2018年4月18日
【ワシントン=遠藤誠二】米大統領選へのロシア政府の介入やトランプ陣営との癒着などが取り沙汰されているロシア疑惑の捜査をめぐり、昨年5月に解任されたコミー前米連邦捜査局(FBI)長官の回顧録が17日に発売されます。この回顧録やテレビでのインタビューを通じて同長官は、トランプ大統領を「マフィアのボス」「道徳的に不適格」などと酷評し、米国を危険にさらすと主張しています。
回顧録のタイトルは「高い忠誠心 真実とうそとリーダーシップ」。トランプ氏に関する「暴露本」は、ホワイトハウスで取材を重ねてきたジャーナリストによる「炎と怒り」がありますが、今回は政権幹部経験者によるものです。
米マスコミが事前に内容を伝えたところによると、トランプ氏がコミー氏に、再三にわたり忠誠心を求めてきた事実が改めて明らかになっています。コミー氏は、「まるでマフィアのボス」を連想させたと指摘。「米国とその他という世界観。忠誠心という基準で動き、道徳や真実よりも組織を重視する」と告発しています。
本の発売に先だち、15日夜に放送された米ABCテレビのインタビューでコミー氏は、トランプ氏について「女性をモノのように扱い、話題にし、大小すべての事でうそをつき、米国民がそれを信じていると言い張る人物だ」と主張。「このような人物は道徳的に言って、米国の大統領としてふさわしくない」「彼が大統領でいることは、わが国の規範や価値観に計り知れないダメージをもたらす。特に真実にとって」と断じました。
回顧録でコミー氏は、一昨年11月の大統領選投票日直前に、民主党ヒラリー・クリントン候補の国務長官時代の私用メール問題で捜査を再開させたことについて言及。クリントン候補が勝利するとの前提で、勝利の正当性を確実なものにするためだったと語りました。同捜査は結局、不起訴となっています。
2018年9月4日【文化】
日本の近代洋画への関心が薄らぐ中でも、近年高い人気を誇る作家が藤田嗣治(つぐはる)である。出版や映画化も相次ぎ、数いる日本人洋画家の中で大衆的な知名度は抜群といえる。
戦間期、「乳白色の下地」を生かした裸婦像を典型とするエコール・ド・パリの画家という旧来の評価に加え、戦後長い間封印されてきた戦争期の「作戦記録画」の大作が公開され、日本とフランスを往還した画家の数奇な運命が再び脚光を浴びている。著作権をめぐる問題が解決したこともあり、一挙に再評価の機運が生じているようだ。
現在、東京都美術館で「没後50年 藤田嗣治展」が開催されている。秋には京都国立近代美術館へと巡回する予定だ。12年前に東京国立近代美術館などで戦争画を含む大型の回顧展が開催されて話題となった。一昨年にもランス市所蔵作品を含む回顧展が名古屋市美術館などを巡回したばかりである。
今回は、『藤田嗣治 作品をひらく』(名古屋大学出版会)の研究書で知られる美術史家の林洋子氏監修により、最新の研究成果を盛り込み、藤田の多面的な画作の軌跡を明らかにしようとする。とかくスキャンダラスな面が強調されやすい画家の人生ではなく、作品の成り立ちに注目し、手仕事による創意工夫に注意が向けられる。
藤田は、いわゆる「乳白色の裸婦」によりパリで成功を収めたが、そこに至る道程での作例も見どころである。墨や箔(はく)など日本的技法を試したり、愛用品をモチーフとして丹念に描いたり、独自性を探究する苦心の跡が見える。留学した日本人が現地画家の模倣にとどまることが多かったのとは対照的に、藤田の研究のユニークさが際立つ。
さて、常に戦争責任が議論の的となる、軍部に協力して描かれた「作戦記録画」の出品は、《アッツ島玉砕》《サイパン島同胞臣節を全うす》の代表的な死闘図2点のみで、そこに重点はない。代わりに展示で充実するのは、戦後米国経由で渡仏して20年間の仕事だ。
藤田は1949年に日本を離れ、55年にフランス国籍を取得、59年にカトリックの洗礼を受けている。戦後の時期は、幼い子どもや犬猫の温和な主題と、宗教的群像で振り返ることが多いが、《ビストロ》《人形と少女》など、当時パリで観客を集めた「時代の証人の画家たち」展の出品作が興味を引いた。解放的な空気のなせる業か、労働者や日用品の描写に、リアリズムへの接近が感じられる。
晩年、藤田は墓所となるランスの礼拝堂建設中、次のような言葉を記した。「日本に生れて祖国に愛されず、又フランスに帰化してもフランス人としても待遇も受けず、共産党のように擁護もなく、迷路の中に一生を終る薄命画家だった。お寺を作るのは私の命の生根の試しをやって見るつもりだ」(『腕(ブラ)一本・巴里(パリ)の横顔 藤田嗣治エッセイ選』近藤史人編、講談社文芸文庫)。藤田の生き方は、国粋主義的ナショナリストというより、個人主義的コスモポリタンに近い。美術のグローバル化を先取りした画家といえよう。
2018年9月14日
2008年9月15日、アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻、世界的な金融・経済危機の引き金を引いてから10年たちます。その後も世界各国での金融・財政危機の発生やアメリカ等で「バブル」の懸念が渦巻くなど、爪痕は癒えていません。重大なのはそれにもかかわらず、アメリカのトランプ政権や金融業界で、リーマン・ショックの際に強化された金融機関への規制を緩和する動きなどが相次いでいることです。リーマン・ショックは歴史的な重大事であり、“のど元過ぎれば熱さを忘れる”は絶対許されません。
リーマン・ショックは、その前年に発生したフランスの金融大手BNPパリバの経営破綻や08年春に経営が行き詰まったアメリカの投資銀行ベア・スターンズの破綻とともに、国民の購買力を上回る住宅や自動車の生産・販売と、肥大化した金融のゆがみがもたらした金融・経済危機です。不足する所得をレバレッジ(てこ)だと言って元手の何倍も貸し付ける金融で埋め合わせ、銀行は不良債権を「サブプライムローン」として押し付け合い、商品を買った時より高く評価して新たな商品を売りつける、いびつなやり方がいつまでも続くはずがありません。パリバやリーマンの破綻がそれを裏付けました。
大手金融機関のリーマンの破綻はまたたく間にアメリカと世界に悪影響を広げ、アメリカ最大級の金融機関であるメリル・リンチやバンク・オブ・アメリカ、代表的な産業である自動車業界のGMやクライスラーをのみ込みました。各国で企業の倒産や失業が相次ぎ、日本でもリーマン・ショック直後に派遣労働者を大量に解雇する「派遣切り」が深刻になるなど、世界経済は1929年の「大恐慌」以来の不況に直面したのです。
各国政府も金融機関の規制などが課題になり、世界経済をコントールする力を失った主要資本主義国中心の「G7」や「G8」にかわって、中国やロシア、開発途上国も参加する「G20」の首脳会議が開かれ(第1回は08年11月)、金融規制の強化などを取り決めました。しかし、アメリカや日本をはじめ多くの資本主義国政府は、苦しむ国民を支援するよりも、「大きすぎてつぶせない」などと言って金融機関や自動車会社への公的資金投入や財政支援に乗り出し、危機の根本的な原因は取り除かれないまま現在に至っています。
しかも危機の震源地となったアメリカでは、トランプ政権になって金融規制の緩和が議論されています。まさに教訓を学ばない態度です。日本の財務省の財務官として当時リーマン・ショックに対応した篠原尚之氏も、最近発行した回顧録で「危機のプロセスは、今後も繰り返される」と警告します。10年経過し、“熱さを忘れる”ことなどあってはなりません。
リーマン・ショックの際、国民向けのまともな対策を取らないまま、大企業本位の景気刺激策を進めてきた日本政府に反省はありません。とりわけ安倍晋三政権は異常な金融緩和や財政支出緩和、規制緩和を拡大し、大企業や大資産家の「資産バブル」などを膨らませています。「アベノミクス」の危険はこの面でも明らかです。
