2018年ファシズム関係】

【見出し】

 

   英で反人種差別デモ

   ワールドリポート 子どもたちが平和祈る 巨大な垂れ幕色彩豊か

   「明治150年」を考える (8)

   「明治150年」を考える (7)

   「明治150年」を考える (6)

   「明治150年」を考える (5)

   「明治150年」を考える (4)

   「明治150年」を考える/「歴史偽造」の狙い、批判的に解明/歴史4学会が合同シンポ

   おはようニュース問答/政府のいう「明治150年」いったい何?

   主張/「明治150年」/戦前の負の歴史を見ない議論

   政治考/「日本会議」勢力、焦り/今年中の改憲発議に執念

   辺野古埋め立て 安倍政権が対抗措置

   2018焦点・論点 アベノミクス6年

   独に反差別の歌声 極右対抗コンサートに6.5万人

   ナチス美化許さない

   真実を偽る政治が戦争招いた

   ノー・ウォー横浜展 19日まで

   「ウソの政治」を許せば、やってくるのはファシズム/党首討論後、志位委員長が指摘

   武器輸出で中東に戦火/独最大軍事企業に抗議行動

   各国のメーデー/差別とたたかう/アメリカ

   南欧左派3党が共同宣言/EU緊縮政策に対案を/新たな政治運動を呼びかけ

   潮流

   「ファシズムの脅威、戦後最悪」/元国務長官が米紙寄稿

   シリーズ憲法の基礎/米ソ冷戦/日本を「防壁」に

   イタリア総選挙の焦点/上/緊縮政策に国民の怒り/支持集める新興政党

   イタリア総選挙の焦点/下/急増した移民・難民/危機あおる右派政党

   3・1ビキニデー日本原水協国際交流会議パネリストの発言/破滅的な核戦争防ぐ/要旨

   シリーズ憲法の基礎/9条は自由の基礎/軍事価値を否定

   戦争の足音が再び聞こえる時代、多喜二のようにたたかおう/多喜二祭での小池書記局長の連帯あいさつ

   極右政権参加/ファシズム犠牲、無駄にするな/強制収容所の生存者が訴え/オーストリア

   9条守る共同広げる年に/日本共産党が新春宣伝/東京・新宿

    

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英で反人種差別デモ

数千人参加 反戦・労組団体も共同

20181119

ロンドン

 ロンドンで17日、人種差別反対デモが行われました。市民団体「人種主義に対して立ち上がれ」、「ファシズム反対で団結せよ」などが主催し、労働組合会議(TUC)、ユナイト、ユニゾンなどの労働組合が支援。核軍縮運動(CND)や戦争ストップ連合などの反核・反戦団体も合流し、参加者は数千人に上りました。

 参加者は「イスラム恐怖症にノー」「反ユダヤ主義ノー」などのプラカードを掲げて市中心部をデモ行進。移民系の市民も多く参加し、「人種差別主義者になるのは選択だが、人種差別の犠牲者となるのはそうではない」と訴え、英国をはじめ欧州で強まっている人種差別勢力に反対する意志を示しました。

 集会は「1930年代以来、ファシズムと極右への支持が最大となっている」と警告しました。

 「人種主義に対して立ち上がれ」の呼び掛け人のサビー・ダル氏は、英共産党系紙「モーニングスター」のインタビューで、保守党による移民への「敵対的環境」政策の導入や、シディク・カーン・ロンドン市長(パキスタン系)への人身攻撃などを指摘。英国で人種差別的な政治潮流が強まっていると強調しました。(伊藤寿庸)

 

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ワールドリポート 子どもたちが平和祈る 巨大な垂れ幕色彩豊か

ネオナチのデモに負けず ドイツ・ケムニッツ

20181115

 難民によるドイツ人の殺害をきっかけに極右やネオナチの大規模なデモが行われたドイツ東部ザクセン州ケムニッツ。この町で、平和や反ファシズム、難民・移民との共存に取り組む市民グループや学校を訪ねました。(ドイツ東部ケムニッツ=伊藤寿庸)

 目抜き通りの歩道に花やろうそくがささげられています。8月下旬、小競り合いからキューバ系ドイツ人の男性(35)が刺殺された現場です。容疑者が中東系の若者だったことから、極右・ネオナチによる大規模な「抗議デモ」が行われました。

 しかしその渦中にあるケムニッツでは、平和の取り組みが続いています。

空襲で犠牲の地

 ケムニッツは第2次世界大戦末期の1945年3月5日、連合軍の大規模な空襲で市の85%が破壊され、約4000人が死亡しました。3月5日は「平和の日」となり、市民をあげて戦争の犠牲者を悼み、平和を願う行事が続いてきました。

 2012年以来、毎年「平和の日」には市庁舎の外壁に7メートルの色彩豊かな垂れ幕がかかります。子どもの自主性を尊重する教育方法を実践している「モンテッソーリ学校ケムニッツ」が中心になり、児童・生徒が制作したもの。市庁舎のほか、ショッピングモールなど多くの市民の目に触れる場所に掲げられます。

 垂れ幕はどれも個性的で力強いメッセージを放っています。▽ケムニッツ空襲の犠牲者で、判明している2500人の名前と住所をすべて書いたもの▽ケムニッツから強制収容所に送られたユダヤ人の歴史を描いたもの▽さまざまな人種の人の顔を描き、多様性を認めるよう訴えるもの―。

自分で考える力

 この事業の中心となっている教師、カタリーナ・ケステルザッセさん(46)は、「授業でユダヤ人の追放、ナチスへの『白バラ』抵抗運動などの歴史を学びます。それからグループで話し合ってモチーフを決めます」と言います。

 「若い人たちに自分で考える力をつけさせることが大切です」というのは教師のオリバー・ウィンケルさん(43)。「垂れ幕が市庁舎に掲げられるのを見て、社会の一員として何かができるという実感を得られます。そういう子は決してネオナチには入りません」

 この事業を発想したのは市民団体「アクツィオーンC」。「行動」を意味する言葉にケムニッツの頭文字Cが付きます。

 11年の3月5日、ケムニッツに「ナチスの敗北を悲しむ日」としてネオナチが大挙して集まり、市の中心部を占拠しました。これをきっかけに、ゲラルド・リヒターさん(63)らが「アクツィオーンC」を結成。若者を対象に、芸術を通じてネオナチに反対し、平和を広げる活動を始めました。

 10日から21日まで州都ドレスデンで、これまでで最大規模の垂れ幕の展示会が開かれています。

 

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「明治150年」を考える (8)

異議申し立ての大一揆 茂木陽一

20181023

大減税実現し議会政治に道開く

 明治政府は、領主的土地所有を否定して土地の私的所有を認め、年貢を物納でなく金納とする地租改正を行いますが、それまでの年貢額を維持しようとして恣意(しい)的な地価設定をするなど強引な改租作業を進めたため、各地で反対運動が起こりました。

県境越え拡大 政府を脅かす

 1876(明治9)年12月18日、貢納石代(こくだい)値段引き下げなどを要求して三重県松坂南郊からはじまった一揆は、三重県全域に拡大。官の名の付くあらゆる施設を破壊しながら、21日には木曽川を渡って愛知県へ、さらに岐阜県へと広がりました。22日には警察や鎮台兵らによって鎮圧され5万人を超す処罰者を出しましたが、史上最大規模で展開したこの一揆は、それまでとは異なる特徴を持っていました。規模の大きさもさることながら、明治の一揆としては初めて本格的に県境を越えて拡大したもので、まさに東海大一揆と呼ぶのがふさわしいものです。一揆が県境を越えた時、その先にあるのは東京の中央政府でした。

 西郷隆盛たちの反政府勢力と民衆の蜂起が結びつくことに大久保利通ら明治政府の首脳たちは恐怖し、緊急の対応を余儀なくされました。一揆鎮圧直後の1877(明治10)年1月4日に、地租率を地価の3%から2・5%に、府県の歳入である民費を地租の3分の1から5分の1に減額する減租の詔勅が出されます。合わせて25%の大幅な減税でした。

 しかしこれにより、1875年に6000万円弱だった政府歳入は、1877年には4800万円と大幅な減少となります。そのため政府は、教育費など国家事業の多くを府県や町村住民の負担とするために地方制度改革を余儀なくされました。1878(明治11)年に「地方三新法」(郡区町村編制法、地方税規則、府県会規則)が制定公布され、江戸期以来の町村を地方制度の基礎単位とすると共に、住民の意思を反映させるための議会である府県会が創設されます。

集権化を転換 地方自治導入

 それまで明治政府は、江戸期以来の住民の自治組織でもある町村を地方制度から排除して上からの命令を貫徹させる中央集権体制の構築を進めており、1877年には、旧来の町村を行政上の位置から排除し、全国一律に府県の下に大区・小区を置く大区小区制の法制化直前まで来ていました。

 減租と歳入減への対応のために制定された地方三新法はこの中央集権化の動きを転換させると共に、府県会という形で議会制度を日本に導入することにつながりました。府県会での議会政治の始まりは、一揆に替わる民権運動の基盤を作り出します。死罪覚悟の、異議申し立ての最終手段であった一揆は、選挙による意思表明へと変わっていったのです。東海大一揆は減租を実現することで、日本の近代に地方自治と議会政治という新たな要素をもたらしたのです。

「ちょいと…」狂句語り継ぎ

 こうした一揆の役割は「竹槍でちょいと突き出す二分五厘(りん)」という狂句になって民衆に広がり、郵便報知新聞などは、日本の歴史上初めて一揆が政治を変えたと評したのです。

 しかし、当時の政府や地方官そして新聞・雑誌などは、この事実を圧殺しようとしました。減租の詔勅は天皇の恩恵によるもので、一揆の力だなどというのは妄言だというキャンペーンが全国の新聞で展開されました。

 いったんは葬られたこの狂句は、しかし、その後も繰り返し語られます。帝国議会が開会された後の竹越与三郎、大正デモクラシーを受けた三宅雪嶺、ファシズムの跳梁(ちょうりょう)に抗した平野義太郎らによって、人々が民主主義を意識する時には何度も復活します。1946年には井上清によって「ドンと突き出す」という潤色が加えられて復活。歴史教育に普及していきましたが、近年では多くの教科書から消えつつあります。

 しかし、勇ましい勝利の凱歌(がいか)ではなくとも、「ちょいと突き出す」民衆の姿は、民主主義の危機が迫っている中、再び立ち現れるべき時を迎えているのではないでしょうか。

 もぎ・よういち 1951年生まれ。三重短期大学名誉教授、同大学地域問題研究所特別研究員。『近代日本の社会史的分析』(共著)ほか

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「明治150年」を考える (7)

軍事同盟頼みの膨張政策 山田朗

2018919

日露戦争 失敗隠蔽が招いた大きな失敗

 日露戦争の最大の原因は、朝鮮支配と南部「満洲」への影響力拡大をめざす日本と、「満洲」の独占的支配と朝鮮への進出をめざすロシアとの衝突、すなわち日本・ロシア両国の膨張主義政策にある。

