☆【第一部】
(6)横浜国立大学名誉教授 萩原伸次郎さん 条約を盾に富を収奪
(9)元イタリア空軍参謀長・NATO第5戦術空軍司令官 レオナルド・トリカリコ氏に聞く
(3)日米演習 18年度のべ1247日 安保法制の具体化加速
(4)「核基地」化強める横須賀 原子力艦入港1000回 偽りと欺瞞の歩み
(5)馬毛島「米軍基地化」ノー 買収前から基本設計 広がる怒り
☆【第三部】
(10)米軍こそ「安保ただ乗り」 軍事ジャーナリスト 前田哲男さんに聞く
2020年1月6日
1978年、初めて策定された日米軍事協力の指針(ガイドライン)を契機とした日米共同作戦計画をめぐり、当時のカーター米政権は自衛隊の軍事分担を大幅に拡大し、在沖縄海兵隊を「日本防衛」から除外する方針を決定していたことが分かりました。米国防総省が2017年に公表した歴史書(1977〜81年版)などに経緯が記されています。
「抑止力」根拠なし
政府は、沖縄県での海兵隊駐留は「日米同盟の実効性を確実にし、抑止力を高める」と説明し、同県名護市辺野古の新基地建設を強行していますが、もともと沖縄の海兵隊は地球規模の“殴りこみ”部隊であり、日本の平和や安定とは無関係です。海兵隊の「日本防衛」からの除外方針の決定は、その裏付けとなる重要な事実であり、辺野古新基地建設に何の大義もないことが浮き彫りになりました。
歴史書によれば、日米両政府は「日本有事」と朝鮮有事での対応に関する「緊急事態対処計画5098」の作成に着手。米軍の最高機関である統合参謀本部は在沖縄海兵隊を「日本防衛」に割り当てるよう要求しました。
これに対してブラウン国防長官は80年5月、「大統領が承認するとは思えない」と強調。「日本に自国防衛での支配的な役割を果たさせる」ために、「(米本土から)陸軍2個師団を日本防衛に割り当てるが、海兵隊は韓国への増強のために(日本防衛には)使わないでおく」との考えを示し、統合参謀本部も同意しました。米太平洋軍コマンド・ヒストリー80年版によれば、計画は81年2月に承認され、「防衛計画5098」となりました。
また、ブラウン長官は「自衛隊の役割を拡大することで、以前は日本防衛に専念していた米軍をどこにでも、とりわけインド洋やペルシャ湾への展開のために自由に使える」と主張。カーター政権は79年のイラン革命など中東情勢に対処するため、米軍の即応展開能力の強化を掲げ、海兵隊はその重要な柱とされていました。
ワインバーガー国防長官は82年4月、米上院歳出委員会に提出した書面で、「沖縄の海兵隊は、日本の防衛には充てられていない。それは米第7艦隊の即応海兵隊であり、同艦隊の通常作戦区域である西太平洋、インド洋のどの場所にも配備される」と証言。在沖縄海兵隊は88年、現在の「第3海兵遠征軍」に改組し、海外への侵攻能力を飛躍的に強化しました。90〜91年の湾岸危機・湾岸戦争では8000人が中東に投入され、2004年にはイラク・ファルージャの最前線で2度にわたり凄惨(せいさん)な「対テロ」戦争を繰り広げ、6000人とも言われる住民虐殺に加担しました。
在日米軍は日本を守るか
「対米従属国家・日本」の根幹にある日米安保条約は19日、改定から60年を迎えます。戦後75年たった今なお、日本には78もの米軍専用基地がおかれ、その面積の7割が集中する沖縄県では、世界でも類のない過剰な基地負担を強いられています。
基地内は治外法権で、米軍機が昼夜関係なく爆音とともに自由勝手に飛び回り、国民生活は後回しで莫大(ばくだい)な「思いやり予算」を負担させられる…。そうした植民地的な状態を正当化する最大の口実は、「米軍は日本を守るための抑止力だ」―“だから我慢しろ”というものです。
しかし、本当にそうなのか。そもそも、1951年9月に最初の安保条約が結ばれたのは、(1)ソ連や中国を念頭に、日本全土を米本土の「防衛ライン」とするため(2)50年6月に開戦した朝鮮戦争への出撃拠点として、日本全土を基地にするため―であることが、米側の解禁文書に繰り返し明記されています。
実際、旧安保条約では「日本国内及びその附近に(米軍を)配備する権利を、日本国は、許与」(第1条)するとあるだけで、米国の「日本防衛」義務は明確に除外されています。
ベトナム侵略の拠点
これに対して、60年の安保改定では(1)「日本や極東」の平和と安定のため、第6条に基づいて日本は米軍に基地を提供する(2)米軍は第5条に基づき、日本に対する武力攻撃で共同対処することで「対日防衛義務」を負うようになった―と、日本政府は説明します。しかし、米側の見解は全く異なります。
「日本防衛の第一義的な責任は完全に日本側にある。われわれは地上にも空にも、日本の直接的な非核防衛に関する部隊は持っていない。今やそれは、完全に日本の責任である」
70年1月26日、米上院外交委員会の秘密会(サイミントン委員会)で、ジョンソン国務次官はこう断言しました。さらに、日本の基地は「韓国、台湾への関与、東南アジアへの後方支援のためである」と述べています。
ここで言う「東南アジア」が、50年代以降のベトナム侵略戦争を指すことは明らかです。国際問題研究者の新原昭治氏は「フランスがディエンビエンフーでベトミン(ベトナム独立同盟)に敗れ、米国が前面に出始めた54年を前後して、日本や沖縄がベトナムへの攻撃拠点になっていった」と指摘。具体例として、(1)54年から沖縄への核配備が始まり、ベトナムへの核攻撃準備が行われてきた(2)ベトナム作戦のための軍事空輸を中心任務として、50年代半ばから立川基地(東京都)の滑走路拡張が始まった―などをあげます。
60年代半ばから、米軍は日本や沖縄を経由して出撃を繰り返します。在日米軍基地なしに、米軍はベトナム戦争を遂行できなかったのが実態です。
中東への出撃にも
75年のベトナム戦争終結後、在日米軍は太平洋から中東までを視野に入れた侵略能力の強化に突き進み、「日本防衛」とはますます無縁になっています。
在日米軍の兵力は5万5254人(2019年9月現在、米国防総省の統計)。このうち、最大勢力が海軍の2万392人で、次いで海兵隊が1万9607人。いずれも主力部隊(空母打撃群、第31海兵遠征隊など)は1年の半分をインド太平洋地域への定期遠征にあてており、残る半年は整備・休養や次の遠征に向けた訓練に費やしています。
一方、日本への武力攻撃で「防衛」の要となる陸軍はわずか2626人で、戦闘部隊は一兵も存在しません。
空軍は1万2602人いますが、1959年9月の「松前・バーンズ協定」でレーダーサイトや防空指揮所を日本に移管。米軍ではなく自衛隊が「防空」を担うことが公式に確認されています。
91年の湾岸戦争や2000年代のイラク・アフガニスタンへの先制攻撃戦争では、在日米軍の多くが動員されています。イラク戦争開戦の一撃を放ったのは、横須賀基地のイージス艦でした。在日米軍基地は文字通り、地球規模の出撃拠点として機能しています。さらに、現在は米国の対中戦略の足場にもなっています。
わけても、「海兵隊=抑止力」論への疑問は絶えません。95年に沖縄のキャンプ瑞慶覧に駐在していた元米海兵隊員のマイケル・ヘインズさん(VFP=退役軍人平和会メンバー)は、こう証言します。「『日本を守る』ことが、われわれが沖縄にいる正当性だと教えられました。しかし、実際は日本防衛の訓練をしたことはなく、遠征部隊としての強襲上陸・攻撃任務に特化したものでした」
2003年、イラク戦争に従事し、「テロ掃討」と称して毎日、民家を襲撃したといいます。「今も泣き叫ぶ女の子の声が耳を離れない。自分こそがテロリストでした」
ヘインズさんは断言します。「もし日本への攻撃が起こるとすれば、それは米軍がいるからです。膨大な基地は沖縄を安全にするのではなく、標的にします。海兵隊は米国の利益のために存在しており、日本や沖縄の防衛に不必要です」
新しい「国のかたち」を
米国は本当に日本を「守る」のか―。
「『条約などに書かれた約束というのは、実際の状況に適用される場合にはいくらでも解釈の仕方を変えることが可能だ』―1940年代の地政学者ニコラス・スパイクマンの言葉が、その答えです」。NPО法人・国際地政学研究所の林吉永事務局長(元航空自衛官・空将補)はこう指摘します。
「安保条約5条の解釈は、日米それぞれの都合のいいように解釈できる。少なくとも、人のいない尖閣問題で犠牲を払ってまで米軍が動くはずはない」
林氏は、米軍と自衛隊との「データリンク」(連接)が、「1980年代、憲法違反の集団的自衛権の行使につながる」と批判されていたものの、国会での俎上(そじょう)に載らず、なし崩し的に進められてきた政策経緯や、制服レベルでいったん国産化が決定した次期支援戦闘機F2が米国の要求に沿って日米共同開発となった政策に「日本の防衛・安全保障政策の変革」を見てきました。「米国にとって、日本は要求したことをすべてのんでくれる国。日米安保は米国にとってきわめて都合のいい条約になった」と実感しています。
「自分の国は自分で守るのは当然。しかし、軍事大国化が日本の歩むべき道なのか」。林氏は欧州の中立国家、わけても国民ぐるみで専守防衛を貫徹したオーストリアをモデルに、米ロや米中の間を取り持つような政治力・外交力を持った「ミドル・パワー」になることが、これからの日本の「国のかたち」だと訴えます。
◇
安倍政権の下で進行する、異常な「アメリカ言いなり」政治。その根源にある日米安保条約とは何なのか。シリーズで検証します。
【第一部】
2020年1月9日
対米従属国家・日本。その大本にある日米安保条約の源流は1952年4月28日、日本の「独立」が承認された対日平和条約(サンフランシスコ講和条約)と同時に発効した旧安保条約です。なぜ、安保条約がつくられたのか。その目的は、日本の「独立」後も占領軍=米軍の駐留を継続させるためでした。条約の作成や交渉過程でも、米軍の意見が最優先されてきました。
45年8月、日本は第2次世界大戦での無条件降伏を勧告したポツダム宣言を受諾し、米軍を中心とした占領軍の支配下に置かれます。同宣言では、日本に「責任ある政府」が樹立されたら、占領軍は「直ちに撤退する」と明記されています。
しかし、米軍を統括する米統合参謀本部(JCS)は49年6月9日付の報告書で、ソ連を念頭に、西太平洋における「島嶼(とうしょ)チェーン」を維持するため日本における基地の継続使用を主張。ジョンソン国防長官は「対日講和は時期尚早」だとして、占領の継続を訴えていました。
最終的に、米政府は50年9月8日、対日平和条約と一体で、日本との2国間協定(安保条約)を結び、米軍を維持する方針を決定。ポツダム宣言を公然と踏みにじるものでした。
しかも、「必要な限り、(日本の)いかなる場所でも米軍を維持する」=いわゆる「全土基地方式」を採用。これが、日本が今なお、世界でも類を見ない「米軍基地国家」にされている元凶です。
また、沖縄を日本本土から切り離し、軍事支配を継続する方針も確認されています。
安保条約の草案は同年10月末、米陸軍省のマグルーダー少将を代表とする作業班が作成。前文で「日本全土が防衛作戦のための潜在区域とみなされる」と明記し、「全土基地方式」を定式化します。
最終的には、安保条約第1条に「アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国内及びその附近に配備する権利を、日本国は、許与」すると明記されました。条文はわずか5条。第1条以外は形式的な条項にすぎず、米軍の駐留継続以外の内容は一切ありません。
51年1月、ダレス・米大統領特別顧問が来日。条約を吉田茂首相ただ一人に通知し、合意させました。条約が署名された同年9月8日まで、ほかの日本人は一切、内容を知らされず、講和会議が行われていたサンフランシスコで署名したのも吉田氏ただ一人でした。事実上、日本の占領を継続する安保条約が、闇の交渉で押し付けられたのです。
安保条約以上に屈辱的なのが、日米地位協定の源流である日米行政協定です。同協定は旧安保条約3条に基づくもので、米軍や軍属、その家族に、日本の国内法を上回る特権を与えています。これについてもJCSが、米軍関係者の犯罪で、米側が全面的な裁判権を有するなど、いっそうの権限拡大を要求。これが米側の案として採用され、52年1月29日から日本側との正式な交渉が始まりました。
刑事裁判権をめぐっては、NATO(北大西洋条約機構)では「公務中」「公務外」で裁判権を分割することになっていたことから、日本側も「せめてNATO並みにしてほしい」と要請しました。これに対してJCSは、NATO協定がまだ批准されていないことから、「日本は米軍に対して、欧州各国より強い力を得る」として反対。日本側の要望は却下されました。
結局、行政協定はわずか1カ月後の2月28日に締結され、4月28日に発効しました。
超短期間の交渉はほぼ、刑事裁判権や「有事」における米軍の指揮権をめぐる問題に終始。米軍による基地の治外法権的な管理権や空域の独占使用などの問題は議論された形跡がなく、これらは現在の日米地位協定にそのまま引き継がれ、米軍機の騒音や事故、環境汚染など、深刻な被害をもたらす元凶になっています。
当時のラヴェット国防長官は、「極東軍(現在の在日米軍)司令官は、緊急事態の作戦任務を遂行するために十分な権限を持つべきだ」と述べ、米軍司令官が占領軍さながらの権限を持つことを当然視しました。当時、若手代議士だった中曽根康弘氏(のちの首相)も、「要するに、この協定は日本を植民地化するものですナ」ともらしたことが、日本外交文書に記されています。
各国の地位協定に詳しい東京外国語大学大学院の伊勢崎賢治教授は、「日米地位協定がひどいのは、元をたどれば占領下でつくられたから。日本はいまだ米国の占領下にある」と指摘。「かつては不利な地位協定を受け入れていた他の同盟国も、冷戦崩壊後、米国との対等な関係を求めるようになり、相次いで地位協定が改定されました。流れが変わった以上、日米地位協定の改定は当然です」と訴えます。
2020年1月11日
1951年9月に結ばれた旧安保条約の下、日本全国に2000を超える米軍基地がおかれ、さらに拡張されようとしていました。これに対して、内灘闘争(石川県)や砂川闘争(東京都)など、住民の基地闘争が全国に広がります。
さらに、群馬県・相馬が原演習場で米兵が主婦を射殺した「ジラード事件」(57年1月)では、加害米兵が懲役3年・執行猶予4年の判決で帰国。日米関係の不平等性に国民の怒りが爆発しました。
米政府は危機感を募らせます。ナッシュ米大統領補佐官が57年12月にまとめた「米国の海外基地に関する報告書」(ナッシュ・リポート)は、「われわれの海外基地システムは、あるところでは摩擦と反発を呼び起こしている」と指摘。「不平等感を緩和するための…最も重要な措置は、安保条約の改定である」と提言しました。
一方、57年2月に就任した岸信介首相も「対等な日米関係」を喧伝(けんでん)し、「安保改定」を主張。60年1月19日、改定安保条約と日米地位協定が締結され、今日に至ります。
しかし、日米両政府が手掛けた安保改定は欺瞞(ぎまん)に満ちたものでした。
安保改定の最重要課題は、米軍による核兵器の持ち込みでした。53年10月、核兵器を搭載した米空母オリスカニが横須賀基地(神奈川県)に寄港して以来、核持ち込みが始まりましたが、54年3月のマグロ漁船被ばく=ビキニ事件を契機に反核平和運動が高揚し、米軍にとって容易ならざる状況に。前出の「ナッシュ・リポート」は、日本の反核世論を「精神病的」と罵倒するほど、いら立ちを募らせていました。
岸氏は国会で「自衛隊を核兵器で武装しない、日本にこれを持ち込むことは認めない」(58年6月17日、衆院本会議)と表明していました。ところが、米国防総省の「歴史書」56〜60年版によれば、58年7月、マッカーサー駐日米大使との密議で、「法的には、米国はいかなる兵器も日本に持ち込むことができる」と述べ、そのための方策を探りあっていたのです。まさに二枚舌です。
(1面のつづき)
岸氏が「日米対等」の担保として言及していたのが、「事前協議」制度でした。これにより、日本の意図に反した核持ち込みや、米軍の海外での戦闘に巻き込まれることを防ぐというものです。
1960年1月19日、改定安保条約とともに交わされた「岸・ハーター交換公文」で、在日米軍が(1)「装備の重要な変更」(2)日本の施政権外で「戦闘作戦行動」を行う場合、日米が「事前協議」を行うことが確認されました。しかし、そこには二重の欺瞞(ぎまん)が存在します。
そもそも、「岸・ハーター交換公文」には、「装備の重要な変更」の具体的な内容が記されていません。その裏で、日米両政府は(1)核兵器を搭載した艦船・航空機の寄港・飛来(エントリー)(2)米軍の日本からの移動―は「事前協議」の対象外にするとの密約(討論記録)を交わしていました。米軍はこれまで通り、核搭載艦船の寄港や、「移動」と称すれば日本から出動した米軍部隊が海外のどこでも戦闘作戦行動が可能になったのです。
もう一つは、「事前協議」そのものの虚構性です。外務省は、(1)核弾頭および中・長距離ミサイル(2)陸上部隊・空軍の1個師団、海軍の1機動部隊―が「装備の重要な変更」にあたるとしています。これに従えば、日本への空母の配備などは「事前協議」の対象になるはずです。しかし、日本政府はこれまで事前協議を一度も提起していません。
前出の米国防総省歴史書は、事前協議で「日本の事前『承認』は求められていない」「米国は、米軍の行動に関するいかなる拒否権も日本側に与えることを避けた」と総括しています。結局、安保改定でも米軍は行動の自由を全面的に確保しました。「事前協議」は「対等な日米関係」を装うための虚構にすぎなかったのです。
安保改定に伴い、核密約以外にも、「朝鮮半島への出撃」「基地の排他的管理権」など数多くの密約が結ばれ、旧安保条約下の軍事特権はほぼ維持されました。さらに、52年に締結された日米行政協定に基づく米軍の特権も、ほとんどが日米地位協定に引き継がれました。
加えて重大なのが、日米地位協定に関する「合意議事録」です。ここでは、条文ごとに詳細な解釈を示しています。例えば、刑事裁判権に関する地位協定17条について、米軍機の事故が発生した場合、米側が同意しない限り、日本の当局は米軍財産の捜索、差し押さえ、検証ができないことを定めるなどが盛り込まれています。この合意議事録は比較的最近まで非公表とされ、事実上の密約扱いでした。地位協定改定とともに、合意議事録の不当性を検証する必要があります。
2020年1月14日
日米安保条約の条文は、わずか10条しかありません。しかし、条約の下に、日本の国内法を上回る米軍の特権を定めた日米地位協定や合意議事録、米軍「思いやり予算」特別協定、さらに地位協定に基づく膨大な国内法、加えて「核密約」などの密約が連なり、「安保法体系」を形成。日本国憲法を頂点とした法体系との深刻な矛盾を生み出しています。
その中でも中核部分といえるのが、国内に米軍基地を置く根拠になっている第6条です。
1951年9月に署名された旧安保条約は、日本の「独立」後も占領軍=米軍の駐留を維持する「権利」を定めたものです。その内容を直接、引き継いだのが第6条です。
旧安保条約と共通するのは「全土基地方式」です。第6条は、米軍が「日本国において施設及び区域を使用することを許される」と定め、地理的な制約を設けていません。外務省が1973年4月に作成した機密文書「日米地位協定の考え方」には、「米側は、わが国の施政下であればどこにでも施設・区域の提供を求める権利が認められている」と明記されています。
こうした「全土基地方式」は世界でも例のない異常なもので、米国の多くの同盟国では、条約に基づく協定などで基地を置く区域を定めています。
また、日米安保条約のモデルにもなった欧州の北大西洋条約や米フィリピン相互防衛条約には、そもそも米国への基地提供に関する条項がありません。この点をとっても、日米安保が「基地条約」という特異な条約であることが分かります。
第6条の下で、日本には78の米軍専用基地、自衛隊が管理する日米共同使用基地を含めれば131の米軍施設が存在します(2019年3月31日時点)。全国各地で米軍機の墜落や部品落下、騒音被害、米兵犯罪などが相次いでおり、住民の安全や権利が脅かされています。
米国防総省資料によると、海外に駐留する米兵約17・4万人のうち、最も多いのが日本の5万5245人で、在外兵力の3割以上を占めています(19年9月30日現在)。在日米軍のマルティネス前司令官は「軍人5万4000人、軍属8000人、扶養家族4万2000人で、総計10万4000人」と説明しています(19年1月の記者会見)。このうち5割以上が沖縄に集中しているとみられます。
また、米国防総省の「基地構造報告」18年版によると、米国の海外基地514のうち、121基地が日本に存在します。陸海空軍・海兵隊の米4軍すべての基地がそろっているのは日本だけ。基地の「資産評価額」は日本が約982億ドルで、2位ドイツの約449億ドルの2倍以上です。
この上、日本政府は2兆5500億円とも言われる巨額を投じて、沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設を強行しようとしています。まさに、世界に例のない異常な米軍基地国家です。
