【10月】
経済これって何?/「包摂的成長」への転換/格差是正で好循環めざす世界
2008年の世界金融危機以降、主要資本主義国は大規模な金融緩和や財政支出で対応してきました。それにもかかわらず、経済的停滞が克服できないなかで、貧困と格差の拡大こそが経済危機の真因であるという認識が広がっています。
1%の富裕層への富の集中が「不平等危機」(inequality crisis)を招いているというNGO(非政府組織)の指摘が、主要な国際機関で共有されるようになっているのです。
経済協力開発機構(OECD)は12年から開始した「経済的試練への新しいアプローチ」で、「トリクルダウン」(成長の果実が労働者に滴り落ちてくるという理論)は幻想にすぎないと否定。富の集中を是正し、成長の果実を社会全体で共有する「包摂的成長」(inclusive growth)こそが「低成長のわな」を抜け出し、持続的成長を実現する道だと提唱しています。
「低成長のわな」とは世界経済が陥った停滞の悪循環のこと。OECDは▽金融緩和政策への依存が一部富裕層・大企業に富を集中させ、所得格差が拡大▽その結果、消費が停滞し、投資も衰退▽さらに教育機会、健康維持、就業機会など所得以外の不平等も拡大▽長期的な生産性や経済的活力が高まらず、成長への期待も失われる―という「低成長のわな」に世界経済を追い込んでいるとしています。
ここから、「平等が経済成長の推進力」だとして、税制改革など富の再分配機能の強化を通じて教育の機会均等、子どもや家族の支援、健康保険の充実、失業手当や職業訓練の充実を進め、成長の果実が社会全体で共有されるとともに、格差の世代間継承を防ぐ政策を提起しています。
十分な高等教育がより良い職業を保証し、それが労働力の質を高め、より生産性の高い社会を実現する好循環が生まれるというわけです。
「包摂的成長」は14年のG20(20カ国・地域)ブリスベン・サミットの経済宣言に盛り込まれ、G20の成長戦略の重要な柱となり、主要な国際機関が政策として具体化しつつあります。
かつて市場原理主義の牙城とされた国際通貨基金(IMF)も、そうです。今年の対日審査報告で、格差拡大が成長を妨げているとの視点から、アベノミクスで増えた企業収益が労働者に還元されないことが低成長の原因だとして、所得を増やす政策を求めました。
IMFなどは、規制緩和や自由貿易が経済的効率性を高め、成長を促進するという立場を捨ててはいません。それでも、大企業の収益の増加と、そのトリクルダウンに依存したアベノミクスの成長戦略の限界を浮き彫りにする、新たな政策に踏み出しています。
古い成長戦略にとらわれて「低成長のわな」に落ち込み、異常な金融緩和や雇用を守る規制の改廃などを通じて、貧困と格差をいっそう拡大するアベノミクスに対して、世界はすでに対案にチャレンジしています。
鳥畑与一(とりはた・よいち 静岡大学教授)
(2016年10月30日,「赤旗」)
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経済アングル/刺激策が支える中国
「失速論≠ヘ破綻している」―19日に発表された7〜9月期国内総生産(GDP)の数字をめぐって中国共産党機関紙、人民日報(電子版)が「ハードランディング」や「衰退入り」説に反論しています。
同期の実質成長率は前年比6・7%増。3期連続でリーマン・ショック後以来の低い伸びです。人民日報は「中国経済の未来には不確定さがあるが、さまざまな改革によって新たな成長の動力を生み出しており、世界にも貢献している」と強調します。
中国の第13次5カ年計画(2016〜20年)が掲げる成長率は年平均6・5%以上。「2020年までにGDPを10年比で倍増する」という国家目標を実現するために必要とされる成長率です。
掲げた数字は達成しています。ただ、世界第2の経済大国となった中国の成長減速が与える影響は大きい。
「中国経済が投資、産業、輸出への依存から消費とサービスに軸足を移すことは想定以上に困難を伴い、一次産品輸出国や機械輸出国、さらには金融の波及経路を通じて各国に大きな影響をもたらす可能性がある」
国際通貨基金(IMF)は10月に発表した最新の「世界経済見通し」でこう指摘しました。IMFは「中国経済の統制のとれた移行が長期的に世界経済の利益になる」としています。その一方、現在の中国経済については「マクロ経済の刺激策によるところが大きい」と警戒を強めています。
第13次5カ年計画の主要目標の一つは、中国の独自基準で約5000万人とされる貧困人口を20年までに根絶することです。中国政府自身、「最も困難な任務」とする課題です。格差や貧困の解消が原動力となるような発展が求められています。
(山田俊英)
( 2016年10月25日,「赤旗」)
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経済アングル/米国産米を食え
食用米として売買同時入札(SBS)方式で輸入された外国産米の価格が偽装された疑惑が生じました。同じ価格なら国産米の方が好まれるため、「調整金」で底上げして、輸入米の価格を国産米より高く見せかけ、実際には安く流通させたとする疑惑です。
それが事実なら、政府がマークアップという事実上の関税を徴収することで、輸入米の価格を国産米と同水準に保ち、国産米への影響を防ぐSBS方式の仕組みが掘り崩されていることになります。