国民に隠して外国から借金

 日本の国家指導者たちは、ロシアが「満洲」まで南下してくれば朝鮮が危うくなり、朝鮮が危うくなれば日本もロシアに侵されるという過剰な危機感をもち、先手を打って、朝鮮へ、さらに南部「満洲」に勢力を拡大しようとした。これは、純粋な自衛戦略ではなく、自らが膨張戦略をとっているがゆえの危機感であり、イギリスの世界戦略に後押しされたものであった。

 19世紀の半ば以降、勢力圏と植民地の拡大をめぐって世界で最も激しく対立していたのは、イギリスとロシアであった。バルカン半島・アフガン・極東(朝鮮半島と「満洲」)をめぐって両者は衝突していたが、ボーア戦争(南アフリカ)で消耗したイギリスは、日本を利用してロシアの南下を抑えようとした。

 日本にとっても1902年に締結された日英同盟がなければ、ロシア相手の戦争には踏み切れなかったことは確実で、日本はイギリスが張り巡らした海底ケーブル網から情報を得ながら、イギリスから購入した最新兵器でロシア軍と戦ったのである。軍事同盟が強く日本を戦争へと歩ませたといえる。

 日露戦争の前半期、陸軍は比較的順調に戦闘を展開し、「満洲」と遼東半島へ兵を進めることができたが、海軍は、旅順港にロシア艦隊を閉じ込める旅順閉塞(へいそく)戦と旅順艦隊誘い出しに失敗し、露ウラジオ艦隊には手痛い打撃を被り、戦艦2隻をロシアが仕掛けた機雷で失うなど失敗を重ねた。

 戦争の後半になると陸軍は兵力・弾薬不足から旅順要塞(ようさい)で大きな失敗を重ねたが、海軍はウルサン沖海戦を契機に戦略・戦術がかみ合うようになり、日本海海戦で大勝するなど成功をおさめた。

 だが、日本軍の当局者は、成功事例は自画自賛したものの、陸軍の場合、弾丸不足の結果やむをえずおこなった銃剣突撃を日本軍古来の戦法と称揚するなど失敗を覆い隠し、戦争末期の兵力の質的低下についても隠蔽(いんぺい)した。海軍も戦争前半の失敗を「成功」と強弁した。

 戦費の4割をまかなった外国からの借金(外債の募集)については、それが戦争遂行に決定的な役割を果たしたにもかかわらず、一般国民にはその事実を隠し、多くの日本国民や軍人までもが、日露戦争の実態・内情を知らないままであった。「成功」体験の中に、多くの失敗や引き継ぐべき問題点が隠蔽されていたといえる。

戦争とセット 植民地と弾圧

 日露戦争によって韓国の支配権を確立した日本は韓国を保護国化し、さらには1910年に併合(領土化)した。韓国併合と時を同じくして、日露戦争時の非戦論者の代表であった幸徳秋水らが「大逆事件」によって弾圧された。

 戦争・植民地支配・言論弾圧はセットであり、日露戦争とその後の日本の進路を検討する上でこれらの要素をバラバラにしてはならない。戦争遂行のためには人的・物的資源の供給地としての植民地が、同時に、言論や社会運動を弾圧して戦争反対勢力を封じ込めることが必要であるからだ。

 日露戦争後の日本は、軍事同盟を背景にしたさらなる膨張主義的な戦略にもとづき、世界の「一等国」を自認するようになるが、それは植民地支配と国内の弾圧体制(精神動員も含む)の整備という要素に支えられていたのである。

 「明治150年」の始まりの明治時代をサクセスストーリー(成功物語)と描くと、日露戦争はそのクライマックスということになるが、膨大な対外債務によって戦費が獲得され、多くの人命を犠牲にした戦闘での「失敗」事例を覆い隠し、みせかけの「一等国」に上昇したことが、その後の大きな失敗の源であったことを私たちは歴史からくみ取らなければならない。明治時代が「成功」で、昭和戦前期が「失敗」という二分法では、歴史の因果関係が分からないのである。

 やまだ・あきら 1956年生まれ。明治大学教授。『世界史の中の日露戦争』『兵士たちの戦場』『昭和天皇の戦争』『日本の戦争 歴史認識と戦争責任』ほか

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「明治150年」を考える (6)

対外膨張政策の第一歩 原田 敬一

2018822

日清戦争 「アジアの指導者」意識広げ

 日清戦争(1894〜95、明治27〜28年)は、近代日本が対外戦争に踏み切った最初である。しかし、どこまで戦うことができるのか、当時の伊藤博文政権は明確な構想を持っていたわけではなかった。

 政権が抱える最大の政治課題は、帝国議会の開設(1890年)以来の初期議会で、国家予算が政権の思惑通りに通過しない政治状況だった。

 第一回議会にかけられたのは1891年度予算案。衆議院が12月から2月まで審議し、詔勅で会期延長もさせたが、衆議院は651万円(現在の価値では数百億円以上)の削減を政府に認めさせ、貴族院は承認せざるを得なかった。92年度は、衆議院が軍艦製造費など892万円の削減を決めると解散となり、予算原案は成立しなかった。93年度予算も、衆議院が政府原案より263万円削減の修正を認めさせた。

外交で得点あげ予算を通す狙い

 伊藤博文や山縣有朋(ありとも)など藩閥政府にとって、軍備拡張や産業育成などの政策を進める国家予算が思うように運営できないことは大きな弱点だった。

 伊藤首相と陸奥宗光外相は、政府に対立する自由党・改進党などの政党(民党)も幕末の通商条約を〈不平等条約〉と認めているので、改正を実現すれば民党や民意も和らぎ、予算を原案通り成立させられるのではないかと考えた。外交で得点すれば内政もうまくいくだろうというもくろみだった。

 そこで英国との条約改正を急ぎ、それまで拒んできた英国の要求(居留地の土地所有権など)を全部受け入れた。結果、英国は治外法権撤廃を受け入れ日英通商航海条約の調印を認めた(94年7月16日調印)。露仏同盟などが進む中、孤立を感じていた英国は、日本側が露仏の干渉に抵抗すると発言したことなどから日本の親英政策を確信した。英国にとっても通商条約の調印は好都合だった。

 日英交渉が進む中、94年春、朝鮮国で東学農民戦争という民衆反乱が起き、朝鮮政府は対応に苦慮していた。朝鮮政府が清国の援兵を請うとの日本領事館情報から、政府は6月2日、衆議院の解散と朝鮮派兵を閣議決定する。民党との対立の結果の解散だった。伊藤政権は日英通商条約の成立と朝鮮での軍事的勝利があれば、民意を得られるという見通しだった。

朝鮮国王捕らえ清攻めの「名分」

 そのためには清国軍と戦闘して勝利せねばならない。しかし、東学農民戦争は日本の出兵直後の6月11日に和約を結び、外国軍の軍事介入の要素を自ら取り除いていた。日本には開戦の大義名分がない。大鳥圭介駐朝公使が提案した撤兵案に、陸奥外相は「もし何事をも為さず又は何処(いずこ)へも行かずして」空(むな)しく帰国すれば「甚だ不体裁」で「政策の得たるもの」でないとし、撤兵を拒んだ。

 伊藤政権は、清国軍に勝利し、朝鮮政府への影響力を強めることを目指した。7月23日、2個大隊が漢城(ソウル)の王宮に向かい2時間戦闘し、国王をとりことした。それにより日本は、朝鮮政府の依頼で清国軍を追放するという大義名分を得た(ただ朝鮮政府の依頼文は当時も発表がなく、実際に出されたかは不明)。「宣戦詔書」草案には、宣戦の相手として「清国及朝鮮国」と明記しているものが存在している。

「東洋平和」掲げ国民を戦争動員

 第二次大戦終結までに日本は四つの「宣戦詔書」を出した。日清(対清)、日露(対露)、第一次大戦(対独)、第二次大戦(対英米)である。

 それらには共通する用語がある。「東洋全局の平和」(対清)、「極東の平和」(対露)、「東洋の平和」「極東の平和」(対独)、「東亜の平和」(対英米)である。いずれもそれを乱すのが敵国で、「平和を克復」するのが日本という構図を作っている。国民を納得させ、戦争に動員するための用語だった。

 戦争を重ねるごとに、日本国民に広がっていった「アジアの指導者」意識である。内政対策として始まった日清戦争で、辛うじての「勝利」(清国との軍事的対決の意味のみ)を得た日本と国民は、大陸への膨張政策支持に矛盾を意識しなくなっていった。

 はらだ・けいいち 1948年生まれ。佛教大学教授。『日清・日露戦争』『「坂の上の雲」と日本近現代史』『兵士はどこへ行った 軍用墓地と国民国家』ほか

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「明治150年」を考える (5)

アイヌの地 植民地に 榎森 進

2018724

北海道の近代 蝦夷島(えぞがしま)の性格が一変

 北海道の近代への移行過程で目を向けなければならないのが、明治2年(1869)8月15日、「蝦夷島(えぞがしま)」または「松前・蝦夷地」という名称を「北海道」に改称したことである。これは単に名称の変更にとどまらず、この大きな島の性格を根底から変質させ、アイヌ民族に新たな苦難をもたらすものであった。

江戸幕府期は日本の領域外

 明治2年以前の蝦夷島は、「和人専用の地」「松前藩権力の所在地」としての和人地と、異民族(アイヌ民族)が住む異域としての蝦夷地の二つの地域に区分されていた。和人地は渡島(おしま)半島西南端地域で、後者はそれ以北の現・北海道の大部分である。

 こうした地域区分体制は、江戸幕府の長崎・対馬・薩摩・松前という四つの窓口を介した対外関係の重要な部分を構成していた。この体制のもとでは、日本国の北の領域は原則として和人地(松前地)までで、蝦夷地は異域で、日本国の領域の外であった。

 安政元年(1854)3月締結の日米和親条約で下田と箱館の2港を開港し、次いで同年12月締結の日露和親条約でエトロフ島以南を日本領、ウルップ島以北をロシア領としたことから、こうした性格は動揺しだすが、地域区分体制そのものは、明治2年7月まで存在していた。

 そのため、松前藩・幕府共に、アイヌ民族を課税対象にしなかったのである。江戸期のアイヌ民族は、松前藩や幕府から漁場の経営を請け負った商人に使役され、苦しめられたものの、アイヌ・モシリ(アイヌ民族の生活領域、「人間の大地」の意)を奪われることはなかった。 

 ところが、明治2年7月に新政府が開拓使を設置し、8月15日に蝦夷島の呼称を北海道と改称すると、この島の性格は一変した。北海道という呼称は日本古代の五畿七道の一つ「東山道(とうさんどう)」の北に新たに置かれた行政区画の名称だからだ。これにより旧・蝦夷島の全域が一挙に日本国に編入され、近代日本の新たな内国植民地にされたのである。