2018年10月10日
今年は、韓国の主要都市で大型国際美術展があわせて開催される年だ。9月に光州と釜山の二つのビエンナーレを訪れ、韓国美術界の空気の変化を感じたので、その様子を報告しておきたい。
「光州ビエンナーレ」は、アジアにおける国際美術展の草分けである。民主化運動の歴史ある都市として人権や民主主義を訴える姿勢に特色がある。今回は「想像された境界」をテーマに、43カ国から165作家が出品している。11人にも及ぶキュレーター(芸術監督)が企画したセクションが七つ以上もあり、それぞれ独立した展覧会のようだ。
たとえば、ビエンナーレ展示館の冒頭「想像された国家/モダン・ユートピア」は、ブラジル建築の柱を再現したL・マイラなど、第三世界に見られた近代国家の理想的イメージを回顧する。続く「境界という歓迎に直面して」で、インドネシアにいるアフガンからの難民に取材したT・ニコルソンの映像と立体など、アジアの複雑な移民の問題に光をあてる。
光州事件のインタビュー映像を見せるK・アッティアは、旧国軍病院の当時拷問のあった精神病棟でも室内に木柱を展示していた。また、前回から会場となった新しい国立アジア文化殿堂では、軍事境界線近くの村で滞在制作した映像作品、A・V・ロハス《星たちの戦争》が出迎えてくれる。後半の山場「生存の技術‥集結する、持続する、変化する」では、多くの韓国作家が取り上げられ、日本の壷井明も原発事故の絵画と「従軍慰安婦」のインスタレーションで注目を集めていた。最後の「北朝鮮美術‥社会主義リアリズムのパラドックス」は、現代北朝鮮の精緻な水墨・彩色画を並べて大きな話題であった。
「釜山ビエンナーレ」は、毎回美術館を舞台としたオーソドックスな作品展示に特徴がある。開館したばかりの釜山現代美術館と旧韓国銀行ビルが会場だ。展示監督にC・リクペロ、キュレーターにJ・ハイザーを迎え、34カ国から66作家が参加する。「たとえ離れていても」をテーマに、冷戦時代の記憶、民族の分断に対する問題意識がより鮮明だ。たとえば、離散家族の番組を放映したテレビ局のスタジオを再構成するイム・ミヌク、中国・日本・中央アジアに離散した民族の民謡を対比するチュ・ファンなど、韓国の歴史をふり返る作家も多い。
日本の田村友一郎は、横須賀の駐留米軍によって生まれたジャンパー「スカジャン」を掲示する。また平壌の万寿台創作社に労働者像の彫刻制作を依頼したO・ラリック、プロパガンダのイメージを引用して壁画を作るレスター&ルントら、北朝鮮に関わるプロジェクトが象徴的に配される。北の闇市でも人気のチョコパイを来場者が受け取って食べるチョン・ミンジョンの参加型作品は、体制を超えて人がつながる可能性を示す。国境線の揺らぐ東アジアの地図を描くJ・スヴェノンソンの平面作品には希望が託されていた。
4月の南北首脳会談以後、朝鮮半島をめぐる情勢は大きく変化しつつある。韓国での南北融和に向けた期待の高まりが、展覧会を通しても十分に伝わってきた。韓国の美術界は、分断を克服する新しい時代の到来を見つめている。
2018年12月11日【文化】
戦争の時代とその惨禍から今の日本が何を学び未来につなげていくのかを問う舞台が上演され、きな臭い現在に光を放ちました。
劇団民芸は2部構成の木下順二作「神と人とのあいだ」を初めて一挙上演。第1部「審判」で東京裁判を、第2部「夏・南方のローマンス」でBC級裁判を取り上げ、大きな視点で日本の侵略戦争を捉え直しました。新国立劇場の「赤道の下のマクベス」(作・演出=鄭義信(チョンウイシン))は太平洋戦争中に日本軍に動員されBC級戦犯として収容された朝鮮人の問題に光をあて、「Sing a Song」(作=古川健、トム・プロジェクト)は戦時下の歌手の生きざまをとおして非人道的な時代と歴史を告発しました。いずれも日本が犯した侵略戦争の事実に多角的に光を当て、現代に問い直すものでした。
こまつ座が、広島の原爆投下と父・娘を描いた「父と暮せば」を再演したのに続き、長崎の原爆投下と母・息子の物語「母と暮せば」(作=畑澤聖悟)を初めて舞台化。「ヒロシマ・ナガサキ」を重層的に告発し続ける挑戦を始めました。劇団前進座の「ちひろ―私、絵と結婚するの―」(台本=朱海青(しゅかいせい))も、画家・いわさきちひろの生き方から、反戦平和への情熱を浮かび上がらせました。
二兎社による「ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ」(作・演出=永井愛)は昨年に続く連作で、ジャーナリズムの本道を見失い権力に忖度(そんたく)し続ける日本のマスメディアのありさまをコミカルに描いて、ひときわ痛快でした。
高齢化社会を迎えた日本で、介護にまつわる諸課題を演劇的に面白く温かい視線で上演した作品も目を引きました。
認知症病棟を舞台に命の尊厳を問いかけた劇団青年座「安楽病棟」(脚本=シライケイタ)、お年寄り5人の「ホーム」からの“脱走事件”を契機に認知症の人たちの本音を生きいきと描いた劇団俳優座「われらの星の時間」(脚本=鈴木聡)、特養ホームを舞台に認知症に目をむけ介護をめぐる福祉政策も描きこんだ劇団銅鑼「おとうふコーヒー」(作=詩森ろば)など、来年以降も介護をテーマにした多彩な作品群に期待をもたせるものでした。
青年劇場が名画座再生の物語「キネマの神様」(脚本=高橋正圀(まさくに))を上演し、映画へのあふれる愛情と人情を表現して新しい作品世界に挑む劇団の意気込みを示しました。
2018年12月11日
2018年は、論壇でも「戦争する国づくり」を進める安倍政治の大破たんが鮮明になっています。
朝鮮半島をめぐっては、米朝関係が緊張し、安倍政権から「敵基地攻撃」論まで出る状況が急転。「対話」が開始されるなかで、「圧力」一辺倒の安倍外交がカヤの外におかれる状況が生まれました。
論壇でも元防衛官僚の柳澤協二・国際地政学研究所理事長「米朝戦争の危機と日本の針路」(『世界』2月号)に加えて、ウィリアム・ペリー元米国防長官「偶発核戦争の恐怖」(『Voice』3月号)など米国元高官にも外交努力を求める声が広がり、田中均・元外務審議官「米朝核交渉と日本外交」(『世界』7月号)らからも米国頼みで迷走する安倍外交に苦言が呈されました。
山崎拓・元自民党副総裁は「安倍外交は『100年の禍根を残す』」(『サンデー毎日』9月9日号)で対米従属一辺倒を改めよと発言。山本昭宏・神戸市外国語大学准教授(「朝日」6月6日付)は「米軍の基地国家」でありながら「平和国家」を自任する「二重構造」を直視する機会にすべきだとし、日本の歴史的転換点と捉える視点を提示しました。
沖縄県知事選挙で玉城デニー氏が圧勝し、続く那覇市長選挙でも城間幹子氏が連勝。山口二郎・法政大学教授「『沖縄の自己決定』を前面に勝利した玉城氏」(「WEBRONZA」10月2日号)は「為政者の過信と権力の過剰に対して、草の根の有権者が厳しい批判」と指摘しました。
稲嶺進・前名護市長「沖縄は自治と平和を選びとった」(『世界』12月号)は、安倍官邸による強権的な選挙介入が県民の怒りに火をつけたことを明らかにしました。力ずくで民意を押しつぶす安倍政権のやり方が通用しなくなっている証明となっています。
安倍改憲は臨時国会で自民党改憲案の提示を断念するなど、ゆきづまりを見せています。五野井郁夫・高千穂大学教授(『ジャーナリズム』1月号)は、安倍改憲が暮らし破壊と一体ですすめられていることを告発。長谷部恭男・早稲田大学教授、柿崎明二・共同通信編集委員、中野晃一・上智大学教授、豊秀一・朝日新聞編集委員の座談会(『論究ジュリスト』春号)は、9条改憲の論拠のなさを解明し、自衛隊員を改憲の道具にする卑劣さを批判しました。国民の力で安倍政権を終わらせるたたかいの重要性を示しています。
