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【2016年活動および関連情報】

 

【1月】 【2月】 【3月】 【4月】 【5月】 【6月】 【7月】 【8月】 【9月】 【10月】 【11月】 【12月】

 

 

*         2月見出し

*         各地から/治維法国賠同盟・石巻地域支部が発足

*         全国革新懇ニュース12・1月合併号/多喜二の時代≠ノ逆戻りさせない/映画監督山田火砂子さん

*         朝の風/自分たちの「真の生活」

*         新入党員教育/一緒に成長/「ずっと平和を大事にしていますね」/大阪市城東区委員会

*         共謀罪提出阻む運動を広げよう/和歌山で学習会

*         新「共謀罪」法案に警鐘/権利規制へ猛威/法律家・市民7団体集会

*         各地から/治維法国賠同盟北海道本部と札幌支部が宣伝(8日)

*         オスプレイ墜落/墜落、防衛省に抗議/安保廃棄中央委

*         開戦の日/各地で「赤紙」宣伝/京都/滋賀/大阪/兵庫/和歌山

*         自衛隊員、危険にさらすな/南スーダン撤退訴え/平和委が署名・宣伝/太平洋戦争開始75年

*         朝の風/ノーマ・フィールドの指摘

*         メディア介入とNHKを考える/福岡で講演会

*         NHK会長選出、70年前は/元放送委員市吉澄枝さん(故人)の回想/上/国民主体の委員会、始動

*         NHK会長選出、70年前は/元放送委員市吉澄枝さん(故人)の回想/下/候補者あげ議論尽くして選ぶ

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12月)

各地から/治維法国賠同盟・石巻地域支部が発足

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)の宮城県石巻地域支部が12月、発足しました。「新たな戦前≠ニ言われる情勢の中で先人の業績や歴史に学びながら闘いを広げるために必要な組織」との宮城県同盟の提起を受けて、地域の会員で準備を進めてきました。
 発足集会では、横田有史県同盟会長が「今なぜ、治安維持法国賠同盟なのか」と題して記念講演。その場で入会者が相次ぎ、23人での発足となりました。支部会長に三浦一敏氏、副会長に渡辺金夫氏、事務局長に原伸雄氏を選出しました。
 支部の初仕事≠ニして、三浦綾子原作、山田火砂子監督、寺島しのぶ主演の小林多喜二の「母」の上映運動に取り組むことなどを決めました。
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2016年12月28日,「赤旗」)

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全国革新懇ニュース12・1月合併号/多喜二の時代≠ノ逆戻りさせない/映画監督山田火砂子さん

 全国革新懇ニュース12・1月合併号の1面インタビューは、来年公開の映画「母小林多喜二の母の物語」の山田火砂子監督です。前作「望郷の鐘満蒙開拓団の落日」に続き、「あの時代に逆戻りさせてはならない」という切実な気持ちを語ります。
 元自治省選挙部長・早稲田大学教授の片木淳さんが、日本の「べからず選挙」を「放置していると日本の民主主義に未来はない」と憂え、「選挙は国民のもの」との立場から戸別訪問など選挙活動の自由化を呼びかけます。
 冨田宏治関西学院大教授が、「投票に行かない人々」の政治参加をどう促すかについて論稿。日本ケアマネジメント学会副理事長・服部万里子さんは、介護制度改定に対する現場からの告発と提案。文芸評論家・北村隆志さんは「『猫』はまだ 生きている」で、没後100年の夏目漱石の思想を現代に照らして論じています。
 各面で、「市民と野党の共闘」「沖縄」「憲法」「介護」「子どもの貧困」から文化行事まで革新懇運動のとりくみを紹介しています。
 購読料は年間1820円(送料込み・1部から自宅に郵送)。連絡先は全国革新懇 〒1510051 渋谷区千駄ケ谷1の7の8 千駄ケ谷尾澤ビル 電話03(6447)4334 ファクス03(3470)1185
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2016年12月28日,「赤旗」)

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朝の風/自分たちの「真の生活」

 先月28日の本紙訃報欄に斉藤力さんの名前があった。経歴に、小樽多喜二祭実行委事務局長と書かれていたが、筆名は浜比寸志さん。1986年に「オホーツクに燃ゆ」で第2回『文化評論』文学賞を受賞している。
 浜さんは、赤旗編集局主催の1979年文芸作品募集でも、詩部門で「赤飯を炊く――ある母の入党によせて」で入選している。終戦後まもなく開拓入植して苦労した母の歴史を刻みながら、その母が入党するときに自分で赤飯を炊いて祝うことをうたっていた。
 営林署で働く悠吉の入党への過程を描いた「オホーツクに燃ゆ」では、職場の党員から入党をすすめられても、「最後の一歩を踏みとどまらしているもの、それが何なのか」わからないまま渋っている。しかし、町議選を後援会員としてたたかう中でさまざまな妨害を受けても、それは相手側の危機感の現れだから、勇気をだそうと語る。そして選挙後に入党して、市川正一の「日本共産党員となった時代が、自分たちの真の時代、真の生活である」という言葉を聞かされて静かに身震いする場面が描き出された。
 昨年、『民主文学』5月号に載った「罐を炊く」も含めて、共産党員として生きる意味を伝えることに浜さんのモチーフがあったと改めて感じる。
 (筑)
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2016年12月26日,「赤旗」)

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新入党員教育/一緒に成長/「ずっと平和を大事にしていますね」/大阪市城東区委員会

命がけで反戦の党に共感
 大阪市城東区委員会は、「入党者を迎えたら、すぐに新入党員教育を受けてもらおう」と、区委員会主催の新入党員教室を定期的にとりくんでいます。
 区委員会として新入党員教育に力を入れるきっかけは、これまで、せっかく入党してもらっても、党員として成長させきれず、結果として少なくない人たちの離党措置をとってきたからです。「こういうことを繰り返しては、大きな党をつくれない」と反省し、新入党員と一緒に成長できる支部になろうと決意したからです。11月も、入党した50代女性に、その場で日程を案内して、新入党員教育をおこないました。
 入党をすすめた地区委員の岡本孝志さんが講師になって、綱領を項目ごとに読み上げて、「なにか質問があれば言ってくださいね」と声をかけて、大事な点について説明しました。
 講師が、第1章で、戦前、命がけで戦争に反対した党のたたかいについて、小林多喜二の生き方にもふれて紹介すると、女性は「両親が党員で、子どものころ党の演説会にいき、ベトナム戦争反対≠ニいう声を保育室で聞いたことを思い出しました。ずっと平和を大事にしていますよね」と目を輝かせました。第2章では、「アメリカ従属だから、安倍内閣は戦争に協力しようとするんですね。TPPも、輸入が増えて食料自給率が下がるから疑問です」とうなずき、最後まで読み通して「綱領は共感できることばかりです」と感想を述べました。
 規約では、講師の「党生活確立の3原則」の説明に納得し、党費や「赤旗」日刊紙の購読、支部会議の参加を積極的にうけとめ、具体的にどうするかを話しあいました。
 次の日、所属する支部の支部総会が開かれ、さっそく女性が参加すると、「若い人が入ってくれた」と大歓迎されました。
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2016年12月18日,「赤旗」)

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共謀罪提出阻む運動を広げよう/和歌山で学習会

 和歌山県地評や国民救援会県本部など7団体がよびかけた「『共謀罪』学習会」が12日、和歌山市で開かれました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県本部の鶴田至弘会長は開会あいさつで「戦争法廃止をめざすたたかいとともに共謀罪を国会に提出させない運動を広げよう」とよびかけました。
 講演した自由法曹団和歌山支部事務局長の芝野友樹弁護士は、過去3回にわたって国会に提出され国民の反対で廃案になった共謀罪について「犯罪について話しあったら処罰するという法律で、犯罪が起きる前に罰する、心の中にあるもので罰する」とのべ、近代刑法の原則に反し、憲法の思想・信条、内心の自由を侵すと指摘しました。
 政府がテロ対策を口実にしていることについて「テロ対策というなら日本をテロの対象にしてしまう戦争法こそ廃止すべきだ」と批判するとともに、共謀罪の本質が広く市民を監視するもので日本を監視密告社会にすると告発し、法案提出の阻止を訴えました。
 参加者からの質問や参加団体の報告があり、日本共産党の坂口多美子党県平和くらし委員長が法案阻止に全力をあげる決意を表明しました。
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2016年12月18日,「赤旗」)

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新「共謀罪」法案に警鐘/権利規制へ猛威/法律家・市民7団体集会

 政府が「テロ対策」を名目に来年初めの通常国会にも提出を目指している新たな「共謀罪」法案について、法律家や市民でつくる7団体共催の反対集会が15日夕、都内であり、約100人が参加しました。発言者は「『テロ対策』の裏にある真のねらいに注意すべきだ。権利運動の規制に猛威を振るうのは明らかだ」などと強い危機感を表明しました。
 共催は社会文化法律センター、青年法律家協会弁護士学者合同部会、日本国際法律家協会、日本民主法律家協会、自由法曹団の法律家5団体と、盗聴・密告・冤罪(えんざい)NO!実行委員会、盗聴法廃止ネットワークの市民2団体。
 共謀罪は国会で過去3回、廃案になりました。今回、法務省は名称を「組織犯罪準備罪」と変え、成立を目指すとみられています。
 講演した神戸学院大学の内田博文教授は名称について「包装紙を変えただけ。共謀罪の本質は変わらない」と指摘。戦前の治安維持法が次々に処罰対象を広げた歴史に触れ、「戦時下になれば市民がたたかう武器は奪われる。武器があるうちに、改憲反対と結びついた運動をどう展開するかが課題だ」と語りました。
 5月の刑事訴訟法改悪で、捜査機関の取り調べのうち「被疑者が自白した場面」の録音・録画が証拠として法廷に提出されるケースが増えるとみられます。
 これについて、実際に被告人の自白場面の映像が法廷で上映され、一審で有罪判決が出た「今市事件」の一木明主任弁護人は「共謀罪事件の裁判では物的証拠は少なく、自白が立証の中心になる。自白場面の映像が強烈な力を発揮するだろう」と警鐘を鳴らしました。
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2016年12月17日,「赤旗」)

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各地から/治維法国賠同盟北海道本部と札幌支部が宣伝(8日)

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟道本部と札幌支部が宣伝しました。道本部の宮田汎会長と日本共産党の森つねと衆院道1区候補が札幌市内で、太平洋戦争開戦75年にあたり再び戦争する国になることを許さないと訴えました。
 両氏は「『駆け付け警護』任務は、憲法が禁じる海外での武力行使を容認する行為であり、自衛隊が『殺し、殺される』初めての事態となる危険性が高い」と市民に訴えました。
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2016年12月16日,「赤旗」)

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オスプレイ墜落/墜落、防衛省に抗議/安保廃棄中央委

 安保破棄中央実行委員会は15日、防衛省に対し、オスプレイの飛行中止と配備撤回を求める要請を行いました。13日夜、沖縄・普天間基地所属の米海兵隊MV22オスプレイが名護市の浅瀬に墜落し、大破したことを受けたものです。
 東森英男事務局長は「今回の事故は住宅地に近いところで起きており、墜落地点が少しずれていれば、住民を巻き込む重大事故になったことは間違いない」と指摘。オスプレイの一連の事故歴を見れば、2012年に行われた日本政府の「安全宣言」が全く根拠のないものであることは明らかだとしました。
 オスプレイの構造的欠陥がいっそう明確になったとして、
飛行中止普天間基地への配備撤回と全国への訓練拡大中止陸上自衛隊が予定しているMV22の導入中止東京・横田基地に予定されているCV22の配備中止千葉・木更津で進められている日米共用の整備拠点撤去沖縄・高江への着陸帯建設中止―を強く求めました。
 全労連、新日本婦人の会、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟、安保破棄東京実行委、東京平和委員会、東京原水協の代表がそれぞれ要請書を提出。全日本民医連、日本平和委員会の代表が参加しました。要請後、防衛省正門前で「危険なオスプレイ配備は許さない」との横断幕を掲げてコールしました。
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2016年12月16日,「赤旗」)

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開戦の日/各地で「赤紙」宣伝/京都/滋賀/大阪/兵庫/和歌山

 太平洋戦争開戦から75年の8日、近畿でも母親大会連絡会らが各地で「赤紙」(召集令状)を配り、「戦争法は廃止に」「南スーダンから自衛隊を撤退させよ」と訴えました。

京都/平和の尊さ訴え
 京都では、京都母親連絡会が平和団体とともに、府内約70カ所で宣伝しました。「赤紙」のコピーを配って平和の尊さを訴えました。
 京都市の三条河原町では約10人が参加し、「『殺し殺される』日本にしてはいけない。戦争法廃止の声をあげましょう」と訴えました。
 衣笠洋子事務局長は「今年の宣伝は、南スーダンに自衛隊員が派遣されるなかで、特別な意味を持っている。首相は真珠湾に行くというが、戦争への反省もなく、いったい何を語るというのか」と批判しました。
 青森から修学旅行で来たという高校生たちが、「新任務の付与で、青森の自衛隊員が、殺し殺される危険にさらされている」との訴えに、真剣に耳を傾けていました。

滋賀/日本国憲法守る
 滋賀では、県母親大会連絡会が草津市のJR草津駅東口で、「赤紙」を配布し、「ヒバクシャ国際署名」を集めました。
 リレートークでマイクを握った大竹美知子さん(86)=草津市=は「南スーダンに自衛隊が武器を持って出動する事態になっています。自衛隊を戦争する国に送りたくない。戦争しないと決めた日本国憲法を守るために、みなさんと力を合わせていきたい」と力を込めました。
 ビラを受け取った栗東市の女性(82)は「自衛隊を海外に送ると戦争になる。防空壕(ごう)も竹やりも経験しています。戦争はもういやです」と話しました。栗東市の男性(26)は「友だちにも渡します」と、2枚受け取りました。

大阪/安倍政権信用できぬ
 大阪では、大阪母親大会連絡会が大阪市の難波高島屋前で60人の参加で宣伝し、800枚の「赤紙」を配り、安保法制(戦争法)廃止署名をよびかけました。
 署名した大阪市の女性(36)は「中学生と小学生の子どもがいます。戦争は絶対にいやです」と話しました。
 松永律大阪母親大会連絡会委員長が「平和な未来を手渡しましょう」と呼びかけました。
 各団体代表がマイクを握り、大阪平和遺族会の中溝千恵さんは「南スーダンに向かう自衛隊員の家族が涙で見送っていました。私たちのような戦争遺児の思いを再びさせてはなりません」、安原邦博弁護士は「国民との一番重要な約束である憲法を、権力を使いやすいように変えようとする安倍政権を信用してはなりません」と訴えました。

兵庫/少年に銃向けるのか
 兵庫では、県母親大会連絡会が神戸市三宮のマルイ前で「赤紙」を配り、南スーダン派兵ノー、憲法改悪ストップ、戦争法廃止などを訴えました。
 中村治子会長らが「戦争法で日本の若者が海外で人を殺してしまう危険性が高まっています。南スーダンでは自衛隊が少年兵に銃を向けることになるかもしれません」「『赤紙』で息子や夫が戦争に取られた戦前に逆戻りさせてはいけません」と訴えました。
 10団体30人が参加。通行人が次つぎと「赤紙」を受け取っていました。
 明石市の女性(68)は「日本は戦争しないとうたっているし、人の命は大事なのに、何で自衛隊が海外で戦争しなくてはいけないのでしょうか」と話していました。

和歌山/戦争する国許さぬ
 和歌山では、県母親大会連絡会や治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県本部が、和歌山市役所前やJR和歌山駅前で「赤紙」を配布し、平和を訴えました。
 参加者らは、太平洋戦争とそれ以前の中国大陸や東南アジアへの戦争と合わせ、日本が15年にもおよぶ侵略戦争を行い、アジアで2000万人を超す犠牲を出したことを指摘。戦後つくられた平和憲法は日本の宝、世界の宝だと強調し、戦争する国づくりを許さない運動を広げようと訴えました。
 県母連によると同日、県内40カ所で宣伝。「赤紙」8700枚を用意し、配布しました。
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2016年12月09日,

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自衛隊員、危険にさらすな/南スーダン撤退訴え/平和委が署名・宣伝/太平洋戦争開始75年

 太平洋戦争の開戦から75年になる8日、日本平和委員会は自衛隊への「駆け付け警護」の新任務付与に抗議し南スーダンからの撤退を求める署名・宣伝行動を、東京・有楽町駅前で行いました。
 千坂純事務局長は、7日の党首討論で日本共産党の志位和夫委員長が国連報告書に基づいて憲法違反の武力行使が行われる危険性を追及したのにたいし、まともに答えない安倍首相を批判。「今やるべきことは、うそをついて自衛隊員の命を危険にさらすことではなく、憲法9条に基づいて和平実現のために全力をあげることだ」と訴え、署名への協力を呼びかけました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の榎本よう子事務局次長は、南スーダンに派遣される部隊の出発の際に涙を流して見送る女性がいたことを紹介し、「戦中と同じ光景だ」と強調。太平洋戦争を振り返り、「戦争では真っ先に子どもたちや女性が犠牲になる」と述べました。
 日本とイタリアのハーフだというキミコ・カタリナさん(60)はビラを受け取って、「自衛隊員が人を殺すのはイヤだ。日本は核兵器を2回も落とされたのに、なんで日本人が戦争に行かなくてはならないのか。もし私の息子が送られたら『絶対に行くな』といいたい」と語りました。
 署名をした小林一雄さん(81)=川崎市=は、7日の党首討論をみて「(安倍首相は)めちゃくちゃだ。人の意見を聞こうとしない」と声を荒らげました。
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2016年12月09日,「赤旗」)

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朝の風/ノーマ・フィールドの指摘

 今年2月、米国で出版された『日本プロレタリア文学選集』について、編者のノーマ・フィールドシカゴ大学名誉教授がエッセーを書いている(『治安維持法と現代』秋季号)。
 13年ほど前から、ノーマ氏と共編者で当時ミシガン大学院生だったヘザー・ボウエン=ストライク氏は翻訳を進めてきた。作品選びで気づいたのは、文学運動の参加者たちが、一人何役も務めていることだった。多喜二や百合子も、村山知義も、創作し評論を書き、論争に参加していた。そういう「議論し合い、互いから学ぶ、ダイナミックな姿」を選集では示したかったという。
 こうして「個人的なことは政治的なこと」「労働と文学」「リアリズムの問題」など五つのテーマで40編の作品が収録された。その作品の魅力は「ふつうは顧みられない社会の底辺に暮らす人々を大事に、立体的に、具体的に……描き、行動させる」ところにあり、それは「軽視された人生に尊厳を吹き込む行為」であった。
 翻っていま米国ではどうか。トランプ現象を前に、「白人リベラルが白人貧困層にかける言葉を持たない」という問題が浮上したことにノーマ氏は鋭い目を向ける。それは白人貧困層を「同じ人間として見なすことができなかった」ことではないのか、と。
 (烏)
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2016年12月07日,「赤旗」)

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メディア介入とNHKを考える/福岡で講演会

 NHKを考える福岡の会は11月26日、福岡市で講演会を開き、参加者65人が安倍政権のもとでの憲法改悪やメディア介入の危険性について考えました。
 六本松九条の会代表世話人で県弁護士会副会長の井下顕氏は、改憲をめざす安倍政権がメディア幹部との会食や行政指導などの圧力を通じメディア支配を強めていると指摘。治安維持法による報道萎縮が戦争につながった歴史などをふまえ、独立した監視機構の必要性や記者クラブ制度の廃止を訴えました。
 洗川鉄也代表がNHK福岡放送局での要請行動などの活動を報告。「NHKは報道の自由、民主主義を守る役割を担っている。職員を激励しながら間違った報道に厳しくものを言っていこう」とのべ、籾井勝人会長の再任阻止を呼びかけました。
 参加した後藤宏爾さん(46)は、「メディアの実態は国際常識とかけ離れていると感じる。会に参加、インターネットで問題提起してメディアに怒りを覚えている人たちに訴えていきたい」と語りました。
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2016年12月02日,「赤旗」)

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NHK会長選出、70年前は/元放送委員市吉澄枝さん(故人)の回想/上/国民主体の委員会、始動

22歳、宮本百合子と一緒に
 NHK経営委員会による次期会長選任が大詰めを迎えています。公共放送NHKが、敗戦の教訓をふまえて再出発した70年前の1946年に立ち戻ってみましょう。当時、各界から選ばれた十数人が委員となって、民主的なシステムでNHK会長を選んでいました。

 委員のうちの一人は最近までお元気でした。今年5月に93歳で亡くなった市吉澄枝さんです。東京で長く税理士の仕事を続け、税理士九条の会発起人などを務めました。
 市吉さんの自分史『まなび 愛 ひたむきに』(2015年、生活思想社)をひもといてみます。
 少女時代、兄の影響もあって社会科学に関心を持ち、友人と読書会を開くなど活発に過ごしました。終戦の年の1月、突然、特高警察に「治安維持法違反」で逮捕され、読書会のことなどを調べられました。
 8月の終戦でようやく釈放され、神奈川の実家に。釈放された共産党員らが東京・国分寺に住んでいて、そこに手伝いに行っていたこともあって入党、宮本百合子(日本共産党員作家)ともここで知り合いました。
 秋から党本部の婦人部に勤務します。実家にまだ入党を知らせてなかったので、宮本百合子に相談して「槇ゆう」というペンネームで活動しました。

政府主導ではなく
 党を代表する形で、46年1月の「各党の婦人政策を聞く」など、NHKラジオの討論に3度出演しています。
 連合国軍総司令部(GHQ)の対日政策は各方面に及びました。放送分野では45年12月、NHK(1926年設立)の民主化をめざし、次のように提起しました。「世論を表現すべき重要な機関である放送の管理運営」について、「すべての面で公共機関として確立するために委員会を作る」という内容です。政府主導でない国民主体の委員会構想でした。

青年分野の代表で
 委員会の構成についても、広く国民に目を向け、「社会の各分野を代表する民間人を」と当時の逓信院を指導しました。
 こうして46年1月、17人の顧問委員会(のちの放送委員会)がスタート。滝川幸辰(京都帝大法学部長)、宮本百合子、荒畑寒村(評論家)らの著名人とともに、青年分野の代表として瓜生忠夫(青年文化会議)、槇ゆう(日本共産党婦人部員=市吉)の2人が入りました。市吉さんは22歳でした。
 のちに市吉さんは自身の委員就任について、NHK関係者に「(宮本)百合子さんが推薦なさったんだろう」と語っています(1986年の「聞き書き」)。
 市吉さんはこの委員会の位置づけについて「NHK会長候補の選出、NHK再組織案の作成、放送基本方針の立案」とまとめています。さらに「政府言いなりの放送を国民のものにするための重要な任務を持った委員会」と積極的にとらえていました(『まなび 愛 ひたむきに』)。
 (小寺松雄)
 (つづく=〈下〉は3日付の予定)
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2016年12月01日,「赤旗」)

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NHK会長選出、70年前は/元放送委員市吉澄枝さん(故人)の回想/下/候補者あげ議論尽くして選ぶ

再出発した公共放送の中で
 1946年1月にスタートした顧問委員会(その後の放送委員会)は、新生NHKの会長選任という大仕事にとりかかりました。委員各人が計40人ほどの候補を出し、投票で最終的には3人にしぼりました。3月の総会(このときから放送委員会に改称)で、経済学者・高野岩三郎を会長に選びました。
 86年の「聞き書き」によると、宮本百合子や市吉さんは、3人のうち「高野さん(を推そう)と私たちは決めていた」。
 市吉さんは戦中・戦後の無理がたたって体をこわし、47年に入ると療養生活を送りました。委員会については「2回か3回ぐらいしか、出てないんじゃないか」(「聞き書き」)と残念さをにじませています。NHKによると46年半ばの放送委員は15人ですが、槇(市吉)さんはすでに退任しています。

放送委員会の業績
 放送委員会の業績について、放送研究者の松田浩氏は著書『NHK(新版)』(2014年、岩波新書)で次のようにのべています。「放送基本原則草案」(46年9月)、「放送委員会規約」(47年10月)、「放送法案要綱」など数々の立案提言をNHK、逓信省、GHQに対して行った―。
 さらに松田氏はこう記しています。「しかし、これらは、NHK上層部などから、ほとんど無視に近い扱いを受けた。彼らは、米占領政策の変化の風向きを敏感に感じ取っていた」「一九四九年四月の高野岩三郎会長の死を境にして同年五月、解散を決め幕を閉じている」
 市吉さんは46年に結婚、50年代から税理士の勉強を始め、66年に税理士登録をしました。68年に公認会計士をしていた夫・庸浩さんが急病死。その後、税理士活動や子育ての中で、東京税理士新人会の会長を務めました。「平和を守る税理士の会」「税理士九条の会」などにも参加しました。
 2010年に開かれた「税理士九条の会」後の懇談の場で、弾圧の体験とともに放送委員の経験を少し話しました。それがきっかけで同年8月、放送関係者が市吉さんに当時のことを聞く集いを開いています。

学び行動につなぐ
 市吉さんの終戦翌年の経験は、短期間ではありましたが貴重なものでした。国民すべての放送局として再出発した70年前のNHK。現在のNHKはそこからどんな教訓をくみとっているのでしょうか。議論を尽くして、会長にふさわしい人を民主的に選ぶことの大切さが改めて浮かび上がってきます。
 

 長男・伸行さんは、市吉さん著『学び 愛 ひたむきに』のあと書きで、こう母を語っています。「社会に目覚め、それが原動力になって学び、そして行動につながっていきました」「年長の方から可愛(かわい)がられ、同志と共に活動し、年少の方から慕われ、幸せな人生だったと思います」
 (おわり)
 *市吉さんは今年5月、93歳で死去。
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2016年12月03日,「赤旗」)

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*         11月見出し

 

*         初代党道委員長武内清没後70年記念講演会開く/北海道・函館

*         相沢良の生き方学ぼう/治維法国賠同盟、岩見沢で集い/北海道

*         わがまちふるさと/京都府宇治市/ここは歴史の分岐点

*         南スーダン自衛隊派遣/戦争への道許すまい/各地で抗議の声/北海道/盛岡市/秋田

*         南スーダンから自衛隊戻せ/宮城・塩釜/札幌・中央区/函館/札幌・西区

*         共謀罪は戦争への道=^民主法律家協会が研究集会

*         未来開く共産党大きく/各地でつどい/暴走政治を止める力/金沢で畠山議員

*         父母は拷問受け…暗黒政治もう二度と/女性交流集会開く/治維法国賠同盟

*         戦前の活動家福田政勝を追悼/群馬・前橋市

*         治維法国賠同盟/宮城県に女性部/講演と集い開く

*         片山潜没後83年/碑前祭で決意/大平議員ら

*         治維法国賠同盟/東京裁判を学ぶ/大阪府本部集い

*         戦前のたたかい伝えるプロレタリアート展/20日まで/福井・高浜町

*         朝の風/高橋とみ子追悼

*         不破哲三著『文化と政治を結んで』/人間の精神的生活に目配り/田島一

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(11月)

初代党道委員長武内清没後70年記念講演会開く/北海道・函館

 戦前の絶対主義的天皇制の時代に、北海道で最初の日本共産党の組織を函館につくり、戦後、初代の北海道委員長として活動した、武内清の没後70周年記念講演会が20日、函館市内で開催され、会場いっぱいの70人が参加しました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟、日本国民救援会、日本共産党などによる実行委員会が開催しました。治安維持法国賠同盟道南支部の牧野英雄支部長があいさつし、道本部の宮田汎会長が「再び暗黒政治は許さない」と題して講演しました。
 宮田氏は、武内清が16歳で上京後、新聞配達の労働組合で要求実現をかちとり、その後、函館水電に就職(路面電車の車掌)し組合活動で奮闘。1927年に函館で共産党支部設立にたずさわり、その後も国民のために奮闘してきた足跡を紹介しました。
 日本共産党北海道委員会の青山慶二委員長は、武内清が「戦前の労働組合の指導でも、戦後の党活動の指導でも立派な活動を展開してきたことに大いに学ぶことがある」と二つの事例(小樽ゼネスト時のビラ作成での工夫、国鉄首切り反対のたたかい)をあげて報告しました。
 青山氏は「激動の情勢が続いており、野党共闘が国民に希望をもって迎えられ、党綱領の統一戦線の方針が国政を動かす時代になった。党として全力をあげてたたかっていきたい」と語りました。
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2016年11月26日,「赤旗」)

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相沢良の生き方学ぼう/治維法国賠同盟、岩見沢で集い/北海道

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟南空知支部はこのほど、戦前、反戦平和を掲げてたたかった活動家、相沢良の没後80周年を記念して「相沢良の青春と憲法を学ぶつどい」を北海道岩見沢市で開催しました。治維法国賠同盟道本部の宮田汎会長が講演しました。
 戦前、東京、青森、北海道で反戦平和と働くものの権利を守って不屈に勇敢にたたかい抜いた相沢良の人間愛と勇気にみちた生き方について、宮田氏は「戦争する国づくりが進められる中、この生き方を受け継ぎ憲法を生かした新しい社会をつくっていこう」と呼びかけました。
 民青同盟の女性(25)は、「当時の不屈の情熱を受け継いだ気がします。とても印象に残る話でした」と語りました。
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2016年11月25日,「赤旗」)

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わがまちふるさと/京都府宇治市/ここは歴史の分岐点

 「山城の宇治は、山と水と、千年前の古典の夢の中に息づいてゐるやうな町である。
 たれでも、一度あの宇治の町へはいつて、豊太閤が煎茶の水を掬んだと云う宇治橋のほとりに佇んだものは、一生あの空と、空の下の山と、その山と山との間から迸り出てゐる宇治川の水と、葦の間に立つてゐる千年の古塔と、それから鳳凰堂の鳳凰の姿とを忘れかねるであらう」
 宇治出身の作家中西伊之助(日本共産党元国会議員)の小説『あがた祭』の巻頭の文です。
 藤原頼通が平等院を建立。源頼政が自刃。山城国一揆の衆が平等院でおきて、自治確立。足利義昭が槇島昭光とともに槇島城の戦いに敗れ足利時代終焉。豊臣秀吉が宇治川流路を変え宇治橋を落橋。治安維持法に反対し凶刃に倒れし山本宣治が眠る―歴史の分岐点にいつも登場したまちです。
 近代、てん茶・玉露など茶の町、企業が集積し「ものづくり」の町、住宅開発がすすみ商業・住宅の町…。革新市政下で「子育てするなら宇治で」と有名でした。ところが近年、こうした宇治の良さが衰退し、子育て世代が転出し人口流出全国ワースト14位と、沈滞しつつあります。
 雇用拡大につながる施策への転換でふたたび町のにぎわいを取り戻したいものです。
 (水谷修市議)
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2016年11月24日,「赤旗」)

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南スーダン自衛隊派遣/戦争への道許すまい/各地で抗議の声/北海道/盛岡市/秋田市

政府軍と衝突、危険性を訴え/札幌市手稲区
 札幌市手稲区の革新懇ていねの会と市民団体は19日、JR手稲駅前で、「駆け付け警護」など新任務が付与された自衛隊の南スーダン撤退を訴えて署名宣伝、スタンディングを行いました。
 革新懇ていねの会の代表は「自衛隊が政府軍と衝突する場合が大いにありうる。憲法9条に違反し、PKO法にも反する派遣はやめて、日本は停戦と略奪・虐殺をやめることを南スーダン政府に求めるべきだ」と訴えました。
 新発寒9条の会の代表は「自衛隊員の母親らが息子を戦場に送りたくないと声を上げてきています」と紹介。自衛隊の撤退を求めました。「市民の風・北海道」手稲チームのメンバーは、国民の暮らしを破壊するTPP(環太平洋連携協定)批准阻止、沖縄・高江の森を壊すなと訴えました。

バス待つ人々「行動」に注目/札幌市厚別区
 札幌市厚別区の「戦争させるな・9条こわすな!厚別の会」は19日、市内2カ所で「自衛隊を南スーダンに送るな」スタンディング行動をしました。
 新札幌駅周辺では40人、もみじ台で43人が参加しました。
 参加した市民は「19日は忘れてはならないと、(札幌中心部の)大通の集会に参加しています。地元厚別に会があってうれしい。今後も参加したい」と話しました。
 もみじ台では、勤医協職員や介護職員も参加。買い物途中の市民やバスを待つ人々から注目を集めました。

子や孫に残す遺産「平和」に/札幌市南区
 札幌市南区の戦争法を廃止する南区民の会、南区九条の会、新婦人南支部は19日、地下鉄澄川駅前で「戦争法廃止」「南スーダンに自衛隊を派遣するな」と宣伝しました。
 マイクを握った参加者は「日本はどこの国とも戦争をしてはいけません」「被爆国である日本は核兵器廃絶運動の先頭に立つべきです」「国連のほとんどの国が核保有国にすみやかな核兵器廃絶をと働きかけています」「あなたの平和への願いを署名に」と呼びかけました。
 買い物に来ていた母親は「戦争も核兵器もなくしたい。子や孫に残す遺産は平和ですね」と署名しました。

買い物客らに署名呼びかけ/北海道岩見沢市
 北海道岩見沢市の「戦争法廃止をめざす岩見沢の会」は19日、市内スーパー前で、署名宣伝を行い、参加した15人が「戦争法廃止、自衛隊は南スーダンから撤退せよ」の署名を買い物客らに呼びかけました。
 日本共産党の山田靖廣市議、治安維持法国賠同盟南空知支部の千石信弘事務局長らがマイクで「自衛隊への『駆け付け警護』などの新任務付与の閣議決定は憲法違反。自衛隊員の生命を守るため、南スーダンから撤退させよう」と訴えました。
 買い物客の関心は高く、「がんばってください」と激励する姿が見られ、30分の行動で、53人分の署名が寄せられました。

17メートルの横断幕/高校生ら激励/北海道苫小牧市
 北海道苫小牧市の戦争法廃止!苫小牧実行委員会は19日、市内の大型スーパー前で、戦争法廃止を求め、新たに南スーダンに派遣する自衛隊部隊に付与された新任務に抗議するスタンディングを行いました。
 20人を超える参加者は、17bに及ぶ「大切な人を戦争に行かせない」の横断幕などを掲げ、国道を行き交う車や買い物客に向かってコールしました。通りすがりの女子高生や車、バスから手が振られました。日本共産党の工藤良一、冨岡隆の両市議も参加しました。
 横山傑実行委員長(苫小牧地区労連議長)は「日本は戦後71年間、戦闘に加わってこなかったことが財産です。新任務付与で自衛隊員の大切な命が失われかねません。憲法の理想に立って、危険な策動を阻止しよう」と呼びかけました。

キャンドルで若者らが文字/北海道旭川市
 北海道旭川市の中心街一条平和通・買物公園で19日、安保法制反対、南スーダンPKOの自衛隊撤退を求める街頭スタンディングが行われ、若者ら35人が参加しました。
 この場所では安保関連法が強行された昨年9月19日以降、毎月19日に街頭行動を行っており、この日も安保法制に反対する旭川の若者グループ「A.F.M.A.」の中心メンバーら有志の呼びかけでスタンディングが行われました。キャンドルで「NO WAR」と文字を描き、5人がリレートークで安保法制反対の思いをアピールしました。
 この行動には日本共産党の荻生和敏衆院北海道6区候補も参加し「NO WAR」のプラカードを掲げました。

派兵反対の声上げ続けよう/盛岡市
 「戦争させない・9条壊すな!岩手の会」は21日夜、盛岡市で戦争法廃止と憲法9条改悪反対を訴えるデモ行進をしました。冷え込むなか、200人が参加しました。
 平和環境県センターの佐々木力議長代行は「岩手駐屯地所属の隊員を含む自衛隊が20日から、南スーダンへ出発した。日本を戦争する国にさせてはいけない」とのべました。
 憲法改悪反対県共同センターの金野耕治事務局長は、内戦状態の南スーダンに自衛隊が送られれば、殺し合いになる危険性が高いと強調。岩手県議会が安保関連法の廃止を求める意見書を可決したと紹介し、「派兵反対の声を上げ続けよう」と呼びかけました。
 参加者らは繁華街を行進しながら、「政府はPKO派遣を中止せよ」「自衛隊の駆け付け警護反対」などとコール。通行人の注目を集めました。

市民と野党の共闘「さらに」/秋田市
 秋田県憲法センター(虻川高範代表)は19日、秋田市で「南スーダンPKO派遣反対!戦争法廃止・憲法改悪阻止11・19秋田県民集会」を開き、120人が参加しました。県社保協の佐竹良夫事務局長、県商連の小玉正憲会長、県平和委員会の中田博さん、日本共産党の米田吉正県委員長があいさつしました。
 佐竹氏は「貧困と格差など悪政の黒雲が日本を覆っている。社会保障を削り軍事費にまわす時代にしてはならない」と述べ、小玉氏は「特攻隊員だった男性は亡くなった戦友を思い『あんな地獄を二度と見たくない』といった。派遣される隊員、家族は声を上げられない。戦争に突き進む状況を絶対に許してはならない」と語りました。
 米田氏は「市民と野党共闘のさらなる発展・強化で、秋田から安倍政権を追い詰めていこう」と訴えました。
 参加者らは集会後に中心街をデモ行進し「戦争法廃止、安倍政権退陣」を訴えました。
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2016年11月23日,「赤旗」)

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南スーダンから自衛隊戻せ/宮城・塩釜/札幌・中央区/函館/札幌・西区

宮城・塩釜/党女性後援会がスタンディング
 「南スーダンへの派兵は絶対反対」「安倍政権を倒し、野党連合政権をつくるときです」。日本共産党塩釜女性後援会は20日、塩釜市内でスタンディングし、元気いっぱいに訴えました。毎月2回の行動です。
 女性後援会員たちが「戦争法廃止」などと書かれたプラスターを持ってアピール(写真)。
 買い物客や自転車に乗った人、車で通りすぎる人たちの注目を集めました。

札幌・中央区/治維法国賠同盟、街頭で署名訴え 
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)北海道本部(宮田汎会長)は18日昼、札幌市中央区の地下鉄西11丁目駅で、街頭宣伝を行い、「南スーダンからの自衛隊の撤退」などを市民に訴えました。
 宮田会長らは、戦争法の発動は憲法違反であり、武器を保持した自衛隊の南スーダンでの「駆け付け警護」は、憲法が禁じる海外での武力行使を事実上容認する行為だと批判。「自衛隊員が『殺し、殺される』初めての事態となる危険性が極めて高く、重大な憲法違反だ」と力を込めました。
 参加者は、街頭宣伝に合わせ、「自衛隊の南スーダンからの撤退を求める署名」、「治安維持法犠牲者の国家賠償を要求する署名」を呼びかけ、数十人の市民が足を止め、署名に応じていました。
 治維法国賠同盟道本部は同日、市内で常任幹事会を開催し、「治安維持法犠牲者国家賠償要求署名」、戦争法撤回運動の推進を全道でいっそう強化し、会員を増やし、道内1300人の早期実現を確認しました。

函館/やめるべ戦争=^市民にアピール
 北海道函館市で18日、「やめるべ戦争函館金曜行動」が行われました。JR函館駅前小広場に、30人が集まり、「南スーダンから撤兵を」「STOPABE戦争法反対」などのプラカードを掲げて、「憲法守れ」「安倍政権から未来を守ろう」「戦争に反対する国会をつくろう」などとコールし市民にアピールしました。
 市内高松町在住の伏木田政義さんは「南スーダンでの自衛隊の活動に駆けつけ警護など新たな任務を付与したが、世論は反対が多数です。南スーダンの状況はPKO5原則から見ても戦闘状態であり撤退すべきです」と訴えました。
 市内亀田港町在住の工藤時子さんは「自衛隊員の命を守るため絶対、戦争は反対です。南スーダンから隊員を戻すためにも安倍政治をやめさせよう」と呼びかけました。
 日本共産党の中嶋美樹市議も参加し、道行く市民に訴えました。

札幌・西区/憲法守ろう=^9条の会宣伝
 札幌市西区の「琴似9条の会」と「山の手9条の会」は17日、地下鉄琴似駅前で、「憲法改悪に反対し9条を守ることを求める」宣伝署名行動にとりくみました。会員9人が手作りの横断幕やプラカードをかかげ、ビラを配布し、買い物客や通行人に署名の協力を呼びかけました。
 マイクを握った会員は、閣議決定で戦争法の具体化となる「駆け付け警護」などの任務が付与されたことを批判。「日本が71年間、戦争に参加しなかったのは戦争を放棄した憲法9条があったからです」と署名の協力を訴えました。
 「戦争は絶対してはいけません。何もかもが破壊されます」と怒る女性や「憲法を守らないと、戦争に突き進むのではと心配です」と話す男性らが署名。真駒内と倶知安の自衛隊駐屯地に4年いたという男性(54)は「国を守ると入隊したが、訓練しても平常心で人間なんて撃てない。定年前に辞めてよかったと思っている」と話しサインしました。
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2016年11月22日,「赤旗」)

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共謀罪は戦争への道=^民主法律家協会が研究集会

 共謀罪の導入や監視社会化をテーマにした法律家団体による集会が19日、東京・永田町で開かれました。神奈川大学の白取祐司・法科大学院教授が講演し、「秘密保護法は軍事法制の露払い」「悪法はたいてい改悪される」などとして、治安関係の立法が相次ぐ近年の状況に警鐘を鳴らしました。弁護士や法学者、法律事務所職員らでつくる日本民主法律家協会が第47回司法制度研究集会として開きました。
 白取教授は2014年に成立した秘密保護法について「戦争を準備するための法律」だと指摘。その後、盗聴法や刑事訴訟法が大幅に改悪され、さらに政府が共謀罪の導入を目指している現状について「戦争に向かう道を進もうとしている。強く危惧する」と語りました。また「最近、悪法が簡単に成立するようになり、かつ速度を増している」との懸念も示しました。
 日本弁護士連合会で刑事司法の問題に長く取り組んできた小池振一郎弁護士が刑事訴訟法改悪の問題点を報告。日弁連の海渡雄一・共謀罪法案対策本部副本部長は「治安維持法の導入時も政府が『処罰対象は限定されており、人権侵害の危険はない』などと説明した。共謀罪について今の政府がしている説明と同様だ」と語りました。
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2016年11月20日,「赤旗」)