 以後、新政府は、明治4年(1871)公布の戸籍法でアイヌ民族を日本国民に編入し(アイヌに創氏を強制すると同時にアイヌを「旧土人」と称す)、他方で翌5年の北海道土地売貸規則・地所規則で、和人を対象に1人につき10万坪(約33ヘクタール)の土地を払い下げ、明治10年には北海道地券発行条例で、アイヌ民族の「住居ノ地所」をも「官有地第三種(官民共同の地)」に編入した。その後も明治19年(1886)の北海道土地払下規則によって、1人に付き10万坪を限度として和人に土地を払い下げ、さらに明治30年(1897)、北海道国有未開地処分法を公布した。

教育を介して和人同化促す

 同法は、開墾・牧畜、植樹に供する土地を10年間無償で貸し付け、「全部成功」すれば無償で貸与するというもので、1人あたり面積も、開墾は500町歩(約500ヘクタール)、牧畜は833町歩、植樹は667町歩と桁違いに広く、会社や組合の場合はその2倍の土地の貸し付けも可能であった。

 同法施行以後、華族や政商・高級官僚が相次いで北海道の広大な土地を取得し、アイヌ民族が使用できる土地が縮小していった。しかもこれと並行して漁業・狩猟の権利の多くが和人の手に渡ったため、アイヌ民族が受けた打撃は大きかった。その帰結が明治32年(1899)制定の北海道旧土人保護法である。

 同法の大きな特徴は、農業に従事するアイヌに対してのみ1戸に付き5町歩(約1万5千坪)以内の土地を無償下付(ただし土地の処分権はない)、貧困・疾病のアイヌへの若干の農具・種子、医療費の支給、アイヌ人口の多い地域にアイヌ小学校を建設することなどであったが、その本質は、アイヌ民族を強制的に農耕民化した上で、アイヌ小学校での教育を介してアイヌ民族の和人社会への同化を促進するところにあった。同法は、以後、近代日本社会におけるアイヌ民族に関する唯一の法律として、1997年まで存続し続けた。

 えもり・すすむ 1940年生まれ。東北学院大学名誉教授(日本近世史・北方史)。『アイヌ民族の歴史』ほか

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「明治150年」を考える (4)

朝鮮を天皇の「属国」視 吉野誠

2018710

征韓論 国体論に基礎もつ侵略論

 近代日本と朝鮮半島の関係は、幕末維新期における征韓論の高揚にはじまる。

 吉田松陰によれば、建国ののち皇統が絶えることなく継続するところに日本の優秀性があり、天皇を中心とした体制こそ日本の本来のあり方、「国体」である。朝鮮半島の諸国はもともと天皇に服属するはずの存在であって、征韓は国体を回復する不可欠の一環である。たまたま取りやすい土地があるから奪ってしまおうといった次元のものではなく、日本人たるもの代を継いで追求すべき崇高な事業だということになる。

不服従を責め貢物を求める

 征韓論とは、国体論によって基礎づけられた朝鮮侵略論であった。明治維新が天皇の権力奪還として実現すると、征韓の主張が力を増すのは必然である。

 江戸時代に対朝鮮外交の実務を担ってきた対馬藩藩主も、維新政府に迎合し、武家政権期には幕府(将軍)が朝鮮国王と対等の礼をもって外交をおこなってきたが、維新によって「朝廷御直交」つまり朝廷(天皇)が直接に朝鮮と交際することになるのだから、「名分条理」(守るべき道義・物事の道理)を正さなければならないと強調した。

 ここで「条理」に基づく正しい日朝関係とは、どのようなものなのか。外務官吏が作成した報告書には、政府内外にある朝鮮論のひとつが、次のように紹介されている。王政復古して「大号令」が天皇から出されるようになった以上、朝鮮は昔のように「属国」とし、臣下の礼をとらさねばならない。服従していないことを責め、貢物を持ってこさせるべきである―。征韓論とはなにかを、端的に示すものである。

 明治元(1868)年に命令を受けて対馬藩は使節を朝鮮に送ったが、警戒した朝鮮側から書契(外交文書)の受け取りを拒否された。紛糾がつづくなか、明治6(1873)年になると、西郷隆盛が自ら使節として朝鮮へ行くと言い出し、政府内部で征韓論争がおこった。西郷の真意が征韓戦争の発動にあったのか、平和的な使節派遣にあったのかについて、見解が分かれている。 

 三条実美太政大臣にあてた手紙で西郷は、「名分条理を正す」ことこそ「討幕の根元」「御一新の基」だったはずで、それがかなわないなら単なる「物好きの討幕」だったことになるなどという部下たちから、台湾への出兵問題で突き上げられ困っているのだと強調する。そのうえで朝鮮問題に言及し、始めから「親睦」などを求めたわけではなく、「方略」(計略)があったはずであり、ぐずぐずしているわけにはいかないのだと述べている。

植民地支配の清算は未決着

 真意がどこにあったかはともかく、使節就任の同意を得るために掲げたのが、「名分条理」の貫徹ということであった。それは維新政府にとって「正論」であるがゆえに、西郷に言われると正面から反論しにくい。それを見越し、西郷は切り札として持ち出しているのである。その理屈からすれば、談判による解決といっても、目指すのは決して対等な関係の構築などではなかったことになろう。

 西郷らを追い出して成立した大久保利通政権は、明治9(1876)年、軍事力を背景に、不平等条約(日朝修好条規)の締結を強制し、書契の授受をめぐる紛争を決着させた。この条約は、形式の上では両国の「平等」をうたっており、朝鮮は天皇に服属すべきだという征韓論が直接・間接に朝鮮外交を制約した時代は、ひとまず終了したといっていい。

 しかし、こののち日本が早期に朝鮮侵略を国是化していくうえで、征韓思想はおおきな影響を与える。隣国より優位に立とうとするのは普遍的な現象だが、かくも容易に侵略に対する「国民的な合意」ができてしまうのは、やはり普通のことではない。

 日清・日露戦争をへて韓国併合となるのが明治43(1910)年。敗戦によって植民地支配の放棄を余儀なくされたのが「明治78年」であるが、その処理の過程が生み出した南北分断はいまだに続いている。南半部の韓国とは日韓条約を結んで国交を成立させたものの、従軍慰安婦問題にみるとおり植民地支配の清算は簡単ではない。北半部に住む人々に対しては、謝罪も賠償もされないままになっている。これが「明治150年」の日本と朝鮮半島の関係の現状である。

 (「『明治150年』を考える」は、5月2日、5月23日、6月13日付で掲載しています)

 よしの・まこと 1948年生まれ。東海大学名誉教授。『明治維新と征韓論』

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「明治150年」を考える/「歴史偽造」の狙い、批判的に解明/歴史4学会が合同シンポ

2018321

 「創られた明治、創られる明治―明治150年を考える」と題するシンポジウムが3日、東京・一橋大学で開かれました。日本史研究会、歴史科学協議会、歴史学研究会、歴史教育者協議会の4学会が合同で開いたものです。
 (西沢亨子)

 50年前の1968年には、当時の佐藤栄作内閣が「明治百年」を世界史上まれにみる驚異的な発展を国挙げて祝う≠ニして国家式典を行い、各地に記念施設などがつくられました。

「日本の強み」強調する政府
 シンポジウムで最初に報告に立った原田敬一・仏教大学教授は、「政府の狙いは、国家主義・軍国主義・帝国主義の明治をどう言い換えるかにあった」と指摘。いままた政府が明治150年として「日本の強み」「明治の精神」を強調していることについて、「明治期は大久保利通政権に代表される開発独裁であり、天皇の大権の下で戦争に向かい、基本的人権もなく立法権も弱かった。『明治の精神』の復活は、現行憲法・戦後民主主義体制の否定であり、この先にあるのは独裁国家、戦争を希望する国ではないか」と問いかけました。
 「明治百年」の際、政府が負の歴史を覆い隠し一面的な歴史観を押しつけることに歴史学者が批判の声をあげたこと、「建国記念の日」に反対する集会を続けてきたこと―を振り返り、「歴史学会は歴史の偽造に手を貸すことを拒否してきた」と強調。文化が観光資源として利用される動きについても「その時点の歴史認識で文化財が位置づけられ、変化や批判を認めないことになりかねない」と指摘しました。

植民地支配の事実を教える
 石居人也・一橋大学教授は、政府の「明治百年」の動きを歴史学諸団体がどう批判してきたか、声明、評論、集会・署名集めなどの行動で跡付けました。そうした活動の中から浮かんだ課題に対して、「地域や民衆が主体となって、地域や民衆にとっての近代化を考える」視点を重視し、自由民権運動の研究が広がるなど、歴史学がどう向き合ってきたかをたどり、いま「明治150年」にどう向き合うかを探りました。
 歴史教育者協議会の関原正裕・越谷南高校教諭は、明治を賛美する歴史観が政府の狙い通りにナショナリズムの高揚などにつながるかどうかは、侵略と植民地支配の歴史認識が国民にどれだけ根付くかにかかっていると指摘。明治をどう教えるか、教員の授業実践の例を交えて報告しました。現行の学習指導要領の下で教科書は明治礼賛の歴史観になっているとのべ、植民地支配の具体的事実、韓国併合以前の朝鮮への軍事的圧迫、日清・日露戦争がアジア太平洋戦争につながっていること、をリアルに教える必要があると語りました。

記憶の選別が起きている?
 大江洋代・明治大学兼任講師は、官軍と幕府側が戦った戊辰戦争でどちらについたかで地域を分け、各県が政府の進める「明治150年」にどう取り組んでいるかを調査。「明治維新」はフランス革命のような国民共通の歴史とはなっていない▽「明治150年」は官邸の独り相撲≠フ感もある▽「大きな歴史」と関連しないと観光化できないと考え、地方の歴史を忘れる、文化財や史料だけでなく記憶の選別が起きているのではないか―などの特徴を報告しました。
 横山伊徳・東京大学教授は、「明治150年」を進める官邸のホームページで国際社会への対応としては岩倉具視使節団の欧米派遣しか書かれていないと指摘。「あとは、戦争と植民地支配しかないということを表している」と洞察しました。「明治百年」の際は、地域で自治体史が編まれるなど一定の学問的蓄積もなされたのに対し、安倍内閣が文化を観光政策・メディア動員と位置付けていることを「人文社会学軽視の流れと一体のものではないか」と指摘。戦前・戦後の断絶を曖昧にする動きに対し、平和・基本的人権という戦後の画期性の再認識が重要だとのべました。

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おはようニュース問答/政府のいう「明治150年」いったい何?