2018年12月12日【文化】
2018年の文学界は若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』の芥川賞受賞から始まった感があります。63歳で作家デビューした著者を彷彿(ほうふつ)させる74歳の主人公が、故郷の岩手弁で大勢の内なる自己と対話しながら来し方を顧み、新たな気づきを得て、心の自由と豊かさに満ちた老いの境地を切り開いていく物語は、超高齢社会に生きる読者を励ましました。
また中央集権的標準語に収斂(しゅうれん)されない方言による多声的表現は、多様性と多文化共生を目指す文学のありようの体現とも読めます。
大災厄後に核汚染が進み鎖国した近未来の日本を描く『献灯使』が11月、全米図書賞を受賞したドイツ在住の作家・多和田葉子氏の諸作品も、国、人種、性別、言語等のあらゆる境界を超えようとする試みと言えます。受賞後、「アメリカ・ファーストのトランプ政権下で、逆に世界を見ようというメッセージとして受け止めた」と喜びを語った言葉が印象的でした。
差別と文学の問題が突きつけられた年でもありました。『新潮45』が性的少数者(LGBT)への差別表現を批判され休刊したことを受け、文芸誌『新潮』は12月号で7人の作家の寄稿を掲載。星野智幸氏は、声の出せない人を黙らせたままにしておく「表現の自由」とは何か、自分も差別の加害者になりうると自覚し少数者の声を聞きとる姿勢が必要だと述べ、村田沙耶香氏も、差別はすぐそばにある、書き手として差別とどう向き合うか、どれだけ真摯(しんし)に想像し続けるか、と自身に問うています。
文学者が、排除と差別を見過ごさないという声を上げたことは重要でした。
「当事者としてあの戦争を受け止める」との覚悟で書き続けたという能島龍三「遠き旅路」(「赤旗」連載小説)は、史料を駆使して日中戦争の実態を描出しました。中国人の少年を斬首した記憶とアヘン売買に関わった罪悪感に苦しみ続ける主人公の深い心の傷が、読者自身の痛みとして迫ってくる力作でした。
大阪の小学校を舞台に、過度の競争、いじめ、子どもの貧困等に取り組む教員の姿を描いた松本喜久夫『つなぎあう日々』、福島から京都へ自主避難してきた母子に寄り添う小学校教員が主人公の柴垣文子『風立つときに』は、学校現場の問題に切り込んだ貴重な作品でした。
大胆なフィクションを通して「国を売るな、国益渡すな、民よ死ぬな、奴隷になるな」とTPP(環太平洋連携協定)反対の烽火(のろし)を上げる笙野頼子『ウラミズモ奴隷選挙』は、作品で警告した通りの事態が実際に起こるという現状分析の鋭さとともに、あきらめずに抵抗し続けることを鼓舞してやまない予言の書です。
7月から「原点は戦後民主主義」と言明する大江健三郎氏の全小説の刊行が始まりました。敗戦から現代までの日本を検証する好機となるでしょう。
2018年12月12日
バッハ、ヘンデル、スカルラッティ生誕333年、バーンスタイン生誕100年など記念イヤーが重なった今年、古楽から現代音楽まで多彩な公演が幅広く並びました。そのなかでも社会のいまを反映した公演が印象的でした。
新国立劇場のオペラ「フィデリオ」(カタリーナ・ワーグナー演出)は、権力者の弾圧、隠蔽(いんぺい)、改竄(かいざん)を暗示する挑発的な幕切れが賛否を呼びました。日生劇場「コジ・ファン・トゥッテ」(菅尾友演出)や東京二期会「後宮からの逃走」(ギー・ヨーステン演出)は男の身勝手さを批判し、セクシャルハラスメントを告発した#MeToo運動との呼応を感じさせました。
さらに、音楽とともにたたかう姿勢を強く意識した公演が多く見られました。東京交響楽団が5月の定期演奏会で演奏した「白いバラ」(飯森範親指揮)は第2次大戦中のナチスに対する抵抗運動を題材としたオペラです。1986年にドイツ・ハンブルク州立歌劇場で初演されて以来、ドイツのみならずイスラエルやアメリカでも上演され、残虐な歴史を繰り返さない意志を伝えています。
オペラでは、東京二期会が別々に上演されることの多い1幕もの3作品「プッチーニ〈三部作〉」(ダミアーノ・ミキエレット演出)を一挙に上演。物語に連続性を持たせるなど従来と違う角度から解釈し直し、見事でした。
新しい世代の活躍も増えています。さまざまな公演が音楽家や演出家に若い世代を積極的に起用。また「松風」(細川俊夫作曲)、「亡命」(野平一郎作曲)、「ソラリス」(藤倉大作曲)など、日本人作曲オペラの上演が相次ぎました。
地域オペラの活況も特徴的でした。会津オペラ「白虎」(福島・会津若松)や「赤毛のアン」(宮崎)など、地域に根差した継続的な活動の中で、地域の人々の創造性が発揮される文化が芽を出しているといえそうです。
在京・地方を問わず、国内オーケストラの質の向上も目立ちました。ただ、公的支援の縮減、聴衆の高齢化など、運営上の課題は大きくなっています。
2月に、うたごえ運動は創立70周年を迎えました。来年1月18〜20日には70年を記念し「いのちをうたおう! こころをつなごう!」をテーマに「日本のうたごえ祭典」が10年ぶりに東京で開かれます。
Jポップでは安室奈美恵の引退や、チケット高額転売規制法の成立なども話題となりました。
2018年12月15日
「南シナ海行動規範(COC)の交渉を3年で終えるために共同したい」。中国の李克強首相は11月、シンガポールで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)との首脳会議で、COC制定への時間枠に言及しました。
南シナ海の紛争を激化させないことを目的にASEAN10カ国が中国と進めるCOC交渉は、昨年「枠組み」、今年「交渉用草案」に合意し、一歩ずつ進展を得ています。
他方、実際の南シナ海では、中国が5月に人工島にミサイルを配備するなど軍事拠点化を継続。「この間の情勢は懸念せずにはいられないもの」(ベトナムのフック首相)との声が上がります。中国は、南シナ海のほぼ全域に対する権利主張も維持したままです。
COC交渉には法的拘束力の付与など重要問題で溝が残ります。
南シナ海をめぐっては米中間の対立も激化しました。米国は11月の東アジアサミット(EAS)などで「南シナ海での中国の軍事化」を「違法で危険」(ペンス副大統領)などと厳しく非難しました。
中国は「米国が南シナ海で軍事力を誇示している」(王毅〈おう・き〉国務委員)とし、軍事施設は「自衛」措置だと反発。COC交渉で「域外国」との演習制限の規定を提案するなど“締め出し”も追求しています。
南シナ海の人工島付近では、9月末に米中の艦船が異常接近し、緊張が強まりました。
EASやアジア太平洋経済協力会議でペンス副大統領は「インド太平洋戦略」を掲げて、一帯一路構想を進める中国の影響力増大に対抗する姿勢を表明。中国が各国の権利を損っているとの見解を示して「インド太平洋地域には、帝国にも侵略にも居場所はない」と述べました。
ASEANでは、「インド太平洋が新しい大国競合の主要な舞台」(ジャカルタ・ポスト紙)となっていることに警戒が高まっています。シンガポールのリー首相は11月の閉幕会見で「大国間に緊張がある」なか、「一方の側につかないというのはASEAN諸国の強い決意だ。しかし状況は、どちらかを選ばされるところまでいきかねない」と厳しい見解を示しました。
ASEAN首脳は一連の会議で、地域枠組みで中心的役割を維持する重要性を強調。インドネシアのジョコ大統領はASEAN版「インド太平洋構想」に各国の賛同を集める外交を展開しました。