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未来開く共産党大きく/各地でつどい/暴走政治を止める力/金沢で畠山議員

 日本共産党金沢地区委員会は19日、金沢市内で畠山和也衆院議員を招いた「党綱領を語り日本の未来を語り合うつどい」を開催しました。
 畠山議員は、はじめに党綱領を紹介し、小林多喜二の「党生活者」を引用しながら「戦前の党のたたかいも、今も苦難解決に全力を挙げています」と述べ、国会で追及の先頭に立ってきた環太平洋連携協定(TPP)について、問題点を詳しく解説。「国会論戦、国民の世論と運動でTPPの批准断念に追い込もう」と訴えました。
 来年1月開催の党大会の決議案を紹介し、「野党と市民の共闘をさらに大きく発展させ、安倍政権を打倒し、自民党政治を終わらせ、野党連合政権をつくろう」と呼びかけていると述べ、「一致点を大切に『本気の共闘』を進め、野党と市民の共闘が掲げている『大義の旗』を国民多数のものとすること。共産党が大きくなってこそ共闘が進む。安倍政権の暴走を止めるため、多くの方に入党してほしい」と呼びかけました。
 畠山議員は、「アメリカの次期大統領はなぜTPP反対なのか」「野党共闘は大丈夫か」など参加者から寄せられた質問に、丁寧に答えました。
 つどい終了後、70代の女性が、「自分のできる範囲で頑張ります」と、その場で入党を申し込みました。
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2016年11月20日,「赤旗」)

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父母は拷問受け…暗黒政治もう二度と/女性交流集会開く/治維法国賠同盟

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟は13日、静岡県伊東市で全国女性交流集会を開きました。全国から約100人が参加しました。
 同盟は、戦前の治安維持法による弾圧の国としての責任を認めさせ、犠牲者への謝罪と国家賠償をおこなうよう求めるとともに、再び戦争と暗黒政治をくり返さないために活動しています。
 増本一彦会長は日本国憲法に法の下の平等、両性の平等、戦争放棄が規定されているのは、命を賭して抵抗した成果だとあいさつしました。
 被害者遺族の横湯園子さん(77)=元中央大学教授=と、四津谷伸子さん(85)が発言。横湯さんは、「父は静岡県で労働運動の会長でした。獄中で拷問を受け、29歳の時、結核で亡くなりました。母は1度目は革命歌を歌ったため、2度目は労働運動の手伝いをしたことを理由に逮捕されました。どちらでも、恐ろしい拷問を受けたようでした」と話しました。
 四津谷さんは、小学校時代、学校の授業にも治安維持法が影響していたと述べ「習字も図工もつづり方も、好きなことを書いてはいけなかった。自由はなかった」と話しました。
 女性史研究者の米田佐代子さんが戦前戦後の女性のたたかいをテーマに講演しました。
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2016年11月15日,「赤旗」)

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戦前の活動家福田政勝を追悼/群馬・前橋市

 戦前、反戦平和を訴えて治安維持法違反で検挙・拷問され27歳で病死した福田政勝をしのぶ没後83年の追悼墓参会が3日、前橋市の市営亀泉霊園にある墓碑前で行われました。治安維持法国賠同盟群馬県本部と日本共産党群馬県委員会が初めて行ったものです。
 強いからっ風が吹く中、小菅啓司党県委員長と吉村駿一国賠同盟県本部会長があいさつし、政勝のたたかいの歩みや墓参会の意義などを話しました。
 来賓として参加した酒井宏明県議は、中学生を対象にした自衛隊での「職場体験」の危険な実態を報告し、平和の大切さを子どもたちに教える大切さを訴えました。
 長谷田直之事務局長が政勝の生い立ちを紹介し、住谷輝彦国賠同盟県本部副会長は、先ごろ政勝の戒名「真紅院想脱道覚居士」が発見された経緯を説明するとともに、「真紅」という戒名をつけた僧の勇気に触れました。
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2016年11月11日,「赤旗」)

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治維法国賠同盟/宮城県に女性部/講演と集い開く

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)宮城県本部女性部準備会は6日、仙台市で「講演と女性部結成の集い」を開き、約50人が参加しました。治維法国賠同盟県本部の横田有史会長が「安倍総理の下で戦争が繰り返されようとしている。弾圧の歴史を学んで子や孫に受け継ぎましょう」と開会あいさつしました。
 東北大学大学院文学研究科の柳原敏明教授が「治安維持法で検挙された唯一の女子帝大生 川崎七瀬さんのこと」をテーマに記念講演。
 戦前日本で初めて女子学生の入学を認めた旧東北帝国大学(現東北大学)に、1941年4月に入学した川崎さんは、同大学在籍中にマルクスの文献の読書会に加わりました。ビラまきなどの実践的な活動をしなかったものの治安維持法違反で検挙・起訴・退学させられます。
 敗戦後の46年4月、川崎さんは東京大学経済学部に入学。戦前女子学生がいなかった同大学で、女子入学生第1号の19人の一人になりました。東大卒業後は研究員や高校の教員をしながら、宮本百合子や松田解子らと共に雑誌『現代女性十二講』への論文を寄稿しました。
 その後、川崎さんは岐阜経済大学講師・助教授を歴任し、2012年に92歳で亡くなりました。
 柳原氏は川崎さんの半生を手記や詠歌を使って紹介。「自主の声に忠実で、社会の真実を知ろうとしたばかりに、過酷な経験をさせられた女性がいたことを忘れてはならない」と話しました。
 講演後の女性部結成の集いで会長に大木れい子氏、事務局長に小野ともみ氏を選出し、女性部が結成されました。
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2016年11月11日,「赤旗」)

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片山潜没後83年/碑前祭で決意/大平議員ら

 日本共産党の創始者の一人、片山潜の没後83年の碑前祭と党員の墓の合葬式が5日、潜の故郷の岡山県久米南町羽出木でありました。
 大平喜信衆院議員や党県、地区の役員、合葬された党員の遺族、治安維持法犠牲者国賠同盟や国民救援会、生活と健康を守る会の関係者らが参列しました。
 碑前祭で大平議員は「一日も早く、憲法違反の暴走を続ける安倍政権を退陣に追い込み、来るべき総選挙で大躍進を。先輩のたたかいに学んで頑張ります」と決意をのべました。
 石井ひとみ県委員長は「私たちは市民と野党の共闘という党綱領実現の新しい段階を歩んでいます。さらなる前進に向け全力をあげます」と誓いました。
 16人の党員が合葬され、参列者が献花しました。
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2016年11月08日,「赤旗」)

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治維法国賠同盟/東京裁判を学ぶ/大阪府本部集い

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)大阪府本部は3日、「憲法公布・東京裁判(極東国際軍事裁判)開廷70周年のつどい」を大阪市内で開き、60人が参加しました。
 山田朗・明治大学教授が「歴史認識問題の原点 東京裁判」と題して講演しました。
 山田氏は、東京裁判はアメリカの世界政策と日本側支配層の合作として最初から偏りをもち、日本人の歴史認識をゆがめる原点となっていると指摘。天皇の戦争責任、朝鮮・台湾の支配や強制連行、生物化学兵器使用、日本軍「慰安婦」などを不問にし、天皇につながる政治勢力として助けられた人たちが戦後、国家指導層として復活したと述べ、「何が裁かれ、裁かれなかったかを引き継いでいかねばならない」と語りました。
 つどいはケイ・シュガーさんの平和を願うミニコンサートで開会。有川功会長が開会あいさつで、歴史を逆行させる動きが強まっている情勢に触れ、「再び戦争と暗黒政治を許さない」と活動している同会の存在意義を強調しました。
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2016年11月08日,「赤旗」)

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戦前のたたかい伝えるプロレタリアート展/20日まで/福井・高浜町

 戦前の侵略と搾取の体制に抗してたたかった労働者階級の運動を伝える企画展「プロレタリアートの世界―持たざる人々の脈動」が福井県高浜町で開催されています。町郷土資料館で、期間は11月20日まで。
 会場には、当時の講演会、演劇、映画上映のポスターや、新聞紙面など計61点を展示し、労働歌が流れます。
 同資料館によれば、町内に住む収集家からの要望と資料提供があったことに応えたもので、「公的な資料館として、いろんな歴史資料を公開し、取り上げることに努めることは大事」だとの考えからです。
 展示された新聞は、かつて滋賀県大津市の米軍施設倉庫に保管されていたものを、廃棄の際に収集家が譲り受けたというもの。「無産者新聞」の昭和3年(1928年)6月10日号は、治安維持法改悪の緊急勅令が出されようとする情勢で、「悪法治安維持法の即時撤廃を要求す」「大衆的示威運動を決行せよ」と訴えています。
 昭和4年(1929年)2月25日号は「印刷中の本紙を強奪 官憲暴力で本社を破壊せんとす」「ストライキとデモで本紙を守れ!」と呼びかけています。
 講演会などのポスターには「主催・ナップ」などが見られます。
 石こうで造った山本宣治のデスマスクや、レーニン像も展示されています。
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2016年11月08日,「赤旗」)

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朝の風/高橋とみ子追悼

 「こんな体では受け取れない」。警察署で体中あざだらけの変わり果てた娘の遺体を見て、64歳になる父親の雄吉は絶句した。自殺と告げられたが、拷問死であることは一目瞭然だった。近刊の『高橋とみ子不屈の青春』(治安維持法国賠同盟宮城県本部)は、戦前、社会運動に身を投じ治安維持法の弾圧の犠牲者となった高橋とみ子の埋もれていた短い生涯を発掘して胸に迫る。
 高橋とみ子は仙台市生まれ。県立第二高女、尚絅女学校高等科に学び、1932年ごろにはプロレタリア美術家同盟に参加。その後、日本労働組合全国協議会のもとに、仙台市内の片倉製糸・旭紡績の製糸工場で女工たちを組織。手がふやけ皮膚が破れる糸作りの過酷な労働に深く同情していた、という。
 34年9月、特高警察による大弾圧が宮城県下を襲い、59人もの活動家が検挙された。黙秘を続けるとみ子は一人だけ仙台から遠く離れた中新田署に移され、連日の拷問に耐えるも、1カ月後に絶命した。享年25歳。だが、翌年、旭紡績で女工たちの大規模なストライキが起こり、賃金や労働条件の改善要求をすべて会社側に認めさせる全面勝利を勝ち取っている。
 没後82年。今年は19日に仙台市青葉区北山・秀林寺で墓前祭が行われる。
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2016年11月07日,「赤旗」)

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不破哲三著『文化と政治を結んで』/人間の精神的生活に目配り/田島一

 本書は、著者がおこなった講演に基づく論考や文化人との対談などを集めたものです。
 巻頭には、今年の5月に開かれた作家の宮本百合子没後65年記念「百合子の文学を語るつどい」での講演、「伸子・重吉の『十二年』―未完の『大河小説』を読む―」の論考が据えられています。百合子の死によって書かれなかった小説「十二年」に関して、そこに鍬を入れることはできないだろうか≠ニ着目したのが探求に取り組んだ著者の動機です。
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 治安維持法下の弾圧に抗して獄の内外で不屈にたたかいぬいた重吉と伸子を主人公に構想されたこの小説が、「戦時日本の一二年間を、社会の諸階層をとりまく規模と壮大な歴史的展望」のもとに描く、「一大叙事詩となったことは間違いない」という確信を著者は表明します。そして、「書く時間をもてなかった百合子の無念さ」への思いが、百合子没後40年の講演から「二五年の空白」を経た、著者自らの「挑戦」の出発点にあったことを明かします。
 講演の当日、「百合子が一番書きたかった」であろう作品を大胆に推察し、多様な角度から実証的に、ロマンに満ちた語りで会場を沸かせた情景が、つい昨日のことのように思い起こされます。
 公判を夫の顕治とともにたたかい、「新しいリアリズムの探究」へと発展させていった百合子の、「核心的主題」と創作姿勢を追ったところに著者の今日的問題意識が読み取れますし、私自身、「時代を描く」ことなどでの深い示唆を与えられました。本論考は、百合子研究の新たな地平を切り開いた、貴重な収穫と位置づけられるでしょう。
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 また本書には、マルクス、エンゲルス、レーニンの文学についての発言の考察や宗教者との懇談など、著者の多彩な論が収められているのも魅力です。
 「本と私の交流史」では、幼少の頃からの古本屋歩きや国際活動における本の収集などが、興味深く語られます。よく知られた「社会派」作家との、夫人もまじえての行き交いがつづられる、「水上勉さんとの交友のなかで」は、心温まる佳編を読むようでした。
 戦後の演劇界を代表する劇作家、木下順二氏との対話=A「『子午線の祀り』をめぐって」においては、平知盛像の造形についてのやりとりが圧巻です。『平家物語』と読みくらべての感想に木下氏が感嘆するくだりには、唸らされました。ノーベル賞受賞者、「益川敏英さんとの素粒子対談」では、平和への情熱など、互いに通じ合う言葉の重さが、含蓄に富むものとして迫ります。
 人間の問題は政治の根源に存在しており、文化は、その精神的生活に密接に関わるものです。多忙な日々に文化の問題全般に目を配り、しなやかに向き合い吸収していく著者の姿勢には、胸を揺さぶられました。そうした視角で本書に接すると、読者は、新鮮な「発見」を得るに違いありません。
 (たじま・はじめ 作家)
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2016年11月06日,「赤旗」)

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10月見出し)

*         潮流

*         治維法国賠同盟、交流集会開く/九州沖縄ブロック

*         列島だより/徳島/歌で語り継ぐ平和

*         国会提出ねらう共謀罪/もの言えぬ社会にさせぬ/日本共産党法務部会長仁比参院議員に聞く

*         朝の風/宗教弾圧の歴史を記す小冊子

*         世の中変える力広げて/婦人民主クラブ大会が閉会

*         戦争法/国民は納得していない/塩釜・多賀城で「19日行動」/宮城・治維法国賠同盟塩釜支部

*         魯迅没後80年/上海を歩く/社会の底辺、注いだ目/中国人に影響与えた反抗精神

*         自民改憲策動を非難

*         公共事業98億円を批判/伊藤議員「国のバラマキの受け皿」/群馬県議会

*         各地から/札幌市で治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟北海道本部(宮田汎会長)が北海道ブロック会議と道支部創立40周年記念講演会・レセプション(3、4日)

*         顕彰運動を次世代に/伊藤千代子碑建立20年の集い/長野・諏訪

*         治維法国賠同盟、運動前進へ会議/東北ブロック

*         朝の風/多喜二祭と五木寛之の小説

*         潮流

*         女性「九条の会」11周年のつどい/高知

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10月本文)

潮流

平和と自由を愛した庶民派の歴史学者。27日に死去した三笠宮崇仁(たかひと)氏の自著からは、そんな人物像が伝わってきます▼戦前、皇族男子は軍務につくと定められていたことから1939年、陸軍大学校に。「今もなお良心の苛責(かしゃく)にたえないのは、戦争の罪悪性を十分に認識していなかったことです」と述懐します。43年、陸軍参謀として中国・南京に赴任。そこで日本軍の残虐行為を知らされました▼略奪、暴行、放火、強姦(ごうかん)。「罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴虐の数かずは、いまさらここにあげるまでもない」。驚くのは44年、参謀でありながら日中戦争に疑問を呈し、幕僚に「内省」と「自粛」を促していたことです▼講話のやりとりをまとめた文書の表題は、「支那事変ニ対スル日本人トシテノ内省」。筆者は若杉参謀。三笠宮の別名です。冒頭、言論が極度に弾圧されている中、一般幕僚が大胆な発言をするのは困難なので自分が発言する、と述べています。日本軍の毒ガス使用にも触れ、「聖戦」「正義」と宣伝される時代ほど、事実は逆に近いような気がする、とも▼戦後は新憲法の「戦争放棄」を積極的に支持。50年代後半、「紀元節」復活を目指す動きにも歴史学者として反対しました。「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵(ののし)られた世の中を、私は経験してきた。…それは過去のことだと安心してはおれない」▼モットーは、「真実は何か」。残された言葉の重みをいま改めてかみしめたい。

(2016年10月31日,「赤旗」)

 

治維法国賠同盟、交流集会開く/九州沖縄ブロック

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟「九州沖縄ブロック交流集会」が18、19の両日、熊本県人吉市で開かれました。100人が参加し、猪飼隆明大阪大学名誉教授の「進行するファッショ化と天皇(制)」と題した記念講演などに耳を傾けました。同国賠同盟の主催です。
 人吉球磨支部の久保田武治支部長が地元を代表してあいさつ。増本一彦中央本部会長は、国民主権が先達のたたかいや(治安維持法などの)犠牲の上に勝ちえたものだと基調報告。主権在民の民主主義実現の礎になった人たちの正当な評価を「国会で認めさせよう」と呼びかけました。
 集会では、村山純沖縄県本部会長が安倍政権の強行する米軍の新基地建設などについて阻止運動を紹介。高木惣吉記念館の川越郁子館長は、終戦(平和)工作を行った人吉市出身の高木氏の平和への基盤づくりを語りました。
 参加者からは意見交流で、「きょうの話に力をもらえた。より多くの人に伝えるための方法を考えたい」などの声があがりました。
 日本共産党の橋田芳昭熊本県南部地区委員長が連帯あいさつしました。
 集会後、熊本地震の義援金が中央本部から県本部の小田憲郎会長に手渡されました。
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2016年10月28日,「赤旗」)

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列島だより/徳島/歌で語り継ぐ平和

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟徳島県本部・女性部は23日、合唱組曲「ぞうれっしゃがやってきた」の作曲家で音楽家の藤村記一郎氏を招いて、第3回戦争を語り継ぐ会を開き、平和のうたごえを響かせました。(写真)
 会では、要請文「南スーダンの自衛隊をすぐに撤退させ、新たな派遣をさせない」を安倍首相に送ることを決めました。
 藤村氏は、子どもたちが「ぞうれっしゃがやってきた」を歌うなかで自然に戦争の歴史を知っていくこと、戦争は繰り返さないとの思いが国際交流を通じて世代や言語の壁を越え、アジア各地で広がっていることを語り、「人と人のふれあいが平和の原点です」と強調しました。
 参加者らは「サトウキビ畑」「沖縄を返せ」「折り鶴」など9曲を歌いました。
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2016年10月27日,「赤旗」)

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国会提出ねらう共謀罪/もの言えぬ社会にさせぬ/日本共産党法務部会長仁比参院議員に聞く

テロ対策は口実・思想を処罰
 安倍政権は、臨時国会では法案提出を見送った共謀罪を来年の通常国会に持ち出そうとしています。その危険性や阻止するたたかいについて日本共産党法務部会長の仁比聡平参院議員に聞きました。
 (聞き手・森近茂樹)

 過去の共謀罪をめぐる経緯を振り返ると、自民党政権は国際組織犯罪防止条約の国内担保法をつくる必要があるという口実で2003年、04年の通常国会、さらに05年の特別国会に共謀罪法案を提出しましたが、いずれも廃案になりました。
 共謀罪をつくることは思想、内心を処罰するということになる。これは犯罪の実際の行為のみを処罰するという現行刑法の大原則にも真っ向から反します。ここに国民の大きな怒りが寄せられて廃案になったのです。
 今回は、テロ等組織犯罪準備罪と「テロ対策」を冠した名称に衣替えしようとしていますが、思想や表現、内心を取り締まりの対象としようとすることでは全く同様です。
 従来の共謀罪法案への批判を意識して今回の内容には若干の変更がみられます。たとえば、犯罪主体を「団体」から「組織的犯罪集団」に変えて、対象は限定的であるかのようにしています。

2人以上は組織
 しかし、組織的犯罪集団とは、これまでの盗聴法や秘密保護法の議論で法務省自らが認めているように2人以上であれば組織であって、あたかも暴力団やテロ組織だけを指すかのように見せながら、実は市民団体や労働組合なども含まれるのです。法文上なんら限定的ではありません。
 また新法案は、犯罪の共謀だけでなく「準備行為」を要件に加えるとしています。しかし、犯罪の構成要件としては計画そのもので罪が成立します。実際に罰を科すことができるかどうかの要件として、準備行為をおいているにすぎないわけですから内心を処罰するということ自体はなんら変わりません。
 結局、犯罪かどうかの解釈がすべて捜査機関にゆだねられてしまうということになり極めて危険です。それは権力的で卑劣な捜査が市民生活を脅かすことにもつながります。
 拡大された盗聴法、大分県警がおこなっていたような盗撮、捜査機関が描いたストーリーに従って市民運動や労働組合、政党に干渉するための密告・スパイの奨励などがテロ等組織犯罪準備罪の名目で横行しかねません。
 そもそも政府が批准のために共謀罪が必要だという国際組織犯罪防止条約は、各国が「国内法の基本原則に従って、必要な措置をとる」と規定しており、共謀罪の新設は求めていません。
 安倍政権が共謀罪でやろうとしていることは、テロ対策の名による思想・内心の弾圧。戦前の治安維持法体制の現代版です。
 秘密保護法や盗聴法、沖縄県の高江や辺野古で機動隊がやっているような蛮行と一体となった、ものが言えない社会、戦争する国にむけた強権と独裁の社会体制づくりだと思います。

たたかい広げて
 臨時国会で法案を提出するかどうか政府与党内で議論したと思いますが、反対の世論が強いのをみて提出すれば逆に国会運営に支障があるかもしれないと、今回は出さないとしただけです。提出の機をうかがっていることは、はっきりしました。
 いま大切なのは世論を盛り上げて法案を提出させないことです。国民運動の一つの大きな課題として国会内外のたたかいを広げていきたいと思います。
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2016年10月27日,「赤旗」)

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朝の風/宗教弾圧の歴史を記す小冊子

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟山口県本部会長の林洋武氏が『治安維持法による宗教弾圧と獄死者たち』と題する小冊子を著した。同盟の山口県本部のニュース「不屈」に連載したものに若干補正を加えてまとめたものである。
 1925年に成立した治安維持法以前の宗教弾圧について明治新政府の宗教政策から説きおこし、その「神道・皇国史観」によって「近代天皇制の精神的機軸」が生み出され、宗教弾圧をもたらしたことを説く。
 専門外で、教義には詳しくはないといいながら、「三千世界の立て替え立て直し」を掲げた大本教が、なぜ徹底的な弾圧をうけたかの分析は鋭い。
 台湾・朝鮮での土俗宗教の衣をかぶった抵抗運動にふれ、「植民地の抵抗運動と経験から日本政府は新宗教団体を恐れていました」という。台湾で1915年に起きた宗教弾圧事件が1921年の第1次大本弾圧のきっかけではないかとの指摘は卓見である。
 林氏は東大の学生時代、川崎セツルメントで活動し、経済学部に学び、山口県内の企業に就職、組合活動ののち日本共産党の常任活動家となり、党山口県委員長(中央委員)を長く務めた。県内の対外盲従分子とたたかった氏の闘志は健在だ。
 (許)
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2016年10月26日,「赤旗」)

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世の中変える力広げて/婦人民主クラブ大会が閉会

 横浜市内で開かれていた婦人民主クラブの全国大会は23日、議案と大会声明、決議を採択し閉会しました。決議は、沖縄県への米軍基地押しつけ撤回「戦争する国づくり」のための社会保障制度解体に反対し、命と暮らしを守る運動の強化環太平洋連携協定(TPP)批准阻止―を訴えています。
 2日間の討論では、各地の代表が真剣に討議。平和と民主主義を守る運動について宮城の代表は、講座や集会を定期開催している「女性九条の会」について報告。「憲法や国民の声を無視する安倍政治を許さない」と訴えました。
 仲間増やしに関わって「2年で婦民新聞30部余、仲間1人を増やした会員に元気づけられている」(東京)、「婦民の歴史を知ることが新しく入ってきた人の力になる」(神奈川)などの発言がありました。
 戦前・治安維持法改悪に反対して活動するなか暗殺された山本宣治を訪ねる集いを成功させたと報告した京都の代表は「学習会や支部ニュース発行など読者とのつながりを大切に活動している」と話しました。
 待機児童解消、育鵬社版教科書を採択させないたたかい、核兵器廃絶や戦争法廃止を求める署名、家族従業者の給料を認めない所得税法56条の問題、知事選での共闘などの取り組みが紹介されました。婦民新聞について「正しい情報が伝えられないなかで婦民新聞を広げて、世の中を変えていく力の一つにしたい」と呼びかけられました。
 大会で選出された新役員は次の通りです。(敬称略)
会長・櫻井幸子副会長・石黒之俐子、大坂允子、加集静子(新)、京川愛子、高松みどり事務局長・山田博子
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2016年10月25日,「赤旗」)

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戦争法/国民は納得していない/塩釜・多賀城で「19日行動」/宮城・治維法国賠同盟塩釜支部

 宮城県の治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟塩釜支部は20日、塩釜、多賀城両市で「19日行動」の街頭宣伝を行いました。
 宣伝で「時がたっても安保関連法、戦争法に国民は納得していません。内戦状態にある南スーダンに戦争法に基づいて自衛隊を送るな≠ニの声が大きく広がっています」と訴えました。
 メンバーは、戦闘地域に自衛隊を「駆け付け警護」や攻撃の対象となりかねない「宿営地の共同防衛」という新たな任務で派遣すれば、憲法9条の下で殺し殺されることになると批判。「今こそ市民と野党共同の力で自公政権を倒し、立憲主義、民主主義、平和主義を守る政治を実現しましょう」と呼びかけました。
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2016年10月22日,「赤旗」)

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魯迅没後80年/上海を歩く/社会の底辺、注いだ目/中国人に影響与えた反抗精神

 中国の文豪、魯迅(1881〜1936年)が亡くなってから10月19日で80年になります。日本との関わりも深い魯迅は中国とアジアに何を残したのか。魯迅が晩年を過ごした上海を訪ねました。
 (上海=小林拓也 写真も)

 上海中心部の北東にある虹口と呼ばれる地区は、1945年の第2次世界大戦終結まで日本人街が形成されていました。いまも当時の家屋が多く残っています。
 魯迅がよく散歩したという「魯迅公園」の一画には、魯迅の墓と魯迅記念館があります。この公園のすぐ近くに、魯迅が33年4月から最期の3年半を過ごした家が保存され、一般公開されています。赤レンガの3階建てアパートで、1階は客間、2階は書斎兼寝室、3階は子ども部屋になっており、魯迅と家族が使っていた家具も展示されています。

庶民の街並み
 アパートの周辺の部屋からは窓からさおが伸び、洗濯物が干されています。お昼時、近くにあるワンタン屋や焼き肉まん屋は地元の人が列をつくっていました。いまも庶民が多く暮らしていることがわかります。
 『魯迅の仙台時代』などの著書がある東北大学の阿部兼也名誉教授は「魯迅は社会の底辺ではいつくばるように生きる人間に目を注いだ。当時の中国の作家の中では魯迅だけだろう。上海の内山書店で多くの日本人と交流したが、相手がどんな目線なのか常に見抜いていたと思う」と語ります。
 その内山書店は魯迅の家から歩いて2、3分ほどの場所にありました。現在は中国工商銀行が使用していますが、2階に当時の資料などが展示されています。
 その近くには、多倫路文化名人街と呼ばれる当時の街並みを再現した道があります。道端には、虹口にゆかりのある文化人の銅像が置かれています。その中に、話をする魯迅とそれを真剣に聞く2人青年の銅像もありました。中国の人たちが魯迅の言葉を求めているように見えました。
 日本で医学を学んでいた魯迅が作家を志した理由が小説集『吶喊(とっかん)』序文に書かれています。魯迅が授業中に見たスライドで、日露戦争中にロシア軍のスパイをした中国人が、見せしめに日本軍に首を切られる場面がありました。取り囲んでいた中国人がただ見物していたのを見て、魯迅は中国人の「精神の改造」のため、文学が必要だと決意します。
 北京魯迅博物館の黄喬生副館長は「魯迅が示した民族精神とは、列強の侵略に妥協するのではなく、勇敢にたたかう反抗者の精神だった。この精神は中国人民に数世代にわたり影響を与えている」と強調します。

大国化したが
 一方で、大国化した現在の中国は、偏狭な民族主義(ナショナリズム)がはびこり、自国以外のものを拒否する傾向も出ています。
 黄副館長はこう語ります。「魯迅が生きていたら、この風潮に対し強く批判しただろう。魯迅は日中の普通の人民同士の交流を大事にしていた。小林多喜二が殺されたときも『同志小林の死を聞いて』という文章を書いている。魯迅の精神からすれば、偏狭な民族主義は排除しなければならない」

魯迅(ろじん)
 中国の作家・思想家。本名・周樹人。1881年生まれ。出身は浙江省紹興。1902〜09年に日本に留学し、仙台では医学などを学びました。小説や雑文で、中国社会の問題点を問い続けました。代表作に「狂人日記」「阿Q正伝」など。
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2016年10月20日,「赤旗」)

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自民改憲策動を非難

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟広島県本部は1日、広島市内で第25回大会を開きました。楾(はんどう)大樹弁護士が講演し、自民党の改憲策動を非難しました。
 山田慶昭会長は「戦争へと暴走する安倍政権の中枢を担っているのは戦前の戦犯政治家の後継者だ。自由と民主主義を弾圧する勢力を許さない県本部の任務は非常に重い」とあいさつしました。
 事務局長には昨年10月に死去した長妻国和氏に替わって吉岡芳樹氏を選出しました。
 日本共産党県委員会の小浜一輝書記長が来賓あいさつしました。
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2016年10月15日,「赤旗」)

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公共事業98億円を批判/伊藤議員「国のバラマキの受け皿」/群馬県議会

 群馬県議会は12日、本会議で第3回前期定例会に提出されている議案を議決しました。日本共産党の伊藤祐司県議が討論に立ち、議案の一部について反対しました。
 不要不急の幹線道路建設などが大半を占める公共事業に98億円をつぎ込む補正予算案について、伊藤氏は「失敗が証明済みの国のバラマキ施策の受け皿だ」と批判。同補正に盛り込まれたコンベンション施設建設の推進費用について「県民の意見をよく聞き、経済情勢や需要を見極め、本当に必要な施設なのかを検証すべきだ」と強調しました。
 県議会では、県に住宅リフォーム助成制度の創設や給付型・無利子奨学金制度の充実を求める各請願が「実施困難」として不採択とされました。
 伊藤氏は本会議で「やる気も見識もない」と厳しく批判し、採択を求めました。
 また、これまで継続にされていた、治安維持法犠牲者への国家賠償を求める請願も不採択とされました。
 伊藤氏は、現代の治安維持法といわれる秘密保護法がつくられ、安保法制下で自衛隊の海外派兵の準備が進められるなか、不採択は「戦争反対の世論を弾圧しようとする気持ちの表れだ」と指摘しました。
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2016年10月14日,「赤旗」)

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各地から/札幌市で治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟北海道本部(宮田汎会長)が北海道ブロック会議と道支部創立40周年記念講演会・レセプション(3、4日)

 会員、団体代表60人が参加。会議では「共謀罪法」制定阻止、戦争法の廃止、憲法改悪阻止の運動を積極的に展開し、会員を拡大することを論議しました。
 増本一彦同盟中央本部会長が講演。たたかいと抵抗の歴史を受け継ぎ安倍暴走政治とたたかうことを訴えました。日本共産党の森つねと道国政相談室長、国民救援会道本部の守屋敬正会長ら10団体の代表があいさつしました。
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2016年10月14日,「赤旗」)

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顕彰運動を次世代に/伊藤千代子碑建立20年の集い/長野・諏訪

 戦前の野蛮な弾圧によって24歳の若さで亡くなった伊藤千代子の「顕彰碑建立20年記念のつどい」が1日、出身地の長野県諏訪市で行われ、80人が参加しました。
 伊藤千代子は1928年2月、日本共産党に入党。同年3月15日の治安維持法による弾圧で逮捕、投獄され、翌年9月24日、短い生涯を閉じました。
 記念講演は社会運動史を研究している本庄豊さん(立命館宇治中学校・高等学校教諭)が「伊藤千代子を次の世代に」と題し行いました。
 本庄さんは、山本宣治や小林多喜二などを支えた人々にも研究を広げていると語り、「顕彰運動がないと、何も続かない」と継続を訴えました。近年は戦争孤児問題に取り組み、当時「駅の子」と呼ばれた人が今になって語り始めているのは、安倍政権に対する「戦争の実態がわかっていない」という怒りからだと語りました。
 木嶋日出夫実行委員長は「命がけで侵略戦争に反対し、民主主義と労働者の暮らしを守るために頑張った伊藤千代子の思いをわが思いとし、戦前回帰のような時代に抗(あらが)い、顕彰と同時に、若い世代につなげていこう」と呼びかけました。
 参加した岡谷市の女性(72)は「私も千代子さんと同じ高校の出身だけど、その頃は全然知らなかった。みんなで語り伝えていかないと」と語りました。
 つどいには北海道など県外からの参加者もスピーチしました。午前中はお寺で墓前・碑前祭を行いました。
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2016年10月07日,「赤旗」)

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治維法国賠同盟、運動前進へ会議/東北ブロック

 第26回治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟東北ブロック会議が9月26、27の両日、宮城県内で開かれ、東北6県から83人が参加しました。
 あいさつした最上健造中央本部副会長は、安倍政権の暴走阻止のたたかいの展望を切り開いた参院選1人区での東北5県の野党共闘の勝利について話し、戦争法の発動と憲法改悪に反対する国民運動の前進を訴えました。
 会場地元の横田有史宮城県本部会長、来賓の中島康博日本共産党宮城県委員長らがあいさつしました。
 宮城県平和委員会常任理事の本田勝利氏が「新たな対決期を迎える戦後政治」と題して記念講演しました。
 会議では、当面の課題として、
@同盟創立50周年記念事業、2000万円募金A学習と顕彰B国家賠償を求める署名C2万人会員拡大D女性部会議の成功などを確認しました。
 「安保法制=戦争法を発動し憲法改悪をすすめる安倍内閣の暴走に強く抗議する」特別決議を採択し、安倍首相宛てに送付しました。
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2016年10月07日,「赤旗」)

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朝の風/多喜二祭と五木寛之の小説

 先月、群馬県伊勢崎市で開かれた多喜二祭で俳人の金子兜太が記念講演を行い、戦中の特高警察による京大俳句事件に触れ、事件の真相を描いた五木寛之の小説を紹介した。
 京大俳句事件は、戦前のいわゆる新興俳句運動にたいする治安維持法による言論弾圧事件で、伝統的俳句の刷新をめざす動きを「危険思想」視し、1940年に仁智栄坊、西東三鬼ら京大俳句会の会員15人を検挙した。
 この事件に作想をえた五木は小説「さかしまに」で、既成俳壇の陰の擁護者と特高が内通し北陸で地道な作家活動を続ける一俳人に「転向」を迫り沈黙させ、それを口火に新興俳句運動を崩壊させた顛末を描いている。
 金子は記念講演で、俳句雑誌『土上』の師である島田青峰が京大俳句事件に巻き込まれ、留置された警察署で喀血、病死したことをのべ、「優秀な俳人を無力化する」には「中間的な人を獄に入れて黙らせる」と語った。戦争への道は、さまざまな同調者、便乗者を生み、それが自粛と萎縮をまん延させる。五木の小説を紹介したゆえんかもしれない。
 だからこそ金子は、この風潮にあらがい〈梅雨空に「九条守れ」の女性デモ〉の句の掲載を求めて提訴した女性の行動を「私の秘かに喜ぶところ」とたたえたのであった。
 (烏)
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2016年10月05日,「赤旗」)

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潮流

 戦前の哲学者として知られる三木清は福沢諭吉の「学問のすすめ」の近代的な人間観や社会観を評しながらこう断言しました。「人が学問するのは、ほんらい自由独立である人間が真に自由独立になるためである」▼人がやらないことをやろうと―。日本人で25人目のノーベル賞受賞者となった東工大栄誉教授の大隅良典さんはへそ曲がり≠自認する研究者だったそうです。30年ほど前、たった1人の研究室で始めたことが世界から称賛を浴びました▼「オートファジー(自食作用)」と呼ばれる細胞のリサイクル。その仕組みを解明した研究は、がん治療や老化の抑制にも期待されています。本人はそれにつながると確信していたわけではないといいますが、いつかは未来に貢献すると信じていたのでしょう▼何のため、誰のための学問であり、研究なのか。つねに内なる自分に問いかける科学者の原点です。3年連続のノーベル賞にわく日本でそれを揺るがす事態が起きています▼安倍政権の戦争できる国づくりと一体となった軍学共同研究。防衛省から資金提供を受ける大学・研究機関の動きは、これまで科学者たちが掲げてきた「戦争を目的とする科学の研究には絶対に従わない」との理念に反するもの。反対の動きも急速にひろがっています▼先の戦争中に治安維持法で捕まり獄死した三木は学問の自由と理念を説きました。その大切さは今も。問われているのは人類の発展や人々の幸福のためにあるという科学者としての矜持です。
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2016年10月05日,「赤旗」)

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女性「九条の会」11周年のつどい/高知

 女性「九条の会」高知は2日、高知市の自由民権記念館で結成11周年のつどいを開き、100人が参加しました。赤いモノを身につけて戦争法廃止をアピールする「女の平和」を呼びかけた横湯園子氏が記念講演し、「身近な人に対話で戦争法廃止の声を広げましょう」と呼びかけました。
 横湯氏は、毎年10万人以上の子どもたちが不登校になり、いじめ自殺は後を絶たず、貧困の拡大による家庭崩壊、結核が再増加している現状をあげ、「子どもたちに命の軽視や貧困など戦争前夜の徴候が広がっている」と語りました。
 戦前の治安維持法で逮捕、拷問された横湯氏の母親は戦後、輸血の際の注射針を見て、拷問を思い出し、暴れたと説明。「母とともに拷問された知人から畳針で拷問されたと聞いたことがあります。これが拷問、これが戦争です」と語りました。
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2016年10月04日,「赤旗」)

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9月見出し)

*         日本の憲法すばらしい/アーサー・ビナードさん講演/秋田九条の会

*         川上律江「面会」など展示/共産党本部/来月末まで

*         戦争法は自衛官の命軽視/共同センター昼休み宣伝/徳島

*         反戦掲げて女性ら集結/山形・東置賜

*         戦争法の廃止へ国賠同盟が宣伝/宮城

*         遺志受け継ごう/新たに22人合葬/滋賀

*         列島だより/福井/ブロック会議開く

*         故窪田精氏の文学碑除幕式/「反戦の立場で一貫」/山梨・北杜

*         文化/米国で『日本プロレタリア文学選集』出版/共編者・シカゴ大学名誉教授ノーマ・フィールドさんに聞く

*         敬老の日前に党員の長寿祝う/長野/新潟

*         抵抗の歴史継承へ

*         治維法国賠同盟、世代継承を訴え/石川本部が総会

*         緊急事態条項で徹底討論/改憲草案のなかでも危険性が高い/CS番組で小池氏

*         治維法国賠同盟高知県本部の青年部報告会

*         反戦平和引き継ぐ/金子兜太さんが記念講演/群馬・伊勢崎多喜二祭

*         あす伊勢崎多喜二祭/群馬

*         ツルシのぶらり探訪/東京・江東区/震災・戦災の下町へ/江戸深川のぶっかけめし

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(9月本文)

日本の憲法すばらしい/アーサー・ビナードさん講演/秋田九条の会

 秋田九条の会12周年記念の集いが25日、秋田市内で開かれ県内外から200人余が参加し、アメリカ出身の詩人、アーサー・ビナードさんが講演しました。
 自衛隊の南スーダン派遣での「駆け付け警護」について「ありえない状況を表すための日本語としておかしな造語で、適切に翻訳もできない日本人と自衛隊員をだますためのペテン語。言葉遣い、ごまかしにだまされてはいけない。日本語ではいざ鎌倉≠ェ適切では」と痛烈に批判しました。
 権力を縛る立憲主義と国民の権利を縛る自民党憲法草案を詳しく説明し「戦前の治安維持法下で多くの文学者・詩人が投獄され、小林多喜二は特高警察に虐殺された。今の日本国憲法はすばらしい内容で、世界に誇れるもの。安倍首相はアメリカの言うことを何でも聞くけど、私は迎合しない」「憲法は飾っておくのものではなく、いかすもの。とんでもない袋小路に入らないために安倍政権の暴走をくい止め、みんなが考えて出した答えに政治を近づけていこう」と呼びかけました。
 参加者から「勇気が湧いた」などの共感の声が寄せられました。講演に先立ち「平和をうたう」をテーマに短歌、川柳、詩がピアノ伴奏と共に朗読されました。
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2016年09月30日,「赤旗」)

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川上律江「面会」など展示/共産党本部/来月末まで

 日本共産党の川上貫一元衆院議員(1888〜1968)の長女で洋画家の川上律江(りつえ)の作品4点が、党本部のエントランスホールに10月末まで展示されています。遺族から党本部に寄贈された作品で、展示期間中は誰でも自由に鑑賞できます。
 律江は、1912年大阪生まれ。洋画を学んで上京し、労働者や農民の生活などをテーマにした作品を描きました。32年、19歳のときに制作した「農夫の家族」を、この年の帝展(帝国美術院展覧会)に初出品し、初入選。社会的な題材を取り上げ、画家で夫の尾崎三郎らとともに「美術リアリスト集団」を結成し絵画研究を続けますが、結核のため42年に30歳の若さで亡くなりました。
 展示中の代表作「面会」(33年)は、弾圧で検挙された人に会いにきた家族や仲間と、警官の様子を対比して描いたもの。翌34年には、律江自身も治安維持法違反の疑いで検挙されました。
 他に「労働者」(35年)、「負傷」(同)を展示しています。
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2016年09月30日,「赤旗」)