201837

 みどり 安倍内閣が、今年は「明治150年」だといって、地方や民間にも呼び掛けてイベントなんかをやろうとしてるのよ。
 陽子 ふーん。50年前、1968年には「明治100年」だといって、日本武道館で政府主催の式典をやったのよ。当時の昭和天皇・皇后や皇族、閣僚、在日大使館、国会議員が出席。青少年代表まで動員して、国歌合唱、万歳をしたのよ。佐藤栄作内閣の時ね。

光輝ある時代?
 みどり 万歳って、何を祝っての万歳?
 陽子 「明治」は世界史にも例のない飛躍と高揚の「光輝ある時代」だったといって、近代国家の建設にまい進した国民の「驚くべき勇気と精力」をたたえて、次世代の青少年に期待して、「日本国」に万歳って。
 みどり 近代国家建設といっても、1945年の敗戦までは「富国強兵」で朝鮮や中国はじめアジアの国を植民地化し侵略した歴史だし、日本国民もそれで、ひどい目にあったわけでしょ。その区別もなしにひと続きに、国の式典で祝うなんて、びっくり。

戦後の違い無視
 陽子 その通りよね。明治時代の日本は、国家主義、軍国主義、帝国主義の国だったでしょ。今の憲法の下での国民主権、個人の人権の尊重、平和主義の国のあり方とは全然違う。だから、歴史関係の学会からは「日本の過去を美化し、歴史をゆがめる、非科学的な歴史観だ」という反対運動が巻き起こったのよ。安倍内閣はなんて言ってるの。
 みどり 「明治の精神に学び、日本の強みを再認識することが重要」だって。明治100年の時と基本的に同じね。明治期に活躍した若者や女性を再評価するとか、「立憲政治を確立した意義」を広めるとも言ってる。
 陽子 立憲政治といっても、戦前は立憲主義の装いをこらしながら、国を統治するすべての権限を天皇が握る専制政治だったでしょう。「国の形」だって、戦前と戦後では大きく違う。「明治150年」でそんなことを強調するのは、今の憲法や戦後の民主主義を無視する意図を感じるわね。
 みどり 歴史の学会からは、政府の歴史認識や狙いに今回も批判の声が上がってるよ。一面的でない科学的歴史観を学ぶきっかけにしたいわね。
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主張/「明治150年」/戦前の負の歴史を見ない議論

2018211

 今年は明治元年(1868年)から150年に当たります。徳川慶喜を擁する旧幕府側と薩摩・長州両藩を中心とする新政府軍との間で戊辰戦争が始まり、江戸城が無血開城され、新政府が「五箇条の誓文」を公布し、明治に改元したのがこの年でした。

前半は侵略と戦争の70年
 安倍晋三内閣は官邸主導で「明治150年」関連施策を推進しています。例えば、明治期に関する資料の収集・整理と公開、建築物の公開をはじめ当時の技術や文化に関する遺産に触れる機会の充実などにとりくむとしています。
 政府は「明治の精神に学び、日本の強みを再認識することは、大変重要なこと」(内閣官房「明治150年」関連施策推進室)と強調しています。キーワードは「明治の精神」と「日本の強み」です。
 通常国会の施政方針演説でも、安倍首相は「明治という新しい時代が育てたあまたの人材が、技術優位の欧米諸国が迫る『国難』とも呼ぶべき危機の中で、我が国が急速に近代化を遂げる原動力となりました」と力説しています。
 政府挙げてのキャンペーンには疑問が上がっています。日本歴史学協会は、今年の「建国記念の日」に関する声明の中で「薩摩・長州出身者に代表される『維新』の当事者たちを実際以上に高く評価して『明治の精神』なるものを標榜し、日本の近代を特定の立場から一方的に明るい歴史として考えていこうとする政府の方針には強い違和感がある」としています。
 たしかに明治維新は、徳川幕府を中心とする封建制度から近代国家へと移行する、日本史の重要な転換点でした。しかし、明治政府は自由民権運動を抑圧し、大日本帝国憲法(1889年)や教育勅語(90年)を定めました。立憲政治の装いをこらしつつ国を統治する全権限を天皇が握る専制政治を確立したのです。
 しかも国づくりのスローガンは「富国強兵」でした。欧米列強と対抗するために、1874年の台湾出兵と翌75年の江華島事件を皮切りに、アジア諸国に対する侵略と戦争の道を突き進みました。日清戦争の結果、1895年には台湾を植民地化し、日露戦争を経て1910年には韓国を併合しました。行き着いた先は、31年からの中国への侵略戦争であり、41年からのアジア・太平洋戦争でした。
 「明治150年」の前半が侵略戦争と植民地支配という負の歴史をもっていたことはまぎれもない事実です。そうした歴史に目をふさぎ、戦前と戦後の違いを無視して「明治の精神」「日本の強み」を一面的に強調するのは、時代錯誤の歴史観というほかありません。
 「明治100年」記念事業の時には、政府の文書が辛うじて「顧みてただすべき過ちもないとはいえなかった」(明治百年記念準備会議)と記していたことと比べても安倍政権の逆行ぶりは顕著です。

米騒動から100年
 今年は1918年の米騒動から100年でもあります。シベリア干渉戦争に伴う米価高騰に民衆が立ち上がり、「非立憲内閣」と呼ばれた寺内正毅内閣は退陣に追い込まれました。この寺内首相を、同じ山口県の出身者として目標≠ノしているのが安倍首相です。
 圧政に抗して平和と民主主義、生活向上を求めた人々の歩みにこそ光を当てるべきときです。

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政治考/「日本会議」勢力、焦り/今年中の改憲発議に執念

2018211

 憲法に自衛隊を明記するとの安倍晋三首相の9条改憲案の実現へ、改憲右翼団体「日本会議」とそれに連なる勢力が「今年中の改憲発議」に向け、激しい執念とともに焦りを示しています。

 通常国会開会日翌日の1月23日、「憲法改正を阻むものは何か」と題するシンポジウムが東京都内で開かれました。主催は「国家基本問題研究所」。同研究所理事長でジャーナリストの桜井よし子氏が司会を務め、副理事長の田久保忠衛・日本会議会長も会場に陣取りました。

桜井氏語気強め
 シンポのパネリストは、日本会議代表委員の長谷川三千子氏、日本会議国会議員懇談会の木原稔財務副大臣・自民党衆院議員、産経新聞政治部の田北真樹子記者。
 桜井氏は「遅々として進まない憲法改正の論議。これからどうすべきか」と提起。パネリストからは「改憲を阻んでいるのは自民党の罪が大きい。党全体として改憲に向かう意思が欠けている」(田北氏)などと、自民党の改憲案取りまとめが遅れ、公明党や野党勢力との協議も進まないことへの強いいら立ちが出されました。
 桜井氏は、来年の政治日程をあげ、「今年が恐らく憲法改正の最後のチャンス。今年できなければどの内閣がいつできるのか」と語気を強めました。

「交戦権」を主張
 会場から、日本会議政策委員の伊藤哲夫・日本政策研究センター代表が「(戦力不保持・交戦権否認の)9条2項をとりあえず棚上げし、第3項に防衛力と交戦権を認める条項をつくる。9条2項を何とかすることが絶対に必要」と発言しました。自民党内で石破茂元幹事長が「交戦権のない自衛隊を認めても意味がない」と主張し、安倍提案に疑義を示していることを意識したものです。
 日本会議政策委員の百地章・国士舘大学特任教授は「2項を改正して軍隊を持たなければ日本を守れないが、それでは公明党が動かない。1、2項を残して自衛隊明記であれば公明党はいける。日本維新の会も大丈夫。この線でいくしかない」と述べ、「自衛隊明記派と2項改正派の大同団結」を訴えました。

9条2項抹殺¢_うが…/日本会議内部で混迷も

 「明治150年。明治の日本人たちは今みたいに生ぬるい議論じゃなかった。多くの人が殺され、斬り合い、血を流して、日本国を守り通した。その発想が今必要だ」
 司会の桜井よし子氏はこう檄(げき)を飛ばし、会場からは日本会議の田久保忠衛会長も「明治の気概に立ち返れ」と発言しました。
 木原財務副大臣は「安倍さんがここ一番、『いざ鎌倉、今だ行け』と言われたとき、われわれは必ず立ち上がる」とこたえ、最後には「今年、国民投票までいきます」と明言しました。行政府の責任ある立場にありながら、憲法尊重擁護義務(憲法99条)をかえりみない改憲強行の宣言です。
 日本会議勢力の改憲論の中身は、自衛隊を憲法に明記し2項を骨抜きにするというもの。桜井氏は「9条1項は守ります。2項はおかしいけど、2項を変えると誤解を招くから、自衛隊を書くことにするというのが安倍さんの戦術」とあからさまに語りました。

自衛隊の格上げ
 2項の削除か空文化か。どちらにしても9条2項を抹殺≠キることが根本的狙いです。
 9条2項の戦力不保持・交戦権否認規定があるからこそ、自衛隊は「日本への武力攻撃の排除」に限定された「必要最小限度の実力」とされ、集団的自衛権の行使や海外での武力行使は禁止されてきました。
 2項を残して自衛隊を明記するという案は、2項削除が困難な中で、自衛隊を「憲法上の存在」に格上げし、憲法で軍事組織の保有を認めることで2項の意味を失わせる(空文化)ことを狙ったものです。結局、無制限の海外での武力行使に道を開きます。
 一方、国会内で桜井氏らとも連携して活動する自民党有志議員らが1日、記者会見を開き、安倍提案の発展型≠ニする改憲案を提示しました。有志議員の中には有村治子、山田宏両参院議員、長尾敬衆院議員など日本会議議連の中心メンバーも参加しています。
 その中身は、「9条3項」として「前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない」という条項を追加するというもの。
 中心メンバーの青山繁晴参院議員は「自衛隊だけ書くという(安倍首相)案だと2項が空文化してしまう懸念がある。普通の国民もそう思う」と指摘。「『自衛権の発動を妨げない』という文言ならば1項、2項の中心的な考えを確認するという意味だから、2項は死文化せず、限定的だ」と主張しました。
 しかし、それも「一つの解釈」を示したにすぎません。「自衛権の発動」を明記すれば、個別自衛・集団的自衛の区別なく無制限な武力行使が可能となるという問題が回避できるとはいえません。

どちらも無制限
 安倍提案のように自衛隊を書き込むだけで、「自衛権」などの権限を書き込まず「解釈」に任せるなら、憲法として軍事組織を何ら明確な基準で縛らず、無制限な権限拡大をもたらしかねないという批判を受けざるを得ません。他方、青山氏らのように「自衛権」などを書き込めば、やはりフルスペック(無制限)の集団的自衛権の行使を認めることになります。
 執念、焦りとともに日本会議内部でも混迷が深まっています。(秋山豊、中祖寅一、日隈広志)

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辺野古埋め立て 安倍政権が対抗措置

全国で沖縄の運動支えて ヘリ基地反対協共同代表 安次富 浩さん

20181018

 日本は「法治国家」ではないと思います。

 菅義偉官房長官は口を開けば「法治国家」を連発します。しかしやっていることは、「私人になりすます」ように、都合のいいように法律を拡大解釈してまかり通すファシズム的手法です。

 仮に工事が再開されても、私たちは従来通り、毅然(きぜん)と座り込み、抗議行動を行っていきます。辺野古ゲート前はもちろん、全県的にデニー新知事を支える体制を早急に広げていくことが大事です。

 そして全国の方にも訴えたい。沖縄はたびたび「辺野古ノー」の民意を示してきました。ぜひ野党が一致して、全国から沖縄の運動を支えてほしい。来るべき参院選で野党統一候補擁立を模索し、それを拡大し、政権を代えることを望んでいます。