2018年12月16日【国際】
10月2日にトルコの在イスタンブール・サウジアラビア総領事館でサウジ人記者ジャマル・カショギ氏が殺された事件は、残虐的手法や総領事館という在外政府施設が舞台となったことで世界を震撼(しんかん)させました。
事件は、トルコ当局の調査とサウジ政府のその後の対応で、サウジ人情報機関員など政府関係者の関与が明らかになりました。トルコのエルドアン大統領は、名指しを避けてサウジのサルマン国王やムハンマド皇太子の関与が濃厚と示唆し、トルコ国内の法廷で事件を審理するよう要求しました。
サウジ政府と同国の司法機関は、関係者の処罰を決定しますが、黒幕とされるサルマン、ムハンマド両氏に言及せず、このまま幕引きをはかろうとしています。
事件の責任を追及するため、サウジとの武器取引を停止した国もあります。ムハンマド皇太子が11月、中東諸国を訪問した際には各国市民が抗議の声をあげました。
事件直後には批判していたトランプ米大統領も次第にそのトーンを弱め、武器取引を継続してサウジとの同盟関係強化の立場を示し、事実上、サウジ指導部の責任を不問にしました。
皇太子の責任は、イエメン内戦でも問われました。
サウジ主導連合軍は2015年3月、ハディ暫定大統領を支援し、反政府武装勢力フーシ派の拠点を空爆し、内戦介入を本格化させました。
内戦の長期化と経済封鎖、食糧難によって、今年10月に国連機関は1200万人が飢饉(ききん)の危機にあると指摘。サウジ主導連合軍の空爆などで、医療機関やインフラ(経済・基盤)が破壊され、衛生・医療も機能不全に陥っているとしています。
英紙ガーディアンは、「ムハンマド皇太子はイエメン紛争の責任で起訴されるべきだ」と報道。中東メディアのアルハリージ・オンラインは、「サウジ主導のイエメン戦争では、ムハンマド氏は“暴君”となった。なぜなら、この戦争は必要でなく、数万人ものイエメン市民を犠牲にしたからだ」と報じました。
2018年12月17日【国際】
中国の習近平国家主席が2013年9月と10月に、陸と海の新シルクロード経済圏構想「一帯一路」を提唱してから5年―。中国が成果をアピールする一方、国際社会からは懸念が噴出しています。
今月11日、国際情勢に関して演説した王毅(おう・き)外相は、「一帯一路」建設への協力協定に調印した国と国際組織は計140以上だと強調。5年間で、中国と関係国との間の貿易総額は6兆ドル(約680兆円)を超え、関係国への投資額は800億ドル(約9兆円)以上だとし、「さらに多くの支持を得ることは確実で、前途は明るく広大だ」とアピールしました。
習主席は12月、中南米のアルゼンチンとパナマを訪問し、両国首脳は一帯一路建設への協力を表明。11月には、パプアニューギニアで太平洋島しょ国8カ国首脳と習氏が会談し、一帯一路での協力強化で合意しました。
9月には北京で中国・アフリカ協力フォーラム首脳会合が開かれ、習氏は、今後3年でアフリカに600億ドルの支援を提供すると表明。アフリカは、一帯一路の重要地点としてインフラ建設と同時に、中国の軍事拠点も設けられており、協力強化を図った形です。
従来、一帯一路は、中国から欧州までを交通網、通信網、エネルギー供給網で結び、貿易や投資を拡大させて、協力関係を築くというものでした。しかし、いまやシルクロードの沿線を超え、範囲が世界規模に及ぶ巨大構想になっています。
一方、中央アジアや東南アジア、アフリカの一部の国では、インフラ整備のために受けた中国からの融資を返済できないという債務問題が起きています。マレーシアのマハティール首相は8月、前政権が進めていた鉄道建設などのプロジェクトの中止を決めました。
一帯一路に関し、ペンス米副大統領は10月、「『債務外交』を通じて影響力を広げている」と批判。ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)も13日、アフリカで経済的な影響力を拡大する中国の行為を「略奪的だ」と非難しました。
習氏は11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、「一帯一路は閉じたサークルでもなく、いわゆる『わな』でもない」と反論。一帯一路に関する第2回首脳会議を来年4月に北京で開催すると宣言しましたが、前途には多くの困難が予想されます。
2018年12月18日【文化】
カンヌ国際映画祭で日本人監督作として21年ぶりに最高賞を受賞した「万引き家族」(是枝裕和監督)は日本映画の底力を世界に知らしめました。
貧困や虐待、年金詐欺など社会の暗部を見すえながら、「万引き家族」が照らし出す血縁を超えた家族のいとおしさ。デビュー以来、世界を視野に入れ、劇やドキュメンタリーで活躍してきた監督の集大成を思わせました。
これと前後して6月に公開された本木克英監督の「空飛ぶタイヤ」は、大企業の不正と苦闘する運送会社社長を描いてヒットを記録。「妻よ薔薇(ばら)のように 家族はつらいよ3」の山田洋次監督や、「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」で茶道の師匠にふんした亡き樹木希林さんら熟練の技量が光りました。
今年はカール・マルクス生誕200年。岩波ホール創立50周年記念の一環で「マルクス・エンゲルス」(仏・独・ベルギー)が公開され、各地上映も相次ぎました。映画が描く若き革命家たちの情熱は今を生きる人々を鼓舞しています。
光州事件を背景にした「タクシー運転手」や「1987、ある闘いの真実」「共犯者たち」などの韓国映画、新聞人の奮闘を描いた「ペンタゴン・ペーパーズ」や沈黙せず行動をと画面からの叫びが届く「華氏119」などのアメリカ映画、いずれも人々のたたかいに心を寄せた作品で、共感を広げました。
近年、性的少数者に光を当てる作品が内外を問わず増えています。男性から女性へと性の移行をした俳優が、同様な立場で差別に抗して生きる主人公を演じた「ナチュラルウーマン」(チリほか)。女性と不思議な生き物とが心を通わせる「シェイプ・オブ・ウォーター」(米)。性的指向や文化の違いを超えた共存を描き、自由な人生への希求が胸をうちます。
「ゲッベルスと私」「ヒトラーを欺いた黄色い星」「ヒトラーと戦った22日間」など、ナチスの犯罪に関わる作品が今年も続きました。抵抗のすべはなかったかという真摯(しんし)な問いが現代を生きる者に痛切です。
沖縄戦史や基地、原発被災、介護などをめぐるドキュメンタリーも活発でした。SNSの相乗効果もあった「カメラを止めるな!」やクイーンを描いた「ボヘミアン・ラプソディ」のヒットは、映画興行の形を多様に広げています。
4月にアニメーション映画の高畑勲監督が死去。映画人九条の会の代表委員も務めた平和への遺志を受け継ぎ歩みたいと思います。
2018年12月18日【文化】
過去と現在において、美術家が社会や政治の問題にどう向き合い表現活動を行うかを問いかける展覧会が注目を集めた1年でした。
東京ステーションギャラリーの「生誕一〇〇年 いわさきちひろ、絵描きです。」は、子どもの幸せと平和を願った日本共産党員としての姿も位置づけつつ、いわさきちひろの仕事を「画家」の側面から検証。童画家としてのイメージ刷新を試みた企画が好評でした。
アジアの近代美術から現代美術への転換期に焦点を当てた「アジアにめざめたら:アートが変わる、世界が変わる 1960―1990年代」(東京国立近代美術館)は、植民地支配からの独立やベトナム戦争、フェミニズム運動などがテーマの作品を展示。社会を動かしてきた芸術が、現代の問題にどう対峙(たいじ)するのか関心が寄せられました。