旧安保と異なっているのは、米軍が「日本国の安全に寄与する」点が加わったことですが、同時に、60年の安保改定に関する国会議論では、旧安保条約から引き継がれた「極東条項」が大問題になりました。
米側が極東条項を求めたのは、朝鮮半島や台湾など「西太平洋地域」に在日米軍や自衛隊を出撃させ、東アジア地域における米国防衛の前線とするためでした。
国内では、米軍が引き起こす戦争に日本が巻き込まれるのではないかとの世論が高まりました。後に首相となる中曽根康弘衆院議員でさえ、「(極東条項で)むこうの紛争が渡り廊下を通って日本へ入ってくる危険性がないとはいえない」と危惧しました。
当時の岸政権は「極東」の範囲を「フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域」(衆院予算委員会、60年2月)と説明し、事態収拾を図ろうとしました。しかし、政府は「地理的に正確に確定されたものではない」として、あいまいさは最後まで消えませんでした。
60年代半ば以降、米軍はベトナム・イラク・アフガニスタンなど地球規模に派兵。「極東」の枠組みすら逸脱し、米軍は自国の戦争のために基地を自由に使用しています。
第6条に基づく日米地位協定は、米軍基地や米軍関係者に日本の法律を逸脱した権利を認めています。例えば、国内で米兵や軍属が犯罪を起こしても、米側が「公務中」とみなせば第一次裁判権は米側が有し、日本側は裁けません。
日米地位協定に基づいて膨大な国内法も整備されています。例えば、航空法特例法によって「最低安全高度」を定めた航空法81条の適用を米軍は免除されています。こうした特権ぶりを変えようと、日本全国で地位協定改定を求める自治体決議が相次いでいます。
2020年1月20日
「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に対して、「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」。こう規定した日米安保条約第5条は、日本が攻撃を受けた場合、米軍が自衛隊とともに反撃するという定説の根拠になっています。
外務省は第5条について、「米国の対日防衛義務を定めており、安保条約の中核的な規定である」と解説していますが、本当に日本を「防衛」するのか。
村田良平元外務事務次官は、「米国の日本防衛義務は、条約の主眼ではない」(『村田良平回想録』)と述べ、外務省の解釈と真っ向から反する見解を示しています。
さらに、▼「『日本の防衛は日米安保により米国が担っている』と考える日本人が今なお存在する」が、「在日米軍基地は日本防衛のためにあるのではなく、米国中心の世界秩序(平和)の維持存続のためにある」(冨澤暉・陸自元幕僚長 安全保障懇話会会誌、2009年7月)▼「誤解を恐れずに言うと、在日米軍はもう日本を守っていない」(久間章生元防衛相、『安保戦略改造論』)―といった見解が公然と出されています。
そもそも、第5条には文言上、米軍の「義務」は何ら明示されていません。米軍は安保条約・日米地位協定に基づいて作戦行動の自由を全面的に確保されており、日本を足掛かりに、地球規模の出撃を繰り返していることを、外交・軍事の当事者は熟知しているのです。日本が米軍に作戦上の「義務」を課すことは不可能です。
海兵隊など米軍に深い人脈を持つ軍事社会学者の北村淳氏は、こう解説します。
まず、「『自国の憲法上の規定及び手続に従って』という文言には、合衆国憲法に規定されることがうたわれています。対日軍事支援は政府や軍の意向だけで決定されず、最終的には連邦議会が決定するのです」。実際、合衆国憲法1条8節11項に、連邦議会の「宣戦布告権」が規定されています。
その上で、「中国による尖閣諸島や宮古島占領といった事態での本格的な軍事介入は米中戦争勃発につながるもので、議会がゴーサインを出す可能性は限りなくゼロに近い」と言います。
さらに、北村氏はこう指摘します。「『自衛隊は盾(後方支援)、米軍は矛(打撃力)』という役割分担が定着しており、多くの国民は『万が一の場合は世界最強の米軍が守ってくれる』と考えているが、軍事常識からいえば、第5条にある『日米共通の危険に対処する行動』には、偵察情報の提供、武器弾薬燃料の補給、軍事顧問団による作戦指導、その他多くの『戦闘以外の軍事的支援活動』が含まれています。かりに米国が日本に援軍を派遣して外敵と交戦することを『防衛義務』というならば、安保条約は米国に『義務』を課しているとはいえない」
安保条約第5条は、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」が発生した場合、日米が共同行動をとるとしています。他方、北大西洋条約など、米国の他の条約では、当事国および米国のいずれも「共同行動」の適用範囲に含んでいます。他の軍事同盟は国連憲章第51条に基づく集団的自衛権の行使を前提としていますが、日本は憲法の制約上、集団的自衛権の全面的な行使ができないため、こうした規定になっています。
このため、日米安保は「片務的」「ただ乗り」との批判が米側から繰り返されてきました。その代表例が、トランプ米大統領です。
「(日米安保は)不公平だ」「日本が攻められたときに米国はたたかわなければならない。しかし、米国が攻められたときに日本はたたかわなくてもいい。だから変えなくてはいけない」(2019年6月29日、大阪市での記者会見)
トランプ氏はそれ以前にも同様の発言を繰り返しており、「日米安保条約の破棄」まで言及しました。もちろん、同氏の真意は別のところにあります。「安保破棄、米軍撤退」で日本をどう喝し、米軍駐留経費のさらなる増額や米国製武器の大量購入、憲法9条改悪による自衛隊の役割分担の拡大などをのませることです。
実際、一連の発言を前後して、米メディアでは「米軍駐留経費総額の1・5倍」「思いやり予算の4〜5倍化」といった、とてつもない負担要求が相次いで報じられました。
そもそも、日米安保体制は米国にとって「不公平」どころか、(1)資産評価額で世界一の高価な米軍基地(2)他の同盟国と比べて突出した駐留経費負担(3)米植民地的な特権が付与された日米地位協定―など、世界で最も米軍に有利なものです。また、朝鮮戦争やベトナム戦争、対ソ「冷戦」などは、いずれも日本なしには実行できませんでした。在日米軍基地は、米国の軍事戦略上、身銭を切ってでも手放したくない最重要拠点なのです。
在日米軍は「日本防衛」とは無縁の、地球規模の遠征部隊です。しかし、日本政府は安保条約5条で米国の「対日防衛義務」が発生していると信じ、しかも、「米本土防衛」ができないという“負い目”があります。トランプ政権はまさに、そこを突いて日本政府をゆすり、たかろうとしているのです。
安保条約5条の本質は、米国の「対日防衛義務」ではありません。米軍と自衛隊の従属関係を深める日米共同作戦態勢=米軍とともに「戦争する国」づくりの深化にあります。
1960年の安保改定以降、日本の軍事費は急増し、自衛隊の強化と日米共同訓練の深化が進みます。78年、初めて策定された日米軍事協力の指針(ガイドライン)で、日本への武力攻撃が発生した際の役割分担に、朝鮮半島や台湾といった「極東有事」での共同作戦の研究が盛り込まれました。97年の改定では、地理的な限定のない「周辺事態」で自衛隊が米軍の支援を行う仕組みがつくられ、実質的な安保条約の大改定となりました。
この間、日本は米国のベトナム戦争やアフガニスタン、イラク戦争の出撃基地となり、自衛隊もインド洋やイラク派兵で米国の戦争に加担。「地球規模の同盟」となりました。
さらに、2015年の新ガイドライン策定と安保法制の成立で、集団的自衛権の“限定的”行使など、あらゆる事態で「切れ目なく」米軍を支援し、世界中で米国の起こす戦争に自衛隊が参戦する道がつくられました。地球全体から、宇宙・サイバー・電磁波といった新領域にまで“戦場”を拡大しています。
1970年代から90年代まで現場で安保の現場にいた林吉永・元航空自衛隊空将補は、憲法と自衛隊との両立に腐心してきたものの、ことごとく踏みにじられ、「まさになし崩しの連続だった」と振り返っています。
2020年1月22日
「日米同盟強化」を掲げる安倍政権のもと、際限のない膨張が続く日本の軍事費。その根源には、軍拡を義務付けた日米安保条約第3条があります。
第3条は「締約国は、個別的に及び相互に協力して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助により、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる」と規定しています。外務省は、日本からみれば「自らの防衛能力の整備に努める」ことを定めたと解説しています。
その背景にあるのが、1948年、米上院で可決された「バンデンバーグ決議」です。ここでは米国が他国と安全保障協定を結ぶ際、「継続的かつ効果的な自助と相互援助を基礎」とする―すなわち、相手国が自衛力を増強し、米国にも協力することを軍事同盟の条件にしたのです。トランプ米大統領が日本や韓国などに軍事費の大幅増額を要求し、応じなければ「同盟を破棄する」と“脅して”いるのが、その典型的な表れです。
54年7月の自衛隊創設に先立つ同年3月、日米両政府は、米国が武器供与などの軍事援助を行う日米相互防衛援助協定(MSA)に署名しました。同協定は、日本が「自国の防衛のため漸増的に自ら負担を負う」と明記し、日本の軍拡が初めて義務化されました。
57年6月には、当時は本土に配備されていた米海兵隊の沖縄移転をはじめ、米地上戦闘部隊の撤退と引き換えに、最初の軍拡計画である「第1次防衛力整備計画」(1次防)が策定されます。海兵隊移転は、沖縄に負担を強いるのみならず、日本国民全体に負担を強いたのです。
さらに、60年の安保改定で前出の3条が加わり、警察予備隊を創設した50年度に1310億円だった軍事費が急増。米国は日本に、GNP(国民総生産)比で他の同盟国より負担が少ないと圧力をかけ続け、90年代には米国に次ぐ世界第2位にまで膨張しました。
中国、インドなどの軍拡で現在の順位は下がっているものの、日本は依然として世界有数の軍事大国です。世界137カ国の軍事力を分析している米国の調査機関「グローバル・ファイヤーパワー」によると、2019年の軍事力ランキングで、米国、ロシア、中国、インド、フランスに次ぐ第6位になっています。
米国による日本への軍拡圧力について、外務省の調査企画部長や情報調査局長を務めた故・岡崎久彦氏は「アメリカの要請で防衛力増強をやってきたということは否定し得べからざる事実でございます」(『情報・戦略論ノートpart2』1988年防衛トップセミナー講演録加筆)と認めています。
1980年代の中曽根政権以降、米国の要求に基づく軍拡と国民生活との矛盾が激化してきました。89年の消費税導入の旗振りをした当時の渡辺美智雄自民党政調会長(同党税制改革推進本部長)は、外国人記者クラブで「昭和65年(1990年)までは年々5・4%ずつ実質的に防衛費を伸ばすというお約束が(米政権と)ある。そうすると、ますます財源がなくなる」と述べ、社会保障などの予算が犠牲になることを認めています。
こうした矛盾は安倍政権の下、さらに激しくなっています。
「消費税は社会保障のため」として、2度にわたる消費税増税を強行しながら、7年間(13〜19年度)で、高齢化に伴う「自然増」の抑制も含め、4・3兆円もの社会保障費が削減されてきました。その一方、20年度予算案では8年連続で前年度を上回り、過去最大を6年連続で更新する5兆3133億円にまで膨れ上がりました。
その背景には、米国のあからさまな要求があります。米政府の武器輸出制度である有償軍事援助(FMS)による兵器購入契約に基づき、米国製武器の“爆買い”を迫るトランプ政権の圧力により、ここ数年で急増。過去最大となった2019年度の7013億円に続き、20年度予算案でも過去3番目に高い4713億円にのぼりました。
「武器取引反対ネットワーク NAJAT」の杉原浩司代表は、「社会保障の切り捨ての際に必ず持ち出される財源論は軍事費に関しては触れられず、事実上の聖域と化している。憲法9条で戦争放棄をうたう日本で武器見本市が頻繁に開かれ、米国をはじめ英国、イスラエルなどの戦争犯罪に関与する死の商人が膨張する軍事費に群がっている。一方で社会保障や年金、気候危機や原発被災者、貧困、奨学金など命と暮らしを支える分野には手当てが行き届いていない。予算は主権者が決めるもの。『武器より暮らしを』を合言葉にテーマを超えて横につながり、予算の組み替えを迫りたい」と話します。
2020年1月27日
軍事関係の条文が並ぶ日米安保条約の中で異彩を放つのが「経済条項」と呼ばれる第2条です。同条は日米間の「国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する」と規定。1960年の安保改定で新たに盛り込まれました。
戦後日本は、軍事だけでなく経済でも米国の従属下におかれてきました。農産物の輸入自由化やエネルギー政策の転換、規制緩和、金融自由化などを押し付けられ、国内経済はゆがめられてきました。その背景に第2条の存在があります。
それをあからさまに示しているのがトランプ政権下における日米貿易交渉です。2019年11月20日、米下院歳入委員会の通商小委員会で開かれた公聴会。同年10月に日米両政府が署名した日米貿易協定をめぐり、議員から「不十分な協定だ」との不満が相次ぎました。米政府は同協定で米国産牛肉の大幅な関税削減を日本に譲歩させましたが、コメや乳製品など「より包括的な合意」を求めました。
そんな中、委員会に出席した米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)上級副所長のマシュー・グッドマン氏はこう証言しました。
「注目すべきは、国際的な経済協力は米日同盟の核心であるということだ。1960年の安全保障条約の第2条に書いてある」。そのうえで同氏は第2条全文を示し、さらなる関税撤廃や米企業の日本進出を阻む障壁を取り除くよう求めました。
安保条約第2条は北大西洋条約などの経済条項と共通しており、米国の要求にもとづいて盛り込まれました。
1958年10月4日に岸信介首相、藤山愛一郎外相、マッカーサー駐日米大使らが日米安保条約改定交渉の初会合を開いた際の「会談録」によると、マッカーサー氏は第2条の目的について、「太平洋地域に於(お)ける経済協力は東南アジア開発問題とも関連するし、又(また)通商障壁の除去等は日米通商関係にも関連するものである」と説明しています。
こうした説明からは、米国は当初から第2条をテコに日本との通商交渉を有利に進め、自国の経済ルールを押し付けようという狙いを持っていたことがうかがえます。
加えて、米国は当時、アジア地域の「社会主義」化を警戒していました。57年1月に国家安全保障会議(NSC)が採択した文書は、南アジアで「非同盟」「反植民地主義」を特徴とする地域が形成されつつあると指摘。同地域は「経済援助を熱望」しており、ソ連・中国が経済援助やプロパガンダ、政治家や文化人の招待を行い、影響力を高めていると警鐘を鳴らしています。高度経済成長期にあった日本を米国の自由主義経済圏にとどめ、日米が協力して東南アジアへの「経済支援」を強める狙いがあったのです。
2020年1月27日
1950年の朝鮮戦争で日本は兵たん基地として使われ、朝鮮特需で日本産業は息を吹き返し、55年から高度経済成長が始まりました。そうした展開の中、米国は自らの経済圏に日本をとどめるために安保条約第2条を入れたのでしょう。
しかし、70〜80年代にかけて米国は多国籍化で産業の空洞化が進む一方、日本は家電や自動車を大量に輸出し、日米の経済関係は悪化。安保条約第2条を活用し、米国にとって有利な要求を日本に押し付けるようになったのが、レーガン政権期の80年代です。
決定的だったのは94年から始まった年次改革要望書方式です。日米両政府は毎年、要望書を交わし、米国は多くの構造問題の要求を突き付け、日本からの要求は全て無視しました。大規模店舗の規制緩和や投機的取引の自由化、米国型の直接金融の導入など、さまざまな分野の要求を実現させました。
日米安保条約は経済関係を根本的に規定しています。そして、経済は政治の基本にあります。オバマ政権が民主党の鳩山政権降ろしを始めたのも、鳩山氏が「東アジア共同体を目指す」と演説したのがきっかけでした。米国はTPP(環太平洋連携協定)でアジア太平洋の覇権を握る方針だったからです。
最近はトランプ米大統領が「高額武器を買え」「駐留経費をもっと負担しろ」と要求しています。落ち目の米国に登場した大統領は、既存のシステムを米国に有利な方向へ壊しています。EU(欧州連合)が米国に反する経済政策を打ち出すため、「EU解体」「NATOは古い」と主張しています。
この事態の中、日本は安保条約を盾にとられて、富が収奪される危険は高い。安保条約廃棄は困難な仕事ですが、米国がいかに不当な要求をするのかを国民に知らせ、その根源にある安保条約は国民の意思でやめることができると伝えていくことが必要です。
経済スパイとなる米国
近年では、米政府が日本政府や日本企業に対して「経済スパイ」を仕掛けていたことが浮き彫りになっています。
内部告発サイト「ウィキリークス」が2015年に暴露した米国家安全保障局(NSA)の文書によると、NSAは少なくとも07年の第1次安倍政権から、外務省や経済産業省、財務省、日銀、大手日本企業などの電話を盗聴してきました。08年のG8洞爺湖サミットでは、温室効果ガス削減に関する日本政府の気候変動政策を発表前に入手。日米通商交渉前に日本の農林水産相が発言する内容も事前に通知していました。
NSAは米国防総省の傘下にある諜報(ちょうほう)機関で、在日米軍基地に多数の要員を配置しています。米政府は日本を「最も大事な同盟国」としながら、通商交渉で優位に立つために、日本政府を容赦なく盗聴していたのです。
2020年2月2日
戦後、米国が世界に張り巡らせた軍事同盟は、米軍の駐留権を確保すると同時に、同盟国に補完的役割を担わせることを特質としています。1950年の警察予備隊の創設以来、米軍に育成されてきた自衛隊も60年の日米安保条約改定を機に、「日本防衛」の第一義的な責任を負うと同時に、米軍の戦略に深く組み込まれていきます。
その第一歩と言えるのが、在日米空軍(第5空軍)から航空自衛隊への「防空」任務の移管でした。空自は、58年4月から、航空警戒監視および管制機能・組織の米軍からの移管(60年)と併行して、領空侵犯の恐れのある彼我不明機に対する「対領空侵犯措置」を開始しました。
59年9月に締結された「日本の防空実施のための取極」(松前・バーンズ協定※)は、「米軍は安保条約のもと、日本に駐留し、日本の防空を日米それぞれの指揮系統において行う」としていますが、米軍は65年6月に対領空侵犯措置のための警戒待機を完了。実際は、自衛隊が「防空」の全面的な責任を負うことになります。
自衛隊法では、対領空侵犯措置の武器使用基準は警察官職務執行法に準拠しています。一方、外務省が2013年に公開した外交文書によれば、米軍は「『交戦』という概念で、すべての戦闘行動を律して」おり、戦闘機は敵対行動をとる敵機に対し、「攻撃(先制攻撃を含む)を加え、撃墜する義務を有する」といいます。
しかし、政府は国会で、米軍と空自の対領空侵犯措置行動規範は「おおむね同じ」と答弁していました。真相はどうだったのか―。
空自幹部として警戒管制部隊勤務の経歴を持つ林吉永・元空将補(国際地政学研究所事務局長)は、空自は「米軍から秘匿度の高い対領空侵犯措置実施規則を譲り受けた」と証言します。
米軍にとっては、空自への対領空侵犯措置移管の当時、朝鮮半島に接続する日本上空も「戦場」でした。このため、「武器使用の権限」を「戦時基準の領空侵犯措置」において下位職責にまで委任。空自は、この「対領空侵犯措置規則」を引き継いだといいます。こうした事実は公にされていません。
その危険性があらわになったのが、1987年12月9日の「ソ連のTu16バジャー電子偵察機が沖縄本島や沖永良部島、徳之島を領空侵犯」した事件でした。
那覇基地を緊急発進離陸した空自F4戦闘機は、ソ連機の領空侵犯に対して20ミリ機関砲に混在している信号弾による警告射撃を行いました。外国軍に対する実弾の使用は、自衛隊史上初めて。対領空侵犯措置では、これが唯一の事例です。
※政府は松前・バーンズ協定について、非公開としていますが、実際には政府答弁の中で主要項目が詳細に述べられています。(『防衛研究所紀要第15巻第1号(2012・10)』―「航空警戒管制組織の形成と航空自衛隊への移管」)
信号弾は、熱効果で発光するもので、真後ろからでなければはっきり見えません。林氏は、「こうした『秘』扱いの『対領空侵犯措置要領』は、翌年(88年)5月のNHK『クローズアップ現代―ソ連機の沖縄領空侵犯』で詳細が放映されましたが、公開はされていません。国際法など万国共通の手順でもないので、信号弾による警告射撃を『撃たれた』と判断して撃ち返してくる危険な蓋然(がいぜん)性があります」と指摘します。