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2018焦点・論点 アベノミクス6年

同志社大学大学院教授 浜矩子さん

2018912

経済私物化による破壊目の当たり 本質突かれ、むきになる安倍首相

 安倍晋三首相が自民党総裁3選をめざして“成果”を語っています。アベノミクス(安倍政権の経済政策)を批判し続けている同志社大学大学院教授、浜矩子(のりこ)さんに聞きました。(聞き手・山田俊英 写真・山城屋龍一)

 ―アベノミクスの6年間をどう見ますか。

 このままでいけば日本の経済活動はアホノミクスによって殺されます。政治が下心をもって経済運営に当たると必ず経済が破壊されると信じてやまなかったわけです。本当にその通りに動いていることを目の当たりにして、恐ろしいと感じています。

 成長率がそこそこのレベルに到達したり、人手不足になっていると誇らしげに語ったりするわけですが、人手不足は、実はバランスが崩れていることのあらわれです。ゆがみをつくり出しているからそうなってしまう。

 まともな需給に対応した人手不足ではないがゆえに、人が足りないにもかかわらず、企業は賃金を本格的には上げたくない。だから、上げざるを得ない人の分は上げるけれども、その分どこかで猛烈に節約し、格差と貧困を助長する。結局痛めつけられていくのは弱者であり、弱者は弱者化するという構図の上にあぐらをかいて「1億総活躍」とか言っているということです。アホノミクスは本当に大罪です。

 ―破壊されているのは何でしょうか。

 国債市場、株式市場の体たらくを見れば、しかり。どちらも信じられないようなスケールで日本銀行が最大の存在感を見せています。二つの市場で成立する相場に今や何も意味がない。市場が破壊されている。日銀が許容する範囲でしか価格が動かないのですから、いわばファシズム相場です。これほどの破壊行為はありません。

 企業部門では、「稼ぐ力を取り戻せ」と政策がのしかかってきたため、数字合わせで不正行為がひどさを増しています。検査データの改ざんとか、資格不保持者による品質検査です。権力が優良企業の評価基準を示し、それに合わせて経営するというのは企業のベースの破壊です。

 ―「働き方」についてはどうでしょう。

 彼らの言う「働き方改革」は、労働者を働く機械にして生産効率を上げるという一点に照準を合わせています。チャプリンの映画「モダンタイムス」では人間が完全に歯車にからめとられていく。自動給食機で食べさせられながらコンベヤーを動かす。ああいう世界に向かって門戸を開いたのが「働き方改革」です。経済活動の主役である人間の人間性そのものが破壊される。「高度プロフェッショナル」とレッテルを貼られてしまったら最後、ただ働きが青天井化します。

 労働法制は生産性を上げるためのものではありません。労働者の人権を守るためのものです。効率を上げるという生産性論議から労働者の権利を守るために労働法制があるというのがまっとうな理屈です。それと全然違うことをやり始めています。

 ―本来の意味と逆のことをする手法が目立ちます。

 あらゆる面でそうです。企業に関して「攻めのガバナンス」なる言い方を持ち出しています。「コーポレート・ガバナンス」(企業統治)というのは、企業が稼ぐ力をつけることに徹して社会的責任を忘れることに鉄ついを下すために言われるようになった言葉です。それとまったく逆に「もっともうけろ」という形で企業統治を強化するのが「攻めのガバナンス」です。まともな筋と正反対の発想を持つのが「チーム・アホノミクス」の特徴です。

 ―安倍首相の下心とは何でしょうか。

 21世紀版の大日本帝国づくりに尽きます。だからどうしても憲法の改変をやらなければいけないし、それを急ぐ。国民と国家の関係を逆転させて、国家に奉仕する国民、国家のための「1億総活躍」という構図をつくる狙いです。

 「戦後レジームからの脱却」というのですから、戦前的レジームに戻るという回答しかない。「世界の真ん中で輝く国づくり」などと言っています。そういう野望を実現するための経済基盤づくり。これをアホノミクスに託しているわけです。不純な動機を実現する手段として経済運営をアホノミクスの枠の中に追い込んでいます。

 ―安倍氏は、安倍政権下で格差が拡大したというのは間違いだと強調しています。

 言われたことを相当気にしているからです。痛いところを突かれ、むきになって「違う」と言うのは、ひるんでいるからです。自分のことを「宥和(ゆうわ)的人間」と言うのも、「自分のことしか考えていない」と批判され、こたえているからです。

 宥和とか格差是正とか、あの人の語彙(ごい)においてもメンタリティーにおいても苦手なところだと思います。苦手を察知され、あわてているから、ことのほか強調しています。否定すればするほど、そこが本質だと見えてしまう。人間は、必死で否定していることが本当だということが多いではないですか。

 ―トランプ米大統領との一体感を強調しています。

 彼は、国家主義が前面に出て来る者にひかれています。しかも、自分がトランプに一番気に入ってもらっているというのを自慢の種にしています。一段と低次元で情けない。目をそむけたくなる。まともなおとなの振る舞いではない。まともなおとなではない人がとんでもない下心を抱いて政治の舞台中央に飛び出し、経済政策を私物化している。

 ―自民党総裁選で「結局また安倍氏か」と思っている人もいます。

 しかし、ずいぶん変わってきたと思います。モリカケ問題がここまで露呈して、官僚の忖度(そんたく)行政のひどさも明らかになり、痛いところを突かれて必死になって否定する。だんだん崩れてきています。

 2017年に無理やり総選挙をやったときの「国難突破」など、簡単に使ってはいけない表現を不用意に口に出すほど必死になった。都議選のときには「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と口走ったりしました。相当パニック度が高まってきています。12年に得々として出てきたときと比べれば、かなり追い詰められています。だから憲法改正を急ごうとしています。根底にある下心、そのための経済私物化の問題を直撃し、さらに追い詰めていく必要があります。

 はま・のりこ 同志社大学大学院ビジネス研究科教授。1952年生まれ。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長、同研究所主席研究員を経て2002年から現職。『どアホノミクスの断末魔』『窒息死に向かう日本経済』(いずれも角川新書)など著書多数。

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独に反差別の歌声 極右対抗コンサートに6.5万人

「われわれが多数派」訴え

201895

 【ベルリン=伊藤寿庸】独東部ザクセン州ケムニッツで3日、極右やネオナチによる移民排斥や人種差別に反対するコンサートが開かれ、6万5000人が参加しました。

 同市では、移民2人が容疑者とされている殺害事件をきっかけに、極右やネオナチが参加した暴力的デモが発生。これに危機感を持った著名なロックバンドやラッパーが、無料のコンサートを開催しました。

 「われわれが多数派だ」と銘打ったコンサートでは、殺人事件の犠牲者を悼んで黙とう。各地から集まった聴衆は、極右勢力やファシズムに反対する手製のプラカードなどを掲げました。

 ケムニッツ出身のバンド「クラフトクルブ」のボーカル、フェリックス・ブルンマーさんは「コンサートを開けば世界が救われるとは思っていない。しかし、あなた方は一人じゃないと示すことが大切だ」と語りかけました。

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ナチス美化許さない

戦犯“追悼”に対抗 ドイツ・ベルリンで4000人デモ

2018820

 【ベルリン=伊藤寿庸】ベルリン市西部のシュパンダウで18日、ネオナチのデモへの対抗デモに約4000人が参加し、ナチ賛美や人種差別に抗議しました。

 この日は、ナチスの副総統だったルドルフ・ヘス(ニュルンベルク国際軍事法廷で終身刑)が31年前に同地の戦犯刑務所で自殺した日で、これを追悼する「ナチ美化」の行動が計画されていました。

 集会・デモには、社民党、緑の党、左翼党などの政党や、労働組合、キリスト教団体などが参加。「多くの兵士や市民、ユダヤ人、ロマを殺害した人物をたたえることは許せない」(カトリック神父)、「野蛮なナチ思想に対して、われわれの価値を守らなければならない」(プロテスタント牧師)、「日常の人種差別がファシズムの温床だ」(トルコ系市民代表)などの発言が続きました。

 「極右に反対するおばあちゃんたち」のプラカードを掲げたゲルトルート・グラフさん(67)は、「戦争で夫婦が引き裂かれ、息子が戦争に取られ、女性はレイプされた。その再来を許さないために、ユーモアで抗議をしている」といいます。

 「ニュルンベルク裁判の後も、元ナチが法律家、政治家、実業家など高い地位に残った。だからそういう思想が今も残っている」と語る女性(54)もいました。

 対抗デモに圧倒された数百人のネオナチは、シュパンダウでのデモを断念。ベルリン市中心部に移動してデモを行いましたが、ここでも座り込みなどの対抗デモに見舞われました。

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主張 73回目の終戦の日

真実を偽る政治が戦争招いた

2018815

 アジアの諸国民と日本国民の甚大な犠牲の上に、日本がアジア・太平洋戦争に敗れた1945年8月の終戦から73年を迎えます。

 安保法制=戦争法の強行や憲法9条に自衛隊を書き込む改憲を狙うなど、「戦争する国」づくりに突き進む安倍晋三政権の特徴は、ウソを繰り返し、批判に開き直ることです。国会での虚偽答弁や改ざん、隠ぺい、ねつ造など、枚挙にいとまがありません。ウソの政治を許せば、民主主義が崩れ、戦争とファシズムに道を開きます。真実を偽る政治を許さぬ決意を、終戦の日を機に新たにしましょう。

でっち上げで始まった

 73年前の終戦の前後、当時の政府や軍部で、大量の公文書が廃棄され、焼却されたことはよく知られた事実です。「大本営」と呼ばれる戦争司令部があった東京など、各地で焼却の煙が立ち上ったと言います。戦争の真実を、国民と占領軍に隠し通すためでした。

 310万人以上の日本国民と2000万人を超すアジア諸国民を犠牲にしたアジア・太平洋戦争は、最初から最後までウソで固めた戦争でした。15年にわたる戦争のきっかけ自体、当時「満州」と呼ばれた中国東北部で、日本軍が仕かけた謀略が始まりです(31年)。自らの利権と領土を拡大する戦争を、中国による鉄道爆破で起こされたように偽り、戦争と呼ばず「事変」と言い張ったのも、日本と世界の世論を欺くためです。

 その後の日中全面戦争への拡大(37年)やアメリカなどとの開戦(41年)でも、侵略戦争を「自存自衛」などとごまかし、日本の戦果は過大に、中国やアメリカの国力は過小に宣伝しました。「大本営発表」の言葉が、ウソの代名詞のように言われたのは当然です。

 日本だけではありません。「戦争の最初の犠牲者は真実」だといわれるように、世界史をひもとけば、ウソから始まった戦争は少なくありません。ベトナム戦争は、アメリカが、「トンキン湾事件」と呼ばれる北ベトナム(当時)側からの攻撃をでっち上げて(64年)、侵略を本格化させました。イラクへの侵略戦争(2003年)も、アメリカなどがフセイン政権(当時)は「大量破壊兵器」を持っているなどと決めつけて開始しました。

 安倍政権が国会で繰り返してきたウソの政治は、歴代政府でも異常なものです。それを許せばそれこそ民主主義は崩壊し、戦争とファシズムにつながります。戦争の「脅威」をあおり立て、安保法制の強行や軍備拡大を進めてきたことからもそれは明らかです。白を黒と言いくるめ、反対意見には耳を貸さない首相の姿勢は、まさにファシズムそのものです。ウソの政治を許さないことが大切です。