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戦争法は自衛官の命軽視/共同センター昼休み宣伝/徳島

 徳島憲法共同センターは26日、臨時国会開会にあわせて、安倍暴走政治を止めようと徳島駅前で昼休み宣伝を行いました。
 リレートークで、徳島民商の伊藤功事務局長は「自民党の改憲案は国民主権、平和主義、基本的人権を壊すもので許されない」と強調。県革新懇の横山良代表世話人は「安倍首相は、戦争法に血を通わせると発動に意欲を見せた。自衛隊の人命を軽視するものだ」と批判しました。
 新日本婦人の会県本部の山田節子会長は「沖縄で世論を無視し、東村高江で米軍のヘリ着陸帯の建設を強行し、辺野古の海を埋め立てようとしている。沖縄県民と連帯しよう」と呼びかけ、国民救援会県本部の松浦章仁事務局長は「共謀罪は、戦前の治安維持法を超える国民弾圧法だ。必ず止めさせよう」と訴えました。
 日本共産党の上村恭子県議は「野党4党1会派で共闘し悪政に対置すると確認した。市民と野党の共闘をさらに発展させます」と表明しました。
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2016年09月27日,「赤旗」)

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反戦掲げて女性ら集結/山形・東置賜

 山形県の東置賜母親大会が25日、南陽市内で開かれ、置賜各地から多くの女性が参加しました。
 濱田友美実行委員長のあいさつに続き、東置賜教職員組合の堀野広一委員長と南陽市九条の会の渡部洋治代表が連帯のあいさつをしました。
 堀野氏は、「私たちの掲げるスローガン『教え子を再び戦場に送らない』と母親大会が掲げる『生命(いのち)を生み出す母親は生命を育て生命を守ることを望みます』は共通するもの、平和な社会をつくるため共に運動を進めていこう」と述べました。
 運動交流で4団体が報告。南陽市の新日本婦人の会は、レッドアクションの取り組みを報告。繁華街にスローガンを掲げ、スタンディングで戦争法廃止を訴えている様子を、生き生きと語りました。
 第2部は、ケイ・シュガーさん(佐藤圭子大阪民主新報編集長)の「戦後71年 子どもたちに平和な未来を 多喜二とその時代から学ぶこと」と題した話と歌。シュガーさんは沖縄のたたかい、安倍暴走政治とのたたかいを静かな口調ながら怒りを込めて語り、熱唱しました。
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2016年09月27日,「赤旗」)

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戦争法の廃止へ国賠同盟が宣伝/宮城

 宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部は23日、憲法違反の安保関連法の強行採決1年にあたる「19日行動」の一環で、塩釜市と多賀城市内6カ所で街頭宣伝に取り組みました。
 参加者がハンドマイクで訴え、国民の目や耳、口を閉ざす秘密保護法に続き、日米新ガイドラインに基づく戦争法の強行など「戦争する国づくり」への具体化が進められていると批判しました。
 「国民運動弾圧法である共謀罪法が国会に上程されようとしている」と警鐘を鳴らし、大災害、テロ防止を口実に、国民の個人的権利停止を内容とする「緊急事態条項」の制定が画策されている政府の危険な動きを糾弾しました。
 内戦状態の南スーダンで、自衛隊に新たな任務として戦争法による「駆け付け警護」を付加する動きがあり、戦闘地域での交戦に自衛隊を参戦させるという憲法違反が現実化しようとしていると抗議し、「いまこそ『戦争法廃止』を求めるたたかいを広げて立憲主義、民主主義、平和主義を取り戻すため力を合わせましょう」と訴えました。
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2016年09月25日,「赤旗」)

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遺志受け継ごう/新たに22人合葬/滋賀

 滋賀県で平和と民主主義、国民生活を守るために活動し、亡くなった人たちを追悼する第4回合葬追悼会が22日、彦根市内で行われました。国民救援会県本部、滋賀いしずえ会、年金者組合県本部、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県本部、日本共産党県委員会などの実行委員会が主催し、遺族や関係者約40人が参列しました。
 崇徳寺(そうとくじ)の高瀬俊英住職らの読経の後、参列者が献花しました。新たな合葬者22人の名前を刻んだ銘板が、境内にある「滋賀いしずえの碑」に納められました。
 日本共産党の奥谷和美県委員長は、22人の遺志を受け継ぎ、「憲法を守り抜き、日本の政治に生まれた新しい運動の流れをさらに大きくして、新しい歴史を切り開いていきたい」と追悼の辞を述べました。
 県労連事務局長などを歴任した故今村伸治さん(享年60)の妻、恵美子さん(日本共産党豊郷町議)が遺族を代表してあいさつしました。
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2016年09月23日,「赤旗」)

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列島だより/福井/ブロック会議開く

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の北信越ブロック会議が20、21の両日、福井県あわら市で開かれ、5県から30人余が参加しました。戦前の弾圧に抗し、平和と社会進歩のためたたかった犠牲者に対する謝罪と賠償の国会請願署名や、顕彰、組織拡大などの取り組みを交流しました。
 田中幹夫中央本部事務局長が報告し、日本の侵略戦争の歴史を改ざんする安倍政権の動きを告発して、「私たちが、なぜ謝罪と賠償を求めているのか広く語っていく必要がある」と訴えました。
 日本共産党の藤野保史衆院議員、武田良介参院議員や、野党統一候補で勝利した杉尾秀哉、森裕子両参院議員からメッセージが寄せられました。
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2016年09月22日,「赤旗」)

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故窪田精氏の文学碑除幕式/「反戦の立場で一貫」/山梨・北杜

 「多喜二・百合子賞」を2度受賞した作家・窪田精氏(1921〜2004)の文学碑除幕式が11日、出身地・山梨県北杜市でおこなわれ、80人が参加しました。
 同氏は02年に出身地の高根町(現北杜市)で講演、04年に亡くなった際の「しのぶ会」で、ゆかりの人たちから、戦争反対・進歩と革新の立場に立ち続けた功績を残そうとの声がでて、地元や県内の有志が文学碑建立に取り組んできました。碑は、同氏の作品「石楠花村日記」のモデルとなった山梨民医連・武川診療所敷地内(同市武川町)に建てられました。
 「窪田精文学碑を建てる会」代表の清水磋太夫氏(元高根町郷土史研究会会長)があいさつ。県内外の850人から資金が寄せられたことを報告し「戦争中、治安警察法で検挙されてトラック島に流刑された体験をもとに、文学・反戦活動を続けた郷土の誇るべき先輩。昨今の政治状況を考えるとき、窪田さんの作品はもっと普及されるべきです」と話しました。
 日本民主主義文学会の田島一会長、山梨革新懇の関本立美代表世話人、山梨勤医協の木内正治専務理事らがお祝いの言葉や窪田氏の思い出を語り、窪田氏の弟、窪田和男氏(東京高根会名誉会長)ら親族がお礼のあいさつをしました。
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2016年09月20日,「赤旗」)

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文化/米国で『日本プロレタリア文学選集』出版/共編者・シカゴ大学名誉教授ノーマ・フィールドさんに聞く

米学生に新鮮な刺激/変革のため現実つかみ表現した/ネットと同じ、小説は共感広げる手段
 今年、アメリカで『日本プロレタリア文学選集』(シカゴ大学出版局)が出版されました。日本のプロレタリア文学が、英語圏で翻訳・紹介されるのは、83年ぶりです。共編者のノーマ・フィールド・シカゴ大学名誉教授に聞きました。
 北村隆志記者

 ―刊行のきっかけは、共編者のヘザー・ボウエン・ストライクさんとの出会いだそうですね。
 彼女は、2001年の博士論文でプロレタリア文学を取り上げていました。なぜかと聞いたら、「日本の近現代文学のなかで、一番面白い作品群だから」という、明快な答えでした。
 日本の近代文学が描いたのは、主にエリート男性、インテリ男性の内面です。夏目漱石の『こころ』もそうです。これに対し、プロレタリア文学は、変革の目的をもって、現実を正確に理解し表現しようとしました。
 人間らしい生き方から疎外されている事実に、目覚める人たちを描くのがプロレタリア文学の一典型です。小林多喜二の「同志田口の感傷」や佐多稲子の「祈祷(きとう)」など、私たちの『選集』にも多くの例があります。
 貧困も抵抗もていねいに見ていくと、さまざまな色合いがあり、収録作品はそれぞれの境遇の個性を提供してくれます。

児童文学に一章
 ―プロレタリア児童文学にも一章を設けたのが目を引きます。
 日本プロレタリア文学運動の始まりは、よく1921年の『種蒔く人』の創刊といわれますが、もう一つの「始まり」があったと言えなくもないと思うのです。
 それは新潟県木崎の小作争議です。同盟休校の子どもたちのための適切な読み物がなかったので、応援の学生たちは自分たちで創作したんです。こうした子ども(新しい読者)のための適切な題材、形式、表現など、プロレタリア文学が直面した課題に、彼らはいち早く向き合っていました。
 その後もプロレタリア児童文学には、プロレタリア文学と共通の問題が凝縮されています。
 ―出版後、アメリカでの反響はいかがですか。
 6月に京都で開催された「アジアにおけるアジア学会」で、カリフォルニア大学の教員が、「みんなあの本を授業で使っているのよ」と教えてくれました。
 今春、ロッキー山脈に囲まれたモンタナ州立大学に授業で招かれた時、松田解子の「ある戦線」を教材にしました。学生たちは作品のテーマに敏感に反応し、自分たちが抱える問題と見事につないでくれました。戦争と雇用の関係、軍事化学産業の職場環境の有害性、ジェンダーとセクハラの問題などです。
 この作品は、労働条件改善のたたかいが同時に侵略戦争への抵抗として描かれていますが、それも討論のテーマになりました。
 また、翻訳者の一人がカナダの大学で行った授業では、学生たちは『選集』に刺激されて、巻物のミニコミやアジプロ(宣伝)のビラを制作しました。みずから「壁小説」(壁新聞のための短い小説)を書いた学生もいたそうです。

なぜ書き続けた
 ―本書の「序文」には「(ソ連などの失敗を理由に)日本プロレタリア文学の作家たちの苦闘と業績を抹殺するのは過ち」とあります。
 日本のプロレタリア文学運動は最初からたいへんな弾圧にさらされました。身の危険だけでなく、伏せ字や削除によって、肝心の言葉すら読者に届かない場合もあるのに、なぜ作品を書き続けたのか。
 彼ら彼女らは、文学だけで社会変革ができると思っていませんでしたが、同時に、文学抜きで可能だとも思っていませんでした。
 社会的、つまり制度的抑圧は気付きにくいものです。自分の精神的、肉体的被害を認識し、ひとと共感し、手を結ぶこと以外に将来に向けての希望などありえません。
 彼らにとって文学は最高に豊かな世界認識とコミュニケーションの手段だったのです。それらの小説は、現代のツイッターやフェイスブックにあたるかもしれません。双方を比べてみるのも有意義だと思います。

1947年東京生まれ。日本文学専攻。著書に『天皇の逝く国で』『小林多喜二』ほか
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2016年09月18日,「赤旗」)

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敬老の日前に党員の長寿祝う/長野/新潟

長野
 日本共産党長野県委員会と各地区委員会は、敬老の日を前に、今年80歳をむかえた党員の長寿を祝い、労をねぎらう手紙と記念品を届け、激励しています。記念品は長野県出身の書家、森谷明仙さんの額入り色紙です。
 石坂千穂県書記長は支部長と共に15日、長野市の朝倉勇さんを訪ねました。朝倉さんは病気で弱気になったこともありましたが、選挙では電話で党支持をひろげ、参院選投票日も棄権防止に取り組みました。
 朝倉さんは「いい書だね」と記念品を喜び、「家に来る人みんなに額を見せて、共産党を宣伝する。80歳まで生きてよかった」と語りました。

新潟
 日本共産党新潟県委員会は、敬老の日にあたり80歳を迎えた党員の長寿を祝い、記念品とお祝い文を届けています。樋渡士自夫県委員長は16日、阿賀野市の稲垣恵造さんを訪ね、お祝いしました。
 稲垣さんは、定年までは郵便局で働き、「なかむらみのる」のペンネームで日本民主主義文学会に所属し、阿賀野9条の会事務局長などで活動する作家です。現在、『民主文学』に『郵便屋さんの作家道』を連載中です。1960年の安保闘争の年に郵政や公務労働者が全国でストライキした年に入党しました。
 小説『山峡の町で』で多喜二・百合子賞(97年)を受賞。『信念と不屈の画家 市村三男三』(09年)では、新潟県が公募する文学賞・新潟出版文化賞を受賞しました。九条の会で思いを一つにした保守・無党派の人たちを描いた『草の根の九条 萃点の人々』、『中越大震災 日本共産党救援センター物語』『恩田の人々』などが特に知られています。
 稲垣さんは「これからも書くことを通して、日本共産党員の不屈性、頑張り、魅力ある人間像を描いていきたい」と語っています。
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2016年09月18日,「赤旗」)

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抵抗の歴史継承へ

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟は10、11の両日、徳島市で四国ブロック会議を開きました。
 田中幹夫中央本部事務局長は、侵略戦争を進めるために治安維持法で人々を弾圧した歴史を振り返り、「たたかいと抵抗の歴史を現代史のなかに正しく位置づけることが求められる」と強調しました。
 各県の取り組み報告で、若い世代への継承に向けた青年部の活動(高知県)、近現代史の学習の重要性(愛媛県)などが語られました。
 日本共産党の上村恭子県議が来賓あいさつしました。
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2016年09月16日,「赤旗」)

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治維法国賠同盟、世代継承を訴え/石川本部が総会

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)石川本部は10日、金沢市の金沢勤労者プラザで第33回総会を38人の参加で開催しました。
 増本一彦中央本部会長が講演しました。参院選で「32すべての1人区の野党統一候補に檄文(げきぶん)を送った。勝利した11選挙区の議員への『治安維持法犠牲者の国家賠償法の制定を求める請願』の紹介議員になってもらう要請運動を始める」と語り、「たたかいと抵抗の歴史を後世に伝えていくことが必要。若者は知的要求が強い」と述べ、組織拡大強化と世代継承の重要性を訴えました。
 主催者あいさつで北口吉治県本部会長は、「参院選挙区で野党統一が実現し共闘、市民革命的流れができた。次世代につなげる運動に発展させよう」と述べました。
 特別決議では、2018年3月の創立50周年めざし、安倍自公政権の暴走をやめさせ「再び戦争と暗黒政治を許さない」ためにも、組織の拡大強化と3000人分の請願署名の達成などを確認しました。
 日本共産党の佐藤正幸県議が連帯のあいさつを述べました。
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2016年09月14日,「赤旗」)

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緊急事態条項で徹底討論/改憲草案のなかでも危険性が高い/CS番組で小池氏

 日本共産党の小池晃書記局長は5日、テレビ朝日のCS番組「津田大介 日本にプラス」に出演し、安倍政権が改憲のテーマとして狙う緊急事態条項について自民党の平沢勝栄衆院議員と討論しました。

 小池氏は、基本的人権の制限を可能にする緊急事態条項について「実質上の戒厳令だ。国会にはからずに、首相が法律と同等の政令を出すことができるようになる。自民党の改憲草案のなかでもきわめて危険性が高い」と指摘。同改憲草案が緊急事態条項の発動要件を「内乱等」「その他の法律で定める緊急事態」などと曖昧に書いていることを示し、「なんでもありだ。発動理由も、どういう政令を出すかも制限はない。こんな条項は世界の(他国の)緊急事態条項だってない」と批判しました。
 平沢氏は、改憲草案に関して「野党時代に一応のたたき台としてつくったものにすぎない。一応の案ですから」などとごまかしながら、緊急事態条項については「大きな目的のために権利が制限されることもありうる。全ての権利を守ることを前提にし、国が滅びたらどうにもならない」と正当化。災害などを例にあげ「想定外の時は超法規的に対応しなければならない」と述べました。

災害救助とは逆行
 小池氏は「災害時に必要なのは、国の権限を強化することではなく、実際に災害対策にあたる自治体に権限や情報を思い切っておろすことこそ重要で、国の権限強化は自治体に情報が届かなくなるなど災害救助対策と逆行する」と指摘。災害など緊急時の法制は整備されており、東北弁護士会連合会会長は、震災対応の遅れは行政による事前の備えの不十分さにあったとして、災害を名目にした緊急事態条項創設に反対する声明を発表していることも紹介しました。
 平沢氏は憲法に緊急事態条項を設け、具体的な人権制限に関しては「法律で決めることになる」と発言しました。
 小池氏は、現行憲法は基本的人権をまず守らなければならないとしたうえで、国民の人権と人権がぶつかりあう場合には調整するという考え方(=公共の福祉)で、災害など緊急時の法制も整備されてきたことを強調。一方で、緊急事態条項は人権制限を前提にしていると指摘し、「憲法の大原則を揺るがしている」「『人権を制限して良い』とタガを外したら、本当に危険な法律が出てくる可能性がある」と述べました。
 さらに自民党改憲草案が現行憲法の「公共の福祉」の規定を「公益及び公の秩序」に置き換えていることもあげて、「国の大きな目標のもとに、人権の制約を甘んじろというものだ。基本的な考え方を転換している」と語りました。
 「感染症がまん延しているときには、強制的に退去させなければならない」などと人権制限の必要性をあくまで主張する平沢氏。小池氏は「感染症がまん延していれば、強制されなくてもみんな逃げます。実際に強制するというのは、国民の意に反することをやらせる時だ」と反論しました。

戦前の歴史踏まえ
 小池氏は「事前に政府に人権を制限できるフリーハンドを与えるのは乱用の危険性がものすごく大きい」と強調。戦前の日本で治安維持法に死刑が導入された時は、議会で審議未了・廃案になったにもかかわらず緊急勅令で死刑導入が決定された経緯にもふれ、「こういう歴史を踏まえて、現行憲法には緊急条項を入れなかった」と語り、戦前の反省を踏まえず緊急事態条項創設を狙う安倍政権を批判しました。
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2016年09月08日,「赤旗」)

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治維法国賠同盟高知県本部の青年部報告会

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)高知県本部の青年部は、今年初めて行われた全国各地の青年部の交流会の報告会を高知市でこのほど開きました。
 全国交流会は8月24、25の両日に奈良県内で行われ、高知県からは中平考さんと森田雄介さんの2人が参加。中央本部の増本一彦会長の講演内容や戦前の特高警察が内部で発行していた「特高月報」を閲覧したことなどを報告しました。
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2016年09月07日,「赤旗」)

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反戦平和引き継ぐ/金子兜太さんが記念講演/群馬・伊勢崎多喜二祭

 検束された戦前のプロレタリア作家、小林多喜二らを数百人の抗議で警察から奪還した「多喜二奪還事件」(1931年9月6日)の舞台となった群馬県伊勢崎市で4日、第9回伊勢崎多喜二祭(実行委員会主催)が開かれ、県内外から会場いっぱいの約400人が参加しました。
 俳人の金子兜太さん(96)が「戦中のこと、戦後のこと」と題して記念講演。作家や俳人が言論弾圧で投獄されたことなどに触れ、「あの時代の暗い雰囲気を再び戻すことのないようにしたい」と語りました。
 大澤勝幸実行委員長が「多喜二の反戦平和を引き継ぎたい」と述べ、日本民主主義文学会の能島龍三副会長、多喜二奪還事件で活躍した家族代表として平山知子弁護士(多喜二らとともに検束された故菊池邦作氏の娘)らが連帯あいさつ。長谷田直之事務局長が自作の「多喜二奪還事件」の俳句を披露しました。
 新日本婦人の会前橋支部の音楽サークル「ピースコーラス」の大澤綾子さんが、「多喜二へのレクイエム」などピアノの弾き語りを披露しました。
 同日午前には、多喜二らが講演会の前に立ち寄り検束された故菊池敏清宅(北千木町)の見学会も行われました。
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2016年09月07日,「赤旗」)

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あす伊勢崎多喜二祭/群馬

 4日午後2時から、群馬県伊勢崎市の伊勢崎市民プラザ・ホールで第9回伊勢崎多喜二祭(実行委員会主催)が開かれます。
 俳人の金子兜太さん(96)が「戦前のこと、戦中のこと」と題して講演します。ミニコンサートでは、大澤綾子さんがピアノの弾き語りをします。実行委員会では、「俳句で語る多喜二奪還事件」を初披露します。
 講演に先立ち、午前11時から、小林多喜二らが検束された故菊池敏清宅(北千木町)の現地見学会が行われます。要予約。
 問い合わせ070(5458)7225長谷田直之さん
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2016年09月03日,「赤旗」)

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ツルシのぶらり探訪/東京・江東区/震災・戦災の下町へ/江戸深川のぶっかけめし

 東京都江東区亀戸にある浄心寺では、毎年9月に亀戸事件追悼会が開催されています。その実行委員長・東巨剛さんの案内で同寺を訪れました。
 境内の墓地に立つ「亀戸事件犠牲者之碑」。1923年9月1日、死者・行方不明者12万人余の関東大震災が発生し、「朝鮮人、社会主義者が井戸に毒を入れた」などのデマが流布。多数の在日朝鮮人や中国人が警察・軍隊・自警団によって虐殺されました。
 震災前年に創立した日本共産党を弾圧の対象にしていた警察は、混乱に乗じて軍隊と一緒になって社会主義者も狙い撃ちします。南葛地域(現在の江東区・墨田区)の労働運動の青年活動家など10人が亀戸警察署に連行され、軍隊に虐殺されました。これが亀戸事件です。当時21歳、被災した3人の幼児を救出した川合義虎(日本共産青年同盟・初代委員長)も犠牲者の一人です。
 隅田川と荒川に挟まれ東京湾に面した南葛地域は水運を利した工場地帯で、先進的労働運動の拠点でした。「事件後、治安維持法が制定され戦争へ引きずりこまれた歴史から見ても、亀戸事件は活発化する革命的な運動を双葉のうちに摘み取ろうとした権力犯罪です」と東さん。警察・軍隊の責任は「戒厳令下では必要な処置」と不問にされました。
 隅田川と荒川を直線で結ぶ運河・小名木川を渡り、東京大空襲・戦災資料センターに向かいました。太平洋戦争期、東京は100回以上の空襲を受け、市街地の半分を焼失。特に1945年3月10日未明の東京大空襲では下町地区が火炎地獄と化し、100万人超が罹災、推定10万人の命が奪われました。
 「民間人がこうむった戦禍の資料を収集、実証研究し、その成果を後世に伝える活動に取り組んでいます」とガイドさん。
 ある地域の空襲犠牲者の年齢分析データに注目しました。犠牲者の半分は0〜29歳。男手を戦争に取られ、乳飲み子を背負い、すさまじい火炎の中を逃げ惑う母子の姿が目に浮かびます。一方、日本が日中戦争期に中国の重慶を空爆した加害者であったことも展示していました。
 権力の蛮行、戦禍のむごさを記憶に留め、富岡八幡宮へ。境内には、空襲で木肌を焼かれ幹が裂けても生き延びた被災樹のイチョウが。葉が青々と茂り、何かを語り継いでいるかのようです。
 帰路「深川めし」屋で、まずは冷えたビールをゴクリ。江戸時代の深川漁師の賄い飯「ぶっかけめし」を豪快に食べました。
 ツルシカズヒコ

【交通】浄心寺はJR総武線か東武亀戸線の亀戸駅から徒歩10分。東京大空襲・戦災資料センターは都営新宿線の住吉駅、西大島駅から徒歩20分。富岡八幡宮は東京メトロ東西線・門前仲町駅から徒歩3分
【問い合わせ】「亀戸事件93周年追悼会」は9月4日(午後1時〜3時)浄心寺で。同実行委員会рO3(5842)5842。東京大空襲・戦災資料センターрO3(5857)5631。開館は水曜〜日曜の正午〜午後4時
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2016年09月01日,「赤旗」)

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8月見出し)

*         共産党含む政権構想を/福島氏招き講演会/鳥取

*         宮城の国賠同盟、女性部を結成へ/総会で報告

*         治維法犠牲者のたたかい学ぶ/「国賠同盟」が青年交流集会/近畿ブロック

*         子どもたちに事実を伝えたい/平和のための戦争展を開催/福岡

*         暗黒、繰り返すまい/国賠同盟が宣伝/青森/宮城

*         改憲許さず平和守ろう/治維法国賠同盟、和歌山駅前宣伝

*         国家賠償法の制定求め宣伝/山形

*         「9条は幣原提案」新史料/マッカーサー書簡に明記/堀尾・東大名誉教授が発見

*         幣原首相の「9条」提案/反戦平和のうねり結実

*         秘密保護法成立を主導、北村氏論文/侵略肯定し思想弾圧評価/纐纈厚さん/青木理さん

*         治維法国賠同盟、全国一斉に宣伝

*         終戦の日/各地で宣伝/戦争法の発動許すな/鳥取

*         終戦の日/各地で宣伝/野党、市民ともに/香川

*         終戦記念日/各地で行動/「戦争しない」決意新た/北海道/宮城/岩手/青森/秋田/山形

*         戦後71年敗戦の日8・15/謀略・弾圧…日本の侵略戦争はどう進められたか

*         治安維持法の再来を許すな/和歌山国賠同盟大会

*         党創立記念講演/各地の感想から/新たな連帯と絆に確信/日本の未来へ奮闘誓い

*         八田満穂さん死去

*         統制された文化/1/映画法/許可制導入し国策映画を推進

*         統制された文化/2/美術/国民の魂≠ゥらめとる精神動員/荒木國臣

*         統制された文化/3/児童文学/俗悪排除′fげ「皇国民」錬成

*         統制された文化/4/漫画/中国大陸で反戦思想伝える/清水勲

*         緊急事態条項は憲法停止ボタン/長野・上田で学習会

*         治維法国賠同盟青森県大会開く/署名推進など確認

*         平和の思い、句に込めて/大分で平和・九条俳句大会

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(8月本文)

共産党含む政権構想を/福島氏招き講演会/鳥取

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟鳥取県本部と湯梨浜9条の会は28日、参院選の野党統一候補として奮闘した「住民目線で政治を変える会・山陰」共同代表の福島浩彦氏を招いて北栄町で講演会を開きました。福島氏は、衆院選に向けて野党で日本共産党を含む連合政権構想をつくるよう呼びかけました。
 日本共産党の佐藤博英倉吉市議、無所属の長谷川稔県議が来賓あいさつ。長谷川氏は、野党が1人区の11選挙区で勝利したことは大きな成果だとして、さらなる野党共闘の前進を呼びかけました。
 福島氏は、改憲勢力が「国会で3分の2を取るだけではだめだ」として国民投票で過半数を取ることをめざして運動していることをあげ、憲法を語り広げる運動を大いに広げようと呼びかけました。
 また、野党共闘をどう発展させていくかが重要だとし、「民進党だけの政権では選ばれない。すでに国民は政権担当能力がないことを経験している。野党が本気で政権をめざすならば、統一した経済政策をつくり、共産党を含めた連合政権構想にする必要がある」と強調しました。
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2016年08月31日,
「赤旗」)

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宮城の国賠同盟、女性部を結成へ/総会で報告

 治安維持法国賠同盟宮城県本部(横田有史会長)は第26回総会を27日、仙台市民会館で開催しました。
 日本共産党宮城県委員会、宮城県労連、国民救援会宮城県本部、宮城レッドパージ反対同盟から連帯のあいさつがありました。
 1年間の活動報告と方針提案が行われ、全議案を全会一致で採択。方針討議では8人が発言しました。石巻地域から、支部結成の準備と、11月に女性部を結成することが報告されました。
 また、「犠牲者が一人もいなくなったら、この運動はどうなるのか」など、同盟運動の将来についても議論を深めました。
 総会で出された意見は、引き続き9月に開催される東北ブロック会議に反映されます。
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2016年08月30日,「赤旗」)

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治維法犠牲者のたたかい学ぶ/「国賠同盟」が青年交流集会/近畿ブロック

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)近畿ブロックは24、25の両日、「治安維持法犠牲者の闘いと抵抗の歴史に学ぶ青年交流集会」を奈良市内で行い、36人が参加しました。
 24日、参加者は明治五大監獄のうち唯一現存し、戦前は思想犯を収容した「奈良少年刑務所」を見学しました。
 治維法国賠同盟中央本部の増本一彦会長が記念講演。増本氏は、治安維持法の犠牲者が日本の近現代史に残した功績は「ポツダム宣言」「日本国憲法」の二つに凝縮されていると指摘し、「先達のたたかいと抵抗の歴史を受けつぎ、先達たちのしたことを検証し、歴史に正しく位置付けていくことが大切です」と語りました。
 25日は、奈良教育大学図書館所蔵の「特高月報」を閲覧しました。月報には、日本共産党や日本共産青年同盟、婦人運動、農民運動が弾圧の対象となっていたことや、敗戦色が濃くなると、国民生活のあらゆるところに監視の目が光っていたことが記されていました。
 作家の志賀直哉旧居では、日本民主主義文学会奈良支部「鹿笛」サークルの御影暢雄さんから、志賀直哉と小林多喜二の関係について話を聞き、多喜二が宿泊した部屋を見学しました。高知県の男性は「多喜二のありのままの人間性を感じることができた」と話しました。
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2016年08月28日,「赤旗」)

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子どもたちに事実を伝えたい/平和のための戦争展を開催/福岡

 「平和のための戦争展ふくおか」(同成功させる会主催)が23日、福岡市のアクロス福岡交流ギャラリーで始まりました。28日まで。
 22回目となる今回は、憲法公布70年にあわせ、現憲法と自民党改憲草案の比較や安保法制の問題点をパネル展示。沖縄の基地のもとでの人権侵害、日本軍「慰安婦」や治安維持法など戦時の人権についても取り上げています。
 前回、後援を拒否した福岡市は今回、後援を承諾しましたが、特定の主義主張の活動が行われた場合、取り消しや次回以降の不承諾の理由にするとしています。石村善治運営委員長は「後援拒否が問題化した前回は、これまで以上に市民の参加があり、関心の高まりに市も無視できなくなった。取り消しで自主規制を強制する態度は憲法違反の可能性すらある。われわれの方針は変わらないと今後も意思表示を続けたい」と語りました。
 展示を見た長崎県佐世保市の山近節子さん(56)は、「事実を知って考えていかなければいけないと感じた。父母から聞いた空襲や引き揚げの体験を子どもへと伝えていきたい」と話しました。
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2016年08月26日,「赤旗」)

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統制された文化/4/漫画/中国大陸で反戦思想伝える/清水勲

 近代漫画は新聞・雑誌というジャーナリズムの中で発展していった。労働組合思想や社会主義思想が登場してくる日清戦争後には、近代的風刺漫画が小林清親(『労働世界』1897年)、ジョルジュ・ビゴー(第2次『日本人の生活』1898年)といった漫画家によって描かれた。
 そして近代的戦争風刺画が日露戦争期から登場してくる。例えば竹久夢二の作と思われる「強制された愛国心」(平民新聞1904年1月17日号)という反戦漫画がある。若い農民が首にひもをつながれて無理やり兵営に引っ張り込まれようとしている。兵役を拒む農民を村長や教師が「愛国心」と書かれた梃子を使って動かそうとしている。後ろでは資本家が扇子をあおいで音頭をとっている、といった風刺画である。
 日中戦争期になると治安維持法による日本共産党などへの弾圧が行われるようになる。1929年、共産党員への全国一斉検挙が行われる。漫画家の松山文雄(1902〜82)も検挙され、29日間の拘留中に拷問も受けたという。漫画家で後に漫画史研究家になる須山計一(1905〜75)は34年、日本プロレタリア美術家同盟書記長として活動中に起訴され、1年余収監される。

国策協力への気運が起こる
 国策を是認する者、子ども漫画を描く者以外は活動の場が狭まっていく中、1940年、近衛新体制運動を契機に政党・労働団体は解散し、各種の漫画家団体も自主的に統合して同年8月、翼賛体制下に漫画家の団結を図る新日本漫画家協会が発足する。横山隆一・近藤日出造・松下井知夫ら12人が第1回委員となり、会員63人。機関誌『漫画』を刊行した。
 しかし日米関係がますます悪化し新たな戦争への危険が増してくると、会のなまぬるい活動に嫌気がさした加藤悦郎・安本亮一らは脱退して建設漫画会をつくり、国策をより徹底するための教宣漫画を単行本などで発表していく。
 41年、太平洋戦争が始まると、漫画家たちから国策に協力しようという気運が起こり、42年5月に日本漫画奉公会が結成される。会長・北沢楽天、副会長・田中比左良、顧問・岡本一平で会員90人だった。
 一方、柳瀬正夢(1900〜45)のように漫画の筆を折った者もいた。批判を封じられた漫画家たちは戦争の時代をどう生きたのだろうか。岩松淳(1908〜94)は33年、反戦ビラ配布などで十数回にわたり逮捕拘留され、39年に妻と米国へ脱出する。太平洋戦争中には絵本を出版したり、日本兵への降伏ビラ「父よ、生きよ」などを制作したりした。

日本人向けの宣伝ビラ多く
 中国大陸に出かけたり、住み着いたりした日本人の中には国策を批判する漫画を描いた人たちがいた。1990年に中国で刊行された『抗日戦争時期宣伝画』は、中国革命博物館所蔵の作品をまとめたものだが、その中に「在中日本人反戦同盟」という組織による日本人に向けた宣伝ビラがたくさん見られる。「山東支部」(図1)、「準海区分支部」など複数の支部の作品が掲載され、かなりの数の日本人が関わっていたことがわかる。
 その中の一枚に8コマ漫画「日本軍閥の末日」(図2)がある。吹き出しは日本文だが張文元という著名な漫画家のサインも入っている。「シメシメ」「ドンナモンダイ」といった日本人が使いそうな日本語だから、日本人も制作に関わったことは明らかだ。それも柳瀬正夢の字に似ている。特に2コマ目の「リューリュー」はよく似ている。このことから柳瀬と張の合作だと推定される。
 柳瀬は日中戦争期に4回、中国大陸に出かけている(5回という説もある)。したがって反戦組織と接触するチャンスはあり、張とも交流して共同制作したものと思われる。戦時にまかれた伝単(敵側にまかれた宣伝ビラ)は、反戦思想を中国大陸の軍人を含む多くの日本人に伝えたのである。

 しみず・いさお 1939年生まれ。漫画・風刺画研究家。京都国際マンガミュージアム研究顧問。著書に『漫画の歴史』『四コマ漫画』ほか多数
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2016年08月24日,「赤旗」)

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暗黒、繰り返すまい/国賠同盟が宣伝/青森/宮城

青森
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟青森県本部は22日昼、青森市新町で街頭宣伝しました。
 「ふたたび侵略戦争と暗黒政治を許すな」の横断幕を掲げ、参加者5人が「安倍政権が強行した戦争法は廃止させよう」と訴え、治安維持法犠牲者への国家賠償を求める署名への協力を呼びかけました。
 灰色の厚い雲が広がる空の下を足早に通りすぎる人が多い中、「若者を戦場に送るな」などのゼッケンをつけた参加者は、「もう二度と戦争と暗黒政治を繰り返さないためにも、憲法9条守れ、戦争法廃止の声を大きくしよう」と、元気に訴えました。
 呼びかけに足を止め、署名した15歳の女子中学生は、社会の授業などを通して戦争とは何かを考えるようになったと述べ、「毎日、安全に暮らせることに感謝している。(戦争で)亡くなった人たちのためにも、対話で平和を築こうよって言い続けることが大事かなって」と語りました。

宮城
 宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部は20日に塩釜市と多賀城市内で、戦争法廃止と憲法改悪阻止を求める街頭宣伝を行いました。
 参加者は7月の参院選で32の1人区の全てで市民と野党の統一候補が実現、11で勝利するという自公政治を揺るがす画期的結果を出したことに確信を持って、引き続き奮闘しようと訴えました。
 通行人や車両の中から激励や連帯の励ましがありました。
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2016年08月23日,「赤旗」)

 

改憲許さず平和守ろう/治維法国賠同盟、和歌山駅前宣伝

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟和歌山県本部は15日、JR和歌山駅前で宣伝にとりくみました。
 マイクをにぎった鶴田至弘(よしひろ)県連会長は、日本が攻撃もされていないのに自衛隊を海外に派兵し、アメリカの引き起こす戦争に参加しようとする安倍政権をきびしく批判しました。
 鶴田氏は、71年前の7月9日、和歌山大空襲により和歌山市が丸焼けになり1000人以上が焼死したことを指摘し「当時、アジアの平和のためといって侵略戦争を始め、アジアで2000万人以上の犠牲者を出しました。戦後、もう二度と戦争をしないという憲法ができました。この憲法が今、危機をむかえています」とのべ、改憲を許さず平和を守ろうと訴えました。
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2016年08月19日,「赤旗」)

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国家賠償法の制定求め宣伝/山形

 治安維持法犠牲者国賠同盟山形支部は15日、山形市内で国家賠償法の制定を求める宣伝署名を行いました。
 参加者が「戦前、主権在民を主張し侵略戦争に反対したために治安維持法で弾圧され多くの国民が犠牲になった。再び戦争と暗黒政治を許さないために、国が治安維持法犠牲者の名誉回復をはかり、謝罪と賠償することを求める」と訴えました。
 老夫婦や子ども連れの夫婦、高校生など多くの市民が署名に応じていました。
 30代の夫婦は「安倍首相が、憲法を改悪しようとしていて心配です」と話し、署名しました。
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2016年08月19日,「赤旗」)

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「9条は幣原提案」新史料/マッカーサー書簡に明記/堀尾・東大名誉教授が発見

「押し付け憲法」論を否定
 戦争放棄をうたった憲法9条のアイデアは、幣原喜重郎首相(当時)が連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官マッカーサーに提案したという学説を補強する新たな史料を、堀尾輝久・東大名誉教授が発見しました。安倍晋三首相ら改憲勢力が主張する「今の憲法は戦勝国に押し付けられたもの」とする論拠を覆す内容です。秋の臨時国会から憲法審査会で改憲論議がねらわれるなか、憲法の制定過程をゆがめて議論をすすめることは許されません。
 (深山直人)

 9条は、1946年1月24日に幣原首相とマッカーサー最高司令官との会談が発端となったとみられています。マッカーサーは「幣原首相の発案」と米上院などで証言していますが、幣原は9条の発意について長く口を閉ざしていたことから「信用できない」とする意見もあり、だれが提案したかについては見解が分かれています。
 堀尾氏は、57年に当時の岸信介内閣のもとで改憲の議論を始めた憲法調査会の高柳賢三会長が、憲法の制定過程を調査するため58年に渡米したことを重視しました。
 高柳は、マッカーサーとの往復書簡を踏まえて、「わたくしは幣原首相の提案と見るのが正しいのではないかという結論に達している」と論文に書いていましたが、書簡の具体的内容についてはこれまで不明でした。
 堀尾氏は、国会図書館所蔵の憲法調査会関係資料を探し、今年1月、英文の書簡と調査会による和訳を見つけました。
 この書簡は、高柳の質問にマッカーサーが回答したものです。58年12月15日付で「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです」と明記。「提案に驚きましたが、首相にわたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました」とマッカーサーは述べています。
 これに先立つ12月5日付の書簡でマッカーサーは、「(9条は)世界に対して精神的な指導力を与えようと意図したものであります。本条は、幣原首相の先見の明と経国の才志と英知の記念塔として、朽ちることなく立ち続けることでありましょう」(堀尾氏訳)とたたえています。
 堀尾氏は、「マッカーサーは同じような証言を米上院や回想録でもしていますが、質問に文書で明確に回答した書簡は重い意味があります」と話します。
 

幣原喜重郎
 1872〜1951年。外相を4回務め、国際協調、軍縮路線を主張したとされます。終戦後の45年10月から首相となり、現憲法の制定にかかわりました。
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2016年08月19日,「赤旗」)

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幣原首相の「9条」提案/反戦平和のうねり結実

 幣原(しではら)首相はなぜ、戦争放棄をうたった憲法9条のアイデアをマッカーサーに提案したのでしょうか。
 幣原は1946年3月27日、自身の内閣がつくった「戦争調査会」の開会あいさつで、原爆よりもさらに強力な破壊的新兵器も出現するであろうときに、「何百万の軍隊も何千隻の艦艇も何萬の飛行機も全然偉力を失う」とのべ、「世界は早晩、戦争の惨禍に目を覚まし、結局私どもと同じ(戦争放棄の)旗を翳(えい)して、遥(はる)か後方から付いてくる時代が現れるでありましょう」と述べました。
 幣原は、秘書官だった平野三郎氏による聞き取り(51年2月)に対しても「戦争をやめるには武器を持たないことが一番の保証になる」と述べています。
 一方で幣原は、戦争放棄と天皇制維持をセットで提案したかったが、敗戦から間もない状況で日本側から提案することはできず、「憲法は押し付けられたという形をとった」と説明しています。
 堀尾氏は「今回の新史料を、こうした発言とも重ねあわせると、9条が幣原の発意であったことにいっそう確信が持てると考えます」と言います。
 幣原が、こうした提案をした社会的背景に何があるのか。堀尾氏は平和思想、国内外の反戦の流れを指摘します。
 「日本にはもともと中江兆民、田中正造、内村鑑三らの平和思想があり、戦争中は治安維持法で抑圧されていましたが、終戦で表に出てきて、国民も『戦争はもう嫌だ』と平和への願いを強めていました。国際的にもパリ不戦条約をはじめ戦争を違法なものとする運動が広がっており、外交官でもあった幣原もその流れを十分認識していました。さらに、原爆と戦争の惨禍を体験して、侵略への反省、反戦と平和への希求の大きなうねりが先駆的な憲法前文と9条に結実していったと考えます」
 安倍首相は、今秋から国会の憲法審査会を動かすとのべ、改憲に執念を見せています。堀尾氏はこう強調します。
 「9条は日本国民が求めてきたものであり、だからこそ国民は改憲を許してきませんでした。同時に、憲法の制定過程からも占領軍の押し付けではなく、日本側の提案を受けたものであることが明りょうになっています。世界中が戦乱の危機にあるいまこそ9条の理念を世界に広げ、平和を築いていく方向でこそ議論するべきです。これは憲法前文が求めていることなのです」