その背景には、政府が、最低輸入機会にすぎないミニマム・アクセス(MA)を「義務的輸入」とみなして、不必要な外国産米を輸入していることがあります。そこには、米輸入を増やし、食用米として消費せよという米国の圧力があります。
米通商代表部(USTR)の貿易障壁報告書は毎年、MA米はもっぱら工業用・飼料用の非食用米と対外援助に回され、「わずかしか米国産米と分かる形で日本の消費者に届かない」と不満を表しています。米国コメ連合会も、環太平洋連携協定(TPP)交渉への日本の参加に関する公募意見で、日本の制度は「SBS方式の輸入米を除き、小売りや外食のような高価値の全粒米・食用米市場への販路を奪う」と非難しています。日本人は米国産米を食え≠ニ言わんばかりです。
TPPでは、米国産米とオーストラリア産米に合計7万8400dのSBS方式による国別枠を新設します。また、年間77万d輸入しているMA米の中に加工用中粒種に限定した年間6万dのSBS枠を設定します。
そのSBS方式に生じた疑惑は、徹底的に究明すべきです。同時に、その背景にあるMA米の「義務的輸入」もやめるべきです。
(北川俊文)
( 2016年10月18日,「赤旗」)
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日銀短観、景況感横ばい/2四半期連続/先行きも視界不良
日銀が3日発表した9月の全国企業短期経済観測調査(短観)によると、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)は、資本金10億円以上の大企業製造業がプラス6で2四半期連続の横ばいになりました。安倍晋三首相が宣伝するアベノミクスによる好循環とは裏腹に、現状は依然深刻なことが改めて示されました。
大企業非製造業のDIはプラス18と、前回調査より1ポイント低下し、3四半期連続で景況感の悪化が示されました。国内消費低迷や訪日外国人客の高額品購入の減少で、小売りが冷え込みました。
大企業製造業の現状DIを業種別に見ると、造船・重機はプラス4からマイナス18へと22ポイント悪化。汎用(はんよう)機械や生産用機械も落ち込みました。円高に加え、企業の設備投資姿勢の慎重化が影響したとみられます。
自動車はマイナス2からプラス8へ改善しました。熊本地震で被災した関連工場の復旧に加えて、燃費不正をした三菱自動車の軽自動車生産再開も景況感改善を後押しした格好です。鉄鋼は国際価格の下げ止まりを受けて12ポイント改善しました。
資本金2000万円以上1億円未満の中小企業では、製造業と非製造業ともに小幅に改善しました。しかし、小売りはマイナス13と、依然として水面下です。卸売りや宿泊・飲食サービスも厳しい状況が続いています。
3カ月後の見通しを示すDIは、大企業製造業が横ばいのプラス6と不透明感が漂います。大企業全産業の16年度設備投資計画は、前年度比6・3%増と前回調査とほぼ変わらず、円高を背景に企業が先行きを慎重に見ていることをうかがわせました。中小企業製造業では同マイナス15・3%でした。
大企業製造業の事業計画の前提となる想定為替レートは1j=107円92銭です。しかし、この想定では実際の水準との乖離(かいり)が大きく、輸出企業を中心に収益が下押しされ、今後の景気や消費の足を引っ張る恐れがあります。
日銀短観
日銀が民間企業の景況感や収益計画などを把握するために行うアンケート調査。正式名称は全国企業短期経済観測調査。対象は約1万社。3、6、9、12月の年4回実施しており、景気動向を見極める上で、最も重要な指標の一つ。企業心理を示す業況判断指数(DI)は、業況を「良い」と答えた企業の割合から「悪い」とした回答割合を引いた値で、企業規模や業種別に集計します。
( 2016年10月04日,「赤旗」)
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経済アングル/爆買い@鰍ンでいいか
中国は1日から1週間の国慶節(建国記念日)休みです。東京都内でも大きなトランクを持った中国人観光客が目立ちます。爆買い≠ニいわれる勢いのある消費がどうなるのか、小売業界が気をもんでいます。
全国百貨店協会によると、訪日客の買い物の売上高は4月、39カ月ぶりに前年比マイナスに転じました。その後、5カ月連続減。しかも減少幅が毎月拡大しています。直近の8月には26・6%減の大幅な落ち込みでした。
訪日中国人の数は増えていますが、1人当たりの売上高が減っています。中国政府が輸入関税を引き上げたことが響いたとみられます。加えて、高額品の買い物が減ったり、買い物中心から日本文化を体験するツアーに移ったり、と訪日目的にも変化が見られます。
外国人旅行者の増加は、消費の拡大に貢献しますが、不安定さを伴うことは否めません。為替相場の変動や関税、国際関係によって急に風向きが変わることがあります。
また、爆買い≠フ恩恵を受けるのは主に大都市です。地方では百貨店の閉店が続いています。日本国民自身の消費が増えない限り、経済の立て直しもありません。
総務省の「家計調査」で、1世帯当たりの実質消費支出は、2月の「うるう年効果」を除けば、12カ月連続で減っています。安倍晋三政権は「日本再興戦略」で「観光立国」を掲げ、観光を「成長戦略の柱」と位置づけます。対象はもっぱら外国人旅行者です。日本人の旅行の支出は家計調査では減っています。いま政府がなすべきことは、2014年4月の消費税増税以来、落ち込んだままとなっている日本人自身の個人消費を回復することです。