当事者として与座岳レーダーサイト(沖縄県糸満市)の司令だった林氏は、信号射撃の実施に否定的でしたが、南西航空混成団司令は、「対領空侵犯措置実施規則」に従って「信号射撃」を指示。林氏は、「相手が撃ち返してくるかもしれない一触即発の状況下の武器使用に、どのようなリスクがあるのか。大韓航空機を撃墜したソ連の反応には、『反撃の恐れ』が考えられるはず。『交戦状態に陥ったら』文民統制上も外交上も、きわめて深刻な問題がおきる。それを覚悟したのかが問われてしかるべきだ」といいます。
戦後、米軍は自らの補完部隊として自衛隊を位置付け、「一体化」を図ってきました。これを阻んできたのが、「海外派兵・集団的自衛権行使の禁止」「米軍(他国)の指揮下に入らない」「米軍の武力行使との一体化を避ける」といった憲法9条の“制約”です。
しかし、現場では、すでになし崩しの“一体化”が進んでいます。空自の場合、米軍は自動警戒管制組織(BADGE)と米軍システムとの連接を要求してきましたが、後継システム(JADGE)は最初から連接を前提としています。
海自は戦術データリンクを通じて米海軍との情報共有を積極的に進めてきましたが、今後就役するイージス艦は、敵のミサイルや航空機の位置情報を共有するシステム「共同交戦能力(CEC)」を搭載。「攻撃目標」を米軍と共有することになります。
重大なのは、安倍政権が強行した安保法制の下、米艦船・航空機の「防護」が可能になり、武器使用の判断が現場指揮官に委ねられたということです。「平時の行動」でも、対応しだいでは、米軍の戦争に巻き込まれる危険が増しています。
いま、システム上は、「プログラムされたとおりに物事が進められるデジタル化(自動化)」が進み、アナログ的「迷いや逡巡(しゅんじゅん)」がうせることで、1987年のソ連機領空侵犯事件より、「手順の通り、当然のごとく信号射撃を行う」はるかに危険な状況にあります。林氏はこう訴えかけます。
「すべてがネットワーク化され、攻撃目標が自動的に設定されている中にあって、人間が戦争を抑止できる優れた唯一の点は、『迷う』こと。規則だからと反射的にボタンを押すのではなく、押せばどうなるのか。『平時だからこそ』逡巡してほしい。それが戦争や武力行使と無関係な『日本の国のかたちを維持する』時代精神になるはずです」
2020年2月9日
日米同盟 抜け出せば
米国は戦後、いつでも、どこでも軍事介入を可能とするため、地球的規模で軍事同盟網を張り巡らせてきました。今なお、514の海外基地(イラク・アフガニスタンを除く)を有し、17万人以上の米兵が海外展開しています。しかし、現在では米国の軍事同盟網の多くが解散または機能停止に陥り、在外兵力も縮小の一途をたどっています。
存在理由が消滅
実態として機能しているのは、日米同盟以外にはNATO(北大西洋条約機構)、米韓同盟ぐらいです。
しかし、「東西冷戦」の産物だったNATOは、ソ連崩壊と東欧のワルシャワ条約機構の消滅で存在理由を喪失。その後、イラク戦争への参戦をめぐって分断され、現在はイラン核合意をめぐってトランプ政権との亀裂が深まっています。軍事費増額を要求するトランプ政権とのあつれきも強まり、「NATOは脳死」(フランス・マクロン大統領)という声が公然と出ています。
一方、朝鮮戦争を機に生まれた米韓同盟はどうでしょうか。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は昨年8月15日の「光復節」で、2045年までの南北統一を表明。一方、米朝による朝鮮半島非核化交渉は停滞していますが、決裂しているわけではありません。こうした平和の流れが現実のものになれば、米韓同盟の存在理由は消滅します。
軍事同盟の中核にあるのは「核抑止」です。戦後、米国をはじめとした核保有大国は核兵器を独占し、核軍拡競争を正当化してきました。これに決定的な打撃を与えたのが、2017年7月、国連で122カ国の賛成で採択された核兵器禁止条約です。
賛成票を投じたのは、アジア・アフリカ・中南米を中心とした非同盟諸国です。その背景にあるのが、日本の被爆者団体をはじめとした市民の運動です。
アジアや中南米では、軍事同盟に代わる平和の地域共同体が台頭しています。とくに、かつては米国の軍事同盟網で分断させられていた東南アジアでは、東南アジア諸国連合(ASEAN)が発展し、紛争の平和的解決を掲げた東南アジア友好協力条約(TAC)を域外にも広げ、世界の平和的秩序に大きく貢献しています。
米国が圧倒的な軍事力・経済力で世界を支配していた時代はとうに過ぎ去っています。
中国の脅威口実
一方、日米同盟は一路増強の道を歩んでいます。在外米軍の3割近くが日本に集中し、世界最大の「米軍基地国家」になっています。こうした下、沖縄県民の民意を無視しての米軍新基地建設の強行、屈辱的な日米地位協定の下で繰り返される米兵犯罪、昼夜分かたぬ米軍機の爆音被害、環境汚染といった基地被害が続いています。
さらに、安倍政権の異常な「アメリカ言いなり政治」により、暮らし破壊の大軍拡やトランプ米政権の圧力による米国製武器の爆買い、日本の市場を全面的に明け渡す日米貿易交渉など、国民との矛盾がかつてなく激化しています。
こうした「アメリカ言いなり政治」を正当化する最大の口実が、中国の存在です。
中国が覇権主義的傾向を強め、大軍拡や東シナ海、南シナ海への進出と力による現状変更、尖閣諸島など日本の領空・領海侵犯を繰り返していることは決して許されません。
しかし、安倍政権は中国に正面からこうした問題の解決を提起したことは一度もありません。それどころか、習近平国家主席を国賓として迎えるために、香港やウイグルでの人権侵害を含め、いっさいの批判を封印してこびへつらっています。その一方で、日米同盟強化・軍拡の口実として「中国脅威」をあおる―。姑息(こそく)といわざるをえません。
また、米国が安保条約5条に基づいて「対日防衛義務」を果たすというのも幻想にすぎません。そもそも、米国は他国の領土紛争に対して中立を維持することを外交方針としており、尖閣諸島を発端とした中国との軍事衝突が起こった場合、米国が関与する可能性は限りなく低いのです。
大きな展望開く
「アメリカ言いなり政治」の根底にあるのが日米安保条約です。親米を自任する河野克俊前統合幕僚長でさえ、「進駐軍(米占領軍)の駐留継続を合法的に位置づけたのが安保条約。戦勝国と敗戦国との間の条約であり、成り立ちからして、米国のいいようにつくられている」(1月24日、日本記者クラブ)と認めるように、米国の占領継続こそ、安保体制の本質です。
安倍政権の「アメリカ言いなり政治」が極まっている今こそ、「安保絶対」の思考停止から抜け出し、その是非を問うときです。
安保条約から抜け出せば、大きな展望が開かれます。全国の基地や地位協定の問題が一挙に解決され、経済面でも、貿易、金融などの分野で自主的な経済体制を確立することができます。日米友好条約を結び、真に「対等な日米関係」が実現できます。
核兵器禁止条約にも堂々と署名し、「核兵器のない世界」へ主導的役割を果たせます。憲法に基づいた平和外交で、北東アジアの平和と安定に貢献することもできます。
◇
現行の安保条約は第10条で、米国にいつでも廃棄通告を行えば、「通告が行われた後1年で終了する」と明記しています。この10条を使って、安保条約は合法的に廃棄することができます。
2020年2月12日
1998年2月、イタリア北東部のスキー場で低空飛行訓練中の米海兵隊機がロープウエーのケーブルに接触・切断し、ゴンドラが落下して20人が死亡する事故が発生しました。アメリカの裁判でパイロットは無罪となり、イタリア国民の怒りが沸騰。米・イタリア両政府は99年4月16日、米軍機の飛行はイタリア当局の許可を必要とすることで合意しました(3面に表)。当時、イタリア側の交渉代表者だったレオナルド・トリカリコ元イタリア空軍参謀長・NATO(北大西洋条約機構)第5戦術空軍司令官に交渉の経緯や日米関係、日米地位協定について聞きました。(ローマ=伊藤寿庸)
―事故当時、どう対応しましたか。
悲劇であり、イタリア人として心が痛みました。しかし、パイロットとして本能的に、山地での低空飛行の通常の事故だと考えました。そのような事故は、それまでにも起きていたからです。
1年後、私は、政府から事故原因の調査を行うよう任命されました。当時のダレーマ首相がクリントン米大統領との間で、事故調査委員会の設置で合意したからです。
私は米側代表のプルアー提督に、「一緒に合意した報告を作ろう。そのことが国際社会に重要なシグナルを送ることになる」と呼びかけました。彼はもちろん同意しました。
「トリカリコ・プルアー報告」ができたとき、最初、米国は署名を渋りました。米国は、報告書を、イタリアでの米軍の飛行活動に対する「罰」だと解釈したからです。報告書を何度も送り返してきました。米側が報告書のもっとも重要な一文―「米軍がイタリア国内で低空飛行を行おうとするいかなる場合も、イタリア当局の許可を得なければならない」という文言を受け入れなかったからです。
報告書の締め切り期限3日前の99年4月中旬、私はワシントンの米国防総省で米国の委員会と話し合いを持ちました。しかし、彼らの主張は、先ほど述べた文言を受け入れるつもりはないということに尽きていました。
私はこう言いました。「あなた方はイタリアで20人を死なせたが、米国の司法は乗組員を無罪にした。ということはルールが正しくなかったということであり、われわれはルールを改定した。それはあなた方に送った通りだ。あなた方はこれを受け入れなければならない。わが国においては、われわれが全面的に主権を持っているからだ」
結局、彼らは署名したのです。ただ、ここからがあなた方(日本人)にとって重要だと認識してほしい。
会合の後、プルアー提督は、少し離れた部屋の片隅で私にこう言いました。「あなたは正しい。しかしあなたは米国を理解しなければならない。あなたが今日やったことを、他の国々もやるかもしれない。そうなると、われわれにとってとても不都合なのだ」と。それが理由で、米国は署名したがらなかったのです。
―1998年のイタリアのスキー場事故は日本にも衝撃を与え、99年1月、在日米軍の低空飛行訓練を規制するための日米合同委員会合意が発表されましたが、何の法的拘束力もありません(表)。米軍は低空飛行ルートを勝手に引き、日本政府にも知らせないまま、訓練を続けています。イタリアの場合はどうでしょうか。
イタリアにおける低空飛行に関する規則は、米国、あるいは他国も同様に、わが国の空域を飛ぶ許可を得るために、正確な飛行計画をイタリア空軍に提出するよう義務付けています。日本などでも、国家主権に基づいて、低空飛行にも通常飛行一般にも法的拘束力のある規則や法令の制定が認められるべきだと思います。
低空飛行ルールに関するいかなる規則や法令も、疑いなく法的拘束力を持つべきであり、すべての航空機はそれを順守すべきです。
―日本の首都圏には「横田空域(ラプコン)」と呼ばれる、米軍が管制権を持つ広大な空域が存在します。東京を離着陸する民間航空機は原則として、この空域を避けるため、遠回りや急降下を余儀なくされます。イタリアでは、このような空域は存在しますか。
空域は、管轄する当局によって定められた一連の合意済みの条件と法令によって規制されなければなりません。イタリアの場合、これらの作業は、運輸省―民間航空局を通じて―と国防省―軍の上級司令部を通じて―によって行われます。その国の空域の使用は、常に受け入れ国と、空域を使用する必要のある諸国との間で合意しなければならず、その使用は、常にその国の法律や法令を全面的に尊重して行われなければなりません。
―日本政府はかつて、日米地位協定について「NATO(北大西洋条約機構)並み」にしてほしいと訴えていました。しかし、安倍政権は「NATO並み」を放棄しています。その理由は、「NATOは相互防衛条約だが、日米安保条約では日本が米本土を防衛する義務がなく、NATO諸国と同等の関係を得るのは現実的ではない」というものです。また、NATO諸国とは異なり、日米地位協定では、駐留米軍は「国内法不適用」が原則となっています。そこには、「日本は米国に守られているから、言うべきことを言えない」という意識があります。対米関係はどうあるべきだと考えますか。
日本の当局は、北大西洋条約といった米国が結んだ他の条約にかかわりなく、日本国民の期待により合致した形で主権領土内での(米軍の)行動のルールに関して自由に合意できます。米国との合意は、日本国民の利益を尊重するために立案し、協議すべきです。これらの合意は、米軍基地から近くても遠くても、日本の市民の必要性と権利に沿い、日本の利益ともっと一致したものであるべきです。
日本の米軍基地に駐留する米軍要員が日本の国内法の順守を免除されているというのは、考えられないことです。日米関係を守るためにも、新たな合意に書き換える必要性について真剣に検討すべきです。
また、二つの民主国家の関係は相互の尊敬に基づくべきだと理解することが重要です。したがってこのような文脈では、“道徳的な恐喝”(そんなものが存在するならば)などは考えるべきではありません。二つの国家の協力は、双方にとって有益で、共通の目的を共有するものであるべきです。日本に対する米国の保護政策は、アジア・太平洋地域の地政学的情勢といった死活的に重要な問題を話し合うときに、(米国に従わせるための)テコとして使われてはなりません。
―日米両政府は、沖縄県の人口密集地にある米海兵隊普天間基地の返還条件として、県内の辺野古沿岸部を埋め立てて代替基地の建設を進めています。圧倒的多数の住民・自治体は反対しています。辺野古新基地について、どう考えますか。
沖縄県民は、自らの慣習と伝統に基づき、平和的に暮らす権利を持っています。日米両政府と沖縄県は、そのような条件が守られるようあらゆる努力を尽くす必要があります。当該住民が、外国の意思の押し付けによって何らかの状況を耐え忍ばなければならないというような状況は、とりわけ平時には、いかなる理由でも許されません。
―来日したいという希望はありますか。
もし公式の招待を受ければ、喜んで十分な検討を行います。とりわけ、沖縄とその住民のために何らかの支援になるという理由ならなおさらです。(第1部おわり)
(政治部・竹下岳、柳沢哲哉、斎藤和紀、ベルリン支局・伊藤寿庸が担当しました)
イタリア空軍参謀総長、イタリア首相軍事顧問(1999〜2004年)、NATO第5戦術空軍司令官などを歴任。現在は、安全保障問題シンクタンク「情報文化・戦略財団」議長。
【第二部】
2020年2月23日
北部訓練場「過半返還」 銃弾2000発超 遺棄
「これを見てください」。鱗翅(りんし)目(チョウ目)の研究家・宮城秋乃さんは地面に数百発の銃弾や手りゅう弾、照明弾を並べました。多くは未使用・不発で、弾頭はないものの、火薬が詰まった「空包」です。ここは2016年3月まで、沖縄本島最大の米軍演習場「北部訓練場」(同県国頭村、東村)の一部でした。安倍政権が「沖縄の本土復帰以来最大の基地返還」と称して北部演習場の「過半返還」を実施。「基地負担の軽減」を誇示しました。しかし、その実態はあまりにもずさんなものでした。
日米両政府は1996年12月のSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)で、ヘリパッド(着陸帯)7カ所の「移設」を条件として、北部訓練場約7800ヘクタールのうち、約4100ヘクタールを返還することで合意。16年12月の返還後、汚染物質など「支障除去」が完了したとして、17年12月、地権者(大半が国有地)に引き渡されました。政府は20年中に、これら返還地を含む「沖縄・奄美」の世界自然遺産への登録を目指しています。
しかし、現場を歩くと―。銃弾や手りゅう弾、照明弾、さらに英語の表記がある野戦食の袋などがいたるところに散乱しています。宮城さんがこれまでに警察に通報した銃弾は2182発。いずれも、米軍が訓練で使用し、現場に遺棄したものとみられます。日米地位協定では、米軍は返還した土地の汚染除去義務を免除されています。汚すだけ汚し、後始末を日本側に押し付けていったのです。
さらに歩くと、跡地内の道路や山肌が崩落寸前で、地中に埋められた土のうや鉄板、ロープがむき出しになっていました。「長年の訓練で、もはや手を付けられないほど荒れ果てている。米軍が不要になった土地が返還されただけのことです」(宮城さん)
とりわけ深刻なのは、地面に突き刺さっている「ライナープレート」と呼ばれる鉄板です。防衛省沖縄防衛局は「植生回復調査等業務」と称して、落札価格1億6720万円で撤去を業務委託しました。期限は3月末。
しかし、記者が18日に確認したところ、鉄板は手つかずの状態でした。防衛局は本紙の取材に、「履行期限内に撤去が完了しない場合、作業を継続する」と回答。期限内に完了できないことを事実上、認めました。世界自然遺産登録への影響は避けられません。
「返還地」で米軍訓練 主権侵す
重大なのは、米軍は今なお、返還地を自らの「訓練場」として認識している可能性があるということです。昨年8月18日、宮城さんはヘリパッド「LZ1」跡地付近で、真新しい銃弾空包の未使用311発、不発弾150発と、腐敗臭が漂う野戦食の袋を発見。「7月下旬に来たときは何もありませんでした」
9月24日、沖縄県警が現場で確認しました。仮に米軍が使用していれば違法な銃器の使用となります。ところが県警は捜査を行っている形跡がありません。それどころか、昨年夏からは宮城さんが通報しても、回収すら行わなくなりました。このため、北部訓練場跡地には、火薬が詰まった大量の銃弾が放置されているのです。
地位協定の影
それだけではありません。昨年9月4日、宮城さんはヘリパッド「LZ―FBJ」跡地に、米海兵隊普天間基地(沖縄県宜野湾市)所属のUH1Yヘリが着陸しているのを発見しました。
返還地は、環境省が管理する「やんばる国立公園」に組み込まれています。特別保護地区は、自然公園法で航空機の着陸が禁止されています。同省はただちに事実関係を米軍に照会しましたが、現時点で回答は得られておらず、何の対応もとられていません。
一方、米軍は防衛省に「誤着陸」だと弁明。宮城さんはこう指摘します。「誤着陸ではなく、意図的な着陸であることは明らかです。直後の9月24日にも、米軍のMH60とみられるヘリ2機が、FBJに着陸しようとして、私の姿を見て急旋回していきました。それ以前から、付近では米軍ヘリが頻繁に低空飛行を行っています」
こうした無法な行為に対して政府が及び腰である背景に、米軍の特権を定めた日米地位協定の存在が見え隠れします。宮城さんは憤ります。
「日本に返還された土地が、違法に米軍の訓練に使われている可能性が高い。つまり主権が侵されている。それなのに何もしない。そして廃棄物で汚し放題。これで世界自然遺産などありえません」
高江「間違いなく負担増えた」 ヘリパッド
「間違いなく、負担は増えた」。日本共産党の伊佐真次・沖縄県東村議(同村高江区在住)の言葉です。
安倍政権は、北部訓練場「過半返還」の条件として、約140人が暮らす高江の集落を取り囲むようにして、MV22オスプレイの使用を想定した最新鋭のヘリパッド6カ所を建設。工事中は、全国から最大800人の機動隊を動員して市民らを弾圧しました。
今なお、沖縄防衛局はヘリパッドの入り口すべてに民間警備員を24時間態勢で配置。その費用は1日約820万円にのぼります。伊佐さんは「まさに税金のムダ遣い。そんな金があるなら、高江の住民のために使ってほしい」と憤ります。
騒音被害拡大
ヘリパッドの全面的な運用が開始された2017年度以降、高江で騒音が激増(グラフ)。最大で95・9デシベルを記録しました。県内の回転翼機・全機種が昼夜分かたず飛来し、民家上空を旋回飛行しています。とりわけ、民家に近いN4、N1地区が頻繁に使われており、騒音被害の拡大につながっています。
そうした中、17年10月11日、高江区の民間牧草地で、普天間基地所属のCH53Eヘリが炎上・大破する事故が発生。住民に衝撃を与えました。
この事故翌日、高江区は沖縄防衛局に「ヘリパッドの使用禁止、とりわけ、N4の早急な使用禁止」を要請しました。東村議会でも18年6月20日、「N4の即時撤去」を盛り込んだ意見書が全会一致で可決されました。
今も続く工事
安倍政権は16年12月にヘリパッドの「工事完了」を宣言していながら、今なお工事が続いています。現在、N1地区の新設に伴って基地内に建設された「Fルート」の改修工事が行われており、連日、大量の土砂や砂利が運び込まれています。
しかも、住民の目に触れないようにするため、資材が搬入されるのは日が暮れた午後6時〜7時ごろです。
ヘリパッド本体も「完成」以降、雨の影響でH地区の法面が崩落。17年6月には大雨で資材置き場から赤土が海に流出する事故が発生しました。「完成」という体裁をとるための手抜き工事だったことは明らかです。本当に「完成」するのか。誰にも分かりません。
「『ヘリパッドいらない』住民の会」の安次嶺雪音さんは、3年間のたたかいを振り返って、こう言います。
