女性への暴力など多岐にわたる分野で改善を勧告しています。新しい政治のもとで、国連の勧告を生かすことが求められています。
 女性差別を是正せよと日本政府に迫った国連の委員会の懸念・勧告は、女性差別撤廃条約のほぼすべての条項にかかわります。勧告は、日本での女性差別撤廃条約の位置づけを問いかけ、「条約が女性に対する差別をなくしてゆくための、最も適切な法的拘束力をもった国際文書」であるとの認識を政府に促すとのべています。自公政権によって、前回の勧告(2003年)の「実施が不十分」(今回の勧告)なまま、女性差別が放置されてきました。日本が条約を批准してから今年で24年。総選挙後の新しい政治のもとで、条約を法的拘束力のある国際文書として生かすときがきたといえます。
 今回の勧告の特徴は、実行を急がせる二つの重点課題を示していることです。
 一つは、民法の差別的規定(男女で異なる結婚最低年齢、女性のみに課している離婚後の再婚禁止期間、夫婦同姓の強制)や戸籍、相続権での婚外子差別について、廃止を求めています。もう一つは、女性の雇用、公的生活への参加、意思決定への参加を促進するため、暫定的な特別措置を設けることを勧告しています。
 これらの二つの課題について、2年以内に実施状況を国連に報告することを日本政府に求めています。
 民法の改正は、すでに1996年に政府の法制審議会が改正要綱案を答申し、共産、民主、社民の各党が共同で参議院に法案を繰り返し提出してきました。総選挙後の新しい政治のもと、実現が期待されている課題です。
 また、勧告が検討を求めている女性差別撤廃条約選択議定書の批准も、焦眉(しょうび)の課題です。
 選択議定書は、条約の実効性を高めるために、個人・団体が条約違反を委員会に通報したり調査を求めることができる制度です。同条約選択議定書の批准を求める請願は、参議院では11回にわたって全会一致で採択されています。
 女性差別撤廃委員会での日本の実施状況審査(7月23日)には、日本からNGO(非政府組織)の代表が84人傍聴し、審査に先立ち意見表明もしました。勧告には、女性団体の声が取り入れられています。勧告を生かし、女性差別撤廃のとりくみをさらにすすめていく予定です。

懸念・勧告テーマ
 60項目の総括所見のなかで、政府に対する懸念や実行を迫る勧告は48項目(24テーマ)にものぼります。前回の22項目(13テーマ)と比べ2倍以上です。
 懸念・勧告のテーマは次の通りです。
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▽政府の条約実行義務▽民法の差別的法規の廃止。結婚最低年齢を男女とも18歳に。女性のみの再婚禁止期間、夫婦の姓を選択制に。婚外子差別の禁止。世論調査を言い訳にせず、条約の義務に従って即時に行動を▽女性差別撤廃条約が、法的拘束力をもつ重要な国際文書であるとの認識を政府に促す。選択議定書の批准の検討▽国内法に差別の定義を取り入れる▽人権擁護機関の設置▽ジェンダー平等を推進する機関の機能強化▽女性の雇用、公的生活への参加の促進のための暫定的な特別措置▽女性の人権の認識と促進に対するバックラッシュに懸念。政府公人の女性差別発言の頻発に対するとりくみ▽性暴力の親告罪規定の廃止。保護命令を迅速に。弱い立場の女性からの通報促進▽子ども買春、ポルノビデオ・マンガ販売禁止▽日本軍「慰安婦」問題の教科書記述削除を懸念。被害者補償、加害者の訴追、公衆教育など最終解決の緊急努力を▽人身売買や売春による搾取の被害者に対する保護、リハビリなどの強化、経済状況の改善による救済。人身取引防止議定書の批准を▽女性の参加が少ない政治・公的生活での事実上の平等実現▽教育基本法の条項へのジェンダー平等の再度のとりこみ、教育における男女平等の実現▽雇用における事実上の男女平等の達成を優先課題に▽男女間の平等な家族責任と雇用を分担し、女性がパートタイムに集中している状態の改善、保育施設の提供、男性の育児休業の促進▽性教育の促進、妊娠中絶を含む情報サービスの提供、中絶を非犯罪化する▽マイノリティー女性への差別撤廃▽雇用、健康、教育、社会保障で複合的差別を受けやすい農村女性、シングルマザー、障害者、移民女性などの情報統計の提供▽北京行動綱領の活用▽国連ミレニアム開発目標の達成▽主要条約の厳守、障害者権利条約批准の推奨▽国民全体、特に女性団体や人権団体への勧告などの周知▽民法改正および雇用・政治・公的生活等の女性参画を促進するための暫定的な特別措置について、2年以内に実施状況の詳細報告を提出▽2014年に次回の報告書を提出。
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2009年08月31日,「赤旗」) (Page/Top

戦後補償法制定各政党に要請/市民団体

 戦後補償問題の解決を求める市民団体は13日、総選挙を前に「戦後補償法制定を各党に要望する」緊急共同アピールを発表し、国会内で記者会見しました。立法化による補償の対象は強制連行・強制労働被害者、元「慰安婦」被害者、捕虜抑留者などです。アピール賛同は77人、17団体。記者会見後、各党に要請しました。
 記者会見で韓国出身の元BC級戦犯者、李鶴来(イ・ハンネ)さんは「補償と謝罪は一体のもの」と語り、全国抑留者補償協議会の平塚光雄会長は「高齢化しているが、運動の先頭に立って進めていきたい」と話しました。
 呼びかけ人の一人、今村嗣夫弁護士は「戦後補償問題の解決は国際社会に対する信頼の源」だとのべ、既に解決済み≠ネどと真の解決に背を向ける政府・与党を批判。立法化に向け幅広い世論が必要になるとのべました。
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2009年08月15日,「赤旗」) (Page/Top

NHK「台湾統治」番組/右派勢力の攻撃狙いは

 日本の台湾植民地統治の実態を検証したNHK番組「シリーズ・JAPANデビュー第1回『アジアの一等国=x」(4月5日放送)を、右派勢力が「反日的」だと激しく攻撃しています。国会や地方議会も巻き込んで、その行動はエスカレートする一方。NHKをめぐって何が起きているのでしょうか。
 5月30日、東京・渋谷区のNHK放送センター周辺は異様な雰囲気に包まれました。日の丸やプラカードを掲げた1000人を超す集団が「NHK解体」を叫び、100人ほどが局内に乱入。「抗議行動」は各地のNHKにも拡大しました。
 これに呼応するかのように、6月11日に安倍晋三元首相ら靖国派℃ゥ民党国会議員が番組を検証するとした議連「公共放送のあり方について考える議員の会」を設立。同月25日には、インターネットなどで集めた約8000人の原告が「番組は一方的なやらせ取材で、放送法違反」だとしてNHKを集団提訴しました。

8年前の顔ぶれ
 見逃せないのは、NHKに圧力をかけている自民党「議員の会」の顔ぶれが8年前、日本軍「慰安婦」を扱ったETV番組に圧力をかけたメンバーと重なっていることです。安倍元首相と中川昭一元財政・金融相が「議員の会」の中心に座り、古屋圭司前衆院議員は「会」の会長に就任しました。映画「靖国 YASUKUNI」をやり玉にあげた稲田朋美前衆院議員が事務局長。中山成彬元国土交通相が会長の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」も番組攻撃に加わっています。
 ETV番組への政治介入については、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会が4月28日に意見を出しました。安倍氏とNHK幹部が面談し、番組について説明したことは「公共放送の自主・自律の理念を危うくしている」と見解を出したばかりです。それにもかかわらず、執拗(しつよう)に続く自民党議員らのNHKへの揺さぶり。言論・報道の自由にもかかわる問題です。先の戦争は正しかった≠ニ侵略戦争と植民地支配を否定する歴史観を押し付けようとする「靖国派」の意図がうかがえます。

「毅然と対応を」
 NHKは、ホームページで番組のねらいを「日本が最初の植民地とした台湾に近代日本とアジアの原点をさぐり、これから日本がアジアの人々とどう向き合っていけばよいのかを考えようとした」と説明。内容に偏向はなく、「事実関係や用語に間違いはない」としています。
 6月25日の参院総務委員会で、日本共産党の山下芳生議員は「歴史を直視することでこそ、相互理解と深い友好関係が構築できると感じた」と番組を評価し、政治からの圧力に毅然(きぜん)と臨むことをNHKに求めました。
 福地茂雄NHK会長は「番組に恣意(しい)的編集はなかった」と明言し、「放送による言論の自由を確保するという公共放送の生命線はゆるがせにできない」と強調しました。
 市民団体も立ち上がっています。放送研究者・学者、ジャーナリスト、各地の市民団体が共同して「開かれたNHKをめざす全国連絡会」が6月に発足。7月7日にNHKを訪れ、福地会長や理事、経営委員会あてに、激励のメッセージと圧力に毅然と対応するよう求める「要望書」を提出しています。

周到に仕組まれた介入/メディア研究者松田浩さん
 NHKスペシャル「アジアの一等国=vは、日本が日清戦争によって「獲得」した台湾を植民地として統治した実相を、台湾総督府の膨大な資料と貴重な証言を元に明らかにした労作です。
 しかし、日本の戦前の植民地政策や侵略の歴史を全面肯定し、それへの反省を「自虐史観」と攻撃する一部勢力には、それが許せなかったのです。植民地支配の負の側面を伝えたことをもって、公平でない、いい面も伝えろというのは、歴史の検証を目的としたドキュメンタリーの本質を解さない批判です。
 問題なのは、日本軍「慰安婦」問題を扱った番組で、NHKにかつて政治圧力をかけた安倍晋三氏らの自民党国会議員グループが、またも介入に乗り出してきていることです。現状が番組改変問題を生んだ8年前の構図と似ているだけでなく、周到に仕組まれ、ファシズム的要素を強めてきているのが気になります。
 攻撃のねらいが、今回の番組だけにあるのではない点が重要です。日本の近現代を世界の視点で検証するという企画意図そのものを「偏向」攻撃で威嚇し、NHKを彼らのめざす思想動員に協力させていこうという思惑が透けて見えます。
 懸念されるのは、NHKが11月から放送を予定しているドラマ「坂の上の雲」(原作・司馬遼太郎)が、その思想動員の手段に利用される危険性です。自衛隊のソマリア沖出動で海外派兵の恒久化が推し進められる中、右派勢力のねらいは、明治以降の歴史を逆に肯定的に描き出し、憲法改正・軍事大国化への流れに一気につなげていこうという点にあります。
 右派勢力の攻撃による公共放送の危機は、同時に平和と民主主義の危機でもあることを銘記する必要があります。
 (「開かれたNHKをめざす全国連絡会」世話人)
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2009年08月13日,「赤旗」) (Page/Top

朝の風/教科書会社の自主規制の背後に

 沖縄戦や日本軍「慰安婦」を正しく教科書に記述してほしいという要請が教科書会社に出されたという。
 教科書記述は文科省の検定によって削られたり歪められたりしてきたと、一般には考えられてきた。ところが今度は相手が文科省ではなく教科書会社である。これは教科書会社による自主規制の弊害がきわめて大きくなったことを示している。
 沖縄戦の「集団自決」について日本軍の強制を削除させた検定が問題になったのは2007年だった。だが、中学教科書ではすでにその2年前に、日本軍による「集団自決」の強制を明記した教科書はシェアの小さい1社のみ、日本軍による住民殺害を明記したものも同じく2社のみとなっていた。
 高校日本史で過半数のシェアをもつ教科書は、やはり1年前に日本軍による住民虐殺と「集団自決」の強制を削除していた。
 あの大きな問題となった沖縄戦検定は、実はそれ以前にすでにレールが敷かれていたといってもいい状態だったのである。しかも自主規制によって。
 もちろん自主規制といっても本当の自主ではない。裏からの大きな政治的圧力があったのは間違いない。これをはねかえすには、歴史歪曲の構造にせまる多面的で国民的な運動が必要である。(比)
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2009年08月12日,「赤旗」) (Page/Top

女性差別撤廃へ日本政府無策/国連でNGO意見表明/婦団連・堀江会長のリポート

 国連の女性差別撤廃条約にもとづく日本の実施状況を審査する女性差別撤廃委員会がニューヨークの国連本部で行われ、8月中にも勧告が出されます。日本から、女性団体の代表ら84人が、傍聴と意見表明のため参加しました。審査の状況とNGOの活動を、日本婦人団体連合会の堀江ゆり会長にリポートしてもらいました。
 日本の審査(7月23日)は前回2003年から6年ぶり。傍聴者は婦団連からは前回私1人だったのが6人に、日本からのNGO(日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク=JNNC)全体でも大幅に増え、参加者は過去最高です。80人を超えるNGO女性が会議場に一斉に入っていく姿はまさに壮観で、毎回審査を傍聴している山下泰子さん(JNNC代表世話人、文京学院大学教授)も感無量の面持ちでした。
 審査は、日本審査を担当する11人の委員と政府との「建設的対話」として5時間余り行われました。民法改正、戦時「慰安婦」問題、働く女性の問題など前回の勧告が何ら実施されていないことが厳しく追及されます。しかし、政府回答は6年前の録音を聞いているよう。

同じ政府答弁
 日本政府は南野知恵子参院議員(自民党)が報告し、岡島敦子内閣府男女共同参画局長、外務・法務・厚労・農水・文科各省の係官が回答にあたりました。委員の質問が「政府はこの条約を、国内法を拘束するものと位置づけているのか」「差別の定義の理解が違う」など根源的・本質的だったのに対し、回答は「憲法・法律に規定されている」「制度ができた」など形式的・抽象的で、まるで官僚の国会答弁です。
 「条約実施の具体的成果や措置を聞きたい」との注文が繰り返され、委員たちのいら立ちが伝わってきます。民法改正について納得できない委員の3度目の質問に対し、「世論調査をホームページに載せた」という同じ回答が読み上げられたときには、NGO席からため息が……。
 JNNCはこれまで、各団体リポートと共同リポートの提出、昨年秋の審査前作業部会での意見表明、委員会からの政府への質問事項に対するNGO回答の提出と、活動を積み上げてきました。実際の審査でも、委員会主催のNGOヒアリング(7月20日)と、NGOが主催する昼休み説明会(同22日)の2回、意見表明の場があります。説明会では13人の委員の出席を得て17人が意見表明を行いました。婦団連は「家族従業女性・農業女性の人権のため所得税法第56条の廃止を」「仕事と生活の両立支援と社会保障の拡充を」とアピールしました。
 委員からはさらに詳しい説明を求める質問が続出。その場で答えきれないことは文書回答します。婦団連は女性の年金問題、「56条」や高齢者福祉の問題点などを担当。世界に類のない「後期高齢者医療制度」をどう説明したら理解されるか……。関心を示してくれた委員の要望に応えるため、参加者の頭を寄せ合って英文回答を作成しました。

所得税法56条
 所得税法第56条は、女性が8割を占める中小業の家族従業者の労働の対価が、税法上は事業主の所得とされるため、女性の人権を認めない条項として廃止を求める運動が広がっています。「56条は女性に対する差別的法律」として本格的に委員会に持ち込むのは初めてだったのですが、まずNGO説明会で「なぜ、どんな不利益があるのか」という質問が出されました。所得証明がないのでローンも組めないなどの不利益があると回答。その委員が翌日の審査で正式に取り上げてくれたときは、全商連婦人部協議会の会長・大石邦子さん、事務局長・牧野由子さんをはじめ、全労連女性部長・柴田真佐子さん、女性部常任委員・小澤晴美さん、新日本婦人の会国際部長・平野恵美子さんの婦団連メンバー一同「やった!」と心の中で手をたたきました。
 審査の結果は委員会の「総括所見」として8月中には発表される予定です。審査では、ここで触れたこと以外にも多くの重要な指摘がされており、日本政府に厳しい勧告が行われることは間違いないでしょう。戦時「慰安婦」問題に関して出された「政府は逃げずに正面から取り組むべき」だという指摘が、日本政府が抱える課題をずばり言い当てているといえます。
 「政府はNGOに頼りすぎている。条約実施にもっと責任をもて」という意見も出ましたが、NGOは今回の審査を経て、ますます力を得たことを実感しています。女性の人権確立をさらに国民的な課題にしていくため、様々な要求をもつ女性たちが幅広く手をつないだ経験を生かし、今後も運動を強めていきます。
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2009年08月12日,「赤旗」) (Page/Top

平和の取り組み各地で/広島被爆体験戦争展で聞く/鳥取・米子 

 鳥取県米子市で「2009年平和のための戦争展」が7日から9日まで開かれました。
 会場の米子市文化ホールには、軍隊や戦時中の実際の備品や資料、イラクのバスラ産科小児科病院の先天性形成異常やがんに侵された子どもたちの写真、原爆写真、満州開拓義勇軍の資料、従軍慰安婦の資料などが展示されました。
 特別企画で「はだしのゲン」紙芝居、「戦争体験を聞くつどい」が開かれました。8日は、小学5年生の伊藤晃希君が、戦死者の家族から聞き取った「夜見町の戦死者調べ」を発表し、伯耆町の三村陽子さん(74)が満州からの引き揚げ体験を語りました。9日は、広島で被爆した田中勝美さん(82)が被爆体験を語りました。
 田中さんの話を聞いたシベリア抑留者の男性(85)は、「今の核兵器はヒロシマ型の何千倍もの威力がある。テレビでちゃんとそのことを言うべきだ」と発言し、自らの体験を語りました。
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2009年08月11日,「赤旗」) (Page/Top

朝の風/CEDAWと言菓が通じない?

 国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)が7月23日に日本政府の「女性差別撤廃条約」実施状況を審査したときのことである。
 本紙報道によると、委員から「夫婦同姓制度が未解決」などと指摘されたほか「慰安婦問題」でも「同じ言い分を繰り返さないで」と批判され、「日本政府は条約に法的拘束力があることを認識しているのか」とまで言われたという。97カ国が批准済みの「選択議定書(差別を受けた個人や団体が国連委員会に通報できる)を批准していない」(「毎日」)という批判も出た。審査会には日本から女性団体が多数傍聴したが、「政府答弁はとんちんかん」「CEDAWと日本政府代表とは言葉が通じなかった」などの感想が出ている。木下順二の『夕鶴』は、欲に目がくらんだ男たちのことばが純粋な心を持つ鶴の化身つうに通じなくなる話だが、英語は話せても「言葉が通じない」とは情けない。
 ところで「政権交代」をうたう民主党も、これまで共産・社民とともに「選択的夫婦別姓」「婚外子差別廃止」等の民法改正を推進してきたが、総選挙の「マニフェスト(政権公約)」では、党内の「慎重論」への配慮(「朝日」)から見送ったという(共産党は明記)。国際舞台で「言葉が通じない」のは自公政権だけにして欲しいものだ。
 (佐)
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2009年08月07日,「赤旗」) (Page/Top

富山大空襲64周年集い

 富山大空襲を語り継ぐ会は2日、富山市内で「富山大空襲64周年のつどい」を開き約120人が参加ました。
 1945年8月2日未明の富山大空襲では、推定3千人の命が奪われました。
 主催者を代表して同会の田中梯夫(やすお)代表幹事があいさつ。ポツダム宣言を黙殺した後に起こった原爆などの悲劇や、予告ビラを市民に知らせず、避難しようとする住民を阻止して他都市より空襲被害を拡大した富山大空襲の例に触れ、指導者の決断の重要性と責任を強調しました。
 従軍看護婦として17歳で中国戦線に志願した西田みさをさん(88)が、「小さなトランク―『従軍看護婦』を生きた日々―」と題して生々しい体験を語りました。
 西田さんは、天津を経て43年から最前線の新郷(しんごう)陸軍病院(河南省)に勤務。消毒・暖房・水に苦労したことや一晩に何人も亡くなる遺体の処理など過酷な日々、敗戦前にパラチフスにかかり一人で内地に向かう途上、大阪兵器廠(しょう)勤務の軍属に助けられて帰国したこと、無理やり「慰安婦」にされた女性たちを忘れてはならないことなどについて語りました。その上で、当時は「『お国のために尽くす』一心で志願したが、戦争はすべてに優先し命を軽んじるもので、どんなことがあっても絶対してはいけない」と訴えました。
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2009年08月04日,「赤旗」) (Page/Top

わが街ふるさと/沖縄・宮古島市/星砂の浜/さんご礁の海

 沖縄県宮古島市は、2005年に1市3町1村が合併してできた、人口5万4千人余の県内8番目の規模です。面積は、大小六つの島々により構成され、県下4番目の規模です。島々は全体がおおむね平たんで、大きな河川もなく、生活用水を地下水に頼っています。
 島には、宮古空港と下地島空港の二つの空港があり、下地島空港は3千bの滑走路を有し、国内唯一の民間航空機操縦士訓練用飛行場として活用されています。星砂の白い浜、エメラルドグリーンの透き通ったさんご礁の海。あまりの美しさに多くのダイバーやプロモーションビデオの撮影、航空機ファンが全国からやってきます。
 同空港の建設に沖縄人民党(日本共産党に合流)と民主勢力は、空港の軍事利用が目的だと反対しました。これに配慮して、1971年に日本政府と当時の屋良朝苗琉球政府行政主席との間に「屋良覚書」が交わされ、これにより、現在まで下地島空港の軍事利用は歯止めがかかっています。
 しかし、合併前の伊良部町議会で、「下地島空港への自衛隊誘致の請願」を賛成多数で可決。日本共産党は「自衛隊のあとから米軍がやってくる」と全戸へビラを配布。運動が広がって白紙撤回を勝ち取りました。
 2008年9月には、「慰安婦」問題で女性たちが立ち上がり、「宮古島に日本軍『慰安婦』の祈念碑を建てる会」が発足し、日本や世界から賛同が寄せられました。
 12の言語で追悼の碑文を刻んだ日本軍「慰安婦」の祈念碑が、野原岳の自衛隊基地を背景に建立されました。
 市町村合併から4年。今年1月には、自民、公明が推す市長が誕生し、市長は、これまでになかった自衛隊の募集業務に力をいれはじめました。
 野原岳の自衛隊通信基地には、中国・台湾をにらんだスパイ通信施設が新たに建設され、強化が進められています。静かで、平和な島を守るたたかいは続きます。
 (上里 樹・宮古島市議)
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2009年08月03日,「赤旗」) (Page/Top

7月本文】

若者に歴史の真実伝える教科書に/作成会社に要請10団体会見

 「第2次世界大戦での沖縄戦、日本軍『慰安婦』問題の歴史を正しく伝える教科書にしてほしい」と教科書会社に要請をしている10団体が30日、東京都内で共同記者会見を開きました。
 沖縄戦については、2006年度の高校日本史教科書で日本軍の強制を示す記述が削除されました。「慰安婦」問題については、02年度の中学校歴史教科書から記述が減り、現在はほとんど姿を消しています。
 「大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会」の石山久男さんが沖縄戦について発言。「本来住民を守るべき日本軍によって、住民が死においやられた事実は、戦争と軍隊の本質を考えるための重要な教材だ」と強調しました。
 「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」共同代表の西野瑠美子さんは、「慰安婦」問題について1993年の河野洋平官房長官談話が「歴史教育を通じ…永く記憶にとどめ」としていることを指摘。「若い人に歴史の事実を伝えることは政府の公約、責任だ」と述べました。
 会見したほかの人から、教科書に載っていないために「慰安婦」問題を授業で扱うのが困難な実態、「新しい歴史教科書をつくる会」など右派団体の教科書攻撃について発言がありました。
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2009年07月31日,「赤旗」) (Page/Top