(山田俊英)
( 2016年10月04日,「赤旗」)
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経済の迷宮/1/シンガポール通じ税逃れ
アジア大陸の東南端にリトル・レッド・ドット(小さな赤い点)という愛称を持つ島国があります。高層ビルが立ち並ぶ都市国家シンガポールです。
愛称の由来は地図上の赤い点に隠れてしまうほど小さな国土面積だといわれます。東京都のおよそ3分の1(719平方`b)。独立国としては最小クラスです。人口は約554万人で兵庫県とほぼ同じです。
その小さな国土に、巨額のマネーが流れ込んでいます。
自国経済の3倍
2014年にシンガポールが国外から受け入れた直接投資の残高は世界で第12位の約9千億j。同国の名目国内総生産(GDP)の3倍に達しました。直接投資は企業の支配を目的とする投資を指し、10%以上の株式所有が含まれます。
自国経済の規模より3倍も大きな額の投資を受け入れているというのは、いかにも不自然です。実は、シンガポールから国外への直接投資も同国の名目GDPの2倍近くに及び、国外への証券投資は名目GDPの3倍を超すのです。膨大な資金が流入すると同時に流出している格好です。
こうした異様な資金の流れを、財務省は多国籍企業の税逃れの証拠だと見ています。
「クロスボーダー(国境をまたぐ)直接投資が増加している背景には、『実質的な経済活動とは関係の薄い第三国』を導管のように経由する取引の拡大が貢献している可能性」がある。導管(資金の通り道)となる国を経由した取引によって「第三国を経由しない場合に比べ企業・投資家の実質的な税負担を相当程度軽減」(16年5月26日、政府税制調査会資料)している―。
第4位の回避地
シンガポールは世界第4位のタックスヘイブン(租税回避地)だと指摘する民間団体もあります。イギリスに本拠を置き、税逃れの追及で先駆的な役割を果たしてきたタックス・ジャスティス・ネットワークです。
同団体は税率の低さや銀行の秘密性の高さなど複数の指標で各国を2年ごとに採点し、ランク付けしています。2015年の最新版によれば、4位のシンガポールはスイス(1位)やケイマン諸島(5位)などと並ぶ主要なタックスヘイブンです。
そのシンガポールに「地域統括会社」を設立する日本企業が近年、急増しています。
( 2016年10月05日,「赤旗」)
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経済の迷宮/1/増える日本企業/動くメガバンク
ジェトロ(日本貿易振興機構)・シンガポールは、シンガポールに設置された日系地域統括会社の動向を系統的に調べています。15年の調査は増加傾向を裏付けました。
5社が36社に
「シンガポール法人への地域統括機能の設置は2010年以降急増。回答企業の約半数が2010年以降設立。2015年も増加傾向は続く」(第4回在シンガポール日系企業の地域統括機能に関するアンケート調査)
1970年以来、新たに地域統括機能をシンガポールに置く日本企業は5年間あたり平均5社でした。ところが2010〜14年の5年間で突如、36社に跳ね上がったのです。ジェトロ・シンガポール事務所に聞くと、調査結果は実感を上回ったといいます。
「2010年以降急速に伸びている実感はあったものの、すごいな、すごくたくさん来ていたんだなというのが、数字が出たときの印象でした」
地域統括会社とは、タイやインドなど他国で製造・販売する複数のグループ会社を統括する会社です。シンガポールに置くメリットは何か。メガバンクがホームページに掲載したリポートで端的に説いています。
「地域統括会社の主な設置目的」の一つは「地域統括会社に利益を集約することによるグループ全体の実効税率の低減」である。「シンガポールの法人税率は、日本と比較して大幅に低いことから、シンガポールにいかにして利益を集約するかが、地域統括会社構築の一つのポイントとなる」(14年3月20日、三菱東京UFJ銀行「グローバル・ビジネス・インサイト」)
利益を生む経済活動をアジア各国の孫会社や日本の親会社が行い、その利益を低税率国シンガポールの子会社(地域統括会社)に移せば、グループ全体の税負担が軽くなるというのです。
10年には、低税率国の子会社の所得に日本の税率で課税するタックスヘイブン対策税制が緩和され、地域統括会社が課税対象から外されました。シンガポールでの設立が急増したのは、その後です。
税逃れの勧め
三菱東京UFJ銀行のリポートの目的は顧客企業への情報提供です。掲載ページで「海外への新規進出や投資拡大を検討する際にぜひご活用ください」と呼びかけています。
事実上、シンガポールを導管国とする税逃れの勧めです。
本紙が取材を申し入れたのに対し、三菱東京UFJ銀行は文書で回答。「お客様への情報提供を目的として(リポートを)発行しており、個別具体的な商品・サービスの勧誘、特定アドバイス等の提供を目的とするものではございません」と説明しました。リポート作成を担当した法律事務所に顧客企業を紹介しているのではないか、シンガポールでの地域統括会社設立を支援した実績があるか、と尋ねたのに対しては「開示しておりません」と答えました。
◇
タックスヘイブンを経由する取引で巨額の税金を逃れ、世界的な非難を浴びてきたのは欧米企業です。しかし日本からタックスヘイブンへ流れる資金は決して小さくありません。日本の大企業も大規模な税逃れを行っている節があります。