「辺野古の新基地建設もそうですが、そこに住む私たちの思いや意見が無視されたまま強引に工事を進める。しかも、国はうそをつく。桜を見る会や、森友・加計学園問題に表れている、うそ偽りと民意無視。そうした安倍政権の姿が、この高江ではっきりみえました。やはり本気で安倍政権を倒さないと、この国は変わらない」
◆
安倍政権の下、日米同盟は異常な強化を遂げてきました。その内実は、(1)「沖縄の負担軽減」を口実にした、沖縄県を含む日本全国での基地強化(2)安保法制に象徴されるように、従来の政府解釈を変えて「海外で戦争する国づくり」を進める―というものです。シリーズ「安保改定60年」第二部で、その実態を追います。
2020年2月25日
「気が付いていない方が多いようなので、注意を喚起しておきたいのだが、1月6日付『赤旗』の1面トップと3面全部を使った『在沖海兵隊、“日本防衛”から除外/日米作戦計画で80年決定』の記事は、重要なスクープである」
こう指摘しているのは、ジャーナリストの高野孟氏。日刊ゲンダイで連載している「永田町の裏を読む」(1月15日)の一文です。
本紙は、日米安保条約の改定(1960年1月19日)から60年を迎えた今年、「シリーズ安保改定60年」という大型企画を随時、掲載しています。第1部が終了し、23日付から第2部を開始しました。第1部の第1回が、高野氏が言及している記事です。
高野氏は「在沖海兵隊が日本防衛とは無関係であることが明確になった」「辺野古新基地建設を県民の反対を蹴散らしてでも進めようとする根拠も消え去った」と断言しています。
複数のメディアも、安保改定60年に関わる企画・特集を組んでいますが、日米同盟・安保条約を容認する立場に立っているため、本質に迫れない限界があります。「シリーズ安保改定60年」では、対米従属政治の根源に安保条約が存在するとの立場から、その成り立ちと条文ごとの問題点、さらに安保条約から抜け出す展望を示してきました。
NATO(北大西洋条約機構)空軍元司令官、航空自衛隊元空将補、元在沖縄米海兵隊員といった軍事のプロも実名で登場し、アメリカいいなりの日米関係を告発しています。
読者からは、「30年以上購読しているが、やはり赤旗を読まないと物事の本質はわからないと、これほど痛感したことはなかった」「毎回切り抜いている。パンフレットにしてほしい」といった反響が相次いでいます。
2020年3月2日
横田基地では、戦闘機の飛来増加も顕著になっています。羽村平和委員会によると、▽2016年1月20〜22日にF22ステルス戦闘機が14機、F16戦闘機が6機▽同年7月30〜8月3日にF16が14機▽17年7月30〜8月3日にF16が14機▽18年7月7日にF22が7機―など一度に多数の戦闘機が飛来しています。
こうした訓練や出撃拠点化で離着陸回数が急増し、周辺住民への騒音被害が深刻化しています。福生市の航空機騒音調査によると、18年度の離着陸回数は1万2313回、前年度比で約20%増加しました。19年度は20年1月末時点で1万1815回に達し、イラク戦争が勃発した03年度(1万2754回)を超えるペースです。(グラフ)
CV22オスプレイが配備された18年からは夜間の飛行訓練も急増しました。福生市の調査では、18年度の午後7〜9時の離着陸回数は2567回、前年度比で約52%増加。19年度は1月末時点で2938回となり、前年度を上回っています。午後に横田を離陸し、夜遅くまで周辺地域を飛行し、帰投するのがCV22の主な飛行パターンです。オスプレイは独特の重低音を響かせ、低周波による健康被害も懸念されます。
横田基地での訓練激化に伴う被害は、単に同基地周辺だけの問題ではありません。同基地所属のC130訓練エリアは関東全域から伊豆半島にまで広がっています。さらに、1都9県にまたがり、米軍が管制権を握っている「横田空域」(横田進入管制区)の存在があります。15年10月に公表されたCV22「環境レビュー」には同空域が図示されていました。横田基地での訓練激化は、首都圏全域に影響を及ぼします。
「中国、ロシア、北朝鮮が安全保障環境の課題を突きつけている。直近の脅威は北朝鮮だが、長期的・戦略的な最大の脅威は中国だ。中国がますます経済、軍事、外交能力をあらわにし、威圧的な形で国際秩序に抗している」。在日米軍のシュナイダー司令官は2月25日、日本記者クラブでの会見でこう述べ、「中国脅威」を強調しました。
1面報道の、オバマ政権下で進められた「リバランス」戦略の大きな背景には台頭する中国があり、トランプ政権は台頭する中国に対抗する動きをさらに強めています。軍事情報アナリストの小柴康男さんは、横田基地への戦闘機の飛来の増加も、「中国軍の強化とあわせ、従来の戦闘機の出撃拠点である三沢・嘉手納に加えて、横田も出撃拠点としての役割が与えられてきている」とみています。
ただ、仮に中国との全面衝突になれば、どうなるのか。
17年6月に米海軍のシュガート大佐らがまとめた報告書「先制攻撃・アジアの米国拠点に対する中国のミサイルの脅威」は、中国の弾道ミサイル能力の向上によって撃墜不可能な最新弾道ミサイルの攻撃範囲内に、日本中の米軍基地が入ると指摘。想定される攻撃対象に(1)横田(2)三沢(3)横須賀(4)岩国(5)佐世保(6)嘉手納―などを列挙しています。
報告書は、米国が台湾や南シナ海など中国の「戦略的利益」を脅かし、中国が米国の介入を阻止できない場合、在日米軍基地への先制攻撃もありえると指摘。このような状況下で米中戦争に突入し、ミサイル攻撃を防御できない場合、米軍部隊は「標的になりうる基地からの速やかな退避」をすべきだと結論付けています。
小柴氏は、在日米軍基地は「出撃拠点」どころか、「使い捨ての軍事要塞(ようさい)」になってしまうと指摘。「『米軍がいるから日本は安全だ』と信じている人が多いかもしれないが、米軍は有事になれば日本からの退避を真剣に考えているのが現実だ」と強調します。
世界最大の人口密集地である首都圏に存在する横田基地が攻撃目標になることが、どれほど危険なことか。難しい話ではありません。
沖縄県に続き、横田基地周辺でも、発がん性や毒性の可能性があり、国内では製造・使用が禁止されている有機フッ素化合物(PFOS・PFOA)による水質汚染が明らかになり、住民の懸念が広がっています。
2018年、横田基地で10〜17年にかけて、PFOSを含む泡消火剤が3161リットル以上漏出したことが明らかになりました。昨年1月には、横田基地近くの立川市の井戸水から、両物質合わせて1340ナノグラム(1ナノグラム=10億分の1グラム)が検出され、その値は米国の飲用水の勧告値(1リットルあたり70ナノグラム)の19倍にあたります。
沖縄の米軍基地周辺の水源汚染を研究してきた小泉昭夫京都大名誉教授は、PFOS・PFOAの新生児への影響を指摘します。小泉氏は、1999年に沖縄県が発表した調査報告書で、汚染が疑われる那覇、宜野湾、沖縄各市の低出生体重児出生率が、汚染の可能性が低いとされる南城市よりも高かったことに言及。大阪府の化学メーカーがPFOAの使用をやめた後、隣接する摂津市、守口市では、1999〜2004年に全国よりも高かった低出生体重児出生率は、12〜16年には全国レベルに低下したと説明します。
厚生労働省は2月19日に、国内の基準値を1リットルあたり50ナノグラムとすることを正式に発表しました。小泉氏は、基準値の基になったのが、動物実験をつかった米環境保護庁のデータと同じものであり、人間の体はより敏感であることを考慮すべきだと強調。摂津市、守口市でわかった安全な血清濃度を基に、1リットルあたり10ナノグラムとすることを提案しています。
問題が深刻化する一方で、米軍は日米地位協定を理由に、基地での立ち入り調査を拒み続けています。
2020年3月2日
首都・東京に居座る米軍横田基地(福生市など5市1町)。CV22オスプレイの配備やパラシュート降下訓練、夜間飛行の増加など、異常な強化が進んでいます。その背景を探ると、中国など周辺諸国を念頭に置いた「戦争拠点化」の動きが浮かび上がってきます。
2月13日午前、横田基地近隣に住む後藤太刀味(たちみ)さん(75)は「信じられない光景」を目撃しました。米空軍C130輸送機2機が住宅地の真上を低空飛行し、翼を60度ほど傾けて旋回したのです。「10年住んでいるがこんな極端に機体を傾けるのは初めて見た。墜落するのではないかと恐怖を感じた」
羽村平和委員会によると、2月10〜14日に米アーカンソー州リトルロック基地からC130J輸送機が多数飛来。横田所属のC130を加えて最大7機が関東各地で編隊飛行訓練を行いました。
「横田基地の撤去を求める西多摩の会」の高橋美枝子代表も車内から目撃し、「今まで見たことない低空飛行だった。巨大な機体が車を覆うように飛んだ。まるで植民地のようだ」と語りました。
オバマ前政権時、米国の戦略的軸足を中東からアジア太平洋地域に移す「リバランス(再均衡)」が本格化した2012年以降、全国で在日米軍の新たな強化が進みました。在日米軍司令部がおかれる横田基地も、アジア太平洋地域の空輸拠点としての従来の機能に加えて、出撃拠点としての著しい強化が進んでいます。
12年1月10日、100人規模のパラシュート部隊が無通告で横田基地に降下。強行したのはアラスカ州の第25歩兵師団第4空挺(くうてい)旅団戦闘団でした。以来、横田では敵地への侵入を想定した大規模なパラシュート降下訓練が常態化。最近では高度約3000メートルで降下を開始し、低い高度でパラシュートを開く訓練が増えています。地元住民は「音もなく突然米兵が降りてくる」と言います。
同訓練は米本土の部隊に加え、トリイステーション(沖縄県読谷村)の米陸軍第1特殊部隊群第1大隊や在沖縄米海兵隊の実施が目立っています。沖縄では、基地外落下などの事故が相次いでいることから反発が強いため、訓練の一部を横田に移したとみられます。
さらに18年4月から特殊作戦機・CV22オスプレイが配備され、19年7月には同機を運用する第21特殊作戦飛行隊が発足。沖縄・嘉手納基地所属のMC130特殊作戦機の飛来も常態化するなど、特殊作戦部隊の拠点化も進んでいます。
こうした動きの背景として、軍事情報アナリストの小柴康男さんは「敵地に侵入する特殊作戦部隊は、地形に応じて機体を隠しながら飛行する訓練も行う。沖縄と違って東日本には高い山や平野、ダムなどがあり、特殊作戦の最適な訓練場所だ。また、沖縄と比べるとパラシュート降下訓練への自治体の反発が小さいのも理由では」と指摘しました。
2020年3月8日
「自衛隊とは日々協力している。継続的で現実的な厳しい訓練が必要だ。こういった訓練こそ強い同盟関係の要になる」。在日米軍のシュナイダー司令官は、こう強調します(2月25日、日本記者クラブでの会見)。2018年度の日米共同訓練・演習ののべ日数は1面報道のように1247日。10年度の619日から、ほぼ倍増し、質的にも大きな変容をとげています。安保条約改定から安保法制=戦争法成立を経て、日米共同訓練はどこまで深化したのでしょうか。
日本平和委員会の上原久志調査研究委員は日米共同訓練について「自衛隊が攻撃的な性格を強めている。それは敵地に攻め込んで奪取する“島嶼(とうしょ)奪還”の上陸訓練に表れている」と分析します。
今年1月25日から2月13日まで、陸上自衛隊の水陸機動団が沖縄県の金武ブルービーチで在沖縄海兵隊の中軸部隊である第31海兵遠征隊(31MEU)と水陸両用訓練を実施。上陸して敵地を制圧後、高機動ロケット砲システム(HIMARS)を地上に展開しました。水陸機動団は同訓練に向かう際、米軍のドック型揚陸艦ジャーマンタウンに乗り込み、東シナ海上で31MEUとライフル訓練をしていたことを米軍が明らかにしています。
米海兵隊を「お手本、道しるべ」(青木伸一初代団長)として発足した水陸機動団は、31MEUから指南を受け続けています。上原さんは「水陸機動団は31MEU肝いりの部隊だ。31MEUと同じ任務が遂行できるよう、米海兵隊への組み込みが進んでいる」と指摘します。
1月12日に陸自習志野演習場(千葉県)で実施された陸自のパラシュート降下部隊・第1空挺(くうてい)団の「降下訓練始め」には、米陸軍の第82空挺師団が初めて参加。第82空挺師団は、1月3日の米軍によるイラン司令官殺害で中東情勢が悪化した際、ただちに現地に派遣されるなどした精鋭部隊です。米国精鋭部隊とともに、ここでも水陸機動団が島嶼奪還作戦を遂行しました。
陸だけでなく、空・海も攻撃的な訓練を展開。空自は、核兵器搭載可能な米空軍のB52戦略爆撃機と共同訓練を繰り返し、各地で威嚇飛行をしています。
海自も米軍などとともに、接近・乗船・捜索・押収(VBSS)訓練を行うなど、「航行中の船舶を素早く戦術的に急襲する能力」(在日米軍司令部)をつけるところにまで踏み込んでいます。
さらに「沖縄の負担軽減」を口実に、全国各地に日米共同訓練を拡大しています。1月22日〜2月8日まで北海道で行われた合同演習「ノーザン・バイパー」は、米海兵隊と陸自の約4100人が参加するという日本国内では過去最大規模となりました。
上原さんは、「事故や騒音など訓練被害も増大している。沖縄の負担軽減もまやかしで、沖縄の痛みはさらに拡大している。沖縄と同じ痛みを全国にも広げて国民に押しつけている」と憤ります。
河野克俊前統合幕僚長は、「日本有事という戦術場面においては、攻勢を取る必要がある。なので、攻撃兵器を持っておかないと」(1月24日、日本記者クラブでの会見)と述べ、攻撃能力の保有を訴えています。
軍事史に詳しい纐纈(こうけつ)厚明治大学特任教授は、「安保改定60年の間の最大の変化は、米軍が攻めの『矛』、日本が守りの『盾』だった役割が逆転したこと。自衛隊が訓練を通じて相手方に第一撃を加える戦力を構築していることだ」と指摘。それを法的に担保するのが集団的自衛権行使容認の安保法制だと述べます。
「自衛隊が『矛』の能力を持つことにより、米軍は、資金や労力を使わずに東アジアで中国などをけん制し、軍事的存在感を担保することができる」
この側面を演習面からとらえることができるのが、日米共同方面隊指揮所演習「ヤマサクラ」です。纐纈氏は「米軍の動きに自衛隊がどう連動するかというレベルから、自衛隊の作戦行動を軸とし、それを米軍が補強していくというレベルにシフトしている」と解説。この図上演習で確認した自衛隊主導の作戦が、実動訓練で具体的に表れているのが、自衛隊に上陸・制圧、輸送力の各能力を身に付けさせる島嶼奪還訓練だといいます。
纐纈氏は「先制攻撃も含め、これまで米軍の専門領域だったものを自衛隊に代替させる作戦が構想されているのは間違いない。戦争に備える防衛的な訓練から、戦争をする攻撃的な訓練になってきている」と語ります。
そのうえで「実態として軍事訓練が改憲の先導役を果たしていることが大きな問題。攻撃的な日米共同訓練をみて中国や北朝鮮は脅威感情を持ち、脅威を払しょくするために軍拡に走る。日米共同訓練が軍拡の呼び水となっている」と強調。米国と北朝鮮が対話路線へ進んだ2018年の米朝首脳会談を受け、米韓合同軍事演習を縮小したのは北朝鮮に脅威を与えていた自己認識が米国側にあったからだとし、「訓練を自制・縮小することで平和的シグナルを送ることができる。これを先んじてやることが、平和憲法をもつ日本の責任だ」と提起します。
2020年3月8日
自衛隊と米軍が2018年度に実施した共同訓練・演習(日米双方が参加した多国間共同訓練を含む)が少なくとも88回、延べ1247日に達したことが分かりました。“日本版海兵隊”といわれる「水陸機動団」の本格始動、核兵器を搭載可能な米空軍のB52戦略爆撃機との共同訓練など、台頭する中国へのけん制と、安保法制に基づく海外侵攻への動きが加速しています。(関連2面)
本紙が、防衛省への情報公開請求で入手した資料をもとに集計しました。延べ日数の内訳は、統合幕僚監部が担当する統合演習が165日、陸上自衛隊が417日、航空自衛隊が158日、海上自衛隊が507日でした。17年度比でみると、統幕が53日減、空・海自は同水準でしたが、陸自が110日増加しました。
陸自は、18年3月に発足した水陸機動団が、鹿児島県・種子島の旧種子島空港跡地(同県中種子町)などで、米海兵隊と離島奪回を想定した上陸作戦の共同訓練を実施。初の水陸両用作戦に関する国内での日米共同訓練で、自衛隊や米軍施設以外の土地で戦闘に関する共同訓練をするのも初めてのことでした。
水陸機動団は、米国内でも海兵隊との着上陸戦闘訓練を実施。「米海兵隊とともに世界に冠たる水陸両用作戦部隊として羽ばたけるよう取り組む」と宣言するなど、敵地侵攻作戦能力の向上を図っています。
空自は、日本海空域や東シナ海で、B52との共同訓練を3回実施しています。
海自は、関東南方から四国、沖縄にかけての海域で、米空母打撃群と何度も訓練を実施。18年11月には、原子力空母ロナルド・レーガン、空母ジョン・C・ステニスの両空母打撃群と海自護衛艦「ふゆづき」が共同訓練を行いました。
海自は、インド海軍との訓練も頻繁に行っています。日米が中国の海洋進出を念頭に打ち出した「自由で開かれたインド太平洋」戦略の一環とみられます。
2020年3月18日
昨年11月、原子力艦船の入港が1000回を超えた米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)。その歩みは、核密約のもとでの米艦船の入港と、日米合意さえ踏みにじった原子力空母の母港化という、偽りと欺瞞(ぎまん)の歴史でした。さらに、トランプ政権の新たな核戦略のもと、「限定核戦争」の拠点となる危険が浮上。非核三原則に照らして許されない実態を告発します。
横須賀港を見渡せる高台に立つと、全長約333メートル・高さ約63メートルの巨艦―米原子力空母ロナルド・レーガンの姿が目に飛び込んできました。
横須賀への空母配備は1973年に始まり、2008年から原子力空母ジョージ・ワシントンを配備。15年にレーガンと交代しました。いまはインド太平洋地域への定期航海を前に約4カ月の定期整備の最中です。甲板には随所にテントが張られ、作業用車両や作業員が動き回っています。
加圧水型原子炉(PWR)2基を有する原子力空母の定期整備では、1次冷却系を含む原子炉内の「メンテナンス」が行われ、これに伴う放射性廃棄物が搬出されています。米政府の募集公告によると、今年は30日〜4月2日の間に実施され、コンテナ4個を搬出。これまでの4月下旬以降の搬出よりも早く、出航準備を早めている可能性があります。
しかし、日本への原子力艦船の寄港にあたって日米両政府が1964年に締結した「エード・メモワール」(覚書)では、米国は(1)動力装置の修理はしない(2)放射性廃棄物は港内で搬出しない、原子力艦が自ら搬送する―などと約束しており、放射性物質の搬出や原子炉関連の作業は、覚書に明確に反します。
ところが、原子力空母配備にあたり、米国は2006年に公表した「ファクトシート」で、(1)を「原子炉の修理はしない」(1次冷却系など放射線管理を伴う作業は可能)に、(2)を「(日本国内で)適切に包装された上で、米国に輸送される(自ら搬送しなくてもよい)」と書き換えたのです。
これにより、09年以降、横須賀で原子炉の「メンテナンス」が行われ、空母外への放射性廃棄物の搬出と、輸送船での本国への輸送が常態化。日本政府もこうした脱法行為を追認しています。
「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」共同代表の呉東正彦弁護士は「背景には、明らかに日米の秘密交渉と日本政府の売国的協力がある」と批判します。
原子炉の「メンテナンス」は高度な軍事機密とされ、秘密のベールに覆われていますが、呉東氏が15年に入手した、原子力空母ジョージ・ワシントン(GW)の航海日誌(11年3〜4月)から驚くべき実態が明らかになりました。
東日本大震災直後の同年3月21日、GWは定期整備中にもかかわらず、突如出港。当時、米第7艦隊司令部は「(GWの)能力の予防措置と今回の災害の複雑な性質による」とし、福島第1原発の放射能漏れ事故から艦と乗組員を防護する措置だと事実上認めています。
GWは4月12〜14日に佐世保基地(長崎県)に寄港し、横須賀に戻る途上の18日午前、「推進機関プラントドリル」を開始。9時2分に原子炉2号機を緊急停止し、同15分に再稼働急速出力上昇を開始。38分に臨界に達したとしています。しかも、同日、原子炉内の過剰放射性冷却水や放射性気体を日本近海に排出していました。翌日には、1号機で同じテストを行っていました。
このような急上昇は原子炉や核燃料へのダメージを増大させるため、商業用原発では行われません。呉東氏は「原子力空母は、原子炉事故の危険や放射性物質の投棄を伴うテストを、定期整備終了後の試験航海で繰り返している可能性がある」と指摘。英国では原子力艦船の整備に関する情報が国民に開示されていることをあげ、徹底した情報公開を求めました。
2月21日、米国防総省は衝撃的な事実を公表しました。新たな海洋発射型核巡航ミサイル(SLCM)の開発費を22会計年度予算に計上し、「7〜10年以内」に配備するというもの。トランプ政権が18年に公表した新たな核態勢見直し(NPR)に基づくもので、「小型化」で核使用のハードルを大幅に下げようと狙っています。
