断面

n  第18回東京フィルメックス/アジア映画の新たな力

n  難民描くカウリスマキ監督作品/心に他人のための場所を

n  「怖い絵」展/なぜ見入ってしまうのか

n  啄木の北海道漂泊=^自由の大地の「異文化体験」

n  賢治忌¢ス彩に/時代への感応、新鮮に迫る

n  日本ペン「戦争と文学・沖縄」/平和の島つくる言葉紡ぐ

第18回東京フィルメックス/アジア映画の新たな力

2017126

 「映画の未来へ」を掲げる国際映画祭「東京フィルメックス」。18回目を迎えた今年は1万2000人以上が参加し、11月26日、9日間の幕を閉じました。アジア映画の発掘・普及に尽力するこの映画祭らしくアジアの映画人の新たな力のこもった作品が楽しませました。
 開幕を飾った「相愛相親」は、香港や台湾で活躍する女優シルビア・チャンの監督・主演作。父の墓を田舎から移して、亡くなった母と一緒に埋葬しようとする女教師が、墓を守ってきた父の最初の妻に反対され、奔走する物語。普遍的な親子や夫婦の愛情問題を描きつつ、新しい世代の愛のありようも見つめます。
 閉幕作品は、イランの名匠アッバス・キアロスタミが最後に手掛けた「24フレーム」。監督は完成を見ずに昨年病没しました。静止した画面に精妙なデジタル技術が施されて鳥獣が跳ね、24の動く画像になります。じっくりと映し出される画面は観客の見入る力を要求し、映像技術の日進月歩の発展が感慨を誘います。
 国際映画祭の面白さは、一般公開前の新作をいち早く鑑賞し、海外映画人の息吹に触れ交流する貴重な機会が得られることにもあります。
 キルギスを代表するアクタン・アリム・クバト監督の、コンペティションに出品された「馬を放つ」の上映後の質疑では、馬は人間の翼である≠ニいった遊牧民族の興味深い伝説に由来するタイトルへの思いなどのやりとりが行われました。
 フィリピンの「暗きは夜」(コンペ作品)は、ドゥテルテ大統領の激しい麻薬撲滅策のもと、麻薬取引から抜け出そうともがく女性を主人公にした物語。警察も暗躍して泥沼状態となり、犯罪の連鎖をうむ痛ましい社会を告発します。アドルフォ・アリックスJr監督は、悲惨な状況のなかで変化を求める人たちを描きたかったと語りました。
 多様な方法で映画は世界と社会の窓であるとあらためて教えてくれた映画祭。コンペ初参加のインドネシアの30代の女性監督2人の作品にそれぞれ最優秀作品賞を贈り、若い力の活躍をたたえました。
 (児玉由紀恵)

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難民描くカウリスマキ監督作品/心に他人のための場所を

2017121

 フィンランドのアキ・カウリスマキ監督は日本でも人気の高い監督です。その最新作「希望のかなた」は、「ル・アーヴルの靴みがき」(2011年)に続く「難民3部作」の第2作。秋開催の「国連UNHCR難民映画祭2017」で初上映され、来日した主役のシェルワン・ハジさんが、作家の小野正嗣さんとトークショーに出演しました。
 ハジさんが演じたのは、シリアでの内戦を逃れてヘルシンキにたどりついた難民カーリド。故郷のシリアでは空爆で家族を奪われ、逃避行の途上で生き別れとなった妹を探し出したいと願っています。
 ヘルシンキの難民収容施設を脱し、極右に狙われたり試練にさらされますが、風変わりなレストラン店主との出会いで希望の光を見いだします。
 カーリドをはじめ、人物がたんたんと描かれつつユーモアがにじみ、難民に寄せる底流の思いがしみじみと感じられる作品です。
 小野さんは「主題は重いけど、見る人の心に隙間をつくってくれる、他人のための場所を心に持っている人の物語だと思います。それを笑いとともに考えさせてくれる、さすがカウリスマキ作品だと思った」と感想を語りました。
 ハジさん自身、シリア出身ですが、内戦ぼっ発より前の2010年、愛するフィンランド人の女性を追ってこの国に渡り、「私は愛の難民」と言います。カウリスマキ作品への出演の感想を小野さんに問われ、「日々苦しんでいる人がいて、その人たちと国際社会をとりもつ責任の重いことに挑戦するうれしさと恐怖がわきあがった」と答えました。
 「監督は、世界は変わらないかもしれないと語っています。しかしこの映画を見ると自分の中に変化が起こる。それを心の中で考えるスペースを持つ。それだけでも大きな変化です」と、映画の力を語る小野さん。
 ハジさんは、「世界でいろんな危機が起こっています。人道主義の精神を持ち続けるのが大事なことで、人間としての義務だと思っています」と語りました。
 日本の難民受け入れは、過去最多にのぼった2016年度で1万901人の申請者に対し、28人を認定したのみ。先進7カ国と韓国の中で最下位の認定率(難民支援協会)です。「観なかったことにできない映画祭」と銘打たれた難民映画祭。日本の現実をあらためて考えさせられます。
 (児玉由紀恵)