世界中の貧困層や中間層に負担を転嫁し、労働の果実をかすめとって富裕層の懐に入れる装置となっているのが、秘密のベールに覆われた複雑怪奇な資金の流れです。迷宮のようなその経済構造を探ります。(つづく)
(10回連載の予定。次回から経済面に掲載します)
( 2016年10月05日,「赤旗」)
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経済の迷宮/2/ある大手銀行員の証言
5月10日、「今世紀最大の暴露文書」ともいわれる「パナマ文書」に登場する約21万法人を、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が公開しました。これらの法人は、英領バージン諸島などのタックスヘイブン(租税回避地)に設立されたペーパーカンパニー(事業実体のない会社)です。
法人に関与している日本企業やその役員の名前も挙がりました。伊藤忠商事、丸紅、UCCホールディングス、ソフトバンクグループ、セコム、楽天などです。
本紙の問い合わせに対し、各社は口をそろえて「合法的」に税金を払っていると釈明しました。「タックスヘイブン対策税制に準拠している」(丸紅)「合法的に処理されている」(セコム)
世界的な問題に
しかし、多国籍企業と富裕層がタックスヘイブンを利用して「合法的」に巨額の税負担を逃れられる点が、世界的な大問題となっているのです。
低税率国に置かれた子会社に日本の税率で課税するタックスヘイブン対策税制にも、大きな穴がいくつも開いています。穴の一つが地域統括会社です。
子会社が地域統括会社と認められれば、経済的な合理性があるとみなされ、日本での課税対象から除外されるのです。タックスヘイブンに地域統括会社を設立して利益を移せば、グループ企業全体の税負担を軽減できることになります。
三菱東京UFJ銀行が顧客企業向けリポートで推奨しているのが、この抜け穴を利用した節税工作です。
ジェトロ・シンガポールの15年アンケート調査(回答率24・2%)は、シンガポールに地域統括機能を置く日系企業の一部(90社)から設置目的を聞き取っています。
「各種税制インセンティブ等を有効活用し、域内グループ全体で税務戦略を高度化するため」を率直に挙げた企業は22社(24・4%)に上りました。
さらに、シンガポールに設置する理由として「低い法人税率、地域統括会社に対する優遇税制など税制上の恩典が充実しているため」を挙げた企業は44社(48・9%)に達しました。
税逃れの横行を示唆する結果です。
「統括会社は岐路にさしかかっています」
二つの変化要因
ある大手銀行で海外の地域統括会社への支援を長年担当しているというA氏に話を聞くと、開口一番そう語りました。大手銀行は匿名を条件に取材に応じ、応対に現れたのがA氏でした。ジェトロ調査への感想を聞くと、苦笑を浮かべました。
「税務当局に狙ってくれといっているようなものですよね」
社会の風向きが変わり、従来は見逃されていたような節税工作に対しても、追及が強まりつつあるというのです。変化には二つの要因があると話します。
「一つはパナマ文書です。二つ目はBEPS(税源浸食と利益移転)対策です。取り締まりを厳しくする方向になっています」
パナマ文書は多国籍企業と富裕層の税逃れに対する世界的な批判に火を付けました。経済協力開発機構(OECD)を中心に進む国際的な税逃れ対策(BEPS対策)は多国籍企業への包囲網を確実に狭めています。
これらの要因で地域統括会社が岐路に立つ―。A氏の証言は、裏を返せば地域統括会社を利用した税逃れが広範囲に行われていることを意味します。同時に、税逃れの追放に向けて市民社会の圧力が有効だということも、そこには示されていました。(つづく)
タックスヘイブン対策税制
税負担率が20%未満の国・地域に事業実体のない子会社をつくった場合、この子会社の所得を日本の親会社の所得に合算して課税する制度です。低税率のタックスヘイブンに利益を移して課税を逃れる多国籍企業への対抗措置です。
( 2016年10月06日,「赤旗」)
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経済の迷宮/3/回り道、ぬれ手であわ
「2010年に日本企業が一気にシンガポールに出て行ったとき、話題になっていたのがそういう方法です」
大手銀行の広々とした応接室でA氏はよどみなく話します。「そういう方法」とは、三菱東京UFJ銀行のリポート(14年3月20日、4月3日)が勧める節税の手法のことです。
シンガポールに地域統括会社を設立すると、どういうしかけでグループ企業全体の税負担を軽くできるか。リポートは懇切丁寧に説明しているのです。いささか込み入っていますが、せっかく明かしている手の内です。のぞいてみましょう。
大原則は、シンガポールに最大限の利益を移転することです。
「シンガポールの法人税率は、日本と比較して大幅に低いことから、シンガポールにいかにして利益を集約するかが、地域統括会社構築の一つのポイントとなる」
低税率利用して
利益の移転には二つの経路があります。
一つはアジア各国のグループ会社(被統括会社)から利益を移す経路です。もう一つは日本の親会社から利益を移す経路です。
第一の経路で利益移転に使えるのは「配当、利子、使用料」などだとリポートは指摘します。例えば利子と使用料について、次のように解説しています。