憲法制定過程をめぐる主な流れ
1946年1月24日 幣原首相とマッカーサーGHQ司令官が会談
   2月13日 GHQ草案を日本側に提示
   3月6日 日本政府案を発表
   6月20日 帝国議会に提出
   10月7日 成立
   11月3日 日本国憲法が公布
 47年5月3日 憲法が施行
 51年5月5日 マッカーサーが9条は幣原の発案と米上院で証言
 58年12月   高柳憲法調査会長が渡米、マッカーサーと書簡を交わす
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2016年08月19日,「赤旗」)

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秘密保護法成立を主導、北村氏論文/侵略肯定し思想弾圧評価/纐纈厚さん/青木理さん

改憲に暴走加速する安倍首相の「懐刀」
 「任期中に改憲を果たしたい」と暴走を加速させている安倍政権の高官、北村滋内閣情報官。同氏が高官の肩書で執筆した論文で力説したのがアジア・太平洋での侵略戦争を肯定し、国民への思想弾圧を実行した特別高等警察(特高警察)などの治安体制を評価し、その流れを引き継ぐ最悪の治安立法とされる秘密保護法の必要性でした。同法の成立に辣腕(らつわん)をふるい、「安倍首相の懐刀」といわれる同氏の言動について、歴史学者(日本政治史)の纐纈(こうけつ)厚山口大学名誉教授、警備・公安警察に詳しいジャーナリストの青木理氏に聞きました。

侵略戦争体制の復活にじむ/山口大学名誉教授纐纈厚さん
 これは安倍首相の歴史認識、「戦後レジュームからの脱却」に通底するもので、そこには「大東亜戦争」=侵略戦争を聖戦≠ニ描く歴史修正主義、いわゆる靖国派の立場がある。日本の侵略戦争を「大東亜戦争」と偽る人物が政権中枢にいることを浮き彫りにしている。
 歴史修正主義者が政権を握り、中枢に居座るのは欧米にはなく、日本だけだ。
 「大東亜戦争」をあえて表記し、その遂行上治安維持法、外事警察がどれほどの役割をもったかを述べるなど侵略戦争体制への反省はなく、むしろその復活さえにじませている。戦後の連合国による内務省・特高警察の解体に抵抗する内務官僚、警察官僚の言動を詳しく論じ、秘密保護法を強調する姿勢はまさに戦前回帰への告白≠ニ受け取れる。

戦前・戦中への反省、完全欠如/ジャーナリスト青木理さん
 論文に貫くものは、「大東亜戦争」の言葉遣いなどに象徴されるとおり、戦前・戦中の治安体制があしきものだったという認識、反省の完全なる欠如だ。
 彼は現役の内閣情報官だが、通常これは警察官僚の上がりポスト=Bしかし、北村氏はなお警察官僚のエースと位置づけられていて、そうした人物がこれほど復古的な歴史観を持っていることに驚く。
 しかも論文は2014年より前に書かれているが、彼はここで「防諜(ぼうちょう)法規」の必要性を力説した。そして指摘通り、13年末に安倍政権が特定秘密保護法を強行成立させた。これは背後で北村氏が主導したものだ。
 そうした点で北村氏は優秀なエリート警察官僚≠ゥもしれないが、戦前・戦中の治安体制への反省はなく、戦後の民主主義体制が守ってきた矜持(きょうじ)への敬意も薄い。
 それは安倍首相の歴史認識とも通じ、改憲や集団的自衛権行使への旗振り役≠担っており、国民はその危険性を十分注視すべきだろう。
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2016年08月18日,「赤旗」)

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治維法国賠同盟、全国一斉に宣伝

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟は、終戦71周年の15日、中央本部が作成した「日本の平和と安全は憲法9条で守ろう 海兵隊は沖縄から出ていけ アメリカの戦争に自衛隊員は出動させない 戦争に生命をかけて反対した治安維持法犠牲者 市民と野党の共同を前進させよう」というチラシを全国一斉に配りました。
 東京・池袋駅西口では、吉田万三東京都本部会長などが街頭宣伝。「安倍政権の海外で戦争する国づくりをやめさせるため、みなさん声を上げようではありませんか」と呼びかけ、250枚を配りました。また、治安維持法犠牲者への謝罪と賠償を求める請願署名も取り組みました。
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2016年08月18日,「赤旗」)

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終戦の日/各地で宣伝/戦争法の発動許すな/鳥取

 日本共産党鳥取県委員会と東・中部地区委員会、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)県本部は終戦の日の15日、JR鳥取駅北口で宣伝し、憲法改悪反対、戦争法の発動を許すなと訴えました。
 塚田成幸衆院1区候補(地区委員長)は「日本の侵略戦争で310万人の日本国民、2000万人のアジアの人々が犠牲になった。安倍政権は、二度と戦争しないと世界に誓った憲法9条を改悪し、日本を再び戦争できる国にしようとしている」と指摘。昨年、強行成立された戦争法によって自衛隊に「駆けつけ警護」の任務が付与され、南スーダンのPKO(国連平和維持活動)で「殺し、殺される」状況になりかねないとして、「戦争法の発動を許してはならない」と訴えました。
 岡田和正常任委員、伊藤幾子、岩永安子の両鳥取市議も演説しました。
 若い男性から「どうすればテロと戦争の悪循環をなくせるか」と質問があり、岡田氏が丁寧に答えました。
 治維法国賠同盟はビラを配り、治安維持法犠牲者への国の謝罪と賠償を求める署名を呼びかけました。
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2016年08月17日,「赤旗」)

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終戦の日/各地で宣伝/野党、市民ともに/香川

 終戦記念日の15日、香川県内では日本共産党や社民党、労働組合など民主団体でつくる平和憲法を生かす香川県民の会や治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県本部などが宣伝しました。
 県民の会はJRの坂出や善通寺、丸亀の各駅などでビラ配り。高松市では昼の三越前で各団体がリレー宣伝しました。
 日本共産党の樫昭二県議は、安倍政権による明文改憲の狙いを批判。戦争法による南スーダンでの「駆けつけ警護」などの危険性を指摘し「安保法制の発動を許さないたたかいを広げていこう」と呼びかけました。
 社民党、新社会党、みどり・香川も訴え、新社会党の亀割浩三書記長は「私の父も江田島(広島県)で訓練中に終戦を迎えた。憲法の危機は安倍政権で急速に進んでいる」と話しました。
 8・15戦争体験を語りつぐ集い実行委員会は高松市で集会を開き、有事法制の絵本をもとにしたアニメ、「戦争のつくり方」を見た後、自由に語り合いました。
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2016年08月17日,「赤旗」)

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終戦記念日/各地で行動/「戦争しない」決意新た/北海道/宮城/岩手/青森/秋田/山形

 終戦から71年を迎えた15日、戦争法廃止、憲法守れと、各地で宣伝、署名などに多彩に取り組みました。(福島県の行動は既報)

力合わせて憲法守る/札幌
 日本共産党北海道委員会は札幌市の地下鉄東区役所前で街頭宣伝を行いました。猛暑の中、「野党共闘でチェンジ」と書かれたプラスターやのぼりを持った支持者ら約40人が参加しました。
 司会の平岡だいすけ札幌市議に紹介された紙智子参院議員は、参院選直後に「自分の任期中に明文改憲を果たしたいと思うのは当然」と述べた安倍首相の姿勢を批判し「前進した共産党の力を生かし、統一してたたかった議員のみなさんとも力を合わせて大奮闘します」と訴えました。
 畠山和也衆院議員は戦争体験者の「一軒一軒配布された新しい憲法をじっくり読み、日本は戦争しなくていいんだと本当にうれしかった」という話を紹介し、「力を合わせて安倍政権から憲法を守る時だ」と呼びかけました。森つねと道国政相談室長も参加しました。
 演説を聞いた山場敬子さん(72)は「憲法9条と25条を国民の心にとどめて戦争しないという声を広げていってほしい」と話しました。

「赤紙」配布、反戦訴え/旭川
 北海道の旭川労働組合総連合、原水爆禁止道北協議会、旭川平和委員会は、旭川市の2条買物公園で「赤紙」(旧日本軍の召集令状)の複製を配布し、戦争反対、憲法を守ろうと呼びかけました。
 5人がリレートーク。旭労連の平山沙織さんは牧師だった祖父の戦争体験を紹介し、自身が引き継いだ「二度と戦争を起こしてはならない」との強い思いを訴えました。道北原水協の石川厚子さん(日本共産党旭川市議)は南スーダン派遣中の自衛隊をとりまく危険性と自民党改憲草案の中身を批判しました。
 道行く市民や観光客が次々と「赤紙」を受け取り、読んでいました。通行中の乗用車が路肩に止まり、運転席から「1枚ちょうだい」と声がかかる一幕もありました。
 宣伝には、日本共産党の能登谷繁、真嶋隆英両旭川市議も参加しました。

改憲の動き断固反対/札幌
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の北海道本部と札幌支部は、炎天下の札幌市の中心街で「終戦71年、日本の平和と安全は憲法9条で守ろう」と訴えました。
 日本共産党の小形香織札幌市議が「再び戦争はしないと誓ったはずの日本が、安倍政権の戦争法施行により、戦争をする国にされようとしている。完全に変貌させるため改憲の動きが強まっている。断固として反対しましょう」と訴えました。
 国賠同盟会員や道労連の組合員など十数人がビラを配布し、治安維持法犠牲者に国家賠償法の制定を求める請願署名を訴えました。三十数人が足を止め、「頑張ってください」と声を掛け、署名に応じました。

戦争法の廃止を訴え/宮城
 宮城県では、平和・民主・革新の日本をめざす宮城の会(宮城・革新懇)が仙台市内で「ふたたび戦争をくり返させないつどい」を開き、75人が参加し、集会後、「戦争法を廃止しよう」と訴え、デモ行進しました。
 富樫昌良常任世話人は「つどいが36回を迎え、全国に広がる憲法を守ろう、戦争法を廃止しようという願いと重なる、重要な議論をつないできた」とあいさつしました。
 日弁連・人権擁護委員会委員長などを務めた青木正芳氏が講演し、東京大空襲、仙台空襲、原爆投下、沖縄戦など、戦争体験を多角的に語り、「正義の戦争などないと整理する必要がある」と指摘しました。
 ポツダム宣言、降伏文書について「文章の中の日本民族全体を否定的にみるのではなくて、否定されたのは軍国主義者であったことを確認する必要がある」と強調し、「憲法前文と9条が、これらをてこに日本の民主的な活動を集約したものとして文章化されたものではないか」と述べました。

9条無理やり変えるな/岩手
 岩手県母親大会連絡会(鈴木まき子会長)は盛岡市大通で旧日本軍の召集令状を印刷した「赤紙」を配布し、戦争法廃止の署名を呼びかけました。
 鈴木氏らは、国民は安倍政権による改憲を認めたわけではないと強調。憲法9条を守るために声を上げ、行動しようと訴えました。
 30分間で43人が署名。30歳の女性会社員は「与党が多数でも憲法9条を無理やり変えるのはダメだ」と語気を強め、高齢の男性は「小学2年生で終戦を迎えたが、防空壕(ごう)へ逃げた記憶がある」と話しました。
 赤紙を手にした女子高校生らは、参加者から「これが届いた人はいや応なく戦場へ行かされた」と聞き、驚いていました。

野党共闘前進さらに/青森
 青森県の日本共産党は地方議員を先頭に各地で街頭演説を行いました。
 青森市新町では高橋千鶴子衆院議員が、吉俣洋東青地区委員長、赤平勇人・民青県委員長、藤原浩平青森市議と演説しました。
 高橋議員は9条2項を削除し「国防軍」創設を明確にしている自民党改憲草案をもとに、改憲論議を進めようと狙う安倍政権を批判。
 宮城県大崎市での党創立94周年記念集会で、野党共闘でたたかった参院選を経て、自民党を支えてきた保守からも共産党への期待が寄せられたことを紹介し、野党共闘を前進させるとともに、共産党を丸ごと語り、大きくしたいと語りました。
 吉俣地区委員長は南スーダンへのPKO派遣の問題をあげ、「自衛隊員を不戦の誓いに背く道に出発させてはいけない。戦争法廃止の世論を広げよう」と呼びかけました。
 赤平委員長は「戦争に駆り出されるのは青年。一人ひとりが声をあげ、戦争法を廃止させよう」と訴えました。

「戦争する国」許さぬ/秋田
 日本共産党秋田県委員会と各地区委員会は、県内各地で街頭宣伝を行いました。
 県委員会、秋田地区委員会は秋田市のJR秋田駅前で、米田吉正県委員長、加賀屋千鶴子県議、佐藤純子・鈴木知両秋田市議、齋藤大悟党県青年・学生対策委員会責任者が街頭に立ち、アジア・太平洋戦争の惨禍と、過ちを繰り返さないとの反省の上に憲法と9条が生まれたことを強調しました。
 「国際問題は武力では解決できないし、オリンピックも平和の中でなければ成り立ちません。憲法ないがしろの戦争法に続き安倍政権が狙う憲法改悪、『海外で戦争する国づくり』を許さないため、皆さんと一緒に全力で頑張る」と訴えました。
 バス待ちの男性が演説を熱心に聞いたり、「応援している、頑張って」と駆け寄る女性やクラクションを鳴らし車から手を振る人もいるなど、多くの激励を受けました。

12団体が集会、デモ/青森
 青森県九条の会、青森ペンクラブ、コープあおもり、日本共産党、社民党など12団体は「8・15青森平和集会」を青森市駅前公園で開き、「戦争いやだ」「9条LOVE」などのプラカードを手にした市民ら115人が参加しました。
 県九条の会の金澤茂共同代表が、参院選で改憲勢力が3分の2の議席を占めたことに対し、「私たちは世界最高の憲法を死に物狂いで守らなければならない」と、決意表明しました。
 民進党の升田世喜男衆院議員、日本共産党の高橋千鶴子衆院議員、社民党の三上武志県連代表も連帯あいさつしました。
 集会後、市内をパレードし、「世界に誇れる9条守ろう」とアピールしました。

政治的立場を超えて/山形
 日本共産党の渡辺ゆり子県議と山形市議団は、山形市内で平和憲法を守ろうと呼びかけました。
 渡辺県議、山形市議の今野誠一、阿曽隆の両氏と石山浩行県青年学生対策委員が、戦争法によって南スーダンに派遣されている自衛隊の任務が拡大され戦闘行為に巻き込まれ、殺し殺される危険が高まっていると指摘しました。
 安倍首相は明文改憲をしようとしていると批判し、思想信条、政治的立場を超えて共同して憲法を守ろうと呼びかけました。
 お盆でにぎわう商店街での訴えに、立ち止まって訴えを聞く市民、車中から手を振って声援するドライバーもいました。

歌声響かせ走れ平和号/札幌市電/核兵器廃絶アピール
 北海道のさっぽろ平和行動実行委員会は、市電(路面電車)1両を借り切って環状線を1周する「8・15走れ平和号」で反戦平和をアピールしました。
 千羽鶴やポスターでにぎやかに飾り付けられた「平和号」は15日の昼すぎ、80人を乗せて、すすきの駅を出発。車内には「青い空は」や「折り鶴」、「花は咲く」などの歌声が響き渡りました。
 小学生のとき長崎で被爆した広田凱則(よしのり)さん(78)が、原爆が投下された直後の様子を生々しく語り「早く核兵器をなくし、平和な世界の実現を」と訴えました。
 原水爆禁止世界大会に参加した宮内史織さんは「世界の流れは核兵器廃絶です。国際署名を訴え続けます」と決意を表明しました。
 平和号に初めて乗った熊谷通子さん(72)は「被爆者の訴えを聞き、怒りとともに平和の尊さをかみしめました」。高校1年生の中村朝陽(あさひ)さんは「被爆者の話を直接聞いて、核兵器廃絶が人ごとでなく身近な問題になりました」と話していました。
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2016年08月17日,「赤旗」)

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戦後71年敗戦の日8・15/謀略・弾圧…日本の侵略戦争はどう進められたか

 日本は1894年の日清戦争で台湾を植民地とし、朝鮮半島の権益を手に入れました。さらに、「満州」(中国東北部)の権益をめぐって日露戦争をたたかい、日本は南満州鉄道(満鉄)の権益とロシア領の南樺太を奪います。1910年に韓国併合を強行し、朝鮮半島を植民地にします。
 日本軍国主義の次の標的は中国でした。日本軍の謀略事件(柳条湖事件)によって、「満州事変」(31年)がはじまります。翌年、中国東北部にかいらい国家「満州国」をつくり、「満州」全域を自分のものにしてしまいます。
 37年、日中両軍が衝突した盧溝橋事件で侵略戦争を中国全土に拡大します。その過程で国民党政権の首都・南京市での南京大虐殺や「三光作戦」(焼きつくし、殺しつくし、奪いつくす)など、当時の戦時国際法に違反する戦争犯罪を起こしました。
 こうした侵略戦争は、国内で民主主義と人権、平和の言論と行動を徹底的に弾圧したうえですすめられました。特に22年に誕生し、侵略戦争反対、専制政治・軍国主義反対を主張した日本共産党には弾圧体制の中心となる治安維持法(25年公布)によって徹底して弾圧が加えられ、28年には最高刑が死刑とされました。多くの共産党員が不当に逮捕され、小林多喜二や野呂栄太郎などが虐殺されました。「満州事変」以降、弾圧は一層強化され、自由主義的な学問・思想への弾圧、マスコミへの統制も徹底されました。
 日本は40年9月に日独伊三国同盟を締結します。この条約は、ナチス・ドイツやイタリアと日本の3国による「世界再分割」の条約でした。それを実行に移したのが、41年12月の日本軍のマレー半島上陸とハワイ真珠湾への奇襲攻撃で始まるアジア・太平洋戦争でした。
 日本の戦争指導部は44年半ばに完全に戦争の見通しを失っていました。しかし、講和を有利にするために「もう一度勝ってからでないと」という考えから戦争終結を決断しませんでした。その結果、東京をはじめとする主要都市への本土大空襲、沖縄での地上戦、広島、長崎への原爆投下、ソ連参戦による「満州」、サハリンでの悲劇など国民的犠牲を引き起こしました。45年の8月15日、ポツダム宣言を受諾し、戦争は終結します。「満州事変」以降の侵略戦争で、2000万人以上のアジア諸国民を犠牲にし、日本国民の死者も310万人以上となる惨害をもたらしました。

日本の侵略戦争略年譜
1894年7月 日清戦争(〜95年3月)
1904年2月 日露戦争(〜05年9月)
1910年8月 韓国併合
1914年7月 第1次世界大戦(〜18年11月)
1920年1月 国際連盟発足
1928年8月 パリ不戦条約
1931年9月 柳条湖事件、「満州事変」開始
1933年3月 日本が国際連盟を脱退
1937年7月 盧溝橋事件、日中戦争開始
   12月 南京大虐殺
1939年9月 独がポーランド侵入、第2次大戦開始
1940年9月 日独伊三国同盟
1941年12月 日本軍がマレー半島上陸・真珠湾攻撃
1942年6月 ミッドウェー海戦
1945年3月 東京大空襲、沖縄戦(〜6月)
   5月 ドイツが降伏
   7月 ポツダム宣言発表
   8月 広島・長崎に原爆投下、ポツダム宣言受諾、敗戦
   10月 国際連合発足
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2016年08月15日,「赤旗」)

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治安維持法の再来を許すな/和歌山国賠同盟大会

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)和歌山県本部は7日、和歌山市で大会を開きました。
 鶴田至弘(よしひろ)会長は開会あいさつで、同盟の運動スローガン「暗黒政治を許すな」「治安維持法の再来を許すな」が現実味を帯びてきたと指摘。改憲勢力が国会で3分の2を占める危機的な状況のなか、総務相によるテレビ放送の停波発言や秘密保護法の成立など戦前政治の布石がしかれていることを示し、民主的課題にこたえる運動をすすめようと訴えました。
 来賓あいさつした日本共産党の奥村規子県議は、野党共闘について、民主主義を守り、暗黒政治をくりかえさせないため全力をあげる決意を表明しました。
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2016年08月10日,

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党創立記念講演/各地の感想から/新たな連帯と絆に確信/日本の未来へ奮闘誓い

「集い」を開催し発展の根を太く
 94年の党史で初めて実現した今回の「野党+市民」の参院選で、改選数3を6に議席を増やしたことで、新しい政治スタンスが求めれるようになっています。来るべき総選挙をたたかうにあたり、この熱い夏休み中に私たちの地域で、成果と教訓を語る会で話し合い、さらなる発展の根を太く長いものにしていきます。
@新しい人たちを増やしていくA政策を出し合う。「集い」を開催する―計画です。(岩手県 男性)

未踏の領域へこの党を大きく
 野党共闘を前進させ、選挙をたたかったうえでの講演の内容で、涙が出るくらい感動しました。今までの講演と違う。野党共闘は、綱領の立場を大きく前進させたとりくみであったことがあらためてよく分かりました。未踏の領域に踏み込んできている日本共産党。この党を大きくすることは、日本の未来がかかっていること。いつになく感動した講演でした。(栃木県 女性)

共闘育て強める出発点の選挙に
 参院選、都知事選を通して、野党と市民の共闘がすすめられたことはまさに歴史的であったと思うし、さらに共闘を育て、強めていくスタートに立った選挙であったと思う。今後は野党共闘の課題と展望≠ナ話された四つの点について強めていくことが肝要だと思った。当面、安倍政権を倒すためにもなることだから。日本共産党の綱領について、学び広めることが強調されたが、本当にこれからのたたかい、運動には欠くことができないことだ。自分の自覚も高め、人々の絆となる内容を指し示していると思う。(茨城県 女性)

講演視聴し元気/綱領学び広げる
 自分で考えていたほどの結果が出せず、がっかりしていた。でも講演を見ていたら元気が出た。国政選挙で社会党とも統一戦線ができなかったのに、初めて国政で統一戦線が組めたこと。そうかと思った。日本共産党綱領を学習して広めることをなど、次の段階に進むことを知った。94年の歴史の中で見れば、がっかりすることなんて一つもないことが分かった。共産党の創立記念講演会にシールズの若者やママの会のお母さんや市民連合の方たちが来てあいさつしてくれた。うれしいことだ。昔だったら考えられない。(小林)多喜二さんに見せたい。(埼玉県 女性)

だまし討ち選挙、正体が分かった
 全国で統一戦線が今後の日本を開く力へと発展していくことに確信を得た。参院選は自民党が憲法を語らず、だまし討ちの選挙であるという正体がよく分かった。私は92歳。同じ世代の人々が選挙が終われば社会保障の負担を重くさせられるのは許せない。戦争経験者として、戦争法の強行に対して、平和と民主主義を守るために党歴66年の誇りを忘れず、党勢拡大と、党の前進のためにたたかう決意をいっそう固めるものである。(京都府 男性)

政策隠しに怒り/福祉を守りたい
 志位さんのお話の中で、安倍さんが隠してきた政策について、さまざまなことが分かりました。怒りを覚え、そんな人に日本は任せられないと思いました。私は将来、福祉の仕事に就きたいと考えています。しかし安倍さんの暴走が続けば、福祉はダメになってしまいます。安倍さんは国民主権というものを守っていません。ウソばかり、やりたい放題、血も涙もない政策。最悪です。真に国民の声に耳を傾け、国民が挑む政治をしてくれる日本共産党を支持すべきだと思いました。(石川県)

850万の得票目標、次回達成したい
 今回の参議院選挙で、野党と市民の共闘が実現し、他の野党、市民運動の方々と、新しい連帯と信頼の絆が広がった歴史的な政治戦であった。党綱領の統一戦線の方針が、国政を動かす新しい時代の幕あけが始まった選挙戦であった。比例票は850万票に届かなかったけれども、次回の選挙の得票目標も「850万票」とすると提起された。今後とも、この政治目標を達成できるよう、がんばる決意です。(岡山県 男性)

党を強く大きく/綱領もっと語る
 今度の参院選が歴史的な意義のあるものであったことがよく分かった。総選挙で野党共闘を成功させ、安倍暴走政権を倒すためにも、党を大きく強くしなければならないと思った。そのために綱領を自分の言葉で語れる力をもっともっと強めなければ。そして、身近な隣近所の人達に素直に党を語れるようにしたい。未踏の領域に踏み出す、ドキドキ、ワクワク。(福岡県)

元気いただいたもう一つの展望
 参議院選挙で改憲勢力が3分の2以上になった結果に正直、落ち込んでいました。しかし講演を視聴し、「野党共闘」の歴史的意義と選挙結果の分析を聞いて元気をいただいたと思います。また、共闘した市民団体のみなさんは誰もあきらめることなく、今後は日本をどのような社会にしたいのか、一人ひとりが熱く語っていくことが必要だという発言に、「野党共闘」のもう一つの展望を感じました。「今後の社会をどうしていきたいのか」という問いに、党綱領を大いに語って民主連合政府の展望が開けるような結果にするためにも、党建設に力を尽くしたい。(鹿児島県 男性)
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2016年08月09日,「赤旗」)

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八田満穂さん死去

 八田 満穂さん(はった・みつほ=演出家)3日死去、85歳。愛知県出身。家族葬を行いました。後日、お別れの会を開きます。喪主は長男の恒平(こうへい)さん。
 劇団新人会の「炎の人ゴッホ小伝」「早春の賦 小林多喜二」などを演出。同劇団の代表をつとめました。元日本共産党演劇後援会事務局長。
 1971年、日本共産党に入党。
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2016年08月07日,「赤旗」)

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統制された文化/1/映画法/許可制導入し国策映画を推進

 アジア・太平洋戦争を引き起こした日本は「国家総動員体制」を敷き、文化・思想を統制して国民を戦争に駆り立てました。その実態を文化・芸術の各分野から週1回シリーズで追います。

 政府は1939年10月、映画法を施行し、国の政策を宣伝する国策映画がつくられることになりました。31年に満州事変を起こした日本は、37年に日中全面戦争を始め、翌年には経済や国民生活を統制する国家総動員法を制定しました。このなか、ナチ・ドイツの映画法を参考に生まれたのが映画法です。

政府が管理介入できる
 「国民文化の進展に資するため映画の質的向上を促(す)」を第1条に掲げた同法を日本初の文化立法≠ニ映画界は当初歓迎しました。
 主な内容は
@映画製作や映画配給業者の許可制A監督、俳優、撮影技師の登録制B外国映画の輸入制限C検閲は従来の完成後に加え、撮影開始前の脚本にも実施など。映画会社をつぶせるほど政府が映画界を管理し、介入できる仕組みが設けられたのです。
 検閲の基準は法令で定められ、禁止事項に皇室の尊厳を損なうもの、国策遂行や公益に支障があるものなどを掲げました。40年10月発行の『映画之友』にこんな記事があります。
 「日活の高見順原作『寮歌秘話』は学生生活を扱った内容が現在に不適当なので却下となり製作中止」「東宝映画『屋根裏の花嫁』が華美な女性の描写に行きすぎがあるので切除改訂」…。外国映画に対する再検閲が導入されたことも記されています。それまで上映されていた米映画「キングコング」は「内容が荒唐無稽」と上映却下になっています。

製作10社は3社に統合
 東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員の冨田美香氏は「国にとって思想的に望ましくない作品は排除できました。映画会社が映画を公開し収益をあげるには検閲に引っかからないものをつくらなければならず、自主検閲が進みました」といいます。
 41年、政府は映画臨戦体制を決定し、製作本数や配給用プリント数などを制限。劇映画製作10社は松竹・東宝・大映の3社に統合されました。
 中国を進軍する日本軍を描いた記録映画「戦ふ兵隊」(39年)を撮り、厭戦的として上映禁止になった亀井文夫監督は、41年に治安維持法で逮捕されたことをきっかけに監督の免許を奪われ、所属していた東宝を解雇されました。
 「軍も、官庁も、民も火の玉になって団結」(大本営陸軍報道部長らとの座談会で城戸四郎・松竹専務、『映画旬報』42年12月1日号)。軍と映画会社の一体化が進み、戦意高揚映画が数多く製作されました。
 その代表作が「ハワイ・マレー沖海戦」(42年、東宝、海軍省後援)です。対米英開戦1年を記念し、少年飛行兵が厳しい訓練を経て戦闘に参加する物語。戦後「ゴジラ」「ウルトラマン」で活躍する円谷英二が特撮を担当、臨場感ある映像で日本軍の攻撃の様子を追体験させます。国民必見の映画≠ニして町内会や学校を巻き込んで観客動員が行われました。東京市(当時)では国民学校4年生以上46万人を教師が映画館に引率して課外授業として鑑賞させる、と報じています(「朝日」42年11月26日付)。
 少年飛行兵への応募のきっかけを軍が調査したところ、陸軍航空隊を描く「燃ゆる大空」(40年、東宝)などの映画を見たからとの回答が約8割だったといいます。(『映画教育』42年11月号)
 『戦時下の日本映画』の著者、古川隆久日本大学教授は「国策映画でヒットしたのは『ハワイ・マレー沖海戦』くらい」と指摘します。統制下でも観客は娯楽性のある喜劇や時代劇を好み、政府推薦の国策映画は不人気だったといいます。「目上の人に反抗する場面やバカ殿を描くのはダメなどと事細かく規制し、役人の思想を押し付ける国策映画に観客は冷ややかになっていきました。しかし子どもへの影響は大きかった。少年たちはおとな以上に敵がい心を燃やしました」
 今年2月、高市早苗総務相が政治的に公平でない放送を繰り返したと判断した場合に電波停止を命じる可能性について言及しました。国策に映画界を組み込んだ映画法の歴史が二重写しになってよみがえります。
 (隅田哲)
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2016年08月03日,「赤旗」)

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統制された文化/2/美術/国民の魂≠ゥらめとる精神動員/荒木國臣

 国家のすべての資源を総動員する総力戦体制は、使命感をもって自らの命を「祖国」にささげる精神動員の重要な柱として、文化や芸術を動員し、写真や文章にはない迫真的な表現によって国民の「魂」をとらえる美術を重視した。
 美術家の戦場動員は、第1次世界大戦時にイギリス軍が組織したプロパガンダ・キャンペーン部隊に始まり、戦意高揚に著しい効果を発揮して、ドイツ軍敗北の一因となり、第2次世界大戦では各国が争って美術家を戦場に動員した。
 戦争に抵抗する文化運動への弾圧を指揮した当時の最高検公判部長は、「芸術は理屈抜きに人の感情に訴えて見る者の心を動かして蜘蛛の糸のごとく、組織なき組織を形成する。いったん潜入した感情は、これを抜くことは極めて困難であり、その特性に根を置く文化運動の持続性は恐るべきものがある。政治や経済闘争は組織を壊滅させれば終わるが、文化運動は組織を破壊しても、根は地下深く潜行して根絶は容易でない」(平出禾『司法研究』1940年)と述べ、戦時動員における文化の意義を説いている。

国民の感動演出「聖戦美術体制」
 日本は、ナチス国防軍のPK(宣伝中隊)をモデルに美術家の従軍体制をつくり、「聖戦」の姿を記録して戦意を高揚する「聖戦美術体制」をつくりあげた。日本の特徴はナチスやイタリアとは異なり、陸海軍情報部の軍人が直接に美術界に介入し、作画の基準を決めて作品を事前検閲したことである。一作品につき、当時の平均年収の数年分もの報酬(約2000円)を提供して戦争画展覧会を開催し、国民の「感動」を演出したことにある。
 当時の美術界は、世界恐慌後の不況のなかで美術市場が狭まり、美術家(特に洋画系)の生活は困難におちいった。美術が道楽視されるなかで、青年美術家は「聖戦」に貢献することによって社会的認知を得て戦時需要に活路を見いだし、既成画壇を「革新」する幻想の期待を寄せた。
 こうして、日中戦争を契機に自主的な従軍が始まり、次第に「国民徴用令」による組織された動員となって、ピーク時には200人をこえる画家たちが戦地に向かった。
 陸軍美術協会の結成(1939年)、美術雑誌の統制(1941年)をへて、1943年にすべての美術家が美術報国会に組織された(ピーク時2573人)。美術及工芸統制協会が画家を甲・乙・丙の身分体系に編成し、甲級にはプロ向けの一級品の画材、乙級には学習用画材、丙級には何も支給しない配給制を敷き、軍部に協力しなければ絵が描けないシステムをつくりだした。
 1940年代以降、戦争に抵抗する画家たち(プロレタリア美術家同盟175人)の多くは非合法の地下活動を強いられ、シュールレアリスム系は人民戦線の一翼とみなされて検挙された。軍部の統制を批判する松本竣介のような声はかき消され、ごく一部が暗喩的に描いた戦争批判を込めた作品も会場から撤去され、画家たちは最後は凄惨な「死闘図」を描くまでになった。

新たな戦前の光景に警告発す
 戦争と戦争美術の悲劇をくり返さないためには、美術家自身が批判的な知性に支えられて、過去の経験を未来世代に伝え、平和を求めるネットワークを津々浦々につくりださねばならない。
 戦闘美少女のコスプレなど明るくポップな戦争イメージが垂れ流されて少年少女を組織し、戦争画を再評価する展覧会も開催され、批判的な表現が各地の美術館から撤去される事態が相次いでいる。再び姿を現した新たな戦前の光景に警告を発しなければならない。
 (あらき・くにおみ 美術批評)
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2016年08月10日,「赤旗」)

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統制された文化/3/児童文学/俗悪排除′fげ「皇国民」錬成

 〈もしこの戦争に勝たなければ、私たちのアジヤは、英米人のものとなってしまうでありましょう〉〈「僕は、今すぐにでも行きたいな。…戦争に行って、天皇陛下のために、勇ましく死んだ方がどんなにうれしいか知れないもの」〉(「正直な正治」、1943年『少国民の友』)
 「これは、小川未明が、国の求める少国民の典型を描いたものだね。僕も当時読んでいたら、一も二もなく共感しただろうな」。児童文学者の山中恒さんはいいます。敗戦時14歳だった山中さんは、戦時下、自分たち「少国民」が学校教育や読み物などを通じ、いかに〈皇国民として錬成〉されたか、当時の本や雑誌を集め、『ボクラ少国民』シリーズで解明、追及してきました。
 1931年の満州事変の翌年、上海事変を起こした日本軍は、爆薬を抱えて敵陣に突入・自爆した「爆弾三勇士」を美談として提供。映画・講談のほか子ども向けの本も次々出され、「大正デモクラシー」の空気を変えました。陸軍省新聞班の係官は「数百万の援軍を得たに等しい効果」と喜んだといいます。
 「軍事少年愛国小説がブームになり、そういうものを載せた講談社の『少年倶楽部』は、江戸川乱歩、佐藤紅緑などを擁し何十万部と売れた」と山中さん。

絵本や漫画本も検閲に加えられ
 37年には日中全面戦争が始まり、「国家総動員」が叫ばれるなか、38年、内務省は、児童読み物が商業主義に堕し、子どもにこびた低俗なものがはびこっているとして統制に乗り出します。
 児童雑誌・図書の編集者を繰り返し呼びつけて警告。それまで出版法の検閲の対象外だった絵本や漫画も検閲に加え、38年9月から3カ月で「三十余種の漫画、絵本を禁止、削除」したといいます。
 どんなものが問題にされたのか。『児童文化とは何であったか』の著者・浅岡靖央白百合女子大学教授によれば、
講談化し国定忠治など博徒や盗賊を礼賛している水戸黄門の扱いは国史に対する正しい認識の点で黙許できない言葉が野卑―などでした。
 さらに、戦争政策に沿った方向に積極的に指導≠キるために出されたのが「児童読物改善に関する内務省指示要綱」(38年10月)でした。「廃止すべき事項」として俗悪な漫画や用語、陰惨・猟奇、恋愛描写などをあげ、「編集上の注意」として
教訓たらずして教育的たること絵は極めて健全なるものたること敬神、忠孝、奉仕…等の日本精神の確立に資するものたること事変記事は戦争美談のみならず…日支の提携を強調するよう取り計らうこと、などと命じています。
 山中さんは「問題は、何を俗悪、健全とするか具体的な基準がないこと。だからいくらでも恣意的に取り締まれる。出版社はしょっちゅう内務省にお伺いを立てることになり、統制された。書き手も、こういう人を使えと示唆された」と指摘します。
 一方、当時の教育界や児童文学者は指示要綱を「俗悪本の浄化」と高く評価、統制を歓迎しました。というのも、指示要綱作成にあたり内務省は、山本有三、坪田譲治、小川未明、城戸幡太郎、波多野完治ら9人の児童文学・心理学の大御所に意見を求め、それを全面的に指示要綱に取り入れていたからです。

国策童話掲載が検閲の通行手形
 当時、赤本という、露店などで売られる粗末な漫画絵本が俗悪だと問題になっていたうえ、講談社などに執筆する大衆系作家の作品を、児童文学者らが、商業主義、興味本位と批判していた背景がありました。
 指示要綱以降、売れっ子の大衆系作家に代えて児童文学作家の国策童話を載せることが検閲の通行手形になり、児童文学作家への仕事の依頼が急増。
 浅岡さんは、「子どもによいものをとの思いで協力したと思うが、国から声がかかり、それまで低く見られていた児童文学の社会的地位が上がる、と喜んだと思います」とみます。
 40年には内閣情報局の下に出版用紙の割り当て権限を持つ日本出版文化協会が発足し、同協会に企画書を出して通らなければ出版は一切できなくなりました。ここでも国の庇護のもと、従来、出版されにくかった童話集や詩集が出しやすくなったといいます。
 小川未明、坪田譲治、浜田広介の著名な3氏をはじめ、ほとんどの児童文学者が、程度の差はあれ、軍事・銃後報国美談など戦争に加担するものを書きました。
 再び時流に流されないために何が必要か―。山中さんは言います。「過去にあったことをきちんと知ること。戦争は個人の自由を認めない。憲法の下、民主主義の中で育った人たちに、身につけたはずの価値を発揮してほしい」
 (西沢亨子)
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2016年08月17日,「赤旗」)

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緊急事態条項は憲法停止ボタン/長野・上田で学習会

 治安維持法国賠同盟上小更埴支部は7月31日、上田市で定例総会前に、緊急事態条項の公開学習会を行い、山下潤弁護士を講師に50人が学びました。
 上小更埴支部長の柄澤義郎さんは「参院選では、共産党の躍進や野党共闘の勝利になったが、一方で改憲勢力は3分の2を占め、これからのたたかいがいっそう大事。安倍首相はまず『緊急事態条項』からと改憲を狙っている」と、学習会の目的を語りました。
 山下弁護士は、自民党の改憲草案に書かれている緊急事態条項について「言ってみれば、憲法のストップボタン。これを押すと憲法全てがストップしてしまう」と危険性を説明。国家のための制度であり、内閣に権力を集中させ(主に立法権)、三権分立をないがしろにし、極度に人権を制限すると解明しました。
 特に、憲法の中に緊急事態条項を定めることで「緊急事態条項は憲法違反」と司法の側からも指摘できないところが問題だと語りました。
 弁護士会が地方自治体などに調査した結果から、事前に準備していないと災害対策はできないこと、災害に関する法律は十分整備されていることなどを説明し、大災害が起こった場合にも国家緊急権は必要ないとしました。
 参加者は「改めて、緊急事態条項はこわいと思った」「緊急事態条項が狙っているのは、憲法そのものだとわかった」「もっと危険性を広げていきたい」などの感想が出されました。
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2016年08月02日,「赤旗」)

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治維法国賠同盟青森県大会開く/署名推進など確認

 「ふたたび戦争と暗黒政治を許さない」をスローガンに掲げ、国に対し治安維持法の犠牲者へ謝罪と賠償を求めて活動する治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟青森県本部は7月30日、青森市内で第27回県大会を開きました。
 舘田篤広会長が、秘密保護法の成立、高市早苗総務相の「電波停止」発言、TV局への報道圧力強化―など戦争する国づくりを進める安倍政権のメディア介入を批判。「あらためて『治安維持法』の再来も、弾圧も許さない決意でたたかおう」と呼びかけました。
 請願署名の推進や犠牲者の顕彰活動、組織拡大強化の方針などを確認。「同盟が治安維持法犠牲者たちのたたかいと歴史の真実を伝え『戦争法廃止』『憲法守れ』のたたかいに全力を尽くす」―とした特別決議を採択しました。
 日本共産党の吉俣洋県常任委員・東青地区委員長が連帯あいさつをしました。
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2016年08月02日,「赤旗」)

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平和の思い、句に込めて/大分で平和・九条俳句大会

 俳人九条の会大分は7月28日、第10回平和・九条俳句大会を大分市で開きました。九州各県をはじめ北海道、沖縄などから過去最高、89人306句の投句がありました。
 合評会では、安倍政権の進める「戦争する国」づくりへの危機感、緊迫感を伝える「デスマスクの唇動く多喜二の忌」「戦争が砂利踏んでいる余寒かな」、米軍基地撤去をたたかう沖縄県民に連帯する「戦争とフェンス一枚泡立草」、若者の政治参加への希望をうたった「十八歳夏天心に投票す」など10句が入賞作に選ばれました。
 呼びかけ人の万葉(かずは)太郎さんは「会設立10周年の節目に、ひたすら平和を希求する粒ぞろい作品が多数寄せられた。戦争法や9条改憲を許さないとの国民世論を反映している」と話しました。神戸輝夫・大分大学名誉教授が「俳句と漢詩」と題して講演しました。
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2016年08月02日,「赤旗」)

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(7月見出し)

*         県本部大会を静岡市で開催/治維法国賠同盟

*         戦争・平和・民主主義…各地で企画/治維法の初懇談会/北九州・国賠同盟

*         野党・市民共同政治変革を開く/治維法国賠同盟道本部が大会

*         文芸時評/柴田三吉/伝えがたい苦悩引き受ける覚悟

*         横浜事件の国賠棄却/請求の元被告遺族が控訴/東京地裁

 

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7月本文)