第71回日本アンデパンダン展には原発問題や戦争の悲劇への怒りをストレートに表した作品が発表され、「70年代からの創造」と題したアートフォーラムで創作の原点と今後の表現の展開を探りました。
松山文雄「ハンセンエホン 誰のために」復刻版記念作品展が日本共産党本部で開かれ、戦前のプロレタリア美術運動、戦後の民主的な美術運動を担った松山の、侵略戦争に警鐘を鳴らした作品が関心を集めました。栃木県立美術館の「鈴木賢二展」は、日本プロレタリア美術家同盟の書記長を務め、平和を希求し、働く人々の側に立ち制作を続けた版画家・彫刻家の人生を紹介。画家・松本竣介(しゅんすけ)の没後70年記念の展覧会シリーズも始まりました。
美術館・博物館の所蔵品をオークションなどで売却して市場の活性化を狙う政府の「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」構想に対して、全国美術館会議が声明「美術館と美術市場の関係について」を発表。「美術館が自ら直接的に市場への関与を目的とした活動を行うべきではない」と表明し、美術館の本来の役割についての議論を投げかけました。
「没後50年 藤田嗣治(つぐはる)展」は、画家の生涯にわたる関心の変遷を追い、多面的な画業を最新の研究で明らかにしました。「戦争画」の展示は代表作2点のみで、画業の中にどう位置づけるのか今後の課題も感じました。
混雑緩和のため日時指定入場制を導入した「フェルメール展」が過去最多の来日作品数で話題となり、「モネ それからの100年」展はモネが美術史に与えた影響を捉え直して多様な視点を提供しました。
2018年12月18日【国際】
中南米の二つの大国で大統領選が実施され、左派と極右という対照的な候補が当選しました。
メキシコでは7月の選挙で新興左派・国家再生運動(MORENA)のロペスオブラドール氏が勝利しました。新自由主義に反対する同国初の大統領です。
MORENAを中心とする与党連合は上下両院でも過半数議席を獲得。メキシコの政治地図は大きく塗り替えられました。
政権交代の背景にあるのは、汚職や治安の悪化に対処できない主要政党への怒りです。
ロペスオブラドール氏は12月1日の就任演説で「政治体制の変革が始まる」と切り出し、「平和的で秩序ある、同時に抜本的、急進的な変革」を明言。新自由主義政策の影響をあげ、その転換を強調しました。
新大統領の公約は、貧困削減や麻薬組織の根絶など。節約の一環として、公約どおり、大統領専用機の売却に着手しました。
一方、焦点の一つになっていたメキシコ市近郊の新空港計画については、就任前に行った法的根拠のない「住民の意識調査」の結果をふまえ、建設中止を表明。その決定と手法に経済界などが懸念しています。
ブラジル大統領選でも汚職と治安に焦点があたりましたが、主要政党への反発の受け皿になったのは、下院8議席(定数513)だった社会自由党(PSL)の極右政治家、ボルソナロ氏でした。
同氏は、過去の軍政への賛美や女性蔑視、人種差別発言などで知られます。政権に関与しなかったことから汚職問題で優位に立ち、歯に衣(きぬ)着せない物言いが元軍人の経歴と相まって、汚職撲滅に剛腕を振るうとの期待につながりました。
2016年までの13年間政権についていた左派・労働党(PT)は貧困削減に力を入れただけに低所得層の支持が厚く、同党のアダジ候補は決選投票に残って「民主主義の危機」を訴えました。しかし、同党の元大統領らが汚職疑惑に包まれ、経済を低迷させたことへの有権者の批判を乗り越えることはできませんでした。
ボルソナロ氏の大統領就任は1月1日。同氏が地球温暖化防止の国際合意「パリ協定」からの離脱を示唆していることには、国際社会も懸念しています。
2018年12月19日【国際】
トランプ米政権の評価が全国規模で初めて問われた中間選挙(11月6日)で、与党・共和党は下院で過半数割れに追い込まれ、知事選でも苦杯をなめるなど、厳しい審判が下されました。
下院選(435議席)で民主党は改選前の193議席から235議席と「青い波(民主党)」ブームを起こしました。共和党は235議席から199議席に後退しました。
36州で行われた知事選の結果、選挙のなかった州も含め共和党知事は33州から27州に、民主党知事は16州から23州に。ことにウィスコンシン、ミシガン、カンザス州では民主党新人が現職を含む共和党有力候補を破りました。2016年の大統領選でトランプ候補を勝利させた中西部の「ラストベルト(さびついた地域)」を含む地域で、共和党の後退が顕著でした。
100議席のうち35議席が改選された上院選の結果、共和党は改選前の51議席から53議席に増えました。しかしネバダ、アリゾナ両州で民主党に議席を奪われ、牙城といわれるテキサス州でも民主進歩派候補に接戦に持ち込まれました。
多くの女性が当選し、上院は24人(議席占有率24%)、下院は126人(同23・6%)、知事は9人が女性となりました。また、女性イスラム教徒や先住民の議員、性的マイノリティー(LGBT)の知事・議員が誕生。多様性を象徴する結果となりました。
「民主的社会主義者」を名乗るバーニー・サンダース上院議員が呼び掛けた草の根の政治運動「私たちの革命」が支援する候補者は、同氏が上院で再選されたほか、下院で10人が勝利しました。
その象徴となったのは29歳の新人女性候補アレクサンドリア・オカシオコルテス氏。国民皆保険制度の確立や公立学校の授業料無料化、移民擁護などの革新的政策を掲げ、草の根の運動に支えられ、10期のベテラン民主党幹部を予備選で破って政界に衝撃を与え、本選でも共和党候補を退けました。
大統領選の重要州のフロリダ州や、共和党が伝統的に強い南部ジョージア州の各知事選でもサンダース派の候補が大善戦。多くの民主党候補が、サンダース氏が訴えてきた国民皆保険制度の確立を公約に取り入れました。
2018年12月20日
南欧のスペインやポルトガルでは、国民に犠牲を強いてきた緊縮政策からの転換が進んだ1年となりました。
スペインでは6月初め、与党国民党の幹部が汚職事件をめぐって有罪判決を受けたことから、下院(定数350)がラホイ首相に対する不信任案を可決。最大野党だった社会労働党(84議席)のサンチェス書記長が新首相に就任しました。不信任案の可決には左派連合「ウニドス・ポデモス」(67議席)などが協力しました。
サンチェス首相と「ウニドス・ポデモス」のイグレシアス代表は10月上旬、2019年度予算の合意文書「社会的国家を目指す予算」に署名しました。
同文書は、ラホイ前政権による緊縮政策が貧困と格差を広げたと批判。▽最低賃金の2割以上の引き上げ▽奨学金の増額▽大学授業料の引き下げ▽失業手当について52歳以上を対象外としてきた政策の廃止―などを盛り込みました。財源に関しては大企業や富裕層への課税強化で歳入増を図るとしています。
サンチェス首相は「人間を中心に置く。それが共通の目標だ」と発言。イグレシアス氏は「市民の求めていることを予算の中心に据える合意に達した」と強調しました。
2011年に発足したラホイ前政権は、金融危機へ対応するためとして、付加価値税の増税、解雇規制の緩和や不安定雇用の拡大など労働法改悪、医療・教育予算の削減などを実施してきました。サンチェス政権の方針はこの方向からの転換を鮮明に示しました。地元メディアは「明らかに進歩的」と指摘しました。
ポルトガルでは15年に発足した中道左派のコスタ連立政権が、国民の購買力強化と経済成長によって債務削減を目指す政策を進めています。同政権は、コスタ首相が率いる社会党に、共産党、左翼ブロックが閣外協力しています。
国会は11月末、政府が提案した来年度予算案を賛成多数で可決。予算は▽年金支給額の引き上げ▽大学授業料の上限設定▽付加価値税の一部軽減―などを盛り込んでいます。