ウソの政治を許さない

 「ヒトラーが権力を手にしたあとでは、すべてがもう遅かった」

 この夏映画が公開され、書籍も公刊された『ゲッベルスと私』の中で、ナチスの宣伝相の元秘書が語っている言葉です。「なにも知らなかった。私に罪はない」という証言は、真実を見ようとしなかった当事者の言葉として、議論と反響を呼びました。

 日本国憲法の前文には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」の決意が刻まれています。真実を見抜いて行動する大切さを示す、今日にこそ生かすべき言葉です。

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ノー・ウォー横浜展 19日まで

ある作品見て、感じて

2018815

 横浜市中区の神奈川県民ホールで19日まで、第16回ノー・ウォー横浜展が開催中です。ノー・ウォー美術家の集い横浜と、美術・九条の会の共催。

 初日の13日は、オープンセレモニーとして弦楽器の演奏とともに、広島の被爆者サーロー節子さん(カナダ在住)の国連会議での演説の和訳が朗読されました。

 自らも出品者で朗読を聞いていた中村安子さんは、取材に「同じ被爆者です」と話し、核兵器禁止条約に署名しない日本政府への怒りを語りました。

 中村さんは、広島に原爆が落とされた1945年8月6日の8時15分からの1時間を表す作品を出品。「1時間の間に、いろんなところでいろんなことが起きたことを表現しました。今、日常にファシズム的なものがまん延していると感じます。自己責任の社会の中、忙しく、分断され、考える余裕がないと思いますが、作品を見に来て、感じて、考えてほしい」

 ノー・ウォー美術家の集い横浜の事務局の藤井建男さんは「戦争反対や平和というコンセプトのもと、幅広い作品が集まりました。力のある作品を見てほしい」と呼びかけています。

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「ウソの政治」を許せば、やってくるのはファシズム/党首討論後、志位委員長が指摘

2018628

 日本共産党の志位和夫委員長は27日、国会内で記者会見し、党首討論での安倍晋三首相の答弁について「まったく反論できず、『あずかり知らぬ』と逃げるだけだったが、それではすまされない」と厳しく指摘しました。
 志位氏は、討論で取り上げた加計学園問題について「首相の名が何度も使われ、首相秘書官が深く関与し、多額の国民の税金が食い物にされた」と強調。「首相は、その事実について認識をもつ必要がある」と、安倍首相の無責任な姿勢を批判しました。
 志位氏は、前回の党首討論(5月30日)に引き続いて森友・加計問題を取り上げたことについて、「(この問題は)一国の首相が国会の場でウソをつき、それを守るためにまわりもウソをつき、公文書を改ざんするという大問題だ。この問題をきちんと解決しないと、外交や経済など政策問題をまともに議論する土台がない」と指摘しました。
 さらに志位氏は「この問題を曖昧にしたら、日本の民主主義の深刻な劣化となる。安倍首相のもとでのウソの政治の横行に慣らされてしまえば、民主政治は崩壊し、やってくるのはファシズムだ」と強調。「『ウソの政治』を追放し、『正直な政治』に切り替えるため、安倍首相が辞めるまで徹底的に追及していく」と力を込めました。

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武器輸出で中東に戦火/独最大軍事企業に抗議行動

2018510

 【ベルリン=伊藤寿庸】ドイツ最大の軍事企業ラインメタルによる武器輸出に抗議する行動が8日、ベルリンで行われました。
 同社の株主総会が開かれた市内のホテル前での集会では、ミサイルのオブジェなどが登場。同社による攻撃兵器がトルコ、サウジアラビアなどに輸出され、シリアやイエメンでの戦火をあおっているとして、武器輸出の停止と民需生産への転換を要求しました。
 平和団体や環境団体、キリスト教会の代表や、左翼党や緑の党の国会議員が演説。参加者は地面に体を横たえる「ダイ・イン」で兵器による殺りくを告発しました。
 この日は、ナチス・ドイツが敗北し、ファシズムからドイツ国民が解放された日。ナチス被迫害者連盟・反ファシスト同盟(VVN・BdA)のウルリヒ・ザンダー氏は、ナチス政権下で国有化されていた同社が戦後西ドイツの再軍備とともに急成長した歴史に触れ、2001年に同社が戦時強制労働の生存者への補償を行ったものの支払われるべき賃金のごくわずかにすぎなかったことを批判しました。
 左翼党のカトリン・フォグラー議員は、同社の監査役に多くの元閣僚が就任して多額の報酬を受け取っていると指摘。また欧州連合(EU)の「恒常的構造防衛協力」(PESCO)の下で進められている兵器の共同開発で、同社が中心的役割を果たしていると述べました。
 集会には、ラインメタルの子会社があるイタリアから企業の倫理的活動を促す活動を進める財団の代表も参加。ドイツやイタリアから紛争地域に向けて行われている武器輸出がEU法に違反しているとし、ラインメタル社がトルコや南アフリカなど世界にプラント輸出やライセンス生産を拡大していることを批判しました。

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各国のメーデー/差別とたたかう/アメリカ

201853

 【ワシントン=遠藤誠二】1日は全米各地でも集会・デモなどのイベントが取り組まれました。
 首都ワシントンでは、市内コロンビアハイツ地区で夕刻から労働者と市民が集結。集会後に地域を練り歩き、「労働者の日」を市民にアピールしました。主催者は、賃金引き上げ・労働者の権利の向上とともに、福祉・教育予算の引き上げを要求課題に掲げました。また、人種差別・性差別の反対、ファシズムへの抵抗など、トランプ政権のもとで深刻になっている問題でも、連帯してたたかうことを呼び掛けました。
 最低賃金の時給15j(約1600円)以上を求めてたたかっている、「ファイト・フォー・15」キャンペーンのイベントも、中西部シカゴをはじめ各地で行われ、労働者が街頭に繰り出しました。
 また、各地では、大手ハンバーガー・チェーンのマクドナルドの店頭で、賃上げや労働条件の向上を求めるデモが行われました。

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南欧左派3党が共同宣言/EU緊縮政策に対案を/新たな政治運動を呼びかけ

2018417

 スペインの新興左派政党「ポデモス」、ポルトガルの「左翼ブロック」、フランスの左派政党「服従しないフランス」の3党党首は12日、ポルトガルの首都リスボンで共同宣言を発表し、欧州連合(EU)が主導する緊縮政策に反対する勢力を結集し、現在のEUの考え方に対案を示す新たな政治運動を始めることを呼び掛けました。
 (島田峰隆)

 「今こそ国民」と題した共同宣言には3党首が署名しました。仏紙ルモンドは、来年5月に行われる欧州議会選挙をにらんだ動きだとし、「3党がそれぞれの国で共同のキャンペーンを行うというものだ」と伝えています。

福祉削減を批判
 共同宣言は、欧州諸国がEUのもとで進めた福祉や教育予算の削減、増税など緊縮政策について「(10年前の)経済危機を起こした構造的な問題を何一つ解決できなかった」と指摘。特に若い世代に不安定雇用や失業、貧困を広げ、仕事に就けない青年が国外移住を余儀なくされていると批判しています。
 また「不公平、非効率、持続不可能な経済システムを、生活の役に立ち、市民の民主的コントロールのもとに置く必要がある」と強調。「私たちの権利と諸国民の主権を守るために、国際的、国民的で、民主的な政治運動をつくる課題に結集することを欧州の諸国民に呼び掛ける」と訴えています。

社会正義と人権
 ポデモスのイグレシアス党首は「この政治運動は社会正義や人権に基づいた欧州をつくろうとしているあらゆる社会・政治勢力に手を差し伸べるものだ」と述べました。「欧州の各種機関で新自由主義的な政策が取り続けられれば欧州は破綻する」「新自由主義的な政策は経済的繁栄や社会正義、最低限の社会保障の源となってきた反ファシズムの合意も破壊している」と指摘しました。
 左翼ブロックのマルティンス党首は「現在のEUへの対案を生み出すというのがこの運動の考え方だ。欧州中に、協力という対案を持つ勢力が存在する。この運動はこれらの勢力を結集する一歩だ」と語りました。
 「服従しないフランス」のメランション党首は「一部の人が富のすべてを奪っている」「より人間的な展望を持たせる運動だ」と力を込めました。

ポデモス
 スペインで緊縮政策に反対する運動から2014年に生まれた政党。統一左翼など連携政党を含めると下院(定数350)で67、上院(同266)で20議席。
 ◇
左翼ブロック
 1999年に結成されたポルトガルの左翼政党。国会(一院制、定数230)で19議席。共産党、緑の党とともに、社会党政権に閣外協力しています。
 ◇
服従しないフランス
 社会党を離党して2009年に左翼党を共同創設したメランション元職業教育担当相が16年2月に創設。下院(定数577)で17議席。

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潮流

2018411

 ときはまさにヒトラーが世界征服を企て欧州全土に勢力を広げつつある頃。独裁者に屈するか、それともたたかうか。揺れるイギリスで首相を任されたウィンストン・チャーチルの映画が公開されています▼功罪分かれる歴史上の人物の一時期だけを切り取ったものですが、彼の演説は勇気を与えたといわれています。「われわれは決してひるまない。最後までたたかい抜く。いかなる犠牲を払っても祖国を守り抜く。断じて降伏はしない」▼葛藤しながらもファシズムとたたかうことを決断した指導者の言葉は、人びとの心をとらえました。その映画を先日、安倍首相が見たそうです。かつてないほどの異常な国会のさなかに。どんな感情が胸に湧いたのだろうか▼公文書の改ざんや、財務省がうそをつくことまで求めていた森友問題は「安倍事案」と。こんどは腹心の友が理事長をつとめる加計学園の獣医学部新設計画が「首相案件」と呼ばれていたことがわかりました▼建設地の愛媛県や今治市の職員、学園幹部が当時の首相秘書官と面会。その際に秘書官が「本件は、首相案件」と述べたと記された県作成の文書を朝日新聞が報じました。またもや、これまでの国会答弁が覆る内容です▼森友にしても加計にしても隠されてきた証拠が指し示す方向は、すべて首相夫妻や官邸の関与に向いています。国政を我が物としてきた彼らが発する偽りの言葉は、社会の土台を掘り崩しています。いかなる犠牲を払ってまで、だれを何を守り抜くのか―。