母親大会/暮らし・平和など交流/国際シンポ/学費シンポ

 京都市で開かれた第55回日本母親大会は26日、子ども、暮らし、女性の権利、平和など43のテーマで分科会、シンポジウム、講座、特別企画、見学分科会が行われました。8500人が参加し、交流しました。発言者や参加者の思いを紹介します。

国際シンポ/いまこそ核廃絶チャンス/署名を広げよう
 国際シンポジウム「2010年NPT(核不拡散条約)再検討会議へ」に、夫婦で参加した大津市の三輪能之さん(40)。パネリストの一人、元米国陸軍大佐・外交官のアン・ライトさんに興味をもち参加しました。
 アン・ライトさんは、2003年、イラク戦争に反対し米陸軍を退任、反戦活動をおこなっています。
 「現場で兵器を使っていた女性がこの時期に反戦活動家に転身した。アメリカ内部の変化を知ることができました」と三輪さん。
 ブッシュ前政権が日本政府にかけていた憲法9条改憲の圧力を「日本国民ははねのけていただきたい」と強調したアン・ライトさん。三輪さんは「9条をもっていることが、いらん武器などにお金を使わなくする方向だし、安心だと実感した」と話します。
 国際シンポジウムでは、オバマ米大統領の核兵器廃絶演説を受けて、「いまこそ、廃絶へのチャンス。『核兵器のない世界を』署名を広げていこう」と話し合われました。
 日本母親大会として、初めて本格的に設けた「日本軍『慰安婦』もんだいの真の解決を求めて」の分科会。岩手県の渡辺喜代子さん(67)は、「『慰安婦』問題は、人権のかけらもないものです。女性差別撤廃の柱として、岩手でも、問題提起をしていきたい。まず私が学んで、と参加しました」と話します。分科会では、「慰安婦」問題を憲法を生かす柱として位置づけ、学ぶとりくみを広げようと話し合いました。

学費シンポ/お金払えずつらい思い/高校・大学生が参加
 高校、大学生が参加する企画もあります。学費シンポジウム「お金がないと学校に行けないの?」では、「大阪の高校生に笑顔をください」の女子高生が「年10万円以上学費が上がり、私学に行けない子が出ている」、京都の高3生は「修学旅行だけで100万円かかる子もいて、お金の問題で普通の家の子がつらい思いをしている」との声が次々出されました。
 「ホームレス小学生」だったという男性は睡眠1、2時間で働き高校を出て、学費が続かず大学を退学した自身の体験を話しました。
 幼稚園から高校生まで8人の子を持つ名古屋市の母親は「小中生も教材費が急激に上がって、高校では滞納すると6カ月で退学処分される」と告発。
 怒りと涙を交えた発言が続き、「すべての人に学ぶ権利がある、手をつないで運動を進め、次の選挙でも大きな声を出して国の教育政策を転換させたい」の声に包まれました。
 特別企画「あつまろう!中学・高校生、青年と父母の広場へ」では、平和の思いを大切にする「児童劇団やまびこ座」や8回目を迎える「子ども・青年・父母の対話集会」などの草の根の活動が京都から紹介され交流しました。
 この「対話集会」は「ネット・ケータイ文化について」などさまざまなテーマを選び青年が運営、その一人、大学2回生の小松秀紀さん(20)は「いろんな世代の話を聞け、一つのことをやりとげた」と活動の中での成長を母親大会で報告しました
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2009年07月27日,「赤旗」) (Page/Top

女性差別撤廃条約の実行停滞/国連で日本批判噴出

 【ニューヨーク=小林俊哉】女性差別撤廃条約をめぐり、国連の女性差別撤廃委員会は23日、国連本部で日本政府の条約実施状況について審査しました。80人を超える日本の女性団体メンバーが傍聴。日本に対する審査は6年ぶり4回目です。(4面に関連記事)
 日本政府代表団の責任者・南野知恵子参院議員(自民)は概況報告で「残念ながら、取り組みは遅れている」とのべました。
 委員からは、日本政府の取り組みの遅れに対する強烈な不満が相次ぎました。条約2条で女性差別となる法律の修正・廃止を定めているにもかかわらず、依然として夫婦同姓、婚姻年齢の男女差別など民法上の差別が残っているとの声が上がりました。法務省は「国民各層や関係方面でさまざまな議論があり、動向を注視している」と回答し、場内から失笑がもれました。
 また、「条約を宣言≠ニみなして、法的拘束力を持つものとみていないのではないか」などの指摘もあがりました。
 岡島敦子内閣府男女共同参画局長は「政府の冊子に、条約採択30周年だとちゃんと書いている」などとのべ、釈明≠ノ追われました。
 日本軍「慰安婦」問題にも質問が集まりました。「法的に解決済み」との主張を繰り返す外務省に対し、委員からは「何度も同じ説明を繰り返しているが、それでは不十分だ。日本政府は、この歴史的問題を避けずに、誠実に正面から取り組むべきだ」と強烈な批判が突きつけられました。
 同委員会は今回の審議をふまえ、政府への勧告などを含む「最終見解」を8月中にも発表します。
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2009年07月25日,「赤旗」) (Page/Top

あすから母親大会/多彩な企画/京都

 第55回日本母親大会があす25日から、京都市内で始まります。
 近畿各府県からも、多数が参加します。
 三重県からは、60人乗り大型バス2台などで、目標を上回る172人が参加します。6月21日に県北部・鈴鹿市で開いた県母親大会を、子育て世代を含む660人の参加で成功させました。
 同県母親連絡会の槇岡三枝子事務局長は、「鈴鹿市は県大会の成功に励まされて、県南部ではつながりをいかした声かけで、参加が広がっています。みんな『国民のくらしをこんなに悪くした政治を許せない。分科会で訴え、交流したい』との思いがある。情勢がみんなを突き動かしているのでしょうか」と話します。
 大阪府内でも、準備がすすんでいます。人口約1万8300人の忠岡町では、昨年の名古屋市での日本母親大会の参加者や退職教員が中心となり、今年4月に忠岡母親連絡会を結成。現役教員も加わって準備を重ね、6月21日に町の母親大会を開催しました。
 茨木母親連絡会は、学童や保育所の職員と保護者、教職員組合、障害者施設や医療機関職員、新婦人、生協、年金者組合など幅広い団体の力を生かして、参加の輪を広げてきました。タオルマフラーやパジャマ販売、いのちと平和を守るつどい開催など独自の資金づくりをすすめて、会員券代を補助。75人が参加します。

全体会
 25日正午〜午後4時半、京都府立体育館。京都佛教会理事長有馬ョ底さんの記念講演や各地の運動の構成劇など。

分科会
 26日午前10時〜午後3時、立命館大学衣笠キャンパス。43の企画があります。
 〇貧困打開・いのちを考える―をテーマにした企画が多数、用意されています。「ひとりじゃないよ つながろう」は、派遣切り・解雇とたたかう労働者が参加します。「映画『いのちの作法』を観て考える」は、旧沢内村の医療・福祉をえがいた映画をみて、後期高齢者医療制度や地域の病院問題を話し合います。映画「蟹工船」(旧作)鑑賞と反貧困ネットワーク・湯浅誠さんの講演の企画もあります。
 〇講師・パネリストの話をじっくり聞いてみたい、という人には、シンポジウムがいくつもあります。
 米国の反戦活動家アン・ライトさんらが出演するのは、「2010年 NPT再検討会議へ」。「ストップ!地球温暖化」では気候問題の専門家が語ります。「老いてますますかがやいて」、「観て、聞いて、学ぶ裁判員制度」も。
 〇現役の中学生や高校生、大学生が従軍慰安婦問題や学費問題について語る分科会もあります。
 〇子ども連れで参加する人には、「親子であそぼ!安心して子育てできる社会に」。読み聞かせや工作、数学や科学の楽しさにふれられる分科会もあります。
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2009年07月24日,「赤旗」) (Page/Top

婦団連会長ら8人/米女性反戦組織と懇談/NY

 【ニューヨーク=小林俊哉】国連の女性差別撤廃委員会の傍聴でニューヨークを訪れている日本婦人団体連合会(婦団連)の堀江ゆり会長ら8人は21日、日程の合間を縫って、イラク戦争への反対活動などで知られる米女性反戦組織「おばあちゃんの平和旅団」メンバー4人と同市内で懇談しました。
 軽食を囲んでの和やかな懇談でしたが、やりとりの中身は、日本の米軍基地と女性の被害の問題から、核兵器廃絶問題、今回の解散・総選挙をめぐる日本の政治状況など多岐にわたりました。
 全国労働組合総連合(全労連)の柴田真佐子副議長が、日本の米軍基地問題の現状とたたかいのとりくみをていねいに説明。新日本婦人の会(新婦人)の平野恵美子国際部長は、オバマ米大統領に核廃絶へのイニシアチブの発揮を求めた手紙を今年5月に在日米大使館に届けた際の米側の打ち解けた対応などを説明し、核廃絶運動での国際連帯を訴えました。
 とりわけ、「おばあちゃんの平和旅団」のメンバーが熱心に尋ねたのは、日本軍「慰安婦」問題をめぐる解決の展望です。現状を説明する「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワークの坪川宏子事務局長に、次々と質問が飛び、同問題の解決に後ろ向きの日本政府の姿勢に対する国際的視線の厳しさがあらためて浮き彫りになりました。
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2009年07月23日,「赤旗」) (Page/Top

女性差別撤廃委始まる/日本のNGOも発言/国連

 【ニューヨーク=小林俊哉】女性に対するあらゆる差別の禁止を定めた女性差別撤廃条約をめぐり、各国の実施状況を検討する国連の女性差別撤廃委員会の審議が20日、ニューヨークの国連本部で始まりました。23日には、日本政府の実施状況が6年ぶりに審査されます。
 日本政府は昨年4月に国連に「実施状況報告」を提出し、05年に第2次男女共同参画基本計画を策定したことなどを挙げ、取り組みをアピールしています。
 一方、日本の女性団体も報告を作成し、国連に送付しています。日本婦人団体連合会(婦団連)のリポートは、貧困と格差の広がりが女性に重くのしかかっていることを批判。とくに日本政府の社会保障切り捨ての政策が女性の社会進出を阻害する要因となっていると指摘しています。
 今回の審査には、多数の女性団体でつくる「日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク」(JNNC)のメンバー80人以上が傍聴に詰めかけています。22日には、審査を前に、女性差別撤廃委員と日本のNGOとの懇談も予定されています。
 初日の20日は、各国NGOと委員会との非公式会合が開催されました。JNNCを代表して国際女性の地位協会の大谷美紀子弁護士が発言。民法の差別的規定の改正や日本軍「慰安婦」問題の最終的解決など、前回の審査で勧告された内容が実行されないままだと指摘しました。
 委員からは、職場での差別の問題や、多数の日本のNGOメンバーが傍聴に来ていることから、日本の女性団体が果たしている役割などについて、質問が相次ぎました。

女性差別撤廃委員会
 1979年に国連総会で採択された女性差別撤廃条約に基づく国際機関で、投票で選ばれた23人の委員で構成されます。各国から提出される実施状況報告を審査し、結果を「最終見解」として発表します。日本は85年に同条約を批准。前回03年7月に日本政府の実施状況が審議された際は、22項目の「懸念・要請・勧告」を含む最終見解が発表され、日本政府の差別撤廃の取り組みの遅れを浮き彫りにしました。今回は4度目の審査となります。
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2009年07月22日,「赤旗」) (Page/Top

03年日本政府への勧告/要旨

 国連女性差別撤廃委員会が2003年7月に日本政府に対して出した勧告は、日本での女性差別撤廃の遅れた状況を多面的にとりあげ、批判しています。今回の委員会の審査では、これらの進ちょく状況を点検し、新たに意見・勧告を出す予定です。03年の勧告の要旨を紹介します。

〇間接差別
 委員会は、憲法が両性の平等を規定しているにもかかわらず、国内法に差別の具体的規定が含まれていないことに懸念を表明する。
 委員会は、条約第1条に沿って、直接差別・間接差別の両方を含む、女性に対する差別の定義を国内法に盛り込むことを勧告する。
 また、委員会は、条約に関する認識、とくに間接差別の意味と範囲についての認識を向上させるキャンペーンを、とりわけ国会議員、裁判官および法曹界一般を対象に行うことを勧告する。
〇ステレオタイプ=固定観念
 委員会は、日本政府が、男女の役割に関する現在のステレオタイプ(固定観念)に基づいた態度を変えるために、教育面で総合的なプログラムを開発・実施すること、条約と男女平等に向けた政府の決意についての情報を広く知らせること、子育ては母親と父親双方の社会的責任であるという認識を普及させるためにさらに努力すること、メディア対策をふくめ、意識啓発キャンペーンを強化することを、勧告する。
〇家庭内暴力、戦時慰安婦など
 委員会は、日本政府が、DV(家庭内暴力)を含めた女性に対する暴力の問題を、女性への人権侵害としてとらえて対処する努力を強めることを求める。
 委員会は、戦時慰安婦≠フ問題に関し、日本政府が包括的な情報を提供したことを評価するものの、この問題をめぐる懸念が引き続き存在することに留意する。委員会は日本政府が、戦時慰安婦*竭閧最終的に解決するための方策を見いだす努力を行うことを勧告する。
 委員会は、女性と少女の人身売買の防止や捜査のために日本政府がおこなってきた努力を認識しつつも、問題の範囲・程度に関する情報が不十分であり、現行法のもとでは加害者の処罰が軽すぎることを懸念する。
(意思決定過程における女性の参画)
 委員会は、日本政府が、あらゆる公的分野、特に高いレベルの政策および意思決定への女性の参加の権利を実現するために、政治的および公的活動における女性の参画率を増加させるためのさらなる方策をとることを勧告する。
〇雇用差別および職業と家族的責任との両立
 委員会は、現存する男女間の賃金格差や均等法の指針に示されているように、間接差別の慣行および影響に関する理解が欠如していることを懸念する。正規労働より給料が低いパートタイム労働や、派遣労働≠ノおいて女性の比率が高いことを懸念する。個人的・家庭的生活を職業的・公的責任と両立させるために、主として女性が直面している困難を深く懸念する。
 委員会は、日本政府に対し、男女雇用機会均等法の指針を改正し、労働市場における女性と男性の事実上の機会の平等の達成を加速させるために、日本政府の努力を拡大することを強く要請する。
 委員会は、日本政府に対し、家族的および職業的責任の両立を可能にするための措置を強化し、女性・男性の間の家族的仕事の平等な分担を促進し、家族および労働市場において女性に期待される固定的な役割の変化を奨励することを勧告する。
〇結婚および家族生活
 委員会は、民法が、結婚最低年齢、離婚後の女性の再婚禁止期間、夫婦の氏の選択などに関する、差別的な規定を依然として含んでいることに懸念を表明する。委員会は、また、戸籍、相続権に関する法や行政措置における嫡出でない子に対する差別およびその結果としての女性への重大な影響に懸念を有する。
 委員会は、民法に依然として存在する差別的な法規定を廃止し、法や行政上の措置を条約に沿ったものとすることを要請する。
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2009年07月18日,「赤旗」) (Page/Top

女性差別放置する日本/6年ぶり国連委審査へ

 国連の女性差別撤廃条約にもとづく進ちょく状況を検討する女性差別撤廃委員会の第44会期会合が20日からニューヨークの国連本部で開かれ、23日には、日本政府の報告が6年ぶりに審査されます。
 前回の2003年の審査では、日本政府に対し、差別撤廃の遅れを懸念し、是正を促す勧告が出されています。今回も、勧告に実態を反映させようと、日本から80人を超えるNGO(非政府組織)代表が審査を傍聴します。NGOの意見表明の場も設けられています。20日には、女性差別撤廃委員会主催のヒアリングがおこなわれ、日本のNGOも発言します。22日にはNGO主催の昼食会で委員にアピールします。
 NGOの各団体はそれぞれリポートを作成し、委員会に情報提供をしています。同じ時期に審査される他国と比べても日本は、NGOからの情報提供の多さが目立ちます。
 「前回の審査で勧告された、民法の差別的法規の改正、『慰安婦』問題の最終的解決という課題は、NGOの再三の要請にもかかわらず何ら進展していない」と批判するのは、日本婦人団体連合会(婦団連)のリポートです。婦団連は、女性団体や労働組合、自営業団体、農業女性、弁護士、医師の団体など21団体が加盟。リポートは加盟団体が共同して作成しました。婦団連会長の堀江ゆりさんら6人が代表して、日本政府報告審査を傍聴します。NGO主催の昼食会では、委員に対し、中小業で働く家族従事者の8割を占める女性が働き分を税法上認められていない問題や、高齢女性や母子世帯など女性の貧困・健康問題の解決、仕事と生活の両立支援策の拡充なども訴える予定です。
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2009年07月18日,「赤旗」) (Page/Top

日本軍「慰安婦」早期解決求める意見書が可決/京田辺市議会

 京田辺市議会は6月29日、「日本軍『慰安婦』問題について日本政府へ早期解決を求めるための意見書」を全会一致で可決しました。
 意見書は、2007年7月に米下院で、日本政府が元「慰安婦」に謝罪するよう求める決議が採択されたことなどに触れ、「日本軍『慰安婦』問題被害者の公式謝罪と補償を求める声に耳を傾け、早急に問題の解決を図るよう求める」と強調しています。
 「地球上から核兵器廃絶を求める決議」「細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの早期定期接種化等を求める意見書」も全会一致で可決しました。
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2009年07月09日,「赤旗」) (Page/Top

朝の風/地方からの「慰安婦」決議

 「慰安婦」問題の解決を国に求める、地方自治体での意見書採択がつづいている。宝塚市08年3月を皮切りに、清瀬市6月から、札幌市11月、福岡市09年3月と政令指定都市にも広がり、この6月議会では、箕面市6月22日、三鷹市23日、小金井市24日、京田辺市29日と決議が連続した。
 宝塚市と京田辺市は全会一致での採択であり、保守との共同が実現している。
 決議の内容には幅があるが、たとえば札幌市議会は、政府に次のことを要望した。
 @「政府は、『慰安婦』被害の事実を確認し、被害者に対し閣議決定による謝罪を行うこと。A政府は、『慰安婦』問題解決のための法律をつくり、被害者の名誉回復と損害賠償を行うこと。B学校や社会の教育において『慰安婦』問題の歴史を教え、国民が歴史を継承できるようにすること」。
 また福岡市議会や小金井市議会は「被害者出席のもと、国会で公聴会を開くこと」を要請している。
 安倍内閣の退陣以後、「慰安婦」問題にかかわる歴史歪曲の動きは後退した。しかし、肝心なことはそのような逆流の阻止にとどまらず、この国の政治を問題の解決へ向けて前進させることである。被害者の苦しみを忘れてはならない。
 (夢)
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2009年07月06日,「赤旗」) (Page/Top

ひと一人芝居「Kの悲劇」で戦争体験を継承する佐藤一男さん(56)

 戦争で、深い罪の意識を背負った日本兵「K」の苦悩を演じます。上官の命令で、手りゅう弾で慰安婦の命を奪ってしまった。罪の重さに耐えきれず、自殺を図るも死にきれない…。「これが戦争か。これが軍隊か」。大きな身ぶりに真剣なまなざしで、うなるように問いかけます。
 自作の脚本は、在日米軍のグアム移転など、時事ネタを盛り込みました。「真剣に核心に迫りつつ、くすっと笑ってもらいたい。お客さんに重い気持ちで帰ってほしくないんで」。戦争の悲惨さとともに、政府や社会へのユーモアたっぷりの皮肉には、そんな思いが込められています。
 3年前、地元の長野県「9条の会・真田」結成集会で聞いた戦争体験。戦争を知らない世代ですが、戦争体験の風化に危機感を覚えました。20代、東京の劇団に所属していたこともあり、証言者の一人「K」さんの体験を周りの勧めで芝居にしました。昨年から地元で3回上演。表舞台に立つのは30年ぶりでした。
 「戦争は人権や自由を追いやってしまう」。それを芝居で伝えると証言者に約束しました。毎朝、証言テープを車中で聞き出勤。職場の味噌工場でも時間さえあればセリフを口ずさみます。5月に初孫が生まれ、「若い世代に罪の意識を背負わせたくない」との気持ちが強くなりました。
 次回は8月。情勢が動けば脚本に書き加える? 「そうなるでしょう」。脚本作りは終わりそうにありません。
 文 瀬戸 千尋
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2009年07月05日,「赤旗」) (Page/Top

6月本文】

「番組改変事件」を超えて/NHK自律の道/下/市民運動を推進醍醐聰さん語る/教訓生かす新たな段階に

 「市民運動を始めて4年半。振り返ると、ここまでたどりついたのかと感慨深いものがありますね」。東京・文京区の東京大学。研究室の一室で醍醐聰教授は語ります。
 醍醐さんは、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」(「NHK受信料支払い停止運動の会」を発展改称)の共同代表。日本軍「慰安婦」を扱ったETV番組の改ざん事件で、2005年1月に番組チーフ・プロデューサーの長井暁さんが「政治家」の介入を告発し、改ざんの実態が明らかになったのを機に、会を立ち上げました。

変化引き出す
 会がNHKに求めてきたのが「政治家への事前説明を『通常の業務の範囲内』とした見解の撤回」「改ざんを検証する番組の制作」でした。前者の政治家への事前説明について、NHKの福地茂雄会長と、小丸成洋経営委員長が先月、相次いで「現在も行っていなし、これからも行わない」と表明。「これまで申し入れても、全く話にならなかった」(醍醐さん)課題でした。
 NHKの「変化」を引き出した背景には、放送倫理・番組向上機構(BPO)が、「NHK幹部管理職が与党有力政治家に面談することはNHKの自主・自律を危うくさせる行為」と指摘した見解を4月下旬に発表したことがあります。そして、BPOの審議入りを後押ししたのが、真相解明を求めて発展した粘り強い市民運動でした。
 これまで、醍醐さんらの会はじめ、市民、研究者、放送関係者らが参加した各地の会が共同して、NHKへの申し入れや学習会を開いてきました。昨年秋にはNHK経営委員の公募・公選制を求めて独自候補を擁立。ETV裁判で最高裁が不当判決を出した以後も、「放送倫理の問題が未解決のまま残されている」と、BPOに真相究明を要請しました。
 「独立した機関のBPOが長時間かけて議論した結論は重い」と醍醐さん。一方で、番組の政治介入を一貫して否定し、検証番組も作らないとするNHKの態度に、「過去の教訓を引き出さないまま『これからやらない』と言っても不信感は消えない」と言います。
 「NHKの説明に視聴者がどこまで納得できるのかを確かめるのが、まさに検証です。あきらめずに検証番組を求めていきたい」