コスタ政権は、毎年の予算に国民生活支援策を盛り込み、中道右派の前政権が進めた緊縮政策からの転換を推進。経済成長に転じ、失業率の低下など成果を上げています。
2018年12月21日
この秋、ドイツに大きな変化が起こりました。10月29日、メルケル首相が12月のキリスト教民主同盟(CDU)党大会での党首引退を表明。また、2021年の次期総選挙には立候補せず、政界引退の意向を示したのです。
ドイツのメディアは「メルケル時代の終えんへ」と一斉に報道。2005年からの戦後ドイツの一時代の終わりを伝えました。
引退の直接の引き金は、10月にあったバイエルン、ヘッセンという大州の議会選挙での敗北でした。キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)の二大政党がともに大幅に議席を減らしました。昨年9月の連邦議会選挙で敗北した二大政党が、3月に再び大連立政権を樹立させてわずか半年余りのことです。
この間、移民問題では、野党第1党となった極右の「ドイツのための選択肢」(AfD)に振り回されました。新政権は、紛争が続くアフガニスタンを帰国可能な国と認定し、これまで自動的に難民と認めてきたアフガニスタンの難民などを大量帰還させる政策に着手。すでにドイツに住む難民の家族呼び寄せにも規制をかけました。CSU党首のゼーホーファー内相は、AfDの台頭に対抗して強硬策を主張し、SPDやメルケル首相を揺さぶりました。
ディーゼル車の排ガス問題では、独自動車各社の排ガス不正が次々と明らかになるなか、大気汚染改善への要求が強まりました。政府の「対策」では、自動車大手は抜本的対策をしないで、エンジン制御のソフトウェア更新で安上がりに対応。大気汚染改善にはほとんど実効性をもたず、ディーゼル車所有者は利用が制限され、転売もできない状況に追い込まれています。
貧困問題も取り残されたままです。ベルリン、フランクフルトなど大都市で大幅に家賃が上がり、「公共住宅」を求める運動が広がりました。長期失業者への失業扶助制度「ハーツIV」では、貧困から抜け出せないとして、制度を構築したSPDが11月、制度の廃止を提案しました。
12月のCDUの大会では、メルケル路線を引き継ぐとするクランプカレンバウアー氏がかろうじて党首に当選。しかし直面する課題に応えられず国民から「不信任」をつきつけられたメルケル政権の状況は変わっていません。
2018年12月23日【読書】
日本経済は今年に入って四半期ごとの実質国内総生産(GDP)が2回のマイナスを記録するなど停滞感を強め、20年以上もの長期不況下にある出版界に重くのしかかりました。
出版科学研究所の調べによると、今年1月から10月の書籍・雑誌の販売動向は書籍が3・0%減、雑誌が10・2%減。このまま推移すれば、雑誌は初めて2桁のマイナス成長となった昨年に続き2年連続2桁減となる気配が濃厚です。書籍・雑誌を合わせた販売総額は前年同期比6・4%減で、年間では昨年1兆4000億円を割ったばかりなのに、はやくも1兆3000億円を割りそうな様相となっています。
出版物取り次ぎ大手の日本出版販売が発表した年間ベストセラー総合1位は、1930年代に読まれた教養書を漫画化した吉野源三郎原作・羽賀翔一画『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)でした。昨年からの累計は210万部。同社が同時発行した原作新装版も9位でした。
不穏な時代の空気の中で自問しながら社会への見方や人生観を深めていく旧制中学生コぺル君の姿は、今日の政治・社会状況とも響き合っているようです。
2階に住む芸人と1階の大家のおばあさんとの“二人暮らし”を描いた実話エッセー漫画、矢部太郎著『大家さんと僕』(新潮社)が2位で、昨年10月からの累計は76万部。生物進化のおもしろさを紹介する今泉忠明監修『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)が昨年の2位に続き今年も3位に入り、『続ざんねんないきもの事典』『続々ざんねんないきもの事典』を合わせたシリーズ総計は270万部を超えました。
小説では芥川賞の若竹千佐子著『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社)、本屋大賞の辻村深月著『かがみの孤城』(ポプラ社)などが注目を集めました。
「戦争栄養失調症」のまん延や「戦争神経症」の急増など、日本兵の悲惨な状況を兵士の身体や精神面から明らかにし、日本軍の構造的問題を検証した吉田裕著『日本軍兵士』(中公新書)が、歴史書としては異例の累計15万部となりました。
9回出撃し命令に背いて生還した特攻兵に思いなどを聞いた鴻上尚史著『不死身の特攻兵』(講談社現代新書)、軍上層部の意をくみ無謀な作戦を主導した司令官らの内面や組織の体質にも迫ったNHKスペシャル取材班著『戦慄の記録インパール』(岩波書店)など、日本軍の暗部にメスを入れる本が続きました。
セクハラや性暴力被害を告発する♯MeTooの運動が世界で広がり、伊藤詩織著『Black Box ブラックボックス』(文芸春秋)は自身の性被害を実名で告発。安倍政権や米トランプ政権のフェイク(偽り)をあぶり出す本も活発に出版されました。
雑誌の休廃刊が続く中、月刊誌『新潮45』が休刊となりました。8月号でLGBT(性的少数者)を「生産性がない」などと否定する自民党・杉田水脈(みお)衆院議員の寄稿を掲載し、10月号で特集「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」を組むなどした編集方針が、広範な怒りを呼びました。
休刊を当然視する声もある一方、編集過程の検証こそ必要だったとの批判もあります。差別・偏見をあおるヘイト(憎悪)本が目立つ現状は、出版界全体が再考を促されているともいえます。
2018年12月23日
3月に開かれた中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)で2004年以来14年ぶりに憲法が改定されました。そこで注目されたのが国家主席と国家副主席の任期制限の撤廃です。
中国の国家主席と副主席の任期は、文化大革命(文革、1966〜76年)の混乱を引き起こした毛沢東への個人崇拝の反省を背景に、82年制定の新憲法で「2期10年」と規定されました。それを撤廃したことで、2013年に国家主席に就任した習近平氏が、3期目を迎える23年以降も国家主席にとどまることが可能になりました。
最高法規である憲法の改定案が公開されたのは、採決のわずか2週間前の2月25日夜、国民には議論する時間も場もほとんどありませんでした。公開後、改憲案を批判するインターネット上の書き込みは次々と削除され、中国メディアは改憲に関する論評をほとんど掲載しませんでした。
全人代の開催中、各省の幹部からは「人民の領袖(りょうしゅう)」などと習氏を持ち上げ、改憲案に賛同する声が次々と上がり、異論を許さない空気ができあがりました。3月11日の採決では賛成2958票、反対2票、棄権3票で、可決に必要な3分の2を大きく上回る圧倒的な賛成数で改憲が成立しました。
しかし、批判の声を完全に抑えることはできません。たとえば改憲案公開後、ネット上にはユーモラスな動きと音楽でバックする車を誘導する動画が拡散。中国語の「車をバックさせる」を意味する「倒車」には「歴史を逆行させる」という意味もあり、改憲は毛沢東時代への後戻りだとの批判が込められていました。
7月上旬には上海で20代の女性が「習近平の独裁、暴政、専制に反対する」と叫びながら、壁に貼った習氏のポスターに墨汁をかける動画を公開し、波紋を広げました。