県本部大会を静岡市で開催/治維法国賠同盟

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)静岡県本部(江川佐一会長)は23日、第33回県本部大会を静岡市駿河区で開催しました。
 国会請願署名の推進や、他団体との共同行動の中で「再び戦争と暗黒政治を許さない」活動を積み重ねた成果をまとめ、4500の国賠署名の取り組みなど運動方針を確認しました。特別決議「参議院選挙の結果に学び、治安維持法犠牲者国家賠償要求運動をさらに発展させよう!」と来年の全国大会、再来年の同盟創立50周年をめざし組織強化拡大を決議しました。
 日本共産党の山村糸子県委員長が来賓あいさつをしました。
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2016年07月29日,「赤旗」)

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戦争・平和・民主主義…各地で企画/治維法の初懇談会/北九州・国賠同盟

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟福岡県本部は23日、北九州市で初の懇談会を開きました。
 石村善治県本部会長は、言論・思想・結社・運動を禁止した弾圧法である治安維持法の制定(1925年公布。45年廃止)が「戦争するための法律であり、戦争直前から『予防拘禁制度』を導入し、怪しいものは全て逮捕する暗黒の法律だ」と語り、刑務所での獄死者を含む犠牲者の数が数十万人であると説明。「国家権力による弾圧をうけた人たちに対する国の謝罪と賠償を求める運動を北九州市でも進めるため、今日の集いを機会に力を貸してほしい」と語りました。
 牟田陽雄県本部副会長(八遠支部支部長)は「戦前の歴史の事実を若い人に継承していくため、北九州市での治安維持法国賠同盟の運動が必要」とのべました。
 参加者から「治安維持法に関する集会には初めて参加した。歴史の真実を広く知らせる取り組みを進めたい」との意見がだされました。
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2016年07月27日,「赤旗」)

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野党・市民共同政治変革を開く/治維法国賠同盟道本部が大会

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟北海道本部は22日、第38回大会を札幌市で行いました。宮田汎会長が1年間の活動報告と今後の方針提案を行い、報告と提案などを全会一致で採択しました。
 運動方針では、
「戦争法」廃止、立憲主義回復、憲法改悪反対の野党と市民の共同こそ、政治変革の展望を切りひらき、治安維持法犠牲者国家賠償法実現の確かな道治安維持法の犠牲となった多喜二ら北海道の諸先達の活動を道民各層とともに掘り起こし、抵抗と闘いの歴史を広める青壮年層の会員を増やすとりくみ強化―などを決めました。
 大会では、宮田会長、横山博子事務局長らが再選されました。
 日本共産党道委員会から、激戦をたたかい抜いた森つねと国政相談室長が出席し、「改憲勢力を圧倒する国民のたたかいはこれから。同盟の発展を祈ります」と激励しました。
 日本国民救援会道本部の守屋敬正会長、レッド・パージ被害者の名誉回復と補償を求める北海道懇話会の舛甚秀男事務局長も連帯のあいさつをしました。
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2016年07月26日,「赤旗」)

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文芸時評/柴田三吉/伝えがたい苦悩引き受ける覚悟

 アウシュビッツ強制収容所から生還したユダヤ人作家、エリ・ヴィーゼルが死去した。87歳。執筆の傍ら平和・人権運動に取り組み、1986年ノーベル平和賞を受賞。収容所に送られたときは15歳だった。

歴史を受け継ぐ責務とジレンマ
 代表作『夜』には、少年が見たナチスの行為が克明に描かれている。――ある夜、大きな火に気づいた彼が外を見ると、燃え盛る炎の中に生きたまま赤ん坊が放り込まれている……。まさに地獄の果ての光景で、若きユダヤ人の胸に神の死が刻まれた瞬間だった。
 それゆえヴィーゼルは、ホロコーストを体験していない者がそれを語ることに否定的だった。体験者は他者に伝え難い苦悩を生きているのだと。だが世界には歴史を受け継ぐ責務がある。両者のジレンマを超えるためにも私たちは、伝え難い苦悩への想像力と、それを引き受ける覚悟を持たなければならない。人間の歴史性はそこにしか生まれないからだ。
 日本でも戦前、特高(特別高等警察)の取調室という非人間的な場所が存在した。権力は、治安維持法で検挙した人々への過酷な取り調べ、拷問により、無辜の命を奪った。
 不破哲三氏の講演記録「伸子・重吉の『十二年』」(『民主文学』)は、12年間の獄中生活を耐え抜いた宮本顕治と、夫を外から支え続けた宮本百合子の関わりを見つめ、百合子の文学が発展していく過程を描く。獄中で交わされた往復書簡から的確な引用がなされ、2人の思想と文学観のみならず、互いを思いやる愛情が伝わってくる。検閲を免れるため、暗号化してぼかされた文面も魅力的だ。

政治の酷薄さと格差社会の荒廃
 木村友祐「野良ビトたちの燃え上がる肖像」(『新潮』)は、国の中の棄民を描いた物語で、神奈川県の河川敷で暮らす野宿者たちが主人公だ。オリンピックを2年後に控えた年、経済政策は破綻し、格差社会はさらに進んでいる。古株の住人、柳のもとに、失業したルポライター木下が転がり込んでくる。2人の交流を通して野宿生活の細部が語られていくが、いつのまにか野宿者は増え続け、周辺住民の拒絶反応も激しくなっている。だが人々の流入は止まらず、一帯は難民キャンプ状態となり〈野良ビト〉の隔離所(収容所)と化していく。木下は支援者からリーダーを任されて奔走するが、ある夜、河川敷は何者かに襲撃され焼き尽くされてしまう。
 作者は野宿者たちの触れ合いを繊細な筆致で描く。社会からはじかれた者への愛情を軸に、政治の酷薄さを浮き彫りにする。そしてこの荒廃がさらに進めば、格差による命の選別さえ起きかねないだろうと予感させる。人を焼き殺すための火は、虚構の向こう側から広がってくるのだから。

東日本大震災と無意識層の亀裂
 『文学界』は「怪」という特集を組んで8編を掲載している。怪異・怪奇ということだが、東北の説話を現在につなげた木村紅美「馬を誘う女」がいい。東日本大震災のボランティアに参加した栞は地場神の〈オシラサマ〉と出合う。馬頭と女の首で一対の神体は養蚕の守り神だが、その由来は馬と娘の異種婚姻譚だ。栞はその話の魅力にとらえられ、いつしか馬との交接を夢見るようになる。一見異様な願望だが、そこに原初的なエロスを感じてしまうのは、私たちが物語の古層を了解しているからだろう。あるいはあの震災が、人々の無意識層に深い亀裂を生じさせたせいだ。
 一方『群像』は「マイソング」という特集で11編の物語を掲載している。歌の題名を作品名とし、選曲には各作家の個性が表れている。横山悠太「アジアの純真」が若者のナイーブな内面を描いて胸に残る。会社を辞め、北京の大学に留学した亮太はアジア各地の若者と出会う。孤独を好む彼だが、イランの青年と親しくなり、コーランやイスラムの文化を教えられる。若者たちが背負う母国の厳しい現実、そこに立ち入れない日本人の位置が、声高ではなく伝わってくる。
 歌はときに体の中で鳴り響く歴史なのだ、と思わせる特集だった。
 (しばた・さんきち 詩人)
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2016年07月26日,「赤旗」)

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横浜事件の国賠棄却/請求の元被告遺族が控訴/東京地裁

 戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」の再審で、有罪、無罪を判断しないまま裁判を打ち切る免訴判決が確定した元被告2人の遺族が、国に計1億3800万円の賠償を求めた訴訟の判決が30日、東京地裁でありました。本多知成裁判長は警察による拷問や裁判所による訴訟記録の廃棄について違法性を認めたものの、「国家賠償法施行前の行為で国に賠償責任はない」と述べ、請求を棄却しました。遺族側は控訴する方針。
 本多裁判長は、遺族側が名誉回復を伴わないと主張した免訴判決について、「心情は理解できるが、有罪判決の効力がなくなって法律上不利益は回復された」として違法ではないと結論付けました。
 訴えていたのは、元中央公論編集者の木村亨さんの妻まきさん(67)と、元南満州鉄道(満鉄)社員平舘利雄さんの長女道子さん(81)です。
 まきさんは判決後、「司法による犯罪だと認めて、自ら裁いてほしかった。これからもたたかい続けたい」と話しました。
 判決によると、木村さんと平舘さんは1943年5月に治安維持法違反容疑で身柄を拘束され、神奈川県警で過酷な拷問を受けました。終戦直後の45年9月に懲役2年、執行猶予3年を言い渡されましたが、同10月の同法廃止により大赦を受けました。
 2人が86年に行った再審請求は訴訟記録がないとして棄却されましたが、死亡後の2005年に再審が開始。08年に最高裁で免訴が確定し、横浜地裁は10年、刑事補償を認める決定を出しました。
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2016年07月01日,「赤旗」)

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【6月ヘッドライン】

*         今野大力没後81年/碑前祭で決意/北海道旭川

*         本と人と/『志賀直哉で「世界文学」を読み解く』郭南燕さん/日本語の柔軟さに気づいて

*         メガホンさっそく/青森/北海道

*         曽根博義さん死去

*         危険な自民改憲草案/信州大学人の会がシンポ/長野

*         群馬県本部が再建へ

*         立憲主義の回復へ決議/治維法国賠同盟奈良県本部大会

*         各地から/治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟山形県本部の第30回大会(このほど)

*         83年ぶり刊行、英文の日本プロレタリア文学選集/知性・感性・勇気受け継いで/ノーマ・フィールド

*         立憲主義の回復へ決議/治維法国賠同盟奈良県本部大会

*         各地から/治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟山形県本部の第30回大会(このほど)

*         83年ぶり刊行、英文の日本プロレタリア文学選集/知性・感性・勇気受け継いで/ノーマ・フィールド

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【6月本文】

今野大力没後81年/碑前祭で決意/北海道旭川

 北海道旭川市出身のプロレタリア詩人・今野大力没後81年の碑前祭が19日、同市の詩碑前で行われ、大力のおい・窪田利夫さん、大力の研究者・佐藤比左良(ひさら)さんら30人が参加しました。主催は大力祭運営委員会(能登谷繁委員長)。
 大力は反戦の詩を発表し、雑誌『戦旗』の編集に携わりました。治安維持法違反容疑で逮捕され、拷問が原因で病に冒され、31歳で死去しました。
 加藤雅敏運営委員が大力の名作「一疋(ぴき)の昆虫」を朗読。旭川市教委の高橋いずみ社会教育部長が「表現の自由のない時代に優れた詩を発表した。広く読んでもらいたい」と語り、日本共産党の真下紀子道議は「大力ら先人の遺志を受け継ぎ、改憲許さず、参院選で勝利しよう」と決意を述べました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟道本部の宮田汎会長があいさつしました。
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2016年06月28日,「赤旗」)

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本と人と/『志賀直哉で「世界文学」を読み解く』郭南燕さん/日本語の柔軟さに気づいて

 志賀直哉の小説は世界の22言語に翻訳されています。中国出身で日本文学を専攻する著者は、外国人にとっても平明といわれる志賀の文章について解明します。
 「私は日本に留学して3年目に、初めて志賀の小説『大津順吉』を読みました。描写がわかりやすく、人や自然の観察力の鋭さに感心しました。作品を読み進み、日本語の柔軟さに気づきました」
 明治から大正期に来日した外国人のつたない日本語の中に誠意を感じ取った志賀に注目します。「へたに聞こえる外国人の話す日本語の中に正直さを見いだした感性に、外国でも愛される志賀作品の魅力があると思います」
 志賀は、敬愛した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の「心」「怪談」を愛読し、その文体に啓発されたといいます。小説「鳥尾の病気」などにハーンについて書いていることも紹介します。
 日本とカナダの留学を経て、ニュージーランドの大学で教べんをとり、2007年から日本に住んでいます。「17年かけて執筆された長編小説『暗夜行路』の主人公の心理描写など研究の魅力は尽きません」
 プロレタリア作家の小林多喜二が特高警察に虐殺された時、親交のあった志賀は日記に「アンタンたる気持ちになる」と記し、多喜二の母セキにお悔やみの手紙を書きました。「弾圧の危険のなかで活動した多喜二を励ましています。志賀の正義感にも共感します」
 (澤田勝雄)
 (作品社・3300円)

 62年上海市生まれ。国際日本文化研究センター准教授
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2016年06月26日,「赤旗」)

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メガホンさっそく/青森/北海道

■青森
 青森市と八戸市の日本共産党後援会は22日、メガホン宣伝に取り組み、「共産党と力をあわせ、未来をひらこう」の声を響かせ、参院選での野党勝利と党躍進を訴えました。
 青森市でメガホン宣伝に取り組んだのは、党労働者後援会と女性後援会の11人。ノボリや党政策プラスターを掲げ、赤いメガホンで「共産党躍進で安倍政権に審判くだそう」「野党と市民の共同で戦争法を廃止しよう」とのコールしました。
 「そうだ」と呼応するサラリーマンや、「がんばれ」と声援を送る男子高校生もいました。
 八戸市では、田端文明、苫米地あつこ両市議を先頭に10人でメガホン宣伝し、党躍進を訴えました。

■北海道
 北海道小樽市で日本共産党の森つねと参院道選挙区候補の街頭演説が22日夜、行われ、約100人が「若い力で政治をチェンジ」と書かれた横断幕を広げて、森候補を迎えました。
 森候補が「小林多喜二を育んだ革新の街・小樽から日本共産党と森つねとを押し上げてください」とあいさつすると、聴衆から大きな拍手が起こりました。
 バス停や歩道橋の上から演説に耳を傾ける人も多く、ビラを見ながら演説を聞いていた女性は「初めて森さんの演説を聞いた。安保法に貧困問題。みんなが平和に暮らせる政治を森さんにつくってほしい」と話しました。
 23日は朝から団地やスーパー前で森候補が演説し、共産党後援会員ら約30人がプラスターを立ててメガホン宣伝。「戦争する国づくり許しません」「農・林・漁業を大切にします」と訴えました。
 メガホンで声を張り上げた可児正子さんは「今がチャンス。いわぶち友参院比例候補と森さんを何としても当選させたい」と話しました。
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2016年06月24日,「赤旗」)

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曽根博義さん死去

 曽根 博義さん(そね・ひろよし=元日本大学教授、文芸評論家)19日、間質性肺炎のため、さいたま市の病院で死去、76歳。静岡県出身。葬儀は23日午前11時半から、さいたま市中央区下落合1064のセレモニー与野ホールで。喪主は妻侑子(ゆきこ)さん。
 昭和文学が専門。2007年、小林多喜二が17歳の時に書いた最初期の短編「老いた体操教師」を発見しました。著書に『伝記伊藤整』。日本近代文学館常務理事などを歴任しました。
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2016年06月23日,「赤旗」)

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危険な自民改憲草案/信州大学人の会がシンポ/長野

 信州大学と長野大学の教員を中心に活動する「新安保法制の撤回を求める信州大学人の会」は14日夜、松本市でシンポジウムを開き、発足後1年間の活動を振り返りながら、自民党改憲草案の危険性など、大学人、文化人、学生(「ピースタディ」)の5人が縦横に語り合いました。
 今回で12回目。「毎月1回のシンポは無謀≠ニ思ったが」と語り始めた成澤孝人信州大教授は、「安保法制は憲法9条の縛りを解き、海外へ自衛隊を送ることを可能にした。この法律発動によって、国家の本質が明らかに変わる」と、違憲性・危険性を叫び続けることを強調しました。
 自民党改憲草案に議論が集中し、「治安維持法の正統の継承者≠セ。緊急事態条項導入で、憲法は紙切れになる」(成澤氏)、「戒厳令と同じものだ」(久保亨信州大教授)、「秘密保護法に次いで、表現の自由が全く新しいもの(=別物)になってしまう」(松本猛「ちひろ美術館」常任顧問)など、個人を国家が縛る野望に対峙(たいじ)することが指摘されました。
 金井奈津子さん(ライター)は、改憲を争点隠しして選挙後に一挙に改憲に突き進む首相の戦略を「いつもの手ですね」とズバリ。市民と野党連携による統一候補実現について久保氏は「1人区がガラっと変わると、大きな影響がある」と今後の展望を語りました。
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2016年06月16日,「赤旗」)

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群馬県本部が再建へ

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟群馬県本部はこのほど、前橋市で総会を開き、再建を決めました。
 中央本部副委員長の矢島恒夫元衆議院議員が来賓あいさつで「安倍政権打倒の運動の高まる中で、数年ぶりに組織を確立・前進させることは大きな意味がある」と激励。
 事務局から、国賠署名の紹介議員に県内の民進党の宮崎岳志衆議院議員、石関貴史衆議院議員が応じたことを紹介。反戦平和の活動の先駆者である田口ツギ、高津渡、堤源寿、福田政勝などの追悼墓参会に取り組んできたことも報告しました。
 新会長に吉村駿一氏、副会長に佐藤貞雄氏と住谷輝彦氏、事務局長に長谷田直之氏を選出しました。
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2016年06月14日,「赤旗」)

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立憲主義の回復へ決議/治維法国賠同盟奈良県本部大会

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟奈良県本部は第30回大会をこのほど、奈良市内で開催し30人が参加しました。
 大会には、日本共産党の和泉信丈参議院比例候補が「党の『三つの改革』で格差と貧困を解決し、国民の皆さまの願いに応える政府をつくるために全力で頑張ります」と連帯のあいさつをおこない、奈良県の野党統一候補・前川きよしげ参院議員(民進党)の連帯のメッセージが紹介されました。
 奈良県本部の田辺実会長が、3月27日に行われた「奈良県治安維持法犠牲者のつどい」などの取り組みを振り返り、「先達の尊い業績の調査、研究、顕彰の推進を大きな柱として活動をすすめよう」と提案しました。この報告を受けて、9人が発言、討論をおこない、全員一致で大会決議が採択されました。
 7月の参院選で、「集団的自衛権の『閣議決定』を撤回し、立憲主義を回復するために全力でたたかうことを呼びかける」との特別決議を採択しました。
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2016年06月08日,「赤旗」)

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各地から/治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟山形県本部の第30回大会(このほど)

 島津昭会長が「県に国賠同盟が結成されて約30年、会員が有権者の1%を超えた。安倍内閣の戦争法強行の下、再び戦争と暗黒政治許すなのたたかいを広げよう」と呼びかけ、増本一彦国賠同盟中央本部会長が講演しました。
 新役員=会長・高橋嘉一郎(新)、事務局長・瀬野幸男(再)
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2016年06月08日,「赤旗」)

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83年ぶり刊行、英文の日本プロレタリア文学選集/知性・感性・勇気受け継いで/ノーマ・フィールド

 2月に、米シカゴ大学出版局から『日本プロレタリア文学選集』が刊行された。1933年にインターナショナル・パブリシャーズ(ニューヨーク、ロンドン)が刊行した「蟹工船」(抜粋)他10編の短編集以来の、英語圏で紹介される日本のプロレタリア文学である。出版までにかれこれ13年を要した。
 きっかけは、ミシガン大学・比較文学部の学位論文を日本のプロレタリア文学で書いたヘザー・ボウエン=ストライク(共編者)が、研究員としてシカゴ大に3年間在籍したこと。一緒にプロレタリア文学を授業で取り上げたが、どうしても古い翻訳の不具合が目障りだった。また、ながく不要なものとされたジャンルの魅力を訴えるには、なんといっても新鮮な作品群が欲しくなる。選集構想がスタートした。

命がけの奮闘が見えてくる一冊
 作品の選定基準は、どちらかが読んで「好き」になったものからはじめた。つまり、どんなに歴史的、社会的意義があっても、文学作品として弁明しなければならないものはこの際役立たない、と判断したのだ。
 無論、文学的価値、ひいては文学とはなにか、という古くて捨てがたい議論は念頭にあったが、「これはどうしても紹介したい」という作品はいくらでもあるように思えた。そうした作品との出会いを重ねるうちに、配置もおのずと明確になっていった。
 分類はほとんどボウエン=ストライクが命名したものだが、選集の特徴を表しているので、ここに挙げておこう。(1)個人的なことは政治的なこと、(2)労働と文学、(3)リアリズムの問題、(4)こども、(5)武器としての芸術、(6)反帝国主義と国際主義、(7)弾圧、転向、そして社会主義的リアリズム、という章を建て、創作(ほぼ完訳)23編、評論(ほぼ抜粋)17編を収めた。
 1人1作、という選択手法は退けた。男性のみならず、女性も、創作とともに格調高い評論を書いていること。植民地の書き手も見事な創作や堂々とした評論を残していることを示すためだ。なにせ、83年ぶりの選集であるからには、運動の全貌、とは到底いかないが、若い彼ら、彼女たちが激しい議論を交わしながら、命を賭けて、あたらしい世界の到来のために奮闘した様子が垣間見えるような一冊にしたかったのだ。
 しかし、なんといっても、それが文学作品ならではの具体性をもって読者に迫ってくることを期待した。冬の寒さひとつとっても、通信工手のかじかんだ手足(片岡鉄兵)、正月を前に買い換えられないショール(徳永直)、あるいは北海道の雪景色のなかに輝く、漁夫を脚気から救い出す林檎(林房雄)として表現されている。
 完成度のたかい、ごく短い短編である「壁小説」が収録されている「武器としての芸術」と「こども」の章からは、多くは「インテリ」であった書き手がいかに新しい読者と書き手を真摯に求め、作品形態や言葉遣いに注意を払ったかが伝わってくる。

現代の学生にも身近に迫る世界
 この『選集』を編みながら過ごした13年間、社会状勢は経済の面でも政治の面でも悪化するばかりで、作品世界がどんどん身近に感じられるようになった。
 今春、モンタナ州立大学に招かれた際、松田解子の「ある戦線」を取り上げたのだが、学生たちはすらすらとテーマを引き出してくれた。戦争と雇用の関係。軍事化学産業の職場環境としての有害性。ジェンダーとセクハラの問題。この作品には労働条件改善の闘いが同時に侵略戦争への抵抗として描かれていることも忘れがたい。
 あの時代を生きた書き手たちの知性と感性と無謀にすら思える勇気を、海を隔ててわたしたちはいかに受け継ぐことができるだろう。

 ノーマ・フィールド 1947年、東京生まれ。シカゴ大学名誉教授。著書『天皇の逝く国で』『祖母のくに』『源氏物語、〈あこがれ〉の輝き』『小林多喜二―21世紀にどう読むか』ほか
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2016年06月08日,「赤旗」)

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立憲主義の回復へ決議/治維法国賠同盟奈良県本部大会

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟奈良県本部は第30回大会をこのほど、奈良市内で開催し30人が参加しました。
 大会には、日本共産党の和泉信丈参議院比例候補が「党の『三つの改革』で格差と貧困を解決し、国民の皆さまの願いに応える政府をつくるために全力で頑張ります」と連帯のあいさつをおこない、奈良県の野党統一候補・前川きよしげ参院議員(民進党)の連帯のメッセージが紹介されました。
 奈良県本部の田辺実会長が、3月27日に行われた「奈良県治安維持法犠牲者のつどい」などの取り組みを振り返り、「先達の尊い業績の調査、研究、顕彰の推進を大きな柱として活動をすすめよう」と提案しました。この報告を受けて、9人が発言、討論をおこない、全員一致で大会決議が採択されました。
 7月の参院選で、「集団的自衛権の『閣議決定』を撤回し、立憲主義を回復するために全力でたたかうことを呼びかける」との特別決議を採択しました。
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2016年06月08日,
「赤旗」)

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各地から/治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟山形県本部の第30回大会(このほど)

 島津昭会長が「県に国賠同盟が結成されて約30年、会員が有権者の1%を超えた。安倍内閣の戦争法強行の下、再び戦争と暗黒政治許すなのたたかいを広げよう」と呼びかけ、増本一彦国賠同盟中央本部会長が講演しました。
 新役員=会長・高橋嘉一郎(新)、事務局長・瀬野幸男(再)
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2016年06月08日,
「赤旗」)

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83年ぶり刊行、英文の日本プロレタリア文学選集/知性・感性・勇気受け継いで/ノーマ・フィールド

 2月に、米シカゴ大学出版局から『日本プロレタリア文学選集』が刊行された。1933年にインターナショナル・パブリシャーズ(ニューヨーク、ロンドン)が刊行した「蟹工船」(抜粋)他10編の短編集以来の、英語圏で紹介される日本のプロレタリア文学である。出版までにかれこれ13年を要した。
 きっかけは、ミシガン大学・比較文学部の学位論文を日本のプロレタリア文学で書いたヘザー・ボウエン=ストライク(共編者)が、研究員としてシカゴ大に3年間在籍したこと。一緒にプロレタリア文学を授業で取り上げたが、どうしても古い翻訳の不具合が目障りだった。また、ながく不要なものとされたジャンルの魅力を訴えるには、なんといっても新鮮な作品群が欲しくなる。選集構想がスタートした。

命がけの奮闘が見えてくる一冊
 作品の選定基準は、どちらかが読んで「好き」になったものからはじめた。つまり、どんなに歴史的、社会的意義があっても、文学作品として弁明しなければならないものはこの際役立たない、と判断したのだ。
 無論、文学的価値、ひいては文学とはなにか、という古くて捨てがたい議論は念頭にあったが、「これはどうしても紹介したい」という作品はいくらでもあるように思えた。そうした作品との出会いを重ねるうちに、配置もおのずと明確になっていった。
 分類はほとんどボウエン=ストライクが命名したものだが、選集の特徴を表しているので、ここに挙げておこう。(1)個人的なことは政治的なこと、(2)労働と文学、(3)リアリズムの問題、(4)こども、(5)武器としての芸術、(6)反帝国主義と国際主義、(7)弾圧、転向、そして社会主義的リアリズム、という章を建て、創作(ほぼ完訳)23編、評論(ほぼ抜粋)17編を収めた。
 1人1作、という選択手法は退けた。男性のみならず、女性も、創作とともに格調高い評論を書いていること。植民地の書き手も見事な創作や堂々とした評論を残していることを示すためだ。なにせ、83年ぶりの選集であるからには、運動の全貌、とは到底いかないが、若い彼ら、彼女たちが激しい議論を交わしながら、命を賭けて、あたらしい世界の到来のために奮闘した様子が垣間見えるような一冊にしたかったのだ。
 しかし、なんといっても、それが文学作品ならではの具体性をもって読者に迫ってくることを期待した。冬の寒さひとつとっても、通信工手のかじかんだ手足(片岡鉄兵)、正月を前に買い換えられないショール(徳永直)、あるいは北海道の雪景色のなかに輝く、漁夫を脚気から救い出す林檎(林房雄)として表現されている。
 完成度のたかい、ごく短い短編である「壁小説」が収録されている「武器としての芸術」と「こども」の章からは、多くは「インテリ」であった書き手がいかに新しい読者と書き手を真摯に求め、作品形態や言葉遣いに注意を払ったかが伝わってくる。

現代の学生にも身近に迫る世界
 この『選集』を編みながら過ごした13年間、社会状勢は経済の面でも政治の面でも悪化するばかりで、作品世界がどんどん身近に感じられるようになった。
 今春、モンタナ州立大学に招かれた際、松田解子の「ある戦線」を取り上げたのだが、学生たちはすらすらとテーマを引き出してくれた。戦争と雇用の関係。軍事化学産業の職場環境としての有害性。ジェンダーとセクハラの問題。この作品には労働条件改善の闘いが同時に侵略戦争への抵抗として描かれていることも忘れがたい。
 あの時代を生きた書き手たちの知性と感性と無謀にすら思える勇気を、海を隔ててわたしたちはいかに受け継ぐことができるだろう。

 ノーマ・フィールド 1947年、東京生まれ。シカゴ大学名誉教授。著書『天皇の逝く国で』『祖母のくに』『源氏物語、〈あこがれ〉の輝き』『小林多喜二―21世紀にどう読むか』ほか
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2016年06月08日,
「赤旗」)

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【⒌月ヘッドライン】

 

*         新たな前進へ知恵と力発揮/治維法国賠同盟秋田県本部総会

*         治安維持法による弾圧犠牲者 市吉 澄枝さん

*         畑野君枝衆院議員、仁比聡平参院議員 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟による国会請願行動

*         本立て/ふたつの憲法を生きる 教育学者が次世代と語る戦後/牧柾名著

*         「民主先駆の碑」で集い/福島・治維法国賠同盟いわき支部

*         各地から/宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部の宣伝(20日)

*         沖縄遺体遺棄事件/治維法国賠同盟、保団連が声明

*         戦争と貧困をなくすためにたたかった女性活動家相沢良没後80年の集い開く/札幌

*         沖縄女性殺害/首相に抗議文/北海道・国賠同盟

*         相沢良を語り継ぐ/青森で集い

*         弾圧犠牲者に賠償早く/治維法国賠同盟、法相に要請/党国会議員と懇談

*         北洋漁業と海軍/荻野富士夫著/評者井本三夫元茨城大学教授

*         潮流

*         朝の風/「母べえ」と「父べえ」

*         没後65年百合子の文学を語るつどい/未完の大河小説「十二年」を読む/不破氏が講演/東京

*         文学が描くハンセン病/悲しみや生きる力を伝える/宮本阿伎

*         野上照代さん親子と交流、宮本百合子宛ての手紙/遺品から見つかる

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5月本文】

新たな前進へ知恵と力発揮/治維法国賠同盟秋田県本部総会

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟秋田県本部(最上健造会長)は27日、秋田市内で第27回定期総会を開きました。日本共産党の加賀屋千鶴子県議があいさつしました。
 最上会長が「抵抗とたたかいの歴史を学び、同盟の値打ちに確信を持ち、新たな前進のため知恵と力を発揮しよう」と呼びかけました。
 他団体と共同し2000万署名と治維法犠牲者国家賠償法制定の署名をすすめた経験や参院選での共同などについて、参加者が活発に討論しました。
 「沖縄女性殺害・遺棄事件に強く抗議し、普天間基地の即時撤退、辺野古新基地建設の中止を要求する」決議を採択し、役員を選出しました。
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2016年05月31日,

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市吉 澄枝さん(いちよし・すみえ、東京都中野地区)25日死去。93歳。家族葬を行いました。喪主は長男、伸行さん。
 
45年入党。元東京税経新人会会長。税理士9条の会発起人。治安維持法による弾圧犠牲者。

 

5/18 畑野君枝衆院議員、仁比聡平参院議員 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟による国会請願行動(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟)あいさつ

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本立て/ふたつの憲法を生きる 教育学者が次世代と語る戦後/牧柾名著

 16歳で敗戦を迎え、教育学者となった著者が、明治憲法と日本国憲法のもとでの体験を交えて戦後史を語るインタビューです。
 学生時代、東大教官たちに戦争責任をじかに追及した思い出が興味深い。宮原誠一は、敗戦後も友人の三木清の釈放に努力せず、獄死させたことを「申し訳ない」。宗像誠也は戦争協力の理由を「治安維持法が怖かったから」と告白。いずれも著名な民主的教育学者です。定時制高校の教師をしながら大学に通った経験など、庶民に寄り添う著者の原風景も印象に残ります。(花伝社 1500円)
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2016年05月29日,「赤旗」)

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「民主先駆の碑」で集い/福島・治維法国賠同盟いわき支部

 福島県いわき市の常磐湯の岳中腹にある「民主先駆の碑」前で22日、碑前のつどいが開かれ、23人が参加しました。治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟いわき支部の呼びかけです。
 「民主先駆の碑」は、戦前、常磐炭鉱労働者らの権利擁護を掲げて活動した日本共産党員の山城吉宗や大井川基司、吉田寛らの活動を顕彰するため、1993年11月に除幕。つどいには逮捕投獄され終戦を目前に死去した吉田と、戦後その遺志を継いだ妻の千代子(故人)の縁者も出席しました。
 同支部の渡辺藤一支部長があいさつ。日本共産党の伊藤浩之市議団長が、安倍政権の戦争法強行など暴走政治と対決し、参院選での野党共闘がすべての1人区で実現しつつあることを報告。「野党統一候補勝利と日本共産党の躍進のために頑張る」と話しました。
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2016年05月28日,「赤旗」)

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各地から/宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部の宣伝(20日)

 参加者が「戦争法に対して、かつてなく市民運動が高揚して『アベ政治は許さない』『誰の子どもも殺さない、殺させない』と立ち上がり、参院選へ向け野党統一候補が次つぎ実現した。勝利へ頑張ろう」と訴えました。
 通行人や車両の中から激励がありました。
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2016年05月27日,「赤旗」)

 

沖縄遺体遺棄事件/治維法国賠同盟、保団連が声明

 医師・歯科医師でつくる全国保険医団体連合会(永瀬勉非核平和部長)と治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(井上敏江女性部長)は25日、沖縄の元米海兵隊員による女性遺体遺棄事件に抗議する声明を発表しました。声明は米軍基地があるが故の犯罪、根本的解決は基地撤去しかない(保団連)、政府はアメリカ政府追随の政治姿勢を改め断固、日本国民の生命、安全、平和を守れ(治維法同盟)―と厳しく抗議しています。
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2016年05月26日,「赤旗」)

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戦争と貧困をなくすためにたたかった女性活動家相沢良没後80年の集い開く/札幌

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟北海道本部(宮田汎会長)は22日、札幌市内で、1930年代、戦争と貧困をなくすためにたたかった女性活動家の相沢良の没後80年のつどいを開き、55人が参加しました。
 相沢良は、佐藤千代、柄沢登志子らとともに多くの職場に全協(日本労働組合全国協議会)を組織し、郵便局労働者の樋口鶴雄らと全協札幌地区協議会を結成。函館で全協の活動をしていた菅野キクヱらとも連絡を取って、北海道で3けたの労働者を組織していました。
 宮田会長が講演。33年の弾圧事件で相沢、樋口らは特高によって命を絶たれたが、柄沢、菅野らによって戦後の運動につながって反戦・基本的人権などが日本国憲法に結実したと強調し、「現在の安倍政権を倒す共闘にもその流れが引き継がれ発展している」と述べました。
 菅野の娘さんらが「労働者の権利を守ってたたかったことを誇りにしていた」「網走刑務所では素っ裸で畑仕事をさせられた」などと発言。札幌署の特高刑事だった父を持つ男性も「父は相沢、樋口らを逮捕したが、戦後、柄沢らをたたえていた」と話しました。
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2016年05月25日,「赤旗」)

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沖縄女性殺害/首相に抗議文/北海道・国賠同盟

 北海道の治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟南空知支部(森谷猛支部長)は20日、沖縄の元米海兵隊員が不明女性の遺体遺棄容疑で逮捕された事件で、安倍首相に抗議文を送りました。
 在日米軍による犯罪が再発しないよう厳重に申し入れることを要望するとともに「日本国民の生命の安全と平和を守るためには、日本中の米軍基地の撤去しかない」と指摘。戦争法廃止、在日米軍犯罪の一掃、基地撤去を求めてたたかうとの決意を表明しています。
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2016年05月22日,「赤旗」)

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相沢良を語り継ぐ/青森で集い

 侵略戦争と国民弾圧の中で反戦・国民主権を求めてたたかった、没後80年になる女性活動家・相沢良(1910〜36年)を「語りつぐつどい」が14日、出身地の青森市浪岡で開かれ、70人が参加しました。治安維持法国賠同盟などの主催。
 日本共産党の高橋千鶴子衆院議員、工藤清泰浪岡区長、赤平勇人民青同盟青森県委員長なども出席しました。
 リンゴ畑や津軽平野が一望できる浪岡西山展望台に建つ「碑」は、「相沢良の青春」を執筆した山岸一章氏や、元日本共産党衆院議員・津川武一氏(故人)などの尽力で30年前に建てられたものです。
 参加者は、相沢良の生き様、「碑」建立時の思い出を語りながら、安倍内閣の進める戦争法を廃止させる決意を固めあいました。
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2016年05月20日,「赤旗」)

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弾圧犠牲者に賠償早く/治維法国賠同盟、法相に要請/党国会議員と懇談

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟は18日、国に対し、治安維持法の犠牲者への謝罪と賠償を求め、国会議員へ要請しました。43回目です。今回4年ぶりに法務大臣との面談が実現。弾圧の実態を岩城光英法相に示し、早期の救済を求めました。
 国会内集会には187人が参加。22万8997人分の署名を国会へ提出しました。増本一彦会長は、戦争法の制定で「私たちの運動もかつてなく重要な情勢になっている。一日も早い謝罪と賠償を実現しよう」とあいさつ。治安維持法の弾圧犠牲者である水谷安子さん(102)、杉浦正男さん(101)、松本五郎さん(95)、菱谷良一さん(94)が体験を語りました。
 親睦会活動をしたことで特高警察に逮捕、投獄された杉浦さんは「殴るけるで半殺しにされ、独房は食べ物も着る物もなく、次々と獄死した。投獄中に妻は空襲で爆死した。生きているかぎり賠償を求めたたかいます」とのべました。
 参加者は日本共産党、民進党の国会議員とそれぞれ懇談。日本共産党では市田忠義、倉林明子、田村智子、仁比聡平の各参院議員と懇談。集会には日本共産党の仁比議員、沖縄社会大衆党の糸数慶子参院議員も参加。大臣要請には日本共産党の井上哲士参院議員、仁比議員が同席しました。
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2016年05月19日,「赤旗」)

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北洋漁業と海軍/荻野富士夫著/評者井本三夫元茨城大学教授

蟹工船の歴史にみる軍隊の本質
 著者が本書のテーマに取り組むことになったのは小樽商大在任の関係もあり、小林多喜二が「『蟹工船』に込めた未完のもう一つの意図」「軍隊自身を動かす、帝国主義の機構」に着目したことにある。「外務省記録」や海軍「公文備考」など北洋漁業警備の史料に5年かけ、海軍の平時からの役割が「沈黙ノ威圧」などと表現されているのを見いだしたとき展望が開けたという。
 明治から現代までの詳細な通史的叙述がなされているが、大きく浮かび上がって来るものが三つある。第一は国策の前駆または後ろ盾としての♀C軍から恩恵を受けている漁業資本ほか(農林省・外務省の官僚、北洋漁業と経済的結びつきの強い函館・小樽・釧路・根室など北海道拠点港、新潟・富山・秋田・青森などの県の漁業家)の、軍艦巡行規模の拡充や期間延長の要求、誕生したソビエト政権を無視する「自衛出漁」の呼号などである。
 第二は権益を「国益」と同一視し領海侵犯や密漁を合理化するため、日露戦争で倒れた幾万という護国の英霊が♀んで下さるなどの虚構が広められ海軍省・農林省・外務省がそれを黙認するさまである。第三に、満鉄という権益のための「関東軍」配備、戦後の東アジアの軍事要地としての沖縄も想起すれば、有事を見越す平時の威圧は近代軍隊の本質ともいえそうなことである。
 戦前とは異なる実質の戦後の北洋漁業についての終章の後に、1970年代以降の海上自衛隊が「シーレーン防衛」を理由に拡充・活動範囲拡大を図って来た状況も紹介されている。「安全保障関連法」の強行制定と思い合わせ、極めて示唆的である。

 おぎの・ふじお 53年生まれ。小樽商科大学教授
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2016年05月15日,「赤旗」)

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潮流

 けなげでひたむきで、垣間見えるお茶目さが弾むようで、みずみずしい感性と精神の強靱さを併せ持つ女性▼宮本百合子没後65年「百合子の文学を語るつどい」(8日)での日本共産党社会科学研究所所長・不破哲三さんの記念講演から、そんな生き生きとした百合子像が浮かんできました▼1930年から40年代前半、プロレタリア文学運動への激烈な弾圧下、百合子はたびたびの検束や執筆禁止の迫害に苦闘しながらも、人間として作家としてより良く生きたいと自己変革の努力を続け、成長していきます▼不破さんは、治安維持法によって獄中にあった夫・宮本顕治との12年にわたる1389通の往復書簡から未完の長編小説「十二年」の内容を探りつつ、顕治の助言を受け入れ実行する百合子の姿をほほえましく語りました。顕治いわく、規則正しく健康的な生活をすること、科学的社会主義の古典を読むこと、ジャーナリズムに依存しないこと、権力に対して毅然とした態度を堅持すること▼そして、44年の顕治の公判闘争に参加したことが百合子の画期的な飛躍となったと分析します。百合子は、顕治の弁論の客観的事実に立った精密で的確な論理構成に「リアリズムというものの究極の美と善(正直さ)」(「公判日記」)を認めて感動し、公判闘争を自らの文学の成熟に結びつけていきます▼戦争する国への暴走が加速する今、時代をつかみ、展望を見いだし、「生活の歌」(「道標」)を書き続けた百合子の志を引き継いでいきたい。
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2016年05月12日,「赤旗」)

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朝の風/「母べえ」と「父べえ」

 黒沢プロの元マネジャーの野上照代さんと姉の初恵さん、その父でドイツ文学者の新島繁(本名・野上巌)が、宮本百合子に宛てた手紙が見つかり、映画「母べえ」を改めて思い起こした。
 山田洋次監督が2008年に発表したこの映画は、野上さんがドキュメンタリーの優秀賞を受賞した「父へのレクイエム」(84年)が原作だ。これを読んだ山田監督は、「ああ、こんな映画が撮りたかったんだ」と思ったと、映画化に際して述べている。
 野上家をモデルとする一家の母(母べえ)を吉永小百合が演じ、治安維持法が猛威を振るった時代に獄中の父(父べえ、坂東三津五郎)と手紙のやりとりをしながら肩を寄せ合って生きる親子の物語が感銘深く描かれた。ラストで「妻に与える詩」を朗読する今は亡き三津五郎の声には胸をしめつけられる。
 実在した新島繁は40年に保釈出獄。「子どもたちに早く帰ってきて≠ニせがまれて、どんなにつらかったことか」とかつて野上さんは述懐していた。新島が痛苦の反省を胸に犠牲者の志を継いで生きたことを、東京・杉並で地域の先人を掘り起こしている岩崎健一氏が『経済』(08年8月号)で明らかにしたのを思い出す。戦争への岐路にある今、再び「母べえ」を見たい。
 (響)
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2016年05月11日,「赤旗」)

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没後65年百合子の文学を語るつどい/未完の大河小説「十二年」を読む/不破氏が講演/東京