同じメンバー
 市民運動も新たな段階を迎えています。これまで共同してきた市民団体が新たに「開かれたNHKをめざす全国連絡会」を立ち上げました。会の世話人の一人となった醍醐さんは「ETV問題とともに、台湾統治を扱った番組についても攻勢的に取り組みたい」と意欲を語ります。
 4月5日放送の「シリーズ・JAPANデビュー第1回『アジアの一等国=x」に対し、右派勢力が「偏向番組だ」と攻撃。安倍晋三元首相や中川昭一前財務相ら自民党国会議員らが議連を立ち上げ、25日には右派集団がNHKを提訴するなど、異常事態が続いています。
 醍醐さんは言います。「番組を攻撃しているのは、安倍元首相らETV番組に圧力をかけたメンバーと同じです。彼らの素性、言っている中身を浮き上がらせれば、逆にNHKがETV問題の教訓を生かして自律を高めていく、格好の機会になると思います。私たちも主要都市に組織を作り、視聴者運動のネットワークを全国規模で張りめぐらせたいですね」
 (おわり)
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2009年06月27日,「赤旗」) (Page/Top

愛知・稲沢で美術展/平和でこそ表現できる

 第16回尾張南部平和美術展が23日、愛知県稲沢市の荻須記念美術館で始まりました。28日までです。
 「心に感じたものを自由に表現できるのは、平和だからこそ」と、憲法9条を守り核兵器廃絶をめざす運動と連帯する美術展。陶芸、工芸、絵画、写真など、個人と団体から190点近くの作品が寄せられました。
 絵手紙に夢中になっていた男性(62)は「絵も文も良い。みなさんの心が若いし、見ていて飽きない。毎年楽しみにしているよ」と言いました。年金者一揆の入選川柳「今にみろ 姥捨山が 噴火する」、絵画「慰安婦を待つ日本兵」も展示しています。
 デイサービス利用者の作品が目を引きます。会場受け付けをしていた矢野和子さん(70)は「毎年の展示をめざして、グループで励ましあっての作品づくりが定着してきた」と話していました。
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2009年06月25日,「赤旗」) (Page/Top

「番組改変事件」を超えて/NHK自律の道/上/元プロデューサーが語る/誤った瞬間、記憶にとどめる必要

 政府から独立した言論・報道機関であるNHK。これまで、何度となく政府・与党から干渉・介入を受けてきました。いまなお傷が癒えないのが、8年前のETV番組改ざん事件です。放送の自主・自律のために、何を教訓とすればいいのか。当事者の話と視聴者運動の立場から考えます。
 東京・渋谷。NHK放送センターの目と鼻の先にある、代々木公園イベント広場。右翼らが、口々に「NHK解体」を叫びます。日本の台湾統治を扱ったNHKスペシャル「アジアの一等国=v(4月5日放送)への抗議行動です。

右翼の圧力
 その様子を永田浩三さん(54)は、「意見の多様性ではすまない気がします」と語ります。ETV番組「問われる戦時性暴力」(2001年放送)の元チーフプロデューサー。4月、武蔵大学教授に転身しました。
 あのときも右翼がNHKの建物に乱入してきたと話す永田さん。
 「こうした人たちや政治家に過剰反応したのは、やはり誤りでした」
 8年前、永田さんが手がけた番組は、東京で開かれた女性国際戦犯法廷を手がかりに、旧日本軍の「慰安婦」問題を取り上げたものでした。
 「当時は堂々たる横綱相撲を取っている気分でいた」と語る永田さん。1993年、「慰安婦」問題で河野洋平官房長官が「おわびと反省」を表明する一方で、激しい揺り戻しがきていたことに「センサーが働いていなかった」といいます。
 「理にかなったことは当然、そちらに軍配があがるはずだと思っていたんです」

突如の改変
 ところが、事態はそうなりませんでした。
 女性法廷に否定的な勢力が、NHKに放送中止を要求。放送前日、国会対策局長と放送総局長は、首相官邸を訪ね、安倍晋三官房副長官と面会。局に戻るや突如、大がかりな改変を要求します。放送当日には番組の根幹をなす元「慰安婦」女性、元日本軍兵士の証言シーンの削除を命令。「やっていいことと悪いことがある」と抵抗する永田さんを、放送総局長は証言の信ぴょう性を理由に従わせました。
 「証言者の一人はNHKの番組に登場したことのある人でした。信ぴょう性が問題なのではなかった。そもそもそんなことは、番組制作の最後に出てくる話ではないんです」
 改ざんされた番組は4分短いまま放送されました。永田さんは、タクシーの中で涙を流しながら帰途につきました。
 なぜ、もっと早い段階からたたかえなかったのか。なぜ番組制作会社の人を守れなかったのか。「一番申し訳なく思っていることです」と語ります。
 取材に協力した市民団体はNHKを訴え、裁判を起こします。その二審。永田さんは、政治介入を内部告発した当時の番組デスク・長井暁さんと証言に立ち、一部始終を語りました。その後、制作現場をはずされましたが、職を賭して真実を語る二人の姿は、深い感動を呼びました。
 東京高裁は、番組改変を「編集の自由」と居直るNHKの主張を退け、「国会議員等の意図を忖度(そんたく)した」としてNHKを断罪しました。

BPO見解
 放送から8年が過ぎた4月。放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は、この問題で見解を発表します。放送の自主自律を確立するために、NHKに当時の経緯を虚心に振り返り、明確な教訓を引き出すことを求めました。
 NHKは、「視聴者に自主・自律に対する疑念を持たれることがあってはいけない」とする一方で、見解が番組の質にまで踏み込んでいることに強い反発をみせました。
 それに対し、永田さんは、こう語ります。
 「一連の行為は、天につばする行為、自分で建てた家をブルドーザーで壊すような作業です。自分たちのやっていることに誇りを持たなくなった瞬間なんです。それをいい番組を作るための努力だったと、どの面下げて言えるのでしょう。誤った瞬間があったことを記憶にとどめ、繰り返さない。そのために検証が必要なんです」
 (つづく)

ETV番組「問われる戦時性暴力」
 「人道に対する罪」をキーワードにした4回シリーズ「ETV2001〜戦争をどう裁くか」の2回目。取材協力者の市民団体・バウネットジャパンが番組改ざんをめぐって裁判を起こし、東京高裁ではNHK側が敗訴。しかし、昨年6月の最高裁で、NHK側が逆転勝訴しました。
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2009年06月25日,「赤旗」) (Page/Top

おはようニュース問答/NHKが番組偏向攻撃に反論しているね

 みどり NHKが「プロジェクトJAPAN」のホームページで4月5日に放送された「シリーズ・JAPANデビュー第1回『アジアの一等国=xに関しての説明」を載せたわね。「番組が偏向している」という攻撃への全面的な反論になっているわ。
 晴男 台湾統治を扱ったこの番組は右派勢力から猛烈に攻撃されているからね。このあいだも日の丸を持った集団が、NHKの前で「NHK解体!」を叫んでいたよ。

自民が議連設立
 みどり 自民党の国会議員が、番組を検証する議連まで立ち上げたのね。会長は古屋圭司衆院議員で、設立総会には、安倍晋三元首相や中川昭一前財務相も参加した。8年前、旧日本軍「慰安婦」問題を扱ったNHKの番組「ETV2001」に圧力をかけたのと同じ人たちよ。
 晴男 安倍議員は、メールマガジンで「この番組は『反日』で貫かれています」と言っている。台湾統治時代、日本はいいことをした、というのが彼らの主張のようだが、まるでいじめっ子がいじめられっ子に、「おまえのためにやったんだ」とねじふせているようなものだ。
 みどり どんな番組だったの?
 晴男 日清戦争で勝利した日本が、台湾を手に入れ、どんな統治を行ったのか。半世紀にわたる日本統治の深い傷を、台湾の人々や台湾総督府に残されていた資料、研究者の取材でたどった良心的な番組だったよ。「親日的」といわれる台湾の人々の本当の気持ちにふれた思いがした。

今度こそ自立を
 みどり ホームページには「日本が最初の植民地とした台湾に近代日本とアジアの原点をさぐり、これから日本がアジアの人々とどう向き合っていけばよいのかを考えようとした」のが番組趣旨だとあったわ。たとえつらい過去でも、歴史と向き合うことは大切なことよ。NHKは自民党議員の圧力にひるまず何が歴史の事実なのかを発信し続けてほしいわ。
 晴男 経営委員会では、NHKの福地茂雄会長が、「すべて事実に基づいて描いているという自信を持ちました」と述べている。シリーズはまだ続くが、今度こそ「政治からの自立」を貫くことを期待したいね。
 〔2009・6・24(水)〕
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2009年06月24日,「赤旗」) (Page/Top

9条守り平和な社会に/愛知母親大会に950人

 第55回愛知母親大会が14日、名古屋市中村区で開かれ、950人が参加しました。
 全体会では、同実行委員会の水野磯子代表委員が「憲法9条を守り、平和で安心して子育てができる社会をつくりましょう」と主催者あいさつ。石川康宏神戸女学院大学教授が講演しました。
 「活動交流」では、公務非正規労働者や原爆被爆者とともに、せこゆき子日本共産党衆院東海比例候補が発言しました。
 参加者は、子育て支援や女性の地位向上、核兵器廃絶などを求める大会決議と大会アピールを採択。
 全体会に先立ち20分科会が開かれ、旧日本軍の戦争犯罪を問うシンポジウムでは、中村紀子(元名古屋YWCA総幹事)、高橋信(名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会共同代表)、森賢一(アジア・ボランティア・ネットワーク東海事務局長)の3氏が報告しました。
 中村氏は、「従軍慰安婦」問題の早期解決を訴えるとともに、「在日米兵によるレイプ事件が後をたちません。軍隊がある限り、女性の人権を守ることはできません」と語りました。
 会場参加者からは、「日本の平和な未来をつくるために、戦争加害者としての歴史をきちんと学ぶ必要がある」などの感想や、南京大虐殺など侵略戦争の歴史をわい曲する「靖国」派を批判する発言が相次ぎました。
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2009年06月17日,「赤旗」) (Page/Top

ひと/憲法・平和をタペストリーに編み続ける山内豊さん(60)

 高松市牟礼にある「Art  Spot かくあむ」(kakuamu.com)。玄関に憲法9条を編み込んだタペストリーが展示されています。「一番に見てもらいたいところです」。昨年1月に実家をギャラリーにしました。
 オーストリアの画家クリムトの作品を模写したのがニットで絵を本格的に始める契機に。「最初は油絵で描こうと思ったんですが、それでは面白くないと…」
 改憲の動きに危機感を抱き、初めて憲法を編んだのは2001年夏。以後、旧教育基本法、子どもの権利条約なども、タペストリーにしてきました。「苦労はないが、体力がいります。毎日編み続けますから」「編み上がったときは、喜びよりも安ど感が強い」。優しい声で言葉を選びます。
 京都で昨年10月開かれた国際平和博物館会議に参加し、英語版の9条タペストリーを公開。「参加者からこのような手法で平和を訴えるのか≠ニ驚かれて」
 今、ハングルで9条を編もうと勉強中。「強制労働や『慰安婦』…。日本人が朝鮮人にやったことは許されないこと。身を切られる思いです。今まで以上に心を引き締めてやりたい」
 体が弱かった子ども時代に、習字に出合いました。その後、筆と墨で気持ちを伝える書に。その書と手編みとが融合して、「詩画ニット」が生まれました。「今後も、独自の詩画ニットを充実させたい」
 気分転換は犬の散歩を兼ねたウオーキングです。
 文・写真 浜崎 好人
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2009年06月12日,「赤旗」) (Page/Top

木曜人とき/長崎の女性史を研究する葛西よう子さん(72)/歴史から見えてきたもの

 長崎に生きた女性の掘り起こしがライフワークです。「長崎女性史研究会」の一員でもあります。
 今、取り組んでいるのは、明治にアメリカに留学し、彫刻家でもあった長崎でも無名の女性です。夫は片山潜とも親交のあった社会思想家です。
 わずかな手掛かりから、文献を求めて国会図書館、東京大学図書館へ。女性が働いていた学校、生家はもちろん、漠然とした場所しかわからない墓地まで、ありとあらゆる手掛かりを求め、探し歩きます。少しずつ明らかになる生きいきとした女性の姿。インタビューの日、「やっと昨日、お孫さんが見つかった」と。
 その過程が「おもしろくてしょうがない。探偵と同じ」と笑います。わくわく感が伝わってきます。「現場に行かなきゃだめ。現物を見ると周りが見えてくる」。10年、20年と追いかけるその探究心に敬服します。
 高校で長い間、歴史を教えてきました。今、長崎大学の非常勤講師として平和講座を担当。「従軍慰安婦」、靖国など「女性と平和、戦争」について学生たちに語ります。
 高校退職後、県立図書館に通い、明治時代に長崎で発行された新聞の女性に関する記事を全部読み、書き写しました。ほぼ毎日、朝9時から夕方5時まで。4年半かかったと言います。資料は、「こんなになった」と50a程の高さを示します。見えてきたものは女性が戦争賛美に流される過程。14日に開かれる長崎県母親大会で、講師を務めます。
 (長崎・原口一二美)
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2009年06月11日,「赤旗」) (Page/Top

12の分科会で熱心に/和歌山県母親大会

 第54回和歌山県母親大会が5月31日、和歌山県紀の川市で開かれ、県内各地から619人が参加しました。
 子育て、医療、年金、地球温暖化問題など12の分科会で熱心な討論がおこなわれました。
 午後の全体会では、女優の有馬理恵さんが記念講演。「1本の芝居が人間を動かし国を動かすことができる」と信じて、水上勉作「釈迦内柩唄」の上演を10年間400ステージ続け、大きな共感を広げてきたことを語りました。日本軍の慰安婦にされ、日本政府に謝罪を求めて提訴した、フィリピン女性のミュージカル「ロラマシン物語」の一場面を演じました。
 中玲子母親大会連絡会副会長がオバマ米大統領の「核のない世界をめざす」という演説を紹介し、「核兵器廃絶へ、政府に唯一の被爆国として行動するよう要請しましょう」と提案し、確認されました。
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2009年06月02日,「赤旗」) (Page/Top

5月本文】

敷地内に「慰安婦」の碑/千葉・館山市の婦人保護長期施設「かにた婦人の村」を訪ねて


平和、人権への思いを大切に/「共に生きる」村づくり
 千葉県館山市にある婦人保護長期施設「かにた婦人の村」(以下、かにた村)の施設長、天羽道子さんは、市内で開かれた日本共産党演説会であいさつし、「平和を大切に」と訴えました。敷地内に、戦跡や「慰安婦」の碑があると聞き、かにた村を訪ねました。
 (塩沢 清隆)
 海上自衛隊館山航空基地に隣接する小高い山にかにた村はあります。「かにた」は近くを流れる小川の名前です。1965年に国有地の払い下げを受けて設立。知、情、意に何らかの障害をもち長期保護が必要な女性を受け入れてきました。
 施設内を案内してくれたのは、NPO法人安房文化遺産フォーラム事務局長の池田恵美子さんです。

二度と繰り返してはならないと
 早速、敷地内の地下壕へ。旧日本軍の「戦闘指揮所」という額のある部屋や、天井に大きな竜の浮き彫りのある部屋も。ところどころに、射撃窓があります。
 敷地内の丘の頂へ登ると「慰安婦」の碑が施設を見下ろしています。「噫従軍慰安婦」とだけ刻まれています。
 1984年、入所者の一人が「慰安婦」だったことを、かにた村の創立者・深津文雄牧師に告白(別項)します。これを契機に、翌年、ヒノキの柱が建ち、86年、石碑となりました。
 「口にするだけでも重い『従軍慰安婦』と刻むことで、二度と繰り返してはならない問題として、また過去のものでなく現在もつづく問題だということを残したかったからではないか」と池田さん。
 少し下ると、教会堂が姿を見せます。日曜日の午前9時から1時間、礼拝をしています。納骨堂には深津牧師や村の女性たちが眠っています。

自主性重んじ助け合って…
 敷地内には、農園、作業場や旧牛舎、入所者・職員のための居住施設などが点在します。
 かにた村では、各自の自発性にもとづき、編み物、農耕、演芸、陶芸、製菓などの作業をして、職員とともに暮らします。規則正しい生活と労働、助け合いながら「共に生きる」村づくりをめざしています。
 かにた村は、一時的で保護的な更生施設ではなく、人が生きているコロニーです。高い塀や鍵のかかる門、厳重な罰則はありません。自主性が重んじられます。創立者、深津牧師の理念が息づきます。
 池田さんは最後に語りました。「平和・人権の理念を実践している、かにた村の活動を多くの人に伝えたい」

私は見た女の地獄=^「慰安婦」だった女性の告白から
 「慰安婦」だった女性の告白(「石のさけび」)を紹介します。
 「深津先生…終戦後四〇年にもなるというのに、日本のどこからも、ただの一言も声があがらない。…兵隊さんや民間の人のことは各地で祭られるけど、中国、東南アジア、南洋群島、アリューシャン列島で性の提供をさせられた娘たちは、さんざん弄ばれて足手まといになると、放り出され、荒野をさまよい、凍りつく原野で飢え、野犬か猿の餌になり、土にかえったのです。…死ぬ苦しみ。なんど兵隊の首を切ってしまいたいと思ったか。半狂乱でした。…それを私は見たのです。この眼で、女の地獄を…。四〇年たっても健康回復できずにいる私ですが、まだ幸せです。一年ほど前から、祈っていると、かつての同僚の姿がマザマザと浮かぶのです。私は耐えきれません。どうか慰霊塔を建ててください。それが言えるのは私だけです。生きていても、そんな恥ずかしいこと誰もいわないでしょう…」
 (愛沢伸雄「『かにた婦人の村』と従軍慰安婦」から)
 「かにた婦人の村」を見学するなど、問い合わせは、NPO法人安房文化遺産フォーラムрO470(22)8271まで。
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2009年05月27日,「赤旗」) (Page/Top

おはようニュース問答/番組改変、NHKは反省しているかな

 ふゆみ NHKは、本当に反省してるのかしら。二〇〇一年のETV番組改変問題について、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会がNHKに出した「意見」への見解なんだけど、半分開き直りに見えるのよね。
 のぼる BPOは、番組制作にかかわるNHK幹部が政治家と面談し、放送前の番組について説明することは、NHKの自主・自律を危うくさせると指摘したんだよね。

事前説明は否定
 ふゆみ NHKは今回、番組の事前説明について「行っていないし、これからもありえません」と答えている。そこには注目したんだけど。
 のぼる 一歩前進だね。政治圧力が現場スタッフによって内部告発された当初は、NHKは事前説明は「通常の業務遂行の範囲内」と答えていたからね。こうした態度を変えさせたのは、裁判でたたかった市民団体バウネットや、僕たち視聴者の運動といえるんじゃないかい。
 ふゆみ そうね。でも、一方で政治圧力はなかったという立場は変えてないわ。編集経緯について「視聴者に疑念を持たれることがないよういっそう留意しなければならない」と言ってはいるけど、意見書に強い不満も述べているの。特に意見書が番組の質に言及したことに、「放送倫理と番組の評価とは切り分けて考えるべきだ」と主張してるわ。
 のぼる 問題となった番組「問われる戦時性暴力」は、旧日本軍「慰安婦」問題を扱っていた。BPOの意見書では、放送前日、当時の安倍晋三官房副長官が、番組の事前説明にきたNHK幹部に歴史認識問題などの持論と「公平公正に」と意見を述べ、その後、安倍氏と面談したNHK幹部による「乱暴で性急な改編」が行われた結果、散漫な番組になってしまったとあったね。放送倫理を守れないものに、質の高い番組が作れるとは思わないけどね。

検証番組も必要
 ふゆみ NHKは近く「最終的な見解」をBPOに提出するそうよ。BPOが言うように、「当時の経緯を虚心に振り返ることによって、より明快な教訓を引き出し」てほしいわ。
 のぼる 番組制作過程がどうだったか、検証番組も必要だね。
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2009年05月27日,「赤旗」) (Page/Top

女性差別撤廃施策実施訴え/「婦団連レポート」国に提出

 日本婦人団体連合会(婦団連、堀江ゆり会長)は十八日、男女平等・女性の地位向上を求めて文科、外務、厚労省と内閣府に要請し、院内集会を開きました。
 国連女性差別撤廃委員会による日本政府の女性差別撤廃のための施策実施の進ちょく状況審査(七月二十三日)へ向けて、外務省、内閣府の担当者に「女性差別撤廃条約実施状況第六回報告に対する婦団連レポート」を提出。女性差別撤廃条約選択議定書のすみやかな批准と、女性の地位向上のための施策の推進を改めて求めました。
 厚労省には、労働者派遣法の抜本改正、都道府県労働局のブロック化中止、妊娠にともなう不利益取り扱い禁止の厳格化など実効ある育児介護休業法改正、現行の公的保育制度拡充による待機児童解消などを要請。担当者は「妊婦健診十四回無料化の予算措置の継続を検討していく」などと答えました。
 婦団連のリポートでもとくに進展の遅れを指摘しているのが、「戦時慰安婦」問題の最終的解決や選択的夫婦別姓制度導入問題です。婦団連がとりくんできた「戦時慰安婦」問題の最終的解決を求める請願署名、選択的夫婦別姓導入など民法改正を求める請願署名、女性差別撤廃条約選択議定書の批准を求める請願署名・合計約一万八千六百人分を、日本共産党の紙智子参院議員に手渡しました。
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2009年05月19日,「赤旗」) (Page/Top

メディアをよむ/須藤春夫/番組改変もう一つの判決

 NHKと民放でつくるBPOの放送倫理検証委員会は、先月下旬、NHKの「ETV2001」番組改変に関する意見書を発表した。
 この事件は、日本軍の「従軍慰安婦」問題を戦時性暴力の人道に対する罪としてとらえ直そうと企画した番組が、放送直前にNHK幹部の指示によって改変されたものだ。裁判で最高裁は、あろうことか放送の自律的な編集という一般論で政治家の圧力を不問に付し、改変を正当化する判決を下した。
 NHKは判決を歓迎して幕引きを図ったが、真相究明を求める市民運動やNHKの職員・OBは、昨年9月、委員会に対して放送倫理上の観点から審理を求めたのである。
 意見書は「公共放送NHKにとって放送倫理の確立、なかでも自主・自律の堅持は生命線」だと指摘する。それを率先して体現すべき幹部管理職が、番組の改変・放送の前後に政治家に面会に出かけ、番組の説明や政治家の意見を聞き、それと連動するように制作現場に直接改変個所を指示したことが明らかにされた。
 政治との距離を適切に保つ配慮に欠け、番組内容の公平・公正・中立性についても、双方の立場を機械的に足して2で割るようにとらえるNHKの行為は、自主・自律に危うさを感じると断じている。公平・中立性とは、多様な意見を議論・咀嚼(そしゃく)し自ら考え判断することだ、と明快である。
 13日の新聞報道によると、NHK会長は政治家への番組の事前説明は今後行わないことを明らかにした。一歩前進といえるが、改変については依然として政治的圧力と「国会議員の意図を忖度(そんたく)」したことを否定したままだ。
 委員会の意見とNHKの主張がこれほど食い違っている以上、NHKは自ら検証をして視聴者に説明する責任を負っている。視聴者の信頼を築く第一歩は、誤りを直視し正す勇気である。
 (すどう・はるお=法政大学教授)
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2009年05月17日,「赤旗」) (Page/Top