米海軍はかつて、ほぼすべての戦闘艦に核兵器を搭載。なかでも、核巡航ミサイル・トマホーク(TLAM―N)は日本にとって「核抑止」の象徴でした。米国が1994年までに水上艦・潜水艦から核兵器を撤去し、2013年に核トマホークが廃棄された後も、日米の核固執勢力がSLCMの復帰を画策していました。
「このSLCMはTLAM―Nの後継だ。核兵器を搭載した攻撃型原潜は日本に間違いなく寄港し、日本の領海を通過する」。米国の科学者団体「憂慮する科学者同盟」のグレゴリー・カラーキー氏(長崎大核兵器廃絶研究センター外国人客員研究員)は、こう警告します。
日本への闇の核持ち込みは横須賀から始まっています。1953年6月、アイゼンハワー米大統領は、初めて空母への核配備を許可。同月28日、空母オリスカニに核が搭載され、途中で核を降ろすことなく、同年10月15日、横須賀に入港しました。
その後、日米両政府は60年1月の日米安保条約改定に伴い、核兵器を搭載した米艦船・航空機の寄港・通過を容認する「核密約」を締結。核持ち込みが常態化してきました。
オバマ政権期の「戦略態勢議会委員会」最終報告書(2009年5月)は「アジアでは、拡大抑止はロサンゼルス級攻撃潜水艦の核巡航ミサイル=TLAM―Nに大きく依存していた」と明記。日本国内で原潜が寄港するのは佐世保、ホワイトビーチ(沖縄県)、そして横須賀です。なかでも横須賀は寄港回数・日数とも最多で、1000回を超えた原子力艦船寄港のうち、大半は攻撃型原潜です。
横須賀への核持ち込みの蓋然(がいぜん)性は高いといえますが、カラーキー氏はこう指摘します。「米国は核兵器搭載の有無を『肯定も否定もしない』(NCND)政策をとり続けている。今後、原潜に新たなSLCMを搭載したとしても、真相を知ることは困難だ」
8日、横須賀市内で幅広い団体による「原子力艦船入港1000回・安保条約60周年」を考える学習講演会が開かれ、約60人が参加しました。ジャーナリストの吉田敏浩氏は、横須賀がベトナム戦争、湾岸戦争、イラク・アフガニスタン戦争と、日米安保条約さえ逸脱した侵略と干渉の拠点になってきたことを告発した上で、「日本がアメリカの限定核戦争の前線基地にされ、捨て石のように利用される。横須賀は攻撃対象になり地域住民も巻き込まれる」と指摘。核密約の廃棄を訴えました。
66・5・30 原潜スヌークが初寄港
73・10・5 空母ミッドウェーが横須賀母港化
81・5・18 ライシャワー元駐日大使「日本にも核搭載船が寄港している」と発言
84・12・10 原子力空母カールビンソン初寄港
90・10・2 湾岸危機でミッドウェーがアラビア海へ出撃
91・9・11 空母インディペンデンスを交代配備
98・8・11 空母キティホークを交代配備
01・10・1 キティホークがアフガン作戦でアラビア海へ
03・2・7 キティホークがイラク作戦でペルシャ湾へ
(3月20日からイラク戦争に参戦)
08・9・25 原子力空母ジョージ・ワシントンを配備
09・3・28 原子炉の定期整備に伴う放射性廃棄物を初めて搬出
15・10・1 原子力空母ロナルド・レーガンを交代配備
19・11・2 原子力艦船の入港が1000回に
2020年3月22日
「約160億円で買収合意」。馬毛島(まげしま=鹿児島県西之表市〈にしのおもてし〉)への米空母艦載機離着陸訓練(FCLP)移転をめぐり、安倍政権はだまし討ちのように地権者と用地買収で大筋合意しました。住民に爆音被害をもたらす「米軍基地化」に住民・自治体は反発を強めています。
「馬毛島周辺は豊かな漁場で、地元では『宝の島』とよく呼びます。基地のある島ではなく昔のままの島を返してほしい」。小中学校の約9年間を馬毛島で暮らした漁師の日高薫さん(71)は水平線上に見える島影を指さし、声を震わせます。
島では、教科書を風呂敷に包み、はだしで通学しました。両親が開拓した畑や田んぼでは米や麦、サツマイモなどを栽培。学校から帰宅した後に麦踏みの手伝いもしました。「兄弟で磯釣りをしたのが思い出です。ブダイやクロダイがよく釣れたんです」と笑みを浮かべます。
種子島から西方12キロの沖合に浮かぶ馬毛島は、戦後に入植が進められ、最盛期の59年には113世帯528人が暮らしました。しかし、バブル経済に突き進み、銀行による土地買い占めの波に巻き込まれ、80年には無人島に。当時、東京に本社を置く立石建設が「馬毛島開発」を買収し、「タストン・エアポート」に社名を変更。同社は島の99%を保有し、県の許可をとらず伐根など違法開発を進め、滑走路などを建設しました。緑豊かだった島は今、砂漠のような荒涼とした風景が広がっています。
昨年11月に政府は、当初鑑定額の3倍超とされる160億円で買収合意を結んだと発表。同年12月に訓練計画を発表し、今年1月から施設整備の検討に必要な調査を実施しています。西之表市は、買収価格の根拠や違法開発された土地を国が買収する問題について質問書を提出しましたが、防衛省はゼロ回答。同省は飛行場などの関連施設工事を2022年度に着手し、25年度からFCLPの運用を可能とする方針を固めたと報じられています。(「読売」19年12月30日付)
さらに日本共産党の田村貴昭議員の質問(2月18日、衆院予算委員会)で、土地の買収前に馬毛島基地の基本設計を委託していたことが発覚しました。同20日、市は河野太郎防衛相に抗議文を提出。地元に「現時点で移転候補地」と説明しながら設計作業を行ったことに対し、「甚だ遺憾だ」と抗議。馬毛島を担当する市職員も「設計は整備ありきの話だ。ありえない」と不満を漏らします。
現地では観光業などへの影響を心配する声も上がっています。西之表市で民宿を営む70代の女性は「お客は『癒やし』を求めて種子島に来ます。ダイビングやカヤックを楽しむお客の上を米軍機が飛べば、『また行きたい』と思うでしょうか」と声を落としました。
FCLPは空母の出港直前、艦載機が地上の滑走路を空母の甲板に見立てて、離着陸(タッチ・アンド・ゴー)を繰り返す訓練です。1973年10月の横須賀基地(神奈川県)への米空母配備に伴い、米海軍厚木基地(神奈川県)などで行われていましたが、住宅地の真上を深夜まで飛行し、爆音被害が深刻化。住民の中止を求める声が高まり、89年に厚木から約1200キロ離れた硫黄島(東京都)でFCLPを「暫定的」に行うことで日米が合意しました。
2006年5月の米軍再編ロードマップで、空母艦載機部隊を厚木から岩国基地(山口県)に移転することで合意し、18年3月に移転。岩国から硫黄島までの距離が約1400キロに伸びたことから、防衛省は「パイロットの安全性向上」を理由に、馬毛島への移転を進めました。しかし、太平洋上に浮かぶ硫黄島とは異なり、馬毛島と住民が暮らす種子島とは12キロしか離れていません。米軍最優先で住民に犠牲を強いるものです。
防衛省は馬毛島の基地について「自衛隊馬毛島基地(仮称)」だと説明。西之表市に提出した説明資料には、▽F35ステルス戦闘機などの「機動展開訓練」▽空てい降下訓練▽C130輸送機などの「不整地着陸訓練」▽輸送機による「物料投下訓練」―など、自衛隊による大規模訓練が想定されています。「大半の時期を自衛隊が使用」し、米軍の使用は年間20日程度としています。
しかし、「FCLPを年20日間程度に制限する取り決めを米軍と交わすのか」との本紙の質問に対し、防衛省は「取り決めを行う予定はない」と回答。年20日間に限定される根拠はありません。
そもそも馬毛島が候補地となった発端は、島の大半を所有する開発会社が同島を国に売り込んだことです。防衛省の資料には「アジア太平洋地域における米空母の活動を確保し、日米同盟の抑止力・対処力を維持・強化」するために自衛隊施設が必要だと明記。馬毛島以外にFCLP移転先が見つからず、「自衛隊基地」としての機能は後付けしたのが真相といえます。
防衛省は民主党政権時代の11年にFCLPの飛行ルートを示しました。想定ルートは滑走路を北北西の向きに設定し、飛行経路や70デシベル以上の騒音が種子島に及ばないと説明しました。しかし、種子島周辺の風向きは、冬場に北西から強い季節風が吹くため、現在の種子島空港の滑走路も北西を向いています。馬毛島で滑走路を北西方向に設定すると西之表市や中種子町に飛行ルートが重なるため(図)、「住民を欺くために意図的にルートをずらした」と批判を浴びました。
昨年12月の防衛省資料ではルートすら示さず、「可能な限り種子島及び屋久島の上空を飛行しない」などと説明。事実上、種子島の上空を米軍機が飛行する可能性を認めています。
「防衛省は“基地負担は少ない”と住民が誤解するように情報を開示している」と市議会の馬毛島対策特別委員長で無所属の長野広美市議は指摘します。「説明資料には、米軍の行動を日本政府が制御できないという日米地位協定の問題が一切書かれていない。無責任な説明で地元軽視だ」と語気を強めます。元西之表市議会議長の榎元一已さんも「米軍の訓練は際限なく広がり、自由勝手に種子島の空を飛ぶだろう。それが日米地位協定の実態だ」と述べます。
防衛省は基地交付金などの“アメ”をちらつかせて、住民に分断を持ち込んでいます。基地賛成派の宣伝車が市内を走り、「国に貢献することで、人口減少や借金まみれの市に子どもや孫が暮らし続けるためのチャンスをいただいた」と連呼します。榎元さんは指摘します。「基地交付金というおこぼれをもらっても島に未来はない。住民自らの力で島を発展させるべきだ。市長も含め基地反対の意思を明確に示す時です」
「馬毛島への米軍施設に反対する市民・団体連絡会」はFCLP反対の署名を約20日間で1000人以上集めました。西之表市の人口の過半数約8000人を目指しています。三宅公人会長は「かつてFCLP候補地だった三宅島(東京都)や広島の大黒神島でも住民の反対で移転を阻止した。今度も絶対にとめる。7月の鹿児島県知事選を『FCLPノー』と国に言える県政を問う選挙にしたい」と意気込みます。
2020年4月1日
今年、改定から60年をむかえた日米安保条約。日米安保をめぐる国民意識がどう形成され、「安保=思考停止」ともいわれる状況からどう脱却していくのか、神戸市外国語大学の山本昭宏准教授(日本近現代文化史)に聞きました。(石黒みずほ)
現在、各種世論調査をみると、安保条約を肯定する人が8割前後という状況ですが、もともとはそうではありませんでした。
旧安保条約が成立した1950年代初期は、反基地闘争が全国に広がりました。保守派は憲法改正で自衛軍を創設、革新派は米軍撤退で「非武装中立」という形で、「独立」を前提としている点ではイデオロギーを超えて共通していました。当時はほとんどが戦争体験者で、つい最近まで空襲の被害にあっていた人たちが、米軍基地を許容できるのかといえば、許容できなかったと思います。
興味深いのは、戦後日本には立場を超えて反米意識がありましたが、60年代以降の高度経済成長で大きく変化しました。アメリカ的「豊かさ」が国民に浸透し、例えば「安保繁栄論」のように、戦後の経済成長を認めることと、安保条約を認めることとが、ほとんどイコールで理解されるようになったのです。
加えて、50年代には沖縄は米軍施政下で、基地問題は本土の問題だったため、国民との心理的距離が近かった。しかし沖縄が本土復帰した70年代以降、沖縄の基地問題は何ら解決されていないのに、基地から派生する被害に落差が生じたため、沖縄との間に心理的障壁が生じたという問題もあるでしょう。
80年代以降、日本政府は日米関係について「同盟」という言葉を使い始めます。日米の力関係が見えにくくなりました。あたかも対等な主権国家同士の「同盟」で、揺るぎないものであるということが、国民の中に刷り込まれていきました。
自分の生活を平穏無事なものとして守り保ちたいという「生活保守主義」と結びつくことで、日米安保が強固になっているのではないでしょうか。
2015年の安保法制時に世論が大きく高まったのは、自分たちの生活が根底から変わるかもしれないという大きな不安感の一つの現れであり、現代民主主義を取り戻すための機運をつくったと思います。自分たちの運動で自分たちの環境を変えていくという態度は、戦後の豊かな経験からです。社会・世界に開かれた個人が、自分と世界を変えようとするところが、戦後理念のいいところです。
短期的には安保条約を肯定していたとしても、騒音や治安の乱れなどの住民・生活水準問題として、基地に不安を持っている人は少なくありません。だからこそ、日米関係を前提としてでしか、世界・安全保障を考えられないという、戦後形成された意識から脱却し、長期的観点から、基地のなくなった日本を考えていかなければなりません。
私は安全保障の専門家ではありませんから、ここからは一市民として発言します。日米安保条約は廃棄可能だと思います。そう言うと、すぐに「軍事攻撃を受けたらどうするのか」という話になりますが、そのための自衛隊ではないですか。また、攻撃を受けないような集団安全保障体制をつくるのは、日米安保以外の方法でも可能ではないでしょうか。
日米安保条約の解消は、東アジアの新秩序の構想とワンセットです。東アジアの国々とのより積極的・平和的な友好関係を築いていくべきです。
核兵器禁止条約でも、「核の傘」のジレンマからアメリカを気にして「核保有国と非保有国との橋渡しをする」と署名拒否を正当化するロジックから抜けだし、より積極的な役割を果たしてほしい。
日本は戦争責任をふまえて、そこに積極的に関与していってほしいです。望む日本の姿は、憲法前文にある「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する」です。理想を振りかざすのは正しすぎて敬遠されるかもしれませんが、理想というのは努力目標ですから。
2020年4月12日
10日、米海兵隊普天間基地(沖縄県宜野湾市)付近で、人体に有害な泡消火剤流出事故が発生しました(1面参照)。泡消火剤による汚染をはじめ、「米軍はこの惑星で一番の汚染者」と告発してきた日本在住の英国人ジャーナリスト、ジョン・ミッチェルさんに聞きました。
米軍が使用する泡消火剤に含まれるPFOS・PFOAによる水質汚染が沖縄県や東京都の米軍基地周辺で問題となっています。両物質は、有毒で残留性の高い有機フッ素化合物PFASに属し、微量でも人体に重大な影響を及ぼします。肝臓や甲状腺への影響、がん(腎臓、前立腺、精巣)の原因となり、低体重出産、発達や免疫系への影響など、子どもへの健康リスクが高いことも指摘されています。
私が米情報自由法(FOIA)を活用して入手した米軍の文書によると、在日米軍は沖縄や本土の基地周辺でPFASによる汚染を繰り返してきました。その事例は四つに分類できます。(1)飛行機の墜落事故で引火した際の、泡消火剤の散布によるもの(2)格納庫のスプリンクラーの誤操作によるもの(その場合、数万リットルもの泡消火剤が放出される)(3)廃棄物として投棄するもの(4)消火訓練。すべての基地に消火訓練場があり、訓練で使用された泡消火剤は周辺地域の水に流れていきます。これが最も多い事例です。
こうした事例は今に始まったものではありません。泡消火剤は1960年代に製造され、70年代には世界各地の基地で使用されていました。製造企業はその時からPFASの危険性を認識していました。米軍も80年代ごろには、環境や人体への影響に気付き始めていましたが、それを隠して製造・使用を続けてきたのです。
米軍は2016年以来泡消火剤を使っての訓練は行っていないと主張しますが、それまでにかなりの量が繰り返し使用されていたため、基地付近の敷地は汚染されています。横田基地での汚染は多摩川にまで広がり、多くの住民が飲料水の汚染に懸念を持っています。
日本政府は飲料水におけるPFOS・PFOAの安全基準として設定した目標値を見直すべきです。厚生労働省は、国内の目標値を、両物質合わせて1リットルあたり50ナノグラム(1ナノグラム=10億分の1グラム)で適用することを発表しましたが、米国の多くの専門家は、1ナノグラムを目標値にすべきと主張しています。さらに、PFAS全体でみると、人体に危険を及ぼす物質は約5千種類あり、それら全てを考慮に入れる必要があります。
泡消火剤の汚染以外にも、米軍はこれまでに数多くの汚染事故を起こしています。1995〜96年、米海兵隊は鳥島射爆撃場(沖縄県久米島町)に、1520発の劣化ウラン砲弾を誤って使用しました。米軍はその後調査をしますが、わずか192発の回収で打ち切りました。
2011年、福島第1原発事故後の「トモダチ作戦」で使用した軍用車両や装備品の除染で発生した汚染水12万リットル以上を厚木基地(神奈川県)と三沢基地(青森県)の下水道に投棄したことも明らかになっています。
こうした事故のほとんどは通告されていません。私も、米軍からの文書を入手した時、これまで起こった事故の数に驚きました。漏出した化学物質をみても、ダイオキシン、放射能、枯れ葉剤などさまざまであり、基地周辺の住民だけでなく、米軍やその家族もその犠牲となっています。在日米軍幹部は人体への影響を把握しておきながら、今までずっと隠してきたのです。
イタリアやドイツなどでは、米軍との地位協定を改定して、基地内への立ち入り調査や原状回復の義務づけ、汚染除去費用を支払わせるなどして、自国内で起こる軍事公害について米軍に責任をとらせるための手段を試みてきました。
一方、日米地位協定の下では、立ち入り調査は米軍の判断次第となっているために、米軍は環境に対する責任を逃れています。日本政府も地位協定上の制約にあぐらをかき、対策を怠ってきました。
また、基地返還時に汚染された基地を原状回復し、補償する義務も米軍にはありません。除染に必要とされる膨大な費用は日本国民の負担となります。基地に伴う経済効果を期待する人もいますが、基地の存在は除染に伴うばく大な費用や住民の健康リスクなど、長期にわたる重い負担をもたらします。
こうした問題を解決するために、日米地位協定の改定は不可欠ですが、それ以前にできることを考えていかなければなりません。私は、(1)透明性(基地の汚染に関する情報の保存、公開)(2)米軍、日本政府の説明責任の確立(3)応答力(基地返還地の再開発への自治体の関与)―が大切であると考えます。
1974年、英国出身。98年に来日して以来、沖縄の人権問題、化学兵器、軍隊による環境汚染の問題などを取材。明治学院大学国際平和研究所研究員。著書は『追跡・沖縄の枯れ葉剤』(高文研)『追跡・日米地位協定と基地公害』(岩波書店)。
2020年4月23日
「新型コロナウイルスの感染爆発で国民生活や医療現場、日本経済は危機に直面している。湯水のように米国製兵器にお金を使っている場合じゃない」。
秋田県、山口県では、こうした憤りの声が相次いで出されています。
北朝鮮の弾道ミサイルを口実に、安倍政権が秋田・山口両県に配備を狙っている陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」。総額1兆円超の可能性がある、超高額兵器です。
防衛省が明らかにしている費目は、▽システム本体2404億円(2基)▽ミサイル発射装置115億円(6基)▽教育訓練費31億円▽維持運用費(30年間)1954億円で、計4504億円。ただ、ここには(1)基地建設費(2)レーダー取得費―が含まれていません。合わせれば約6千億円が見込まれます。
加えて、政府が導入を計画している迎撃ミサイル・SM3ブロックIIAは、昨年8月時点の米政府からの売却額が73発で約33億ドル(約3560億円。発射装置などを含む)。関連経費を差し引いても、1発あたり約45億円以上になるとみられます。イージス・アショア2基で48発が装填(そうてん)可能で、すべて満たせば2千億円を大きく超えます。
さらに、迎撃ミサイルやレーダーは敵の弾道ミサイルの性能向上に応じて、絶えず更新されるため、そのたびに莫大(ばくだい)な費用がかかることになります。
なぜ、これだけの超高額兵器を導入することになったのか。
防衛省は従来、(1)イージス艦(2)地上配備のパトリオットPAC3―による防衛網で北朝鮮の弾道ミサイルに対処すると説明。2014〜18年度の中期防衛力整備計画にも、イージス・アショアは盛り込まれていませんでした。ところが、17年3月30日の自民党政務調査会の提言に突如、「イージス・アショア」の検討を明記。同年12月に「2基導入」を閣議決定しました。
こうした導入経過について軍事評論家の前田哲男さんは、17年11月の安倍晋三首相とトランプ大統領の会談が決め手になったと指摘します。会談後の共同記者会見で、首相は「F35A戦闘機やSM3ブロックIIAも米国から導入する」と表明しました。
前田氏は「『バイ・アメリカン(アメリカ製品を買おう)』を掲げるトランプ大統領に迎合した」と批判。「米原子力空母でも新型コロナ感染が拡大しており、軍隊はコロナ危機に役に立たないことを示した。緊急に対処しなければならないのはウイルスとのたたかいだ。軍事費に膨大な予算を投じるのは見当違いだ」と訴えます。
「イージス艦の甲板の上で農作業するのと同じです」。政府が陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備予定地の一つとしている陸上自衛隊むつみ演習場。わずか200メートル先の高台に畑をもつ白松博之さん(73)=山口県阿武町=は憤ります。