同下旬には習氏の母校・清華大学法学院の許章潤教授がネット上で、国家主席の任期制限撤廃など個人崇拝を批判する論文を発表。「改革開放を帳消しにし、恐怖の毛沢東時代に中国を引き戻すものだ」「もう一度憲法を改定し、任期制度を回復させよ」と求めました。
2018年12月24日【国際】
国連によると、困窮のためベネズエラから周辺諸国に逃れた移民・難民は人口の1割以上、330万人。ほとんどは2015年以降です。同国の危機は中南米地域で最大の問題になっています。
現地からの報道は、「給与で買えるのは卵15個程度。移住した息子の送金が頼り」「国民の3割は日に1度の食事」など生存が脅かされている状況を伝えています。国際通貨基金は、今年1年間で物価が1万3千倍、来年は10万倍になると予測します。
同国のマドゥロ大統領は、失政を認めず、大量出国は「通常の移民」と強弁。危機は、右派勢力による「経済戦争」や米国などの制裁のせいだと主張します。外国の不当な干渉は許されませんが、米国の金融制裁は昨年8月から。経済危機はその数年前から起こっています。
抗議が各地で続いていますが、昨年のように大規模ではありません。弾圧に加え、国民の多くが食料などの入手に追われているためだと指摘されています。
マドゥロ氏は、5月の大統領選で再選され、1月10日から新たな6年間の任期に入る予定です。しかし、域内主要国や欧米各国は、野党の有力候補が汚職を理由に投獄されたことなどから選挙の正当性を認めていません。
米州14カ国が参加するリマ・グループは19日、ベネズエラの民主主義プロセスの破綻を改めて確認。1月5日の外相会議で、マドゥロ氏の再任にあたって同国との外交関係をどうするかを判断する見通しです。
ベネズエラの危機は中米ニカラグアにも影を落としています。同国のオルテガ政権の強権化です。年金支給額削減案などが4月に発表されたのを機に、大規模な反政府行動が発生。人権団体によれば、おもに政府側の弾圧で300人以上の死者が出ています。
バチェレ国連人権高等弁務官は15日、「人権と基本的自由を保証する」よう政府に求めました。
抗議の背景には、憲法改正で大統領の無期限再選が可能になったことなどへの批判もあります。
ニカラグアの経済は安定的に成長し、貧困対策も前進してきました。しかし、その基盤は石油を中心とするベネズエラからの事実上の援助でした。それが近年同国の危機で急減、年金など社会保障制度の維持にも影響しているとされます。
2018年12月25日
フランスでは11月中旬以降、燃料税増税反対に端を発した「黄色いベスト」運動の大規模デモが繰り返され、マクロン政権にイエローカードが突きつけられています。
ガソリンや軽油にかかる燃料税増税は庶民いじめであるうえ、地球温暖化対策を口実にしながら、実際はその増税分の9割を富裕層優遇策に充てるもの。こうした政府のやり方に、国民の怒りが沸騰したのです。
マクロン政権は昨年、雇用不安定化と労働条件切り下げの労働法改悪を強行。今年は、人員削減と民間委託化、終身雇用制の縮減など公務リストラ計画の一環として国鉄「改革」に着手しました。春にはこれに反対する3カ月間の断続的ストとデモが行われました。
8月末には、ユロ環境相が、テレビ番組で「政権は環境を優先していない」と辞任を表明しました。その後、政府は原発依存度を現在の75%から2025年までに50%に引き下げる目標を10年先延ばしにし、新型原発EPRの建設計画を推進。脱原発の流れに背を向ける政権の姿が明らかとなりました。
「二大政党政治」の行き詰まりと極右台頭の危機打開の期待を受けて就任した大統領が、相も変わらず国民生活より大企業や富裕層の利益を優先し、フランスの社会福祉モデルを掘り崩していくことに幻滅が広がりました。大統領就任時(昨年5月)に6割台あった支持率は、今年1月には4割台、11月には2割前後まで落ち込みました。
こうした世論に押され、「改革」断行の強硬姿勢が売りだったマクロン政権も12月、来年中の燃料税増税の断念や最低賃金引き上げなど譲歩を余儀なくされました。
外交面で、フランス政府は5月、米国によるイラン核合意離脱表明に異議を唱えました。マクロン氏は8月、各国駐在フランス大使を集めた会議で、「米国の政策で多国間主義が深刻な危機にある」と演説し、トランプ米政権の単独行動主義を厳しく批判しました。
欧州政策では、ユーロ圏の共通予算や財務相の設置、欧州軍の創設など欧州連合(EU)の統合推進を主張しました。しかし英国のEU離脱やドイツのメルケル政権の弱体化に加え、マクロン政権自体の支持率急落で、EU統合の行方は不透明です。
2018年12月26日
トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長は6月12日、シンガポールで両国史上初の首脳会談を行いました。合意された共同声明で、米国は北朝鮮に対する「安全の保証の提供」を、北朝鮮は「朝鮮半島の完全な非核化」への強い意志を互いに確約。2017年を通し応酬した核の威嚇から一転、両国は初めて首脳レベルでの包括的な対話解決の道へ踏み出しました。
歴史的な会談後、米朝は水面下の直接交渉や国連を中心とした国際会議の舞台で、非核化や平和体制構築の進め方、北朝鮮に対する国連制裁の解除をめぐって激しい駆け引きを継続しています。しかし、両首脳は引き続き合意に沿って解決を図る姿勢を維持しています。
北朝鮮は首脳会談後、合意に沿って朝鮮戦争(1950〜53年)時に行方不明になった米兵の遺骨返還に着手しました。
米側は北朝鮮側に配慮し、定例の米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」「ビジラント・エース」などを中止。一方、国連制裁については一貫して緩和しない姿勢を示しています。
朝鮮半島の非核化をめぐって北朝鮮は、米朝会談後も一切の弾道ミサイル発射と核実験の凍結措置を継続しています。さらに、9月の南北首脳会談で合意した「平壌共同宣言」で、東倉里のミサイルエンジン実験場とミサイル発射台を専門家立ち合いの下で廃棄すると表明。米国が「相応の措置」をとれば、寧辺の核施設の永久的廃棄の準備があるともしています。
一方米側は、北朝鮮に対し非核化の対象となる核関連施設のリスト提出を求めています。北朝鮮側は信頼醸成のないまま施設の場所を明らかにすれば、先制攻撃の「標的を明かすようなものだ」と反発していると報じられています。
トランプ氏は、交渉を前進させるため、年明けにも金正恩氏と自ら再会談する意向を表明。10月にはポンペオ国務長官が訪朝して金氏と会談し、2回目の首脳会談を早期に開催することを確認しています。
2018年12月27日
イラン核合意を5月に離脱した米トランプ政権に、国際社会の批判が1年を通してやみませんでした。
イラン核合意は2015年にイランと米英仏独中ロ、欧州連合(EU)との間で結ばれました。イランが核開発を制限し、欧米が対イラン経済制裁を解除する内容です。
今年1月、グテレス国連事務総長は「核不拡散と外交における大きな成果であり、地域と国際の平和と安全に寄与している」と合意を高く評価。国際原子力機関(IAEA)がイランの順守を繰り返し確認していると強調しました。
イランを敵視するトランプ氏が5月8日に離脱を発表すると、当事者の英仏独中ロは相次いで遺憾の意や懸念を表明しました。メイ英首相、マクロン仏大統領、メルケル独首相は共同声明を出し「この合意はわれわれの共通の安全保障にとってなお重要である」と強調しました。