 宮本百合子の没後65年を記念して「百合子の文学を語るつどい」が8日、東京・四谷区民ホールで開催され、450人が参加しました。主催は日本民主主義文学会、婦人民主クラブ、多喜二・百合子研究会、後援は日本ペンクラブほか。
 日本民主主義文学会の旭爪あかね副会長の開会あいさつに続き、百合子の生涯をたどるスライドを上映、劇団銅鑼(どら)の俳優・中村真由美さんが「播州平野」の部分を朗読。
 日本共産党社会科学研究所所長の不破哲三氏が「伸子・重吉の『十二年』―未完の『大河小説』を読む」と題して記念講演を行いました。伸子は百合子自身、重吉は夫の宮本顕治をモデルとした一連の百合子作品の主人公です。
 戦争中に治安維持法によって獄中にあった夫との12年にわたる手紙のやりとりを通して自己変革を遂げた百合子は、その時代を活写する長編小説「十二年」を構想していました。しかし作品を完成しえないまま急逝。不破氏は、百合子が何を書こうとしたのかを1389通の往復書簡から探ります。
 小説の主題は獄の内外をつなぐ伸子と重吉の豊かな交流であり、重吉の1944年の公判闘争が作品の核心となると指摘。この闘争は、日本共産党を反社会的な犯罪者集団にでっちあげる特高警察の陰謀を打ち砕く重大な任務を担ったものでした。作品では、公判を傍聴した伸子が客観的事実を緻密に論証していくリアリズムの真髄を体得し、作家として、また革命的自覚をもった共産主義者として成長、発展していくだろうと推察。二人の生きる姿が、戦時下の日本社会の激動と統一したかたちで描き出され、戦後の民主主義社会への展望が語られただろうと述べました。
 不破氏は、「十二年」を書けなかった百合子の遺志を継いで、支配層も含めて時代を描く「大河小説」を、今日の民主主義文学に期待したいと結びました。
 閉会のあいさつに立った婦人民主クラブの桜井幸子会長が、「百合子の志を受け継いでいこう」と呼びかけました。
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2016年05月09日,「赤旗」)

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文学が描くハンセン病/悲しみや生きる力を伝える/宮本阿伎

 「らい予防法」が廃止されたのは、20年前のことである。90年におよんだ日本のハンセン病政策の人権侵害を断罪し、隔離政策の違憲性を認めた熊本地裁判決からも15年がたつ。今年4月25日、最高裁がハンセン病隔離法廷は「差別的で違法」だったと謝罪したが、違憲性を認めなかった。この問題はまだ終わっていないことを痛感する。

20歳で隔離され
 ハンセン病文学は、ほぼ1世紀にわたった日本のハンセン病政策の非人道的、人権無視の実態、また世の人びとの偏見差別を証言し、告発する内容をもつ。ハンセン病文学の嚆矢と目される北條民雄の「いのちの初夜」はその一つだ。民雄は1934年5月、20歳の折、父に伴われ徳島から上京して全生病院(多磨全生園の前身)に入院した。『北條民雄 小説随筆書簡集』(講談社文芸文庫・2300円)は、ハンセン病が不治と言われた時代を背景に、隔離の場に閉じ込められ23歳で夭折した作家の絶望の深さを一冊で味わい尽くすことができる。
 冬敏之の『ハンセン病療養所』(壺中庵書房・1905円)には、標題作のほか自伝的連作≠V編と、敗戦直後の療養所を背景として「断種」をテーマとして描いた実名小説1編が並ぶ。1935年生まれの冬は7歳で多磨全生園に入所し、26年間療養所で過ごし、社会復帰を果たした。小説は戦後プロミンの開発で完治できる病気となっても、強制隔離政策が存続し人間性を踏みにじり続けたことを過不足なく告発している。国賠訴訟の原告となったが、熊本地裁判決の翌2002年の第34回多喜二・百合子賞を受賞した数日後の2月26日、67歳で死去した。
 谺雄二は2014年5月11日、群馬県の草津でハンセン病市民学会が開かれていたさなかに82歳で死去した。ハンセン病原告団協議会会長で、詩人であった。その詩文集『死ぬふりだけでやめとけや』(みすず書房・3800円)は死の2カ月前に完成した。姜信子が編集にあたっているが、谺の語り、二つの詩集『鬼の顔』(62年)と『ライは長い旅だから』(81年)、評論、感想、座談会、意見陳述などを収録し、彼の人生と、闘いの論理を濃縮している。「ライ」を生ききることに何のひるみももたなかったその言葉は、読む者に生きる力や知恵や、発想の大胆な転換への暗示を授けずにはおかない。

数奇な生涯凝縮
 香川県の大島青松園に暮らした塔和子の詩選集『希望よあなたに』(編集工房ノア・900円)は、19冊にのぼる彼女の詩集のなかから選ばれた60編がならぶ。塔の詩は告発的な詩ではない。13歳の日に発症して、2013年8月に83歳で死去するまで、島に生き続けた数奇な生涯が凝縮して表現されている。未来を希望あるものとするために、彼女の詩の悲しみを深く味わいたいと思う。
 (みやもと・あき 文芸評論家)
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2016年05月08日,「赤旗」)

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野上照代さん親子と交流、宮本百合子宛ての手紙/遺品から見つかる

 今年は作家の宮本百合子が1951年1月に51歳で亡くなって65年になります。最晩年の百合子に、若き日の野上照代さん(88、元黒沢プロ・プロダクションマネージャー)と姉の初恵さんが書いた手紙や、野上さんの父でドイツ文学者の新島繁(野上巌)が送った手紙などがこのほど百合子の遺品の中から見つかりました。野上さん一家は、映画「母べえ」(山田洋次監督)のモデル。百合子の野上家との交流を示す資料として注目されます。
 照代さんの手紙は、47年11月11日付で、原稿用紙2枚にわたって書かれています。
 新宿駅で、勤め帰りらしい女性がホームを歩きながら夢中で百合子の『風知草』を読んでいるのを見て「明るい気持」になった照代さんが家に着いたら、百合子から照代さんと姉に宛てて著書が贈られてきていた喜びと驚きが率直につづられています。文面から、その著書は『婦人と文学―近代日本の婦人作家』とみられます。
 初恵さんは「二人して大切に読みたい」とお礼を述べ、童女のカットも添えています。
 手紙には、照代さんが百合子に手製の人形を送ったことも書かれています。百合子が病気だと聞き「慰め」のつもりだったと、体調を気遣っています。
 これらの手紙が書かれているのは「伊丹用箋」と朱色で印刷されている原稿用紙。10代後半の照代さんが文通していた伊丹万作監督の没後にもらった用紙でした。
 新島繁の手紙は、49年12月、新島の編著書への感想を百合子に依頼したものです。新島が治安維持法違反で巣鴨拘置所に入獄中(40年5月頃)に、百合子が「かすみ草などの美しい五月の花束」を差し入れたことに「殊の外感激と勇気とを与えられた」と感謝をつづっています。
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2016年05月03日,「赤旗」)

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【4月ヘッドライン】

 

*         俳壇/時代を結ぶ若者の苦悩

*         激変/政治の現場から/宮城・大崎にみる/保守の人も「比例は共産」

*         激変/政治の現場から/宮城・大崎にみる/県下に広がる安倍政権への怒り

 

*         今月の俳句/罪/白濱一羊

*         読書のページ/本の窓/三浦綾子が残したメッセージ

*         ひと/150作目の作品を完成させた壁画家松井エイコさん(58)

*         躍進の大波、愛媛でも/池内議員が訴え/新居浜・松山

*         月曜インタビュー/教育学者村山士郎さん/子どもの表現が命の水=^社会みつめ内面とらえる

*         各地から/宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部の学習講演会(9日)

*         百合子の文学を語る集い/没後65周年で講演会/不破氏が講演/来月8日

*         治維法犠牲者に平和な日本誓う/奈良でつどい

*         戦争法施行に抗議/廃止の声上げ続ける/北海道苫小牧/札幌市/北海道旭川/北海道室蘭/岩見沢/宮城県

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4月本文】

 

俳壇/時代を結ぶ若者の苦悩

 「高屋窓秋のこと」と題する大井恒行氏の講演録(『現代俳句』584号)の、社会学的な切り口に新鮮な教示を覚えた。
・頭の中で白い夏野となつてゐる 高屋窓秋
 新興俳句の金字塔とされるこの句の時代背景には戦争がある。大正デモクラシーから治安維持法の制定へと、自由と抑圧が同居する時代。当時の青年たちは20歳前に死の覚悟を持つことに直面した。目の前には戦場が待ち受け、一方で結核に侵される若者が多くいた。「新興俳句即社会性俳句也」(三橋敏雄)という社会性の意味は、〈日常生活、日々の生活の感情を重視していこうという意識〉に根差すものであった。死に直結するリアル感において、戦後の社会性俳句運動とは、その気持ちをうたわざるを得ない切実さが違った。大井氏の端的な切り口は苦悩ゆえの核心と社会的背景を提示し説得力がある。
 また「俳句は、驚き」と題する神野紗希氏の一文(『角川俳句年鑑』2016年版)にも、大井氏の論考と共通する視点がある。現在の20代の若者意識との関連で、若手俳人の作品を分析する切り口に慧眼がある。内閣府の調査では、若者の70%が現状に満足しつつも将来の不安を63%が抱えている。神野氏は「ここ数年来の若手俳人の作品にも、古市(憲寿・社会学者)が指摘した、現代の若者特有の、後のない奇妙な幸福感が漂っている」とし、
・除雪車は明日来るらしく卵焼く 小林鮎美
・山眠る衣の取れて海老細し 小野あらた
等の作品を批評・吟味し、身近な小さな幸福感を大切にする価値観に迫っている。
 これら二つの論考から浮かび上がる若者の社会的苦悩は、句作の原動力に転化することでつながり、昭和初期と現代を強く結んでいる。
 (中村 花木・俳人)
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2016年04月29日,「赤旗」)

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激変/政治の現場から/宮城・大崎にみる/保守の人も「比例は共産」

 夏の参院選に向けた歴史的な野党合意(2月19日)を受け、全国に先駆けて野党統一候補(桜井充氏)擁立を実現させた宮城県で、立憲主義を守り、戦争法廃止を求める市民の共同が広がっています。日本共産党が議席を倍増させた昨年10月の県議選で、内藤たかじ候補の初議席を獲得した大崎市選挙区では、保守の人たちからも「選挙区は桜井、比例は共産党」の声が上がります。他方、県下では候補者1本化を後押しした弁護士や女性議員、ママ、九条の会らによる市民団体の設立が相次いでいます。
 (野村説)

 3日、大崎市田尻で開催された内藤県議の議会報告会では、統一候補の擁立を待望してきたという遠藤日出男さんが「野党共闘が実現した時には涙が出た。『選挙区は桜井、比例は共産党』で訴えていく」と決意表明しました。

自民党に失望
 「戦争法やTPP(環太平洋連携協定)をめぐる自民党への失望は大きい」と遠藤さん。「自民党の一党支配を終わらせるためにも野党は手を組まなきゃいけない。共産党アレルギーなど微塵(みじん)もない」と話します。報告会では、内藤候補の当選に力を尽くした勝手連の人たちから、「新しい政治の枠組みを地方からつくっていこう」などとの発言が上がりました。
 大崎市に合併する前の旧鹿島台町で、39歳から8期30年以上町長を務めた鹿野文永さん(80)はこう話します。
 「政権党であるがゆえ、あからさまに逆らうようなまねはしなかったが、自民党がそれほどの政党だと思ったことは一度もない。町長として、ひとたび災害が起きれば命がけで住民の安心と安全を守ってきた。それを脅かす最たるものが戦争です。だから安保法制は絶対に許せないのです」

いまが正念場
 30日開催予定の「安保法制廃止を求める!大崎大集会」の主催責任者である鹿野さんは、全国の町村長会副会長などを歴任してきました。先の県議選では、「アベ政治を許さない」と元大崎市議会議長や元県農協中央会会長などの保守系有力者とともに、内藤候補を応援する「勝手連」を結成し保守の地盤≠ナ初めて共産党の街宣車にも乗り込みました。
 鹿野さんは言います。「戦後、小林多喜二を読み、彼が共産党員だったために特高警察に虐殺されたことを知りました。わたしは、命がけで戦争に反対し血の汗を流した先達に感謝し、報いなきゃいけないと考えています。いまが正念場『選挙区は桜井、比例は共産党』と全力で訴えていく」。
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激変/政治の現場から/宮城・大崎にみる/県下に広がる安倍政権への怒り

市民団体が次々発足
 鹿野さんが原点と語るのは日本国憲法の三原則をうたった『あたらしい憲法のはなし』。「町長時代は考えることを止めていましたが、現職を退いて改めて憲法を勉強し直しました。今では、サケが生まれ育った川に遡上(そじょう)するように、こういう形で平和を守る原点に立ち戻ることができた。自分で自分を褒めてあげたい」。
 大崎大集会では、小林節慶応義塾大学名誉教授(弁護士)を招き、地元現職町長や農協組合長、「ママの会」や反原発運動の代表などの他、桜井候補が参加を予定。20日の準備会では桜井候補の秘書が「国民共同の候補としてたたかい、必ず勝利する覚悟だ」とあいさつし、実行委員からは温かい拍手が送られました。

「命を大事に」
 宮城県下では昨年9月の戦争法強行を受けて同法廃止を目指す運動がわき起こりました。昨年末以来、「安保法制の廃止を求める女性議員・元議員有志の会 宮城」や「『女の平和』ピースアクションみやぎ」などの女性団体の他、連携組織「安保法制廃止みやぎネット」や、弁護士やママ、SEALDs=シールズ(自由と民主主義のための学生緊急行動)東北などのメンバーが個人として参加する「野党共闘で安保法制を廃止するオールみやぎの会」などの市民団体を次々と設立しました。
 「女性議員・元議員有志の会」は3月末に発足したばかり。現在までに日本共産党や民進党、社民党、無所属らの現職38人、元職18人が名を連ねています。
 共産党県議団の遠藤いく子団長は、「命を大事にするという地方政治を目指して多くの女性議員が頑張ってきました。戦争法はそれと真っ向から対立し、絶対に認められないという立場で、とりわけ女性が機敏に反応したのがこの会の意義」だと話します。

「投票に行こう」
 「みやぎネット」で事務局を務める板垣乙未生(きみお)さん(東北大学名誉教授・みやぎ憲法九条の会事務局長)は、「仙台に集中しがちだった運動がいま、農村部にも広がっている。これはTPPに対する自民党の裏切りも含めて、安倍政権への怒りが県下全域に拡大していることに他ならない」と指摘。同組織は、安保法制廃止を訴える地元紙への意見広告掲載や、宮城県民大集会(5月28日)に向けた取り組みをすすめています。
 「女の平和」は「そうだ、今度の選挙は行かなくっちゃ!1万人アピール」を準備中。世話人を務める須藤道子さんは、「女性は『生む性』として、とりわけ命への感度が強いという自負がある。これまで声を上げられなかったり、あきらめている有権者にも『投票に行こう』と呼び掛けたい」と話します。
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2016年04月28日,「赤旗」)

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今月の俳句/罪/白濱一羊

従順といふ罪のあり多喜二の忌
亀鳴くや甲羅に籠るマスメディア
霾や何でも馴るる日本人
出る杭を打つのは得意万愚節
春障子越し戦争が聞いてゐる

 しらはま・いちよう 1958年岩手県生まれ。
俳誌『樹氷』主宰。句集『喝采』(俳人協会新人賞)
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2016年04月25日,「赤旗」)

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読書のページ/本の窓/三浦綾子が残したメッセージ

 三浦綾子の新刊『国を愛する心』(小学館新書・760円)が出ました。『氷点』や『塩狩峠』『銃口』などで多くの読者を獲得し、1999年に死去した作家です。
 小学校教師として軍国主義教育を実践し、戦後に反省。長い闘病生活のなか、キリスト教と出合い信者となりました。そんな作家が残した、戦争と平和、人権、教育など、社会的テーマをあつかったエッセーを集めています。
 たとえば太平洋戦争については―。
 「あの時、戦争はいけないと言った人があれば、その人こそ真の意味で愛国者であったのです」
 特高警察に虐殺された日本共産党員作家・小林多喜二の母を主人公にした小説『母』を書いて。
 「私は小林多喜二という人は、かけ値なしに命を懸けて小説を書きつづけた人であると思う。日本にどれだけの作家が生れたかは知らないが、多喜二ほどに真剣に、自分の思想に生きた作家はないと思う」
 原発についても。
 「安全だ安全だと言っても、人間のすること、絶対安全という保証はあり得ないはずです。一日も早くこの世界から原発のなくなる日を、切に祈らずにはいられません」
 大半は単行本未収録。本紙や『女性のひろば』に掲載されたものも含まれます。不穏な時代に輝きを増す、貴重なメッセージの数々です。
 (金)
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2016年04月24日,「赤旗」)

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ひと/150作目の作品を完成させた壁画家松井エイコさん(58)

 「壁画家」を名乗る人は珍しい。150作目の作品は、北海道・上士別小中学校で図書室を飾ります。ガラスモザイクで子どもの可能性を表現。「めざす」「うけとる」「ふかめる」の三つで構成されています。「これらは人間の成長の上で大切なもの。士別はわたしを成長させてくれたので自分の大事なものを込めました」。士別は仕事を通して20年来の縁です。
 東京・井の頭公園に隣接するアトリエ。背にするは最新作の原画です。「制作過程の8割は原画の作製です」。原画完成までには無数の鉛筆画の山。人々との交流も欠かせません。
 武蔵野美術大学の油絵科を出てすぐ1作目を手掛けて30年余。「生涯、壁画とは何か追究したい」と。「アルタミラ洞窟の昔、壁画は狩りに向かう人に未来へ進む勇気を与えるものでした。地とつながり天に伸びる壁画は、人の心を解放するものです」
 経営学者だった祖父は治安維持法でとらわれ、父はメーデー事件(1952年)の元被告。母は絵本作家、妹はパントマイミスト、夫は建築家。自身、紙芝居作家・実演家としての顔もあり、さらに地域の生活を破壊する東京外環道路の建設に反対する市民運動の中心でもあります。
 「どれもがわたしを形づくっています。人間がみんな人間らしく幸せになれるのだと、理想を追い求めたい。そして、すべてを奪い去る戦争には反対していきます」
 文 田村三香子
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2016年04月20日,「赤旗」)

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躍進の大波、愛媛でも/池内議員が訴え/新居浜・松山

春名候補訴え
 日本共産党の池内さおり衆院議員を迎えて16日に愛媛県新居浜市で演説会、17日には松山市で女性のつどいが開かれました。
 前新居浜市長の佐々木龍氏が来賓あいさつし、「志位和夫委員長の発言(国民連合政府提案)がきっかけで野党の共同が進みました。愛媛でも安保法制をなくすたたかいが広がることを期待しています」と述べました。
 池内氏は「大学4年のとき小林多喜二の人生を知り入党した」と自己紹介。「多喜二は戦前の暗黒政治とたたかい、命を奪われた。今また安倍政権は戦前の日本への道を歩もうとしている」と指摘し、「党躍進の大波を愛媛でも大きく広げてください」と訴え、大きな拍手が送られました。
 春名なおあき参院比例候補は「四国、愛媛のみなさんの心、願いを国会に届ける党の議席を今度こそ実現しなければ」と力説。小路きゆき参院選挙区候補は「野党共闘の成功と党躍進に全力を挙げる」と述べました。
 演説を聞いた会社員女性(28)は「『保育園落ちた』に共感しています。安倍政治には納得できません。共産党に頑張ってほしい」と話しました。
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2016年04月19日,「赤旗」)

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月曜インタビュー/教育学者村山士郎さん/子どもの表現が命の水=^社会みつめ内面とらえる

 40年にわたり、子ども自身のつぶやきや叫びを大切にして教育研究を続けてきた村山士郎さん。昨年3月に大東文化大学教授を退任後、全6巻の『村山士郎教育論集』(本の泉社)を発刊しました。「6枚組のベストアルバムのようなもの」と話します。
(田中佐知子)

 「現代の子どもたちと向き合っている教師や学童指導員や父母に読んでいただけるよう、今でも示唆があると思うものを組み合わせ編集しました」
 この論集をテキストにした学習会がすでに各地で開かれています。「何よりうれしいですね。各地の小さな学習会での出会いを楽しんでいます」と笑います。
 「決まった理論の枠組みを上からおろしていくような教育研究ではリアリティーがありません。一貫してやってきたのは、子どもたちの表現から、子どもをとらえ、教師たちの実践をもとにして考えることです。子どもの表現から、その子の真実を読みとれる研究者になりたいと思ってきました。子どもたち自身の本音の表現が、私の研究にとって生きた命の水≠ナす」

ゆがんだ攻撃性、社会病理とらえ
 子どもの内面にイライラ、ムカツキ、不安感、抑圧感が充満し、それがゆがんだ他者攻撃、あるいは自己攻撃の形をとっていることを、早くから指摘してきました。きっかけは1980年代以降に相次いだ凄惨な少年事件や、いじめを苦にした自殺です。教育研究者として、事件やいじめに関わった子の内面をどう理解したらいいのか深く考えさせられました。
 「子どもたちの事件を追いかけていくと、社会そのものが病理的になっており、子どもの生活文化が衰退しています。子どものゆがんだ攻撃性の社会病理をとらえることが必要なのです」

苦悩する教師と詩との出合いが
 父は、戦前の生活綴方・生活教育運動に参加し、治安維持法違反で投獄された村山俊太郎、母は戦後のレッドパージで教壇を追われた村山ひでです。
 「でも父は4歳の時に亡くなっているし、母も5人の子を抱え忙しかった。教育学に進むうえで直接何か影響を受けたわけではないんですよ」
 高校1年生の夏に肝臓を患い、夢中だったバスケットボールを断念。生徒会長として学力テスト反対闘争などに取り組むうち、キューバの指導者フィデル・カストロに憧れ、政治や歴史を学ぼうとモスクワの大学を受験しました。
 「1966年の夏、一時帰国した折に育った町で開かれていた教育研究集会に参加しました。そこで読み上げられた詩との出合いが、私の教育研究の根底にあります」
 父母を出稼ぎに出さなければ生活が立ち行かない東北の農村で、寂しさをこらえて生徒がつづった詩「妹よ」。出稼ぎ問題を前に、子どもをどう励ませばいいのか、新しい生活を築く力はどんな教育から生まれるのかと苦悩する教師たちに衝撃を受けました。
 「共感をもって目の前の問題を乗り越える力を育てると同時に、出稼ぎはどうしたらなくなるのか、社会的な根本を組み替えていかなければ子どもたちを救えない。そういうことを考える大事な出合いでした」
 大学教師としての35年間は、素晴らしい学生たちとの出会いだったと振り返ります。

殻を破って自立/学生の姿は宝物
 「いくつもの大学を失敗して入学してきた大東文化大学の学生が仲間とともに学びあい、殻を破って自立していく姿に触れたことは、もう一つの私の宝物です」
 目下、「じっくり取り組める日までとっておいた」という父・俊太郎の研究に毎日取り組んでいます。
 「治安維持法の時代、教師として子どもたちとともに未来を語り、検挙され獄中で苦悩しながら必死で生きぬいた父たちの歴史的受難を多くの人に読んでほしいと思っています」

 むらやま・しろう 1944年山形県生まれ。
77年、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。80年から大東文化大学に勤務、現在名誉教授
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2016年04月18日,「赤旗」)

 

各地から/宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部の学習講演会(9日)

 「戦争と国民連合政府で日本は何が変わるのか」をテーマに県平和委員会常任委員の本田勝利氏が講演し、約40人が参加しました。参加者から「参院選がこれまでにない激烈なせめぎ合いであることがわかった」などの感想が寄せられました。
 講演に先立ち、地元の多賀城アンサンブル演奏によるミニコンサートが行われました。
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2016年04月16日,
「赤旗」)

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百合子の文学を語る集い/没後65周年で講演会/不破氏が講演/来月8日

 宮本百合子没後65周年記念、『民主文学』創刊50周年、婦人民主クラブ70周年の講演会「百合子の文学を語るつどい」が5月8日(日)に東京・四谷区民ホールで開催されます。主催は日本民主主義文学会、婦人民主クラブ、多喜二・百合子研究会、後援は日本ペンクラブ、文化団体連絡会議、新日本出版社です。
 記念講演では、不破哲三・日本共産党付属社会科学研究所所長(写真)が「伸子・重吉の『十二年』―未完の『大河小説』を読む」と題して話します。スライド・朗読「宮本百合子の生涯」では、劇団銅鑼の中村真由美さんが朗読します。
 この講演会は当日券はありません。事前にチケットの購入が必要です。
 

 百合子の文学を語るつどい 5月8日(日)午後2時、東京・四谷区民ホール(地下鉄「新宿御苑駅」5分)入場料1500円。03(5940)6335日本民主主義文学会
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2016年04月05日,「赤旗」)

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治維法犠牲者に平和な日本誓う/奈良でつどい

 奈良県治安維持法犠牲者追悼のつどい(同つどい実行委員会主催)が3月27日、奈良市内の明光寺で開催され、65人が参加しました。
 同つどい実行委員長の工藤良任師(般若寺住職)のあいさつを吉川清明師(宝林寺住職)が代読、「二度と先の大戦のような暗黒の時代を再現させないことを犠牲者の前に誓わなければなりません」と訴えました。つどいには、細野歩日本共産党奈良県委員長らが出席し献辞を述べました。
 治安維持法の犠牲者長谷川テルさんの長女、長谷川暁子さんが「長谷川テルと今の日本と中国」と題してミニ講演会をおこないました。
 長谷川さんは、現在の「特定秘密保護法」や「安保法制」は、戦前の「治安維持法」や「国家総動員法」にみえてくると話し、「もう一度、歴史を勉強して、平和な日本を、戦争できる日本にすることを止めましょう」と話しました。
 また、犠牲者の遺族や長谷川テルさんと同じ奈良女子大の同窓生らがそれぞれの思いを語りました。
 参加した岸下あづみさん(32)は「長谷川さんの話を聞いて、今の安倍内閣の歴史認識はおかしいと改めて思った」と話しました。
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2016年04月01日,「赤旗」)

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戦争法施行に抗議/廃止の声上げ続ける/北海道苫小牧/札幌市/北海道旭川/北海道室蘭/岩見沢/宮城県

 憲法を踏みにじり、海外での武力行使に道を開く戦争法が施行された3月29日、各地で戦争法廃止、安倍内閣打倒を求め、アピールしました。(続報)

若者らサウンドデモ/北海道苫小牧
 戦争法廃止!苫小牧実行委員会は、「苫小牧若者未来プロジェクト」やユニキタ(ユナイト&ファイト北海道)のメンバーとともに、戦争法廃止を求めるサウンドデモを行い、120人超が参加しました。軽快な音楽に乗せたコールが注目を集め、塾の窓から子どもたちや塾講師が手を振るなど注目を集めました。
 デモ前の集会では、ユニキタと若者プロジェクトのメンバーが戦争法廃止の思いを訴えました。
 若者プロジェクトはデモ成功のために、事前に商店街などへ働きかけ、店先や駅のコンコースにビラが貼り出されました。
 メンバーの森本健太さん(23)は「自衛隊に入った友達が戦争法をきっかけにやめた。戦争法は本当に若者の生活や未来を脅かしている。危険性をもっと広めたい。次は衆院5区補選。苫小牧からも後押ししたい」と意気込みます。

横断幕を掲げて宣伝/札幌市清田区民の会
 札幌市清田区の労組・市民団体・個人でつくる「戦争させない、絶対させない清田区民の会」の24人は、スーパー前でプラスターや横断幕を掲げて宣伝署名に取り組みました。
 吉岡ひろ子日本共産党清田区市政相談室長らがマイクで「戦争法は米国の戦争に日本が参戦する仕組み作り。自衛隊員が海外で殺し、殺される事態になる」「安倍自民・公明政権を許さず、野党共闘と市民運動が手を握り、戦争法を廃止させる政府をつくろう」と訴えました。
 30分の行動で21人が署名。署名を広げるため持ち帰る人や、車の窓をあけて衆院道5区補選の池田まき候補のビラを掲げ、声をかける人もいました。

若者と労組が唱和/北海道旭川で集会
 北海道旭川市で「戦争法施行反対!総がかり行動 in Asahikawa」が行われ、200人が参加しました。主催は戦争法廃止をめざす若者グループA....(アフマ)や、市内三つの9条の会、旭川労働組合総連合、旭川平和フォーラムの6団体。
 A...Aの瀬尾雅博さんは「世論を無視して戦争法を強行したのが安倍政権。過程そのものが問題で、その前に戻さなくちゃ」と呼びかけました。
 勝手連@旭川のミオさんは「戦争法廃止のため働く議員を送り出そう。衆院道5区補選で野党統一候補として頑張っている池田まきさんを応援しています」と呼びかけました。
 札幌の若者グループ「ユニキタ」も駆けつけ、参加者はドラム隊のコールで「戦争法制今すぐ廃止!」とアピールしました。
 日本共産党の真下紀子、佐野ひろみ、菊地よう子各道議、能登谷繁、真嶋隆英両旭川市議も参加しました。

安倍政権、手口怖い=^北海道室蘭で集会
 北海道室蘭市で「戦争法発動反対!戦争する国ゆるさない3・29法の施行に抗議する集会」が開かれ、約80人が参加しました。北海道平和運動フォーラム日胆地域協議会、いらない!戦争法 西いぶりの会、憲法を守る室蘭地域ネットの共催。
 「西いぶりの会」の宮尾正大代表は「安倍首相の乱暴な手口は独裁政治につながる。麻生副総裁が『ナチスの手法に学ぶ必要がある』と語ったが、気がついたら弾圧されて手も足も出ないということになりかねない」と警鐘を鳴らしました。
 参加者が「殺し殺される社会にしないために頑張ろう」「戦争法廃止を求める2000万署名の目標達成、4・16小林節講演会成功に向けて頑張ろう」と発言しました。

岩見沢駅前で
 北海道の「戦争法廃止をめざす岩見沢の会」は、岩見沢駅前で「違憲立法の戦争法施行に抗議しました。自衛隊の海外での武力行使に反対しよう」と宣伝署名行動に取り組みました。10人が参加し、65人から署名が寄せられました。

宮城県内でも
 宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部は塩釜市・多賀城市内で戦争法施行に抗議する宣伝を行いました。
 「戦争法廃止の国会議員を送り出そう。宮城県では参院選選挙区で野党統一候補を実現した。再び戦争と暗黒政治を繰り返さないためにも、この流れを大きくしよう」と訴えました。
 多くの通行人から激励や賛同の手振りがありました。
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2016年04月01日,「赤旗」)

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【3月ヘッドライン】

 

*         治維法国賠同盟3・15事件講演/千葉

*         戦争法施行閣議決定に抗議/各団体が声明・談話

*         解放運動無名戦士/新たに25人合祀/広島

*         市川正一碑前祭/春名候補が決意/山口

*         各地から/宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部の映画「武器なき斗(たたか)い」上映会(13日)

*         列島だより/京都/国領しのび墓前祭

*         「3・15」事件88周年の集い/札幌

*         学生・学者の新宿東口街宣/平和な未来選びとろう/9人のスピーチ

*         沖縄取材50年/嬉野氏が講演/東京・練馬区

*         戦後70年 北海道と戦争 上・下/北海道新聞社編/評者宮田汎治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟北海道本部会長

*         自衛隊の違法な市民監視に待った/賠償命令判決が確定/仙台高裁/原告弁護団事務局長、弁護士小野寺義象さんに聞く

*         新入党員教育/新しい実施要項で/27歳男性「人間を大切にする党だとわかった」/長野・佐久地区青年支部

*         私たちの願い国会に/綾瀬市平和委員会事務局長白井幸子さん(40)

*         今を生きる力に/「多喜二祭」に330人/大阪

*         平和の精神今も/大河原氏決意/山宣墓前祭/京都・宇治

*         不当捜査実態を報告/福崎町長選事件で支援集会/兵庫

*         「戦争しない」遺志継ぐ/多喜二祭開く/北海道江別

*         潮流

*         戦前の弾圧事件真相は/現代に生かそうと集会/長野

*         山宣と多喜二の呼びかけに応えて/平和国家への道開きたい/橋本進

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3月本文】

治維法国賠同盟3・15事件講演/千葉

 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟千葉県本部と同同盟市川浦安支部はこのほど、市川市勤労福祉センターで、治安維持法による共産主義者に大弾圧を行った「3・15事件」を記念する講演会を開きました。
 前田堅一郎・同同盟県本部会長が「治安維持法糾弾!志半ばにたおれた人たちに学ぶ」と題して講演。「戦前の天皇制国家体制を堅持するため治安維持法が公布され、戦争反対や主権在民をめざした共産党に対して虐殺、拷問などで大弾圧をおこなった」と述べ、特高(特別高等警察)に逮捕され、小林多喜二が虐殺されたときの状況を紹介。「戦前は死を覚悟しなければならなかった」と強調し、「戦後に自民党の研修用教科書に、共産党は終始一貫して戦争に反対した政党として、他党にない道徳的権威を持っていたと書かれた」と話しました。
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2016年03月29日,「赤旗」)

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戦争法施行閣議決定に抗議/各団体が声明・談話

 安倍自公政権が戦争法を29日に施行するという閣議決定をしたこと(22日)に、各団体が抗議しました。
 戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター運営委員会は「アピール」をだして、戦争法による南スーダンPKOでの駆け付け警護の任務追加で「自衛隊員が殺し殺される戦闘にまきこまれる現実的な危険」を指摘。5野党が戦争法廃止と集団的自衛権行使容認の閣議決定撤回などで合意したことを歓迎し、戦争法廃止を求める「2000万署名」に全力をあげ、参院選で自公とその補完勢力を少数に追い込むために奮闘するとしています。
 全国商工団体連合会の岡崎民人事務局長は談話で、戦争法のもと「地域経済を支える中小業者が安心して営業と暮らしを続けることはできません」と強調。「戦争に巻き込む勢力と徹底的に対峙(たいじ)し、平和憲法をまもりぬくためにたたかいます」とのべています。
 全日本民主医療機関連合会は藤末衛会長名の声明で、「憲法違反」の戦争法施行は「法治国家の土台を破壊する暴挙である」と批判。「2000万署名」の目標達成をめざすことと、参院選で自民・公明与党と補完勢力を少数にするため、「さらにたたかいを前進させる決意」をのべています。
 治安維持法国賠同盟中央本部は戦争法の施行に「断固反対し、強く抗議する」声明をだしました。「侵略と植民地支配に生命を賭して反対し、平和と民主主義のためにたたかい抵抗した先輩たちの成果として日本国憲法に結実した平和と民主主義を蹂躙(じゅうりん)する」ものとして、戦争法の施行を絶対に容認できないと批判しています。
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2016年03月24日,「赤旗」)

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解放運動無名戦士/新たに25人合祀/広島

 第54回広島県解放運動無名戦士追悼合祀(ごうし)祭(同実行委員会主催)が15日、広島市中区の「凍(い)てつく大地にあなたは種子となった」と刻まれた碑前で開かれました。約100人が参列し、新たに25人を合祀しました。
 黙とうに続いて、日本国民救援会県本部の本藤修会長代理が「亡くなられた方々が元気であれば、今の情勢の変化、発展に勇躍して参加したでしょう」と開会あいさつ。治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県本部の山田慶昭会長が「それぞれの持ち場で平和と民主主義のたたかいに尽くされ、志半ばで倒れられた方々の功績に心から敬意を表する」と追悼の辞を述べました。
 遺族を代表して谷口麗子さんが「故人の遺志を引き継ぎたい」とお礼を述べ、参列者は献花しました。
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2016年03月19日,「赤旗」)

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市川正一碑前祭/春名候補が決意/山口

 戦前の日本共産党指導者の1人で、山口県光市出身の市川正一氏の命日である15日、党県委員会は記念碑が建つ同市鮎返(あゆかえ)りで恒例の碑前祭を行いました。春名なおあき参院比例候補や党関係者ら34人が参列しました。
 佐藤文明県委員長は「戦争法強行で戦後かつてない新しい国民運動が湧き起こり、山口でも野党統一候補で参院選をたたかおうとしている。党の歴史と綱領路線に確信を持ち、参院選勝利・躍進へ全力を尽くしたい」とあいさつしました。
 春名氏と松田一志参院選挙区候補が決意表明。春名氏は「市川同志の理論に基づく先見性と不屈性に学び、その遺志を受け継いで安倍政権を倒し、憲法を国民の手に取り戻す」と力を込めました。
 県労連の藤永佳久議長、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県本部の林洋武会長が来賓あいさつし、参加者全員で献花しました。
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2016年03月19日,「赤旗」)

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各地から/宮城県の治安維持法国賠同盟塩釜支部の映画「武器なき斗(たたか)い」上映会(13日)

山本薩夫監督が製作した作品で、日本が中国大陸への侵略を始めた時代に労農党の山本宣治が苛烈な弾圧の下で果敢に政府の戦争政策に対峙(たいじ)する生きざまを描いたもの。参加者から、安倍政権によって戦争する国づくりが狙われるなか、戦争法廃止へ山本宣治や小林多喜二の遺志を引き継ぐ時だという感想が寄せられました。
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2016年03月18日,「赤旗」)

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列島だより/京都/国領しのび墓前祭

 戦前の日本共産党や労働運動の指導者で、治安維持法により逮捕され獄死した国領五一郎の墓前祭が15日、京都市左京区の黒谷墓地で行われ、30人が参加しました。墓前祭は今年で53回目を迎えました。
 参加者は、政治を逆行させようとする安倍政権の暴走と対決し、7月の参議院選挙で日本共産党の大きな躍進を必ず勝ち取ろうと墓前に誓い合いました。
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2016年03月17日,「赤旗」)

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「3・15」事件88周年の集い/札幌

 「『3・15』大弾圧事件記念88周年のつどい」(同実行委員会主催)が12日、札幌市で開かれ、70人が参加しました。
 三浦綾子記念文学館の森下辰衛特別研究員が講演。三浦綾子の作品『母』を紹介し、小林多喜二の母セキの底辺労働者への愛情が多喜二の思想の中心にあると述べ、「『母』には多喜二を殺したものを指弾する力と、苦しみや悲しみをいやすものは何かを教える力がある」と強調しました。
 特高刑事の子どもの男性も参加し、「父は戦後、警察をやめた。共産党員は『筋道があり道理の通った人たち』と話していた」と発言しました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟道本部の宮田汎会長、日本共産党道委員会の千葉隆書記長、レッドパージ被害者の名誉回復と補償を求める北海道懇話会の舛甚秀男事務局長があいさつしました。
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2016年03月15日,「赤旗」)

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学生・学者の新宿東口街宣/平和な未来選びとろう/9人のスピーチ

 13日、東京・新宿駅前でおこなわれた「Give Peace A Chance〜未来を選びとる 新宿東口街宣」。学生、学者など9人がスピーチしました。要旨を紹介します。

私たちの声が変える/安保関連法に反対するママの会西郷南海子さん
 原発事故の恐ろしさが薄れることを恐ろしく思います。すぐそこで世界最悪レベルのことが起きているのに、安倍政権は五輪のスタジアムに何百億円もつぎ込み、人が生きることをバカにしているとしか思えません。
 安倍首相は「原発事故は完全にコントロールされている」といいました。妄想の中で見たいものだけを見て、現実に目を背け続ける政権はもういりません。高浜原発3、4号機の運転差し止めを大津地裁が命じました。私たちの声には、原発を止め社会を変える力がある。いい人が絶望させられる世の中は、もう終わりにしよう。

新しい政治いまこそ/シールズこころさん
 先月、格安夜行バスの列で、こんな会話が聞こえました。「9月から自衛隊に入るよ」と。同年代の青年でした。「人助けしたい」と自衛隊に入った若者が大上段に「他国の平和を守るため」といって、人をあやめるサイクルに陥っていくかもしれない。いったん始まったらやめられないことを歴史の中で何度も学んだはずです。
 私が見た青年が自衛隊に入る9月に、南スーダンでの武器使用拡大を伴った任務拡大が予定されています。私は安保法制施行、南スーダンでの任務拡大に反対し、国民の生活を大切にする新しい政治を求めます。

野党合意、固いものに/安全保障関連法に反対する学者の会横湯園子さん
 いま76歳です。あの太平洋戦争を経験しました。父は文学青年でしたが、戦争に反対して治安維持法で逮捕され、獄中で結核にかかり、仮保釈中に亡くなりました。私が1歳1カ月のときです。
 秘密保護法の制定、集団的自衛権(行使容認)の閣議決定を見て、「戦争を経験し貧困に苦しんだ私はなにがなんでも戦争は防がなくてはいけない」と思って学者の会、「女の平和」の呼びかけに加わりました。
 命と心の安心のためにたたかい抜きたい。私たちがたたかい抜くことで野党合意がさらに固いものになるのではないでしょうか。

選挙行き改憲とめる/シールズ関西寺田ともかさん
 自民党の憲法改正草案には、まるで国の役に立てる人間にのみ、人権が与えられるような思想が根底にあると感じます。基本的人権とはお国の役に立つかどうかではないはずです。私たちは、そんな古い価値観はかなぐり捨てて全ての命そのものに絶対的価値があるという揺るがない確信で、この国を築いていきたいのです。
 だから「この国のために何ができるか」と問われれば、この憲法改正草案を絶対に通さないために、選挙に行くことを呼びかけます。人生の主体は、私やあなたです。権力者に私の生きる意味や目的を定められたくない。

「野合」批判、通用せず/安全保障関連法に反対する学者の会中野晃一さん
 野党共闘がようやく形になってくると、案の定、「野合」批判がきました。「野合」を辞書で調べると、「正式な手続きを踏まずに、男女の仲になること」とあります。野党共闘は、正式な手続きをやってますよね。
 また「民共合作」だというビラを配っている。中国大陸の「国共合作」を参考にしたのでしょうが、では、あなたたちは大日本帝国を再興したいのか。大日本帝国は、国共合作で中国から追い出された。負けるんです。
 安倍政権は、改憲で緊急事態条項だといっている。意味するところは、独裁していいということだ。