イージス・アショアは1000キロ先の弾道ミサイルを探知するため、強力な電磁波を照射します。このため、現地では電磁波による健康被害が懸念されています。長男夫婦がレタスや白菜を栽培する畑は、その電磁波が照射される方向に位置します。長年、白松さんは自民党員でしたが、配備計画を機に離党しました。
防衛省は電磁波に関し「健康上、環境上の影響は出ない」と説明しますが、「イージス・アショア配備を考える山口の科学者」共同代表の増山博行・山口大名誉教授は「影響を過小に見積もっている」と批判します。
イージス・アショアが強力な電磁波(メインビーム)を照射した際、「サイドローブ」と呼ばれる電磁波が周囲に漏れ出ます。防衛省は「敷地外に影響はない」としていますが、増山氏は「防衛省は電波の強さに関して『平均値』を用いて影響範囲を試算している。しかし、電子機器は誤作動する恐れがあり、電波の強さは『瞬時値』を用いるべきだ。控えめに見ても防衛省が示す保安距離の7倍は確保する必要がある」と指摘します。
防衛省が示した保安距離を7倍にすると、ペースメーカーは812メートル、補聴器は3・3キロ、在宅医療機器は9・9キロです。在宅医療機器への影響は日本海まで及ぶなど非常に広範囲です(地図)。さらに増山氏は「演習場から北朝鮮の方向に標高差70メートルの高台(西台)がある。西台にメインビームが当たって拡散すれば人体にも影響が出る恐れがある」と警鐘を鳴らします。
電磁波と並んで、住民が強く懸念しているのが水質汚染です。
農事組合法人「うもれ木の郷」の前女性部会長の原スミ子さん(76)が住む阿武町宇生賀地区は地下水が豊富で水道や農業用水に使われています。
原さんは地下水に関する防衛省の資料を見て驚きました。演習場の麓にある同地区の井戸からは地下水が湧いているのに、資料では地下水が全く流れない図となっていたのです。「ありえません。地下水は生命線です。建設工事で水源が変わるのではないか」
防衛省の対応にも不信感を募らせています。「むつみ演習場へのイージス・アショア配備に反対する阿武町民の会」の中野克美事務局長(64)は、「防衛省職員は演習場の麓に民家があることすら知らなかった。私たちの生活なんて考えてない」と憤ります。
水環境への影響は萩市でも懸念する声が上がっています。
「この透き通った水を見てください」。むつみ演習場に近い「羽月の名水」を案内しながら「イージス・アショア配備計画の撤回を求める住民の会」代表の森上雅昭さんは語ります。水神を祭る祠(ほこら)もあり、説明板には「古くから『羽月の名水』として親しまれている」と記されています。「住民は昔から、水で生きてきた。水を守り、昔からの生活を守りたい」
イージス・アショア配備計画は破綻に直面しています。2017年、北朝鮮の相次ぐ核実験や長距離弾道ミサイル発射で危機的な状況に陥った米朝関係を背景に、政府は一気に導入を決定。その狙いは「日本防衛」ではなく、米領グアムやハワイに向かう弾道ミサイルの迎撃でした。
しかし、トランプ米大統領と金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は18年以降、3度の会談を行うなど、両国関係は劇的な変化を遂げます。
一方、昨年8月に米ロ間のINF(中距離核戦力)全廃条約が失効したことで、北東アジアは、米中ロ3国間の、最大射程5500キロにおよぶ弾道ミサイルや巡航ミサイルの軍拡競争時代に突入しました。北朝鮮の弾道ミサイルを想定しているイージス・アショアは完成したころには完全に「時代遅れ」になります。まさに壮大なムダであり、配備撤回以外にありません。
2020年5月10日
昨年秋、沖縄県名護市辺野古区の、ある金物店が店じまいしました。1997年4月から22年あまり、辺野古の米軍新基地反対を訴えてきた西川征夫(いくお)さん(76)が営んできた「辺野古金物店」です。いまはこれまでの活動写真が壁いっぱいに飾られ、たたかいの歴史を未来に伝える学習の場になっています。西川さんは決意を込めます。「商売もやめたので、これからも全力投球で携わっていく。使命感です」
95年、沖縄に駐留する米兵による少女暴行事件に県民の怒りが爆発。同年10月の県民大会には8万5千人が参加しました。これに対し、日米両政府は96年、SACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)で、米海兵隊普天間基地(宜野湾市)の返還を打ち出しましたが、新基地建設と引き換えでした。
「実は千載一遇のチャンスと考えていた。当時は建設業関連にいたから仕事も増えるだろう」と打ち明ける西川さん。自民党国会議員の後援会青年部にも入っていた西川さんの「気持ちが変わった」のが97年1月、辺野古公民館で行われた日本共産党主催の学習会でした。浮かび上がった実態は、辺野古の海を埋め立て、住民の真上をオスプレイが飛び交う巨大な基地建設でした。
「絶対に受け入れることはできない」と、同年1月27日にヘリ基地建設阻止協議会「命を守る会」が発足。4、5人ほどだった仲間が集まるたびに10人、20人と増えていきました。初代会長になった西川さんは、仕事を干されるなどの嫌がらせを受けても屈しませんでした。
同年12月21日に行われた名護市民投票で新基地建設反対が多数となります。西川さんは「これで終わりだ。命を守る会は解散準備だ」と勝利宣言。ところが、その3日後、当時の比嘉鉄也市長が民意を裏切り、新基地受け入れを表明します。
その後、辺野古区の行政委員会は、振興や戸別補償などの条件付きで基地を受け入れる方針に転換しました。辺野古の米軍キャンプ・シュワブの米兵が落とした金で「繁栄」したベトナム戦争時の“再来”―。そうした幻想の背景には、基地と引き換えの交付金や「振興策」による政府の「アメとムチ」政策がありました。市民に深刻な「分断」が持ち込まれたのです。
西川さんは24歳のときキャンプ・シュワブで軍警備隊に入隊。ベトナム戦争が本格化した60年代後半、米兵が飲食店でお金をどんどん落とします。一方で酒におぼれた米兵による殺人など事件が多発。戦争が終わると米兵が激減し、辺野古も衰退しました。
「基地と町はそういう大きなリスクがある関係だ。建設業の会社が8社あったが、いまは1社しか残っていない。基地で潤うという感覚はもう古い」
戦後、沖縄県は米軍の軍事的支配の下におかれ、今なお米軍専用基地の70・3%が集中。米軍に土地を奪われ、騒音や事故、犯罪、環境汚染といった過剰な基地負担に苦しんできました。
これ以上の新たな基地はいらない―。辺野古の数人の住民からはじまったたたかいが、やがて分断を乗り越え、大河のような流れになってゆきます。
「辺野古の海にも陸にも基地を造らせない」と訴えた稲嶺進氏が名護市長に当選(2010年)。普天間基地の閉鎖・撤去、「県内移設」(辺野古新基地)断念などを求め県内全41市町村長・議会議長らが署名した「建白書」の提出(13年)。保守と革新の壁を乗り越え、「米軍基地は経済発展の最大の阻害要因」と訴えた翁長雄志知事の「オール沖縄」県政の誕生(14年)。翁長知事を継承する玉城デニー氏の知事選での圧勝(18年)。そして、7割超が新基地に反対した県民投票(19年)―。
安倍政権はこうした民意に逆らい、新基地工事を強行。18年12月から埋め立て土砂の投入に着手しました。埋め立て土砂が搬出されている名護市安和の琉球セメント桟橋と、本部町の本部港塩川地区で監視をしている「本部町島ぐるみ会議」の記録によると、採石場から土砂を運ぶダンプ台数が今年に入り急増しています。同会議の高垣喜三さん(71)は「土砂を海上搬送する運搬船も大型化し、効率化を図っている」と指摘します。
それでも、土砂投入量の進捗(しんちょく)状況は1・6%(1月末時点)にすぎません。単純計算すれば、土砂の投入だけで60年以上かかります。さらに、新基地建設の作業員が新型コロナウイルスに感染するなどして、工事は中断しました。
政府の新基地計画は技術的にも破綻に直面しています。埋め立て予定地に広がる軟弱地盤改良工事に伴う設計変更を県に申請しましたが、軟弱地盤が海面下90メートルにまで達する地点もあるなか、国内にある作業船では海面下70メートルまでしか地盤改良工事ができません。専門家は「工事を強行すれば護岸が崩壊する恐れがあり、工事は破綻する」と指摘します。
さらに、完成まで最短で12年という工事の長期化、当初想定の約2・7倍となる9300億円もの莫大(ばくだい)な費用。そのうえ、玉城デニー県政が続く限り変更申請が認められることはありません。
高垣さんは「現場で業者と顔を合わせていますが誰も基地ができるとは思っていません。コロナで工事が中断していますが、国は新基地建設を断念するいい機会ではないか」と話します。
普天間基地から直線距離で200メートルほどの自宅の斜め上を米軍機が爆音を響かせ通り過ぎます。宜野湾市新城に住む奥田千代さん(78)は「新型コロナウイルスでも米軍はお構いなし。毎日わじわじーして(頭にきて)暮らしている」と語ります。「県民の土地をぶんどって自由気ままに飛びまわって。その下に私たちが住んでいるんですよ」
辺野古新基地建設の最大の大義名分は「普天間基地の危険性除去」でした。そして、安倍政権は完成前であっても19年2月までの「運用停止」を県と約束していましたが、反故(ほご)にしました。この間、MV22オスプレイ墜落(16年)、小学校校庭へのCH53ヘリの窓枠落下(18年)など、普天間所属機は重大事故を繰り返してきました。
さらに、オスプレイの夜間訓練の増加、戦闘機など「外来機」の飛来増加で爆音被害が拡大。宜野湾市に寄せられた苦情件数は18年度に過去最高の684件に達しました。19年度も507件が寄せられ、「最近は23時まで飛んでいて、メンタルをやられている」など深刻な声もあります。
政府が辺野古に固執すればするほど、普天間基地は「固定化」され、「危険性」が拡大されているのです。
もはや「辺野古新基地計画は技術的にも財政面からも完成が困難」―。県の「米軍基地問題に関する万国津(しん)梁会(りょう)議」は今年3月、こうした提言を出しました。同会議の柳沢協二委員長(元内閣官房副長官補)は「おそらく政府内でも、本気で完成できると思っている人間はいない。まず、その点を認めて県と真摯(しんし)な議論を進めるべきだ」と語ります。
日米両政府が権力を総動員して襲いかかっても、沖縄県民は屈しませんでした。その根底にあるのは、県民の4人に1人が亡くなった沖縄戦の記憶です。
奥田さんは両親の顔を知りません。75年前の沖縄戦。父は戦死、母は本島北部の捕虜収容所で亡くなりました。当時3歳の奥田さんにほとんど記憶はありませんが、母が亡くなった状況はかすかに覚えているといいます。「あの戦争の二の舞いはもうごめんという気持ちが原点。有事となれば基地が狙われる。ただ普天間がだめ、辺野古がだめというだけでなくたたかうための基地が許せない。だから、おじい、おばあが座り込んで抗議する。県民の絆が強いのは原点が戦争にあるからです」
沖縄戦のきっかけは、旧日本軍が「本土防衛」の“捨て石”として、沖縄に基地を建設したことがきっかけでした。戦後は米軍の占領下で住民の土地を強奪し、アジアへの侵略拠点として基地拡張が進められました。復帰後も日米安保体制の下、「基地の島」としての実態が変わることなく続いています。
沖縄はどこへ向かうべきなのか―。万国津梁会議は「沖縄はアジア太平洋における緊張緩和・信頼醸成のための結節点を目指すべきである」と提言しました。平和を希求する「沖縄のこころ」を伝え、アジア地域の「架け橋」としての役割を担う―。「基地のない平和な沖縄」へ、県民のたたかいは続きます。
(第二部おわり)
【第三部】
2020年7月20日
この国はいったい、誰を思いやっているのか―。在日米軍の活動経費のうち、日本側負担分(在日米軍関係経費)が、米軍「思いやり予算」の計上が始まった1978年度から2020年度までの累計で、約23兆9500億円に達することが分かりました。外務省・防衛省の資料に基づいて本紙が計算しました。世界に例のない異常な経費負担の構造をシリーズで検証していきます。
基地の地代や補償などを除き、「日本に米軍を維持するためのすべての経費は、日本に負担をかけないで米国が負担する」―。日米地位協定24条には、こう明記されています。
これを素直に解釈すれば、日本が負担するのは基地の地代や地主への補償、周辺自治体への交付金などに限られるはずです。しかし、日本政府は米側の理不尽な要求に屈し続け、(1)「思いやり予算」(在日米軍駐留経費負担、78年度〜)(2)「SACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)経費」(96年度〜)(3)「在日米軍再編経費」(名護市辺野古の新基地建設など、2006年度〜)という協定上も義務のない費目をなし崩し的に拡大。在日米軍関係経費は年8000億円規模まで膨張しました。
とりわけ、ここ数年は辺野古新基地建設費が大幅に増えており、経費負担を引き上げる最大の要因になっています。これまでに4236億円が計上されていますが、沖縄県は2兆5500億円かかると試算しています。
ボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障担当)が6月に発売した回顧録で、トランプ米大統領が日本に「米軍経費年80億ドル」を要求していると暴露し、衝撃を与えました。
トランプ氏が念頭に置いているのは、来年3月に期限を迎える現行の「思いやり予算」特別協定です。同協定では、年間おおむね2000億円、5年で1兆円の支払いを定めていますが、これを4・5倍に拡大しようというものです。
仮にこの要求が通れば、年間約2000億円の「思いやり予算」が8500億円になり、在日米軍関係経費は総額1兆4000億円という、途方もない金額になります。
米軍「思いやり予算」拡大の一方、政府は1981年、「臨調行革」路線を持ち込み、医療・福祉・教育切り捨てに乗り出しました。新型コロナウイルスの感染拡大で苦難に直面する医療や国民生活を支援するため、かつてない財政出動が求められています。辺野古新基地建設も米軍「思いやり予算」も増額ではなく停止すべきです。思いやるべきは国民です。
米軍への経費負担は日米安保体制の発足と同時に始まりました。
1952年4月28日に発効した旧日米安保条約に基づく日米行政協定25条に、米軍の輸送や役務・物資調達のため年1億5500万ドル相当の負担が明記されました。「防衛分担金」と呼ばれ、政府は53年度に620億円を計上。56年度までに2655億円を計上しています。
ただ、米軍への過剰な経費負担に国民の批判が集中。60年1月の安保改定に伴って締結された日米地位協定では、「防衛分担金」制度は廃止され、1面報道のように、地代や補償、自治体への交付金などに限定しました。
しかし、沖縄返還協定の交渉に関する71年6月9日の日米外相会談で、米側は表向きの返還費用3億2000万ドルとは別に、基地改修費6500万ドルなどを日本側に負担させるため、地位協定24条の「リベラルな解釈」を要求。国会で問題になった際、大平正芳外相(当時)は、地位協定の「リベラルな解釈」を「理解できる」と述べました(73年3月13日、衆院外務委員会)。これが、地位協定の解釈拡大による「思いやり予算」の源流といえるものです。
米側は77年、「円高・ドル安」を口実に、基地従業員の労務費分担を要求。福利費62億円の負担を合意し、78年度予算に計上されました。「思いやり予算」の出発点です。
ところが米側はそのわずか18日後、次の要求に踏み出しました。
在日米大使が本国に送った78年1月9日付公電は、「『大平解釈』が日本側で支配的になっている」とした上で、「われわれは追加的な計画、とくに住宅を日本側に提案するよう薦める。日本側がさらなる支援に対価を払うことは可能だ」と述べています(米研究機関ナショナル・セキュリティー・アーカイブ)。米側の狙い通り、日本は79年度から施設整備に着手。住宅や学校、娯楽施設、さらに滑走路や埠頭(ふとう)など戦闘関連施設まで着手しました。
やがて、「リベラルな解釈」さえ限界に達し、87年度からは「思いやり予算」特別協定を締結。(1)基地従業員の基本給(2)光熱水費(3)訓練移転費―と拡大しました。特別協定について、政府は「特例的、限定的、暫定的」としていますが、現在まで7回、延長を繰り返しています。
米国は95年、日本を含む同盟国による経費負担を「共同防衛」のための「責任分担」だとして正当化。同年から2004年まで「共同防衛に対する同盟国の貢献度」報告を公表し、「貢献度」を競わせてきました。
その中にあって、日本は労務費、施設建設費、光熱水費などの「直接支援」が32・28億ドルで、2番目に多い韓国(4・86億ドル)の約6・6倍と突出しています。(04年版)
「貢献度報告」は現在、刊行されていませんが、韓国政府の12年資料によれば、日本は4053億円。2番目に多い韓国(770億円)の5・3倍で傾向は変わっていません。
96年度から計上されたSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)経費は、米軍経費負担を新段階に引き上げました。沖縄の少女暴行事件を逆手に取り、「基地負担軽減」の口実で最新鋭の基地を建設するというものです。これが辺野古新基地問題の発端であり、2006年度から始まった在日米軍再編経費に引き継がれます。
米軍再編では岩国基地の滑走路沖合移設、国際的にも例のない、米領内(グアム)での基地建設など、「総額3兆円」とも言われる巨大な事業が盛り込まれ、米軍への経費負担が質量ともに飛躍しました。
こうして、地位協定にさえ規定されていない経費負担は、出発点の62億円から、今日では年間4000億円、累計で10兆円近くまで膨れ上がったのです。
日本はなぜ、これだけ米国言いなりに経費負担を拡大してきたのか。防衛省は、日本に対する武力攻撃が発生したとき、日米安保条約5条に基づいて共同対処を迅速に行うために米軍の駐留が不可欠だとしています。
しかし、在日米軍の大半は空母遠征打撃群や海兵遠征軍など、「日本防衛」とは無縁の遠征部隊で構成されています。朝鮮半島、インドシナ、中東への派兵を繰り返し、現在の最大の戦略目標は南シナ海での「中国抑止」です。日本政府はその足場を提供しているにすぎません。
それでも、政府は、在日米軍は「抑止力」であり、駐留米軍ぬきの安全保障戦略を描けないという「思考停止」に陥っています。とりわけ安倍晋三首相の日米同盟依存は歴代首相の中でも突出しています。そこにつけこみ、「日本からの米軍撤退」でどう喝し、駐留経費の大幅増を勝ち取ろう―。そう考えたのが、ドナルド・トランプ氏でした。
2020年7月27日
「(日本からの)80億ドル(約8500億円)と(韓国からの)50億ドルを得る方法はすべての米軍を撤退させると脅すことだ」。ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)が6月に刊行した「回顧録」で、トランプ米大統領の発言が暴露され、衝撃を与えました。
トランプ氏の念頭にあるのは、来年3月に期限が切れる在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)特別協定。「応じなければ米軍を撤退させる」と脅して、現在の年約2000億円を、一気に4・5倍の8500億円まで引き上げようという荒唐無稽な要求ですが、その深淵(しんえん)には、戦後、「世界の支配者」としてふるまってきた米国の同盟国に対する「どう喝の論理」が貫かれています。
第2次世界大戦の勝者となった米国は戦後、地球規模で基地・同盟ネットワークを広げ、侵略と干渉のテコにしてきました。同時に、「西側世界を守るため」であるという大義名分を掲げ、同盟国に集団的自衛権の行使や兵たん支援、軍事費の引き上げといった、「負担分担」を要求してきました。
これに拍車がかかったのが1970年代です。ベトナム戦争敗北、石油ショックなどで米国の地位が相対的に低下すると、米議会を中心に「安保ただのり」論が噴出。やり玉にあがったのが日本でした。「対日貿易赤字」を背景に、78年度の「思いやり予算」導入、87年度の「思いやり予算特別協定」と、米側の要求を次々にのまされました。
米国は韓国にも経費負担を要求。91年、「米韓防衛費分担特別協定」(SMA)が導入され、基地従業員の労務費や施設建設費などを韓国側が負担。さらに95年以降、米国防総省は「共同防衛に対する同盟国の貢献度」報告を公表し、同盟国に「貢献度」を競わせてきました。
これを新たな段階に引き上げようと狙っているのがトランプ氏です。「回顧録」によれば、同盟国が米軍駐留経費の全額を支払い、さらに上乗せしようという「コストプラスX%」という方式を長年温めていたといいます。米国と同盟国が米軍駐留経費を「負担分担」する従来の原則から、同盟国が全額負担し、さらに課金する―。驚くべき強欲ぶりです。
最初は「プラス25%」だったのが、最終的に「プラス50%」となり、その結果、韓国は従来の5倍、日本は4・5倍という数字になったといいます。そこには、「核の傘」提供費も含まれているとの報道もあります。日本に先立ち、この「コストプラス50%」方式に最初に直面したのが韓国でした。