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「ファシズムの脅威、戦後最悪」/元国務長官が米紙寄稿

201848

 【ワシントン=池田晋】クリントン米政権下で女性初の国務長官を務めたオルブライト氏は6日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)に寄稿し、ファシズム(独裁的国家主義)が「第2次世界大戦の終結以来、最も深刻な脅威をもたらしている」と述べ、世界情勢に警鐘を鳴らしました。
 オルブライト氏は、欧州における排斥主義の台頭、中国・ロシアの最近の動向、アラブの春の失敗による独裁政治への回帰などをあげ、ファシズムの前兆が各地でみられると指摘。「われわれは民主主義の旗を掲げ続けることができるのかが試される、新しい時代の中にいる」と述べました。
 また、トランプ米大統領が「ファシズムが世界の舞台を闊歩(かっぽ)する新たな機会をもたらす可能性を高めている」とし、同氏の国際秩序や民主主義の軽視、独裁者容認の姿勢を批判。「もし誰かがファシズム復活の歴史を編んだシナリオを描くなら、米国の道義的指導性の放棄は確かに第一幕をなす」としました。
 一方、オルブライト氏は「防弾チョッキを着ることなく学ぶ権利を、と要求する若者の団結にはいまだに元気づけられる」と最近の銃規制強化を求める運動に言及。民主的プロセスを活発にするため、一人ひとりが役割を果たす必要があると訴えました。

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シリーズ憲法の基礎/米ソ冷戦/日本を「防壁」に

2018327

 日本国憲法の施行後1年もたたない1948年から日本再軍備と憲法9条改定の動きが米国軍部内で起こった背景には米ソ冷戦がありました。
 米国は、第2次大戦を通じて強大化した軍事力を戦後も世界中に展開し、軍事基地網を張り巡らす政策を早くから追求していました。大戦終結後、東ヨーロッパにソ連の影響が広がり、アジア地域でも民族解放闘争や社会主義を標榜(ひょうぼう)する運動・国づくりが進む中、米国は、国連中心の平和な国際社会建設よりも、自らの支配・影響力を広げる政策の展開に踏み出します。
 47年3月にはトルーマン米大統領が議会での一般教書演説で、ギリシャ・トルコに対し「共産主義者」の革命闘争を鎮圧するため経済・軍事援助を行い、ソ連はじめ「社会主義国」に対する「封じ込め政策」を取ると宣言しました(トルーマン宣言)。また米国のマーシャル国務長官は、同年6月、経済復興援助と引き換えに、共産主義者を政府機関や労働組合などから追放させる計画(マーシャルプラン)を明らかにし、同11月には同計画について「欧州での共産党支配を阻止するための武器なき戦い」と述べました。
 翌48年1月には、ロイヤル米陸軍長官が演説で「日本を全体主義の防壁に」と宣言しました。ここでいう「全体主義」とは、戦前のファシズムや日本軍国主義だけでなく、ソ連を中心とした「共産主義」陣営を指す言葉でした。
 米国はポツダム宣言で示された日本の民主化・非軍事化という任務を投げ捨て、日本を東アジアの軍事拠点とする方針へと転換していきました(米国家安全保障会議決定・NSC13/2)。「逆コース」と呼ばれる占領政策の転換です。この中で「日本の限定的再軍備」構想(48年5月)が打ち出されました。
 50年6月、朝鮮戦争の勃発に前後して、GHQ(連合国軍総司令部)は日本共産党機関紙「アカハタ」の発刊停止を指令するなど日本共産党を弾圧。朝鮮での戦況が激化し、在日米地上軍が朝鮮半島に派遣される動きの中で、警察予備隊の創設(同8月10日、54年に自衛隊として発足)が発令されたのです。

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イタリア総選挙の焦点/上/緊縮政策に国民の怒り/支持集める新興政党

201833日【国際】

 イタリアで4日、総選挙が行われます。同国はユーロ圏で、経済規模が独仏に次ぐ3位、債務総額がギリシャに次ぐ2位。イタリアの動向は欧州全体にも影響します。総選挙の焦点を探りました。
 (ローマ=島田峰隆)

 2008年のリーマン・ショックから10年の年に迎えた総選挙で、国民の最大の関心事は経済をどう回復するかです。
 「この10年で良かったことなんて一つもないよ。景気が上向いたのは、大金持ちと政治家だけかな」
 失業中のシャンカレポーレさん(57)が肩をすくめながら語りました。ローマ中心部にある下院前で、友人らと貧困や経済格差に抗議する行動を続けています。
 シャンカレポーレさんは北部ミラノで配管関係の会社を経営していました。しかし世界経済危機の影響を受けて11年に会社は倒産。この間に国のかじ取りをしてきた中道左派・右派の大連立政権、それに続く民主党政権について「どの政党も約束だけで、何もしなかった」と憤ります。「今回は新しさに賭ける」と述べ、新興政党「五つ星運動」に投票する意向です。既成政党を批判する同党は、単独の政党としては支持率でトップとなっています。

高い失業率10%
 欧州連合(EU)の統計によると、貧困に陥る危機にあるイタリア国民は08年以降に300万人以上増えました。失業率は約10%、南部ではその倍近くです。大連立政権、民主党政権はEUが求める財政規律を守るとして、基本的に緊縮政策を続けてきました。民主党は経済を回復させてきたと宣伝していますが、支持率は伸び悩んでいます。
 南部プーリア州にあるバリ大学のオノフリオ・ロマーノ教授は、総選挙情勢について「国民の激しい怒りが特徴だ」と語ります。
 「例えば南部の失業率はギリシャ並みの高さだ。国民にしてみれば危機は深まるばかり。EUの言いなりに緊縮政策が進められた結果、どの政党も信頼できないという感情が広がり、『五つ星運動』に人気が集まっている」

右派含め修正へ
 「国民の怒り」の深さは、右派連合も含めて主要な政党が足並みをそろえて緊縮政策の批判や手直しを公約せざるを得ないという事態に示されています。
 民主党中心の中道左派連合は、全国民向けの最低保障賃金の導入などを公約。「五つ星運動」も貧困層支援を強調します。右派連合は個人と企業の税率を一律にして減税するとしています。ただ右派連合の政策は実際には企業減税になると専門家は指摘しています。
 民主党の政策が右寄りだと批判して昨年結成された政党「自由と平等」は「少数者のためではなく多数者のために」と訴え、経済格差の克服を前面に押し出しています。大学学費の無償化や金融機関の無秩序な活動の管理などを公約しています。

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イタリア総選挙の焦点/下/急増した移民・難民/危機あおる右派政党

201834

 イタリア総選挙では、武力紛争や貧困を逃れて中東・北アフリカから欧州へ押し寄せる移民や難民への対応も論戦の焦点の一つです。野党の右派連合は、移民・難民の急増で治安が悪化したと宣伝しています。
 「わが党が最も重視するのは治安の回復だ。移民や難民からイタリアの町を取り戻す」
 右派連合の構成政党の一つ「イタリアの同胞」のメローニ党首は、最終盤のテレビ・インタビューで移民や難民への敵意をむき出しにしてこう強調しました。
 ▽移民や難民が支援を受ける一方で、政府はイタリア国民を放置している▽欧州連合(EU)内で中欧諸国が移民の受け入れを拒否しているのに、なぜイタリアが受け入れるのか―という主張です。

増える排斥支持
 こうした主張はある程度、世論に影響を与えています。地元メディアによると、右派連合の構成政党で移民排斥を掲げる「同盟」(昨年秋に「北部同盟」から変更)は、前回2013年の総選挙時比で支持率が約3倍になっているといいます。
 南部バリに住むラーニョさん(41)は「移民や難民が多く到着するのは南部なので、この地域でも同盟が議席を増やすかもしれません」と懸念します。「移民や難民の中には働いて経済を支える人が多くいます。彼らを追い出したら、それこそ経済が機能しないのでは」

反差別デモ行進
 2月24日にはローマで、労働組合、中道左派連合に加わる政党などが「ファシズム、人種差別主義を決して許さない」とデモ行進し、右派政党に対抗しました。
 昨年イタリアに来た移民・難民は約12万人。一時期に比べて減少傾向にあります。バリで移民・難民を支援する弁護士のシモーナ・ディナポリさんは「それでも右派が支持を伸ばすのは、恐怖をあおって危機を利用しているからです。しかし恐怖をあおって解決できる問題ではありません」と力を込めます。
 中道左派連合の民主党は、EU域内の難民申請ルール「ダブリン規約」を見直し、他のEU加盟国に受け入れを迫ると公約。同党を批判してできた「自由と平等」も規約見直しを求めます。
 新興政党「五つ星運動」も似たような提案をしていますが、不法移民の「本国送還」に言及している点は右派連合と共通しています。
 ディナポリさんは「移民や難民が権利や機会を保障され、仲間として社会に溶け込む真の統合が必要です。そうした政策を政党や法曹関係者、支援者が協力してつくらなければなりません」と語りました。
 (バリ〈イタリア南部〉=島田峰隆)

ダブリン規約
 欧州連合(EU)諸国を目指してきた難民希望者について、最初に到着した加盟国が保護申請を受けると定めた規定。難民が多く到着するギリシャやイタリアなど南欧諸国は、北部の国々を目指す難民の申請受け付けの負担を過重に押し付けられているとして同規約に反発しています。

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3・1ビキニデー日本原水協国際交流会議パネリストの発言/破滅的な核戦争防ぐ/要旨

2018228

 27日、静岡市で開かれた3・1ビキニデー日本原水協全国集会・国際交流会議で、海外と日本のパネリスト5氏が発言しました。要旨を紹介します。

戦争ではなく外交を/アメリカ/平和・軍縮・共通安全保障キャンペーン代表ジョゼフ・ガーソンさん
 私たちは核兵器禁止条約を祝う今も、破滅的な米朝戦争を防がなければならないという緊急で絶対的な課題に直面しています。
 私たちは「朝鮮問題協議ネットワーク」を創りました。そのスローガンは「戦争ではなく外交」です。
 私たちはオリンピックの停戦延長をもとめ、オリンピック期間中の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験に反対し、北朝鮮との平和条約をもとめるアピールに何千筆もの署名を集めました。
 私たちの運動は伝統的な核軍縮の活動家を超え、核兵器禁止条約やヒバクシャ署名運動も含めた軍縮イニシアチブに焦点をあて、運動を構築し、禁止条約を交渉した各国政府の決意をさらに強めていきます。

異なる運動間で連帯/非核フィリピン連合事務局長コラソン・ファブロスさん
 フィリピンでは、ファシズムがその権力を永続させるために巨大化しています。このようななかで、核兵器や外国軍事基地の廃絶をめざす私たちの運動の継続的な発展は、私たちの大義の前進に必要な民主的空間の縮小によって大きな困難に直面しています。
 私たちの仕事は、狭い角度からのみ運動を進めようとしないことです。一致する点を見つけ、異なる運動間に連帯をつくりだして、運動を爆発的に発展させる方法を見つけることは可能です。
 若い世代に期待しながら、何十年にもわたる活動の時代を生き抜いた私たちはがんばり続けます。いま、青年たちがこのたたかいに立ち上がっています。私たちは全員でたたかい、必ず勝利します。

朝米対話形成に期待/韓国/キョレハナ平和研究センター兼任研究員李俊揆(イ・ジュンキュ)さん
 昨年の朝鮮半島の情勢は「ダイナミック」でした。北朝鮮とアメリカとの対立によって、東アジア地域での緊張のエスカレーションが繰り返されました。
 今後の情勢は流動的ですが、朝米の対話局面が形成されていることは確かであると考えます。アメリカの対北朝鮮行動に関し、「対話の意向がある」というシグナルが、「問題解決のためのアプローチ」への態度転換であることを期待したいです。現在の「挑発」自制の雰囲気を、核活動の凍結という段階へ発展させていかなければなりません。
 「核兵器禁止」という流れを、それぞれの国の中で多数派の世論にしなければなりません。それが、平和運動が担うべき実践課題の一つではないでしょうか。