「利子、使用料等はシンガポールにおける課税対象となるが、シンガポールの法人税率が日本の法人税率よりもはるかに低いことから、日本本社が直接受け取り、日本の法人税の課税対象となるよりも有利なことが多い」
利子は融資への報酬。使用料は特許などの知的財産の使用を許可することへの対価です。これらを受け取ると、企業の所得となって法人税がかかります。同じ額の利子や使用料を受け取るのなら、税率の低いシンガポールで受け取る方がお得ですよ、というわけです。
実際、16年度の税率を比べると、日本の法人税の実効税率(国・地方の合計)は29・97%。シンガポールの税率は17%である上、要件を満たす地域統括会社に対しては5〜15%に軽減する優遇措置があります。シンガポールで納税すれば、はるかに大きな利益が残るのです。
さらに、こうして残った利益を「配当の形」で「日本本社に送金することも考えられる」とリポートは助言します。配当にかかる税金はごくわずかだからです。シンガポールでは、企業が外国株主へ配当金を払っても非課税。日本でも、外国子会社からの受取配当は総額の5%しか課税対象になりません。
つまり、アジアへの投資の見返りを日本で直接受け取るのをやめ、いったんシンガポールで受け取って納税してから日本に送る回り道をつくるだけで、ぬれ手であわの大もうけができるのです。
アジアも税収減
こうした節税工作で日本が税収を失うのは明白です。一方、アジア各国の税収も大きく減っているはずだと語るのは『〈税金逃れ〉の衝撃』の著書がある深見公認会計士事務所の深見浩一郎代表です。
利益移転には別の方法もあると深見氏は指摘します。シンガポールの地域統括会社に業務を委託する対価として、アジアのグループ会社が業務委託料を支払うことです。
「業務委託料を支払う会社の課税所得は減り、受け取る地域統括会社の所得として課税されることになります。アジア各国の法人税率は20〜30%なので、はるかに低税率のシンガポールで課税されれば、節税効果は大きい」
グループ会社の所得がシンガポールに移される分、アジア各国は税収を失うのです。実際、シンガポールの地域統括会社は収入の多くを業務委託料に依存しています。
ジェトロ・シンガポールの15年調査では、地域統括会社90社のうち独自の事業収入を得ているのは28社だけでした。多くの企業が域内グループ会社からの業務委託料(31社)、同配当(27社)、同使用料(9社)、同利息(8社)を収入源としていました。
利益移転を裏付けるデータです。
(つづく)
( 2016年10月07日,「赤旗」)
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経済の迷宮/4/なぜ海外?説明困難
シンガポールの地域統括会社の多くは自ら利益を生んでいません。アジア各国のグループ会社からだけでなく、日本の親会社からも利益が移転している―。税逃れの証拠ともなるデータがあります。
地域統括会社の一部(90社)から回答を得たジェトロ・シンガポールの調査結果です。
それによれば、最も多くの地域統括会社が頼る収入源は、日本の親会社からの業務委託料(35社)なのです。グループ会社を統括する業務などを日本の親会社から委託され、「対価」を受け取っているとみられます。
日本の親会社からの業務委託料に収入の100%を依存する会社は14社。50%以上100%未満を依存する会社は11社ありました。
三菱東京UFJ銀行のリポートは、日本からの利益移転のメリットを特に強調します。
「日本本社が保有する資産(特に知的財産権等の無形資産)をシンガポール地域統括会社に移転し、日本本社から地域統括会社に対してロイヤルティー(使用料)やマネジメントフィー(業務委託料など)、利子、保険料、賃料等の費用を支払うことにすれば、日本における課税所得は減少し、日本よりも税率の低いシンガポールにおいて地域統括会社の所得として課税されることとなるから、グループ全体の税負担が大きく圧縮される」
還流95%非課税
さらに重大なのは、そうしてシンガポールにたまった利益を日本に再び送るメリットを説いていることです。
「そのようにしてシンガポール地域統括会社が稼得した利益を配当の形で日本本社に還流した場合でも、外国子会社配当益金不算入制度により、95%は非課税となる」
シンガポールの法人税率は日本の税率より13〜25%も低いので、日本本社の所得をシンガポールに送れば納税額が激減します。大きな税引き後利益が残るのです。それを配当として日本本社に還流すれば、たいした課税もされず、日本本社の税引き後利益が膨らむというわけです。
つまり、日本で生み出した所得に日本で課税されるのを避け、シンガポールに移転して納税後に日本に戻すという回り道をつくれば、巨額の税逃れを達成できるのです。
こうした操作が可能なのは、地域統括会社に経済的な合理性があると判断され、日本のタックスヘイブン(租税回避地)対策税制の適用除外とされているからです。もしも同税制を適用されれば、シンガポールでの所得は日本での所得と合算課税され、回り道は無意味になります。
実体のない会社
では、地域統括会社に本当に経済的合理性があるのか。大手銀行で地域統括会社への支援を担当してきたA氏の見方は否定的です。
「(税逃れ対策の進展で)実体のない会社には(実体のある場所の政府が)課税するということが国際的なコンセンサス(合意)になっています。その場所に会社を置く必要があるかという質問に答えられないとゴースト(幽霊会社)だということになります。利益を移転しているだけだということになる」