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「怖い絵」展/なぜ見入ってしまうのか

20171110

 東京・上野公園の上野の森美術館で12月17日まで、「怖い絵」展が開催されています。
 西洋文化史家の中野京子氏の著作『怖い絵』シリーズで紹介された絵も含む、16世紀から20世紀初頭にかけて描かれたさまざまな「恐怖」を主題とする西洋画約80点を、「神話と聖書」「異界と幻視」「現実」「歴史」など6分類で紹介しています。
 なかでも強烈な存在感を放っているのは、19世紀のフランスの画家ポール・ドラローシュの「レディ・ジェーン・グレイの処刑」(1833年)です。目隠しをされた少女が司祭に導かれ、おのを持った処刑人の前にひざまずかされようとしている瞬間を描いています。一目見て何か異常なことが進行していると予感させるこの絵は、欧州では割合よく知られた歴史的事件が題材です。
 イギリスの教会組織をカトリックから分離させ、イギリス国教会を成立させた英国王ヘンリー8世が、1547年に没し、幼くして王位を継いだエドワード6世も53年に病死。カトリック教徒のメアリ(ヘンリー8世の最年長の娘)が女王となることを恐れた有力貴族らが、メアリの異母妹でプロテスタントのジェーンを女王にかつぎあげようとしましたが、敗北。捕らえられたジェーンは54年2月に16歳で処刑されました。
 そんな歴史的背景が込められた絵には、人々のさまざまな思惑や期待を背負わされ歴史に翻弄されて人生を断ち切られた少女の、救いようのない悲劇性が伝わってきます。
 その後メアリ女王は58年に死去し、異母妹のエリザベスが即位します。彼女たちの父親ヘンリー8世が生涯に6度結婚し2人の妻を処刑した人物であることも想起すると、少女を拘束した何重もの理不尽の鎖が見えてくるようです。
 一見、何気ない風景画にも、「恐怖」が秘められていることがあります。荒れ地の廃城を描いたターナー「ドルバダーン城」(1800年)が中世ウェールズの王族を幽閉した城であることを知ると、その不気味さが鋭く伝わってきます。
 西洋画の鑑賞にはさまざまな角度がありうることを、「恐怖」を切り口にした本展は教えてくれます。それにしてもなぜ人々は、恐怖をかきたてる絵の前に長時間立ち尽くし見入ってしまうのか。そんなことも考えさせられます。
 (清水博)

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啄木の北海道漂泊=^自由の大地の「異文化体験」

2017113

 明治の青年詩人・石川啄木(1886〜1912)が故郷・岩手県渋民を離れ、生活のため北海道を漂泊≠オた11カ月余は、啄木文学にどんな変化をもたらしたか。その意味を探る研究会が北海道八雲町でおこなわれました(10月7、8日)。主催は国際啄木学会(会長・池田功明治大教授)。
 啄木が代用教員を勤めた故郷を石をもって追われるごとく@」別し函館に赴いたのは1907年(明治40年)5月。翌年4月まで小樽・札幌・釧路の新聞社に就職し暮らしを立てます。研究会のテーマは「啄木を育てた北海道―新聞・人・短歌」。
 記念講演で太田登・天理大名誉教授は、啄木の歌集『一握の砂』を「近代日本の『漂泊文学』の傑作だ」と評価。それは「北海道での『異文化体験』によって創生された」と話しました。「かなしきは小樽の町よ 歌うことなき 人人の声の荒さよ」と詠んだ啄木。風景、町並みや人との出会いを通じ、ロマン主義の啄木が自由の大地で「文学と生活」を見直しその後の創作のきっかけになったと指摘しました。
 パネル討論でも、「実生活に直接かかわる『北門新報』『釧路新聞』などの新聞記者の仕事が自分に向いていることを知り、文学で自活できない場合次善の職業として想定した」(若林敦さん)、「函館『ぼくしゅ社』同人や新聞人、女性との交友が、自分は何者か、どこに向かうか≠教え、(遠のいていた)文学へのつのる思いをたきつけることになった」(山下多恵子さん)、雑誌『明星』から啄木の心情を推察し「小説家への捨て身の努力が報われない苦悩を味わい尽くした時、その代償として自分の資質にあった短歌表現を獲得した」(歌人・松平盟子さん)などそれぞれが啄木の北海道体験を分析しました。
 研究発表で、P・A・ジョージ・ネール大教授は「『一握の砂』を吟味すると人間のすべての感情が詠まれている。作品に普遍性がある」と指摘しました。
 (澤田勝雄)