「戦争しない国」こそ/安全保障関連法に反対する学者の会佐藤学さん
 戦後70年間、世界で300もの戦争がありました。そのなかで戦争しなかった国はたったの5カ国。日本がそのうちの一つです。
 南スーダンについて政府は「平和で安全」といいますが、とんでもないうそです。
 国連の報告書は南スーダンが戦争状態だと告発しています。南スーダンには1万6千人の少年兵がいます。自衛隊員が少年兵を殺してしまうのは必至です。この70年間の戦争の犠牲者は84%が民間人で、その半分以上が子どもです。いま送るべきなのは自衛隊ではなく医者や教師です。

野党共闘を後押し/シールズ奥田愛基さん
 1年前には想像もできなかった野党共闘ができています。それは私たち一人ひとりの市民が野党共闘を望み、後押ししてきたからです。政治家の発言が、以前よりおれたちに向いているように思う。まだ足りないけど。
 ボールはこっち(市民の側)に来ていると思う。投票にいくだけでなく、選挙に参加しよう。
 これまで安倍政権に「ノー」ばかりいってきました。本当は「イエス」といいたい。ぼくたちの押しているのは野党共闘の候補者だ、といいたい。全国でそれができたときに、今までにない力が生まれてくると思います。

ゲスト

本当の絆を取り戻す/立教大学教授香山リカさん
 東日本大震災から5年。「絆」という言葉が消え去って「自立」がいわれるようになりました。国や社会に頼るなという「自己責任」にもとづいた切り捨てではないでしょうか。震災に限りません。国の調査で、生活が苦しい世帯が過去最高です。何がアベノミクスの成功か。
 でも希望の種がまかれています。東京都中野区で女子高生1人が呼びかけたデモに600人が集まりました。いまこうして自主的につむぐ絆には、温かさを感じます。野党も絆を結ぼうとしています。本当の絆を取り戻し、豊かな未来を一緒につくりましょう。

社会変えるのは自分/作家落合恵子さん
 東日本大震災から5年と2日。いつも市民と住民が苦しむという構造は変わっていません。この構造そのものを私たちが変えていきましょう。
 春のお彼岸に、お墓参りすらできない、福島の人たちの苦しみを自分にひきつけましょう。
 この社会を変えていくのは、ほかの誰かではなく、私たち自身だと、自分と約束していきましょう。
 私たちの子や孫たちのために、このまま終わりにしてはなりません。ここから一歩を踏みだしましょう。
 きょう、ここから、あなたから、私から変えていきましょう。
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2016年03月14日,「赤旗」)

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沖縄取材50年/嬉野氏が講演/東京・練馬区

 治安維持法犠牲者国賠同盟練馬支部(矢沢重光支部長)はこのほど、東京都練馬区内で、写真家・嬉野京子さんの講演会「戦場の見える島・沖縄 50年の取材から」を開き、会場いっぱいの60人が参加しました。
 嬉野さんは、本土復帰前の米軍占領下の時代から、50年余にわたって取り組んできた沖縄取材について、映像を映しながら話しました。撮影も命がけという時代、全国に衝撃を与えた米軍車両による少女轢殺(れきさつ)事件では「周りの人影にかくれて撮影。フィルムをすぐ人の中に回して運び、10日後に東京で発表」という離れわざで写真を世に出しました。スクリーンに映し出される映像に、参加者は息をのみました。
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2016年03月13日,「赤旗」)

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戦後70年 北海道と戦争 上・下/北海道新聞社編/評者宮田汎治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟北海道本部会長

体験者の証言、新事実掘り起こす
 本書は、北海道新聞が昨年同紙に連載した同名の企画をまとめたものだ。「戦争の記憶」を記録し共有することが戦争の抑止力になることを願い、可能な限り新事実を掘り起こし、既知の事実でも別の観点から光をあてることを意図したという。体験者の証言が豊富で、15年戦争の研究成果も要所に盛り込み、庶民にとって戦争が何であったかがよく分かる。
 「おまえたちの腕試しだ」。徴兵され中国に派兵された30人の初年兵は、上官から住民男性の胸を銃剣で突くよう命じられた。順番最後の兵は、銃剣を構えることもできず「ギャー」と奇声を発し失神した。「それが正常な神経だったのかもしれない」。当時19歳の元兵士は語る。
 97歳の元兵士は、中国で毒ガス攻撃に加わった体験を打ち明けた。上官から口外を禁じられ家族にも言えずにいたが、孫の世代に同じことをさせたくないと公表に踏み切った。広島・大久野島で毒ガスを製造した元工員の「戦争の証言は加害と被害両面のうち、加害を先にすることが大切」との言葉に押されての告白だった。
 江別の王子航空機製作所では戦争末期に木製戦闘機が3機、学徒動員や女子勤労挺身隊によってつくられた。牛乳に含まれるタンパク質を接着剤にしている。陸軍はさらに木製の安上がり特攻機をつくろうとしていたという。米軍に太刀打ちできないのは明らかなのに無謀を止められない戦争の実相を明かす。
 「日本人の不戦の思いは、これからも弱まることはないのではないか」と取材記者は語る。私たちは本書が伝える声にしっかり耳を傾けたい。

 2014年8月12日付〜2015年9月9日付北海道新聞連載
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2016年03月13日,「赤旗」)

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自衛隊の違法な市民監視に待った/賠償命令判決が確定/仙台高裁/原告弁護団事務局長、弁護士小野寺義象さんに聞く

 陸上自衛隊情報保全隊が市民運動を監視したのは違法だとして、国に原告1人に対する損害賠償を命じた仙台高等裁判所の判決(2月2日)が確定しました。国が上告を断念したためです。判決確定の意義を原告弁護団事務局長の小野寺義象(よしかた)弁護士に聞きました。
 宮城県・佐藤信之記者

「憲法13条侵害」を認定
 自衛隊による憲法違反の人権侵害を正面から認めた画期的な勝利判決が確定しました。自衛隊が違法に国民を監視していることが、動かぬ事実になりました。
 判決では、自衛隊が本来知り得ない実名や職業をひそかに追跡調査していたことは、憲法13条(個人の尊重)で保障されたプライバシー権を侵害するとして、国に原告の男性1人に損害賠償として10万円を支払うよう命じました。
 判決は、自衛隊の内部文書にあった「医療費負担増の凍結・見直し」「国民春闘」「年金改悪反対」などの街頭宣伝や「小林多喜二展」などの記載についても、情報収集の「必要性を認め難い」として、監視活動に歯止めをかけました。
 私たちは、この勝利判決を力に、国に違法な監視行為をしてきたことの説明と謝罪、違法に収集された個人情報の抹消、監視活動の中止を強く求めていきます。中谷元・防衛相にも要請書を提出しました。安倍政権の「戦争法」を食い止めるたたかいにとっても大きな武器になると思っています。

自己情報の権利確立を
 この判決は画期的ですが、人権保障からみて重大な弱点もあります。自衛隊が武力行使を任務とする権力機関であるという本質についての認識が欠如し、情報収集を容認していることです。
 控訴審の最終段階で、原告が証拠書類として提出した「陸上自衛隊情報部隊の教範(教科書)」(日曜版編集部が情報公開請求で入手した陸上幕僚監部の教科書)には、自衛隊の情報部隊の究極の目的は、「作戦阻害勢力」を「無力化」することだとあります。
 「無力化」とは、反対運動をなんらかの手段で抑圧することでしょう。憲法が定める「集会・結社・表現の自由」(憲法21条)の重大な侵害です。
 一審判決は国などがどんな自己情報を集めているかを知り、不当に使われないように関与できる「自己情報コントロール権」を認めました。しかし、二審判決は「法的保護に値する権利としての成熟性を認め難い」と切り捨てるなど、人権保障の発展に逆行する判断をしています。年金情報の流出事件などで個人情報保護が問題にされるなか、自己情報コントロール権は認められるべきです。
 これらの弱点があったため、仙台地方裁判所で勝利した4人が敗訴になりました。監視の差し止めも認められませんでした。最高裁で正さなければなりません。この4人を含む75人が2月15日、上告の手続きをしており、たたかいは最高裁に移ります。全国からの支援を引き続きお願いします。

【自衛隊国民監視差し止め訴訟】
 自衛隊イラク派遣に反対する市民運動を自衛隊が監視していたことが、日本共産党が公表(2007年6月)した陸上自衛隊情報保全隊の内部文書で発覚しました。監視された東北6県の住民が、監視の差し止めを求め訴えたものです。一審の仙台地裁は12年3月、原告5人に対する違法性を認めましたが、差し止め請求は却下。原告、国の双方が控訴しました。控訴審では、元情報保全隊長や情報保全室長の証人尋問を実現。16年2月2日、国に原告1人ついて賠償を命じる判決を下しました。
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2016年03月13日,「赤旗」)

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新入党員教育/新しい実施要項で/27歳男性「人間を大切にする党だとわかった」/長野・佐久地区青年支部

 長野県佐久地区は、27歳の男性を党に迎え、すぐ新入党員教育を行いました。
 男性はいじめやパワハラに苦しんできました。2年前の労働相談で知り合った党員が、悩みに寄り添い、励ましてきました。男性は2月半ばに、この党員の勧めで入党を決意。青年支部に所属することになりました。
 新入党員教育には、入党を勧めた党員が付き添い、野田章夫地区常任委員が講師を務めました。
 男性は綱領をくいいるように目で追いつつ説明を聞き、規約と合わせて3時間かけて学びました。
 講師は第1章で、日本共産党が戦前、命がけで侵略戦争に反対し、働く人々の暮らしの守り手として頑張りぬいたことを、党員作家・小林多喜二の生き方にもふれて語りました。第2章、第4章では、若者を苦しめる大本に「アメリカいいなり」「財界・大企業中心」の政治があること、ルールある経済社会をつくり、憲法を守りぬく改革方針などを熱く語りました。どの段階でも「国民が主人公」の立場を貫くことや、未来社会の展望を丁寧に紹介しました。
 青年は、「綱領を読んで、日本共産党は血の通った、人間を大切にする党だということがよく分かりました。差別のない、みんなが平等に暮らせる社会をめざしていることもすごい。戦争に反対し、憲法を大事にしている。綱領を読んだだけで、そういうことが分かる党って、本当にすごいなと思いました」と語りました。
 「真剣に学ぶ姿に、私も新鮮な気持ちになった。コツコツ勉強して活動しようという若者を応援したい」と野田さん。青年支部は男性の歓迎会を準備しています。
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2016年03月13日,「赤旗」)

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私たちの願い国会に/綾瀬市平和委員会事務局長白井幸子さん(40)

神奈川・あさか由香候補に同じ母として共感
 私が共産党を知ったのは、高校の授業で小林多喜二の小説を読んだ時でした。そのときに共産党だけが戦争に反対していたことを知って「私も平和のために活動したい」と考えていました。
 昨年5月に平和委員会を再建し、集団的自衛権行使容認の閣議決定がされようとしている7月にはスタンディングをはじめました。
 あさか由香さんには、子どもを育てながら候補者になったり、学生時代には海外でボランティアを行うなど、幅広い活動をしてきた経験と行動力に魅力を感じています。
 あさかさんは、戦争法廃止や子育て支援など、どの問題でも子どもを育てるママの目線にたって分かりやすい言葉で自分の思いを語っているので、同じ母親として訴えに共感しています。
 訴えを聞いて、間違ったことには筋を通してただすと同時に、人の痛みにも寄り添える人だと感じています。
 あさかさんは必ず国会に行って働いてほしい候補者です。
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2016年03月07日,
「赤旗」)

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今を生きる力に/「多喜二祭」に330人/大阪

 小林多喜二の火を継ぐ「2016年大阪多喜二祭」が2月27日、大阪市内で開かれ、330人が参加しました。
 ことしで10回目。「『ブラック社会』を生き抜く知恵―『蟹工船』、10の名文句」と題して記念講演した島村輝さん(フェリス女学院大学教授)は、多喜二が『蟹工船』に当時の国際・軍事・経済関係を描こうとしたと指摘した上で、「そして、彼等は、立ち上がった。もう一度」など、小説の言葉を紹介。現代の「ブラック社会」をつくりあげた「産・官・軍・学・マスコミ共同体」に対し、立憲主義と憲法を力に政府をコントロールしていくことが必要だと力説しました。
 「現代に生きる小林多喜二」をテーマに、映像と多喜二の作品を朗読で紹介。「多喜二の火を継ぐ展示展」では多喜二と同時代にプロレタリア文学で活躍した井上修吉(井上ひさしの父)、狭間二郎(菅原文太の父)の作品などを展示しました。
 参加者は「今を生きることは多喜二の時代を二度と繰り返さないこととつながる」など感想を寄せました。
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2016年03月06日,
「赤旗」)

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平和の精神今も/大河原氏決意/山宣墓前祭/京都・宇治

 戦前に反戦平和を掲げ、治安維持法に反対して右翼の凶刃に倒れた代議士・山本宣治の命日である5日、京都府宇治市の善法墓地で第87回山宣墓前祭が行われました。
 本庄豊実行委員長があいさつ。来月から使われる中学校歴史教科書に、山本宣冶が見開きで掲載されていることを紹介。戦争法を強行した安倍内閣が、辺野古への米軍基地建設工事一時中止に追い込まれている情勢にも触れ、「あなたが命をかけてめざした戦争のない平和な日本を、今度は私たちがつくる」と決意を述べました。
 日本共産党を代表して追悼の言葉を述べた大河原としたか参院京都選挙区候補は、5野党の共同など国民が政治を動かしつつある情勢のもとで「夏の参院選では安倍政権を打倒するために、かならず躍進する決意です」と力を込めました。
 宮城日出年(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟京都府本部)、堀川朗子(民青同盟京都府委員会)、山崎彰(全日本年金者組合京都府本部)、大平勲(日本国民救援会京都府本部)、柄澤義郎(長野山宣会)、池内光宏(新社会党京都府本部)の各氏が弔辞・追悼の言葉を述べました。
 山本家の遺族を代表して、山宣の孫の山本勇治氏(京都民医連九条診療所所長)があいさつしました。
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2016年03月06日,
「赤旗」)

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不当捜査実態を報告/福崎町長選事件で支援集会/兵庫

 兵庫県・福崎町長選不当捜査事件で国民救援会県本部、兵庫労連、日本共産党などは4日、真相報告・支援集会を神戸市中央区内で開き、50人が参加しました。
 濱嶋隆昌・国民救援会県本部事務局次長が、警察の不当捜査の実態を報告。町長選で後援会員に後援会だよりを送るという何の問題もない内部行為を、「私は後援会員ではありません」と書いた書面にサインさせ、「後援会だよりを無差別に配った事件」に仕立て上げようとする手口を明らかにしました。
 聞き込み・呼び出しの対象が拡大している一方、「不当捜査をやめさせる会」が結成されたことを紹介し、「民主主義を守るオール福崎のたたかいを広げ、必ず不当捜査終結をかちとりたい」とのべました。
 近藤正博・同事務局長が行動提起し、10日の福崎署抗議行動(午後2時、福崎町文化センター集合)、16日の兵庫県警抗議行動(午後0時半、県警・県庁前交差点)などの成功を訴えました。
 参加者は「こんなことが続くと、治安維持法下のようにものを言えなくなる」「はね返すのはわれわれ主権者だ」など、熱心に議論しました。
 小林明男日本共産党県常任委員、津川知久兵庫労連議長があいさつしました。
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2016年03月06日,
「赤旗」)

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「戦争しない」遺志継ぐ/多喜二祭開く/北海道江別

 北海道江別市で2月27日、第8回江別の多喜二祭が開かれ、73人が参加しました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟北海道本部の宮田汎会長が講演。「多喜二は『蟹工船』『不在地主』『沼尻村』などで、帝国軍隊と侵略戦争の背後にあるカラクリを描き、それとのたたかいを提起した」と強調。多喜二とともに捕らわれ、28歳で獄死した今村恒夫や、北海道空知出身の西田信春、野呂栄太郎にもふれ、「今こそ先達の遺志を継いで戦争しない日本をつくるため力を合わせよう」と訴えました。
 寸劇「母たち(多喜二の小品より)」などが披露されました。
 参加者から「多喜二の豊かな人間像が分かった」などの声が寄せられました。
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2016年03月04日,「赤旗」)

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潮流

 一人ひとりが自分の居場所から声を上げよう、未来のために平和を紡いでいくことをあきらめない―。今週の「新婦人しんぶん」が特集した女性緊急アピールは圧巻でした▼戦争法の廃止、野党は共闘、憲法9条を守る。さまざまな分野で活躍する女性たちが1面から見開きで登場。それぞれの思いをこめて訴えています。改憲を平然と口にする政権のもと、こうした声は女性のみならず、いま全国にとどろいています▼日本が戦争に突き進んだあの暗黒の時代にも、ひるまずに声を上げ続けた人たちがいました。「山宣ひとり孤塁を守る だが私は淋しくない 背後には大衆が支持しているから」。墓碑にそう刻まれた山本宣治もその一人です▼87年前のきょう、山宣は大阪で開かれた全国農民組合大会の演壇に立ちました。翌5日、治安維持法改悪に反対する国会発言を封じられ、その夜、右翼の凶刃に倒れます。墓碑銘は彼の最後の演説からとったものです▼「喉を絞められて声が出なくなるまでやる」。凶暴な弾圧にさらされながら、信念をもって反戦平和を貫いた生涯。その人となりは、東京の山宣会が最近発行したブックレット『我らのやません≠ニ東京』に分かりやすく▼いま私たちの喉を直接絞めるような手はありません。しかし黙していれば、それは真綿でじわじわと。巨大な権力に臆せず立ち向かった山宣の生き方を今に受け継ぐ。過去から現在、そして未来へ。逆流とたたかい、平和を紡いでいく人びとを結びつけています。
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2016年03月04日,「赤旗」)

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戦前の弾圧事件真相は/現代に生かそうと集会/長野

 戦時中の1933年、長野県下で時の政府が行った政治・社会運動への大規模弾圧(二・四事件)の真相を学ぶ集会が2月27日、長野市であり、戦争か平和かの岐路に立つ現代に生かそうと多彩な報告が行われ、県外を含め130人を超える人たちが集まりました。
 集会実行委員会に加わる県教組の松本隆委員長は、子どもの貧困、政治の暴走など「当時と重なる」としながら、「(大事なのは)黙って見過ごしてはいないよということ」と、広がる国民的運動を挙げて、平和と民主主義を守る取り組みを広げることを訴えかけました。
 全国的にも盛んだった長野県の社会運動に対して、時の政府は危機感を抱き、治安維持法によって教員や農民、共産党員などにかかわる広範な人々600人以上が検挙されました。
 小平千文氏は、長野市周辺の更級(さらしな)・埴科(はにしな)地域について、自由民権運動をはじめ農民運動など民衆運動が盛んに行われた地域であったことを詳述。これらの運動を絶やすことに二・四事件の狙いがあったと語り、二・四事件を挙げてファシズム体制へのスタートの年≠ニした保阪正康氏(ノンフィクション作家)の言葉を引き、「こうしたことは食い止めていかないと」と、現状に警鐘を鳴らしました。
 会場からは、教育現場への政治の介入を例に「戦争のための人づくりの芽≠摘まないといけない」などの発言が相次ぎ、平和憲法を守る大切さが改めて強調されました。
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2016年03月02日,「赤旗」)

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山宣と多喜二の呼びかけに応えて/平和国家への道開きたい/橋本進

 保育園児に「教育勅語」を一斉唱和させる――二つの事例を知ったとき仰天し、ついで腹の底から怒りをおぼえた。何という反教育的「教育」か。
 2年前、沖縄・宜野湾市民会館での「沖縄県祖国復帰42年記念集会」。地元の保育園児が体操演技ののち、教育勅語を一斉唱和。佐喜真市長があいさつ(日刊ゲンダイ2016年1月14日付)。もう一例は大阪市内の幼稚園であったという。

好戦勢力との、はげしい闘い
 昭和2(1927)年生まれの私は、小学校入学早々からことあるごとに校長の教育勅語「奉読」を聞かされ、暗唱もさせられた。低学年の児童には意味不明でも、暗唱するまで強制する(身体におぼえさせる)。天皇国家への絶対無条件服従が刷り込まれ≠スのだ。
 安倍極右政権の「戦争国家」への暴走は、教育、マスコミの分野でも顕著だが、こんな「偏向教育」をも登場させているのだ。
 戦争はある日突然に起こるものではない。好戦勢力と平和を願う人々との激しいせめぎ合いの前史がある。
 1927年、陸軍大将・田中義一の内閣が発足した。同内閣は折からの中国革命に際し、満州・華北の権益維持のため軍隊を送った(5月、第1次山東出兵)。以後の中国侵略の基本方向を決定した(6月、東方会議)。日本共産党(非合法)の呼びかけに応じ、労農党、日本労働組合評議会などが「対支非干渉同盟」を結成した。
 ヒューマンな性科学者・山本宣治(愛称・山宣)が同盟委員長に推された。苛烈な弾圧下、同盟は果敢に運動を展開。実情調査のため各界代表からなる「支那派遣団」を計画した。山宣は団長に推された。団は27年8月26日東京駅を出発。西下。途中の各駅で歓送、大阪で集会、長崎で上船の予定とした。
 当局が黙過するはずがない。山宣は出発の2日前、京都の宇治署に拘引、拘留された。他の代表や歓送に駅に参集した人々はすべて検束された。

弾圧うけても満蒙侵略反対
 翌28年2月、第1回普通選挙。労農党(大山郁夫委員長)から立候補した山宣が当選した(京都2区)。革新勢力の進出に驚いた田中内閣は、3月15日、共産主義者を大量逮捕、労農党他2団体を解散させ、6月、治安維持法を死刑法とする緊急勅令を発した。戦争準備と治安維持法改悪はセットであったのだ。
 山宣は第56議会(同年暮〜)への方針と決意を声明として発表した。同国会を「戦争準備の国会」と断じ、治安維持法廃止と帝国主義戦争の陰謀粉砕で結んだ。29年2月、衆院予算委で三・一五事件における拷問を暴露、当局の責任を追及した。日本議会史における名演説である。3月5日、治維法反対の発言を封じられ(本会議)、その夜、右翼暴漢の凶刃に倒れた。
 くりかえし弾圧をうけつつも、満蒙侵略反対の反戦のたたかいは国際反帝同盟日本支部までうけつがれた。
 31年、満州事変となり、十五年戦争が始まった。国際的作家・小林多喜二は、日本プロレタリア作家同盟書記長となり、32年、反帝同盟執行委員、そして33年、東京の築地署で虐殺された。山宣の死を賭したたたかいは、多喜二の死を賭したたたかいに受けつがれたのである。
 さる2月19日、戦争法廃止を軸とする5野党合意が成立した。画期的前進である。先駆者の高い志とたたかいに学び励まされながら、夏の参院選で戦争勢力を少数派に追いやり、「平和国家」への道を開きたい、と思う。

 はしもと・すすむ 1927年生まれ。元『中央公論』次長
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2016年03月02日,「赤旗」)

 

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【2月ヘッドライン】

 

*         参院選で党躍進を/各地で演説会/高知市/北海道苫小牧/長野・千曲

*         多喜二生誕地碑前祭を開く/大館市川口

*         多喜二の生き方胸に/秋田市・大館市で集い

*         先人の遺志継ぎ反戦誓う/小樽/釧路/北海道長沼町

*         高市総務相の電波停止発言/自民党の強権体質表す/改憲草案でも表現活動制限

*         多喜二没後83年の墓前祭/平和守る決意/北海道小樽

*         没後82周年野呂栄太郎の墓前祭、札幌で

*         秋田県多喜二祭の記録「第三集」出版へ

*         発見された多喜二の父末松の手紙/茶谷十六

*         20・21日、多喜二の集い/北海道・秋田

*         時代が求める「新しい多喜二」/変化・進歩の可能性に満ちた今/田島一

*         西田信春の碑前祭開催/北海道

*         芸能テレビ/俳優井上芳雄さん/リーディング「夜と霧」に生きる勇気/人生の苦しみにどうこたえる

*         「建国記念の日」不承認/各地で集会/改憲の動き止めよう/大阪/奈良/和歌山/京都/兵庫/滋賀

*         「建国記念の日」/平和を願うすべての力集め/憲法無視の政権は退陣に/青森/札幌/盛岡

*         戦争法廃止へ行動広げる/「女の平和」が初の講演会

*         平和はウチ、戦争はソト=^「戦争法廃止に」/原水協が署名呼びかけ/高松

*         国民監視、高裁も違法/自衛隊、無制限な情報収集に歯止め/1人は損害賠償、4人は請求却下

 

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2月本文】

参院選で党躍進を/各地で演説会/高知市/北海道苫小牧/長野・千曲

高知市/市田、春名、みかじり氏
 日本共産党の市田忠義副委員長を迎えた演説会が28日、高知市で開かれました。ロビーで聞く人も出た満席の会場は子育て世代が目立ち、託児室は従来の倍の利用がありました。
 応援演説に立ったのは、戦争法に反対する「ママの会@高知」の島崎里美さん(35)。娘が生後3カ月のころに立ち上がったとし、「子どもたちに残さなければならないのは平和な未来です。平和の大切さを理解しない議員、つまり安倍政権はいりません」と訴えると、拍手が湧きました。
 市田氏は、5野党党首が戦争法廃止や選挙協力で合意したことを報告し、この合意を実らせた力を「何よりも世論と運動の力、道理の力だ」と力説。その上で、国民の共同、野党の共同を大切にして共同の力で政治を変える党の値打ちを示し、「国民連合政府という責任ある政権構想を提唱した党として、躍進することは国民への責任だ。『自由は土佐の山間より出(い)づ』と言われた高知から日本の夜明けを」と述べました。
 春名なおあき参院比例候補は「胸躍る情勢だ」として野党合意後の街頭宣伝は雰囲気が一変して声援がかかると紹介し、「野党共闘と党の大躍進で安倍政権に審判を下そう」と呼びかけ。みかじり亮子参院徳島・高知選挙区候補は「戦争法廃止の議席を必ずこの選挙区から送り出そう」と訴えました。
 6歳の長男、妻と来た宮崎努さん(44)は「息子が軍服を着て戦地に行ってほしくない。安倍政権を倒すために野党共闘を呼びかけた共産党に伸びてほしい」と話しました。

北海道苫小牧/池内、いわぶち、森氏
 北海道苫小牧市で28日、「春をよぶ女性のつどい」(主催=同実行委員会、日本共産党苫小牧地区委員会)が開かれ、350人が参加しました。
 日本共産党の池内さおり衆院議員が「戦争はダメ!平和をつくる」と題して講演し、いわぶち友参院比例候補、森つねと参院北海道選挙区候補が決意表明しました。
 自身の入党のきっかけとなった小林多喜二の生き方にふれた池内議員は、多喜二の命日の今月20日に報道された5野党合意について、「合意は戦争法廃止の市民の運動と党の国会論戦が結びついた成果です。衆院道5区補選、参院選で勝利し安倍政権を退陣に追い込むため力を尽くそう」と訴えました。
 いわぶち候補は、道内をまわり実感した党への期待の大きさを紹介。「比例で8議席以上を獲得し、道選挙区でも勝利を勝ち取りたい」と決意を語りました。森候補は「参院選は命と暮らしを守る選挙です。党の躍進で戦争法を廃止させよう」と呼びかけました。
 小野寺幸恵市議は、参院選勝利への支援を訴えました。

長野・千曲/藤野、たけだ、唐沢氏
 参院選での野党勝利と共産党躍進、同時期に行われる市議選(定数22)3候補必勝に向けた日本共産党演説会が28日、藤野保史衆院議員を迎えて長野県千曲市で開かれ、「5野党合意」を熱く迎える発言が相次ぎ、「よし、やるぞッ」の熱気に包まれました。
 藤野氏は「今度の参院選は天下分け目の選挙になる。5野党合意という陣構え≠烽ナきた。自公を少数に追い込むために、たけだ良介候補、唐沢ちあき候補とともに全力を挙げる」と述べ、「市議選は市政と国政をつなぐ大事な選挙。宝の議席必ず」と支持を訴えました。
 地元出身の唐沢選挙区候補は、野党共闘と選挙協力について、戦争法廃止と筋の通った選挙協力を前提に、思い切った対応をとる決断をしたと述べ、「(その場合)引きつづき比例で頑張る」と力強く語りました。
 たけだ比例候補は、「戦争する国づくりか戦争法廃止か鋭く問われる選挙だ」とした上で「安倍政権を倒し、戦争法を廃止し、立憲主義を取り戻すために全力で頑張る」と決意をのべました。唐沢候補の決断を「勇気あるもの」と評価、「参院選で共産党支持の大波を」と市議選と合わせ支持を呼びかけました。
 現職の中村りょうじ、前田きみ子、新しく挑戦する斉藤まさのりの3市議候補は「なんとしても3議席に回復して、しっかり市民の声を届けていく」と抱負を語りました。
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2016年02月29日,
「赤旗」)

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多喜二生誕地碑前祭を開く/大館市川口

 大館市川口の「小林多喜二生誕の地碑」前での同保存会(松坂敏悦会長)主催の「第83回下川沿多喜二祭(碑前祭)」には25人が参加しました。
 松坂会長が、多喜二の父・末松が当地にあった生家の隣人に宛てた手紙が発見されたことなどにふれ「郷土の誇りとして、小林多喜二の顕彰を進めていきたい」とあいさつ。献花のあと、下川沿公民館に会場を移し「多喜二コーナー」や「多喜二文庫」に展示されている父・末松の手紙が紹介されました。
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2016年02月26日,
「赤旗」)

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多喜二の生き方胸に/秋田市・大館市で集い

 プロレタリア作家・小林多喜二をしのび、秋田市で20日、第51回秋田県多喜二祭が開かれ180人余が参加し、出生地の大館市では21日、第37回大館市小林多喜二記念の集いが開かれ70人余が参加しました。両日とも立命館宇治中・高等学校教諭、立命館大学兼任講師の本庄豊氏が講演しました。
 本庄氏は、戦前の暗黒の時代、社会運動に身を投じた山本宣治、小林多喜二と2人の死、アジア・太平洋侵略戦争について説明。「多喜二らの足跡をたどることが、国家権力の圧力に負けず、人を愛し凜(りん)として生きた意味を考えることになる」と語りました。
 「宣治の母が息子に寄せた思いに胸を打たれた」(70代男性、大館市)、「多喜二らの力強さや魅力をあらためて感じ、もっと知りたくなった」(60代女性、秋田市)と感想が寄せられました。
 秋田市の集会には同市出身の女優・浅利香津代さんが駆けつけ、多喜二への思いを語りました。多喜二祭賞の授賞式が行われ、長年、小林多喜二の顕彰と秋田県多喜二祭発展のため力を尽くした故・冨樫耕一さんと、協和の鉱山と松田解子文学を伝える会に贈られました。
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2016年02月26日,
「赤旗」)

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先人の遺志継ぎ反戦誓う/小樽/釧路/北海道長沼町

没後83年多喜二祭/小樽
 小林多喜二没後83年を迎え、北海道小樽市で20日、多喜二祭が開かれました。奥沢墓地での墓前祭には約360人が参加しました。
 同市出身で自衛隊イラク派遣差し止め訴訟を起こし、反戦を貫いた元自民党衆院議員の箕輪登さんを描いた市民劇「この日本がいつまでも平和であってほしい〜みのわ登の遺言〜」が上演されました。
 デモをする若者役として出演した高校1年生の安田いつきさんは「緊張したけど、『戦争反対』と口に出すことで、戦争は嫌だという思いがさらに強くなった」と話しました。
 小樽商科大学教授の荻野富士夫さんが講演。多喜二の小説や評論に触れながら「多喜二がこの場にいれば、なぜ行動しないのかと叱咤(しった)激励するのではないか」と結びました。
 参加した女性は「箕輪さんがこういう活動をしていた人なんだと知って驚いた。多喜二のことがわかってよかった」と話しました。

「語るつどい」/釧路
 多喜二の命日の20日、北海道釧路市で第25回「小林多喜二を語るつどい・くしろ」が開かれ、会場超満員の150人が集まりました。
 多喜二と同時代に生き、戦争に反対して帯広刑務所で獄死した野瀬景三郎について、釧路在住でおいの野瀬義昭氏が講演。「伯父や多喜二の死に象徴される戦前の戦争思想一色の時代へ戻してはならない」と、若い世代への期待を訴えました。

野呂栄太郎の没82年碑前祭/北海道長沼町
 北海道長沼町の野呂栄太郎記念小公園で19日、野呂栄太郎没後82周年碑前祭が行われ、40人が参加しました。長沼町の小西教夫教育長、共産党北海道委員会の佐川敏幸副委員長、薮田享町議があいさつしました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)道本部の宮田汎会長が「反戦平和へ生死をかけてたたかい抜いた」と野呂の生涯を語り、戦争法廃止の運動の意義を強調しました。
 初参加の女性は「33歳の若さで弾圧された野呂の生き方に感動して涙が止まらなかった」と話しました。
 治維法国賠同盟南空知支部の森谷猛支部長が「参議院選挙勝利の中で、来年の碑前祭を迎えよう」と閉会あいさつをしました。
 長沼町の戸川雅光町長はじめ6首長など20団体からメッセージが寄せられ、戦前の北海道で起きた治安維持法による弾圧事件「生活図画事件」で逮捕された菱谷良一さんから「彼の事績は今日、ますます意味を持ってくるのではないか」と手紙が届きました。
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2016年02月25日,「赤旗」)

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高市総務相の電波停止発言/自民党の強権体質表す/改憲草案でも表現活動制限

 放送局が政治的公平性を欠いた番組を繰り返し放送した場合、電波停止を命じる可能性を明言した高市早苗総務相への批判がやみません。世論調査では、同氏の発言について報道の自由を「脅かす」「どちらかといえば脅かす」が計67・4%に上っています(共同通信、20、21日実施)。批判に耳を傾けず高市氏は同様の発言を繰り返しています(22日)。
 公共性の高い電波放送に政治的公平性が求められるのは当然ですが、放送内容に対する権力者の介入が許されるかは、全く別の問題です。担当する総務相がこうした発言を繰り返し、放送事業者やメディアに強い萎縮効果を与えること自体が、憲法で保障された表現の自由を圧迫する言動です。
 重大なことは、こうした高市氏の態度は、自民党の強権的体質そのものの表れだということです。
 自民党改憲草案(2012年)は、表現・結社の自由の保障をめぐり、「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行ない、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」と明記(草案21条2項)しました。「公の秩序を害することを目的」だと権力者が認める表現活動や結社は「認めない」という、驚くべき強権条項です。
 何が「公の秩序」かを判断するのは時の政府・権力者です。政権や体制を批判すること自体が「公の秩序を害する目的」とされかねません。目的=内心の制約そのものにつながる恐れもあります。
 個人の自由を保障するはずの憲法が、言論弾圧の治安維持法≠ノ転化するような内容です。
 昨年夏の戦争法案の審議中に、安倍晋三首相に近い若手議員の会合で、戦争法案に批判的なマスコミを「懲らしめろ」とか、「沖縄の二つの新聞をつぶせ」という発言が飛び出し、世論の厳しい批判を受けました。
 放送番組の内容しだいで電波停止命令に及ぶことを示した高市発言≠ヘ、「秩序」に歯向かう言論は認めないという、自民党の体質と思想のあらわれです。
 (中祖寅一)
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2016年02月25日,「赤旗」)

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多喜二没後83年の墓前祭/平和守る決意/北海道小樽

 北海道小樽市で20日、小林多喜二の命日に合わせて没後83周年の墓前祭が行われました。晴天の中、約80人が多喜二の墓のある雪深い奥沢墓地に集まり、赤いカーネーションを献花しました。
 多喜二祭実行委員会の寺井勝夫実行委員長、治安維持法国賠同盟道本部の宮田汎会長、日本共産党北海道委員会の千葉隆書記長があいさつし「命をかけてたたかった多喜二の思いを受け継ぎ平和を守るために、戦争法を廃止し、平和を守るために頑張っていきたい」と多喜二の墓前で決意を固め合いました。
 小林多喜二の研究をしているという留学生のベンジャミン・バートンさん(27)は「本で知って初めて参加した。83年もたっているのにこうやって引き継がれているのが本当にすごい。多喜二のことをもっと学びたいし、広げたい」と話しました。
 墓前祭のあとには、市民劇「この日本がいつまでも平和であってほしい〜みのわ登の遺言〜」と、小樽商科大学教授の荻野富士夫さんによる「多喜二は戦争をどう描いたか」と題した講演が行われました。
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2016年02月21日,「赤旗」)

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没後82周年野呂栄太郎の墓前祭、札幌で

 戦前のマルクス経済学者で、日本共産党の指導者だった野呂栄太郎の没後82周年の墓前祭が命日の19日、札幌市豊平区の平岸霊園で行われ、20人が参列しました。
 日本共産党北海道委員会の佐川敏幸副委員長は、戦争法廃止を求める国民のたたかいが衆院5区補選の候補者一本化の力となったことを紹介、「多くの人と手を携え、自公を少数に追い込むため努力する。参院選道選挙区で27年ぶりの党議席奪還へ全力を尽くす」と決意を述べました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(治維法国賠同盟)道本部の宮田汎会長は、野呂が帝国主義戦争反対の一点で学者を結集して完成させたのが『日本資本主義発達史講座』だったと紹介。「戦争法廃止、立憲主義回復の大命題でがんばりたい」と述べました。
 国民救援会北海道本部の守屋敬正会長は、野呂が目指した個人が尊重される社会へ「日本の民主主義を前進させることが求められている」と訴えました。
 日本共産党の畠山和也衆院議員、紙智子参院議員、真下紀子道議、坂本恭子札幌市議、各地区委員会がメッセージを寄せました。
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2016年02月20日,「赤旗」)

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秋田県多喜二祭の記録「第三集」出版へ

 秋田県多喜二祭実行委員会は、全国から寄せられた小林多喜二に関する論評・エッセー・詩・短歌・俳句などをまとめた記録集『秋田県多喜二祭の記録 第三集、生地からの発信』を、第51回秋田県多喜二祭(20日)にあわせ出版します。
 多喜二生誕の地・秋田からの多喜二祭の歴史と、国際的な交流・研究を発信する内容になっています。
 工藤一紘秋田県多喜二祭実行委員長は「『安保法制廃止、立憲主義を取り戻そう』と立ち上がった多くの人たちの怒りと抗議の声が全国に広がり、暗黒の時代への逆行を許さない歴史的なたたかいが始まった今、反戦・平和、社会進歩と民主主義をめざした小林多喜二に光を当て、しっかりと次世代に伝えていくことが重要になっています。この本が多喜二の意志を引き継ぎ、新たな社会を切り開く運動の糧(かて)になることを願っています」と語りました。
 頒布2500円。申し込み・問い合わせ=秋田県多喜二祭実行委員会090(7669)6387工藤さん
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2016年02月20日,「赤旗」)

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発見された多喜二の父末松の手紙/茶谷十六

 今年1月20日、韓国の友人黄奉模氏を案内して多喜二の生地、秋田県大館市の下川沿を訪ねた。黄氏は、多喜二作品を分析した研究論文によって博士号を得た韓国における多喜二研究の第一人者である。
 多喜二の生家跡と、JR下川沿駅前に建つ「小林多喜二生誕の地」碑を案内した後、昨年2月に新装開館した下川沿公民館を訪ねた。ここに新設された「小林多喜二コーナー」をぜひとも参観したいと思ったからだ。玄関を入るとすぐ正面に立派なガラスケースが設けられて、多喜二の大きな写真が掲げられ、初版本(複製)の作品が展示されていた。さらに奥の部屋に設けられた「小林多喜二文庫」の棚を見て、私は目をみはらされた。多喜二関係のたくさんの書籍と共に、多喜二の父末松の手紙(コピー)が展示されていたからだ。
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 手紙は、昨年8月に所在が確認され、「小林多喜二生誕の地碑保存会」(松坂敏悦会長)に寄贈されたのだとのこと。一見して、私はその見事な筆跡と、達意の文面に衝撃を受けた。
 それは、明治43(1910)年7月25日に、小樽区若竹町在住の小林末松から、秋田県北秋田郡下川沿村川口の小林家の向かい佐藤彦四郎に宛てた手紙であった。妻セキが作った小包を送ったので、名宛人ごとに配ってほしいとの依頼状である。あわせて家族皆がそろって無事であることを伝えるとともに、旱魃によって不作が予想され、米価が高騰している北海道の状況を詳述して、郷里秋田の水稲の作柄についての心配を述べている。最後に「安倍先生様の御内儀様へも宜しく御伝え願います」との添え書きがある。多少変則的な文体ではあるが、細やかな心遣いが伝わってくる。
 多喜二の母セキが、ほとんど読み書きもできず、獄中にあった息子への手紙を書くために必死に学習したことはよく知られている。セキの没後に発見された「ああ、またこの二月の月がきた…」という自筆の紙片からは、そのたどたどしい文字と文章を通して、虐殺された息子の死を追憶する痛切な母の真情が迫ってくる。
 多喜二の父末松自筆と思われる文章が公開されるのは恐らく初めてのことではなかろうか。手紙の筆跡や文体からは、母セキとは異なって、文筆に長け相当の知的な能力をそなえた人物像が推測される。
 多喜二の文学と生涯に関わって、母セキについては多くのことが語られてきた。だが父末松については語られる機会が極めて少なかったように思われる。
 ■ □
 手塚英孝『小林多喜二』によれば、多喜二の家は、祖父多吉郎の代から旅宿を営んでいた。離れの8畳つづきの2間には、小学校長だった安倍彌吉夫妻が十数年来借りて住み、家族と同じ親しさで暮らしていた。多吉郎は、見聞も広く、村の知識人でもあって、温厚な人柄とともに郷土の信望も厚かった。その子末松は、父の気質を多分にうけつぎ、読書を好み、特に小説や芝居の好きな、長身で、温厚な人柄であったという。
 祖父多吉郎から父末松へ、多喜二が生まれたこの家庭環境が、プロレタリア作家小林多喜二誕生の知的土壌として重要な意味を持っていたのではなかろうか。多喜二生誕の地での新たな発見を通して、多喜二研究の次への一歩が踏み出されることを期待したい。
 (ちゃだに・じゅうろく 民族芸術研究所理事、秋田県歴史教育者協議会会長)
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2016年02月19日,「赤旗」)