きたがわてつの人間ばんざい/「日本軍『慰安婦』歴史館」研究員村山一兵さん(28歳)


ハルモニと暮らし、支えながら/共に叫びを伝え続ける
 シンガーソングライターの、きたがわてつさんが各地で懸命に生きる人を紹介する、「人間ばんざい」。今回は、韓国「ナヌムの家」付属「日本軍『慰安婦』歴史館」の研究員、村山一兵さん(28)です。

20歳まで生きられないと…
 5月3日、韓国の「ナヌムの家」で開かれた「第3回日韓平和コンサート」は、ナヌムの家始まって以来という600人が集い、野外ステージは人であふれた(写真下)。僕は日本から参加した66人の仲間と、ナヌムの家のハルモニ(おばあさん)たち、地元の若者たちと共に平和を願い、歌い、踊った。
 このコンサートの大成功は、ナヌムの家に付属する、「日本軍『慰安婦』歴史館」の研究員、村山一兵君の頑張りによるところがとても大きかった。一兵君は、ナヌムの家の職員として、ハルモニたちと共同生活している。
 一兵君は、神奈川県のJR川崎駅近くで生まれた。3歳の時にぜんそくと診断され、公害病患者に認定された。川崎の大気汚染公害訴訟の最年少原告だったそうだ。「ぜんそくはとてもキツくて、カルテは電話帳くらい厚かった。20歳まで生きられるとは思ってなかった」と言う。ハルモニたちの生と向き合う一兵君の原点が、その体験から来ている気がした。
 日本軍に強制連行され、「慰安婦」として性奴隷を強要された、ナヌムの家に住むハルモニたち。一兵君が彼女たちと共に暮らし、サポートするようになったのは、いくつかのきっかけがあった。
 高校3年生の時に在日朝鮮人の友達ができ、それまで日韓の歴史問題などを知らないですごしてきたことに気付いた。「自分を変えたいと思った」という。法政大学に入学し、交換留学生として韓国・延世大学で学んでいた2003年、ナヌムの家を初めて訪れた。自分と被害女性たちとの間に、大きな隔たりがあると感じたそうだ。「韓国語は勉強していたのに、ハルモニたちの言葉が分からなかった。もっとハルモニたちの歴史を学んで、その想いを理解したい」と、その後、毎週末ナヌムの家へ通うようになった。が、「加害国日本から来て、何を話せばいいか、どう向き合えばいいか分からず、とにかく掃除をすることが多かった」と言う。

残された時間できることを
 留学を終える直前、「もっとちゃんと掃除をしなさい」と一兵君をしかった金順徳ハルモニが、2週間後、83歳で急逝したことに強いショックを受けたという。「ハルモニたちに残された時間は少ない。自分に何かできることはないか」と悩み、歴史館研究員になることを決意した。現在、資料の管理・収集、来訪者の案内、通訳などをしている。
 僕が初めてナヌムの家で一兵君に会ったのは、06年5月。この3年で、一兵君はとても頼もしくなった。年間約5000人もの訪問者の約半分は日本からだ。
 「『ハルモニに会えて良かった』で終わってほしくない。ハルモニたちは、『私たちが死ぬのを日本は待っている』と叫び、日本を変えてほしいと願っているんです」と、ハルモニたちの叫びを自分の叫びとして、一兵君は伝え続けている。
 証言の通訳を始めたころ、あるハルモニから「この人は私の歴史を知らない」と、通訳を拒否されたことがあった。日本人男性として、彼女たちと信頼関係を築くには悩みもあっただろう。しかし最近は、どのハルモニも一兵君を信頼し、うらやましいくらい仲がいい。
 「強制連行はなかった、何も問題はない、などという人がいるけれど、真実をしっかり受け止め、被害者の受けた痛みを受け止めてほしい。そして日本政府には、きちんと謝罪して、補償してほしい」と、いつもは恥ずかしそうに話す一兵君が、きっぱりと語った。
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2009年05月13日,「赤旗」) (Page/Top

09政治を変える/婦人保護長期施設「かにた婦人の村」施設長天羽道子さん語る/平和を大切にする国に

 千葉県館山市で四月二十九日、開かれた日本共産党演説会であいさつした、婦人保護長期施設「かにた婦人の村」施設長の天羽道子(あまはみちこ)さんの話を紹介します。
 あいさつの依頼を受け躊躇(ちゅうちょ)しましたが、社会福祉にたずさわる庶民の一人として、戦中を生きてきた者として、日ごろ、現在の社会にたいへん危惧(きぐ)を抱いておりました。ことに政治の流れが変わらなければならないと思っておりましたので、お断りすることなくお受けしました。
 二つのことをお話ししたいと思います。
 一つは平和のことです。戦争は絶対に放棄しなければなりません。憲法九条に定められていることですが、これがあやしくなってきています。どうしても声をあげていかなければならないと思っています。
 お集まりのみなさまの中にも、「かにた婦人の村」をご存じの方もおられると思いますが、国有地を払い下げていただいた施設の中に戦跡の地下壕(ちかごう)があり、また、敷地内の丘の頂には日本軍「慰安婦」の碑が建てられたこともあり、平和を発信していかなければならないと思っています。
 先の戦争で、日本は害を受けたこともありますが、他国へ害を加えもしました。被害と加害の両面を経験しました。今もなおその負の歴史を負い続けています。殊に日本の過ちのために、他国で苦しんでらっしゃる方々がおり、日本でも被害を受け苦しんでおられる方々もいます。その痛みを共有し、記憶していかなければならないと申し上げたいのです。
 もう一点は、「品格」という言葉がはやっていますが、「国の品格」「国の在りよう」はどうあらねばならないのか、ということです。今日の社会を見て、人間が見捨てられている、とくに弱い立場の人たちがモノのように扱われているという現状に痛みを感じています。
 平和を大切にする国、人間を大切にし、自然も動物も草木も、すべての命を大切にする国として、世界に誇れる国になってもらいたい、と思います。
 その国をつくるのは誰でしょうか。私たちが選ぶ政治をつかさどる人たちにゆだねる部分が多いでしょう。でもその人たちを選ぶのは、私たち一人ひとりです。世界に誇れる国になるように、みなさまといっしょに念願して、あいさつとさせていただきます。

かにた婦人の村
 プロテスタント系社会福祉法人「ベテスダ奉仕女母の家」を母体とし一九六五年に設立。知、情、意に何らかの障害をもち、長期保護が必要な女性を受け入れてきました。「かにた」とは施設近くに流れる谷川の名前。現在、七十人の女性が職員とともに暮らし、農作業や陶芸、パン作りなどの作業をしています。
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2009年05月09日,「赤旗」) (Page/Top

番組改変で視聴者に説明を/BPO意見書に市民賛同/自主自律のためNHKは真摯に

 第三者機関BPOの放送倫理検証委員会が出したNHK番組改変は問題ありと指摘した意見書に賛同する声が、市民らの間で相次いでいます。
 検証委員会が意見書を発表した4月28日、番組改変でNHKを訴えて裁判をたたかった市民団体「バウネットジャパン」が、5月1日には市民や研究者、放送人が集まる「放送を語る会」が「BPOの意見書を歓迎」する声明・見解を出しました。
 声明・見解が、BPOの意見書の中でとくに注目しているのは、公共放送NHKの自主自律と視聴者の信頼についてふれた部分です。バウネットジャパンは、NHKが「いかなる政治的権力にも影響されることなく、放送の自律・表現の自由を自ら守っていく姿勢を貫くことを心から願います」としています。放送を語る会は、NHKに対して「意見書を真摯(しんし)に受け止め、その姿勢を変えるよう」求めました。

公正公平とは
 改変された番組は、日本軍「慰安婦」を取り上げ、2001年に放送されました。前日、番組制作にかかわるNHKの幹部・管理職が安倍晋三官房副長官に面会。その後に大幅な修正、削除が行われました。
 BPOの意見書は、この一連の行動と番組内容を検証し、公共放送NHKの自主自律とはどういうことなのか、と力を込めて問いかけました。
 自主・自律にかかわって、意見書が取り上げたのは放送における「公正公平」の観点です。安倍氏とNHK。はからずも両者とも「公平公正」を強調し、それに沿って番組改変がなされました。安倍氏はNHK幹部に「公平公正な番組に」と注文し、NHKは「公平公正な立場で制作した」と繰り返します。ここには、番組改変という言論・表現の自由をねじ曲げた行為を正当化する、卑劣さが見えます。NHKのいう「公平公正」は、「特定な意見を機械的に排除したり、単純に並立させる」にすぎない、と意見書は批判しました。

放送人と良心
 その上で、NHKに提起しています。局内で業務命令と取材・制作者の内部的自由について論議することです。放送人としての良心とは何かを考えるように訴えました。
 新聞の論調の中には、BPOとNHKの見解の隔たりを指摘するものがあります。しかし、BPOの意見書全体から伝わってくるのは、自主自律の立場とは放送局とそこで働く人々、視聴者とが共有することで成り立ち、それぞれが意思を持って行動してこそ実現するものである、と考えさせられます。
 昨年、NHKの職員やOBたちの有志が、BPO放送検証委員会に、番組改変の真相解明を要請しました。市民からは、「BPOの意見書にもとづいて、視聴者にていねいな説明を」と求められています。
 NHKがこれらに応えることで自主自律の姿勢が示され、信頼回復の一歩につながります。
 (辺)
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2009年05月09日,「赤旗」) (Page/Top

NHK番組改ざん事件/BPO意見書が問いかけたもの/良心に忠実に、制作者励ます

 NHKと民放でつくる第三者機関・BPOの放送倫理検証委員会(川端和治委員長)が4月28日に発表したNHKのETV番組改ざん事件に関する決定は、ジャーナリズムの本質にかかわる重要な問題提起を含むものでした。
 公共放送NHKにとって最大の試金石である「政治との距離」。意見書は、放送・制作部門と国会対策部門の明確な分離を呼びかけました。

真の公平とは
 さらに、真の「公平・公正」とは何かについて言及しています。「公平・公正に」という言葉は、この番組に対して当時の内閣官房副長官であった安倍晋三氏が、NHK幹部に向けた注文でした。政治権力が、番組に攻撃をかける際の常とう句ともいえます。
 意見書は、「公平・公正性」をNHKが述べるように機械的に両論を併記することでなく、真実を見極めようと熟慮を重ねる姿勢に求めたことは、大事な視点といえるでしょう。
 意見書は、あるテーマを深めていくドキュメンタリーで、一定の見方を描いたら、いちいち反論も紹介しなければならなくなったとしたら、番組自体が成り立たなくなる、と語ります。しごく当たり前の主張です。

内部的自由を
 放送倫理と業務命令の関係について触れ、内部的自由について議論を呼びかけているところも注目されます。
 安倍氏の意向を受けたNHK幹部と、制作現場で深刻な衝突があったことは、裁判でもつまびらかにされたところでした。
 放送数時間前。元日本兵と旧日本軍「慰安婦」の証言をカットするよう命じられた現場責任者は、放送総局長のところに出向き、「やっていいことと悪いことがある」と直談判しました。しかし、結局押し切られました。
 そればかりか、裁判でNHKの公式見解と違うことを証言した二人の制作者は、制作現場からはずされました。業務命令にそむき、良心を発動しようとすれば、不利益を被らざるをえない…。意見書はそんなことでいいのかと、暗に問いかけました。

市民の運動も
 放送から8年。私たちは何を失い、何を得たのか。昨年6月の最高裁判決は、改ざんの不当性を訴える原告の要求を退けましたが、法廷で番組への政治圧力に光があてられたことは、歴史上かつてないことでした。現場の内部告発を機に、NHKを監視する市民の運動が広がったことも、画期的な動きでした。
 昨年秋、委員会に対してNHKの職員やOB、市民から、真相の解明を求める要請が相次いで出されました。委員会は、審議とは直接関係はないとしていますが、現場の制作スタッフの内部的自由にまで踏み込んだ「意見書」が、良心に忠実であろうとする現場制作者たちを励ますことは間違いないでしょう。
 〈過去を検証し、そこから学んだことを現在に生かすことは、未来を作ることである〉
 意見書は、放送人に直接訴えかける文章で終わっています。
 (板)
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2009年05月04日,「赤旗」) (Page/Top

真の解決を早く/旧日本軍「慰安婦」問題/上−下/

()癒やされない被害

 戦後六十四年を迎えようとしています。しかし、旧日本軍により「慰安婦」とされ、性暴力を受けた被害者たちは、今も人権を踏みつけられたまま、生きています。高齢化する被害者。一刻も早い真の謝罪と賠償が求められています。
 (本吉真希)
 「日本軍の加害行為により女性らが受けた被害は誠に深刻で、これが既に癒やされたとか、償われたとかいうことはできない」。中国海南島戦時性暴力被害訴訟の判決で東京高裁は三月末、こう指摘しました。

連行後に監禁
 戦時中、中国の海南島で日本軍の性奴隷とされた女性八人が日本政府を訴えた訴訟。後続の訴訟はなく、事実上最後の「慰安婦」裁判といわれています。
 判決は賠償請求を退けましたが、原告全員について、連行ののち監禁され、性暴力を繰り返し受けた事実を認めました。「軍の力により威圧しあるいは脅迫して自己の性欲を満足させるために陵辱の限りを尽くした」と日本軍の加害行為を断罪しました。
 「私がここまで生きてきたのは、みなさんにこの苦しみを伝えるため」。判決後の集会で、そう語った原告の陳金玉さん(82)。十四歳のとき、日本軍人にレイプされました。
 当時の様子を二〇〇八年十二月の東京高裁で証言しました。「両親の目の前で犯され、父母が耐え切れず、泣いていた声は今も頭に残っている」
 自宅で襲われた後、陳さんは恐怖心から山へ逃げました。日本軍は陳さんを探し出すため、村人を拷問。父母は村人から抗議され、村人を救うためにと娘を説得しました。陳さんは日本軍駐屯地に連行されました。
 逃亡の制裁として、腕立て伏せのような四つんばいの格好をさせられ、刃を上向きにした軍刀が腹の下に置かれました。体を上げて楽な姿勢をとると、棒で腰をたたかれるなど暴力を振るわれました。
 日本軍「慰安婦」問題をめぐっては被害者の思いを踏みにじる発言が相次いでいました。〇七年、安倍晋三首相(当時)は軍の強制性を否定。麻生太郎外相(同、現首相)は、日本政府に誠実な反省を求める決議案が米下院で提出された際、「客観的事実に基づいていない」とのべました。
 しかし、東京高裁判決は慰安所の設置・管理、「慰安婦」の移送は軍が直接、間接に関与したと認め、「本人の意思に反して集められ、性行為を強要された者も数多くあった」と軍の強制性を認めました。
 一方、「慰安婦」への罪行を告白した日本兵らの供述書三十三人分が昨年、中国各地の公文書館で見つかりました。発見したのは中国の弁護士らが立ち上げた中国人元「慰安婦」被害事実調査委員会。

認めない政府
 調査報告書によると、「陸軍第五九師団の中佐は四四年五月、済南、泰安で監禁していた百名の中国人・朝鮮人『慰安婦』らを強制的に河南省鄭州に移送し、河南作戦に参加した日本軍人に強姦(ごうかん)させた」―。兵士自ら強制連行の実態をつづっています。
 調査に携わる康健弁護士はいいます。
 「一人の人間の生命、一人の人間の尊厳、それは必ず守られなければいけないものです。日本政府はいまだにそれを認めていない」(つづく)

■東京高裁判決が認定した原告らの被害事実
 ―少しでも抵抗すると、たばこの火を押しつけられたり、足をきりのようなもので刺されたりし、逃げられるような状況になかった
 ―暴力によって片耳が聞こえなくなった
 ―24歳のときに結婚し、9回妊娠したが8回は流産または死産であった
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)補償もせずに放置

 日本軍「慰安婦」問題が日本の司法で争われるようになってから十八年。韓国の被害者にはじまり、フィリピン、オランダ、中国、台湾の女性計九十三人(遺族を含む)が尊厳の回復を求めて名乗り出ました。
 提訴された「慰安婦」訴訟は十件。「海南島訴訟」一件を残し、すべて最高裁で被害者側の敗訴が確定しました。しかし、判決の多くは強制、甘言による連行、慰安所での監禁・虐待・性の強要において、軍や政府の関与と強制性があったと被害事実を認定しました。

判決では認定
 中国人「慰安婦」損害賠償請求事件の一次と二次(それぞれ一九九五、九六年提訴)の弁護団団長を務めた大森典子弁護士はいいます。
 「判決で認定された事実は行政府も立法府も否定できません。事実認定は大きな成果です。加害者が日本軍で、自身が被害者であると認められたことは、自分の心の内に閉じ込めてきた思いを晴らしました」。そして「『慰安婦』は公娼(こうしょう)であり強制はなかったという勢力に真実を突きつけました」
 賠償は認めなくても、立法や行政措置による被害者救済を付言した判決もあります。問題の解決を求める国際的な動きも強まっています。米国など各国議会が「慰安婦」決議をあげ、国連人権委員会やILO(国際労働機関)が勧告を出しています。しかし、日本政府はこれらを無視し続けています。
 「『慰安婦』問題というのは過去をきちんと清算することだけでなく、女性の人権問題でもあります。ひどい目に遭った人が今も苦しんでいて、何の補償もされずに放置されていていいのでしょうか」
 大森さんは、この問題で日本政府がきちんと責任をとることは「武力紛争の中で性が道具にされていくことを封じる力になり、歴史を一歩進めた国として、国際社会で名誉を得るといわれている」といいます。

世論の喚起を
 大森さんは裁判のための聞き取り調査などで、中国の被害女性を九四年十月から訪問してきました。多くの忘れられない出来事があります。
 特に忘れられないのは山西省で被害に遭った劉面換さんの娘です。彼女はいじめられて学校に通えなくなりました。大森さんが「一番心に傷ついていることは何ですか」と尋ねると、「『お前は日本人の子だろう』といわれたこと」と話しました。
 「被害者の子どもにまでそんな被害を与えているのかと、すごくショックでした」。被害者と加害の事実に向き合い、解決の道を探ってきました。
 「河野談話では生ぬるいという人もいるけれど、それでもいま河野談話を誠心誠意実施し、事実を認め、明確な補償をし、謝罪することが必要です」
 そのためには世論喚起が必要だという大森さん。日本の四つの地方議会で問題の解決を求める意見書があがっていることを指摘し、こうのべました。
 「意見書可決は市民の声の反映です。国民の中に議論が広がっていることだと思うので、希望を持っています」
 

■解決を促す判決例
―1998年4月、山口地裁下関支部判決(原告・韓国人3人) 立法不作為により日本政府に賠償を命じる。従軍「慰安婦」制度が「ナチスの蛮行にも準ずべき重大な人権侵害」で「損害を放置することもまた新たに人権侵害を引き起こす」と指摘
―2003年4月、東京地裁判決(原告・中国人10人) 「(被害が)心の奥深くに消え去ることのない痕跡として残り続けることを思う」と、救済のための立法的・行政的措置を講じるよう「付言せざるを得ない」

() 意見書へ市民運動

 日本軍「慰安婦」問題の解決を求める声が地方から広がっています。これまで兵庫県宝塚市(二〇〇八年三月)、東京都清瀬市(同六月)、札幌市(同十一月)、福岡市(〇九年三月)の各市議会で意見書が可決されました。
 他の地域でも運動が始まっています。大阪府堺市もその一つ。市民の間で日本政府に対し、すべての「慰安婦」被害者の尊厳回復に努力し、誠実な対応をとるよう求める署名運動が進んでいます。
 伊藤早苗さんもこの取り組みに参加する一人です。十八年間、フィリピンの元「慰安婦」被害者を支援してきました。

人権は普遍的
 「人権は普遍的なもの。みんなに共通した権利やから、自分たちはよくて、よその国はどうでもいいとはならない」と話します。伊藤さんは「日本人としての戦争責任、クリスチャンとしての人権への責任」から、抑圧された女性たちに寄り添うことを決意しました。
 一九九三年に提訴した裁判支援と同時に、古着を届ける支援などもしました。ボランティアとして被害者とともに歩んできました。
 裁判の傍聴では、原告が証言しているのに被告・国の代理人は寝ている、裁判官は人ごとのように聞いている…。「なかなか司法に声が届かない。本当に分厚い壁がある」と実感しました。
 〇〇年十二月、東京高裁は一審判決同様、事実認定も行わず原告敗訴としました。「『責任があるのは日本政府。国民とは和解したい』。そう話していたおばあちゃんが目の奥に悔し涙をいっぱいためて私をにらむんです」。謝罪と賠償を求める被害者たち。「おばあちゃんたちの心の叫びが忘れられない」
 長年、「慰安婦」問題にかかわってきた原動力は「被害者の尊厳を取り戻すことは、女性である私の夢だから。夢が夢で終わらないために努力は惜しまない。実現したとき多くの人たちと喜び合えたら、そんな幸せなことはない」といいます。
 現在、署名は一万一千八百人分を超えました。「思想信条の違いを乗り越えて連携していくにはいろんな困難がある」と市民運動の難しさも感じています。

未来への一歩
 政令指定都市で最初に意見書を可決した札幌市。「慰安婦」問題への関心は市民の間にありました。でも、意見書可決の運動へは発展しませんでした。
 そんな中、一人で取り組み始めたのが小林久公(ひさとも)さんでした。
 「国際社会で決議が上がる中、日本政府は何ら対応をしていない。そんな政府に日本の市民が何も表明しないのではまずい」。市民自治を大切にする小林さんは、自ら一歩を踏み出しました。
 札幌市では意見書の可決後、「日本軍『慰安婦』問題連絡会・札幌」を結成。▽解決への立法、謝罪、補償の実現▽市民による歴史(記憶)の継承―など四つの目標を掲げています。
 小林さんの思いは―。「私たちは市民がなすべきこと、できることをやり、一つ一つ戦後の責任を果たしていきたいと思います。それが未来への一歩一歩だからです」
 (おわり)

各地の意見書
 ▽札幌市議会「意見書」が日本政府に求める3項目―@被害事実を確認し、閣議決定による謝罪を行うA解決のため立法化し、被害者の名誉回復と損害賠償を行うB教育で「慰安婦」問題の歴史を教え、国民が歴史継承できるようにする
 ▽福岡市議会「意見書」は、被害者出席のもと、国会で公聴会を開くことを盛り込む