米国のオバマ前大統領も「合意は外交が何を達成できるかを示すモデルだった」と指摘し、ケリー元国務長官は「(離脱は)欧州から米国を孤立させ、イランの強硬派に力を与えるものだ」と批判しました。
9月25日〜10月1日に行われた国連総会一般討論でも、トランプ政権に対し批判が出ました。
オーストリアのクナイスル外相は「(核合意を)当事者の一人が一方的に離脱するならば相互信頼は弱まる」と指摘。ベルギーのミシェル首相は「合意が一方的に投げ捨てられるのは残念だ。主権国家同士が信頼し、協力するには、約束を守ることが欠かせない」と述べました。
米政権は8月に最初の制裁を発動し、11月にはイラン産原油禁輸などの制裁を発動しました。トランプ氏は「イランと商売する者は誰であれ、米国と商売できなくなる」とツイートしています。
イランでは仏の石油大手をはじめ欧州企業が撤退し、多数の企業が生産中止に追い込まれて労働者が大量解雇されています。
米国はイラン産原油禁輸に関し、日本を含む8カ国への適用を最長で180日間除外します。イランのロウハニ大統領は「イランの原油販売量をゼロにしたいと言いながら除外を認めた」と述べ、原油販売を続ける意向です。
2018年12月28日
トランプ米大統領は3月22日、知的財産権の侵害を理由に中国に対する制裁を指示し、さらに翌日、各国に鉄鋼、アルミの輸入制限を課しました。これに対して中国側が報復を決定。その後の応酬は「米中貿易戦争」の様相を呈しました。
トランプ氏には、秋の中間選挙を控え、「米国第一」の姿勢を強く打ち出して国内の支持をつなぎとめようとの思惑の一方、中国の産業高度化とハイテク化を抑止するという狙いがありました。
米国は7月6日、対中国制裁の第1弾として、ロボットや情報通信機器などハイテク製品に25%の追加関税を課し、中国も同日、米国の農産品や自動車などに対する25%の追加関税で応じました。米国はその後も8月、9月、11月に追加の制裁措置を発表し、中国もそれに応じる措置を公表して対抗しました。
こうした中で、トランプ大統領と習近平国家主席による米中首脳会談が12月1日、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれました。
「双方とも高く成功したと言及した」―会談後、ホワイトハウスは結果についてこう表現しました。首脳会談が不首尾に終わった場合、米国が第4弾の制裁を中国に課す構えをみせていました。2690億ドル(約30兆円)にもおよぶ追加関税が発動されれば、中国から米国への輸入品すべてが制裁の対象になり、文字通り米中間の「全面貿易戦争」に発展するところでした。
首脳会談の合意は、来年1月から米中両国が新たな制裁の発動を自粛し、90日の期間を設け協議を開始するというもの。協議の内容は、知的財産権の侵害、技術移転の強制、非関税障壁、サイバー攻撃にまでおよびます。中国側は、すでに発効している追加関税の解除について話し合うと表明しています。
「休戦」といわれる会談結果は、来年2月末が期限。米中がどこまで合意に達するのか予断を許しません。90日間の米側交渉責任者は強硬派のライトハイザー米通商代表が務めます。
首脳会談についてトランプ政権は、「高い成功」を強調しましたが、市場はそうは受け止めませんでした。12月4日の米株式市場は、ニューヨークダウ工業株(30種平均)が前日比で800ドル近く下落。協議の先行きは不透明との見方です。
2018年12月30日
内戦や国境紛争、国内の弾圧政治などが続くアフリカ諸国で今年、和平に向けた動きもありました。
東部のエチオピアでは4月、アビー新首相が就任し、改革に着手しました。7月には国境紛争で激しく争ってきた隣国エリトリアのイサイアス大統領と、20年に及ぶ両国間の「戦争状態」の終結などを盛り込んだ「平和と友好の共同宣言」に署名しました。
アビー氏は10月の内閣改造で「平和省」を新設。閣僚を28から20に削減し、半数に女性を任命しました。
南スーダンでは、2013年末以来、キール大統領派とマシャール前副大統領派との戦闘が続いてきました。今年6月、エチオピアの仲介でキール氏とマシャール氏が2年ぶりに会談。それを受けてスーダンのバシル大統領の仲介で両氏が協議し、和平合意に至りました。
両氏は8月、権力を分担する最終合意に調印。35閣僚のうち20人はキール派、9人はマシャール派、残りは他派に割り当て、3年間はこの体制を維持することを確認しました。
国連のグテレス事務総長は7月、エチオピアのアビー首相のエリトリア訪問や、南スーダンでの和平に向けた動きについて、「平和の方向に風が吹いているのを感じる」と述べました。
南アフリカでは2月、与党「アフリカ民族会議(ANC)」がズマ大統領の辞任を決定し、ラマポーザ新大統領(ANC議長)が就任しました。就任演説で汚職根絶に向けた取り組みを強化すると宣言しました。
ジンバブエでは7月、昨年11月に事実上のクーデターでムガベ前大統領が退任した後、初めての大統領選・議会選が行われました。ムガベ氏後継のムナンガグワ大統領が勝利し、議会選も与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU―PF)が過半数。野党とその支持者は受け入れを拒否しました。
1月にアディスアベバで開かれたアフリカ連合(AU)の第30回首脳会議は、加盟国間の協力を強化するとともに、18年を汚職根絶の年にすることなどを確認。3月にはルワンダの首都キガリで特別首脳会議を開き、「アフリカ大陸自由貿易圏(CFTA)」の創設を確認しました。
2018年12月31日
移民や難民を敵視、排除するトランプ米政権の姿勢に、今年も米国内外から厳しい批判が相次ぎました。
貧困や暴力を逃れようと米メキシコ国境を越えて米国入りする中米諸国からの移民をめぐり、トランプ政権は4月、「不寛容」政策を発表。必要書類を持たずに米国に入国した人を例外なく犯罪者扱いし、刑事訴追できるようにしました。
親子の場合は、親が訴追され、子どもは施設に収容されるため、無理やり引き離される親子が続出。4月半ばから5月末の期間だけでも約2000組の親子が引き離される事態となりました。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は6月、引き離された子どもの中には1歳児も含まれると指摘。子どもの拘束は国際法違反だとして「不寛容」政策の即時中止を要求しました。メイ英首相が「深く心をかき乱される」と述べるなど、批判の声は米国の同盟国にも広がりました。
米国内ではトランプ氏の妻メラニアさんや、共和党上院議員らも批判。さらに約20州が政策の差し止めを求めて訴訟を起こしました。
国連関連機関である国際移住機関(IOM)の新事務局長を決める加盟国投票が6月に行われ、米政権推薦の米国人候補は落選しました。米国がIOMトップの役職を失うのは約50年ぶりです。トランプ政権の移民政策が各国の不評を買ったことが影響したといわれています。
今年秋からは、中米から米国を目指して北上する数千人規模の移民のキャラバンが注目されました。
トランプ氏は、キャラバン参加者の出身国である中米3カ国に対し、援助の停止を表明。11月にキャラバンの一部がメキシコ北西部の対米国境ティフアナに到着してからは、国境を一時閉鎖し、国境警備隊が移民に催涙ガスを使用しました。
12月には家族に連れられて米国に入国し拘束されていたグアテマラ出身の子どもが相次いで2人も急死し、米当局の対応が「非人道的だ」と批判されています。
米国の人権団体は、移民の難民申請を事実上拒否するトランプ政権の政策の差し止めを求めて提訴。サンフランシスコの連邦地裁は11月、トランプ政権の政策は移民法などに違反するとして差し止めの仮処分命令を出しました。