韓国版「米軍思いやり予算」である「米韓防衛費分担特別協定」(SMA)の期限は2018年12月でした。しかし、交渉はまとまらず、期限が1年延期されました。
1面報道のボルトン前大統領補佐官の回顧録によれば、19年4月、トランプ米大統領は訪米した文在寅大統領との昼食会で、「(韓国への)米軍駐留経費は50億ドルかかり、韓国からのテレビ輸入で、われわれは毎年40億ドル失っている」と述べ、従来の5倍となる「年50億ドル」の負担を正式に要求しました。
さらにトランプ氏は同年6月30日、G20大阪サミットを経て訪韓し、板門店の軍事境界線上で北朝鮮の金正恩国務委員長と電撃会談した際も、文氏に「50億ドル」をゴリ押ししたといいます。
トランプ氏は、「われわれは韓国を守るために40億ドルを失っている。北朝鮮は核開発を進めており、もし米国が朝鮮半島にいなければ深刻な結果になっただろう」「私は金正恩と会うことができ、韓国を救った」と述べ、「支払い」を要求しました。
トランプ氏の姿勢は傲慢(ごうまん)そのものです。しかし、「守ってやっている」という思いあがった発想は、戦後、米国が一貫して持ち続けてきたものです。
米韓の駐留経費負担をめぐっては、文氏は、すでに韓国は相応の負担に応じているとして、5倍増を強く拒否。結局、19年末になっても交渉はまとまらず、協定の期限が切れたため、在韓米軍基地の従業員が無給状態に追い込まれます。やむなく、韓国政府は20年末まで、従業員の給与全額を支払うため、約2億ドルを追加負担することで合意しました。
さらに7月に入り、米メディアなどで「在韓米軍撤退」論が浮上。「駐留経費50億ドル」をめぐり、米韓の激しい攻防が続いていることがうかがえます。
韓国に加え、日本での駐留経費の大幅増の実現を命じられたボルトン氏は19年7月下旬、日本を訪問。谷内正太郎国家安全保障局長(当時)に、現行の約4・5倍となる「思いやり予算」年80億ドル(約8500億円)を、伝達しました。
新たな「思いやり予算」特別協定の交渉の開始時期をめぐり、河野太郎防衛相は「秋口」との見通しを示しています。しかし、ボルトン氏は谷内氏に「80億ドル」を伝達した時点が、「交渉の始まり」との認識です。米政府はすでに、「4・5倍増」要求を固めているとみられ、厳しい交渉になることは避けられません。
ボルトン氏は、こう警告しています。「韓国の次は日本だ」
米国は海外に米軍を駐留させる「前方展開戦略」を維持しつつ、1991年のソ連崩壊以降、海外基地を段階的に削減しています。
しかし、日本は削減どころか、沖縄県名護市辺野古の新基地建設など、自らの負担で基地を増強しており、むしろ米軍を引き留めているのが現状です。
こうした姿勢をあらためない限り、誰が米大統領になろうと、「負担増に応じなければ米軍を撤退させる」とのどう喝が、繰り返し用いられることは目に見えています。(第3部(1)は7月20日付に掲載)
2020年8月2日
「全国どこでも、住民はゴミ分別で苦労しています。それなのに、分別しない米軍のために、日本国民の税金でゴミ分別施設まで建設することが許されるのか」。日本政府による米軍「思いやり予算」の実態を告発したドキュメンタリー映画「ザ・思いやり」監督のリラン・バクレーさん(神奈川県海老名市在住)は、こう憤ります。
日米両政府は1973年10月、「家族居住計画」の名の下で、米海軍横須賀基地(同県横須賀市)の空母母港化を強行。基地内の家族住宅が不足していたため、大量の米兵が家族を帯同して横須賀市や横浜市など、基地外の賃貸住宅に居住するようになりました。
バクレーさんが入手した93年4月付米海軍の文書によれば、米国人はゴミ分別の習慣がないため、曜日ごとに分別を行う日本の習慣に適応するのが難しく、基地外の米軍関係者は大量のゴミを基地内に持ち込んでいました。これを処理するため、分別施設を含む大規模な焼却炉の建設を提案。詳細な設計図まで添付されています。
文書は同施設について、「日本政府の資金による提供施設整備(FIP)に基づいて、日本政府が建設」すると明記しています。FIPとは、米軍「思いやり予算」の費目の一つで、米兵用の住宅や学校・娯楽施設、格納庫や倉庫など基地関連施設を建設する計画です。
防衛省南関東防衛局は本紙の取材に対し、分別施設は97年度に完成し、米軍「思いやり予算」1億2千万円が使われたことを明らかにしました。(現在は基地内で排出されたゴミに限定)
しかし、防衛局には分別施設のために資金を提供した記録はありません。「ユーティリティー(多目的施設)」などの費目で資金を提供し、あとは何を建設しようが米軍の自由。事実上の「つかみ金」であるという実態が浮かび上がりました。バクレーさんは、こうした経緯を現在作成中の「ザ・思いやり」第3弾で明らかにする考えです。
2010年4月、内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露した1本の動画が世界を震撼(しんかん)させました。イラク戦争真っただ中の07年12月、米兵がロイター通信の記者や一般市民をヘリから銃撃し、笑いながら殺害しているものです。映像を見て、あまりの怒りで3日間眠れなかったバクレーさんは、日本にいる米軍の存在に疑問を抱きます。建設的に何かできないかと模索する中で、「米軍への『思いやり予算』を東北の被災者に」と活動する人たちに出会いました。
(1面のつづき)
2011年4月、東日本大震災の翌月に被災地を訪問したバクレーさんは、仮設住宅について「物が何もなく、狭くてプライバシーもない。人間が住むような場所じゃなかった」と説明します。日本政府は、その後も相次ぐ自然災害の被災者には劣悪な住まいを押し付け、一方で米軍に対しては、豪華な住宅、ゴルフ場やプールなどの娯楽施設などを「思いやり予算」で提供してきました。
防衛省の資料によると、1979年度から2019年度の提供施設整備費の総額は、2兆3473億円にものぼります。その間に、207棟の隊舎(独身兵用宿舎)、1万1461戸の家族住宅が建設されました。加えて、06年の在日米軍再編ロードマップに基づく米原子力空母艦載機の岩国移駐に伴い、山口県岩国市内の愛宕山に家族住宅262戸が建設されました。
米空軍が公開している、横田基地(東京都福生市など)の上級幹部用住宅の間取り図をみると、寝室が四つ、浴室が二つ、広大なリビングやテラスが備わっています。防衛省の資料によると、最も高価な上級将校用住宅の場合、建設費だけで9650万円、面積は約245平方メートルにのぼります。
米海兵隊が沖縄の住環境を紹介する映像には、米軍住宅の大きなリビングや寝室が流れ、「どの住まいにも、米国の家庭と同じ様式の家具や設備が備わっています」と説明。沖縄の景色と共に、そこで充実した生活を送る米兵やその家族が映し出されています。
住宅だけではありません。基地内で使用する光熱水費も全て「思いやり予算」で提供されています。防衛省の資料によれば、18年度は約400億円にのぼっています。(表)
米軍にとって日本は最適な場所であり、バクレーさんは、その理由として「利便性」をあげます。ドキュメンタリー映画「ザ・思いやり」第1弾で取り上げた、神奈川県逗子市にある神武寺駅。当駅でベビーカーを押した外国人女性が改札へ向かいましたが、その先は通常の改札ではなく、踏切を挟んだ先にある建物でした。そこには、「警告 立ち入り制限区域 許可されたもの以外の立ち入りを禁ず」とあります。米兵やその家族らが、隣接する米海軍池子住宅地区に直接行けるようにする目的で、08年につくられた米軍専用の改札口です。米軍人の「利便性」のために、1億2千万円もの「思いやり予算」が使われました。
ボルトン前米大統領補佐官の「回顧録」で明らかになった、トランプ米大統領の「思いやり予算」の増額要求について、バクレーさんは「彼には倫理は全くなく、全て“ディール”(取引)です。あれだけの額を請求することには何の根拠もなく、ただの脅迫みたいなもの。日本政府も意味のないところに払い続けるのをやめるべきです」と強調しました。
前作で、三沢基地近くの青森駅前でアンケートを実施。米軍がシリアやヨルダンで子どもたちや民間人を殺している事実を知った上で、その米軍が三沢基地を足場にしていることを伝えると、誰もが「おかしい」「日本を守るためではない」と声をあげます。
バクレーさんは語ります。「日本人にとって、米国の存在が当たり前になり、撤退されるのが怖くなってしまった。でも、戦後米軍が他国に対して何をやってきたのかを知れば、そういう人たちを日本においてはならないという気持ちになると思います。私は映画を通じて、米軍の本当の姿を知ってもらいたい」
2020年8月13日
米国防総省の「基地構造報告」2018年度版によれば、在日米軍基地は資産評価額上位10基地のうち、7基地を占めます。地球規模での出撃を支えるための滑走路や格納庫、桟橋から住宅、学校、娯楽施設にいたるまで、「思いやり予算」などによって、日本政府が米軍への大盤振る舞いを続けてきた結果です。
防衛省が日本共産党の赤嶺政賢衆院議員に提出した資料によると、米軍「思いやり予算」に基づく提供施設整備費は1979年度から2020年度までで総額2兆3791億円に達しています。全国67の米軍基地で計1万3057件の施設を整備しました。
項目をみると家族住宅や学校、育児所、病院、郵便局、スポーツ施設、ガソリンスタンド、消防署、教会、隊舎、工場、管理棟など多岐にわたり、71項目に及びます。
特に巨額の資金を提供しているのは家族住宅です。整備数は1万1461件、約5577億円に達します。さらに滑走路(2件、約68億円)、桟橋(9件、約297億円)、整備施設(7件、約268億円)、訓練施設(11件、67億円)など、出撃や訓練、修理といった作戦行動に関わる施設まで整備してきました。
こうした「思いやり予算」で10万人を超える人員(軍属や家族を含む)の常時駐留を可能にするとともに、日本政府がインフラを整備した基地で核攻撃態勢を維持し、さらにイラクやアフガニスタンなどに出撃して罪のない多くの住民を殺りくしてきました。日本国民はこうした税金の使われ方を望んでいません。
「思いやり予算」に基づく施設整備は基本的に、既存の基地にインフラを建設するものでしたが、1996年度から始まったSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)、2006年度から始まった在日米軍再編は、基地の「移設」を口実に、最新鋭の基地を丸ごと建設するものに変容しました。
特に沖縄県名護市辺野古の新基地建設は軟弱地盤の改良のために工事が長期化し、経費が膨張します。沖縄県は総額2兆5500億円に上ると試算しており、これだけで「思いやり予算」の施設整備費総額を上回ります。再編計画全体で数兆円に達します。
さらに、SACO経費として、日本政府は1996年度から2020年度までに沖縄県の北部訓練場「過半返還」の条件として、東村高江の米軍ヘリパッド6カ所の建設費計115億円を計上。日米両政府は16年12月に「完成」を表明しましたが、その後も工事が続きました。
2020年8月13日
少人数学級の実現は、教職員や父母の長年の願いです。とりわけ、新型コロナウイルスの感染拡大のなか、感染予防と豊かな学びを保障するために、少人数学級実現を求める声が大きく広がっています。一方、米軍「思いやり予算」で建設された在日米軍基地内の学校は少人数学級が実現されています。日本の子どもたちには感染リスクと背中合わせの過密な教室を押し付けながら、米軍には日本の税金で快適な学校を提供する―。その不当性がコロナ禍で問われています。
(関連2面)
米軍基地内の学校を運営する米国防教育局(DODEA)によれば、小学校1〜3年の1クラスあたりの定員は18人、小学校4年〜中学生までは24人とされています。一方、日本では小1でも35人、小2以降は40人です。教室の面積基準も79平方メートルで、63〜64平方メートルとされる日本の平均的な教室より広くなっています。
DODEAによれば、現在、在日米軍基地に存在する学校(小中高)は33。一方、防衛省が日本共産党の赤嶺政賢衆院議員に提出した資料によれば、「思いやり予算」の一部である「提供施設整備」(FIP)に基づいて日本が資金提供した学校数は36です。
建設費は時期や規模によって異なりますが、米軍関係者の子どもたちの通学の負担を減らすためとして、2014年に完成した池子住宅地区(神奈川県)内の小学校の場合、予算額は約67億円にのぼっています。
17年に同小学校を視察した日本共産党の岩室年治逗子市議によれば、教員と補助教員の2人体制で授業が行われており、いじめ問題などに対応するため、心理カウンセラーが年に2回、生徒全員と面談するといいます。岩室議員は「同じ教育環境が逗子、日本の子どもにも提供できたら」との感想を持ったといいます。
2020年8月19日
日本国民の税金を使った米軍基地整備は、2006年の在日米軍再編計画に基づく在沖縄海兵隊のグアム移転で新たな段階に入りました。
日本政府は「沖縄の負担軽減」を口実に、米領グアムに最新鋭の海兵隊基地の提供を約束。これは総額86億ドルのうち上限28億ドルを負担するものとなります。
日本政府は既に2298億円を米政府に提供しました。今年度は404億円を提供する計画で、これを加えれば2702億円に達します。将来的な返還がありうる在日米軍基地とは違い、グアムの基地インフラは米国の資産になります。米領内の基地建設のための資金提供は前代未聞です。
日本が提供した資金に基づくグアムの基地建設事業は、海軍コンピューター・通信基地(フィネガヤン地区)内の司令部塔や庁舎、下士官用隊舎、生活関連施設などに加え、南アンダーセン地区やテニアン島での戦闘・射撃訓練場なども含まれています。(地図)
日米両政府は06年5月に米軍普天間基地(沖縄県)の名護市辺野古への「移設完了」を条件に、米海兵隊のグアム移転で合意。しかし、沖縄県民のたたかいで辺野古新基地建設が進まず、12年4月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、新基地建設の進展にかかわらずグアム移転を進める方針に転換しました。在沖縄海兵隊の定数1万9千人のうち9千人を国外移転。うち4千人をグアムに、5千人をハワイなどに移転するとしています。ただ、これらは机上の配分にすぎず、実際の駐留規模は流動的です。
グアムへの海兵隊移転の本質は「沖縄の負担軽減」ではなく、アジア太平洋地域における出撃拠点としての基地強化です。12年の2プラス2共同発表は、アジア太平洋地域において米軍を地理的に分散させて抑止力を強化し、「戦略的な拠点としてのグアムの発展を促進する」と明記。米軍は中国の弾道ミサイル能力の向上や海洋進出を念頭に、兵力を西太平洋に分散配備する戦略を進めており、その一つがグアムの基地強化です。
そのために国民の税金を使うことは、日本の主権を揺るがす行為です。
(1面のつづき)
西太平洋の戦略的要衝であるグアムは、米軍基地が面積の3分の1を占める「基地の島」です。住民の間には、沖縄からの海兵隊移転による「経済効果」への期待の一方、生活環境の悪化への懸念も強まっています。グアムの基地強化に反対する住民団体「プルテヒ・リテクザン(リテクザンを守れ)」のモネッカ・フローレスさんに思いを聞きました。
◇
最も懸念されるのが水源への影響です。米軍が新しい井戸を建設し、島の主な水源である帯水層から毎日約4540トンの水をくみ上げようとしています。その帯水層の真上に実弾射撃訓練場も造られ、実弾の鉛や発射火薬、消火剤などで汚染される危険があります。きれいな水は基本的人権であり、帯水層の破壊は私たちの人権の侵害です。
また、数千人の海兵隊員が押し寄せることで、犯罪の増加や家賃上昇、インフラの負担増など数多くの社会的影響も懸念されます。
基地や訓練場の建設のために約493ヘクタールの森林が伐採されています。建設作業中にグアムの先住民族チャモロ人の遺跡や埋葬地が新たに発見されました。今回初めて発見された歴史的価値のある貴重な遺物も見つかっています。(グアム先住民の)私たちチャモロ人にとって祖先が眠る場所は神聖な土地です。しかし、米軍は遺跡を破壊し、祖先の遺骨を紙袋に入れて保管していました。
アンダーセン空軍基地の北西部に隣接するリテクザンでは、絶滅危惧種を含む多くの動植物が生息し、祖先の暮らしを伝える遺跡や埋葬所、壁画が残っている聖地です。そこに射撃訓練場が建設されようとしています。
グアムの住民は政治的な権利や自治を制限され、米国の植民地とされています。
「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)」運動にみられるように、米国の白人至上主義と資本主義が大きな問題です。米国で起きている警察による暴力、人種差別主義、白人至上主義は全て植民地化・軍事化とつながっており、資本主義がこの抑圧をささえています。
「沖縄の海兵隊をどこに移すか」ではなく、この体制を解体させ、米国の不正義をやめさせなければなりません。海兵隊の行くべき場所はありません。
日本政府にはご自身の国民の声を聴いてほしい。沖縄の方々は米軍基地による暴力や戦争リスクに反対して声を上げてきました。私たちは高江「ヘリパッドいらない」住民の会など沖縄の方々と連携し、今後も活動していきます。
2020年8月22日
日本政府がこれまで負担してきた在日米軍の訓練移転費が累計で589億円にのぼることが分かりました。米軍の同盟国で、訓練移転経費まで支払っているのは日本だけです。「地元負担の軽減」のためといいながら、日本全土を米軍の訓練場として強化し、基地被害の苦しみを拡散しているのが実態です。
日本政府が経費負担をしている米軍訓練の移転は、(1)米空母艦載機による夜間離着陸訓練(NLP)の厚木基地(神奈川県)から硫黄島(東京都)への移転(2)SACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)合意に基づく在沖縄米海兵隊の県道104号線越え実弾砲撃演習の本土5カ所への移転(3)SACO合意に基づくパラシュート降下訓練の読谷(沖縄県)から伊江島(同)への移転(4)在日米軍再編に係る米軍機の訓練移転―の4分野(表)です。
支払い根拠になっているのは、1995年に改定された在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)特別協定第3条。改定に伴う日米の往復書簡では、訓練移転経費の見積もりは米政府が行い、日本はその見積もりを「考慮」するとしており、米側の要求次第で金額が拡大する仕組みになっています。
そもそも、日米地位協定は、地代や補償などを除き「日本に米軍を維持するためのすべての経費は、日本に負担をかけないで米国が負担する」(24条)としており、訓練費用を負担する根拠はありません。
政府もかつては、「訓練、演習そのものの経費、これは米軍が負担すべき経費だというふうに考えます」(1995年2月27日衆院外務委員会・時野谷敦外務省北米局長)と答弁しています。
(1)〜(4)の訓練移転はいずれも、基地周辺住民の「負担軽減」を口実に行われています。
しかし、米空母艦載機離着陸訓練(FCLP)の一部であるNLPは、硫黄島移転後も厚木のほか横田(東京都)や岩国(山口県)などで実施され、騒音被害をもたらしました。艦載機が移駐された岩国では騒音がいっそう激化しています。
沖縄県道104号線越え実弾砲撃演習移転も、当初は沖縄と「同質同量」とされていましたが、使用兵器や部隊規模が拡大し、質・量とも大きく超えています。加えて、移転先の自衛隊基地に米軍専用施設を建設するなど、自衛隊基地の「米軍基地化」が加速。18年度までの施設整備の支払額は127億3800万円にのぼります。
沖縄の嘉手納基地や普天間基地から「訓練移転」として米軍機が全国に飛来する一方、嘉手納・普天間には、新たな外来機の飛来が急増するなど訓練が激化。騒音被害が拡大し続けています。
1面報道のように、そもそも日米地位協定上、日本側に米軍の訓練経費を支払う義務もなく、政府もそう考えていました。
しかし、米国は1995年2月27日に公表した「東アジア・太平洋安全保障戦略」で、同盟国に対して海外での軍事作戦の強化や駐留米軍の経費負担など「責任分担」を強調しました。さらに米国防総省は同年4月から「共同防衛に対する同盟国の貢献度報告」を公表。同盟国に経費負担の拡大を露骨に要求する立場を示しました。
こうした戦略を背景に行われた米軍「思いやり予算」特別協定の延長協議の中で、米国は新たに米空母艦載機のNLP(夜間離着陸訓練)等の訓練移転費の負担などを要求。95年9月に調印された特別協定で「合衆国軍隊の効果的な活動を確保する」ことを目的に、米軍の訓練費の一部を日本が負担するようになりました。
訓練移転費の負担について、折田正樹外務省北米局長(当時)は、「双方で協議をしている中でこういうアイデアが出てきた」(95年11月9日、参院外務委員会)などと述べています。
これを機に訓練移転経費負担はいっそう拡大。沖縄に関する日米特別行動委員会(SACO)経費の一部として、「沖縄の負担軽減」を口実に、97年度から沖縄県道104号線越え実弾砲撃演習、2000年度からパラシュート降下訓練の費用負担が始まりました。