( 2009年05月03―05日,「赤旗」) (Page/Top

4月本文】

市議会は意見書早く/「慰安婦」問題解決「可決させる会」つどい/大阪

 大阪市議会で日本軍「慰安婦」問題の早期解決を求める意見書を可決させようと、二十四日、大阪市・中之島中央公会堂でつどいが開かれました。意見書を可決させる会の主催で百五十二人が参加しました。
 呼びかけ人の一人、日本キリスト教団の館山英夫牧師が「意見書を可決するまで私たちはへこたれない。戦後日本が右肩上がりで繁栄していた時代に、この問題が明らかになり、人間であることの豊かさや尊厳という本質的な問いと向かい合わされた。ハルモニ(祖母)の名誉回復をめざすたたかいをご一緒にすすめていくことを確かめ合う場にしたい」とあいさつしました。各地で証言活動をしているキル・ウォノクハルモニのビデオレターが上映されたあと、韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会のヤン・ノジャさんが講演しました。ヤンさんは、ハルモニたちが結婚も子どもを産むこともできない体にさせられた揚げ句、「人間忌避」に陥った人もおり、高齢になった今も施設で暮らすことが難しいケースがあると、傷の深さを指摘しました。「全世界の女性や子どもたちが幸せに暮らせるためにハルモニは行動しています。日本の意見書可決の動きをハルモニは注視しています。みなさんと力を合わせて頑張っていきたい」と語りました。
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2009年04月29日,「赤旗」) (Page/Top

南京大虐殺映画封切り/中国

 【北京=時事】旧日本軍が一九三七年十二月に中国・南京で起こした虐殺を題材にした陸川監督(38)の中国映画「南京!南京!」が二十二日、中国各地で封切られました。日本軍の残虐行為に対する中国人の抵抗がテーマですが、殺りく行為に苦しむ一日本兵の心の葛藤(かっとう)も浮き彫りにした異色の映画です。北京の映画館は平日の昼間でも客席がほぼ埋まりました。
 陸監督は中国メディアの取材に「南京大虐殺の歴史からは一人ひとりの存在が抹殺されている。この映画では抵抗の精神を表現したかった。中国人の抵抗だけでなく、日本兵が死を選択したことも軍国主義への抵抗だ」と語りました。中国映画ではあまり取り上げられなかった慰安婦の運命も描かれています。
 中国では二十九日、当時の南京で避難地区をつくって多くの市民を保護したドイツ人ジョン・ラーベを主人公にした独仏中合作の映画「ジョン・ラーベ」(フローリアン・ガレンベルガー監督)も公開されます。中国紙・環球時報は「ナチスのユダヤ人虐殺をテーマにした映画に比べると、南京大虐殺の映画はまだまだ少ない」と指摘しました。
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2009年04月25日,「赤旗」) (Page/Top

上坂冬子さん死去

 上坂 冬子さん(かみさか・ふゆこ、本名丹羽ヨシコ=にわ・よしこ、ノンフィクション作家・社会評論家)14日、肝不全のため入院中の病院で死去。78歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで済ませました。
 戦争犯罪や日本軍「慰安婦」など戦後史を扱ったノンフィクションで知られます。主な作品に「生体解剖―九州大学医学部事件」「慶州ナザレ園―忘れられた日本人妻たち」「男装の麗人・川島芳子伝」など。
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2009年04月18日,「赤旗」) (Page/Top

女性差別撤廃条約/日本の施策効果薄/婦団連がレポート発表

 日本婦人団体連合会(婦団連)は十六日、今年七月に国連女性差別撤廃委員会が日本政府の女性差別撤廃のための施策の実施状況を審査することに向けて、「女性差別撤廃条約実施状況第六回報告に対する婦団連レポート」を発表しました。堀江ゆり会長、榎本よう子事務局長ら本部役員、加盟団体代表十五人が、出席しました。
 レポートは教育や雇用、健康など十分野にわたるもの。女性差別撤廃委員会の前回(二〇〇三年)審査実施以降の国内での女性差別の是正状況、日本政府の施策に対する見解を明らかにし、同委員会に伝えるため、婦団連加盟団体が共同作成しました。
 堀江会長は、審査をもとに政府に勧告が出され、差別撤廃のための政府の施策の拡充をうながす女性差別撤廃委員会のシステムの素晴らしさをのべ、「この六年間、日本政府の施策が効果をあげているとはいえず、女性の地位向上のための経済的・社会的条件は悪化している」と話しました。
 レポートでは、「日本における女性差別が是正されず女性の地位が低いままにとどまっている大きな要因は、日本政府自身が真に女性の人権を守り、男女平等を推進する立場にたっていないこと」、「日本軍『慰安婦』問題について、日本政府は被害女性に対し、一日も早く公的な謝罪と補償をするべきである」などと、のべています。
 新婦人も十五日、日本政府の第六回報告へのレポートを発表しました。
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2009年04月17日,「赤旗」) (Page/Top

番組改ざん問題審議を終える/BPO

 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は十日、NHKの「ETV2001」が改ざんされた問題について、審議を終えました。番組は、旧日本軍の「慰安婦」を取り上げたものです。
 川端和治委員長は、「意見書の原案がまとまり、今月末までに会見を開き、正式に発表する」と述べました。
 また、岐阜県庁裏金問題を誤って報じた日本テレビ「真相報道バンキシャ!」(昨年十一月放送)については、目下、調査中で次回の審理でも、まだ結論は出されないのではないかとの見通しを示しました。
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2009年04月11日,「赤旗」) (Page/Top

発言09/上智大講師・英紙東京特派員デビッド・マクニールさん/米国にこびない方がいい

 米国との関係で、日本はまるで隷属者のようです。アフガニスタンへの戦争協力にイエス、イラクへの協力でもイエス。たとえそれが、中東での日本の評判を傷つけるものであっても。

 日本は、六十一億jもの巨費を、米海兵隊の沖縄からグアムへの移転に支払います。米軍はさらに、普天間基地から名護市辺野古に移るため、そこに巨大な新基地を建設しようとしています。

 

口閉ざさない

 私にとって、驚くべきことです。米軍の駐留は日本の安全を守っておらず、状況を悪化させているだけだと思います。なぜなら、辺野古への基地建設にみられるような米軍のアジア地域での軍事力の誇示は、中国の軍備増強を招き、北朝鮮との緊張をあおるからです。

 日米同盟関係は、とても不均衡です。冷戦時代の考え方で、過去から逃げられない関係にはまっているようです。もし、私が日本の納税者なら、なんで米軍基地のためにお金を払うのか、と怒りに震えるでしょう。日本は、もう米国にこびない方がいい、方針を変えた方がいいというのが私の意見です。

 二〇〇一年から翌年まで、妻とともに神奈川県の地方ラジオ局で番組をもっていました。一度、中国の南京博物館を訪問して、過去に日本が行ったことを番組で紹介しました。

 放送後、右翼の活動家がやってきて、「南京虐殺は公的に発表されていない。なぜ放送するのか」と主張し、番組で謝罪しろと要求してきました。私たちは謝りませんでした。またその時、ラジオ局の上層部まで、トラブルにならないように謝れと言ってきました。右翼に抑えられると口を閉じてしまう風潮は、日本で記者活動をしていて何回も経験したことです。

 自民党のなかには、戦争の歴史をかえたいというグループがいますね。「従軍慰安婦はいなかった」「日本たたきをするためにウソをいった」などと主張しています。これでは、日本は、世界からだけでなく、アジアのなかの一般的な思想からかけ離れていく気がします。

 

将来を考えて

 八年前に日本に来たばかりのころ、ごく普通の主婦に英語を教えていました。選挙が近づいていた時期に、どの党に投票しますかと尋ねたら、共産党という答えが返ってきました。びっくりして、どうしてですかときいたら、その人は「消費税に反対しているから」と言いました。五十年以上変わっていない自民党の政治システムに不満を抱いている人々が、共産党に投票するということでしょうか。

 今、党員が増えていますね。海外のメディアがかなり取材しているのを知っています。『蟹工船』も売れまくっています。今の若者が、麻生さんのやっていることを信用せず、日本はこれからどうなってしまうのか、と考え始め、その一部が共産党を選んだのでしょう。その現象は、いいと思うのですよ。

 聞き手・写真 遠藤誠二

 アイルランド出身。1965年生まれ。上智大講師。在日歴8年。英有力紙「インディペンデント」東京特派員。米週刊誌『ニューズウィーク』、アイルランド主要紙「アイリッシュ・タイムズ」などにも執筆。

( 2009年04月10日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」問題各党アンケート/売買春ととりくむ会

 総選挙を前に、売買春問題ととりくむ会は、自民、公明、民主、共産、社民、国民新党、新党日本の各党に「慰安婦」問題での政策や対応を問うアンケートを送付、各党の回答を公表しました。
 日本共産党は、すでに参議院に提出されてきた、戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案の成立に努めると回答。
 「『慰安婦』問題は、日本の侵略戦争と植民地支配の時期に、旧陸海軍の関与のもとに、組織的継続的に性行為を強制した許すことのできない非人道的な行為」とし、「アジア女性基金による償い金の支給は解決にはなりません。問題を根本的に解決するためには、国による公式の謝罪と補償が必要です」と強調しました。
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2009年04月08日,「赤旗」) (Page/Top

3月本文】

肝炎対策法制定を/福岡市議会が意見書可決

 福岡市議会は二十五日の最終本会議で、「肝炎対策基本法」の制定など国に対する意見書六件を可決しました。
 「『肝炎対策基本法』(仮称)の制定を求める意見書」は、ウイルス肝炎対策を全国規模で等しく推進するために基本理念や国の責務を定めるなど根拠となる法の早期制定を要請するものです。薬害肝炎全国原告団が求めているもので、日本共産党が起案し、全会一致で可決されました。
 「雇用促進住宅の廃止に関する意見書」は、日本共産党の起案で公明、民主、ネット、社民が賛成し可決。自民、みらいは反対しました。
 「保育制度改革に関する意見書」は、全会一致可決。
 「障害者自立支援法の見直しを求める意見書」は、利用者負担について能力に応じた負担にすることなどを要求しています。
 「日本軍『慰安婦』問題に対する国の誠実な対応を求める意見書」は、日本共産党、公明、民主、社民、ネットの賛成多数で可決しました。
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2009年03月31日,「赤旗」) (Page/Top

雇用・くらし守り運動/全国大会成功へ/新婦人が中央委員会

 新日本婦人の会(新婦人、高田公子会長)は二十八、二十九の両日、東京都文京区の中央本部事務所で第百四十五回中央委員会を開き、運動方針を決定しました。
 高田会長は、大企業の大量解雇や下請け切りによる生活の深刻化のなか、労組や諸団体と共同しての労働生活相談や炊き出しなどの支援活動、妊婦健診十四回無料の予算化、中学生以下の子どもの国保保険証とりあげ中止など、新婦人が雇用とくらしを守る運動を各地ですすめてきたことを報告。「草の根運動の力を発揮し政治を動かしてきた」とのべました。女性差別撤廃条約採択三十年、子どもの権利条約採択二十年の今年、女性の要求実現の草の根の運動と仲間づくりを飛躍させ、十一月の第二十四回全国大会を迎えることをよびかけました。
 米山淳子事務局長が中央委員会議案を提案。労働生活相談や労働者派遣法抜本改正、介護保険制度の見直しや後期高齢者医療制度廃止など社会保障の拡充、消費税増税反対など、雇用とくらしを守る行動を引き続き強めるとのべました。地球温暖化防止の宣伝や調査、食と地球を守る産直運動、平和と憲法を守る運動、日本軍「慰安婦」問題の解決などを提案しました。小組合同体験会を中心に、とくに子育て世代と働く女性の中で仲間づくりを強めることをよびかけました。
 「三月に女性の雇用・くらし街頭相談会を二回実施し、仕事・働き方アンケートや署名への協力をよびかけた」(大阪府)、「所得制限や一部負担金なしで通院医療費の中学卒業までの無料化を、と県に要望書を提出し懇談。今年十月からの実施を実現」(群馬県)など運動を交流しました。
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2009年03月30日,「赤旗」) (Page/Top

命ある限りたたかう/共産党に解決協力を要請/海南島訴訟原告・弁護団

 戦時中、日本の植民地だった中国・海南島で旧日本軍から性暴力を受けたとする女性らが、日本政府に対し名誉回復と損害賠償を求めた原告・海南島訴訟弁護団と、中国人「慰安婦」訴訟弁護団は二十七日、日本共産党国会議員団に救済のための立法措置を実現することなど、政治的解決への協力を要請しました。日本共産党から、こくた恵二国会対策委員長と紙智子参院議員が応対しました。
 この要請は二十六日の控訴審判決を受けたものです。
 川上詩朗弁護士は判決について、「加害行為は非道でPTSD(心的外傷後ストレス障害)より重度の、『破局的体験後の持続的人格変化』に罹患(りかん)していると認定。この事実をてこにして政治的解決をはかっていきたい」と述べました。
 原告の陳金玉さんは、「慰安婦問題は古い問題。私は八十歳を過ぎ健康を心配しているが、命のある限りたたかう」と語りました。
 こくた氏は、「陳さんの命ある限りたたかうとの思いをわが事としたい。日本共産党は野党と共同し、『従軍慰安婦』問題の解決をめざす法律案を八度にわたって提出してきた」と述べ、「侵略戦争に唯一反対した党として、政治的解決のために力を尽くしたい」と激励。こくた、紙両氏は陳さんと連帯の固い握手をかわしました。
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2009年03月28日,「赤旗」) (Page/Top

県の雇用対策不十分/ひづめ県議が反対討論/富山

 富山県議会二月定例会は二十四日、最終の本会議で五千三百十七億円余の二〇〇九年度一般会計予算案など知事提出の六十五案件と議員提出議案七件を可決しました。日本共産党は、一般会計予算案や県立学校と市町村立学校の教職員を減らす二つの条例「改正」案など六議案に反対しました。
 反対討論に立った、ひづめ弘子県議は、国が上積みした地方交付税のうち、雇用対策への活用を呼びかけた「地域雇用対策推進費」の富山県分約三十七億円について、県当局が総括質問で「雇用対策には約十億円」と答弁したことをきわめて不十分と批判。構造改革の立場に立った富山市の中心市街地再開発への多額の補助金投入の再検討や、県債が一兆円を超えるなかでの二百二十四億円の新幹線建設費地元負担、利賀ダム建設などの大型開発は規模縮小や中止の検討も必要とのべました。
 意見書では、「中小企業対策の充実・強化に関する意見書」「医療提供体制の拡充に関する意見書」など五つが全会一致で可決しました。新日本婦人の会富山県本部が請願し日本共産党と社民党が提案した「現行保育制度の堅持・拡充を求める意見書」は、自民、民主・県民クラブ、公明、無所属などの反対で否決されました。
 「日本軍『慰安婦』問題に関する意見書採択の請願」「『気候保護法(仮称)』の制定を求める意見書採択の請願」は、自民、民主・県民クラブ、公明などの反対で不採択となりました。
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2009年03月27日,「赤旗」) (Page/Top

性暴力卑劣さ断罪/賠償請求は棄却を踏襲/海南島訴訟東京高裁判決

 戦時中、日本の植民地だった中国・海南島で旧日本軍に性暴力を受けたとする女性八人(うち二人死亡、遺族が継承)が、日本政府に対し名誉回復と損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が二十六日、東京高裁でありました。渡辺等裁判長は、一九七二年の日中共同声明で裁判上の個人の損害賠償請求権は放棄されたとし、原告らの控訴を棄却しました。原告らは上告します。
 渡辺裁判長は加害行為について「極めて卑劣な行為で、厳しい非難を受けるべき」だと断罪しつつも、兵士らの逸脱行為であって、国家の行為とはいえないと判断。一方、国の使用者責任はあるとして、政府の損害賠償責任の義務を認めました。しかし、最終的に請求権放棄を判断した二〇〇七年四月の最高裁判決を踏襲しました。
 判決は被害事実を詳細に認定しました。被害の質については、原告側が「被害が継続している」と訴えたPTSD(心的外傷後ストレス障害)を上回る「『破局的体験後の持続的人格変化』に罹患(りかん)している」と認定しました。
 明治憲法下での国家の不法行為について国は責任を負わなくてよいとする「国家無答責の法理」の適用を訴える国の主張を退けました。
 原告側弁護団は一審判決から「大きく前進した」と評価しました。小野寺利孝団長代行は被害者の高齢化で同裁判が実質的に最後の「慰安婦」裁判になると指摘。今後は政治的解決を求めていくとのべました。
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2009年03月27日,「赤旗」) (Page/Top

最後の「慰安婦」裁判26日判決東京高裁/中国・海南島原告のアポ(おばあちゃん)訪ね/20代の女性5人


心伝えきれない…と涙でも覚悟決まった
 最後の「慰安婦」裁判といわれる中国・海南島戦時性暴力被害訴訟。26日、東京高裁で判決が言い渡されます。裁判を支援する「ハイナンNET」のメンバー、20代の女性5人が、判決を前に海南島の原告らを訪ねました。彼女たちが現地で、見て、触れて、感じたものは―。
 (栗原千鶴)
 メンバーは原告のことを、親しみを込めて「アポ」(「おばあちゃん」の意味)と呼びます。海南島はマリンスポーツ、ゴルフなどのリゾート地として日本からの旅行客も多い島。アポたちが住んでいるのは、そんなビーチからは想像できないような山の中です。
 舗装されていない道路を、何時間もかけてバスやトラックで向かいます。初めて訪問した、まいさん(24)は「ずっとでこぼこ道で移動が大変でした。私たちでもそうなのに、年をとって腰が痛いといっているアポが裁判のために日本に来るのはどれだけ大変か…」と思いをはせます。
 訪ねた家々で、アポや家族、近所の人たちと交流しました。一人ひとりの状況は千差万別。これまで裁判の場でしか見たことのなかったアポの生活が、そこにはありました。
 被害の後遺症で、自分の子どもを産めなかった人がいたり、幸いにも子どもがもてて、いまは大家族に恵まれていたり。料理でもてなしてくれるアポや、帰り道を心配してくれるアポも。
 日本で裁判をしている姿しか知らなかったという、あいさん(23)は、「アポは私たちを歓迎してくれましたが、緊張させて、負担をかけてしまった。それなのに私は自分の心を伝えきれなかった。自分に何ができるのかと考えました」と涙ぐみます。
 さおりさん(22)も、現地語が分からず、手を握ることしかできなかったこともあったといいます。「アポの生活と裁判はかけ離れている感じがして、自分たちの支援活動は自己満足なのではないかとも感じました」
 旅の途中、そんな思いをみんなで語り合いました。
 「5人で一緒に過ごして、いろいろと意見交換ができたのは、貴重な時間でした」という、ふみこさん(28)は、3度目の訪問でした。「アポを何のために訪ねているのか、これまで話せない友達もいました。友達でも難しいのに、『慰安婦』問題? なにそれっていう人に伝えるのはもっと難しい。どう伝えたらいいのか、みんなで見つけていきたい」といいます。
 しほさん(26)は6回目の訪問。今回、改めて感じたのはアポ自身が、日常的に発言、発信していくことの難しさでした。「私たちには、集会で発言する機会もあるし、発信する多様な手段があります。積極的に活用して、被害者という一面だけでなく、豊かな気持ちを持っているアポの姿も知らせたい」と語ります。
 初めて現地を訪ねた3人も、「考えなくちゃいけないことがたくさんみつかった」(さおりさん)、「あきらめずに考え続けていこうと思った」(あいさん)、「この問題にかかわっていく覚悟が決まった」(まいさん)と、今後への思いを語ります。

提訴から8年早期解決が必要
 日本軍「慰安婦」問題は2007年以降、発展がありました。米国、オランダ、カナダ、EU、韓国、台湾などの議会で、日本政府に対して早期解決を求める決議があがり、国連人権委員会も勧告を出しました。日本でも札幌市、兵庫県宝塚市、東京都清瀬市で「政府の誠実な対応を求める」意見書が採択されています。
 「ハイナンNET」の金子美晴さん(33)は「提訴から8年がたち、その間に2人の原告が亡くなりました。原告はいまでも悪夢を見るなど苦しんでおり、一刻も早い解決が必要です。東京高裁では、原告が受けた性暴力は、人格までも変えてしまう重大な人権侵害だったと訴えてきました。事実をしっかり受け止めた判決を期待します」と語ります。
 26日は原告団の報告集会が、東京都千代田区のエデュカス東京(全国教育文化会館)で、午後6時半から開催されます。

海南島戦時性暴力被害訴訟
 1939年から45年の間、日本軍が侵略・占領した海南島で性暴力を受けた女性8人が2001年、日本政府に対して謝罪と賠償を求めて東京地裁に提訴。06年に東京地裁は、被害事実は認めたものの請求を棄却。原告側が控訴し、26日に東京高裁で判決が言い渡されます。

最後の「慰安婦」裁判
 1991年8月、韓国の日本軍「慰安婦」だった金学順さんが実名を公表しました。同年12月、ほかの被害者とともに日本政府に賠償を求めて東京地裁に提訴。以後、韓国、フィリピン、台湾、中国、オランダ、在日韓国人などの被害者が、次々と日本政府に対し「謝罪と補償」を求めて提訴しました。しかし、裁判所は被害の事実を認めず、また事実を認めても「謝罪と補償」を退けるなどしてきました。現在、行われている「慰安婦」裁判は、この海南島戦時性暴力被害訴訟だけとなりました。被害者が高齢なこともあり、最後の裁判といわれています。

日本の国会では
 日本の国会では、2001年から「戦時性的強制被害問題の解決の促進に関する法律案」を野党が共同で参院に提出しています。同法案は、被害者が、尊厳と名誉が著しく害された事実を踏まえて政府による謝罪の意を表明し、問題の解決の促進を図ることなどを目的としています。参院に8回提出されていますが、審議されたのは2度だけ。いずれも案件が審議期間中に議決に至らず、会期の終了とともに廃案となりました。
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2009年03月23日,「赤旗」) (Page/Top

戦争の歴史と放送の役割学ぶ/長良九条の会

 岐阜市の長良九条の会は十四日、講演会を開催しました。同市出身の戸崎賢二氏(愛知東邦大学教授)が、日本軍「慰安婦」を取り上げたNHK番組(「ETV2001」)が政治家の圧力によって改変された事件を検証し、戦争の歴史と放送メディアの役割を話し、考え合いました。
 日本軍の戦時性暴力を裁く民衆法廷、いわゆる従軍慰安婦問題の責任を問う「女性国際戦犯法廷」を取材した同番組では、主催団体が「番組にたいする期待と信頼を裏切られた」としてNHKを裁判に訴えました。裁判の過程で、新聞報道やNHK番組担当プロデューサーの内部告発などで「政治家安倍晋三・中川昭一氏のNHKへの介入」などが明らかになりました。
 約六十人が参加しました。
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2009年03月21日,「赤旗」) (Page/Top