「統括会社の場合、海外ビジネスを統括するといっても、日本で同じことができないの? 海外じゃなきゃだめなの? ということが問われます。どこまで説明できるのか」
「(統括業務の)総務・人事・経理はホワイトカラーです。昔は決算書の作成も人がやっていたので大きな雇用になったけど、機械化が進んで人はほとんどいりません」
「アジアと日本とでは時差もたいしてない。それに日本で総務・人事・経理をやる人の方が優秀です。時給1000円であれだけ働くんですから。シンガポールの人は1000円では雇えません」
「だから税務当局からみると狙いどころになる。シンガポールに移して本当にコストが安くなったの? と聞いてくるでしょう」
アジアのグループ会社を統括する機能を日本からシンガポールに移す合理性や必然性は説明しにくい、という見解です。
(つづく)
( 2016年10月08日,「赤旗」)
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経済の迷宮/5/海外子会社の情報隠す
子会社の事業の実態はほとんど公表されません。株式を公開しなければ、投資家向け情報を記載した有価証券報告書を公表する義務も課されないため、多くの場合に売上高や収益は不明です。結果として、グループ会社から移転した利益の規模も分かりません。
海外子会社には親会社所在地国の課税権が及ばず、税務調査に入れないため、国家も資金の流れの全体像を把握できません。
多国籍企業が海外に置く子会社は、税逃れに役立つと同時に、それを覆い隠すベールとしても機能するのです。日本企業がシンガポールに置く地域統括会社の内実も闇の中です。
大規模な税逃れが行われているなら、シンガポールの子会社に利益が集中しているはずです。そこで本紙は、シンガポールに子会社を置く日本企業23社に、子会社の設置目的や事業内容、従業員数、経常利益などを尋ねる質問状を送りました。その際、節税について説明を求める意図を明確に示しました。対象は、2010年以降に地域統括機能を設置した事例(予定や組織改変を含む)として、ジェトロ・シンガポールの調査に記載された大企業です。
節税目的を否定
23社中7社は一切回答せず、回答を寄せたのは16社でした。うち3社(住友商事、東京ガス、メルコホールディングス)は、税制上の統括会社に該当しないと回答。12社は節税が目的ではないと説明しました。
ところが、節税目的を否定した12社のうち、地域統括会社の経常利益と従業員数を明らかにしたのはわずか2社でした。第一生命保険(2200万円、従業員35人)とパナホーム(0円、同4人)です。
経常利益は「非公表」と回答したのは、住友化学(従業員100人)、ニコン(同10人)、日本通運(同7273人)、三井化学(同80人)、三菱重工業(同200人規模)の5社。
旭硝子、サントリー食品インターナショナル、パナソニック、日立製作所の4社に至っては、従業員数も「非公表」と答えました。資生堂は従業員数と経常利益について「マネジメント会社のため算出不能」と説明しました。
「節税が目的ではない」と主張しつつ、節税効果が出ているか否かを表すような客観的な情報は隠し通す、という不透明な回答が多数を占めたのです。
一方、節税の意図を正面から認めたのが、精密機器や紙製品を製造する日清紡ホールディングスです。同社は11年に100%子会社「日清紡シンガポール」を設立しました。
本紙の質問に対し、設立目的は「アジア市場の成長を取り込み、当社グループ事業の深耕を加速させる」ことだと回答。シンガポールに置いた理由については、周辺地域へのアクセスや情報収集の容易さなどと並んで、「低い法人税率、地域統括会社への優遇など税制上の恩典が充実しているため」をあげました。
従業員は4人。計50億〜100億円の売り上げがあるグループ会社3社(2カ国に設置)を統括していると答えました。ただし、直近の経常利益は約1000万円の赤字になっていると説明しました。
情報公開が必要
今回の回答で子会社の経常利益を明らかにしたのは、さほど大きな利益の出ていない企業ばかりでした。
「多国籍企業は子会社の情報をすべて公開すべきです。とりわけ地域統括会社は多くのグループ会社を統括し、利益を集中するなど、重要な機能を果たす子会社です。情報を隠す裏には税逃れの意図があることを疑わざるを得ません」
本紙の質問と回答に目を通して指摘するのは、タックスヘイブン(租税回避地)に詳しい政治経済研究所の合田寛理事です。
「統括会社はタックスヘイブンに設置されていても、タックスヘイブン対策税制の適用除外になるという優遇措置を受けています。このことからも、情報の公開は必要です」
全質問に回答した企業(第一生命、日清紡ホールディングス、パナホーム)の存在は、情報公開が決して無理な課題ではないことを示すといいます。
(つづく)
( 2016年10月12日,「赤旗」)
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経済の迷宮/6/税逃れできる大企業
シンガポールに置いている子会社の実態を尋ねた本紙の質問状に対し、一切答えなかった企業は7社でした。
多くの会社統括
7社の子会社はどんな事業を行っているのか。調べてみると、アジア各国で実質的な事業を行う数多くのグループ会社を統括しているとみられる事例がほとんどでした。しかし従業員数や収支など、事業の実態と資金の流れを示す情報は見当たりませんでした。