被害者援助義務づけ/マーシャル諸島共和国エニウェトク環礁NGO「エリモンディック」創立メンバー、ブルック・タカラさん
 エニウェトク環礁では、米国の支配のもとで43回もの原水爆実験が行われ、島民は7回も強制移住させられました。帰島後、現在、エニウェトク環礁には400人ほど住んでいますが、(放射線の)汚染から逃れられません。
 私の夫が生まれ育ち、子どもたちを育てたいと思っている家は、1時間あたり、胸のレントゲン写真を1枚撮られるのと同じほどの放射線を出しています。汚染された砂がセメントに使用されたためです。
 私たちは、日本の活動家たちとともに核兵器禁止条約に被害者への援助を義務づける項目を入れさせました。この条項こそは核戦争の人道的影響を認識し、大きな重荷を負わされた人々への補償による暫定的正義につながる道筋を与えるものです。

運動と世論を各国で/日本原水協事務局次長土田弥生さん
 核兵器禁止条約が採択されました。核兵器のない世界の実現へ向けた大きな流れがあります。しかし、一握りの核保有国と「核の傘」の国が禁止条約に反対し、危機的な状況が続いています。
 一つは北朝鮮核問題をめぐる問題です。さらにトランプ政権。「核態勢見直し」で、核兵器を小型化し戦争で使えるようにするとして、禁止条約に真っ向から挑戦しています。そして日本の安倍政権です。米国政府に追随し、危機を深める側に立っています。
 核兵器のない世界を実現するためには、世論と運動を各国で高めることがカギです。今年、ビキニの原点に返り、壮大な運動を発展させましょう。

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シリーズ憲法の基礎/9条は自由の基礎/軍事価値を否定

2018227

 憲法9条2項が戦力不保持を定め、徹底して軍事を否定したのは、国民の自由のためにそれがどうしても必要だと痛感されたからです。
 安倍晋三首相は、1月の施政方針演説で「明治150年」と述べました。しかし、明治維新(1868年)以来の150年は、戦前と戦後で全く異なる70年からなります。
 戦前の明治、大正、昭和は、国を統治する全権限を天皇が握る絶対主義的天皇制のもと、日本が戦争に明け暮れた時代でした。
 その中で、日本軍国主義と天皇制政府は、軍機保護法、治安維持法、国防保安法、新聞紙条例などで徹底的に国民の言論、思想と運動を弾圧。主権在民と侵略戦争反対を掲げた勢力は残虐な拷問を受け、生命まで奪われました。国家神道が強制され信教の自由は否定され、教育勅語などに基づく徹底した軍国主義教育で「お国のために血を流す」ことが無上の美徳とされました。
 国家総動員法は「国防目的達成ノ為国ノ全力ヲ最モ有効ニ発揮セシムル様人的及物的資源ヲ統制運用スル」ものとし、強制徴用をはじめ、戦争最優先に人もモノもすべて国家が取り上げたのです。
 日本国憲法が、9条で軍事を徹底的に否定したのは、歴史にてらし「戦争は自由の最大の敵」であるとしたからです。
 憲法学者の樋口陽一氏は『自由の基礎としての憲法第九条』という論考で、「基本的に一九四五年以前の日本社会は軍事的価値を最上位に置く社会でした。第九条の存在は、そういう社会の価値体系を逆転させたということに、大きな意味があったのです」と指摘。「天皇と軍とそのために死ぬことを力づけた国家神道、この三者の結びつきをいったん否定する。統治権の総攬(そうらん)者としての天皇から『象徴天皇』へ、国家神道から『政教分離』への転換と並んで、軍事価値の否定というところに、第九条が持ってきた大きな意味があった」として、「自由の保障」にとっての9条の意義を強調しています。

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戦争の足音が再び聞こえる時代、多喜二のようにたたかおう/多喜二祭での小池書記局長の連帯あいさつ

2018213

 東京都中野区で12日に開かれた「杉並・中野・渋谷 第30回記念多喜二祭」で、日本共産党の小池晃書記局長が連帯あいさつを行いました。

 小池氏は小林多喜二を「個人の尊厳を押しつぶす社会の矛盾を文学の力で告発し、不合理な現実を変えるため、たたかいに立ち上がる人々を描いた日本共産党員作家」と紹介。
 29年の短い生涯に残した作品のうち、小池氏は特高警察の拷問によって命を奪われる直前に書いた、『沼尻村』『党生活者』『地区の人々』の3作品を取り上げました。時代背景は、1931年、満州への侵略戦争が始まり「戦争が本格化すればもっと景気はよくなる」と政府が宣伝する「戦争特需」の時代。これらの作品群は「反戦平和と反ファシズムを訴えてたたかう人々を描き、今日の情勢から見ても、迫力と輝きを放っています」。

時空を超えて私たちの胸打つ
 『沼尻村』は戦時体制に組み込まれた農村の実情と、その中での反戦運動を描いた作品。続いて書かれた『党生活者』もガスマスクやパラシュートを作る軍需工場を舞台に反戦闘争を展開する共産党員を描いた作品。最後の作品となった『地区の人々』も北海道の港町の鉄工所を舞台に、反戦平和・生活擁護のたたかいをすすめる労働者と、産業界を戦争翼賛の流れにのみ込むため工場に派遣されてきた軍関係者との、たたかいの綱引き≠ェ描かれています。
 3作品に共通する、「戦争で景気がよくなった」などの宣伝を振りまき戦争推進の流れに国民を絡めとろうとする当時の権力の姿は「まるで、今の安倍政権のようだ」と小池氏は指摘しました。
 「国民生活や経済の実態には目もくれず、『アベノミクスで経済がよくなった』と叫びながら、9条改憲に突き進もうとする、安倍内閣の姿をほうふつとさせるではないか」と強調。「戦前の暗黒体制のもとで、『戦争反対』の声を上げ戦争推進勢力のウソを暴き、奮闘する、多喜二の作品の登場人物たちの姿は時空を超えて、私たちの胸を打つものがある」と評しました。

多喜二の訴えは実現しつつある
 続いて小池氏は、多喜二が32年10月24日、日本プロレタリア文化連盟(コップ)創立1周年に際して書いた「闘争宣言」を引用しました。「きたるべき革命が『ブルジョア民主主義革命』として広範な層を含むものであるがゆえに(中略)あらゆる問題をとらえての下からの『統一戦線』の戦術の適用によって、全革命的民主主義的勢力を吸集すること等々が実践されなければならぬ」―。統一戦線を呼びかけたものです。
 しかし当時は、統一戦線は実現できませんでした。小池氏は「私たちが生きる今の時代は、多喜二の時代とは大きな違いがある」と指摘しました。
 多喜二没後85年の今は、当時と何が違うか―。小池氏は二つの点を強調しました。
 一つは、多喜二の時代は非合法政党だった日本共産党が公然と活動し、2700人を超える地方議員、衆参合わせて26の国会議席を持つ政治勢力となっていることです。日本軍国主義の敗北と日本国憲法の制定、その後の民主主義発展の努力を受け、そうした公然たる思想弾圧は過去のものとなりました。
 もう一つは、多喜二が呼びかけたような民主主義的勢力の統一戦線、すなわち平和・民主主義・立憲主義を守り、安倍政権の戦争国家づくりに反対する「市民と野党の共闘」が実現しつつあることです。「オール沖縄」の共同の実現や、安保法制=戦争法に反対する空前の市民の運動を受け、新しい共闘がつくられ発展しています。

日本共産党を強く大きく
 「もし、多喜二が現代に生きていたら、この成果を大いに喜び、戦前とは比べものにならない、可能性と展望に満ちた現代のたたかいを、生き生きと小説に描き、社会変革の活動にまい進したのではないでしょうか」と問いかけた小池氏。「再び戦争への足音が耳元で聞こえる情勢の中で、多喜二のように声を上げ、多喜二のようにたたかいましょう。この党を強く大きくすることに、日本の未来はかかっています。戦後最悪の安倍政権を一日も早く打倒しましょう」と結びました。

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極右政権参加/ファシズム犠牲、無駄にするな/強制収容所の生存者が訴え/オーストリア

2018115

 【ベルリン=伊藤寿庸】オーストリアで、第2次世界大戦中にナチス・ドイツが同国に作ったマウトハウゼン強制収容所の生存者らがこのほど、新政権の民族主義、極右・排外主義に懸念を表明する共同アピールを発表しました。
 アピールは「新政権が、欧州現代史の最も暗黒な歴史に学んで、民族主義的な潮流と決別」するよう要請。「マウトハウゼン強制収容所と関連収容所で殺された約10万人と、ファシズムの犠牲となった数百万人の死を無駄にしてはならない」と訴えています。
 生存者の1人、米国在住のマックス氏(93)は「オーストリア政府の中に、反ユダヤ主義、人種主義、いかなる形の極右主義の居場所がないようにしてほしい」と要望。ウクライナのイゴール氏(93)は「私の人生体験から、国が人々の権利を制限し始め、排外主義が国家政策の一部となった時に何が起きるかを知っている」と警告しています。

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9条守る共同広げる年に/日本共産党が新春宣伝/東京・新宿

201815

 日本共産党は4日、東京・新宿駅西口で新春街頭宣伝を行い、憲法9条改憲に反対する3000万署名への協力を求めました。田村智子副委員長・参院議員、吉良よし子参院議員、大山とも子東京都議がマイクを握り、山添拓参院議員も駆け付けました。幅広い年齢層の人々が署名に応じ、各氏の訴えに熱心な拍手や声援を送りました。
 田村氏は、多くの人の初詣の願いに共通しているのは「平和な世の中に」の願いだとして、安倍政権の改憲策動を批判。「憲法に自衛隊を書き込む理由は何か。自衛隊の海外での武力行使を禁じる一番の力が9条だからだ」と指摘し、「市民と野党の力で安倍政権を包囲し、新たな共同を広げていく」と新年の決意を述べました。
 来年の参院選で改選を迎える吉良氏(東京選挙区)は、ブラック企業を追及してきた5年間で、厚生労働省が違法な企業の名前を公表するようになったことを紹介。「ブラックキラー、吉良よし子。ありとあらゆるブラックな現場をなくすために皆さんと力を合わせる」と力を込めました。
 大山氏は、市民と野党の共闘を広げ「9条を守ろうの声で国会を取り囲み、改憲発議ができないように追い込もう」と訴えました。
 署名した女性会社員(29)は「小中の5年間、長崎で暮らして被爆者とも触れ合ってきました。平和を守ってきた憲法の改悪には反対です。一人からでも声をあげていきたい」と話しました。
 拍手しながら聞いていた女性(34)は「自民党の改憲草案は緊急事態条項など盛り込んでファシズムまっしぐら。北(朝鮮)の脅威≠あおって改憲するなんて怖い」と語りました。

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