朝の風/「東アジア共同体」への「遺言」

 「東アジア共同体」論がさかんである。この一月に刊行された『東アジア共同体と勝海舟―九条改憲をめぐる情勢と課題』(下町人間総合研究所)には三本の講演記録が収められ、内藤功氏が名古屋高裁の自衛隊イラク派兵違憲判決の意義を、石山久男氏が「南京虐殺」や「慰安婦問題」などをめぐる国の歴史認識のゆがみ批判を、そして吉岡吉典氏が表記のテーマを論じている。
 元参議院議員の吉岡氏は早くから日本の歴史認識と戦争責任を問い、東アジアの平和構築に対する日本の責務を説いてきた。本書でも司馬遼太郎の「明治の栄光」論や福沢諭吉の「脱亜入欧」論をしりぞけて勝海舟の「アジア連帯論」や田中正造の「日本一国軍備全廃」の提唱に注目、日本国憲法九条はこうした平和と進歩をめざす広い潮流の歴史的所産であること、日本が「過去の植民地支配と戦争責任を謙虚に反省し、憲法を守り活かす国」になることこそ東アジア共同体実現の途である、と指摘している。
 その吉岡氏は三月一日、ソウルでひらかれた「三・一独立運動」九〇周年記念シンポジウムで講演した直後、現地で急逝した。八十歳にしてなお自らの信念を実践、その途上でたおれた壮絶な生涯に粛然たる思いである。頭を垂れて彼の「遺言」を心に刻みたい。
 (佐)
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2009年03月18日,「赤旗」) (Page/Top

九条フェスティバル韓国に集う人々の思い/きたがわてつ/「慰安婦」問題解決の力に


ことしも伝統芸能や音楽で5月に交流
 憲法九条の精神から元日本軍「慰安婦」問題の解決を願って、韓国の「ナヌムの家」で第三回九条フェスティバルを行います。ナヌムとは「わかちあい」「助け合い」を意味する言葉で、元日本軍に性的な強制労働をさせられたハルモニ(おばあちゃん)たちが身を寄せ合って暮らしているのがナヌムの家です。
 @日本政府は朝鮮女性たちを「慰安婦」として強制連行した事実を認めること。
 Aそのことについて公式に謝罪すること。
 B蛮行のすべてを明らかにすること。
 C犠牲になった人々に慰霊碑を建てること。
 D生存者や遺族に補償すること。
 E過ちを繰り返さないために、歴史教育の中でこの事実を語り続けること。
 この六項目の実現に向けて運動を続けています。
 この要求に対して一九九三年八月に「河野談話」が発せられ、「慰安婦」の強制連行を認め、繰り返さない決意が表明されました。
 そして一九九五年に当時の村山総理が「アジア女性基金」を設立し、国民に資金カンパを呼びかけ、それを「償い金」として、韓国と台湾、フィリピンの元「慰安婦」に渡そうとしましたが、「これは謝罪とはいえず、補償ともいえない。日本政府の責任を回避するもので受け取れない」と多くの元「慰安婦」から受け取りを拒否されました。
 ◇  ◇
 二〇〇八年八月、ナヌムの家設立十周年の記念行事が行われ、僕も招待を受けて、そこで「九条」を歌い、ハルモニたちに贈った歌「サラン―愛」を歌いました。
 記念講演で、日本共産党前参議院議員の吉川春子さんが、「慰安婦」問題に取り組んだきっかけや国会での活動などを話されました。共産党、民主党、社民党の女性議員が中心になって、それぞれ意見の違う法案を半年ほど話し合って一つの法案にまとめ、野党三党として「『慰安婦』問題解決促進法案」を二〇〇一年に参議院に提出していることなどを知り、僕も大きな勇気をもらいました。
 二〇〇六年二月に「ナヌムの家」を訪れ、フェスティバルの構想を話し、韓国の平和団体、婦人団体、組合などに飛びこんで要請をし、五月に一回目の九条フェスティバルが開かれ、日本からも四十人ほどが参加しました。
 二〇〇七年四月、三上満さんはじめ、たかはしべんさん、橋本のぶよさんたちも参加して、最後はハルモニたちと踊り、歌い交わし、メディアの報道も多く、参加者は全体で四百人ほどになりました。
 そして今年は五月三日の憲法記念日に第三回九条フェスティバルがナヌムの家で開かれます。ハルモニとの交流をいっそう深めて、韓国の伝統芸能や新しい音楽にも耳を傾け、何よりも「慰安婦」問題解決への大きなステップにしていきたいと今からワクワクしています。橋本のぶよさんは今年も参加し、笠木透さんは初参加を楽しみにしてくれています。多くの方に参加していただき、舞台で共に歌い踊り、平和の交流をしたいと思っています。
 (シンガー・ソングライター)
 ◇
 憲法9条ツアー韓国2009・5月2日〜7日、問い合わせрO3(5577)6300たびせん
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2009年03月17日,「赤旗」) (Page/Top

女性差別撤廃条約国連採択から30年/日本の遅れは深刻/政府に情報提供求める国連

 国連加盟国百九十二カ国のうち、百八十五カ国が批准している女性差別撤廃条約。一九七九年十二月の国連採択から今年は三十年を迎えます。一方、六月のILO(国際労働機関)総会では、一九八五年以来、二十四年ぶりに「ジェンダー(性差)平等」について討議されます。男女の同権・平等が世界全体の共通のルールとなるなかで、日本のとりくみが問われています。
 (浦野恵子)
 「女性差別をなくすための政府の対策、行動が何も示されていない。情報を提供せよ」―。国連の女性差別撤廃委員会は、昨年十一月二十日、日本政府にこんな質問を出しました。同委員会は、女性差別撤廃条約にもとづく両性の平等を推進し監督する機関です。七月二十日開会の同委員会(第四十四会期)で、日本の進ちょく状況を審査します。質問は、審査のための準備作業です。政府は今年三月になってようやく三十項目に及ぶ質問の日本語訳を内閣府男女共同参画局のホームページに載せました。通常、審査の三カ月前とされる回答期限が迫っています。

審査のポイント
 審査のポイントの柱は、二〇〇三年七月の女性差別撤廃委員会の最終見解です。最終見解は、コース別雇用やパート・派遣による賃金格差への懸念、家庭と職業を両立させるための対策の強化、家庭内暴力、戦時「慰安婦」問題の解決、民法上の差別規定の廃止、意思決定過程への女性の参画の遅れなど、社会全体の根本にかかわる問題を指摘しています。
 この見解をうけたとりくみを、日本政府は第六回定期報告書にまとめ、昨年四月に同委員会に提出しています。しかし、報告は、差別是正にたいする政府の責任を棚上げしたものが目立ちます。
 たとえば、結婚、家族生活にかかわる民法改正です。〇三年の見解では、日本の民法が、婚姻最低年齢、離婚後の女性の再婚禁止期間、夫婦の氏の選択などで、「差別的な規定を依然として含んでいることに懸念を表明」していました。これにたいし、政府報告書は、世論の動向の記述に終わっています。同委員会の質問は、「女性に対して差別的な民法の規定を廃止するために政府が取った具体的な行動に関して、何も示していない」と指摘し、情報提供を求めています。

賃金の男女格差
 賃金の男女格差も審査の焦点です。
 政府報告書も「(男女)格差は、国際的に見て大きいと認識している」とのべています。しかし、実際の格差解消へのとりくみは、「労使が自主的にとりくむためのガイドラインの作成」などにとどまっています。女性差別撤廃委員会の質問は、「他の施策について、詳しく述べてほしい」と、いらだちを隠せません。
 女性にたいする賃金差別については、ILOの監視機構の一つ、条約勧告適用専門家委員会からも、繰り返し意見が寄せられています。
 日本は、ILOの同一報酬条約(第一〇〇号条約)を批准しています。〇七年六月のILO総会は、日本政府にたいし、「同一価値労働に対する男女の同一報酬を法律上も事実上もより積極的に促進せよ」という強い要請を行っています。しかし、その後、政府と労働組合などから寄せられた情報から、賃金の男女間格差が依然大きく、むしろ、二〇〇四年以来拡大していることが明らかにされました。
 女性のフルタイム労働者の時間当たり所定内現金給与は〇四年で男性の68・8%だったのが、〇六年には67・1%。製造業では男性の58・9%、金融保険業では54・8%です。
 条約勧告適用専門家委員会は、これらの事実に懸念を表明し、日本政府にたいし、男女同一価値労働同一報酬の原則を規定するための法改正の措置を求めています。
 ILOのこれらの指摘は、女性差別撤廃委員会の委員にも提供されており、七月の審査でも重大視されます。
 女性差別撤廃委員会は、条約と政府報告書が国内でどう位置づけられているかについても質問しています。「報告は、政府により採択されたか、また、国会に提出されたかを、説明されたい」と質問しています。
 内閣府や外務省の担当者によると、政府報告書は、政府採択にあたる閣議決定はしておらず、参院外交防衛委員会委員に配布したものの、国会には提出(報告)していないとしています。
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2009年03月17日,「赤旗」)

国際女性デー/世界と連帯/派遣切り許さず、地位向上を/愛知/新潟/石川/長野/福井/岐阜/静岡/三重/富山

 世界の女性が切実な要求の実現、反戦平和のため連帯して行動する国際女性デー(国連が一九七五年に宣言)の八日を中心に、東海北陸信越の各地で集会や宣伝などの取り組みが行われました。

平和で差別のない社会へ/愛知
 国際女性デー愛知県集会が七日、名古屋市中区で開かれ百六十人が参加しました。
 主催者あいさつした安藤満寿江実行委員長は、「大企業の派遣切りを許さず、世界の女性たちと連帯して、平和で差別のない社会をつくっていきたい」と述べました。
 樽井直樹弁護士が派遣切り問題をテーマに講演。失業者のための緊急支援策や企業に対する雇用責任の追及、労働者派遣法の抜本改正の必要性を強調しました。
 参加者交流では、派遣先の三菱電機から契約半ばで解雇された労働者が「突然の解雇は許せない。泣き寝入りをするよりも、提訴してたたかいたい」と述べ、裁判支援を訴えました。
 参加した障害者は、「不況で作業所の仕事が激減した。障害者の雇い止めや、養護学校生徒の内定取り消しも起きている」と発言。
 公立保育園の存続や業者婦人の地位向上などを訴える発言もありました。
 「名古屋・革新市政の会」の太田よしろう市長候補と、日本共産党の、せこゆき子衆院東海比例候補があいさつ。八田ひろ子同候補も参加しました。
 集会終了後、参加者はミモザの花を手にもって繁華街をパレードし、通行人の注目を集めました。

子を育てる環境つくろう/新潟
 国際女性デー新潟県実行委員会は七日、新潟市で四十一人が参加して、宣伝行動を実施しました。
 参加者がCO2削減の法律制定や育児・介護休業法改正を求める署名などを訴えながら、各分野の女性が思いをリレートーク。
 「京都議定書の6%削減目標を守り、中長期にわたって温室効果ガスを減らす法律制定を」(新婦人)、「医療現場で働く七割は女性です。安心して子どもを産み、育てられる環境をつくるために法律改正を」(医労連女性部)、「親が不況や不安定雇用で授業料を払えない生徒が増えています。生活が大変な生徒に返還義務がない奨学金制度を」(教員)などと訴えました。

各団体の取り組み交流/石川
 国際女性デー石川県集会が八日、金沢市で行われ、百人が参加しました。
 橋本恵子実行委員長が「きょうは、春の訪れとともに女性たちの一年のたたかいのスタートです」とあいさつ。潘基文国連事務総長の「国際女性の日に寄せるメッセージ」が紹介され、県労連女性部、新婦人県本部など各団体の取り組みを交流しました。
 今宮謙二中央大学名誉教授が「世界的金融混乱のしくみと打開の方向」と題して記念講演。体力ある家計づくりの重要性を強調しました。来賓として、日本共産党の佐藤まさゆき衆院北陸信越比例候補(石川1区重複)、板坂洋介石川憲法会議事務局長があいさつしました。

従軍慰安婦に想いを寄せて/長野・上田
 長野県上田市で七日、「二〇〇九年国際女性デー上小地区記念集会」が開かれ、百五十人が参加しました。集会は毎年開かれ、〇七年からは上田市男女共同参画推進条例施行を記念して、従来の実行委員会に加え、上田市男女共同参画課、「女と男うえだ市民の会」の共催で開かれています。
 集会は、前参院議員・吉川春子氏(日本共産党)が「従軍慰安婦に想いを寄せて」と題して講演。「従軍慰安婦」を強要された韓国人被害者の訴えを紹介しながら、天皇制の日本軍が行った植民地支配の実態、日本の侵略戦争を美化する「靖国派」の姿を語りました。
 会場からは、「身の毛もよだつような性暴力の実相を語る勇気に感動。まず知ることが大切。そこから運動が始まる」「世界中の女性にとっても憲法九条があれば犠牲になることはない」「国に謝罪を求める意見書に取り組みたい」など感想が寄せられました。

横断幕広げ宣伝・署名/福井
 新日本婦人の会福井県本部は八日、辻照子会長ら八人が福井市のアオッサ前で「生活の向上 男女平等 平和を求めて」「許すな! くらし・雇用破壊」と訴えた横断幕を広げて、国際女性デーの行動として宣伝・署名に取り組みました。
 辻氏らは、アメリカ発の金融危機から深まった世界的な経済危機に対し、EUでは消費税減税に踏み込んでいることを紹介し、「日本政府は全く有効な手だてをとらない」と厳しく批判。リストラ規制や労働者派遣法の抜本改正、最低賃金の時給千円以上への引き上げなどを求める国会請願署名への協力を呼びかけていました。

ミモザの花持ち市内パレード/岐阜
 二〇〇九年国際女性デー岐阜県集会実行委員会は八日、岐阜市内で国際女性デー岐阜県集会を開き、百二十人余が参加しました。
 森本よ志み同実行委員長があいさつしました。立石直子さん(岐阜大学地域科学部・地域政策講座助教)が、「男女平等、そして平和―多元化する女性たちを前に、いま問われていること」と題し、記念講演をしました。
 同実行委員会の団体から、核廃絶の署名に取り組んでいることや教育、業者婦人の問題などについての発言がありました。
 参加者は集会後、ミモザの花を持って「ソマリア沖派兵反対」「派遣切りするな」「九条守ろう」などと訴え、市内をパレードしました。

公的病院を守りましょう/静岡
 国際女性デー静岡県集会(同集会実行委員会主催)が八日、静岡市で開かれ、約八十人が参加しました。板垣和子実行委員長が「世界の女性と連帯し平和と女性の権利・地位を向上させよう」とあいさつしました。
 女性史研究家の小和田美智子さんが記念講演で、アジア太平洋戦争中、軍が直接、侵略先などで「慰安婦」を徴集し慰安施設をつくったことを指摘し、戦争での性暴力や略奪が前近代の戦争に共通することを指摘。重大な人権侵害であり、女性への暴力、差別でもある日本軍「慰安婦」問題の早期解決を訴えました。
 各分野の報告で、「国が医療崩壊、医師不足を招く中、医学生の奨学金制度をつくらせて拡充。公的病院を守ろう」(自治労連)、「零細業者は営業が大変で別の仕事をかけもち。業者婦人の自立を妨げる所得税法第五六条は廃止に」(県商連)との発言や、教育、保育、地球温暖化などの取り組みを交流しました。

草の根から行動しよう/三重
 国際女性デー三重県集会(出口幸子実行委員長)は七日午後、津市の県水産会館で開かれ、県内各地から百余人が集いました。
 記念講演は県原水協理事長の落合郁夫氏。落合氏は、米軍と一体となった自衛隊の質的変化の実態を、ミサイル防衛構想で改良型パトリオットが配備される航空自衛隊白山分屯基地など県内基地の現状を織り交ぜて解明。改定安保条約五十周年や核不拡散条約再検討会議を来年に控えた今年を「重大な節目の年」だとし、来るべき総選挙を「新しい政治を切り開く第一歩に」と訴えました。
 参加者は、雇用と暮らしを守り、憲法を守るために「草の根から女性の声と行動をおこそう」との集会アピールを全員で確認。集会後の津駅前宣伝で市民に呼びかけました。
 集会では日本共産党の中野たけし衆院比例候補(三重2区重複)が来賓あいさつし、連帯を表明しました。

戦争と尊厳、未来を考える/富山
 国際女性デー富山県集会が六日、富山市内で開かれ、十団体から約八十人が参加しました。「クローバー」によるオープニングのオカリナ演奏で、会場全体があたたかい音色につつまれました。
 日本共産党前参院議員の吉川春子さんが「アジアの花たちに想いを寄せて―戦争と女性の尊厳、そして未来へ」と題して記念講演。吉川さんは、女性への暴力根絶と女性の地位向上の国際的流れからも、日本政府がいかに世界から孤立しているかを明らかにしました。
 交流の広場では、深刻な雇用、教員免許法や保育制度の問題点、富山大学の状況や公務の現場でのワーキングプアなどの発言がありました。
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2009年03月10日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」問題解決めざして/新婦人がパンフ

 新日本婦人の会(新婦人)がパンフレット『日本軍「慰安婦」問題解決のために』(A5判・三十六n・頒価百五十円)を編集・発行しました。
 日本軍「慰安婦」問題で、アメリカ、カナダ、オランダ、EUの議会などから、日本政府にたいし、公式謝罪と補償を求める決議があがっています。国連機関からも解決を迫る勧告が出されています。
 パンフレットは、被害女性の証言、中国人「慰安婦」被害の裁判に取り組んできた大森典子弁護士へのインタビューを通して、戦時性暴力という戦争犯罪をおかした日本政府の責任を明らかにしています。写真や絵、「慰安婦」問題関連年表も参考になります。
 申し込みは、近くの新婦人の班・支部で受け付けています。
 問い合わせ先=新婦人中央本部03(3814)9141。
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2009年03月10日,「赤旗」) (Page/Top

メディアをよむ/仲築間卓蔵/ドラマ「坂の上の雲」考

 NHKが「総力を挙げて取り組む」というスペシャルドラマ「坂の上の雲」が、11月下旬から放送されます。
 『坂の上の雲』は、司馬遼太郎が1968年から72年にかけて産経新聞に連載した近現代史がテーマの大河小説で、中曽根元首相などが最高の「歴史書」と称賛しているものです。題名は、「ひとひら輝く雲を見上げて坂を上った」明治の青年群像からきたものでしょう。
 小説は日露戦争で終わります。司馬は「映像化することによって文字で読む世界とは違い、好戦的な作品という誤解を受けると思っていたよう」(NHK関係者)で、映像化は禁じていたものですが、「海老沢勝二会長(当時)が関係者を口説き落として映像化の許可をもらった」(別の関係者)といいます。
 撮影開始は07年11月。国内各地・世界各国でロケ、最新の特殊映像効果を駆使。「制作費は大河ドラマを超える」(同前)のだとか。
 大河ドラマは、例年ですと年末まで放送されますが、今年は早めに終了し、第1部を11月29日から90分枠で5回、第2部は来秋、第3部は再来年秋という力の入れようです(全13回)。出演者も、本木雅弘、阿部寛、松たか子…と豪華です。
 しかし映像化の許可を得た01年は、いみじくも従軍慰安婦問題を扱った「ETV2001」が政治的圧力で改ざんされた年。「坂の上の雲」は、靖国派≠フ歴史観におもねった企画に思えます。
 NHKは「09年は横浜開港150年。この3年間、近代日本の歩みをさまざまな角度・視点から扱う企画を準備中。『坂の上の雲』はその中の一つ」といいますが、一方、来年は日韓併合100年の年。改めて日韓関係を見直す年にもなります。
 「坂の上の雲」がどのようなドラマになるのか。NHKの歴史認識が問われることになりそうです。
 (なかつくま・たくぞう=元ワイドショープロデューサー)
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2009年03月08日,「赤旗」) (Page/Top

日本軍「慰安婦」問題/解決へ意見書を/大阪市で出発集会

 大阪市議会で日本軍「慰安婦」問題の解決を求める意見書を可決させよう出発集会がこのほど、大阪市のドーンセンターで開かれ百五人が参加しました。同問題の早期解決をめざす意見書を可決させる会の主催。
 日本政府はいまだに公式な謝罪をしていません。アメリカ、オランダ、カナダ、EU、韓国、台湾で、「慰安婦」問題について日本政府の誠実な対応を求める決議が出され、日本国内でも昨年、宝塚市、清瀬市、札幌市の各議会で、この問題の解決を求める意見書が可決されています。
 石川康宏・神戸女学院大学教授、戸塚悦朗・龍谷大学大学院教授が講演。
 石川氏は、政府自民党が「狭義の強制」を否定しても、「場所をつくって管理し、逃げられないようにし、レイプした事実は否定できない」と指摘。アメリカ政府もアジアとのパートナーシップを重視し、早期解決を求める国際世論が形成されるなか、「解決の姿勢を持つ政府、道理ある日本をつくろう」と呼びかけました。
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2009年03月04日,「赤旗」) (Page/Top

インタビュー・シリーズ東アジアこれから/韓国・延世大学東西問題研究院金基正院長/「対立」を超えて協力へ

 北東アジア地域をこれまで支配してきたのは、協力や調和ではなく、分裂と対立の歴史でした。日本、中国、韓国の三国は、互いに支配し、戦争をする不幸な歴史を経験しました。
 二十一世紀になり、三国はこの問題に対処していく必要に迫られるようになりましたが、依然として、この地域には、「歴史的遺産」が深く残っており、新しい地域の連帯、平和を追求する障害になっています。

過去の記憶
 現在の北東アジアの地域秩序は、▽不信と対立という過去の歴史の記憶による支配▽不安定の持続▽地域水準の安全保障制度の不在―という三つの特徴があります。
 たとえば、歴史問題では教科書問題や「慰安婦」問題などです。日本政府が謝罪をしても、この時代を生きている人々にとっては、問題はまだ解決していません。不幸な過去の記憶が、現実の国際政治を支配しています。
 不安定の持続の原因は、依然として国家中心の安保観が強いことです。これも遺産の一つですが、国際政治は食うか食われるかだという国際政治観が、まだ支配的です。
 統合へと進む欧州と異なり、北東アジアでは、まだ、国家主義が、国際政治の基本的枠組みになっており、軍拡が、国家の重要課題とされています。

歴史的な課題
 三つ目の特徴ですが、北東アジアの地域秩序の主要機構は、冷戦の開始後、二国間同盟によって構築されました。それを多国間のものにできていません。二国間同盟は、同盟参加国には安全を提供しますが、同盟に参加しない国には、不安定の要素となります。
 日米同盟が強化されれば、中国が不安になり、韓米同盟を強化すれば、北朝鮮が不安になる。これは、同盟が持っている「もろ刃の剣」ともいえます。このジレンマを解決する補完的なシステム、多国間主義のアプローチによる地域的な安全保障の制度が必要です。
 これらを解決してこそ、二十一世紀の北東アジアに、新しい地域秩序をつくりだすことができます。これは日中韓の三国すべてに与えられている歴史的な課題です。
 この地域の未来にとって、最も重要な問題は、北朝鮮の核問題です。北朝鮮が結果的に核兵器を保有し、あるいはそれに対し軍事的手段を使うという結果になれば、北東アジアの地域秩序は、一九五〇年代のような対立の秩序になる可能性が高い。地域の協力、共同体の樹立は、遠ざかるでしょう。
 逆に、六カ国協議のような多国間主義的な方法が成功すれば、六カ国協議を基礎として、北東アジアにOSCE(欧州安保協力機構)のような、地域水準の安保機構をつくりあげる可能性もあります。そうなれば、北東アジアに新たな歴史が開かれることでしょう。北朝鮮の核問題は、北東アジアの未来にとって、リトマス試験紙になると思います。これを知恵深く解決しなければなりません。
 (ソウル=中村圭吾 写真も)
 金基正(キム・ギジョン)氏 一九五六年生まれ。韓国・延世大学政治外交学科教授。同大東西問題研究院・院長
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2009年03月03日,「赤旗」) (Page/Top