キリンホールディングスは「東南アジア地域統括会社」として100%子会社キリンホールディングス・シンガポールを10年に設立しました。子会社が「統括」しているのは、ミャンマー、ベトナム、フィリピンでビールや清涼飲料水を製造・販売するグループ会社だとみられます。
持ち帰り弁当「ほっともっと」などを展開するプレナスは、15年に「フランチャイズ本部」機能を担う100%子会社プレナス・グローバルをシンガポールに設立しました。タイ、シンガポール、オーストラリア、台湾、中国、韓国での事業を「統括」しているとみられます。
三菱商事は13年、「金属資源トレーディング事業」の「本社機能」を持つ100%子会社ミツビシ・コーポレーション・RtM・インターナショナルをシンガポールに設立しました。日本の「本店を中心」に推進していた「事業戦略立案」の機能を移したと発表しています。
東芝は「アジア・太平洋地域統括会社」として100%子会社の東芝アジア・パシフィックをシンガポールに置いています。
統括機能を持つ子会社が「特定子会社」になっている事例も複数ありました。特定子会社とは、保有資産などが大きく、親会社の経営に重大な影響を及ぼす子会社のことです。
ヤマトホールディングスは14年にヤマトアジア株式会社をシンガポールに設立。「中間持株型の地域統括会社」で、特定子会社となっています。マレーシア、タイ、インドネシア、インド、ベトナムなどで運送業を展開するグループ会社を「統括」しているとみられます。
日清食品ホールディングスはシンガポールに特定子会社であるニッシン・フーズ・アジアを設置。インド、タイ、ベトナム、インドネシアなどで即席めんやカップめんを製造・販売するグループ会社を「統括」しているとみられます。
レンズ製造のHOYAはアジア・オセアニアの「地域本社」として特定子会社HOYAホールディングス・アジア・パシフィックをシンガポールに置いています。
「刺され」る例も
実際のところ、地域統括会社を使った節税は思惑通りいくのか。大手銀行のA氏は、日本企業の節税行為を目の当たりに見てきたと証言します。
「弁護士事務所とかコンサルタント会社はあおるんです。マネジメントフィー(業務管理料)が入ればいいだけだから。しかし何も考えずに(節税工作を)やってみると、国税(庁)に刺される」
実際に「刺されて」追徴課税を受けた例を「たくさん見た」といいます。一方で、うまくいく地域統括会社は多いのだとも。
「成功するのは規模の大きいところです。中小・中堅企業はメリットがないでしょうね。オフィスがあり、人を雇って、トータルコスト(総体的費用)に見合うメリットがないといけない。それなりの規模の会社には有効な手ではあります」
オフィスや従業員を置いて事業の実体をつくらなければ地域統括会社と認められず、日本での課税対象になります。コストをかけてなおメリットがあるのは、アジア・オセアニア各国のグループ会社から巨額の利益を移転できる会社だけだというわけです。移転する利益に応じて節税額も大きくなるからです。
シンガポールの地域統括会社に利益を集める税逃れ工作で成功しているのは、周辺各国に大規模な製造・販売拠点を置く大企業だということです。(つづく)
( 2016年10月13日,「赤旗」)
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経済の迷宮/7/監査法人が節税℃闊き
「税務部門の人たちが顧客の節税を手伝うサービスをしているのは以前から知っていたけど、近ごろの実情はあまりにひどすぎる」
著書『〈税金逃れ〉の衝撃』で「国家をむしばむ脱法者」を批判した深見公認会計士事務所の深見浩一郎代表はこう語ります。2001年に独立する以前、大手国内監査法人の監査部門で働いていました。大手都市銀行や外資系コンサルティング会社に勤めたこともありました。
「当時よく耳にしたのは、海外の税制を使って相続を有利にする方法ですね。海外に資産を持っていき、税金をあまり払わずに、より多くの資産を子どもたちに移転するというサービスです」
香港とオランダ
日本の監査法人も盛んにアドバイスを行っているといいます。
「同じ系列の会社の中に監査部門と税務部門があって、税務部門は節税のアドバイスをする。いくつも顔を持っているわけですよ。会社が違っても中身は一つですから、同じビルに入っていて内線電話でつながったりする。自分の監査のお客さんにはアドバイスできないけどね。自分の墓穴を掘るようなことになってしまうから」
相手企業が監査の顧客ではない場合に限り、監査で問題になりかねない際どい節税方法を手引きするというわけです。つまり、日本の富裕層や大企業も大々的に税逃れをしているのですか―。尋ねてみると即答でした。
「やっています、やっています。個人もそうだけど、法人もやりすぎです」
大手銀行で地域統括会社への支援を担当してきたA氏は、日本企業が海外の統括拠点にしているのはシンガポールだけではないと打ち明けます。
「アジアでは香港、ヨーロッパではオランダが多いですね。欧米企業はアイルランドを使います。でも日本企業はオランダとなじみが深い。オランダ大使館の勧誘が盛んだった経緯があるからです」
名前が挙がったのはどれもタックスヘイブン(租税回避地)として知られる国・地域です。こうした国・地域を経由した多国籍企業の税逃れの規模は、わずか20年ほどの間に大きく膨れ上がりました。国境をまたぐ投資のいびつな膨張が、動かぬ証拠です。