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20・21日、多喜二の集い/北海道・秋田

 「蟹工船」などの作品で知られる戦前のプロレタリア作家、非合法の日本共産党員で、1933年2月20日、特高警察の拷問により29歳で命を奪われた小林多喜二をしのぶ集いが20、21日、北海道と秋田県の各地で行われます。多喜二は秋田県下川沿村(現大館市)の農村で生まれ、4歳のときに一家で北海道小樽に移住しました。今年は多喜二没後83年です。

○北海道
 北海道小樽市では20日、「多喜二祭」が開かれます。午後1時から奥沢墓地(奥沢5丁目)で墓前祭、午後3時半から小樽市民センターマリンホール(色内2丁目)で記念のつどいが開かれ、市民劇「この日本がいつまでも平和であってほしい〜みのわ登の遺言〜」(脚本・演出=大地巌道憲法共同センター事務局長)、講演「多喜二は戦争をどう描いたか」(講師=荻野富士夫小樽商科大学教授)があります。
 釧路市では「2016年小林多喜二を語るつどい・くしろ」が20日午後1時半から、釧路市生涯学習センターまなぼっと705・706号室で開かれ、「多喜二の時代へ戻さない〜野瀬景三郎の獄死から見えてくるもの〜」と題して、野瀬義昭氏(日本民主主義文学会会員、治安維持法国賠同盟会員)が講演します。

○秋田
 秋田市では「第51回秋田県多喜二祭」が20日午後1時半から、秋田県生涯学習センターで開かれます。(資料代1000円)
 大館市では「第37回大館市小林多喜二記念の集い」が21日午後2時から、同市中央公民館で(入場無料)開かれます。
 秋田市、大館市とも本庄豊さん(立命館宇治中・高等学校教諭、立命館大学兼任講師)が、小林多喜二と山本宣治について講演。混迷する現代の中で、りんとして生きる意味を考えるほか、多喜二作品の朗読も行います。
 秋田市では合唱と「秋田県多喜二祭賞」授賞式があわせて行われ、今年は故・富樫耕一さん、協和の鉱山と松田解子文学を伝える会に贈られます。
 また、大館市川口のJR下川沿駅前にある「小林多喜二生誕の地碑」前では20日(土)午後2時から、同保存会主催で碑前祭が行われます。下川沿公民館には「小林多喜二コーナー」があり、「多喜二文庫」の中に父・末松の手紙が展示されています。
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2016年02月19日,「赤旗」)

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時代が求める「新しい多喜二」/変化・進歩の可能性に満ちた今/田島一

 多喜二の季節を迎えると、「ああ、またこの二月の月がきた」という母親のセキさんの胸痛むことばが浮かぶ。毎年2月には私自身、多喜二に思いを馳せるのが習慣化しているが、多喜二祭が開かれる全国各地で、今年もそれぞれ熱っぽく語られることだろう。

 先だって瀬戸内寂聴氏が、20歳前後のSEALDs(シールズ)メンバーの女性3人と懇談する記事を目にした(朝日新聞)。氏が「青春は恋と革命よ」「未来を作らなきゃ」と呼びかけたのに対し、彼女らが屈託なく「はい」と返すやりとりがさわやかであった。
 瀬戸内氏が唱えた革命とは、「自分の今を変える」ことらしいのだが、直截な表現が新鮮に響く行間を追っていて、私はとっさに多喜二の姿を脳裏によみがえらせていたのだった。
 昨年夏、国会議事堂を包囲した人々の前で音楽家の坂本龍一氏が、僕たちにとって、「マグナ・カルタ」や「フランス革命」に近いものが起こっているのではないか、とスピーチしたのは記憶に新しい。年頭には志位和夫氏が、昨年から今年にかけて起きているうねりについて、「日本の歴史でも初めての市民革命的な動きが開始された」と語り注目を浴びた。安倍首相が国会答弁で9条改憲に踏み込んだいま、新たな市民社会をめざす動きがどのように発展し成熟していくか、それはこの国の現在と未来を決めるといっても過言ではないだろう。
 私が先の紙面から多喜二を想起した根底には、激変する日本社会のもとで立ち上がる多くの人を目の当たりにして、「いま何を、どのように描くか」と、文学に携わる者に共通に投げかけられている今日的な問題意識があった。

 1920年代の後半から33年の死に至るまで多喜二は、社会変革を展望し、厳しい現実と同時に、明日への希望を独自の方法で描き出した。そこには未来を担う若い男女が、葛藤を経ながらたくましく育まれていく過程が、彫り深い形象で捉えられている。2人の姉妹の自覚と成長を描いた「安子」や、戦争に突入していく状況下で、反戦を主題にすえた「沼尻村」、「党生活者」などの作品において、農村や工場でたたかう青春群像が、生動ある筆致で紡ぎ出されていったことに、それは見て取れるだろう。
 これまで、「多喜二なら現在をどう描くでしょう」、という問いかけをよく耳にしてきた。が、多喜二の生涯と作品は、あまりにもまぶしすぎて、具体的に語ることへの躊躇が少なからず私にはあった。しかし、社会と政治、労働、国民生活など、あらゆる場でせめぎ合い大きな変化と進歩の可能性に満ちた現状は、いまという時にふさわしい文学としての奮起を特別に促していると思える。
 それは、時代の求めに応えアクチュアル(現実的)に挑戦していった多喜二のように、社会と人間を深く捉えた「壮大なスケールの作品をいまこそ生み出せよ」と望む人々の声であり、他方で、研ぎ澄まされた知性と瑞々しい感性で作品創出に向かう、「若き多喜二よ現れいでよ」の、ふたつの声として重なってくるだろうか。
 絶対主義的天皇制下の暴圧の時代は、小林多喜二という類いまれな作家と作品を登場させた。いまは、作品と人で「新しい多喜二」を世に送り出す時なのだと、私はひそかにそのことを希い、身を引き締めたのだった。

 小林多喜二 1903年、秋田県生まれ。小説「一九二八年三月十五日」「蟹工船」「党生活者」ほか。33年2月20日、特高警察に捕らえられ虐殺される

 たじま・はじめ 1945年生まれ。作家、日本民主主義文学会会長。94年『遠景の森』で多喜二・百合子賞。『ハンドシェイク回路』『時の行路』ほか
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2016年02月17日,「赤旗」)

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西田信春の碑前祭開催/北海道

 戦前の日本共産党員で、天皇制政府の手先・特高警察に殺された西田信春の出身地・北海道新十津川町にある石碑前で11日、碑前祭が行われ、約40人が参加しました。
 党北空知留萌地区委員会の女鹿武委員長は、「2013年の参院選・14年の衆院選・昨年のいっせい地方選と党前進を報告でき、うれしい。今年の参院選で北海道選挙区から27年ぶりの議席を」と決意表明しました。
 治維法国賠同盟(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟)北海道本部の宮田汎会長は、戦争法、改憲を目指す安倍政権の暴走に触れ、「かつての満州事変の前夜のような状況がある。平和と民主主義を守る私たちのたたかいは、83年前に殺された西田の思いにむくいるたたかいです」と参加者を激励しました。
 いわぶち友参院比例候補、森つねと道選挙区候補がメッセージを寄せました。
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2016年02月16日,「赤旗」)

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芸能テレビ/俳優井上芳雄さん/リーディング「夜と霧」に生きる勇気/人生の苦しみにどうこたえる

 ミュージカルを中心に活躍する俳優・井上芳雄さんが今月、リーディング「井上芳雄による『夜と霧』〜苦しみの果て、それでも人生に然りと云う〜」に出演します。井上さんは同書を「生きる勇気を与えてくれる本です」と語ります。
 大塚武治記者

 『夜と霧』は第2次大戦中、ナチスにより強制収容所に送られ、極限状況を生き抜いたオーストリアの精神科医・心理学者フランクルが書いた体験記。世界的ロングセラーです。

生涯の一冊
 リーディングは2014年、新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあが企画・製作し、同市と岩手県釜石市で上演。井上さんが生演奏に乗せて、演出・笹部博司さんが構成した上演台本を朗読しました。
 「『夜と霧』は中学のころ、親に『これだけは読んでおきなさい』と言われた本。以来、生涯の一冊≠フようになりました」と井上さん。
 せい惨な収容所の様子が描かれます。服や持ち物、名前さえ奪われ、極度の飢えと暴力、不衛生な環境の中、労働を強いられる収容者たち。次つぎと死んでいきます。
 「最初読んだ時はショッキングで、二度とくり返してはならない歴史だと思いました。でもおとなになって読むと、それだけでなかった。今の僕たちに必要な本ではないかと思いました。実際、東日本大震災の後に多く読まれ、被災者の方を勇気づけたそうですね」

長く続けたい
 初演で訪れた被災地・釜石市でも、「みなさんが真剣な表情で聞いてくださいました」と振り返ります。
 震災で演劇ホールを失った町。7月の猛暑の日、公民館は230人でいっぱいに。「演じないでほしい」という笹部さんの言葉通り、「自分の中に、本と同じものが流れているのを感じながら」朗読しました。涙を流す人や、近所の人が津波にのまれた時のことを話す人もいました。
 「フランクルは書いています。どんな暴力でも、自分の内面は奪えないんだ、自分の過去も奪えないし、愛する人の存在も奪えない、そしてそれらは確実に人間を支えるんだと。僕もその言葉に救われますし、人間は何とすごい存在だろうと思います」
 フランクルの言葉に、小林多喜二を演じた舞台「組曲虐殺」などで多くのことを教わった、井上ひさしさんの言葉を思い出すと言います。
 「井上さんも、生きることは苦しい、だからこそ人間は笑いを生み出せる存在なんだとおっしゃっています。苦しみも、人生の大事な一部ということでしょうか」
 「フランクルが言うように、人生の目的は『幸せになること』ではないんですよね。人生が与えてくるその時々の苦しみに、どうこたえたかが問われる。その言葉は、僕にはすごい励ましです」
 できればこのリーディングを長く続けたいと。
 「今はきつくて、1日1公演がやっとです。続けていけば、もっとできるようになるかな」

 *16〜20日=東京・イタリア文化会館アニェッリホール。рO25(224)5521(りゅーとぴあ)
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2016年02月14日,
「赤旗」)

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「建国記念の日」不承認/各地で集会/改憲の動き止めよう/大阪/奈良/和歌山/京都/兵庫/滋賀

 安倍政権による戦争法強行、改憲策動のなかで迎えた「建国記念の日」の11日、憲法・平和・民主主義を守ろうと、近畿各府県で集会が開かれました。

戦争法反対さらに/大阪
 大阪では、労働組合や歴史学研究者らでつくる「建国記念の日」反対大阪連絡協議会が50回目の「『建国記念の日』不承認 大阪府民のつどい」を大阪市内で開き、220人が参加しました。
 大阪歴史科学協議会の林正敏副委員長が開会あいさつし、自由法曹団の山口真美弁護士が「『戦争する国』づくりに、どう立ち向かうか」と題して講演しました。
 山口氏は、平和と民主主義を守りたいという国民の思い、それを踏みにじる安倍内閣への怒りで共同が広がった戦争法反対の運動をさらに広げ、明文改憲阻止のたたかいに発展させようと強調。「7月の参院選では改憲勢力3分の2の阻止のため行動で示していこう」と呼びかけました。
 2人が意見発表。SADL(サドル)のメンバーが、民意や世論を動かすために、街に出て対話をしていると話し、大阪歴史科学協議会の西尾泰広氏が、侵略戦争を美化し、日本の加害責任をあいまいにする歴史・公民教科書の採択問題について報告しました。

シールズを招いて/奈良
 奈良では10日、「建国記念の日」に反対する奈良県民集会実行委員会が、SEALDs KANSAI(シールズ関西)の寺田ともかさん(22)と齋藤凛さん(20)を招き、「現在の日本と私たちの運動」と題して、50回目の集会を奈良市内で開催し、73人が参加しました。
 寺田さんと齋藤さんは、シールズ関西について2人がスピーチしたデモの映像などをまじえて紹介しました。映像を見た参加者のなかには目をうるませる人もいました。
 齋藤さんは「私が、路上で得た日常のなかにある政治や政治参加の方法を次の世代に伝えていきたい」と話しました。
 寺田さんは「自分たちの行動があるのは、戦後70年間、平和の行動を続けてきた皆さんのおかげです」と話すと会場から大きな拍手がおくられました。
 会場から「メンバーより若い子に、どう訴えかけるのか」など質問が相次ぎ、寺田さんと齋藤さんが答えました。
 最後に、集会決議が採択されました。

2000万署名成功必ず/和歌山
 和歌山では、平和・人権・民主主義2・11和歌山市集会が開かれ、90人が参加しました。
 講演した元和歌山大学副学長の堀内秀雄名誉教授は、戦争法反対の運動について「和歌山でも大きな草の根の運動になりつつある。運動の広がりはある。でも足りない。権力、地方自治体、メディアなど締め付けは強くなっている」と指摘。現状を戦前の日本やヒトラーが台頭したナチスドイツと比較するとともに、シールズやママの会の運動を紹介し「日本の戦後民主主義の最大の危機だ。しかし戦前と決定的に違う。現状を客観的に見て改憲阻止のためにどうしたらいいのか議論しよう」とよびかけました。
 堀内氏はますます独裁化を強める安倍政権を糾弾するとともに、権力の暴走が平和主義・立憲主義・民主主義を守る新しい運動の「寝た子を起こした」と指摘。2000万署名を成功させ、野党統一候補を擁立し、安倍政権を倒そうと訴えました。

13条の精神生かす/京都
 京都では、安倍政権の歴史認識を問う「『建国記念の日』不承認 府民のつどい」(同実行委員会主催)が京都市下京区で行われ、170人が参加しました。
 主催者あいさつした京都教育センターの高垣忠一郎代表は「すべての国民は、個人として尊重される」とする日本国憲法第13条を引用し、「この精神が社会でどれだけ生かされているか」と述べました。
 「子どもと教科書京都ネット21」の大八木賢治事務局長が基調報告を行い、日本の侵略戦争を美化する教科書の採択を狙う動きのなか、子どもの歴史認識の状況と問題点をつかむ必要性があると訴えました。
 恵泉女学園大学名誉教授の内海愛子さんが講演。日本はサンフランシスコ条約で西側諸国との和解は成立したが、これは日米安保条約と一体化した米国の世界戦略の一環であり、韓国、朝鮮、中国との清算と和解は排除されたと述べ「戦後処理の二重構造が東アジアに緊張状態を生み出し、今日まで残っている」と話しました。

シリア内戦現状は/兵庫
 兵庫では、2・11「建国記念の日」不承認県民集会が神戸市で開かれ、会場いっぱいの120人が参加しました。
 フリージャーナリストの西谷文和氏が「戦争のリアルと安保法制のウソ」と題し、傷ついた子どもたちと市民、破壊された街や戦闘の映像を交えシリア内戦の現状を報告しました。湾岸戦争やイラク戦争開始前のうその証言映像を紹介し、戦争がうそから始まることや新聞・テレビが報道しない事件・事実を示し、災害や戦争など大事件のときに市民の冷静な判断が求められることを強調。福島原発事故や沖縄米軍新基地建設など政府が国民に忘れさせ、あきらめさせようとしていることを指摘し、「忘れない、あきらめない、だまされないことが必要」と述べました。
 実践報告として、戦争法反対のデモに取り組むティーンズソウル・ウエストの男子高校生(17)と、安保法案をめぐる高校での授業と生徒の感想が報告されました。

正しい歴史認識を/滋賀
 滋賀では、「建国記念の日」を考え、戦争法廃止をめざす滋賀のつどいが大津市内で開かれました。「革新の会しが」や県平和委員会、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県本部、自由法曹団滋賀支部が主催し、80人が参加しました。
 治維法国賠同盟県本部の川端俊英会長は「正しい歴史認識に立って今を考える貴重な機会になれば」とあいさつ。帝塚山学院大学教授の川本治雄氏が「侵略戦争の歴史から学び、安倍政治を考える」と題して講演しました。
 川本氏は「戦前の遺物、残りかすみたいなものをよみがえらせないような未来志向を考える日だ」と述べ、安倍首相が改憲を堂々と言いだす状況の中で「いま黙っていてはいけない」と話しました。
 参加者からは「子どものころの戦争中のことを語りながら、今の言論の自由や基本的人権をどう守っていくのかを考えたい」などの意見が出されました。
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2016年02月12日,「赤旗」)

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「建国記念の日」/平和を願うすべての力集め/憲法無視の政権は退陣に/青森/札幌/盛岡

 安倍自公政権による戦争法強行、改憲策動が強まるなかで迎えた「建国記念の日」の11日、各地で憲法を守る声を上げようと行動しました。

学んだ力で2000万署名へ/青森
 青森県では、第36回「建国記念の日」を考える集会(2・11集会を成功させる各界連絡会主催)が、青森市の県民福祉プラザで開かれ、約200人が参加しました。
 「八法亭みややっこ」こと飯田美弥子弁護士が「歴史に学び、未来を志向する日本国憲法」と題し口演=B
 飯田さんは、憲法の成り立ちと理念、自民党改憲草案の危険性を、ユーモアを交え明快に解説。憲法9条の恒久平和主義は、他国にない先駆的なものだと強調し、「国のために国民がある『自民党改憲草案』は、大日本帝国憲法に回帰する内容だ」と批判しました。
 飯田さんは、「輸出するなら、原発ではなく憲法9条、平和主義」と口演を閉めました。
 「初めて自民党改憲草案の危険な中身を理解できた。自分で情報を集め考える大切さが身にしみた」(40歳・女性)、「学習で得た知識を2000万署名の力にします」(50代・女性)「選挙で安倍政権を少数派にするぞと元気がみなぎってきた」(40代・男性)など感想が寄せられました。
 戦争法廃止を求め、憲法を守り抜くことを誓うアピールが採択されました。

自治体・議会に「要請書」/札幌
 北海道のキリスト者や教職員組合などでつくる靖国神社国営化阻止道民連絡会議(靖国共闘会議)は、札幌市内で「第39回紀元節復活反対2・11道民集会」を開き、労働者、青年、女性ら400人が参加しました。
 「集会宣言」で、思想・信条の違い、政治的立場の違いを超えて、平和を願うすべての国民が力を合わせ、憲法を守り、戦争法を廃止にするために全力を挙げることを、参加者の決意として確認しました。
 上田文雄弁護士(前札幌市長)が講演し、日本が第2次世界大戦の戦争責任をあいまいにしたまま海外での武力行使に道を開くことは、同じ過ちを繰り返す危険があると強調。「戦後70年、日本は憲法のもと、戦争で人を殺したり、殺されたりしたことはなかった。平和を断ち切るのが安保体制だ。廃止へむけて行動を起こそう。憲法を国民の手に取り戻そう」と訴えました。
 憲法改悪反対表明、戦争法などの廃止を求める意見書の採択などを自治体や地方議会に求める「要請書」を確認。集会宣言と一緒に道内の自治体首長、議長あてに送付します。

戦争法廃止へ大同団結を/盛岡
 盛岡市では「建国記念の日」を考える県民の集いが開かれ、会場いっぱいの110人が参加しました。教科書・靖国神社問題岩手県市民ネットワーク、岩手憲法会議、いわて労連など7団体の主催。
 小笠原基也弁護士が講演し、政府の刑事司法「改革」は取り調べの可視化が極めて不十分であるなど問題が多いと批判。同「改革」と共謀罪が強行されれば戦前の治安維持法の復活につながり、個人の自由が抑圧されると警鐘を鳴らしました。
 治安維持法国賠同盟岩手県本部の牛山靖夫会長は、ウルトラ右翼の安倍政治とたたかうためにも、命をかけて侵略戦争に反対した人たちの歴史を語り継ぐと強調しました。
 日本国民救援会岩手県本部の水戸正男会長は、戦争法廃止の2000万署名を岩手で20万人集め切り、安倍政権を追い詰めようと呼びかけました。
 「憲法を無視する政権を退陣させ、戦争法廃止のために国民は大同団結しよう。意見の違いを乗り越え、平和や暮らしを守る運動を草の根から起こそう」とのアピールを採択しました。

「建国記念の日」
 初代天皇とされる神武天皇が即位した日として戦前、「紀元節」と呼ばれていたものを、自民党政府が1966年に「国民の祝日」として復活・制定させたもの。翌67年から適用。歴史的根拠はありません。
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2016年02月12日,「赤旗」)

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戦争法廃止へ行動広げる/「女の平和」が初の講演会

 「女の平和」は5日、東京都内で初の講演会を開きました。戦争法廃止を求める「2000万署名」の成功と対話を広げ、もう一度全国で赤いファッションを身につけて大きな行動をしようと呼びかけました。
 戦争に反対し、憲法を守りぬきたいと結成された「女の平和」。戦争法の成立に反対し、昨年1月に7000人、6月には1万5000人が参加する国会包囲を行ってきました。
 「女の平和」代表で、元中央大学教授の横湯園子さんが講演しました。治安維持法で逮捕され獄中死した父と、それにともない苦労した母の話、心理臨床家の立場から戦争神経症の実態を紹介。「戦争は弾圧と貧困からやってきます。戦争を止めるため、1人が2人、2人が4人に対話を広げていきましょう」と語りました。
 総がかり行動実行委員会の高田健さんが連帯あいさつしました。夏の参院選での野党共闘について「いろんな人が、さまざまな努力を積み重ねています。成功の可能性はあると思う。いま私たちにできることは、一人ひとりが野党議員を後押しすること。戦争法廃止の運動を一緒に頑張りましょう」と訴えました。
 文化行事で、アコーディオン奏者のMiyack(ミヤック)さんが演奏しました。
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2016年02月07日,「赤旗」)

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平和はウチ、戦争はソト=^「戦争法廃止に」/原水協が署名呼びかけ/高松

 香川県原水協と高松市原水協は3日、節分祭でにぎわう高松市の田村神社で核兵器廃絶署名と戦争法廃止の2000万署名に取り組み、それぞれ約30人分の署名が寄せられました。
 参加者は、核兵器廃絶署名を国連へ持って行くことや、戦争法を廃止しようと呼びかけました。
 戦争体験者などが署名し、子ども連れの若い家族は「昔の戦争も、知らない間に次々と決められていたんでしょうね。次の選挙はきちんと考えて投票します」と応じました。
 別の女性(66)は「祖父から戦争体験の話をよく聞きました。安保法制は廃止にしてほしい。安倍さんは嫌いになりました」と話しました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県本部も、賠償を求める署名に取り組みました。
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2016年02月04日,「赤旗」)

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国民監視、高裁も違法/自衛隊、無制限な情報収集に歯止め/1人は損害賠償、4人は請求却下

 自衛隊情報保全隊による国民監視の差し止めを東北地方の市民らが求めた訴訟の控訴審判決が2日、仙台高等裁判所(古久保正人裁判長)でありました。判決は、原告のうち1人について憲法13条(個人の尊重)で保障するプライバシー権を侵害したとして情報収集の違法性を明確に認定し、一審に引き続き国に10万円の損害賠償を命じました。一審で勝訴した残り4人は逆転敗訴となり、差し止め請求も却下されました。しかし控訴審で、自衛隊の監視行為の一部を違法と断罪したことは、「戦争する国づくり」をすすめる安倍政権に打撃となります。
 同訴訟は、自衛隊のイラク派遣反対運動などを監視され、表現の自由やプライバシー権が侵害されたとして訴えたもの。一審仙台地裁は2012年3月、原告のうち5人についての情報収集は違法だとして国に賠償を命じました。
 勝訴したのは芸名で歌手活動を行っている宮城県の男性。平和を訴えた路上ライブなどを監視され、公表していない本名や勤務先を保全隊に情報収集されました。高裁判決は、プライバシー権が憲法上の権利だと明示して「(同原告への)プライバシーに係る情報の収集、保有は違法」と断じました。
 また保全隊が「国民春闘」や「小林多喜二展」など自衛隊と無関係なものまで監視対象としていることを「必要性が満たされない」と無制限な情報収集に歯止めをかけました。
 逆転敗訴した4人については、議員など「公的立場」にあることを理由に「情報は秘匿性に乏しい」と、人権への理解が不十分な判断をしました。しかし、「必要性もないのに議員個人に着目して継続的に」情報収集すると「違法性を有する場合があり得る」と指摘しました。
 判決後の報告集会で後藤東陽原告団長は「裁判所が自衛隊の監視活動を違憲だと認めてくれた。勇気百倍。これからも平和運動に頑張っていきましょう」と訴えました。(関連15面)

情報保全隊
 防衛相直轄の情報部隊。防衛秘密の保護と漏えい防止が表向きの任務ですが、実際の中心的任務は市民の平和運動などを監視することです。陸海空の3自衛隊にあった情報保全隊は2009年に「自衛隊情報保全隊」に再編・強化されました。同隊による国民監視の実態は07年6月、日本共産党が同隊の内部文書を公表。違憲・違法な活動を告発して明らかになりました。
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2016年02月03日,「赤旗」)

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【1月ヘッドライン】

*         ニュース探偵曜子/緊急事態条項/どこに問題?/憲法学者、東海大学教授永山茂樹さん/その1

*         ニュース探偵曜子/緊急事態条項/どこに問題?/憲法学者、東海大学教授永山茂樹さん/その2

*         「不屈」を継ぐ/相沢良没後80年碑前祭/札幌

*         宮本百合子没後65周年に寄せて/貫いた反戦平和の志/ファシズム勢力の存在見抜く/澤田章子

*         月曜インタビュー/作家星野博美さん/未知に向かう人に引かれて/400年前の殉教者の姿探る

 

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1月本文】

ニュース探偵曜子/緊急事態条項/どこに問題?/憲法学者、東海大学教授永山茂樹さん/その1

明文改憲の突破口!?/首相独裁/国会無視
 最近よく耳にする「緊急事態条項」ということば。何なの? ニュース探偵・曜子さんと相棒のワカルさんが調べてみました。

大災害の時に対応するためなの?/今でも対処できる。狙いは、憲法停止と国民の権利剥奪

 曜子 国会で安倍(晋三)首相が、憲法を改定し、「緊急事態条項」を設けることが「重要だ」といっていたわ。
 ワカル 安倍さんは参院選で改憲を公約に掲げるといっているよ。きちんと知っておく必要があるね。
 2人は、憲法学者の永山茂樹・東海大学教授を訪ね、聞いてみることにしました。

 曜子 「緊急事態条項」って、よくわからないんですが。
 永山 難しい言葉ですよね。
 ワカル 東日本大震災もあったし、緊急事態になったときに対応する仕組みは必要だと思うのですが…。
 永山 緊急事態に対処する仕組みは、日本国憲法にもあります。
 曜子 えーっ! それがないから安倍さんは、入れようとしているんじゃないの。
 永山 今の憲法でも、緊急事態で新たに法律が必要だということになれば、臨時国会を開くことができます(53条)。もし衆院が解散されていても、参院だけで緊急集会を開くこともできます(54条)。法律の範囲内であれば、政府が命令(政令)を出すこともできますよ。緊急事態に対処する仕組みはいくつもあります。
 ワカル じゃあ、何で「緊急事態条項」をつくろうとしているの。
 永山 それを知るためには、自民党の改憲草案(2012年、別項)を読むといいですよ。
 曜子 どんなことが書いてあるんですか。
 永山 緊急事態として真っ先に書かれているのは「大規模な自然災害」などではありません。「我が国に対する外部からの武力攻撃」(98条)です。
 ワカル えー、知らなかった。
 永山 首相は「武力攻撃」が起きると「緊急事態宣言」をすることができます(98条)。「緊急事態」は最大100日間継続し、延長も可能です。
 曜子 なんだか怖い話になってきたわ。
 永山 「緊急事態宣言」が出ると、国会の議決を経なくても政府が法律と同じ効力のある政令を出せます(99条1項)。国民は政府の指示に従わなくてはならない(同3項)という「服従義務」も定められていますよ。

まるで戦前
 ワカル 具体的にはどうなるの。
 永山 戦前の明治憲法(大日本帝国憲法)下で起こったことを振り返るとわかりやすいと思いますよ。
 ワカル というと。
 永山 明治憲法には、「緊急事態条項」がいくつもありました。緊急時、帝国議会が閉会中には天皇が、法律と同じ効力のある緊急勅令を出すこともできました。
 曜子 戒厳措置は二・二六事件で出されたんですよね。
 永山 それも緊急勅令に基づくものでした。ほかにもありますよ。当時、侵略戦争に反対する人たちなどを弾圧した法律に治安維持法がありました。1925年に帝国議会で制定されましたが、最初、死刑は入っていませんでした。28年の緊急勅令で最高刑を死刑にしたんですよ。
 ワカル そういう中で戦争に突き進んでいったんですよね。「緊急事態条項」からは戦争推進や独裁政治のにおいを感じます。
 永山 そうですね。「緊急事態条項」とは、緊急事態に対応するための話に思われがちですが、そうじゃないんです。本当の狙いは、憲法の効力を一時的にとめ、国が非常措置をとれるようにすることなんですよ。
 曜子 憲法の効力を一時的にとめる?
 永山 日本国憲法41条は、国会が「国権の最高機関」と決めています。これは緊急事態になってもかわらないですよね。その国会をなきものにするのが「緊急事態条項」なんです。
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2016年01月31日,「赤旗」)

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ニュース探偵曜子/緊急事態条項/どこに問題?/憲法学者、東海大学教授永山茂樹さん/その2

国会議員の任期延長は何のため?/独裁政治のためには選挙が邪魔なんだ

 ワカル これは大変だ。でも、災害などが起きた場合、国会議員の任期を延長しないと対応できない≠ニいう人もいます。国会を尊重しているように聞こえますが。
 永山 たしかに自民党改憲草案(99条4項)では緊急事態の間、衆院は解散されないし、衆・参両院の議員の任期は延長できると書いてあります。
 ワカル 必要な気もしますが。
 永山 初めに話しましたが、今の憲法でも、解散で衆院議員がいなくなっても、参院で緊急集会が開けます。参院議員の任期は6年ですが改選は半数です。参院議員全員がいなくなることはないんです。任期延長しないと国会が動けないということはありませんよ。
 曜子 そうなんだ。
 永山 1941年、明治憲法のもとで、衆院議員の任期を1年延長する法律が通り、選挙が翌年に延期になったことがあります。当時の平沼騏一郎内務大臣は帝国議会で、選挙を行えば国政についていろんな議論が起き、「挙国一致国防国家体制の整備にまい進せんとする決意を、…内外の人をして疑わしめないとも限らない」といいました。
 ワカル 戦争へ一丸となってすすもうとしているときに、選挙で議論がされては困るというわけですね。
 永山 歴史をみると、任期延長は、国民の自由で民主的な議論を抑え込む目的で使われました。任期延長とはつまり選挙の先延ばしです。その間、政治に国民の声を反映させる道は閉ざされてしまいます。憲法の大原則である国民の参政権や国民主権を侵害するものです。
 曜子 民主主義の破壊ですね。
 永山 そうです。国会を大事にするどころか、国会をなきものにして政府だけで法律≠つくれるようにするのが「緊急事態条項」の大事な点です。自民党改憲案全体をみると分かりますが、首相による独裁政治をつくるのが狙いです。 

メディアは「お試し」というけど/戦争を想定した憲法破壊だよ

 曜子 メディアでは「お試し改憲」ともいわれているけど…。
 永山 改憲の本丸である9条改憲の前に、やりやすいところから改憲しようという見方ですね。だけど、前にもいったように、「緊急事態条項」には「憲法の効力を一時的にとめる」という重大問題があります。
 ワカル そうですね。今問われているのは、日本を独裁国家にするか、立憲主義、民主主義を回復するかですね。
 永山 自民党改憲草案は、緊急事態の事例の第一に「我が国に対する外部からの武力攻撃」をあげています。「緊急事態条項」は戦時を想定した、国民の権利制限と首相への権限集中が一番の狙いなんだと思います。
 曜子 昨年9月、安倍政権が強行した戦争法(安保法制)を具体的に動かすために必要というわけですね。絶対に許しちゃいけないわ。

憲法制定議会でも/「民主政治を壊す」

 憲法制定議会で金森徳次郎・憲法担当大臣は「緊急事態条項」について「ないことが望ましい」とし、こう答弁しています。
 「緊急勅令及び財政上の緊急処分は、行政当局者にとりましては実に調法(重宝)なものであります。しかしながら調法という裏面におきましては、国民の意思をある期間有力に無視し得る制度であるということが言えるのであります。だから便利を尊ぶかあるいは民主政治の根本の原則を尊重するか、こういう分かれ目になるのであります」(1946年7月2日、衆院帝国憲法改正案委員会)

災害時こそ地元に権限=^仙台市長も「改憲不要」

 奥山恵美子・仙台市長は「緊急事態条項」について「災害時は地元自治体が、喫緊の優先課題が何かを目の前で見ながら活動するのが大事だ」「国への権限一元化でなく自治体の権限強化を考えてほしい」「震災で改憲が必要だと考えたことはない」と語っています。(昨年5月19日、記者会見)

危険いっぱい自民改憲草案

 【自民党の改憲草案(2012年)から抜粋】
 第9章 緊急事態
 第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
 2 (略)
 3 (略)
 4 (略)
 第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
 2 (略)
 3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
 4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
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2016年01月31日,「赤旗」)

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「不屈」を継ぐ/相沢良没後80年碑前祭/札幌

 戦前の治安維持法下の激しい弾圧のもと、戦争に反対し、働く者の解放のために不屈にたたかった女性革命家・相沢良(1910〜36年)の命日にあたる28日、札幌市西区にある「平和の滝」の入口に建てられた記念碑とレリーフ像の前で、没後80周年の碑前祭が行われました。
 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟北海道本部と札幌支部の共催。国民救援会や「郷土を掘る会」などから15人が参加し、献花しました。
 治維法国賠同盟道本部の宮田汎会長は「戦争法を廃止するために力を合わせよう」と呼びかけ、日本共産党の田中啓介札幌市議は「不屈の意思を受け継ぎ、暴走する安倍自公政権を退陣に追い込む」と決意を述べました。
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2016年01月30日,「赤旗」)

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宮本百合子没後65周年に寄せて/貫いた反戦平和の志/ファシズム勢力の存在見抜く/澤田章子

 宮本百合子の没後65周年の正月に、知人の娘さんとその友人の訪問を受けた。昨年の戦争法反対の国会前行動で知り合った人たちとのつながりが、ツイッターで500人になったという。今年は廃止に向け共闘する野党を支援する行動を呼びかけてゆきたい。デモ・街宣・作業・集会などの情報を収集し発信するアカウントをつくったので協力してほしいと、きれいな二つ折りパンフを差し出した。「私たちは諦めません」という言葉が飛び込んでくる。40代の2人の真剣で熱のこもった話を聞くうちに、百合子の言葉がよみがえってきた。
 「平和は眠りを許さない。地球のすべての男女の運命がそれにかかわっている。最もまめな骨おしみしない人類的事業の一つである」(「平和への荷役」)

戦後5年半の多彩な活動で
 戦後70年の内、百合子はわずか5年半しか生きられなかった。太平洋戦争突入の翌日に5回目となる検挙を受け、翌年7月に、東京拘置所の監房で熱射病に倒れ、人事不省で運び出された。以来、健康を取り戻すことはできなかったのである。
 だが敗戦後、名作「播州平野」をはじめ、大作「道標」の完結にいたるまで、創作の手を休めることなく、民主主義文学運動や婦人運動にも力を尽くしつつ、数多くの評論やエッセーを書き、講演も行っている。
 それらの多彩な活動を貫いていたのが、反戦・平和であった。戦後に執筆された評論・エッセー・講演録のうち、反戦・平和を中心としたものは、長短あわせて30編あまりにのぼる。
 ことに、新憲法が施行されて1年後の1948年春から、「世界は平和を欲す」「平和を保つため」「戦争と婦人作家」など、平和を守る発言がたて続けに出された。
 「平和への荷役」(『婦人公論』7月号)は、歴史的考察による平和論である。「わたしたちのまわりに、また戦争に対する恐怖が渦まきはじめた」という冒頭の緊張感は、当時行われていた東京裁判で、東條英機が、「戦争の責任を否定し、確信ありげにファシズムの宣伝をした」ことによる。百合子はその背景に、警戒すべきファシズム勢力の存在を見抜いた。

先見的危機感、現実のものに
 「きょうのファシズムは、決して数年前までのようにむき出しに帝国主義の野望をいいあらわさない。(略)日本の民主的発展のためという。生産復興のため、平和のため、と形容する」「国際平和のスローガンをかかげ(略)自分の権力保持に役立つ他国の勢力と結合し(略)存続の保証を得ようとしている」
 まるで「アベ政治」まで見通したかのような分析と先見的危機感が、この年の暮れに現実となった。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、A級戦犯容疑者の岸信介(安倍首相の祖父)ら17人を不起訴とし、釈放した。百合子はすぐさま、「私はあの人達が何をしたかということをこの私の体の上に知っています」(「平和運動と文学者」)と、満腔の怒りをこめて講演した。治安維持法下、小林多喜二など、反戦平和の闘士たちの命を拷問によって奪った時期の特高警察から内務大臣に出世した安倍源基(現首相との血縁関係はない)もそのひとりだった。
 戦争の本質をつかみ、その命のかぎりまで平和を訴え続けた百合子について、ツイッターで発信したい思いが募っている。
 (さわだ・あきこ 文芸評論家)

 宮本百合子 1899年、東京生まれ。17歳で「貧しき人々の群」を発表。「伸子」「播州平野」「風知草」「二つの庭」「道標」、獄中の夫・宮本顕治との往復書簡「十二年の手紙」など。『宮本百合子全集』(全33巻)。1951年1月21日死去
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2016年01月19日,「赤旗」)

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月曜インタビュー/作家星野博美さん/未知に向かう人に引かれて/400年前の殉教者の姿探る

 およそ470年前、日本にキリスト教が伝わりました。その後の1世紀、秀吉、家康による迫害へと移る時代の中で、日本人信徒や海を越えてきたヨーロッパの神父の多くが殉教しました。この歴史にわけ入ったノンフィクション作家の星野博美さん。『みんな彗星を見ていた―私的キリシタン探訪記』(文芸春秋)で殉教者の生身の姿を探っています。
 (西沢亨子)

 「『キリシタンの時代』にじわじわ興味を持って、漠然とした気持ちで調べ始めたんですよ」
 足を踏み入れてみると、どこから登っていいかわからない大きな山でした。四少年がローマに送られた天正遣欧使節や島原の乱については多くの本がありましたが真偽不明のものも多く、信頼に足る史料を見分けるために1年間大学にも通いました。「落ちているパンくずをたどるように」史料を探し求めて行きついたのが、迫害された宣教師たちが残した記録や手紙でした。

時超えて迫る神父たちの姿
 家康が禁教令を出した後、現在の長崎県大村市につくられた10畳ほどの牢に30人以上の信徒・神父が押し込められました。そこから危険を冒して持ち出された手紙には、信徒がどこでどんな迫害を受けて殺されたかなどが詳しく書かれていました。神父と日本人信徒の密接な結びつきや、殉教が「聖人」に列せられるための、命に勝る栄誉だったことが伝わります。
 「この死を記録して記憶しなければいけないという迫力が、400年の時を超えて迫ってくるんです。手紙からは、神父一人ひとりの個性や人間性、悩みや苦しみといった生身の姿も立ちあがってきます。この時代と接触できたと思いました」
 なぜ過酷な拷問にも棄教せず、死を選んだのか―。
 「迫害の激化にともなって、死はますます身近になった。生きるための信仰から、よりよく死ぬための信仰へ変容したのではないかと思います」
 人が宗教に向かうのは、理不尽な死、どうすることもできない死に直面したときではないか―。
 「そう考えると、たとえばシリアで空爆された子どもの亡きがらを抱えて泣き叫ぶ人たちは、よりいっそう宗教に向かうのではないかと思いますね」

リアルで身近、多喜二の存在
 初めての著書『謝々!チャイニーズ』が出てから、今月でちょうど20年。これまで、中国・香港の旅や、紀州から房総にわたった自身のルーツである漁師の来歴をたどる旅を記してきました。ルーツを追った『コンニャク屋漂流記』では、生まれ育った東京・五反田や品川区・戸越銀座界隈が小林多喜二の『党生活者』や宮本百合子の『乳房』に描かれた地域だったことにもふれています。
 「多喜二は私にとって、祖父の友達みたいな、リアルで身近な存在なんです。多喜二とキリシタンは、『反体制』という点で、私には重なって見えます。自分はまねできないけど、共感します」
 興味をもったものに実際にふれ、感じたいという思いが取材・執筆の原動力。なかでも、海の向こうを目指し未知の世界に漕ぎ出す人に引かれるといいます。知りたいと思った対象に体ごとぶつかって行く星野さん自身と重なります。
 「そんな立派なもんじゃないですよ。まあ、フリーの物書きで生きるというのは、濃い霧の中を船に乗って、とにかく進まないと生きていけないので進むんだけど、気づいたらずいぶん沖に出てた、みたいな感じですね。これから自分がどこに向かうかはわからないけれど、現在の世界で起きていることを考えるきっかけになるような、旅と呼ぶなら旅を、していきたい」

 ほしの・ひろみ 1966年、東京生まれ。作家、写真家。『転がる香港に苔は生えない』(大宅壮一ノンフィクション賞)、『コンニャク屋漂流記』(いける本大賞、読売文学賞)。ほかに『のりたまと煙突』『愚か者、中国をゆく』『戸越銀座でつかまえて』など
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2016年01月18日,「赤旗」)

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