学力格差広げないか/新教科書制度めぐり集会

 新学習指導要領と新教科書制度の実態を知り、反対する世論を広げようと二十七日、市民、教職員、教科書編集者、研究者らが東京都内で集会を開きました。「2・27教科書集会実行委員会」が主催、約百二十人が参加しました。
 出版労連教科書対策部の吉田典裕事務局長は、新指導要領の先行実施のために文部科学省の委託で各教科書会社が作成している算数や理科の補助教材に、教科書検定でもないのに文科省が権力的に書き直しをさせている実態を報告しました。
 VAWW―NET Japan共同代表の西野瑠美子さんは、日本軍「慰安婦」問題をめぐる国際的な動向と中学校の歴史教科書に「慰安婦」記述の復活を求める取り組みについて報告。大江・岩波沖縄戦裁判支援連絡会の小牧薫事務局長は、沖縄戦「集団自決」をめぐる裁判で大江健三郎さんらが勝訴した大阪高裁判決の意義と最高裁勝利を目指す署名活動を語りました。
 子どもと教科書全国ネット21の俵義文事務局長が講演し、新指導要領に忠実な教科書をつくらせ、それに忠実な授業をやらせようというのが検定制度改悪の狙いだと指摘。一冊の教科書に「できる子向け」「できない子向け」のページがつくられようとしていると批判し、政府の意のままの教科書がつくられないように運動していくことを訴えました。
 参加者は「どの子にも豊かな学びを保障する憲法に根ざした教育を実現しましょう」とのアピールを採択しました。
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2009年03月01日,「赤旗」) (Page/Top

2月本文】

辞任の中川氏/タカ派と酒歴

 「酩酊(めいてい)状態」での記者会見が批判を浴び、辞任に追い込まれた中川昭一財務相は、これまでも、たびたびその言動が問題となってきました。
 「集団的自衛権やミサイル防衛など真の日米同盟関係を確立すべきだ」(二〇〇七年一月)、「憲法でも核保有は禁じていない」(〇六年十月)。自民党きってのタカ派として知られ、麻生太郎首相とも盟友関係です。
 一九九七年に、安倍晋三元首相らとともに「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を結成するなど、日本軍「慰安婦」問題を否定するために奔走。九八年の初入閣以来、「(同問題を)教科書に載せるのは疑問。(強制性は)ないともあるともはっきりしない」などと繰り返してきました。〇一年には、安倍氏とともに、同問題を扱ったNHK番組に放送内容を変更するよう圧力をかけました。
 小泉内閣では経産相、農水相として「構造改革」路線を推進。安倍内閣では、自民党政調会長として改憲手続き法、教育基本法改悪、イラク特措法延長などを強行してきました。〇八年八月号の『中央公論』では、さらなる法人税減税と消費税増税を主張しています。
 同年六月に、当時委員長だった自民党拉致問題対策特命委員会に「酩酊状態」で現れ、同年十一月の皇居での晩餐(ばんさん)会でも、深酒し関係者とトラブルになったと報じられています。
 事務所費として、二〇〇〇年からの六年間で三・六億円を計上するなど「政治とカネ」の問題でも、たびたび疑惑が指摘されてきました。
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2009年02月18日,「赤旗」) (Page/Top

NHK回答遅れ審議が持ち越し/番組改変でBPO

 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は十三日、旧日本軍「慰安婦」を取り上げた、NHK番組「ETV2001」が改ざんされた問題について、NHKに質問状を出しましたが、NHKからの回答が間に合わなかったため、実質、審議には至らなかったと発表しました。
 川端和治委員長は、「遺憾だが仕方がない」と述べました。
 検証委員会は、先月九日の定例会議で「改変経過がNHKの自立性に疑問を持たせ、放送倫理上問題があるという認識で一致」したとして、同月下旬にNHKに対し、二月九日を締め切りとして質問状を送っていました。
 NHKの回答が締め切りに遅れたのは初めて。審議は来月十三日の定例会議に持ち越され、次回、回答書に基づいた議論をする、としています。
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2009年02月14日,「赤旗」) (Page/Top

「建国記念の日」各地で行動/平和憲法を変えるな/宮城/青森/岩手/山形/福島

 「建国記念の日」の十一日、この日を祝日にすることに反対し、改憲を許さず、平和と民主主義を守ろうと、各地で集会や講演会が開かれました。

400人が参加し商店街をデモ/宮城
 宮城県では、宗教団体や労働組合、市民団体など幅広い団体でつくる靖国神社国家管理反対県連絡会議が主催する「信教・思想・報道の自由を守る県民集会」が仙台市民会館で開かれました。四百人が参加し、集会後、「平和憲法を変えるな」「自衛隊海外派兵反対」と訴えながら一番町商店街をデモ行進しました。
 集会では、「従軍慰安婦」など戦時中の旧日本軍による女性に対する犯罪を追及するVAWW―NETジャパン共同代表の中原道子早稲田大学名誉教授が「女にとっての天皇制」と題して講演しました。
 中原氏は、同ネットワークを中心に二〇〇〇年に開いた女性国際戦犯法廷に触れ、この裁判ではじめて太平洋戦争中の女性に対する暴力や性犯罪を昭和天皇も含めて裁いたとその意義を強調。しかし、日本のジャーナリズムは自主規制し、あまり報道しなかったと批判しました。
 終戦間際に昭和天皇が戦争責任を免れるためにあらゆる手を講じたことを示し、「無責任な強大な権力が存在することに恐怖心を感じる」と訴えました。
 講演後、天皇神話に基づく「建国記念の日」に反対し、信教・思想・報道の自由を守るために行動するとの宣言を拍手で採択しました。

元教師の女性戦前体験語る/青森
 青森市の県民福祉プラザでは、八十人が参加して、「第二十九回平和と民主主義を考える集会」が開かれました。
 主催者あいさつで、代表の工藤堯氏は、不景気、首切りの現状にふれながら、「最大の公共工事は戦争―ということがないように、いかに戦争を防ぐか、一人一人の国民が安心して暮らせるようにするか考えよう」と呼びかけました。
 集会では、元教師の澤田温子さん(86)が、「わたくしが生きてきた時代」と題して講演。自分がその目で見、体験したことを通して、戦前がどういう時代であったかを生きいきと語りました。
 集会では、「歴史に学び、憲法の理念を高く掲げ、生活の安定・平和・民主主義・人権尊重の日本建設」をと呼びかけるアピールを採択しました。

ソマリア沖の派兵反対採択/岩手
 岩手では盛岡市の岩手県水産会館で「建国記念の日」を考える県民のつどいが開かれ、会場いっぱいの百三十人が参加しました。
 愛知学院大学の後藤致人(むねと)准教授が「昭和と平成の憲法調査会から考える象徴天皇制・憲法九条」と題して講演しました。
 後藤氏は田母神論文についてふれ、@ナショナリズムと近代史観の強い結び付きがあるA偏った出典であり、一九九〇年代以降の自由主義史観、「新しい教科書」運動の流れにあるBコミンテルンの仕業などとする陰謀史観が顕著である―ことを指摘しました。
 参加者からも、「靖国派の改憲策動を許してはならない」などの発言がありました。
 つどいでは、ソマリア沖への自衛隊派兵などに反対するアピールを採択しました。
 主催の呼びかけ団体は、いわて労連、教科書・靖国神社問題岩手県市民ネットワーク、盛岡政教分離を守る会、岩手県歴史教育者協議会、岩手憲法会議、岩手県革新懇です。

派兵差し止め弁護士が講演/山形
 山形県では、2・11憲法改悪反対山形平和実行委員会が、山形市内で「自衛隊イラク派兵差し止め訴訟の会」弁護団の岡村晴美弁護士を講師に招いて学習会を開き、百三十人が参加しました。
 岡村弁護士は、昨年四月名古屋地裁で勝ち取った自衛隊のイラク派兵の違憲判決の意義について▽憲法判断に踏み込んだ、憲法九条一項違反、日本が戦争をしていることを暴く詳細な史実認定▽政府答弁を基準にして違憲と判断▽後方支援が戦争参加であることを明らかにした―ことなどを具体的に報告し、画期的判決であると語りました。
 岡村弁護士は、「皆さんは人に伝えて広げ、政治を変え、戦争を起こさないように監視していく必要がある。それが憲法を使うことです」と話し、憲法を「守る」から「使う」へ発展させていこうと話しました。
 集会で、「憲法の精神に立って改憲に反対し、平和と国民の生活を守るたたかいを大きく前進させていこう」という宣言を採択し、閉会しました。

運動を脈々と続けていこう/福島
 福島県では、福島市で県集会が開かれました。靖国神社国家管理反対福島県連絡会(真木實彦代表)が主催し、元県立高校教諭で福島県文化財保護審議会委員の大内寛隆氏が、「近代日本の戦争」と題して講演しました。
 開会のあいさつに立った真木代表は、「麻生内閣の施政方針演説は、この間の歴代内閣が触れてきた憲法改悪に触れることができなかった」とし、憲法を守る運動の到達について報告。「二月十一日の集会は、三十四回目を迎え、『建国記念』に反対する脈々とした運動を続けてきている」と強調しました。
 大内氏は、「建国記念日」の由来の根拠のなさや、「靖国とは何か」を歴史資料も示しながら詳しく話しました。
 集会では、「平和憲法の精神を生かし、再び戦争の道に進むことのないよう政府に求める。ソマリアへの自衛隊派兵準備など憲法に対する攻撃が後を絶たない中、軍国主義の苦い経験を歴史から学び、戦争への道を許さない」とのアピールを採択しました。
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2009年02月13日,「赤旗」) (Page/Top

「建国記念の日」/憲法と相いれない紀元節の復活/「九条の精神を世界に」を誓い合う日にしたい/猪飼隆明

 四十三回目の「建国記念の日」を迎えようとしている。休日としてはすっかり定着した感があるが、「建国記念の日」として定着したとはとても言えない。政府は、この日を国家の誕生日として強引に制定しながら、国家行事として奉祝できないでいるのである。

戦後民主主義の否定と連動して
 制定に際しては、歴史学関係者を含む多くの国民が、反対運動に立ち上がったが、その後も毎年二月十一日には全国各地で、休みなく不承認の声をあげ続けてきている。
 周知のように、「建国記念の日」は、戦前の紀元節を復活させたものである。『日本書紀』によれば、神武天皇は紀元前六六〇年の一月一日に即位したという。歴史学の常識では縄文時代にあたる。
 明治政府は、一八七二(明治五)年十一月の太政官布告で、神武天皇の即位日を、太陽暦に換算して一月二十九日と決め、翌年三月この日を紀元節と定めたのであるが、孝明天皇の命日一月三十日と前後して不都合だとして、二月十一日に改め直したのである。
 この経過が示すように、紀元節には科学的根拠は全くないが、天皇制を支える重要なイデオロギー的装置であった。したがって、戦後民主主義・日本国憲法とは相容れない。
 それが、軍国主義の復活・再軍備の過程で復活が叫び始められ、戦前と戦後を連続させることで戦後民主主義を否定あるいは無視しようとする「明治百年」論と重ね合わされながら、一九六七年に復活されたのである。

「海外展開」狙い田母神氏ら策動
 今年の「建国記念の日」奉祝の式典では、前航空幕僚長田母神俊雄が、さきにアパグループの懸賞論文と同じタイトル「日本は侵略国家であったのか」で講演するとのことである。田母神は「新しい歴史教科書をつくる会」のレクチャーをうけ、有事三法の成立に励まされ、「政府が自衛隊を諸外国の軍と同様に使う」、「航空自衛隊の戦闘機部隊が、飛行隊丸ごと海外展開し、空域の哨戒や艦艇の援護などの任務に就く」(『鵬友』二〇〇四年七月号)日が近いことを願って、解任後も講演をしてまわっている。
 さて、南京大虐殺や従軍慰安婦・沖縄島民の集団自決等の真実は、日本の軍隊と戦争の本質であり、日本の国家と国民にとって背負い続けるべき歴史なのであるが、彼らは、この事実を覆い隠すことに懸命なのである。覆い隠すことで、日本人としての「誇り」を取り戻すことができ、海外に雄飛できると考える。自衛隊の幹部学校と防衛大学校では、このような歴史認識が組織的・系統的に教育されてきたのである。
 問題は憲法九条である。田母神らは、使命感をもって、侵略戦争を正当化・美化し、九条の撤廃を訴える。この教化の舞台を第二の戦場と位置付けるのである。

「日本国憲法」の先見性を再認識
 こうしたなか、私たちは、この「建国記念の日」に、日本と世界の戦争の歴史と現実にあらためて目を向けてみよう。イラク・アフガニスタンそしてパレスチナの戦火の中の人たちのこと、飢餓や貧困に苦しむ人々に思いを馳せてみよう。そうすれば、一切の戦争を放棄し、「専制と隷従、圧迫と偏狭」「恐怖と欠乏」から全世界の人々が免れ、「平和のうちに生存する権利」をうたった日本国憲法が、いかに先見的ですばらしいものであるかを再認識できるに違いない。
 初めての黒人大統領オバマの登場、ボリビアの新憲法制定に代表される南米・中南米諸国民の自主独立路線の確認など、世界は明らかな転換の時期を迎えている。
 世界の期待と転換に背を向ける好戦的改憲論者の思惑をはね除け、「九条の精神を世界に」を誓い合う日にしたいものである。
(いかい・たかあき 大阪大学名誉教授)

「9条の心をアジアに世界に
 歴史に学び憲法が生きる日本に 『建国記念の日』反対2・11集会」=11日午後1時半、日本橋公会堂4階ホール(地下鉄半蔵門線・水天宮前駅、日比谷線・人形町駅、東西線・茅場町駅)。「名古屋高裁判決を力に海外派兵をやめさせ平和的生存権の確立を」(小林武・愛知大学)。各分野からの発言。参加費五〇〇円。
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2009年02月10日,「赤旗」) (Page/Top

「慰安婦」博物館建設へ/日本で支援委員会発足/韓国

 日本軍「慰安婦」問題と戦時下における性被害を伝える施設をつくろうと、韓国・ソウルに「戦争と女性の人権博物館」を建設する運動を支援する同博物館「日本建設委員会」が七日、発足しました。東京都内でシンポジウムを開催し、意見交換を行いました。
 博物館は、元日本軍「慰安婦」の調査・支援を続けてきた韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺隊協)が二〇〇四年から計画・推進してきました。現在、ソウル市内の西大門独立公園内に土地を確保し、三月に起工式を迎えようとしています。
 挺隊協の尹美香(ユン・ミヒャン)常任代表、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)の池田恵理子運営委員長、「もうひとつの歴史館・松代」建設実行委員会の新谷ちか子さん、君塚仁彦東京学芸大学教員(博物館学)が、パネリストとして出席しました。
 尹さんは「一人でも多くの人が生きている間に、ハルモニたちの歴史を通じて、いまも戦争で行われている性暴力を予防する人権教育のシステムをつくりたい」と、博物館の建設にとりくみはじめた思いを語りました。また韓国内で建設に反対する団体があることにふれ、「慰安婦問題は韓国の汚らしくて恥ずかしい部分という認識がある。各国NGOや国内市民団体の抗議運動などで、起工式までこぎつけることができた」と話しました。
 二十八日には東京都内で、韓国舞踊や伝統芸能などを披露するチャリティーコンサートが開催されます。
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2009年02月08日,「赤旗」) (Page/Top

本立て/歴史の事実と向き合って/大森典子著

 副題は「中国人『慰安婦』被害者とともに」。弁護士の著者は、戦時中の日本軍による性暴力被害者らの、日本政府に謝罪と補償を求める裁判を担ってきました。その13年のたたかいの記録です。
 山西省での聞き取り調査。蛮行の実際を語ろうとしてPTSDの発作が生じる被害者には心身の癒えぬ傷の深さが―。被害の事実を丹念に掘り起こしていた村の教師や中国人弁護士の協力。司法の壁を破ろうとする熱い奮闘が胸をうちます。加害、被害の真実を多くの人に伝え、問題の最終解決へ―その願いが痛切です。
 (新日本出版社 税別1600円)
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2009年02月01日,「赤旗」) (Page/Top

歴史の事実と向き合って―中国人「慰安婦」被害者とともに/大森典子著/評者西野瑠美子VAWW(戦争と女性への暴力)−NETジャパン共同代表


性暴力被害者の尊厳守る熱い闘い
 中国山西省の山村で、性暴力の被害者ゆえに蔑視され、出口のないまま息を押し殺して生きてきた女性たちが、半世紀の沈黙を破って裁判に立ち上がった。被害を公に語り、日本政府を相手に提訴することは並大抵のことではなかったが、その重くて厚い壁に風穴を開けたのは、人間の尊厳を取り戻したいという被害女性の強い思いと、日本人の支援者たちの不正義に沈黙しまいという真摯で誠実な姿だった。
 裁判は二〇〇七年四月二十七日に最高裁で上告棄却となったが、被害事実の認定もさることながら、被害者の血を吐くような戦後の苦しみ(PTSD)を認定させたことは実に大きい。
 原告の一人郭喜翠さんは、「自分自身で思いっきり呼吸ができるようになるため、裁判を決意した」と語られた。息ができないほど苦しい被害者の戦後。被害を語ると体が硬直して失神する、突然のフラッシュバックで村中を叫びながら走り回る、日本兵がやってくる悪夢を繰り返し見る、突然訳が分からなくなり、煮えたぎっているお湯に顔や手を突っ込もうとしたり、崖から飛び降りようとする、突然、子どもに暴力を振るうなど、随所に書き記される被害者の心の傷は、読むものの胸に深く突き刺さる。そしてその被害は、子どもたちの世代に引き継がれている。
 大森弁護士は言う。「裁判は終わったけれど、謝罪・補償を勝ち取る闘いは終わらない」。弁護団や支援する会の人々とともに二十数回現地を訪れ、かたくなだった被害者の心を解きほぐし、被害者とともに泣き、怒り、苦しんできた女性弁護士の真摯で熱い闘いの記録は、尊厳の回復とは何か、正義の実現とは何か、日本の責任とは何かを痛烈に突き付ける。多くの方に読んでいただきたい一冊である。
 おおもり・のりこ 一九四三年生まれ。弁護士。中国人「慰安婦」訴訟弁護団団長。
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2009年02月01日,「赤旗」) Page/Top

【1月本文】

シリーズ伝統芸能の心/新内岡本宮之助さん/聞き手稲田和浩(演芸評論家)


江戸音曲、粋な芸を伝えつつ/明治の生活言葉再現し新曲も
 「夜ごとに流してくる新内の二ちょう三味線は雨の降る如し」と、新内の隆盛ぶりを作家・永井荷風は随筆に残しています。語りの芸術・新内の今は―。故・岡本文弥の芸と作品を継承する岡本宮之助さんが語ります。
 聞き手は、稲田和浩さん。
 稲田 まずは、新内(節)という芸能は何かというところから。
 宮之助 江戸浄瑠璃の音曲のジャンルです。
 稲田 江戸を感じる芸ですね。
 宮之助 粋な芸の代表です。でも、難しいのは、「心中もの」のイメージが強く、お客様の希望もあって、男女の機微を売り物にしてきたことです。
 稲田 心中ものの上演回数は多いけど、新内作品の全体では少ないですね。
 宮之助 ええ、男女の機微を語るということでは、「心中もの」以外にも、いい物語がたくさんあります。
 稲田 従来の新内のイメージにこだわらない。
 宮之助 文弥は、「哀れ」といっていました。名曲「弥次喜多」にも哀れがあります。
 稲田 文弥さんは三百の新作を作っています。「西部戦線異状なし」などのほか、樋口一葉の作品を新内にのせましたが。
 宮之助 一九七〇年代、東京・本牧亭で、二度と上演しない台本の「お葬式」と称して供養の会をやって燃やしたほど、たくさん新作をつくったのですよ。
百一歳文弥の残したものは 稲田 そうですか。宮之助さんにとって、文弥さんはどんな人でしたか。
 宮之助 難しいけど、私のすべてです。文弥と祖母は、私の芸の基準点でした。
 稲田 おばあさんは、四代目・岡本宮染さんですね。「ぶんやアリラン」は文弥晩年の作品ですが。
 宮之助 九十三歳です。社会の動きに関心があって、威張る人が大嫌いで、ちょっと変だなということは放っとけない人でした。慰安婦のことでも本当に怒っていました。
 稲田 「ぶんやアリラン」には、あわれな朝鮮女性への義憤があった。
 宮之助 峠三吉の「にんげんをかえせ」は被爆地広島でも公演しました。最初は三味線の伴奏でやったが「このやり方はダメだ」と琴の伴奏に変えたのです。岡本派は、古典ものを他派に比べても多くの作品を持っています。宮染おばあちゃん(四代目)は、「私は(新内の)ノートよ」というほど、古典を身につけていました。いまの社中の人でもその認識が弱い。あまり知られていないことでは、江戸期の科学者・平賀源内の作品が残っていて、演奏できます。
 稲田 江戸の戯作が音楽として残っているのは面白い。新作だけでなく古典もたくさんやるということですね。明治時代から百年たっていて、新内も変化してきているでしょう。
 宮之助 私は、文弥、宮染から教わったものをそのままやっています。
 稲田 百年前のままですか。時代に合わなくなりませんか。
 宮之助 いや、古典はその時代、時代の人のものですから。明治二十八年(一八九五年)生まれの文弥が百一歳まで長生きしたおかげで、昭和初期の弟子、その弟子という二世代の時間帯を飛び越えて、私は教えを直接、受けた。文弥の母は、慶応年間の生まれでしたから、江戸の終わりから明治の空気を吸った芸も教わった。古典をそのままやることが大切なのです。一葉の「十三夜」などの言葉のイントネーションも微妙に違ってきます。
 稲田 明治の生活言葉をそのまま再現する、その真似をすることが大事だと…。
 宮之助 江戸時代のもっていた言葉や雰囲気を限りなく正しく伝えたいから、文弥のやり方を踏襲している。古典作品に手を加えないのは、その基準点が狂ってしまうからです。不満があったり、やりたいことがあれば、自分で新しい作品をつくればいい。
 稲田 新内の特徴、いいところはなんですか。