06年度からは在日米軍再編経費の一部として、米軍機訓練移転の費用負担を開始。嘉手納(沖縄県)、三沢(青森県)、岩国(山口県)の三つの基地の米軍機が、千歳(北海道)、三沢(青森県)、百里(茨城県)、小松(石川県)、築城(福岡県)、新田原(宮崎県)の自衛隊施設での共同訓練に参加することに関する経費負担です。
「訓練移転費については、他国で同様の費用を負担している例は見当たらない」(08年3月26日、衆院外務委員会、西宮伸一外務省北米局長=当時)。政府自身がこう認めているように、米軍の世界規模での出撃、即応体制強化を、財政面からも支援する新たな段階へ踏み込みました。
16年9月の日米合同委員会で、普天間基地(沖縄県)所属の垂直離着陸機MV22オスプレイなどの訓練を、日本側の全額経費負担で県外へ移転することで合意し、これまでに国内で計10回訓練が行われました。
重大なのは、米軍機訓練移転は日米共同訓練を兼ねていることです。従来は日米それぞれが費用を負担していた共同訓練の米側負担分を、「負担軽減」を口実に日本側が支払うようになったのです。
さらに、米空母艦載機離着陸訓練(FCLP)の移転をめぐり、馬毛島(鹿児島県西之表市)への基地建設も狙われて、用地買収費だけで当初鑑定額の3倍となる160億円。その上に、滑走路2本の最新鋭基地が建設されます。
2020年8月23日
「沖縄の負担軽減」を逆手に取り、国民の税金を大量に投入して質量ともに訓練が強化されたのが、沖縄県道104号線越え実弾砲撃演習でした。
在沖米海兵隊はキャンプ・ハンセン内を通過する県道104号線を封鎖して、その上空を飛び越える形で155ミリりゅう弾砲の実弾射撃演習を強行。沖縄県は同演習の中止・廃止を繰り返し要求していました。
日米両政府は1996年のSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)合意に基づき、矢臼別(北海道)、王城寺原(宮城県)、北富士(山梨県)、東富士(静岡県)、日出生台(大分県)の本土5カ所に移転。危険な訓練のたらい回しに、地元では反対の声があがりましたが、政府がこれを抑え込みました。
1995年の在日米軍駐留経費負担特別協定に基づき、費用は日本政府が負担。これまでの移転費用は199億4900万円にのぼります。費目は人員・物資の輸送費や、給食・宿舎の管理サービス費など。輸送は日本通運や三井倉庫エクスプレスなど民間業者を使い、1回あたり2〜3億円かかっています。輸送する物資には弾薬なども含まれ、戦時における民間動員の予行演習ともいえます。
費用負担はこれだけではありません。本土移転の措置を迅速実施するためとして、訓練移転先の自治体に対するSACO交付金を出しています。
さらに、矢臼別、王城寺原、日出生台での米軍専用施設整備に127億3800万円(2018年度まで)を支払っています。射撃観測塔、車両整備場、着弾監視装置などがつくられました。政府は「安全管理施設」といいますが、米軍の「兵員待機施設」も含まれます。これは演習中、米軍の機材を保管するもので、砲撃演習に伴う事故防止などとは無縁。演習中、これらの待機施設には星条旗が掲げられ、演習場は米軍が優先的に使用します。事実上、自衛隊基地の米軍基地化です。宿泊施設や食堂もつくられ米軍が利用しています。演習情報を知らせる電光掲示板も設置されています。
重大なのは、本土移転に際し、政府が「沖縄と同質同量」だと説明していながら、年を追うごとに内容、部隊の参加規模が拡大するなど飛躍的な強化がされていることです。
当初は155ミリりゅう弾砲の砲撃でしたが、小銃、機関銃のほか白リン弾や照明弾まで使われるようになりました。白リン弾は、空中で爆発し人間の皮膚に付着すると高温で燃え続け、骨まで焼き尽くす残虐兵器です。
沖縄県によると、1973年から97年まで25年間行われた同演習の弾数は3万3100発(弾数不明の年が6回)。一方、本土移転後の23年間での発射弾数は8万1703発にものぼりました。
矢臼別で演習監視行動をしている矢臼別平和委員会の中村忠士事務局長は、「海兵隊という異質の軍隊の訓練を税金で全国各地に引き込んでしまっていることは許しがたい。演習自体を廃止し、その費用を新型コロナウイルス対策、少人数学級など教育・福祉に使うべきだ」と話します。
さらに、地元との協定さえ踏み破られる事態が続いています。
今年2月に日出生台で行われた同演習では、地元自治体と国で交わした「夜間射撃の終了時間は20時まで」との約束が破られたほか、演習日数も超過。19年度は王城寺原でも日数超過し、本土での同演習は年間合計最大35日以内としたSACO合意にも反する計37日に及びました。
演習を監視する住民グループ「ローカルネット大分・日出生台」の浦田龍次事務局長は、「米軍司令官は地元説明会で“訓練が最優先”と言い放ちましたが、その姿勢が露骨にむき出しになった」と話します。
米軍は日本国民の税金を使って戦闘出撃態勢を強めています。では、肝心の沖縄の負担は軽減されたのでしょうか。
沖縄県平和委員会の大久保康裕事務局長は、在沖米軍に長射程の高機動ロケット砲システム(HIMARS)が配備され、本土での実弾演習にもHIMARSが使用されていると指摘。「むしろ全国的な強化になっている」と語ります。
06年度から費用負担が始まった嘉手納基地(沖縄県)などからの米軍機訓練移転も空対地射爆撃訓練を追加するなど規模が拡大。普天間基地のMV22オスプレイの訓練移転も、沖縄県の調査で、移転期間中に米軍機全体の飛行回数が逆に増えていた実態が明らかになっています。
大久保さんは「オスプレイは日米合意に反し深夜・早朝の飛行を繰り返し、新たな訓練も強化されている。移転で基地問題が解決しないことは明らかだ」と強調します。
2020年8月31日
「(応じなければ)すべての米軍を撤退させると脅せ」。トランプ米大統領が日本から米軍「思いやり予算」の「4・5倍増」を勝ち取るため、「恫喝(どうかつ)」に言及していたことが明らかになっています。しかし、トランプ氏にとどまらず、米軍駐留経費をめぐる日米交渉史は、無理を承知で要求を押し付ける「恫喝の歴史」でした。
「(米軍駐留経費は)日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」(日米地位協定24条)。この原則が崩れる転機になったのが沖縄返還交渉でした。
米側は在沖縄基地の再編に伴う基地の改修費として6500万ドルを要求。1971年6月9日付公電によれば、愛知外相・ロジャース国務長官との会談で、愛知氏は「(地位協定の)リベラルな解釈」を「保証」すると約束。その結果、日本政府は73年から76年にかけて米軍基地の大規模な再編経費を負担することになったのです。
当時、米側は沖縄からの「核撤去」には応じる代わりに、残る基地の維持や運用の自由を最大限求め、それがなければ沖縄の施政権返還には応じられないという姿勢で臨んでいました。
こうした動きと並行して、ピーターソン大統領補佐官(国際経済担当)は71年8月24日付の米政府部内討論用文書で、「日本と返還後の沖縄に駐留する米軍を維持する円建てコストについての財政負担増大を日本に受諾させるよう努力する」とし、国防総省に研究を求めました。
現在の「思いやり予算」の原型と言えるものです。同年8月5日、ニクソン大統領が「金ドル兌換(だかん)停止」を発表し、大幅な円高が予想されたことが背景にありました。ただ、米政府高官からは慎重論が相次ぎ、いったんは見送られました。しかし、円高ドル安の加速に伴い、70年代半ばから、駐留経費の負担要求は再び高まります。
米政府監査院(GAO)は米議会に提出した77年6月17日付報告書で、日米地位協定の規定を承知の上で、「日米のより対等な費用分担の枠組み」を提起。円高で日本人従業員に支払う給与が大幅に増えたとして、(1)労務費の負担(2)基地の共同使用―などを要求しました。
同年9月、米側は日本に労務費の負担を正式に要求。12月22日、78年度から労務費の一部を負担することで合意しました。ところが米側はそのわずか18日後、次の要求に踏み出しました。
在日米大使から米国務省への78年1月9日付公電は、「『大平解釈』が日本側で支配的になっている」とした上で、「われわれは追加的な計画、とくに住宅を日本側に提案するよう薦める。日本側がさらなる支援に対価を払うことは可能だ」と述べています。
「大平解釈」とは、基地改修費の負担に関する地位協定の「リベラルな解釈」が国会で問題になった際、大平正芳外相(当時)が73年3月13日の衆院予算委員会で、これを「理解できる」とした答弁です。
米側はただちに住宅など施設建設費の支払いを要求。日本側はこれに応じ、79年度から、住宅や学校、娯楽施設、さらに滑走路など戦闘関連施設まで着手されました。
日本側がいったん「リベラルな解釈」を受け入れたら、後はいくらでも解釈を変えられる―。味を占めた米側の要求は拡大の一途をたどり、ついに「解釈」さえ限界に達しました。そこで87年、労務費のうち時間外手当などの支払いを定めた5年間の「労務費特別協定」を締結。政府は当時、「特例、暫定的な一時的措置」だと説明していました。
ところが、92年度の期限も終了しない91年に光熱水費や労務費の基本給(=給与全額)の支払いを含む新協定が締結されました。湾岸危機が発生した直後の90年9月29日の日米首脳会談議事録によれば、海部俊樹首相(当時)は、自衛隊の派兵は憲法解釈上できないと主張。ブッシュ大統領(同)は「憲法上の制約を全面的に理解する」と応じた上で、「もし接受国支援(駐留経費負担)を91年に増やせば、わが国に良いシグナルを送ることになるだろう」と切り出したのです。海部氏は「米国のために最大限努力する」と応じました。
米側は「憲法上の制約」で米側の要請に応じられないという“負い目”を露骨に利用したのです。96年度には米空母艦載機のNLP(夜間離着陸訓練)移転経費まで加わり、「特例、暫定的」とされた特別協定は事実上、恒久化されました。
日米両政府は今秋から、新たな特別協定の締結交渉を行います。日本政府は11月3日の米大統領選を注視していますが、トランプ氏に対抗するバイデン元副大統領を擁立する民主党の政策綱領も、同盟国への「公平な負担」を求めています。
「撤退」をほのめかされたら簡単に腰砕けになるような日米同盟依存、アメリカ言いなりの姿勢を改めない限り、米大統領選の結果がどうあれ、厳しい交渉が予想されます。
2020年9月8日
旧日米安保条約が発効した1952年度から2019年度までに、在日米軍の兵士や軍属らによる事件・事故の件数が21万2247件に達し、日本人1097人が死亡したことが、防衛省が日本共産党の赤嶺政賢衆院議員に提出した資料から明らかになりました。
しかも、日本政府は支払い義務のない賠償金を含め数百億円規模で負担しています。「日本を守る抑止力」といいながら、日本人の命や安全が米軍に脅かされ、その賠償金まで税金で肩代わりされています。
米軍関係者による「公務中」の事件・事故に伴う損害賠償は、日米地位協定18条に基づき、米側が75%、日本側が25%を負担します。防衛省によれば、「公務中」の事件・事故に対して日本側が支払った賠償額は累計約95億3205万円。ただ、米軍機の爆音訴訟で確定した賠償金について米側は地位協定に基づいて基地の自由使用が認められているとして支払いを拒否。防衛省はこれまで、米軍・自衛隊分をあわせて賠償金を約725億円支払っています。比率は明らかにしていませんが、最高裁判決では米軍分で約351億円が確定しています。
一方、「公務外」の場合はどうか。防衛省の資料によれば、事件・事故の76%は「公務外」に発生。近年では、元海兵隊員の軍属が沖縄県うるま市の20歳の女性を暴行・殺害(16年)、同県北谷町で米海兵隊所属の海軍兵が女性を殺害した事件(19年)など凶悪犯罪が起きています。
しかし、「公務外」の場合は被害者が日本政府を通じ、米政府に「慰謝料」を請求。米側に支払い義務はなく、応じる場合でも支払額は米側次第です。多くは泣き寝入りで、訴訟を提起した場合でも、判決で確定した賠償額を下回る金額しか支払われません。
こうした被害者に対する救済制度として、1996年、日本政府が判決額との差額を補てんする「SACO見舞金」が設立されましたが、手続きの煩雑さなどの問題点もあり、支払いは2019年度までに5億8977万円にとどまっています。
米軍事件・事故の被害者救済に取り組んでいる沖縄弁護士会の新垣勉弁護士は、日本政府による十分な被害補償制度の確立を訴えた上で、「日本側による賠償金などの負担は、ある意味で『思いやり負担』の性格を有している。主権対等な国家間の駐留であれば、米軍、米兵等の不法行為の賠償責任は、最終的に米国に負担させるべきだ」と指摘します。
(1面のつづき)
1994年の年末の夜、その事故が沖縄市内で起きました。赴任したばかりの米兵が右側の車道を走り、村上有慶さんの長男が運転する自動車と正面衝突。助手席にいた知人女性が重傷を負いました。しかし、米兵が任意保険に未加入だったため、補償のめどがたちませんでした。
米兵は一度は謝りに来た後、音信不通に。村上さんは、「公務外」の事故に対する補償を規定した地位協定18条6項に基づき、那覇防衛施設局(当時)に「慰謝料」を請求したものの、1年以上も放置されたあげく、提示は請求の92万円に対しわずか30万円でした。やむをえず承諾しましたが、さらに半年放置されました。
村上さんは粘り強く謝罪を求めました。すると96年、米海兵隊基地司令部から、加害米兵の給料から分割して支払わせると連絡が入り、22回にわたって基地まで受け取りに行きました。海兵隊の担当官が「あなたのような例は珍しい」と驚いたといいます。
村上さんは不十分ながら支払いを勝ち取りましたが、圧倒的多数の被害者は泣き寝入りです。「公務外」の事故で米側が慰謝料の支払いに応じる例は2〜3%にすぎません。支払う場合も、基本的には加害米兵ではなく米政府が支払います。「これでは、日本で交通死亡事故や強姦(ごうかん)事件を起こしても痛くもかゆくもない。加害米兵が賠償金を支払うのが当然だ」
沖縄弁護士会の新垣勉弁護士は、「公務外の不法行為について特別措置法を制定し、日本側が損害賠償につき代位責任を負い、被害補償を行った上、米国ないしは加害米兵に対し、求償する制度を構築すべきだ」と提起します。
2006年1月、神奈川県横須賀市で佐藤好重さん=当時(56)=が米空母キティホークの乗組員に撲殺される事件が発生しました。夫の山崎正則さん(72)は長い裁判闘争を経て賠償金を勝ち取りましたが、米側に圧倒的に有利な賠償制度の改善を強く訴えています。
事件から3カ月後、防衛施設局の職員が損害賠償請求手続きのため、自宅を訪れました。「米政府が承諾すれば支払われます。額は好きなだけ書いてください」と言われたので、私は「金は要らないから、好重を返してくれ」と言いました。
その後、米軍の司令官から送られた謝罪文には「この事件をきっかけに、より日米同盟が強化されることを願う」と書かれてありました。どうして日米同盟のために、好重が殺されなければならなかったのか―。このまま黙っていれば、好重がかわいそうだと思い、裁判を起こしました。
私は、日米両政府の責任の追及、「米兵の永久免責」を認めないという立場で、裁判をたたかってきました。「公務外」の事件の場合、被害者が「米兵の永久免責」が記された示談書に署名・押印しなければ、米政府は見舞金を支払わないというものです。見舞金を受け取るのに、なぜ犯人の免責を先にしなければならないのか。日本政府は「米側がそういっているから」と、最後まで折れませんでした。
事件から11年後の17年、加害米兵に対し約6500万円の支払いを命じた横浜地裁判決が確定しました。しかし、見舞金を支払うかどうか、またその額は米側次第です。私の場合も、米側が見舞金として出してきた金額は判決額の4割にすぎず、6割はSACO見舞金に基づき支払われました。もちろんそれは国民の税金です。
その上、賠償額が支払われるまでの年5%の遅延損害金は除外されています。裁判が長引くほど支払わなければならないものを放置し、見舞金だけであきらめる被害者を多く生み出しています。
平和憲法がある中で、政府の政策として基地を置いておいて、「公務外」だからといって米兵が起こす事件・事故に責任がないというのは根本的におかしい。公務中・公務外の区別をなくし、米側により多くの支払いを請求することで、米側に痛みを与えることが、改善につながります。私はこれからも、声を上げ続けます。
2020年9月13日
在日米軍の駐留経費をめぐり、米側は「米国は日本を守っているのだからコストを払うのは当然」だと要求し、日本側も「在日米軍は日本を守る抑止力」であるという固定観念にとらわれ、唯々諾々と増額に応じてきました。本当にそうなのか―。軍事ジャーナリストの前田哲男さんに聞きました。
安全保障のコストを考える場合、そもそも軍事力が唯一の手段なのか吟味しなければなりません。第2次世界大戦後に国連憲章で戦争行為は違法とされ、国際法や国連の下にある安全保障が構築されました。そういう成り立ちの上に今の国際社会はあります。いきなり軍事力というオプションから入り、コストに結びつけるのは乱暴な議論でしょう。
そもそも米国が日本の全てを軍事力で守っていません。尖閣諸島でさえ、8月29日の日米防衛相会談で「日米安保条約第5条が適用される」と確認しなければならない体たらくです。在沖縄米海兵隊も年間の半分以上はオーストラリアなど海外に展開しており、日本防衛のためだけでないのは明らかです。
このことは日米安保条約を見ても明瞭です。第5条で、条約区域は「日本国の施政の下にある領域」と定め、いずれか一方への武力攻撃に共同して対処するとしています。一方、第6条で基地の使用目的は「極東における国際の平和及び安全の維持」と定めています。さらに、国会で示された政府見解では米軍の行動範囲に限定はありません。(1)条約区域(日本)(2)駐留目的区域(極東)(3)行動範囲(全世界)―の3層構造になっているのです。「日本防衛のために米軍基地がある」のは誤りです。
米側から見た在日米軍基地とは何か。一言でいえば巨大な資産であり権益です。在日米軍基地なくして朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争はたたかえなかったでしょう。米本土から出撃すれば莫大な時間と費用が必要だからです。トランプ米大統領は“日本は安保にただ乗りしている”と言いますが、むしろ米軍がただ乗りしているのが実態です。
日米地位協定24条は、(1)土地や既存施設は日本側の負担(2)必要な施設整備や人件費、光熱水費などの運営費用は米側の負担―だと整理しています。私が長崎県佐世保市で勤務していた1960年代は、基地従業員の給料は米国の予算委員会で審議され、支給されていました。そのため、米海軍佐世保基地の従業員も米議会の予算審議の動向に注目し、最大の関心を払っていました。それが今も変わらぬ日米地位協定の原則です。
78年度に「思いやり予算」が生まれた当時は、どう英訳するのかが日米両政府の悩みの種でした。「思いやり」にあたる英語がないのです。強いて訳せば「シンパシー・バジェット(同情予算)」です。しかし、在日米大使館関係者の話では「同情予算」という名目では米議会が烈火のごとく怒るため、「ホスト・ネーション・サポート(接受国支援)」という名称をつけたそうです。英訳すら困難なほど日米地位協定から見て異常な予算だったのです。
今秋から新たな「思いやり予算」特別協定の交渉が本格化します。日米地位協定からも逸脱した特別協定は廃止するのが当然です。本来であれば「米軍こそがただ乗りしてきた」と批判すべきだし、43年間払い続けてきた思いやり予算は「協定違反の支払い超過だった」とテーブルに乗せて交渉することも可能なはずです。しかし、米国に追随してきた自民党政府には無理でしょう。だからこそ政権を代えなければいけません。
最終目標は日米安保条約に代わる別の枠組みを米側に提示することですが、ドイツやイタリアは地位協定を改定し、米軍の訓練規制や自治体の基地立ち入り権の拡大を実現しました。仮に安保条約に手を付けなくても、日本も地位協定を改定し、これまで過度に提供してきた権益を対等に修正することは可能です。
(第3部おわり、このシリーズは竹下岳、柳沢哲哉、齋藤和紀、石黒みずほが担当しました)
◆
1月から3部構成で掲載してきた「シリーズ安保改定60年」はこれで終わります。このうち、第1部はパンフレットにしています。(日本共産党中央委員会出版局『安保改定60年「米国言いなり」の根源を問う』)
【7月】(1)20日:米軍に税金24兆円(2)27日:「撤退」かざし「4・5倍払え」【8月】(3)2日:民間人殺す米軍に豪華住宅提供(4)13日:国民の税金で戦争拠点整備(5)19日:グアム移転既に2300億円提供(6)22日:訓練移転(上)税金使い日本全土に拡散(7)23日:訓練移転(下)沖縄の負担解決せず(8)31日:思いやり予算・恫喝の歴史【9月】(9)8日:事件・事故21万件、日本人1097人死亡 賠償負担数百億円
(第三部おわり)