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賢治忌¢ス彩に/時代への感応、新鮮に迫る

20171023

 詩人・童話作家の宮沢賢治(1896〜1933)の命日(9月21日)に合わせた一連の催しが故郷の岩手県花巻市でおこなわれました。存命中、賢治がいつも心配していた稲穂は今年も黄金色に波打ち、刈り取り風景が目に入ります。
 「雨ニモマケズ」詩碑前広場での「賢治祭」(21日)では、地元小・中学生による合唱、詩の朗読、高校演劇部による賢治作品を題材にした演劇が披露されました。日も落ちかがり火がたかれる幻想的な会場では「星めぐりの歌」を合唱しイーハトーブの世界を体感しました。
 賢治記念館では、盛岡高等農林在学中に賢治が関わった文芸同人誌『アザリア』100周年記念展も開催。
 第27回賢治賞・イーハトーブ賞の贈呈式(22日、花巻市主催)。イーハトーブ賞を受けた歴史家の色川大吉さん(92)=山梨県北杜市在住=が記念講演し、自分の戦争体験と賢治作品との出合いを熱く語りました。海軍航空隊に入隊(1944年)する直前、「烏の北斗七星」を読んで心を打たれたと話し、「どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように…」の一節を引用。沖縄に特攻出撃した仲間もこれを手記につづったこと、「国家・国境・民族を超えた賢治のヒューマニズム精神」について自戒を込めて訴えました。
 研究発表会(23日、賢治学会主催)では、「ほんとうの神様論争―賢治の『神観』」や、詩「函館港春夜光景」を例にした「賢治と浅草オペラ」などの研究報告が大学院生からおこなわれました。日本が戦争に向かう時代の中でたえず鋭敏な感応体だった賢治の作品が、いま新鮮な驚異を与えており、若い世代にその精神が受け継がれていることを実感しました。
 (澤田勝雄)

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日本ペン「戦争と文学・沖縄」/平和の島つくる言葉紡ぐ

201781

 日本ペンクラブ(吉岡忍会長)主催のシンポジウム「戦争と文学・沖縄」が7月22日、東京・神保町で開かれ、80人が参加しました。日本ペンクラブ前会長で作家の浅田次郎氏、文芸評論家の川村湊氏、沖縄在住の詩人で作家の大城貞俊氏が、沖縄文学とは何かについて語り合いました。

地上戦体験
 大城氏は沖縄文学の特徴として、@県民の4分の1が亡くなるという苛酷な地上戦であった沖縄戦の体験を継承していくための作品化、A個々の生活を通して描かれる、戦後27年間に及ぶ米軍統治下の人権抑圧と現在も続く基地被害、B自らも日本政府の大東亜共栄圏という妄言に踊らされた戦争加害者ではなかったか、戦争の実態を正確に語っていないのではないかという厳しい自己凝視と反省に基づく作家の倫理的な姿勢、C薩摩の琉球王国侵攻、明治政府による琉球処分、米軍統治と本土復帰の歴史を踏まえた沖縄のアイデンティティーの模索、Dウチナーグチ(沖縄語)を日本文学に取り入れていく挑戦―の5点を指摘。「二度と戦争が起きないように、平和の島をつくるために言葉を紡ぐという決意が沖縄文学の原点です」と述べました。
 大城氏はまた、自身の『椎の川』『G米軍野戦病院跡辺り』をはじめとする作品が、「死者の土地における文学」と定義されていることを紹介。沖縄は沖縄戦の死者と共生している社会であり、死者の目をいつも私の目として状況と向き合っていると語りました。
 これを受けて、『現代沖縄文学作品選』を編集した川村氏が「沖縄文学には亡霊が出てくる作品が多い。死者の語りが重要なテーマになっている」と分析。
 さらにもう一つ沖縄文学の特徴を付け加えたいと、その国際性を挙げました。抑留されたシベリア、ハワイの捕虜収容所、かつて住んでいた台湾、インドネシア、フィリピン、移住したアメリカ、ラテンアメリカなど海外を舞台にした作品群が沖縄文学の中で一つの領域をなしており、日本を相対化する広がりを持っているといいます。

現代に警告
 『終わらざる夏』『帰郷』など反戦文学を書き続けている浅田氏が、沖縄戦がいかに非倫理的な戦争だったかに言及し、現代が戦前の危険な、ある時期に近づいていると警告し、次のように述べました。
 「かつて国防上の措置と言っては派兵し、居留民保護が最大の出兵理由だったんです。そういう言葉にだまされてはいけない。つい先日も、国連会議で核兵器禁止条約が採択されたのに、唯一の被爆国である日本政府がアメリカの核の傘の下にあるからと言って、これをボイコットした。国辱であり、非倫理そのものです」
 そして、今こそ、沖縄の体験を通じて倫理的に考えていくことが必要だと結びました。
 (平川由美)

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