「節と言葉」の素語りとして
 宮之助 新内と同じ江戸音曲の流れにある、長唄、常磐津、清元、義太夫などは、歌舞伎や文楽の伴奏として特化しました。新内は、伴奏音楽としてではなく、「節と言葉」の素語りとして生きてきたことです。
 稲田 「新内流し」も大道芸でしたが、受けよう受けようと流行を追うのではなく、古典を守る芸能というスタンスから、大衆芸能の中でも、上座にすわってきました。
 宮之助 でも、新内の専業・プロは五十人ぐらいでしょうか。新内の師範だけでは食えない、後継者が不足している現実もあります。上演の基本は、三味線・浄瑠璃・上調子の三人でやります。一九五七年に無形文化財に指定されました。花柳界も様変わりしましたね。かつてのようなお座敷に声がかかることが少なくなりました。差配する「見番」もごくわずかになりました。
 稲田 一般の方に、「新内は面白い」と思わせる工夫、普及もほしいね。
 宮之助 そうです。まず、発表会に足を運んでもらいたい。そうすれば、「いいなあ」と分かってもらえる古典、物語性の豊かな曲目もやっていますから。さらに、文弥の作品、新作ものの三本柱でいきたい。落語など他のジャンルとのコラボレーションを、脚本家の稲田さんたちにも協力してやっていきたい。
 稲田 そのためにも、平和あっての芸能です。太平洋戦争は侵略ではなかったという発言があったり、きな臭い動きもあります。
 宮之助 まったく。憲法九条は人類の理想ですから、一度手放すと二度とは戻らない、と思い、憲法九条を守る会に共鳴して、お手伝いしています。
 おかもと・みやのすけ 1960年東京生まれ。4代目岡本宮染の孫。78年、5代目岡本宮染に入門。岡本文弥の芸と作品を継承する。現在、弾き語りによる演奏、古典の継承、新曲の創作、後進の指導に当たっている。
 いなだ・かずひろ 1960年東京生まれ。日本大学芸術学部演劇学科卒。タウン誌記者などをへて、作家活動。演劇台本、邦楽演劇の脚本・演出を手掛ける。著書『食べる落語』など。
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2009年01月30日,『赤旗』)(Page/Top

NHK番組改ざん問題/放送倫理上の解明を/BPO審議へ「語る会」が見解

 市民や放送関係者がつくる「放送を語る会」は、放送倫理・番組向上機構(BPO)が番組改ざん問題について審議入りを決定したことに対して、このほど見解をまとめました。26日にBPO事務局、NHK理事会・経営委員会に届けました。
 「語る会」は昨年10月、日本軍「慰安婦」を扱った番組(2001年放送)をNHKが改ざんした事件の真相究明を求めて、BPOの放送倫理検証委員会に要請をしていました。9月に行われた、NHK職員とOBの有志の申し入れに続くものでした。
 「語る会」の見解は、昨年6月、番組改ざんをめぐる訴訟が最高裁で終結し、未解明の事実が残されたまま幕引きがなされようとしている時に、再び公式に取り上げられることは意義があるとして、「事件の放送倫理上の問題が解明されることを強く期待する」としています。
 07年の高裁判決で「NHK幹部が国会議員の意図を忖度(そんたく)し、編集の権限を逸脱したもの」と認定。制作担当者の証言も、高裁の判断は妥当であったとしています。「語る会」の見解は、それらとNHKの主張が、「真っ向から対立し、到底そのままにして済ませられるものではない」と述べています。NHKがその後、「慰安婦」に関する番組や調査報道は全く放送していないことも、指摘しています。
 「公共放送であるNHKの倫理の核心は、政治権力からの自立であり」、BPOの審議と今後のNHKの態度を、重大な関心を持って注視したいと結んでいます。
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2009年01月29日,「赤旗」)(Page/Top

高校生と学ぶ性≠ニ生=^大阪府立泉大津高校教諭金子真知子

同性愛と打ち明けられたら

 「もしも親友から同性愛だと打ち明けられたら?」
 こんな質問用紙を授業のときに配った。生徒たちはちょっとびっくりした様子。「えーっ」「なんでぇ」「こんなの書けねえ」という声も。それでも友達と相談し合ったり、結構真剣に書き始めた。
 しばらくしてから、裏返しにして回収してもらい、いつものように順番をバラバラにして「じゃあ、みんなの意見読ませてもらうよ」と言って読み上げた。生徒たちは自分の意見を発表するのは嫌がるが、クラスの人の意見は知りたがる。
 まず、どの子も「びっくりする」という反応。「ほんまに?と聞いて、とりあえず話を聞く」「私は全然偏見ないよ、と言う」「バイト先にもおるし、普通におると思う」など、女子はだいたいが受容的。それに対し男子は「オレは無理」「引いてしまう」「変なことするなよ」などの拒否的態度が目立つ。
 同性愛に対するこの男女の違いは予想通り。ただ、今回私は、男子の受け止めが変わってきたように感じた。
 以前は同性愛については男子は特に変態≠ニか異常≠ニか罪≠ニいう言葉で否定する生徒が多かった。でも、今回の男子の意見の中には、例えば「ずっと悩んで相談してくれたと思うから、傷つけずに話を聞いてあげたい」「まあ、いいんちゃう。人それぞれやし、相手がオレじゃなかったら別に気にせえへん」「君の人生なんだから君の思うようにしたらいい。とりあえずがんばれ」「自分は異性が好きとはっきり言った上で、友人の悩みを聞く」「びっくりするけど、でも今まで1人で悩んでいたんだなあ」など、相手の悩みを受け止めようという意見がたくさんあった。
 じっと聞いている生徒たちの目や表情が、心なしか変わっていったように見えた。

「オカマか」と言われて…

 放課後の掃除の時、男子生徒のA君が「昨日、バイト先で嫌なことがあった」と言う。
 時々店に来るキモイおっさん≠ノお前、オカマか≠ニ言われたという。本人いわく「ぼく、こんなんやし、声も高いからよく女みたいと言われる」。私から見ると、色白に丸顔でサラサラのおかっぱ風の髪形がよく似合って、実に個性的。
 「あなたたち、どう思う?」とそばの女子生徒に声をかけると、「A君かわいいー」「掃除さぼらんし、いい子やでー」「そのおっさん、オカマ≠チて言うたらあかんやん。ゲイっていうねんなあ、先生」…。
 男らしさ、女らしさという「ジェンダー」の問題と、どの性を好きになるかという「性的指向」の問題は別々の問題。オカマという言い方には女性を男性より低く見る見方があること、などなど、その場はしばし性の授業の復習みたいになった。
 「ところで」と私は聞いた。「A君、その客にどう言ったの」。すると、A君「『ハイ、これから男らしくするように気をつけます』って言っといた。一応、店の客やし。嫌やけど、いま、店辞められへん。ケータイ代もノートも、この靴も全部自分で払ってんねんで」。一見、気弱そうに見えるA君、勤労高校生をしっかりやっているんだ。たくましい。
 「ところで」ともう一度聞いた。「男らしくするってどういうこと?」。するとA君、「毎日筋トレやってる。でも、筋肉全然つかへんねん」。やっぱり。一度は通る道か。「男らしさ女らしさに縛られず、自分らしさに自信をもって」。こんなふうに言ったものの、私はふと思った。
 学校の現実はどうなのかな。かわいい$ァ服で女子生徒の人気を集めるのに躍起になってるし、入学したらしたで「服装指導」「頭髪指導」が待っているし。生徒も教員も大変だ。
「人間の性は奥が深い」

 社会科で「性と生の授業」をやり始めて二十数年。最初は「望まぬ妊娠を避けるため」ということで、高校生の男女交際や避妊などが中心だった。
 その後、同性愛やトランス・ジェンダー(「体の性」と「認識の性」が食い違う)やインター・セックスなど、これまで社会の中で隠されてきた性的マイノリティーの存在を知り、授業の内容も変化した。人間の性と生のありようを科学の目で、歴史的社会的に学習することをめざした。
 教える立場の私自身が無知、偏見、誤解だらけであることに気付かされた。人間の性について学習するには、性器の名称も含め正確な用語や説明を避けることはできない。思春期のさなかにいる男女高校生にとっては私以上に大変なこと。最初は下を向いたままの生徒や、ふざけ声をあげたりする生徒もいる。でも、何時間かの授業が終わると、不思議と生徒たちは落ち着いて、それぞれに納得したような感想を書く。
 「人間の体はすごい。自分の体のことわかっているつもりでいたが、全然わかっていなかった」「体の性と心の性が不一致の人がいること。そのとき、心の性を基本に考えるというのは納得」「男らしさ女らしさは生まれつきと思っていたが、違うかった」「異性愛も同性愛も両性愛も、恋愛の気持ちは一緒だからいいと思うよ」「異性のこと知れてよかった。いっぱい勉強になった」などなど。
 セクシュアリティの多様性を学んだときは「安心した」「人間の性はなんて奥が深いんやろ」という感想も。
 多様なセクシュアリティ。これは人間の性の豊かさを表すもの。でも、同じ多様性という言葉を使っていても、今進められている「高校教育の多様化」は高校教育を格差化し、安上がりの「多様化」を押しつけてきているもの。教育政策の貧困を示すこんな「多様化」は認められるものではない。
「慰安婦」と差別の本質

 性の授業では、女性は「被害の性」で男性は「加害の性」となりがちなことが多い。しかもそれが、男女の性差に由来する本質的なものであるかのように受けとめられがち。「性暴力」や「売買春」の授業のときは、特にそうだ。
 もちろん、女性の性が長い間、差別、抑圧されてきた歴史の事実は、しっかり学んでほしいと思う。でも、その結論が単に「女性差別は許されない」で終わるのでは、高校生の学習としては不十分だ。
 何しろ、今の生徒たちは幼いころから「差別はあかん」と、言葉だけはたたきこまれてきたせいか、「差別」という言葉を使うだけで、思考停止する傾向があるようだ。生徒たちには、女性差別を引き起こし、それを利用する社会の支配構造に目を向けてほしいと思う。
 ここ数年取り組んでいる「日本軍『慰安婦』」の授業は衝撃的で、重い授業だ。でも、学んでいくなかで、性と社会のしくみについて、生徒たちの認識は深まっていくようだ。
 元「慰安婦」の証言を読んで、生徒は大変な衝撃を受ける。「アッと息をのんだ」「体が震えた」「これは日本がやったことなのかと目を疑った」…。旧日本軍の公文書や写真などの資料で学習していくと、次のような感想を書く。
 「戦争のウラに、こんなことがあったとは」「日本兵の不安やストレス発散のため、少女たちを大勢犠牲にして、兵士の上官への不満をそらせるやり方は、国家に都合よすぎる」「日本軍は日本の兵士の命をモノ同然の扱いをしたから、植民地女性をそれ以下のモノとして扱うような差別の連鎖が起こったのではないか」「戦争中は個人の権利や自由がなくて、性まで道具のように扱われていたことがショックだった」…。
 歴史の事実を学ぶと、生徒は本質を見抜くものだ。

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2009年01月06日,13日,20日,27日「赤旗」) (Page/Top

戦後補償裁判/被害側請求権消えない/弁護団・支援者がフォーラム/東京

 戦後補償裁判の到達点と課題を考える公開フォーラムが二十日、東京・霞が関の弁護士会館で開かれました。中国や韓国などの日本の侵略戦争の被害者が強制連行や日本軍「慰安婦」問題などへの補償を求めている裁判の弁護団、支援者ら八十人が参加しました。
 戦後補償問題を考える弁護士連絡協議会(弁連協)と戦後補償ネットワークの主催。
 戦後補償裁判の現況について報告した弁連協事務局の高木喜孝弁護士は、二〇〇七年の最高裁判決に規定されて、日中共同声明や日韓請求権協定などで被害者の請求権は放棄されたとの判決が相次いでいることを指摘。同時に、国際的には、二国間条約などで被害国民の請求権を消滅させることはできないとの判例もあることを示し、この問題は依然、重要な争点であるとのべました。
 名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身(ていしん)隊訴訟の弁護団などが取り組みを語りました。高橋融弁護士は、中国人強制連行訴訟の弁護団が、謝罪と基金設立による補償などを内容とする「全面解決提言」を発表したこと、裁判を起こしている被害者も中国で同様の提言を出していることを紹介しました。
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2009年01月22日,「赤旗」) (Page/Top

往復書簡を終えて/山科三郎/死者たちを記憶し反戦・平和の未来を拓く力に

 あの侵略戦争で尊いいのち≠奪われた死者たちに、どんなかたちで哀悼の意を表するか、この問い≠ヘ岩井忠熊先生との往復書簡のテーマである。
 戦争の死者たちは、身体性のあるコトバや所作で権力に強制された死に対する自分の思いを強い絆で結ばれていた六親眷族・友人をはじめ生き残った他者たちに伝えることができない。ただ、沈黙するのみである。だが、生き残った私たちは、戦争によって彼(女)たちのいのち≠蹂躙された事実を認識しそれに基づいて想像力を働かせて極限状況に追い詰められた死者たちと向き合うならば、死者たちとの対話が可能である。
 「追悼」とは、その対話を通して死者たちのいのち≠フ叫びを聴きとって、その死の歴史的意味を理解し、死者たちに応答しようとする内面的な心情から発する。それは、戦争の愚劣さとその犠牲者たちのこえ≠記憶し、天皇制国家の侵略責任を追及し、再び戦争しないという意志と反戦・平和の誓いとを公然と言動によって表明することである。それは、死者たちの沈黙のこえ≠ノ対する生き残った者たちの応答である。
 私たちが彼(女)たちの死の事実とこえ≠ゥら何を学び、反戦・平和の未来に向かって、いかにいま≠生きるか、と問い¢アけることは、現代において極めて重要な意義をもつ。田母神論文や来期の高校日本史教科書からの慰安婦・沖縄戦における集団自決の記述の削除などに顕著に現れているように、戦争の記憶を忘却の彼方に封印し日本国憲法前文・第九条を中心に改憲しようとするベクトルが強くなりつつある現実があるからだ。
 個々人の「哀悼」の意の表しかたは、それぞれの死生観に基いているから、形式的には自由である。しかし、そのことは、反戦・平和を希求する視点からいえば、「追悼」の意を表明するに際して、靖国神社と信教の自由(無信仰を含む)との関連を考えることが不可欠である。というのは、「ポツダム宣言」を受諾し日本国憲法公布以降、靖国神社は、宗教法人となり、法律上も、運営上も戦前・戦中とは根本的に変容した。だが、侵略戦争を聖戦化し死者たちのいのち≠「英霊」の名で独占し天皇家の祖先神の末神として顕彰し続けている。しかも、自衛隊の下士官クラスの歴史教育の場となっている。その現場を私自身、靖国神社の遊就館で実際に見たことがある。また、戦争でいのち≠失ったすべての死者たちのなかで天皇家の末神たる護国の神として祀られたのは、基本的には、軍人・軍属たちのみである。この事実は、天皇制国家の軍事的性格と差別の論理を示している。死者たちの間にもいのち≠フ差別があったことを意味する。以上の理由から死者たちの「哀悼」のために靖国神社に足を運ぶことに対して、その人の心情を理解しえても、異論を挟まざるをえない。
 例えば、十八歳で結婚し夫が戦死したのち、「靖国の妻・母」として戦後を生き戦争の侵略性を知り反戦・平和を希求している女性の方や、特攻に出撃し不時着して奇しくも生き残りあの戦争の侵略性を知り、反靖国・恒久平和の語り部となった元特攻隊員の方など、私の知友が何人かいるのである。共通点は、侵略戦争の不条理と生き残った係累を無視して国家権力が死者たちを「名誉ある英霊」にまつりあげたことに対する怒りであった。
 死者たちのこえ≠記憶しそれを次世代に語り継ぎ反戦・平和の未来を切り拓く力を形成することが「哀悼」である。そのために努力することが私たちの戦後責任であると、私は考えている。
 (やましな・さぶろう 哲学者)
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2009年01月22日,「赤旗」) (Page/Top

旧日本軍の性暴力被害「映画と舞台」で伝える/東京で17日

 旧日本軍慰安婦や元日本兵の証言を記録した映画と、被害女性の叫びや祈りを表現する一人舞台を同時に公演する「記録と記憶 remembrance」が十七日、東京しごとセンター(千代田区飯田橋3の10の3)で行われます。
 映画は、班忠義監督(50)のドキュメンタリー映画「ガイサンシーとその姉妹たち」です。第二次大戦中、中国・山西省で日本軍に拉致され、トーチカ(とりで)に長期間監禁され性暴力を受けた女性たちと、元日本兵の証言を十年がかりで撮影。〇七年に北海道から沖縄まで、全国で上映運動が広がった作品です。
 一人舞台「melos(メロス)」は、その映画に触発された作家で美術家の二瓶龍彦さん(49)が演出。前半は、パフォーマー・祥子さん(37)が、性暴力を受けた女性の苦痛や叫びを沈黙のなかで激しく体を動かし表現。後半は、音楽も交えて、いまに生きる普遍的な命の尊厳を体全体で表しています。
 ジャンルが違う二本の作品を同時に公演することについて、「互いに描ききれなかったもの、表現しきれなかったものを補いあうことができる。長丁場ですが、たっぷり見て、体験してもらいたい」と二瓶さん。祥子さんは「いままで南京大虐殺などの戦争被害は、数でしか見えてこなかった。被害にあった女性たちの顔を見せてくれたのは、この映画でした。舞台と映画を通して、見ている人たちに何かうまれたらうれしい」と意気込みを語ります。
  ◇
 午後三時開演。公演後は班監督や出演者らのトークもあり、同七時半終了予定。前売り二千三百円(当日二千五百円)。問い合わせは「上映、上演を広げる会」事務局の佐藤千代子さん(рO90・2435・4823)。ホームページhttp://www1.jcaapcorgmelosGaishanxiperformance
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2009年01月13日,「赤旗」) (Page/Top

NHK番組の改変問題/BPO審議入りへ

 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は九日、旧日本軍「慰安婦」問題を扱ったNHK番組「ETV2001」の改変問題について、審議入りすることを決めました。
 委員会の後、川端和治委員長は、「NHKがネット上で発表してきた改変過程や、最高裁で事実認定された改変過程をもとに話し合った結果、NHKが尊重しなければならない自律性という点で、制作過程に放送倫理上の問題があるのではないか、という合意に至った」と話しました。
 委員会としては、NHKに質問状を出し、その回答をもとに審議したうえで、意見書を出す方向です。
 ETV番組の改変問題については、NHKの職員や、放送を語る会などから真相究明を求める要望があり、委員会では審議入りするかどうかを昨年九月から議論してきました。
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2009年01月10日,「赤旗」) (Page/Top

日本共産党知りたい聞きたい/「歴史修正主義」とは?

 〈問い〉大江健三郎さんの『沖縄ノート』をめぐる訴訟の控訴審判決の記事で「さらに力を込めて歴史修正主義とたたかっていく」という言葉がありました。「歴史修正主義」とはどういうことをさすのですか?(兵庫・一読者)
 〈答え〉「歴史修正主義」とは、一般に、侵略戦争や植民地支配、軍隊等による組織的残虐行為など、こんにち批判的な評価が定着している事象について評価を逆転させて支持・擁護する主張をさす用語です。
 もともとは、欧米で「ナチス・ドイツによるユダヤ人大量殺りく(ホロコースト)はでっちあげ」などと主張する論者が、自らをリビジョニスト(修正主義者)と名乗って活動していたことから、広く使われるようになったとされています。
 歴史学は、過去の事実を確定し、批判的に評価してそれを再構成する学問ですから、その通説が時代の変化や新たな史料の発見などによって「修正」されるのは当然のことです。しかし「歴史修正主義」は、それとは次元を異にするものです。
 日本では、1990年代後半以降、「新しい歴史教科書をつくる会」のように、日本が過去に起こした戦争を侵略戦争とする見方にたいして「自虐史観」と非難する勢力の動きが強まり、それが「日本版歴史修正主義」とよばれるようになりました。
 たとえば、1931年の中国東北部侵略戦争開始以後、日本が中国大陸や東南アジア・太平洋地域で起こした戦争を「自存自衛の戦争」「アジア解放のための戦争」として正当化する靖国神社などの歴史観は「歴史修正主義」の典型といえます。
 また、「南京大虐殺はなかった」「『従軍慰安婦』の強制連行はなかった」といった議論や、沖縄戦訴訟での「軍の『集団自決』命令はなかった」という原告側の主張なども、それに該当するといえるでしょう。
 このように侵略戦争や組織的残虐行為への批判的評価を「修正」しようとする動きは、必ずしも日本だけの現象ではありません。ドイツでは、先にのべたように、極右勢力から「アウシュビッツのうそ」といった議論がくりかえし唱えられてきました。イタリアでも、第2次世界大戦下の反ファシズムのレジスタンス闘争の意義を否定し、レジスタンスや憲法を詳述した学校教科書を「偏向」とする議論があります。
 しかし、こうした主張を公然と唱えてきた勢力が政権に参加した例は、一時期のオーストリアなどを除き、欧米ではほとんどありません。(土)
 〈参考〉歴史学研究会編『歴史における「修正主義」』(青木書店)、高橋哲哉『歴史/修正主義』(岩波書店)、山田朗『歴史修正主義の克服』(高文研)
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2009年01月08日,「赤旗」) (Page/Top

波動/NHKに希望を託す年に/醍醐聰

 NHK問題の集会に出るたびに、参加者から「政府に弱腰のNHKの報道を見て受信料を払う気にはなれない」と話しかけられる。しかし、私は政治に弱いNHKを粘り強く監視する必要は痛感しているが、NHKを見限るつもりはない。ここでは、NHKの番組を視聴した体験を踏まえてNHKに託す私の希望、期待を記したい。
 前記のようなNHKに対する根深い不信を耳にする半面、「最近のNHKには優れた番組が多い」という感想もよく聞く。その時、挙げられるのは「NHKスペシャル」や「クローズアップ現代」「ETV特集」などである。しかし、それ以外にも知られざる優れた番組が少なくない。その一つは、平日午後6時10分から放送される首都圏ネットワークである。「町ネタ」を軸に据え、失業、健康被害等に遭遇しながらも懸命に生きる人々に光を当てる「良質のミニ・ドキュメンタリー」といえる。
 NHK解説委員が担当する「時論公論」等にも良質の番組が多い。当たり障りのないことを並べたてる解説かと思い込んでいたところ、新銀行東京問題や雇用不安をテーマにした解説など、政治の怠慢に鋭く迫るものが少なくなかった。先入観を捨てて視聴したい番組である。
 文化・娯楽番組の中で私が愛聴(?)しているのは「名曲アルバム」である。名曲とそれにちなんだ世界各地の美しい自然、風物の放送を録画し、食事の一時に再生しながら夫婦で出かけた旅先の思い出を語り合うのはなかなか楽しい。また、たとえば、日本統治下の朝鮮の人々の苦難と独立への願いを託した歌曲「鳳仙花(ポンソナ)」を聴きながら、その曲を作曲した供蘭坡(ホン・ナンパ)の生涯を字幕で知った。また、この曲を知ったのが機縁で在日二世・李正子の歌集『鳳仙花のうた』を知り、
 隠滅のはてに還らぬ慰安婦ら朝鮮おみなと知れば哀しく
 という歌に出会った。こうした番組制作者の地道な努力こそ、NHKに託す私の希望の源であり、NHKと視聴者をつなぐ信頼のきずなであると思う。
 (だいご・さとし NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表・東京大学教授)
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2009年01月04日,「赤旗」)(Page/Top