世界各国が国外から受け入れる対内直接投資の残高総額は、1995年から2014年までの20年間で35兆jも増え、13倍になりました。しかもこの間に直接投資の受入国・地域として急浮上したのは経済規模の小さなタックスヘイブンでした。(表)
95年時点では、対内直接投資の残高が大きいのは米・仏・英など経済規模の大きい国でした。ところが14年にはオランダが2位、ルクセンブルクが3位にランクイン。香港は6位、シンガポールは12位、アイルランドは13位に入りました。
GDP超す流入
これらの国・地域は製造・販売などの実質的な事業が行われる現場ではありません。現にルクセンブルクは名目国内総生産(GDP)の58倍もの直接投資を受け入れています。香港は6倍、オランダは5倍です。多くの場合、資金の通り道(導管)になるだけで、実際の事業は他国で営まれるのです。
資金が流入すると同時に流出している事実からも、そのことは明白です。国外に対して行われる対外直接投資の額も、ルクセンブルクでは名目GDPの68倍に達しています。香港とオランダでは6倍です。
これらの国・地域に共通するのは、法人に対する低税率や優遇税制です。利益を移転して他国での課税を逃れるための、多国籍企業の道具になっているのです。深見代表は強調します。
「自由な資本移動と一体化した税逃れの規模と巧妙さは想像の域を超えています。もはや国ごとにばらばらの対応をしていたのでは解決できません。国家の壁を乗り越えた規制の導入が必要です」
(つづく)
( 2016年10月14日,「赤旗」)
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経済の迷宮/8/富を移転する寄生装置
産業に乏しく他国の資金を吸い寄せて成長するタックスヘイブン(租税回避地)の生態は、宿主の養分を吸って生きる動物に例えられることがあります。
「タックスヘイブンの活動は、まったくもって寄生虫のようで、世界経済・国家システム双方を餌にしている」(ロナン・パランほか『タックスヘイブン』)
ただし、寄生虫と異なる複雑な構造も持ち合わせています。吸い寄せた資金の大半がタックスヘイブン自体を素通りして出ていく点です。寄生の装置を背後で操り、支払うべき税を逃れて、他国民および自国民から資金をかすめとる張本人は、主に先進国の多国籍企業と富裕層なのです。
税逃れに都合のよいタックスヘイブンの法制度自体、先進国の会計事務所や法律事務所が設計したものだといわれます。
「パナマ文書」に登場するペーパーカンパニー21万社の設立には、アーンスト&ヤングなどの巨大会計事務所や、ベーカー&マッケンジーなどの巨大法律事務所が関与。クレディ・スイスをはじめとするメガバンクも関わっていました。
「底辺への競争」
この人為的な寄生装置には周辺国を同化する作用もあります。
低税率の国・地域に資金を移転する多国籍企業は、資金呼び込みのために税率を引き下げる「底辺への競争」を巻き起こしてきました。タックスヘイブンは、他国の税率を下へ下へと引っ張る最底辺の重りの役割を果たしてきました。今や世界各国の法人税率がタックスヘイブンの水準に接近しつつあります。
税逃れや減税で多国籍企業の利益が増えると、波及的な恩恵を受けるのは誰か。
「富裕層を中心とする個人株主だと考えられます。額に汗して稼ぐ勤労所得ではなく、有産階級特有の金融資産から生じる不労所得が増えるのです」
深見公認会計士事務所の深見浩一郎代表は、そう指摘します。
大手銀行で多くの企業の税務戦略を目撃してきたA氏の見方も同じです。
「税率が20%と40%では最終的な利益が20%違うわけで、確かにこの違いは大きいです。しかし税負担を20%に下げて投資に回すといっても、どれだけ回るのか。今はマイナス金利ですから、本当に投資をするのなら借り入れてもいいはずです。個人のポケットに入ればいいということではないのか、と思ってしまいます」
企業に節税を迫る外国人投資家の言い分に本質が表れているとも話します。
「『日本企業は稼ぎが悪い』と、外資系の株主はいいます。『税金を払いすぎだ。株主に還元せずに、国に還元している』と」
税金の支払いを減らして、株主にもっと寄こせというわけです。
実際、企業の設備投資は低迷し、株主配当は急増しているのが日本の現状です。2016年3月期の上場企業の株主配当総額(予定)は前期と比べて10%も増え、8兆6300億円。3年連続で過去最高を更新しました。(時事通信集計)
例えば、シンガポールを使ってアジア各国と日本での課税を逃れる多国籍企業の利益は、富裕な株主の懐に転がり込んでいるのです。
負担構造の転換
一方、法人税収が減る国家は、国境から逃れられない貧困層や中間層に負担を転嫁しています。社会保障費を削り、消費税を増税する日本は典型的です。経済協力開発機構(OECD)租税委員会が1998年に公表した「有害な税の競争」報告書も、税逃れの害悪の一つに負担構造の転換をあげました。
「労働、財産および消費といった移動が難しい課税ベースに対して税負担が変換するという好ましくない状況を作り出す」
勤労者への所得税や保険料、国外に資金を移せない中間層への資産税、所得が低い人ほど負担率が重い消費税などに、負担の重点が移り変わるのです。
要するに、タックスヘイブンとは、世界中の貧困層と中間層に食いついて所得や資産を吸い上げ、こぞって富裕層に移転する、巨大な寄生装置なのです。(つづく)
( 2016年10月15日,「赤旗」)
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